2018年5月10日 (木)

第45回 紙の上をめぐる旅




岡本太郎『青春ピカソ』(新潮文庫)

最近どういうわけが気分が沈殿し、休日は予定を入れず家に篭りきり、外出する気にさえなれない。
四月は花粉症ゆえ、あえて外出を控えていたのだが、それが板についてしまったようである。
日頃の痛飲、鯨飲、暴飲に愚痴を言わず辛抱強く最後まで付き合ってくれる肝臓を休めるには好い機会と思いつつも、黄金週間のほとんどを家で過ごしているというのは、さすがに不健全である。


今、巷で囁かれている男の更年期とは思いたくない。
単に出不精の性格が、この年齢になって再び顔を出したのだと思いたい。
子供の頃は、昆虫図鑑や鉄道の時刻表を眺めては、ぼんやりと夢想したり、徐ろに絵を描いたりして、夕飯まで過ごしていることが多かった。
旅するのは好きだが、突き詰めれば私の性根は、筋金入りのインドア派なのである。
そんな部屋に篭りきりの私に呆れ顔の家族を尻目に、読書三昧の日々を過ごしている。


本日は岡本太郎『青春ピカソ』を読んだ。
出版されたのが昭和28年だから、岡本太郎が42歳の時の作品になる。
青白いエネルギーで満ち溢れていた青春の日々とピカソの永遠に流転する創作活動を重ね合わせて、このような甘酸っぱい題名にしたのだろう。
それは若き日、ピカソが既成概念を破壊する凄まじい光を放つ作品群を観た瞬間、血肉が熱く沸騰し、産毛が逆立ち息もできない程の衝撃を食らいつつも、同時にピカソが創作した新しい芸術に対し、今度はこの芸術を破壊し新たな芸術を創造するのが、自分の使命だと感じた野心も表している。


《いうまでもなく芸術は創造である。とすれば過去の権威を破砕することによって飛躍的に弁証法的に発展すべにものである。芸術家は対決によって新しい創造の場をつかみとるのだ。もっとも強力な対決者を神棚に祀り上げてしまったのでは、この創造的契機は失われる》


私は美術史や美術様式については門外漢なので、低い声でボソボソと呟くしかないが、この自身の創作に対する所信表明は、諸手を上げて共感する。
権威ある芸術の模倣だけで終わってはならないは、画家にかぎらず、詩人、小説家、音楽家、舞踏家も同じである。
その芸術表現に激しく魂を揺さぶられ、畏敬の念を表しながらも、自身が手にした絵筆は、それを超越する表現を模索しなければならない。
この創作態度は、終始一貫していて、岡本太郎が残した他の著書でも、繰り返し述べられている。
たぶんその頑なな創作姿勢に魅かれて、没頭してしまうのだろう。


最後に何年ぶりかのピカソとの邂逅についての随筆が載っている。
世界的な名声を得た大芸術家と旧交を温めつつ、日本文化や今日の芸術について、若い頃のように議論を戦わすことなく、世間話風に寛いでいる姿に、つい眼を細めてしまう。
ピカソと親友でいる日本人が存在したのが誇らしいというような下世話なことではない。
同時代に旧態然とした価値観を破壊して、新しい芸術を創造しようと挑戦し続けた、規格外の芸術家が日本にもいたことが嬉しく思うからである。
ピカソとの邂逅は、戦争の世紀だった20世紀に、芸術家として共に戦った戦友との思い出話と言えなくもない。

(店主YUZOO)

5月 10, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 3日 (木)

第44回 紙の上をめぐる旅




長谷川恭男『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書)


現在、日本は改憲派と護憲派と別れて論戦を繰り広げているが、というか改憲派が多数派の論理で、ゴリ押しして憲法改正まで漕ぎ着けようとしている感がある。
私を含めて、ほとんどの国民が憲法が改正されたら、どう生活が変わるのか、未来はどうなっていくのか、青写真を描くことができないまま、社会は揺れ動いているにちがいない。


それは戦後70年以上の間、憲法について活発な議論がなされていない事実と、何よりも国民に憲法とはどういう理念で成立しているか、国家においてどのような位置づけにあるのかを、きっちりとその定理を説明してこなかったし、教育もなされなかったことに一因がある。
法律と憲法は同じ位置にあり、いつでも時代に応じて変えられると、考える人も多いのではないか。


そこで今、熱い議論がなされている憲法について、どのような経緯をもって立憲主義が生み出されたのか、憲法にうたわれる理念とは何なのかを、今一度、アルコールで軟弱になった頭を使って考えてみようと思った次第。
何も知識がないままに、この今後の国の体制をうらなう問題をジャッジするよりは、何かしら腑に落ちた結論を持った上で決めないと、未来に生きる世代に迷惑がかかる。


この本では、近代社会が立憲主義に至るまでの経緯を、ルソー「社会契約論」、ホッブスやゴーティエなどをテキストに、何故に基本的人権や生存権といった概念が論議され、個人の自由を保障するようになったのかを解説する。
そのなかで興味深いのは、大多数が希求することが、決して万人の幸福を導くことに当たらないとして、民主主義的な多数決の論理を、全面的に肯定していないということ。


そこには宗教や人種などが混在している国家において、少数民族や少数の宗派が弾圧されることになりかねないという考えに基づいている。
また権力者によって、特定の団体や結社を優遇し、多数がその方向になびいた場合、社会的な価値観まで脅かすことになりかねず、個人の自由を侵害する恐れことになりうる。
つまり憲法とは、時代の潮流や権力に容易く流されなれないようにつくられた防波堤である。


著者は立憲主義についてこう書いている。


《この世の中には、社会全体としての統一した答えを多数決で出すべき問題と、そうでない問題があるというわけである。その境界を線引きし、民主主義がそれを踏み越えないように境界線を警備するのが、立憲主義の眼目である。》


この立憲主義の考えに至ったのは、何も第二次世界大戦が終わってから、その犠牲を教訓にして人類が得た叡智ではない。
フランス革命後に市民社会が出現し、そのなかで試行錯誤を繰り返しながら辿り着いた叡智なのである。


ひとりの愚鈍な権力者が、議会のルールを無視し、多数の論理で押し切って、変えられるような安直なものではない。
徹底して議論を重ねた上で、憲法改正について国民に信を問わなければ、この国の民意の成熟度を疑われるし、立憲主義に辿り着いた歴史が、リセットしかねない。

(店主TUZOO)

5月 3, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 2日 (水)

第43回 紙の上をめぐる旅




高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)


高橋源一郎の本を読むのは『ペンギン村に陽は落ちて』という、どう解釈して良いのか判断できかねる小説以来2冊目。
よって、熱心な読者ではないし、思い入れ過ぎによる偏向した読み方もできない。
結論から言うと、民主主義とは何だろうと、市井の人々の目線で考えられる、なかなかの良書である。


民主主義は人類が到達した高度な思想だとは、考えていない。完成されたものではなく、色々な不備や欠陥がある発展途上の思想だと思っている。
個人の自由、平等、権利に重きを置きながらも、その解釈は地域、文化、歴史、風習、強いては男女間によっても異なるだろうし、多種多様な価値観があるなかで、国家としては一番最適な決定を選択しなければならない。


発展途上である以上、常に緊張感をもって、為政者は国民の大多数が納得する、より良い方向へと駒を進めていくべきもの。


学生時代に受けた講義で、憲法学者の古関彰一教授が「民主主義とは何事決まるのに、一番手続きが面倒な国家体制です」と言ったのを未だに覚えている。
スズメの涙ほどの思考力しかないボンヤリした私でも、この言葉は常に心の隅にあって、社会人になった今でも、会社や地域で決め事がある度に、パブロフの犬のように条件反射として反芻してしまう。
それほどまでに私にとって強烈な一撃だった。


それならば、一個人として何をしなければならないのか。
それは周囲やマスコミに流されない自分自身の意見を持つことであり、反面、対峙する意見にもしっかりと耳を傾ける寛容さが、必要なのだと、この呑んだくれオヤジは考える。


いみじくもサルトルがアンガジェという言葉で、社会へのコミットを促したように、偶然にもこの国に生まれてしまった以上、積極的な社会参加や異議申し立てを自身の意見として持つことが、この国が堕落していかない唯一の手段であると思う。
ちなみに今宵は、それほど酒はすすんでいない。


この本の題名のような『ぼくらの民主主義なんだぜ』という国家を、権利を、個人を身近な問題として捉える意識が、この国に生きる者として必要だと信じている。
国家なんて、国民が自ら口を閉ざしてしまえば、いくらでも為政者の好きな方向に突き進んでしまうのだ。


「民主主義とは何事決まるのに、一番手続きが面倒な国家体制です」という言葉を信条としている者として、その思いは揺るがない。

(店主YUZOO)

