2018年2月15日 (木)

君はサマゴーンを呑んだことがあるか





今回は酒の話を少しばかり。
ロシアを代表する酒はウォッカなのは周知の事実なのだが、そのなかでも絶大なる支持を得ているのがサマゴーンである。
サマゴーン。
端的に言えば、自家製ウォッカの名称である。
その製造方法は百者百様であり、代々受け継がれた秘伝の製法があり、奥深い一家言があり、この世で最高のサマゴーンを製造できるのは我が家だけという自負がある。
たぶんロシアの酒造会社が生産する数量よりも、サマゴーンの方が更に上をいっているのではないか。


モスクワやサンクトペテルブルクといった都会では、私たちがよく眼にする酒造会社のウォッカが幅を利かしているが、マトリョーシカを製作しているような片田舎では、圧倒的にサマゴーンが王座の地位を占めている。
それはワインやウィスキーの瓶をリサイクルしたものに入れられているので、ラベルはナポレオンでありカミュであり、ボジョレーヌーヴォーの顔つきをしていて、宴のテーブルに鎮座しているのだ。
今宵、家主は張り込んだなと目を細めたら大間違い。
一気に煽ると、その目を白黒させることになる。


というのも、ほとんどの市販のウォッカはアルコール度数が40%だが、自家製だけに伝統的な手順をついて完成したものが、我が家の濃度となる。
つまり家主しか知らない。もしくは家主さえも詳しい濃度についてわからないのが、実はほとんどである。
その純粋なアルコールに、キノコや白樺、香草などで香り付けをして、我が家流のサマゴーンが完成する。




以前、パーティで意気投合したアゼルバイジャン出身のゲーナさんが、友好の証として秘蔵のサマゴーンを、わざわざ家まで取りに戻ってくれて振舞ってくれたことがある。
「友達になった祝いに乾杯!」
とそのサマゴーンをショットで二杯呑んだ瞬間、私の身体から骨身が抜けて、一枚の紙切れとなって、テーブルの下に滑り落ちていった。
のちに周りの人々の証言を聞くと、風に揺られた木の葉が枝から舞い落ちるようだったという。
それなりに酒の強さを自負している私だが、わずかショット二杯で沈没したのは、初めての経験だった。


乾杯前にゲーナさんが訊いたところ、香り付けはキノコと言っていたが、今思うにアチラの世界へ誘うマッシュルームなのではと踏んでいる。
あの身体が紙切れ一枚のようになった時の心地良さは、雲の上を歩いているような感覚。
後にも先にも、あのような感覚を味わったことはない。


しかしサマゴーンを振舞ってくれるのは、テーブルに所狭しい並べられる手づくり料理と同様に、遠く日本から会いに来てくれた感謝と歓迎の表れである。
その気持ちが、心に染み渡る。
そしてサマゴーンを酌み交わしながら、談話をしたり、歌を唄ったり、久しぶりの邂逅を愉しむのだ。


その時、家主から「今年のサマゴーンは上手く出来たよ」と耳打ちされると、何故かドキッとする。
だいたい気負い過ぎて、アルコール度数が高くなっているのが、常だからである。


ぜひロシアの家庭に呼ばれた時は、サマゴーンに挑戦してはいかがか。
ロシアと酒に対する認識が変わりますゾ。

(店主YUZOO)

2月 15, 2018 ロシア語, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月22日 (月)

チェブラーシカ『誕生日の唄』





先日、木の香でオープンから一緒に仕事をしているTさんが誕生日だったので、チェブラーシカ好きならば誰もが思い出す「誕生日の唄」についてひとつ。


チェブラーシカの第2話の冒頭で唄われる「誕生日の唄」は、ロシアでは特別な歌であるようだ。
この第2話が製作されたのは1971年だから、もう40年以上も前になる。
元々は童話作家エドゥアルド・ウスペンスキーが、1966年に書いたワニのゲーナを主人公にしたシリーズ童話だったのを、ロマン・カチャーノフが監督し、キャラクター・デザインをレオニード・シュヴァルツマンを担当して、映画が製作され、あの愛らしいキャラクターが誕生した。