5月 2, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月13日 (金)

第42回 紙の上をめぐる旅




ソルジェニーツィン『短編集』(岩波文庫)

長い間、探していた本を、ようやく神田で見つけた。
今はインターネットで検索すれば欲しいものを容易に手に入れられる時代ではあるが、クリックひとつで実現してしまうのは、何だか味気ない。
古本屋の薄暗い灯りの下で、眼をしょぼつかせながら、本棚を一段ずつ右から左へと追っていき、ようやく見つけ出した時の喜びは、金鉱を掘り当てような気分で、何ものにも代え難い。


まさに一期一会。出会いに物語がある。


何故ゆえにこの本を探し続けていたかというと「マトリョーナの家」という短編が収められているからである。
マトリョーナといえば、マトリョーシカの元となったロシア女性の名前で、マトリョーシカが生まれた19世紀には、かなり一般的な名前だったと言われているものの、意外にも文学作品で巡り合わない。


私が読んだ範囲では、ネクラーソフ「だれにロシアは住み良いか」とドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」に出てきたぐらい。
ネクラーソフのマトリョーナは大地に生きる逞しい女性がいきいきと描かれていたが、ドストエフスキーのマトリョーナは、下働きの貧しい女性で、個性も乏しい。
それだけにソルジェニーツィン版マトリョーナに対する期待は、否応にも高まるというもの。


発表されたのは、スターリン批判が行われた第22回ソビエト共産党大会があった1961年、雪解けの頃。
その歴史的な批判から2年後の1963年に「新世界」から出された。
マトリョーナの一生を描いた、この物語は1953年に設定され、1893年生まれの60才にしているところに、思わず細い眼をさらに細くしてしまった。
マトリョーシカが誕生したのが、1890年代末と推測されているので、ほぼ同年代だからである。


マトリョーナはとても貧しいのだが、困っている人があれば無償で手助けし、多くの資産を持たず、他人に騙されても、それなりの理由があるからだろうと考える、温厚で信心深い人柄として描かれている。
ソルジェニーツィンはその温厚な人柄に、ロシア革命以前の古き良き共同体が成立していた社会と、ノルマを達成することと個人財産を守ることに終始する、今のソビエト社会に生きる人々と対比させている。
マトリョーナの生き方を通じて、どちらの社会が人間らしい生活を送っているのかと、問題提起しているのだ。


物語は、奪われた自分の財産を乗せたトラックが線路で立ち往生した時に、お人好しのマトリョーナは手助けに行き、非業の死を遂げてしまう。
ソルジェニーツィンはその死を悼み、慈しみ深い言葉でこう結ぶ。


「自分の夫にすら理解されず、棄てられたひと。六人の子供をなくしながら、おおらかな気持ちをなくさなかったひと。妹や義理の姉とちがって、滑稽なほどばか正直で、他人のためにただ働きばかりしていたひと(中略)われわれはこのひとのすぐそばで暮らしておりながら、だれひとり理解できなかったのだ。このひとこそ、一人の義人なくして村はたちゆがず、と諺にいうあの義人であることを」


この小説が書かれた時とマトリョーシカが生まれた時代は、70年以上の隔たりがある。
しかし私が手にしているマトリョーシカは、無償の愛を兼ね備えた人が生きた時代。
この人のように生きなさいという願いを込めて付けられたのである。
そう思わずにはいられない。


(店主ЮУЗОО)

4月 13, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月10日 (火)

第41回 紙の上をめぐる旅




アファナーシェフ『ロシア民話集(下)』(岩波文庫)

昨日紹介した本の下巻。
上巻は動物が登場する童話や滑稽譚が、比較的に多かったのに対し、下巻は宗教的色彩を帯びた訓話、物語の展開も、血族同士の争い、欲深い商人が悲惨な末路を辿るもの、地の果てまで魔王を倒しに旅をするというようなドラマティックなものが主になっている。


もちろん「その酒盛りにわたしも呼ばれて蜜酒を飲んだけど、蜜酒はひげをつたって流れてしまい、一滴も口に入らなかった」というユーモア溢れる締めの言葉もない。


瞠目するのは「金の卵を生む鶏(鴨)」。
周知の粗筋は、金の卵を毎日生む鶏を手に入れた老夫婦が、毎日1個の卵では飽き足らなくなり、もしやこの腹のなかには大きな金塊が入っているのではと思い立ち、絞め殺してしまうが、お腹には何もなかったというもの。
欲をかき過ぎると、毎日1個の金の卵というささやかな幸せさえ失ってしまうのだという教訓譚。


しかしこちらに収められている話は、知られているものとはまったく違う粗筋と結末。
金の卵を生む鴨を手に入れたことで、貧乏家族の暮らし向きが良くなった頃、夫の留守中に妻が不貞をはたらき、鴨の存在を間男に話してしまう。
その鴨のお腹を見ると「この鴨を食べる者は王になり、心臓を食べる者は金の唾を吐くべし」と書かれていたので、すぐさま鴨を絞め殺すが、間男が席を外した隙に、二人の息子がその重要な部位を食べてしまう。


間男はその母親に息子を殺しを命じて、同じ部分の肉を取り出してこいと叫び、慌てた二人はお互いを励まし合いながら逃げていく。
それはそうだろう。
実の母親に命を狙われるのだから。
そして最後に悪は成敗され、息子たちと父親には未来永劫続く幸せが訪れ、母親は元の貧乏人に成り果てるという現実味のある物語となっている。


母親が息子たちを殺害しようと企てる様は血なま臭く、現代社会の病巣にも通ずるもの。
背筋が薄ら寒くなる話である。
ほかにも血を分けた兄弟が殺し合う話、魔王である実の父親を殺害するのを手助けする王女の話など、血縁関係をめぐるおどろおどろしい物語が多い。
「カラマーゾフの兄弟」が書かれた時代に、このアファナーシェフの民話集が出版されたことも興味深い。


あとがきで「十九世紀中葉のロシアはツルゲーネフ、ドストエフスキー、トルストイなどの大作家を輩出させたが、彼らが最も盛んに活動した「小説の黄金時代」は、この国でフォークロアすなわち口承文学の収集と刊行が本格的に開始された時期と一致している」と冒頭に書かれていて、膝を叩き、目を瞠り、大きく納得した次第。


民話に登場するイワンは、お人好しでバカな人物ばかり。
それゆえに住んでいる国や家族に幸せをもたらしてくれる、尊い存在として描かれている物語も多い。
そういえばトルストイ「イワンのばか」のあとがきで、ばか=白痴を純粋無垢な存在、神にも似た存在として信仰の対象になっていたと書かれていたような気がする。


ロシアは奥深い。


(店主ЮУЗОО)

4月 10, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年4月 9日 (月)

第40回 紙の上をめぐる旅




アファナーシェフ『ロシア民話集(上)』(岩波文庫)

19世紀半ば、ロシア・フォークロア学者として大きな功績を残したアファナーシェフ。
この偉大なる学者の長年にわたる口承文芸の採取と編纂のおかげで、こうして話し言葉が文字になり、海を隔てた国でも気軽に愉しむことができるのである。
後世に残る仕事は、何も大きなビルやプラントを造ることだけではない。


仕事柄、マトリョーシカや陶器に描かれた物語を訊かれることがあるが、物語の多くは民話だったり、プーシキンの小説だったりする。
訊かれても微笑みだけを返して「何でしょうね」と応じているようでは、専門店の名に恥じる行為であり、また資料を眼にしてボソボソと答えているようでは、何処ぞの国会答弁と一緒である。
相手の眼を見て、清々しく答えなければならない。


この本には36編の民話が収められている。
日本でも知られている「蕪(大きなかぶ)」も収められているのだが、ほぼ粗筋は同じなものの、登場人物が違うのが、口承文芸の興味深いところ。
私たちが幼い頃に手にした絵本では、お爺さん、お婆さん、孫娘、仔犬、猫、鼠と続いていくのだが、こちらの本では、仔犬から続くのは足で、次々と出てくる。
しかも何の足か明記はなく、しかも5本が並んだ末に、見事に蕪が引き抜かれたという結末。実にシュールな光景。


子どもの頃に聞いたときは、最後に非力な鼠の力添えで蕪が抜けたことが面白くて、何度も読み聞かせてもらった。
しかし物語の核心は、そんな牧歌的な顛末ではなかったのである。
5本の毛深い足が、お互いの毛を絡ませながら引っ張る姿を想像してもらいたい。
気色悪いと思うのが現代的な感覚であって、近世のロシア民衆気質は、その光景に面白さを求めていたのではないか。
何しろゴーゴリに「鼻」を書かせた国である。


他にも「テレモック」に似た「動物たちの冬ごもり」といった興味深い話もある。
もちろん森に住む魔女バーバー・ヤガーは様々な物語に登場して、訪ねた者を大釜で茹でて一飲みしたり、魔術で様々な物に変えてしまう。
こんな怖い話を、蝋燭の灯りの下で聞かされてたら、子どもたちだけではなく、大人たちも震えがったのだろう。


そして多くの話が「その酒盛りにわたしも呼ばれて蜜酒を飲んだけど、蜜酒はひげをつたって流れてしまい、一滴も口に入らなかった」という言葉が、締めとして慣用句となっている。
口承文芸は酒宴の席で、話術の得意な者が話しただろうから、言わば落語の「お後がよろしいようで」同様の結びの言葉として、一般化したのかもしれない。
いろいろと興味の尽きない本である。

(店主ЮУЗОО)

4月 9, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月30日 (金)

第39回 紙の上をめぐる旅




岡本太郎『美の世界旅行』(新潮文庫)

旅行記を読むのが好きである。
自分が訪れたことのない国の見聞も良いし、何度か訪れた場所であっても、感性がちがうと印象までも異なってしまうことに驚かされるのも良い。
そのような視点で観られなかった自分の感性の未熟さを思い知らされ、顔を赤らめて口を噤んでしまうこともある。


人の数だけの感性があるのならば、その数だけ旅先での体験や感動があるはずである。
それは何度も訪れた場所でも、実は表層しか見ていなくて、まだ自分はその土地について、何も知らないという事実につながる。
無知の知というか、未知の地。
世界は驚きに満ちている。


この本で岡本太郎は感性の触角をピンと張って、世界の様々な芸術作品と対峙している。
その感性は大きく時代を遡り、騎馬民族が世界を席巻した頃まで辿り着き、「北ユーラシアの大草原、ウラル・アルタイ、そしてモンゴルを通って朝鮮半島に吹きつけて来た流動感。私はそれを「風」として素肌に感じとるのだ」と感慨深く語るのである。
それもチャンスンという発祥の地、韓国でも忘れられた存在になっている、ひょろりと長く伸びた棒切れを眼の前にして。
その感性の自由さ。大らかさ。
時代も文化もひとつの凝縮した塊となって、それは棒切れでなく、隆盛を極めた騎馬民族の証しとして、岡本太郎の眼には映っているのだ。


その類稀なる感性をもって、スペインのサクラダファミリア教会に、メキシコのアステカ文化に、インドのタントラに、激しく揺さぶられて、強く共鳴していく。
漲るエネルギーを内包して。


岡本太郎が創り出す芸術作品、美術論に共感できない人は多いかもしれない。
しかし、これだけの鋭い感性とエネルギーの放射をもって、対象物と対峙したことはあるだろうか。
有名な絵画だから素晴らしいとか、世界的な画家だから一流だという、固定観念で鑑賞していないだろうか。
岡本太郎の眼は世界的な評価という束縛を嫌い、一貫して原初的なプリミティブな作品に対して、畏敬を抱いて見つめている。


我の眼は濁っているか、澄んでいるか。

(店主YUZOO)

3月 30, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月27日 (火)

第38回 紙の上をめぐる旅




柳家小三治『もひとつ ま・く・ら』(講談社文庫)

映画や小説の世界では、続編というのは概ね二番煎じの粋を出ず、面白味が半減するか、酷いものになると初編の面汚しになりかねない。
しかし次作も初編同様のクオリティと鮮度を保つことができれば、人気シリーズとして定着するという甘い蜜もあり、魅力的である。
そこが制作者の悩むところだろう。
潔く一作で打ち止めというのは清々しい態度ではあるものの、甘い香りが漂ってくる以上、同じ企画で、その蜜を味わいたいという心理も、人間味溢れた心理であり、その皮算用もまた清々しい。


前作『ま・く・ら』で抱腹絶倒の世界観を繰り広げ、小三治ファンのみならず絶大な支持を集め、この勢いでと2匹目の泥鰌と狙ったのが本作である。
結論から先に述べると、やはり続編は前作に劣るという方程式が、ここでも成り立ってしまっている。
前作は、まくらの小三治と呼ばれる師匠だけに、ベスト・オブ・ベスト言える珠玉の名作が収められていた。
それと比べたら、見劣りするのは仕方がないのだが。


前作が球界を代表する名選手を揃えたドリーム・チームならば、本作は阪神タイガースのみでオーダーを組んだ、変わり映えのしないチームと喩えれば、解りやすいだろうか。
つまり阪神タイガースのファンの立場から見れば、十分に納得できる内容なのである。
何のこっちゃ。


この本のあとがきに、小三治師匠はこのような一文を載せている。
「最後にもひとつお願い。厚い本だからと先を急がないで下さい。
例え黙読でも、私がおしゃべりしているのと同じ速度で読んでくれませんか」


そうなのである。
この本は小説でもなければ、随筆でもない。
寄席に行ったときと同じような面持ちで読むことで、この本の表す人生の滋味に向き合うことにつながるのである。
近頃の私の読書というと、年を追うごとにせっかちになるせいか、呼吸をするのも忘れ、酷い時には2、3行飛ばして読んだり、粗筋を追うことに終始してしまっている。
そういう態度では、自分の人生も表層だけをなぞっているのだろうと、あとがきで小三治師匠に諭されているようだ。


この本には21編のまくらが収められている。
「外人天国」では、老舗鰻屋で働く外国人が増え江戸風情がなくなってきたのを嘆いたり、「笑子の墓」では、テレビの人気者になって芸を磨くことを忘れていた自分に、痛烈な一言を告げた女の子の訪ねてみたりと、様々な場面での人生の機微が詰まっている。
中でも虚をつかれたのは、パソコンに翻弄される自分を自虐的に話す「パソコンはバカだ!!」。
飄々と語るまろやかな舌先は、現代日本社会の病巣を白日に晒したようで、今や国民皆、モバイルの画面を1時間に一度は見ないと不安になる精神状態を、同じ庶民の目線から見透かしているようだ。
舌先はまろやかで、目線は鋭い。


21編あるのだから、ここは慌てず、先を急がず、一日に一編読むぐらいが丁度良い。
読みながら、観客になった気分で時折拍手をすると、さらに良い。

(店主YUZOO)

3月 27, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月26日 (月)

第37回 紙の上をめぐる旅




忌野清志郎『忌野旅日記』(新潮文庫)

文庫本だからといって、侮れないことがある。
単行本が文庫サイズに変わったという単純な図式ではないことがある。
例えば加筆訂正が加えられていたり、単行本未収録の作品が追加されたりと、読者泣かせの編集がなされている場合があるからだ。
この辺りは、CDが売れなくなったのでリマスターを施したり、デモ・バージョンを収録したり、音楽業界と似ているのかもしれない。
少しずつかたちを変えて、何度でも買ってもらおうという魂胆が見え隠れする。


この本も文庫化にあたって、新たに5編の随筆が収録されている。
これを商魂丸出しの由々しき事態と捉えるべきか、吉報ととるべきが二つの意見があると思うが、この場合はその5編のために財布の紐を緩めなくてはならないマイナス面を差し引いても、後者の意見になるだろう。


この5編には、細野晴臣と坂本冬美と組んだHISのレコーディング風景や敬愛するバンド、ブッカーT &The MG’sとの交流が綴られていて、永遠に新作が発表されない現実を思うと、このような文章と邂逅することで、在りし日のキヨシローが多くの音楽仲間に愛されていたことを、追想することができる。


細野晴臣がリズムのサンプリングを創り出すのに、2、3時間も器材と格闘していて、退窟極まりなかったというエピソードは、その情景が浮かぶようだし、「恋のチュンガ」のボーカル録音時に、恥ずかしがる細野さんを無理やり説き伏せたら、暗くしたボーカル・ブースのなかで顔を真っ赤にして歌っていたという話は微笑ましい。


この頃の細野晴臣といえば、アンビエントだの、エレクトロ力だの、ニューエイジだの、眉間に皺が寄るような小難しい音楽ばかり演っていて、自身が歌うことがなかっただけに、この時期の貴重な本人歌唱曲となっている。
そんな後ろ向きな細野晴臣を口説き落とせたのも、キヨシローの人柄によるものに違いない。
同じように、数多くの音楽仲間とのエピソードが綴られていく。
スティーヴ・クロッパー、イアン・デューリー、山下洋輔、ドクトル梅津、片山広明、坂本龍一、仲井戸麗市などなど。

この本を読んで、改めてキヨシローが残した音楽を聴くと、この本に登場するミュージシャンと行ったレコーディングやコンサート、イベントが、お互いに敬意を払った交流だったから、あのような素晴らしいものが出来上がったのだと気づかされる。


ファンならば財布の紐が緩んでも、仕方がないと思える一冊。

(店主YUZOO)

3月 26, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月21日 (水)

第28回 紙の上をめぐる旅




ニコライ『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫)