レオニード・シュヴァルツマンがのちにインタビューで、チェブラーシカ誕生について、こう発言している。
「本には耳のことが書いてなかったから、他のすべての動物と同じく、上に立った耳を最初に描いた。それから大きくするようになり、動物ではなく、人間のように頭の両側まで耳を『降ろした』。撮影前、人形には短い足がついていて、人形使いが苦労していた。だから足関節から下の部分だけを残したら、キャラクターの不思議さが増した。尻尾も取ったら、人間の子どものようになった」(ロシアNOW より)


第1話が上映されたのは1969年。
好評だったのか、すぐに第2話が製作されるのだが、人形アニメは製作が困難なのか、ロマン・カチャーノフが細部にまでこだわる正確なのか、完成は2年後。
さらに次作へと入るのだが、3話が1974年にようやく上映。
そして1983年に4話が上映された後、長い沈黙に入る。
つまり14年で4話しか製作されていないアニメなのである。
それなのにロシア人ならば誰もが知っている、国民的なアニメになっているのだから、その完成度の高さとキャラクターの愛くるしさが、心を捉えているのだろう。


それゆえに「誕生日の唄」は、ロシアでは「Happy birthday to you 」に代わる愛唱歌になっている。
昨年、セミョーノフのマトリョーシカ工場の社長の誕生日祝いには、50歳という節目だけあって、集った人々がホールに響き渡るぐらいに、この唄を歌ったし、私の誕生日の時も、ささやかにこの唄で祝ってくれた。
残念なことに誕生日は一年に一回しかないんだという歌詞が、愉しいことは続かないけど、今夜だけは特別な日だよと祝福されているようで、心にしんみりと響く。
ロシア人もその歌詞が好きなようで、この部分になると歌声もひときわ大きくなる。


年を重ねると、それほど誕生日が特別な日だ思わなくなっていたけど、この唄を聴くと、みんなで「誕生日の唄」を歌ってくれたことを思い出し、自分にとって大切な日じゃないかと思い返す。
ロシア語なので簡単に口ずさんむことは出来ないけど、ぜひ覚えて、大切な人の誕生日に歌ってあげてはいかがでしょうか。


映像は下記のYouTubeからどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=8hmrzZxbtB8

歌詞はこちらになります。

Пусть бегут неуклюже
Пешеходы по лужам,
А вода - по асфальту рекой.
И неясно прохожим
В этот день непогожий,
Почему я веселый такой.

я играю на гармошке
У прохожих на виду...
К сожаленью, день рожденья
Только раз в году.
К сожаленью, день рожденья
Только раз в году.

Прилетит вдруг волшебник
В голубом вертолете
И бесплатно покажет кино,
С днем рожденья поздравит
И, наверно, оставит
Мне в подарок пятьсот "эскимо".

雨の中を水たまりを避けて急ぐ人々
アスファルトには水が溢れ
川となって流れていく
みんなはわからないだろうね 
こんな最悪な日に
私がなんで陽気でいられるのかなんて

私はアコーディオンは奏でる
往き交う人を眺めながら
けれども残念なことに誕生日は
一年に一度しかないんだ

大きな青いヘリコプターで
魔法使いがやってきて 
無料で映画を見せてくれたよ
誕生日を祝ってくれて
プレゼントには500個のアイスクリーム

私はアコーディオンを奏でる
往き交う人を眺めながら
けれども残念なことに誕生日は
一年に一度しかないんだ



1月 22, 2018 ロシア語, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 3日 (水)

ロシア語講座が新しくなったのを知っている?