幕末から明治にかけて、日露交流の礎として、ニコライの布教活動が大きく寄与したことは間違いないだろう。
この本は、そのニコライが1869年にロシアに帰国した際に、雑誌『ロシア報知』に寄稿した、日本の印象について書いたもの。
もちろん職業柄、日本人の宗教観、精神性などが主題になるのは仕方ないが、それでも当時の庶民生活がしのばれて興味深い。


冒頭で日本の政治体制下の庶民生活について「ヨーロッパの多くの国々の民衆に比べてはるかに条件は良く」と述べ、乞食はほとんど見かけず、東洋の他国に比べて、支配者の前に声なく平伏す東方的隷従はないと、その特殊性を考察。
更に識字率の高さに眼をむける。
国民の全階層にほとんど同程度にむらなく教育がゆきわたり、その要因は孔子を教材として読み書きを習うことにあると、推論している。




ニコライが来日したのは1961年。
来日時は日本語を話すことさえ儘ならぬ状況だったのに、日進月歩で読み書きを覚えつつ、同時に日本について冷静沈着な眼で分析していく。
その溢れんばかりの熱意は、ロシア正教会を日本の地に根付かせたい、ニコライの許に集まり始めた信者の心性を理解したいという思いからきているのだろう。

一方で、西欧人では計ることのできない、一途になりがちな狂信的な傾向、自身が永遠に神々の寵児だと信じている、国民性を危惧している。
それは二十五世紀の間、彼らの一度として頭を垂れて他国民の軛につながれたことがなかった歴史にあると、アイヌや朝鮮半島への侵略の歴史、中国との関係から結論づけている。

このニコライの危惧どおり、国力が諸外国と肩を並べるようになった途端、戦争への道をひたすら突き進むのだから、先見性のある考察。
来日して数年で、日本人の好戦的な志向を読み取ったニコライに驚嘆せざるを得ない。
ふと、当時の指導者はこの国民性を見極めていたから、戦争を選んでも支持されると判断していたのならば、その非人道性なる先見性に薄ら寒くなった。




ほかにも神道の原始的な信仰について、禅や法華経といった仏教、カトリックの非合理性など、事例を挙げて批判しているが、その方面は門外漢なので、眼を細めるだけで、これといった感慨はない。

武士社会から近代国家へ移行する、歴史が大きく変わろうとしているなかで、日本についてほとんど知識がなかったロシアの宣教師が、市井の人々と触れ合い、知識を得ていくうちに、どのような印象をもったのかを窺い知るだけでも、眼を瞠ざる得ない。
知を刺激される本である。


(店主YUZOO)

2月 21, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 4日 (日)

第27回 紙の上をめぐる旅




渡辺光一『アフガニスタンー戦乱の現代史』(岩波新書)


アフガニスタンに最初の国際社会の眼が向けられたのは、1979年ソビエトが侵攻した時だろう。
まだ東西陣営に世界が分かれて、西側諸国はソビエトの暴挙に抗議し、経済制裁や渡航制限などの圧力をかけ、さらに象徴的だったのは、1980年のモスクワ・オリンピックをボイコットした。
メダル候補だったマラソンの瀬古や柔道の山下が出場できないことに、落胆した国民は多かったはず。
その後、2001年の同時多発テロ事件を受けて、ブッシュ大統領が「テロとの戦い」宣言し、大掛かりな掃討作戦に出る。


長年にわたってアフガニスタンが、戦乱の惨禍にあることをニュースとしては知っているのだが、それは時間の経過という横軸だけの認識であって、なぜ自国が絶えず戦争に巻き込まれなければならないのかという縦軸の認識がない。
資源に乏しく、大きな産業もなく、高山に囲まれた自然が厳しい国が、大国の論理に翻弄され、常に戦場とならなければならない理由を知りたいのである。
慣れ親しんだ土地を追われ、家族を惨殺され、難民になるのは、派遣された兵士ではなく、そこに生きている人々ゆえ、大多数のアフガニスタン国民は戦場になることは望んでいないはずだ。




この本はその問いかけに、アフガニスタンを構成する民族から、文化や宗教に至るまでを分かり易く説明してくれる。
冒頭の章から驚かされるのは、アフガニスタンは、過去一度たりとも国勢調査が実施されたことなく、国連機関やNGOが発表する人数は、あくまでも推定の域を出ていない。
しかし援助金や補助金を得るためには、推定でも明記しなければならず、多くの資金を調達するために、割増に申請するという悪しき慣習さえある。


他にも近代イギリスが、インド、パキスタンの植民地をロシアから守る要所として、三度の戦争があったことが記されている。
アフガニスタンは経済的に貧困国ではあるが、交通の要所として重要だっただけに、その地を有利に治めるため、強国から狙われていた。
やがては東西イデオロギーの要ともなり、前述のロシアによる侵攻があり、報復という名のアメリカ出兵がある。


この本が発刊されたのは2003年。
タリバン勢力が掃討され、困難で険しい道のりであるが、国を建て直すために、アフガニスタンの諸勢力が会議のテーブルに着いたことに、一筋の光を案じて締めの言葉としている。
だが15年を経た現在、著者の祈りは天に届くことなく、歴史が逆行するような事態となってしまった。
タリバン勢力は資金調達ルートから判断して、再び興隆することはないと、著者は断定的な発言をしていたのだが。


いつ終わるかわからない果てない内戦に、途切れることなく武器が調達されていく。
国民の生活さえ困難な国なのに。
どのような力関係によって、もしくは論理によってアフガニスタンが、このような過酷な運命に晒さなければならないのか。
祈るしかないだけの無力感だけが残る。

(店主YUZOO)

2月 4, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月29日 (月)

第26回 紙の上をめぐる旅




伊藤章治『ジャガイモの世界史』(中公新書)

スペインに滅亡されられたインカ帝国の遺産として、今や全世界で栽培されるに至ったジャガイモ。
生産性が高く栄養も豊富ゆえ、「貧者のパン」とまで言われるようになったジャガイモが、如何にして海を渡ってヨーロッパへ、アジアへ、そして日本へ辿り着き、飢饉や動乱であえぐ庶民の空腹を満たす食材として重宝されたのかを紐解いてくれる。
それは戦争や自然災害で翻弄される庶民の歴史でもある。


日本史の教科書で初めての公害事件として記される足尾鉱毒事件。
公害により先祖代々続く土地を、泣く泣く離れなければならなくなった住民を、県と国は言葉巧みに、北海道開拓移民の道を勧め、オホーツク海をのぞむ極寒地の佐呂間へと入植させるのである。そこは未だ人間が足を踏み入れたことのない原生林が生い繁る太古の原野。
その未開の土地を額に汗をして、少しずつ開墾して、何とか人の住める土地へと変えていく。


この本に当時の写真が掲載されているが、住居は藁葺きの掘っ立て小屋。
冬には−20度を超える厳しい生活が見てとれ、この入植が過酷極まりないものだと想像できる。
その地で人々の生命を現世に繋ぎ止めてくれたのは、ジャガイモのだったという。




ロシアでもジャガイモに救われた話が、20世紀の終わりに起きている。
ソビエト崩壊後の経済が混迷するなか、自給自足で何とか食をつなぐことができたのは、ダーチャとジャガイモのおかげだと、当時を知る者は口々に話す。
人々はスーパーに並ぶ1日ぶんの給料を超えるような食材を尻目に、ダーチャで畑を耕し、ジャガイモを植え、家族の飢えを満たすことができた。


「ジャガイモは五百キロぐらいとれたから一年分あったね。野菜類を含め、食べ物の半分はダーチャの作物で賄えた。両親は本当に喜んでくれた」
この言葉に、当時のロシア人がダーチャとジャガイモに助けられた事実に実感がある。


第二次世界大戦敗戦後のドイツでは、国民ひとりあたり1日1000キロカロリー以下にまで貧窮したため、公園の敷地を耕作可能な土地にして、市民農園として貸出たという。もちろん、主に植えられるのはジャガイモである。


またジャガイモが疫病に罹り、大飢饉に陥ったアイルランドの例も紹介している。
やむなく母国を離れ他国へ移り住んだ人と餓死した者を合わせると、250万人以上だという。
ジャガイモの収穫の良し悪しが、国の根幹さえ揺るがしてしまうのである。


世界を揺るがしたジャガイモに、うむと唸ることさえできず、ただ眼を瞠るばかり。
そして、ふと思う。
スペインに侵略され滅亡に至ったインカ帝国だけども、ジャガイモによって平和裡に世界征服をしているのかもしれないと。

(店主YUZOO)

1月 29, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月26日 (金)

第25回 紙の上をめぐる旅




室謙二『非アメリカを生きるー〈複合文化の国で』(岩波新書)

良い意味で裏切られた本である。
表題から察すると、アメリカ永住権を取得した人が、かの地で生活していく際に、立ちはだかる人種差別や文化の違いに翻弄される半生を綴ったものと想像してしまうが、その内容とは異なる。


この本に登場するのは、最後のインディアンと呼ばれたイシ、スペイン戦争に自ら志願して赴いた若者たち、ジャズの革命児マイルス・ディヴィス、禅に人生の意味を問うビートニク、生き延びる術を幼い頃から身につけるユダヤ人。
それらの人々が信念として内に秘めているアイデンティティこそが、アメリカが本来理想として掲げている自由なる精神を体現しているのではないかと、鋭く考察している。


スペイン戦争に参加することは、共産主義に傾倒する恐れがあるとして禁止し、不当に取り締まる母国アメリカに屈せず、密航してまでもスペインに向かい、しかも武器も充分に手にしないまま約3割が命を落とす。
自ら危険を冒してまでスペインへと駆り立てたアイデンティティとはと、友人であるハンクの言動や回想録に答えを求めようとする。
またビートニクが東洋思想にこそ真理が在ると、仏教や禅にそれを求める姿に、たとえその修行が我流であったとしても、その姿にアメリカらしい自由なる精神が現れていると、著者は考える。




ひとつの音楽スタイルに安住することなく、飽くなき挑戦を続けたマイルス・ディヴィスの精神からも、征服者アメリカに敵対心を抱かず、インディアン文化を貫いたイシの精神からも、迫害と流浪の歴史から論理的思考を身につけることで現実を知るユダヤ人の精神からも、同様の自由なる精神があると考える。


敢えて著者が題名に「非アメリカ〜」と書いたのは、逆説的な意味合いを含んでいて、これらの人々はアメリカ社会では、少数で構成されたコミュニティであり、アウトローであり、落伍者であり、アメリカの大多数を表しているのではない。
しかしその「非アメリカ」が示す多様性に、価値観に、アメリカが独立宣言のときに高らに謳った精神が息づいていると考えたからこそ、副題に〈複数文化〉と加えたのだろう。


著者は終章で、アメリカについてこう綴っている。

《アメリカに住んでいて「自由さ」を感じるのは、この国には多様な要素があり、雑多なものが多く紛れ込んでいるからだ。さまざまな人種が住み、さまざまな場所(空間)がある。そこには異なった歴史と文化がある》


白人至上主義の大統領が就任しようとも、アメリカの魅力は、ここにある。

(店主ЮУЗОО)

1月 26, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月17日 (水)

第24回 紙の上をめぐる旅




R.Oハッチンソン『ゆがんだ黒人イメージとアメリカ社会』(明石書店)

公民権運動というアメリカに大きな改革を迫った歴史的な出来事ののち、以後どのような社会の変革がなされ、人々の意識がどう変化したのか、昔から興味があった。
国を震撼させるほどの運動が起これば、その後には前進的な発展と、それとは逆に反動がある。
一夜過ぎれば、元の社会に戻るような祭り事ではない。


法の改正や人権の向上など善き改革があれば、それとは正反対の障壁が築かれるこたもある。
「365歩のマーチ」ではないが、三歩進んで二歩下がるといった軌跡をたどりながら、社会は迷走しつつ発展していくのではないか。


先日紹介した藤本和子著『ブルースだってただの唄』が、公民権運動後に黒人女性の意識や生活にどのような変化や芽生えがあったのかを、インタビュー形式で行ったレポートであったが、この著書は黒人男性が、どのような立場に置かれているのかを論じたものになっている。
『ブルースだって〜』が出版されたのが1986年。
この著書は1994年で、公民権運動から30年を経た現状を捉えたものになっている。


この本で一貫して著者が訴え続けているのは、黒人は働くのが嫌な怠け者、まともな家庭を築けない堕落者、すぐ怒る乱暴者、セックスしか頭にない好色者、といった負のイメージ日常的に市民社会に拡散していく偏見に、強く異議をとなえている。
その汚れた手法は、アンクル・トムと蔑まされた100年前の奴隷時代と、ほとんど変わらないという。




たとえばダウンタウンやゲットーで起こった殺人や麻薬密売など、人口に対する犯罪比率は、ほぼ変わらない。
むしろ白人社会の方が多いのに、新聞の一面は黒人が起こした犯罪で占められる。


有名な事件では、警察官の職務尋問で、不当な暴力を受けたロドニー・キング氏に対しても、警察を非難する記事は少なく、主要各紙は、夜中にあんな大きな黒人がうろついていたら怖いに決まっている、警察官の行動は、むしろ正当防衛であるという論調が主となる。
被害者が加害者に変わっていく。
著書は同じ事件が起こっても、白人でも同様の扱いを受けるのかと、強い疑問を投げかける。


残念ながら私はハーレムに住んでもいないし、ゲットーを目の当たりにしたこともないので、軽はずみな言動は差し控えるが、アメリカ史において輝かしい一頁を刻んだ公民権運動後も、何ら現状は変わらないと弾劾されると、市民社会に根付く不誠実に、陰鬱な気分になる。

偏見と非寛容。
日本の市民社会にも同じく、強く根を張っているのだろう。
沖縄、フクシマ、在日、ホームレス、同性愛、ハンセン病.....。
本当に市民社会は、紆余曲折しながらも、より善き社会に向かっているのだろうか。

(店主YUZOO)

1月 17, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月15日 (月)

第23回 紙の上をめぐる旅




立川談志『世間はやかん』(春秋社)

ここで言う「やかん」というのは、お湯を沸かすためのひょっとこ口のらあれではなく、楽屋の符丁で「知ったかぶり」のこと。
その語源は、長屋の住人の八五郎とご隠居との問答が噺になった「やかん」からきている。


というわけで、この本もインタビューという形式はとらず、八五郎(聞き手)の問いに対して、ご隠居(談志)が回答する形式をとり、落語だけでなく、文明とは、知識とは、欲望とは、女性とは、人間と動物のちがいはなど、縦横無尽に話題が飛びつつも、落語風なひとつの噺として体を成すことを主題としている。
ただこの形式で、談志が常日頃から抱いている、落語や世間に対する思索の核心まで触れることができたかというと、その思惑の半分も満たさなかったのだろう。





その歯軋りしたくなるようなジレンマがあったのか、本の帯には「ナニィ、談志の本買い?よした方がいいよ」と赤字で大書し、あとがきにも「言い訳しないと恥ずかしくて、保たない。買わないことだ」と綴っている。
得てして、実験的な試みは、十分な満足いく結果にはならない。


常に喉元に魚の小骨がつっかえたような違和感が残るもの。
ひとりの読者としては、それほど内容を否定するような、悪い出来映えには思えないのだが。
そこは立川談志という天才肌の噺家。
この程度の出来映えでゼニを取るなど恥の上塗りと思ったのだろう。いやはや。


そのせいか話題が停滞する兆しがあると、少しでも読んで耐えられるものにしようと、随所に世界の小噺やジョークを挟み込んでくれる。
なかにはロシアのアネグドートまで披露するので、その博識、笑いに対する並々ならぬ姿勢に舌を巻くばかり。
小噺を拾い読みするだけでも、この本の元は十分に取れる。
では、そのなかでも秀逸なものをひとつ。


談志と中国人ガイドとの会話
「アナタは変わったヒトですね」
「なんで?」
「アナタはオンナの処へ連れてけとか、そういう要求しませんネ」
「いわねぇんだ。そういうの好きぢゃねぇんだよ」
「そうですか、・・ところで、それはイイんですけど、あそこにずっと一緒に来ているアサハラさんと信者の皆さん、みなさんきちんとして、ちゃんとして、礼儀のイイひとたちばかりですね」
「そうかい」
「ただワカラナイことが一つ」
「なんだい?」
「アサハラさんが入ったお風呂の残り湯、みんなで飲みます」


おあとがよろしいようで。

(店主YUZOO)

1月 15, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月11日 (木)

第22回 紙の上をめぐる旅




A.プーシキン『スペードの女王・ベールキン物語』(岩波文庫)

ロシアに関係する仕事をしていると、どうしてもプーシキンは避けて通ることはできない。
ロシア語を文学芸術に昇華させた偉人であり、ロシア人ならば誰もがプーシキンの詩の一節を諳んじることがある、もっとも親しみ深い詩人であり作家であるからだ。


マトリョーシカのお腹に描かれた絵には、プーシキンが創った物語であることが多いのだが、浅学の私は、お客様に絵について問われると、しどろもどろになって、たぶんロシアで古くから伝わるお話でしょうと、お茶を濁してしまう。
口惜しい。
美味しい刺身を目の前にして、醤油を切らした時のように口惜しい。