  Photo

 

早いもので2013年も半年が過ぎた。

開いたままの口は、塞がらないどころか、

ため息さえも出ないのである。

 

以前に書いた初心者向けのロシア語講義は2年目を迎え、

残すところ、あと半年となってしまったのだが、

格変化の多さに驚愕し、

新しきを覚えるたびに古きを忘れる

記憶力の無さに唖然とし、

もう落ちこぼれを通り越し、ただ椅子に座ったままの

考えぬ人」に化しているからである。

 

銀座に店を移転してからは、

外国人が来店することが頻繁になり、

英語のみならず、スペイン語、タイ語、

中国語、韓国語、もちろんロシア語と、

多くの言語に接する機会が増えた。

 

笑顔を振りまくだけの無口な日本人で駄目だと、

会話を試みるのだが、とっさのひと言が口を突かずに、

池の鯉のように、モゴモゴと口を動かしているのみ。

英会話教材のCMに出てくるオジサンのような失態を、

堂々と見せつけている。

 

「日本の夜明けは近いぜよ」と言い放った偉人がいたが、

まだ私の足元には光すら差し込んでいない。

 

ところでEテレのロシア語講座が、

4月より新しく番組が刷新されたのをご存じだろうか。

私の記憶が確かならば4年ぶりである。

サンクトペテルブルクの魅力をたっぷりと紹介して、

ほかのイタリア語やスペイン語講座のように、

タレントと一緒に学ぶという親しみ易さを狙った

番組のスタンス。

ソチ・オリンピックを間近に控えて、

ロシア語を学びたい人も増えるのではという

目論見からの刷新だと思われる。

 

それなのにタレントのテンションの高さとは裏腹に、

何処となくギクシャクした言葉のやり取りが、

いかにもロシア語講座らしい。

個人的には、以前の沼野恭子先生のように、

文法や格変化をしっかりと覚えてくださいという

凛とした態度のほうが性にはあっている。

   Img_arena

さて、この番組でロシア語を学んでいる方へ、プチ情報。

サンクトペテルブルクの魅力を紹介している

アリーナさんは、2006~2007年版「地球の歩き方」の

巻頭に出ている方と同一人物です。

 

ただそれだけなのですが。

   

そんなことよりも、

単語のひとつでも覚えればいけないのに。

やれやれ。

 

(写真はNHKのホームページから拝借しました)

 

(店主YUZOO)

7月 3, 2013 ロシア語 | | コメント (0)

2012年7月18日 (水)

ロシア語は学んでいるけれども(6)

   Photo

  

先回の講義で前期は終了したのだが、

語学力がアップしたのかと問われたら、実に心許ない。

ロシア語という大海原が目の前に広がっているのを実感しただけで、

どこに進めば果てがあるのか、

近くに取り付く島があるのかも区別がつかぬ。

 

語学習得の基本は、声に出して何度も反復することにあると、

語学の権威から酒場の哲学者まで口にするが、

馴染みのないロシア語ゆえ、自分の発音が合っているかさえも、

判断がつかいないのが現状である。

 

さらに酒場の哲学者は

「語学が上手くなるには、その国に恋人をつくればいいんだ。そうすると全身全霊でコミュニケーションしようと必死になるだろう?

恋人をつくることが最良かつ王道なのだよ」

と悦に入った赤ら顔で自らの論理を諭すのである。

 

だが。けれども。しかし。

口説き文句さえ知らないのに、どうやって恋人をつくるのだ?

これは生物の源と同じ、鶏が先か卵が先かにも

通じる問題なのではあるまいか?

 

閑話休題。

最後の講義で配られたのが、ロシア人ならば

誰でも歌うことができる「カチューシャ」。

この曲はナチスドイツに勝った戦勝記念日には、

必ずといっていいほど歌われる第二の国歌というべき曲。

 

講義では戦勝記念日の様子をビデオで観賞。

50万人は軽く越える人々が野外ステージに集い、

ロシア兵の制服を身にまとった歌手とともに、

この曲を高らかに合唱し、大きな犠牲を払いながらも、

祖国を守ってくれた兵士たちに感謝の意を表していた。

 

第二次世界大戦で、もっと多くの戦死者を出したのは、

中国でも、ドイツでも、日本でもイギリスでもない。

ロシアなのである。その数は2000万人とも言われている。

戦勝記念日の熱狂は、その犠牲者を悼みつつ

ファシズムを打ち勝った喜びの心情でもあるのだ。

 

さてこの「カチューシャ」。

私も今回までそう思っていたのだが、女性の髪飾りの名ではない。

女性名エカテリーナの愛称で、最愛の人に対しての呼び方。

そう念頭に入れて、このカチューシャの歌詞を読むと、

遠く故郷を離れて戦地に赴いた兵士の恋人と

故郷の風景を思う気持ちが、しんみりと伝わってくる。

ちなみに日本語で歌われている歌詞と、原詩はだいぶ違います。

 

さて後期講義は10月より再開。

それまでは独学である。

教科書を読むと30分で眠くなる性分ゆえ、

熊のように10月まで冬眠ということにならなければいいのだが。

(店主YUZO)

7月 18, 2012 ロシア語 | | コメント (0)

2012年7月 9日 (月)

ロシア語を学んでいるけれども(5)

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ロシアについて文化、政治、歴史など様々な本を、

目につき次第、買い漁って濫読しているのだが、

そのなかで必ずといっていいほどロシア人の精神性について

引用されている詩がある。

 

19世紀の詩人フョードル・チュッチェフの綴った4行詩で、

ロシア人ならば誰でも暗誦しているほとの有名な詩らしい。

 

先日読んだ亀山郁夫と佐藤優の対談『ロシア闇と影の国家』

では第三章「霊と魂の回復の冒頭に載っていたし、

先日紹介した『ファンタスティック・モスクワ文学』でも

留学のきっかけとして、この詩を紹介していた。

 

つまりロシアを理解するには必須の詩といえるのである。

たとえば突然、居酒屋や飛行機で

ロシア人と相席になったなったとき、

この詩を諳んじてみせれば、忽ち大親友に早変わりし、

以後気まずい雰囲気で長い時間過ごさなくても済むのである。

 

この世のなか何が起こるのがわからないから、

ロシア人と出会う確立はないともいえないし、

危機管理として日頃から考えていたほうがよい事項かもしれない。

電力会社の社員にかぎらずネ。

 

そのロシア人精神を歌った詩は以下のとおり。

 

ロシアは理性ではわからない

ふつうの物差しでは測れない

ロシアには特別な気質がある

ロシアはただ信じるしかない    (訳・沼野恭子)

 

ロシア語だと語尾がすべて「~тъ」と韻を踏んでいて、

音楽的な響きがあり、ともに朗読すれば、

さらに親交が深まることになるだろう。

 

ただ以後の酒を酌み交わすことになってから、

ロシア人の桁外れの酒量に、

「ふつうの物差しでは測れない」ことを痛感し、

延々と続く酒宴にいつか終わりが来ることに、

「ただ信じるしかない」

ことになるかもしれないけれども。

 

(店主YUZO)

7月 9, 2012 ロシア語 | | コメント (0)

2012年7月 2日 (月)

ロシア語は学んでいるけれども(4)

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早いもので、この7月に2回の講義で前期が終了。

新しい単語や言い回しを覚えると、前日覚えたものを

忘れてしまうトコロテン頭は拍車がかかり健在で、

この3ケ月、進歩したのか、退化したのかさえも判別つかない。

真夜中の虹を眺めているようなものである。

 

しかし白濁したスレ枯らしのオヤジにも期するものはあり、

前月チェリパシカ氏がロシアに行くというので、

日本の漫画のロシア語訳を買ってきてと頼んでみた。

 

教科書の堅い言い回しよりも、もっと普段着のロシア語表現が

そこには満載されているのではと睨んだからである。

その辺りの狡猾な発想はオヤジならでは。

少しでも努力をせず、楽して語学を取得できればという

浅ましい魂胆が見え隠れする。

 

そんな私の古狐心にもチェリパシカ氏は快く了解してくれ、

買ってきてくれたのが、あずまきよひこ『あずまんが大王』。

 

一度も読んだことのない漫画なので、日本語の原本も

買ってきて2冊を付き合せながら読んでいく。

学園物の今どき風の漫画で、

はるか昔に学生で、甘酸っぱい思い出もない

オヤジには少々きつい内容の漫画だったが・・・。

 

ただロシア語を学ぶ身としては、日本文化に対しての注釈が

かなりマトをついたもので、ふむふむと言葉を洩らすほど。

 

『餅』⇒お米でつくったパイ。

『イタコ』⇒預言者。

『鯛焼き』⇒甘い豆を練ったものを詰めた魚の形をしたピロシキ。

『初夢』⇒新年の最初の夜に見る夢で、富士山、鷹、ナスビが出てきたらその年はよいとされている。

 