ロシア工芸品を取り扱う店であっても、常にプーシキンの影が見え隠れして、極めようとするかぎり、その存在を無視することは到底できない。
そこで岩波文庫の出番となったわけである。
さすが戦前から知の世界をリードしてきた出版社だけに、昨今流行している新訳ではなく、「スペードの女王」(昭和8年)、「ベールキン物語」(昭和12年)と、当時のロシア文学研究の第一人者、神西清の旧訳を現代仮名遣いに改めたものになる。


時折、現れる文語調の訳は、プーシキンが紡ぎ出す物語に格式を与え、「彼が酩酊いたしおるを見掛けしことは、迂生ただ一度も無之(これ実に当地方にあっては空前の奇跡とも申すべし)」のような文脈に目が深く微笑む。




「ベールキン物語」五つの短編を織り込んだ作品集だから、この本には合計六つの物語を収められている。
悲劇、喜劇、ロマンス、怪奇譚など様々な手法の作品に富んでいるが、なかでも現代に通じる物語は「スペードの女王」であろう。


賭事には人知では計ることができない法則があると信じられていて、それを知ることができれば、永遠に勝負に勝ち続け、巨万の富をこの手にすることができる。
現代人もその法則を我がものにしたいがために、宝くじはこの売り場で3時に買う、競馬場には7番の扉からしか入場しない、パチンコは足した番号が9になる台しか打たない、それぞれ縁起を担いで見極めようとする。


「スペードの女王」の主人公ゲルマンも同じこと。
ある霊感を持った貴婦人から勝つための法則を聞き出し、言われた通りに賭けトランプに興じ、一夜にして今までに手にしたことないのない富を手にする。
それから熱病に罹ったように毎晩、賭博場に出入りするようになったゲルマンの行く末は。
ここでは結末は明かさないが、悪銭身につかずの諺にある通りである。


プーシキンが現在でもロシアで読まれる理由がわかる気がする。
物語はフィクションである以上、読書に心地良い裏切りがないといけない。
プーシキンの作品はロシア語の美しい響きも合わさって、読者を魅了しているのだろう。
もっとも原書で読まないかぎり、ロシア語の美しさを堪能することはできないのだが。

(店主YUZOO)

1月 11, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 9日 (火)

第21回 紙の上をめぐる旅




ロナルド・サール『ワイン手帖』(新潮文庫)

酒呑みとは、酒について何かしらウンチクを語りたい人種である。
ただ酔えば泰平というものではない。
酒の種類は言うに及ばず、銘柄から産地まで、強いてはその土地の風土からお国柄まで申さないと、気が済まない。


「日本酒は純米酒に限る。醸造アルコールを含んだのでは、この酒の良い部分を殺してしまっている」
「この◯◯正宗は、年間500本しか造らない小さな酒蔵でね。昔ながらの技法を忠実に守っているわけよ。酒の基本は、何も引かず、何も足さずだからな」
しかし聴く側も黙って盃を傾けているわけではない。
「私の舌が感じるには、◯◯正宗は甘味があり、刺し身には合わない。それに比べて見よ。この△△誉れは。水の如く滑らかで、刺し身にはもってこいの銘酒である」
と鼻の穴を膨らませて、やり返すのである。





安酒場では、この議論が延々と続くわけだが、論理が破綻しようとも、天地がひっくり返ろうとも構わない。
酒場の論議は、結論が導き出されることを好まないからである。


この「ワイン手帖」なる本。
ワイン通も日本酒党と同様に、酒について一席講釈をたれないと済まないようである。
著者は、それら酒を語る自称ソムリエたちを、苦い目つきで見つつ、ワインを語るのならば、しっかりと詩情を含んだ美しい表現で語りなさいと、叱咤するように綴っている。
皮肉とエスプリに満ちたイラストを添えて。


裏を返せば、この著者も多かれ少なかれ、我々と同じ安酒場の唎酒師と同じ血が流れているのではあるまいか。
ただワイン通が味を表現するのに、これほど言葉豊かに表現しているのに、それほどの詩情はなく、ひと言だけ、旨いと済ましてしまっている。
真の唎酒師だったら、その言葉の拙さにアルコールの酔いだけでなくとも、頬を赤く染めてしまうはず。


「ピリッとした辛さの残る熟成の頂点を過ぎた大年増の味」
「天国にいるような芳香」
「まだ若過ぎる、熟成させれば魅力が出るのは確か」
「心地よいスモーキーなあと味」


安酒場の唎酒師は、舌の経験値を上げるとともに、言葉遣いを鍛錬しなければならない。
しかし、頂点を過ぎた大年増の味がするワインというのを、一度呑んでみたい気がする。

(店主YUZOO)

1月 9, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 5日 (金)

第20回 紙の上をめぐる旅




『努力とは馬鹿に恵えた夢である』(新潮社)

立川談志らしい辛辣でありながら、哲学的な題名である。
江戸落語に描かれた庶民像は、現代に生きる人間の精神や思考にも通じ、時代が変われども、所詮人は人、何の進歩もなければ後退ももない。
人間の精神性に、江戸と現代の間に優劣はなく、ただ生活様式が変化しただけであると、考えるのが健全である。


ただ人はこの世に生を授かった以上、業を背負って生きなければならず、その言動や行動は他人が伺い知ることではなく、至って本人は真面目に取り組んでいるが、本人以外は滑稽に思え、何であんなにも慌てているだろうねなどと、周囲の笑いを誘う。
笑いの本質として、俺ならばあんなことしないけどなぁという心理、浅はかな奴だね、見ていられないよというような優越感が、笑いへと変換されるのではないか。


本来、理解不能な他人を演じるのが落語という芸の本質ならば、その芸を高めるには深い洞察力や観察眼が要求される。
熊さん、八つぁん、長屋の御隠居、古女房など、それぞれの人間関係や距離感などを見極め、独りで何役も演じるわけである。
独り何役。笑いを観客に提供する芸としては、世界広しといえども落語だけではないのか。





この本は談志没後3年、とくに円熟期から晩年に書かれたエッセイを中心に編集されたものである。
自身の老いや病を自覚しながら、落語の本質、人間の業をえぐり出そうとする姿勢は、鬼気迫るものがある。
晩年の談志が何を追い求め、何を畏れていたのかが、ひしひしと伝わってくる。
この題名も、自嘲気味に己に向けて発した言葉なのではとさえ思えてくる。


伝説と謳われた2007年の独演会で演じた「芝浜」。

「神が(芸術の神が)立川談志を通して語った如くに思えた。最後はもう談志は高座に居なくなった。茫然自失、終わっても観客は動かず、演者も同様立てず、幕を閉めたが、又開けた、また閉めて、又開けた。その間、演者は何も云えなかった。だった一言
“一期一会、いい夜を有難う”としか云えなかった。


このくだりは、一瞬、談志の遺書か遺言かと思えてくる。


そして爆笑問題との対談がこの本の締めくくりとなる。


「何なのかネ、そんな重大なことでなくても、他人に伝え、自分が納得することによって人間生きているのかもしれないネ。してみりゃ話題なんて何でもいいのかも知れない」


こう呟くところに、談志の人間を洞察力の奥深さを感じる。
やはり天才肌の落語家であった。

(店主YUZOO)

1月 5, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 3日 (水)

第19回 紙の上をめぐる旅




立川志の輔『志の輔旅まくら』(新潮文庫)

当然ながら落語家だって旅をする。
もちろん酪農家だって旅をする。
生まれながらにして人には、ここより他の場所に行きたい気持ち、異邦への憧れ、まだ見ぬ桃源郷を希求する遺伝子が色濃くある。


この本、立川志の輔の旅をテーマにしたまくらをまとめたもので、同じく柳家小三治『ま・く・ら』という名著があるが、それと双璧をなすぐらいの快書である。

ただこういう肩肘を張らずに読める本の解説を目にするほど、つまらないものはない。
外国の小噺を通訳を介して聞くようなもので、鮮度が落ちるのは当然のこと、さらに妙に教訓めいたお堅い話に変わってしまう。


小噺は諺ではない。
というわけで、思いついたことを、つれづれなるままに書くことにしよう。

立川志の輔が巡った旅のなかで、羨ましく思うのは映画『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』を観て、キューバ行きを思い立ったこと。
太い葉巻を加えてビシッとしたスーツを着た、90才のミュージシャン、コンパイ・セグンドの「俺の人生そのものが、恋だった」と粋な台詞にガツンとやられて、こんなに人生と音楽を満喫している老人が住むキューバとは、いったいどのような国と好奇心が芽生えたのが発端。


このフットワークの軽さと行動力。
私の行きたい国No. 1が長年キューバなので、羨ましいと言ったらこの上ない。





この誰も行こうとは思わない国こそ、何か面白いことが隠されていると考えるのが、この稀代の落語家の勘どころで、インド、北朝鮮、メキシコ、羽咋市、高知市へと足を延ばしていく。