日本文化に造詣がなければ、今どきの学生の生活を知らなければ

鮮度の良い訳ができないだろうし、漫画のオチにも影響するから、

意訳ばかりをすると意味をなさなくなる危険もある。

その辺りの問題は、まったく感じられない。

天晴れ。星みっつ。まだ会ったことのないロシア人翻訳者。

 

さてこのペン教法で飛躍的な会話力向上になるだろうか。

ただ良くなった実感できるのは、辞書を引くのが早くなったこと。

今日だけならばロシア人に『餅』の説明ができること。

 

あと2回の講義。

ふ~む。

(店主YUZO)

7月 2, 2012 ロシア語 | | コメント (0)

2012年6月11日 (月)

ロシア語を学んでいるけれども(3)

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ロシア語講座はいよいよ格変化や動詞の変化に入ることに。

さらに女性、男性。中性名詞に合わせて様々な形になり、

話し相手によって変わる時もあるから始末が悪い。

 

スレッ枯らしの脳には、新たな言語を覚えるようなメモリーは

残っていないし、舌も炭火で炙られたかのように呂律が回らない。

もう先が見えたようなもの。

そんな切羽詰まった気持ちが表情に出ていたのか、

先日の講義はロシアのアニメやニュースを観ることになった。

 

講座の副題は、近くて遠い国ロシアの言語と文化に触れてみよう

とあるので、あながち突飛な出来事ではないのだが。

『チェブラーシカ』の一部、短編アニメ『ミトン』、

警察が麻薬売人のアジトに強行突破する手荒な映像など。

窓の格子にロープをジープに結んで破壊し、

乗り込む警察の方法に、受講生一同、唖然。

 

私といえば、久しぶりのロシアのニュースに思わず笑顔が零れる。

ニュースの普及の名作というべき、

「プーチン大統領の虎退治」をもう一度見たくなってしまった。

 

驚嘆の声が上がるなかで、『ミトン』が流れた途端、

その詩情あふれる映像に、教室に暖かく優しい空気に包まれた。

 

『ミトン』は犬を飼いたくてたまらない少女が、母親に反対されて、

仕方なく赤い手袋を子犬にみたてて独り遊んでいると、

その手袋に願いがつたわったのか、子犬に変身するお話。

台詞はまったく無いのに、パペット人形のちょっとした仕草で、

少女の淡い気持ちを表現している。

 

私は子犬が、また手袋に戻ってしまったとき、

もう一度子犬に戻らないかなと、手袋にミルクをあげて、

優しく手袋をなでているシーンが好きで、

何度見てもホロリとしてしまう。

涙腺か弱くなったのは年齢のせいではない。

 

この『ミトン』を制作したのは『チェブラーシカ』と同じスタッフ。

流れている風邪の香りし同じ、切ないほどの優しさである。

 

生活の泡で、心が刺々しくなったり、

人間関係で気分が塞がったりした時に観ると、

春の息吹が深雪を溶かすように、

頑なな心をゆっくりと和らげてくれます。

 

市販のDVDは

『ママ』、『レター』と3本の短編が収められているので、

その日の気分によって選ぶのもお勧めかも。

 

それに一度にすべて観てしまうのも、もったいない気がすねしネ。

(店主YUZO)

6月 11, 2012 ロシア語 | | コメント (0)

2012年5月28日 (月)

ロシア語を学んでいるけれども(2)

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先回、ロシア語を学び始めたことを書いたけれども、

今回はその続き。

ロシア語の勉強といっても近くにロシア人がいるわけでもなく、

早々ロシアへ旅する予定もないので、

もっぱら初心者向けのテキストを何冊か手に入れて、

パラパラと眺めている。

 

外国語一般として言えるのは、ことわざや慣用句の着眼点が、

その民族ならではの言い回しで、思わずニヤリとしてしまうこと。

 

あの忌まわしい受験勉強ときに覚えた、

「零れたミルクは戻らない⇒覆水盆に帰らず」

「走らずに歩け⇒急がば回れ」。

今では記憶の彼方で星屑となって、

英語で何と言ったのかすら覚えていない。

 