石川県羽咋市はUFO の町で宇宙博物館があるそうで、そこに飾られている宇宙船ルナ24号がロシアから届くまでの顛末記。
門外不出と思える宇宙船を、どうやってロシアから運んできたのかという件は、NHK『プロフェッショナル』よりも面白い。
羽咋市には失礼だが、国内でも魅力的秘境は、まだあると再認識した次第。


この本の正しい読み方。
まず『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』をツタヤで借りてくる。観終わったのちに、この本を読む。
次に羽咋市の場所をグーグルで探し、自分の家からどれだけ時間がかかるのか調べてみる。そして空を見上げて、UFO かミサイルが飛行していないか確認する。
安心したところで、羽咋市と北朝鮮の旅を読む。これが正しい。

(店主YUZOO)

1月 3, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月28日 (木)

第18回 紙の上をめぐる旅




藤本和子『ブルースだってただの唄』(朝日選書)

この挑発的な題名の本を書いた著者は、60年代アメリカを代表する作家、リチャード・ブローディガンを日本に紹介してくれた翻訳家。
学生時代にブローディガンの描く刹那的でありながら、独特のユーモアを散りばめた作品群に虜になっていた私には、その仕事ぶりに感謝しなければならない方なのである。


この本が出版されたのは1986年。
もう30年以上も前になる。
新刊として本屋に並んだ際に、すぐに購入したのだが、今回、近所の古本屋のワゴンセールで背焼けしているのを見て、懐かしさと同時に居た堪れなく再購入した次第。
もう内容は記憶の彼方に消えてしまっているし、アルコールで毒されていない紅顔の文学青年だった頃を、回顧する気持ちも後押しして。


この本、題名の通りにブルースについて論じたものではない。
公民権運動がアメリカ全土を席捲した時代から20年経て、黒人コミュニティにどのような変革や意識の変化があったのかを、インタビューを通して探る内容。
すべてインタビューされるのは黒人女性というのも、この本のユニークなところ。





一章は、臨床心理医、ソーシャルワーカー、放送局オーナーなどコミュニティに密接な関係する仕事をしている女性。
二章は、詐欺犯と殺人犯と刑に服している女性。
三章は、両親が奴隷だった百歳を超える女性。

それぞれが黒人女性であることで受ける差別や困難を、雄弁に語りつつも、地域に根ざしたコミュニティを形成していく行動力がある。
本の題名のように、悲嘆に暮れてブルースを歌っても何も前に進んで行かないじゃないかという強い意志が感じられる。
コミュニティが分断され孤立に陥ったら、今まで脈々と受け継がれてきた、文化や伝統、芸術までも失うことになり、黒人であることの意味さえなくなる。
それは死に等しいことなのだと言葉にする。
どのインタビュアーも黒人であることに誇りを持っていて力強い。

最後の百才を超えたアニー・アレクサンダーさんの言葉が特に印象的である。

「ふつうの人びとよりひどい目にあってきたとは思いません。ごくふつうの生と死でした。愛する者たちを失うのはとてもつらい。でも避けられない。陽の光と雨。人間には二つながら必要なのですから」

この本が出版されてから22年後、アメリカに黒人初の大統領が選出されたことを、どう感じたのだろう。
そう思わずにはいられない。

(店主YUZOO)


12月 28, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月19日 (火)

第17回 紙の上をめぐる旅




芥川仁・阿部直美『里の時間』(岩波新書)

季刊新聞「リトルヘブン」で連載されていた記事を編集したのが、この新書。
残念ながら、この季刊新聞については目にしたこともなければ、聞いたこともない。
ゆえにこの謙虚なタイトルに誘われて読んでみた。


この本には、つい最近まで日本各地で営まれていた生活が、どこか懐かしい写真とともに綴られている。
それは山の麓にへばりつくように在る集落だったり、豊かな里山を背にした農村だったりする。


都会に住み続けている私が、そんな集落や農村の生活を懐かしいなどと形容するのは、おこがましいのも程があるのだが、なぜそのような感慨に浸ってしまうのだろう。
この本にあるように脈々と続いた日本人が営んでいた生活様式が、近年著しく減少、崩壊し、もはや絶滅危惧種の様相を見せているからなのだろうか。

その土地には明治維新より前から、豊穣祈願、収穫祭、風習、慣習、文化などがあり、絶えることなく続いていた。それを継承することは、次世代へのバトンであり、永年に渡って続けることで、その土地の文化が豊かで実りのあるものになっていく。


日本人は、便利な生活様式と引き換えに、それらの文化を棄ていった、もしくは棄てざるおえなかったのだろう。お金がすべての生活の上に鎮座していて、背に腹はかえられぬ状況だったに違いない。
それは高度成長期にあった集団就職や出稼ぎ労働者といった史実から推測できる。


便利な生活を長年享受してきた私が、二枚めの舌で、田舎に帰ろうといった論戦を張るつもりはない。
ただこの本で伝えている土地に根ざした生活は、実に豊潤で、仕事に対しても、人間関係に対しても、悦びに溢れている。


もう便利な生活は、人生の悦びと同義語にはならないのではないのか。多様な価値観があってこそ、生活や文化を豊かにさせ、自身の人生の意義に繋がっていくのではないか。
この本に映る満面の笑みを浮かべるお婆さんたちを見ると、そう思わずにいられない。

12月 19, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 8日 (金)

第16回 紙の上をめぐる旅




A.チェーホフ『チェーホフ短編集』(集英社)

最近は記憶海馬がアルコールで濁っているせいか、名作といわれる文学作品をいつ頃読んだのか、それどころか粗筋まで忘れている始末で、実に心許ない。
かと言って、今更若い頃のように甘酸っぱい気持ちで、それらの名作の世界に入り込めるかと言うと、それも心許ない。
あまりにも世間を斜に見ることに慣れてしまい、新鮮で真っ直ぐな心持ちで、世の中の事象に対峙できなくなっている。

そんな擦れっからしのオヤジに嬉しいのは、古典的名作を新訳で新たな息吹きを与えようとする、昨今の出版社の動向である。
これならば満員電車で横目で覗かれても、今更青臭いものを読んでいるヘンなオヤジと、侮蔑の眼差しで見られることはない。
実にありがたい。

この『チェーホフ短編集』もロシア文学者の第一人者、沼野充義の新訳である。
しかも短編小説ごとに詳細な解説があって、それが大学の講義を受けているようで、作品の理解に深みを与えてくれる。
書かれたときの時代背景、ロシア語の日本にはないニュアンスをどう訳したかなど、作品を読むだけでは味わえない愉しさがある。

題名も過去の翻訳に囚われず、大胆に変更しているのも新訳らしく、ロシア語の文法では、こういうニュアンスと解説されると、思わず、満員電車のなかでフムと声が出てしまうほど。
「可愛い女」→「かわいい」。
「犬を連れた奥さん」→「奥さんは仔犬を連れて」。
題名が変わるだけで、小説の印象も変わってしまうようで、その試みはチェーホフの作品が現代でも通用する普遍性を持っているかと、大胆に挑戦しているかのようだ。

この短編集でとくに唸らされたのは「せつない」、「ワーニカ」、「ロスチャイルドのバイオリン」。
チェーホフが不条理と思えるユーモアを兼ね備えながらも、人間に対する深い理解をもって描いていることがわかる。
満員電車のなか、スマホに目が離せない昨今、新訳を手にして文学青年然として読書するのも、なかなかの快感ですゾ。

12月 8, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 7日 (木)

第15回 紙の上をめぐる旅




ジョージ・オーウェル『動物農場』(ちくま文庫)

飲んだくれ農場主を追い出して、動物たちが理想の国を築く。最初の数ページ読むと、動物たちは均等に食物が分配され、労働もそれぞれの得意なものに従事でき、何事も集会を元に決定される。
一見、ユートピア小説のように、もしくは原始共産制への回帰小説のように思えるが、読み進めるにつれ、独裁者が誕生すると、宣伝役が生産計画を代弁し、お互いを監視していく社会に変わっていくデトピアの様相を呈してくる。

そして最後は、敵対関係にあったはずの人間と指導者たちは手を結び、この動物農場はもはや理想社会ではなく、全体主義国家に変貌させるという結末になる。
否応にも、国家とは何か、理想的な社会とは何かと、いつまでも反芻させられる後味が苦い小説である。

デトピアを提示することで、ユートピアについて考えさせられる羽目になる。
これはこの小説が誕生した1945年が大きく影響しているのだろう。
第二次世界大戦の惨禍は、ヨーロッパの隅々まで焼き尽くしたにもかかわらず、その終戦間近では、早くも東西冷戦の悪臭を放つ花が芽を出し始める。
共通の悪の帝国だったファシズムが滅亡したにもかかわらず。