そのロシア版というべきもの。

 

ロシアで親しみのある動物といえば熊。

世界中の誰よりも熊を溺愛しているといっても過言でないくらい

熊にまつわる言い回しが多くある。

 

いろいろと拾い集めたのでいくつかを紹介。

 

он настоящий медведь

(彼は本物の熊だ。⇒ 彼は本当にぶきっちょだ)

медвежья  услуга

(熊の親切 ⇒ よけいなお世話)

 

ロシア人にとって熊は、図体ばかりでかくて

うすのろな動物というイメージらしい。

さすが熊から猫までサーカスで芸を仕込んでしまう民族。

熊の不器用さには、ほとほと参っているのかもしれない。

 

Медведь не умывается,

да здоров Живёт

(熊は顔を洗わないのに丈夫に生きている)

 

上記は、不潔とか臭いとかなじられたときに言い返す言葉。

この開き直りの文句は、只者ではない。

日本でこんなことを言ったら、百年の恋も冷めてしまうどころか、

音信不通になることは間違いなしである。

そんなこと言う前に風呂に入れよと、思わずきつ~い裏拳を。

 

мне медведь на ухо наступил

(熊が私の耳を踏んづけた)

 

こちらは日本的な説明をすると、

上司にカラオケのデュエットを強要されたときに、

すんなりと断る言い回し。

私は歌が下手だという意味になるらしい。

今度日本語で言ってみても面白いかも。

 

こういうのを見つけては独りニヤニヤしているばかりで、

本当はロシア語の格変化や単語のひとつでも

覚えればいいのに、慣用句に眼を奪われて

今ひとつ頭に入らない。

 

落ちこぼれ生徒になる日は近い。

(店主YUZO)

5月 28, 2012 ロシア語 | | コメント (0)

2012年5月21日 (月)

ロシア語を学んでいるけれども(1)

Photo  

実は、この4月からロシア語を学んでいる。

 

いつもロシア仕入れの際、なんちゃって英語に

申し訳ない程度にロシア語を足した会話は、

たぶん火星人並みの語学力で、

「欲シイダヨ、少シ。5コダケ。コノまとりょーしかイイダガネ」

のようなことを恥かしげもなく、話していたように思う。

 

ロシア語の授業は毎週水曜日。

「はじめてのロシア語」とう超入門講座で、

頭にも耳にも優しい内容。(もしかして胃にも)

 

しかし通っているのは、何と語学教育の最高峰、

○○外語大学の一般市民講座で、受講者は

すべて社会人、仕事を終えてから何かを学びたい

という意欲的な人ばかり。

 

だいたい英語の偏差値は、中高と40をキープしていた

語学拒否に凝り固まった頑なな頭の持ち主ゆえ、

落ちこぼれ生徒になるのは、早々に覚悟しなければならないが

今のところは、少しは慣れ親しんでいるキリル文字の

アルファベットと挨拶の慣用句だけに、

何とかしがみついている。

 

「青年老い易く、学成り難し」と古人は上手いことを言ったもので、

今の私は「中年ボケ易く、記憶力まるで無し」なだけに、

今後、予断は許さない。

 

という流れも手伝って、ついに露和辞典(研究社)を

大枚はたいて買ってしまったのである。

この辞典、ロシア語を専攻する大学生の必需品。

こんな高価なものを臆することなく買ってしまう

社会人の根性がいやらしい。

 

休日は、ぼんやりと辞典を眺めているのだが、

いくつか面白い発見をしてはロシア人の感性に驚いている。

молодец

これは「偉い!」「よくやった!」といった褒め言葉なのが、

それ以外にも「若者」という意味もある。

若さゆえ、頑張ったときは褒めてあげようという親心なのか、

それとも若いというだけで素晴らしいということなのか。

 

これが動詞になると、

молодеть

「若返る」という意味だそうだ。

 

やはり歌にもあったように、

♪若いって~素晴らしい~

という少し嫉妬にも似た気持ちが語源の言葉かもしれない。

 

(店主YUZO)

5月 21, 2012 ロシア語 | | コメント (0)