また人民のための国家として誕生したソビエト連邦も、スターリンの大粛清によって、全体主義国家の面を露呈した。
やがてアメリカも核開発と民主主義という飴と鞭で、同盟国という名の支配を世界に広げていく。世界の警察として。
まるで新しい手法の植民地である。

この小説は寓話的に書かれているだけに、国家の本質を突いているのではいか。
ファシズムも共産主義も民主主義も、本質的には一本の幹から枝分かれした国家体制であって、その幹とは権力を維持するシステムの構築であると、呑んだくれの塩辛い頭のオヤジでも考えてしまう。

開高健が解説で「権力ノ目的ハ権力ソレ自体ダ」という提議を果敢にも試みた小説家と、オーウェルのことを評しているが、この提議、グローバル化の名の下に価値観が一元化され、情報過剰な社会の中で思考するのをやめつつある現代人にも通ずるものではないだろうか。

多数決の原理を逆手にとって、きな臭い方向に突き進む国に住む人間にとって、この小説は、ほろ苦い。実にほろ苦い。

12月 7, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 6日 (水)

第14回 紙の上をめぐる旅




吉村昭『大黒屋光太夫』(毎日新聞社)

井上靖と同じく、大黒屋光太夫を題材にした歴史小説。
著者は、大黒屋光太夫と共に、再び日本の地を踏むことができた磯吉の陳述記録があることを、郷土史家から知らされ、磯吉から見た光太夫の人物像が加わることで、この漂流譚に新たな物語が芽吹くのではと考え、執筆に至ったとあとがきで述べている。


井上靖は光太夫が感情に流されない剛健な人物として、吉村昭は情感豊かで社交性に富んだ人物として、それぞれ描いている。
吉村昭の光太夫は情に厚く、極寒の生活に堪えられず命を落とした仲間に対して、感情を抑えきれず涙を流し、また漂着先のアムチトカ島の島民の苛酷な生活に心を悼める。
同じ人物とは思えないほどに、その墨の色がちがう。


イルクーツクに置いて行くことになる庄蔵との別れは、このような描写で筆がすすむ。


庄蔵の泣き叫ぶ声が遠くなったが、悲痛な声がなおもきこえる。
やがて、声はきこえなくなった。路上に倒れ、身をもだえて泣きわめいている庄蔵の姿が思い描かれた。
かれは走るのをやめ、頬に流れる涙をぬぐうこともせず歩きはじめた。耳に庄蔵の泣き声がこびりつき、光太夫は嗚咽した。


また新たな資料が発見されたことで描かれた、井上靖の小説にはない場面。
限られた期間であるが故郷の伊勢で過ごす光太夫は、このような懺悔の心情に苛まれている。


光太夫の帰郷を知った水主の遺族が、訪ねてくることもあった。その度に、かれは手をついて頭をさげ、死をまぬがれさせられなかったことを心から詫びた。遺族は、光太夫の語る死の状況を涙を流しながらきいていた。


この数奇なる運命の漂流譚。
どちらの小説が、読者の心の柔らかい部分を刺激するのかは、人それぞれの好み次第だが、個人的には吉村昭のほうが、大黒屋光太夫の人柄に血の通った情が入っていて、読んでいて気持ちが良い。
もちろん井上靖の明治生まれの作家らしい堅苦しい文章も嫌いではないが。

12月 6, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 5日 (火)

第13回 紙の上をめぐる旅




井上靖『おろしや国酔夢譚』(文春文庫)

大黒屋光太夫の漂流譚を題材にした長編小説。
のちに映画化されるに至って、この数奇な運命を辿った光太夫の名が世に知られることになったことでも、マイルストーン的な作品。


光太夫を船主とした17名は、7か月の太平洋漂流後、アリューシャン列島にあるアムチトカ島に漂着。その後、ロシアに渡り過ごすこと10余年。
その間に、12名はロシアの大地に倒れ、2名はロシアの地に残ることになる。
仲間が1人消え、2人消えていこうとも、帰国へ思いは減ずることなく強くなるばかり。様々な策を講じたのちに、晴れて女帝エカテリーナの命で、日本の地を踏むことになる。
帰国は3人。
大黒屋光太夫とは如何なる人物であったのかと、俄然興味が湧くのは、人なればこそ。


この小説に描かれている大黒屋光太夫の人物像は、鋼のように強い精神力とリーダーシップ。それに事の成り行きを正確に判断できる洞察力を持った人物。
ややもすれば、計画遂行のためには非情な決断も辞さない性格にも映る。
たぶん極寒のイルクーツクでの生活に耐える人物として、そのように鉄の意志を持たなければ、とうてい悲願の帰国まで成し得なかったという著者の思いがあるのだろう。
仲間のうち12名が、帰国の願い叶わず落命したのだから、その意図もわからぬわけでもない。


イルクーツクへの旅が決まったときの光太夫の言葉。


「人に葬式を出して貰うなど、あまいことは考えるな。死んだ奴は、雪の上か凍土の上に棄てて行く以外に仕方ねえ。むごいようだが、他にすべはねえ。人のことなど構ってみろ。自分の方が死んでしまう」

また帰国が決まったものの、凍傷で片足を失った庄蔵をロシアの地に残さなければならない。それを告げたときの光太夫の行動。


すぐ庄蔵の許を離れ、そのまま背を見せて宿舎を出たが、外へ一歩踏み出したところで、小児のように泣き叫ぶ庄蔵の声を聞いた。うしろ髪をひかれる思いだったが、それに耐えた。


ただこの苦行僧のような感情を押し殺した精神力だけで、漂流した仲間が謀反を起こさず光太夫に追随したとは思えないし、帰国の途につけるように多くのロシア人が尽力したとは、信じ難い。
ロシア語を身につけるのが早く、問題に対して機転が利き、そして社交性に富む人柄に、多くの人を惹きつける魅力があったのではと思うのだが。

とくに光太夫の帰国に並々ならぬ情熱を燃やしたラックスマンは、友情を超えた魂の結びつきがあったと思う。
光太夫たちに不自由な思いさせないように配慮し、さらに帰国の嘆願書を書き、幾度も女帝エカテリーナに上申している。
同情だけでは、これ程までに突き動かされるわけがない。


発表されたのは1967年だから、すで50年の歳月が流れている。
その間に大黒屋光太夫についての研究はすすみ、この本に描かれているような、帰国後も幕府監視下、幽閉の生活を強いられたわけではなく、一度郷里の伊勢に帰るのを許されている。
そのあたりは、のちに発表された小説、吉村昭『大黒屋光太夫』に詳しい。


歴史は、新たな古文書や資料が出てくることで、その人柄に血が通い、人物像に奥行が出てくる。
また50年後、大黒屋光太夫を題材にした小説が登場したら、この数奇な人生に新たな視線が投影され、更なる魅力的な人物となるに違いない。

12月 5, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 4日 (月)

第12回 紙の上をめぐる旅




桂川甫周『北槎聞略』(岩波文庫)

日本でロシアについての見聞録を残した、最初の記述書であり、現代においても当時のロシアを知る貴重な資料となっている。
奇跡的な帰国を果たした大黒屋光太夫への質疑応答を元にした内容は、難破してロシアへ辿り着いた経緯からロシア人の生活や言語に至るまで、詳細に綴られており、その頭脳明晰ぶりと観察力には、ただ舌を巻くばかり。

10年の歳月を経て帰国するまでの大黒屋光太夫の冷静かつ的確な行動も、魅力のひとつとなっている。
何しろ、船が難破してロシアに辿り着いた者は以前にもいたが、日本に帰国できたのは光太夫と乗組員だった3人のみ。
しかし1人は根室に着くなり、病に伏し無念の死を遂げている。
しかも光太夫は、女帝エカテリーナに拝謁できた唯一の日本人でもある。
井上靖、吉村昭といった歴史小説家が、その波瀾万丈の一生を見過ごすわけがない。

さて歴史小説家ではない、愚鈍なる頭脳の持ち主の私は、この記述書をどう読んだか。
大黒屋光太夫が、まったく未知の言語であるロシア語を覚え、さらに女帝エカテリーナとの拝謁がゆるされるほどにまで、どのようにして習得したのかが、知りたかったのである。
ロシア語は格変化が多彩だけに、会話ができるまでには、相当な言語的感性が求められる。
マトリョーシカ買付が10年になるが、未だに提示された価格を聞き取れず、さらに希望の個数を50と500を間違える、私が言うのだから間違いない。

江戸時代の書物ゆえ、読み慣れない文語体だけに、行きつ戻りつ読み進めていったのだが、驚くべきは、光太夫の記憶力。
難破して同乗していた仲間がどのようにして亡くなったのか、同じ漂流民としてロシアの地で亡くなった人の末路、願い叶って帰国の途につく際に、女帝エカテリーナ、ロシア貴族や親友からいただいた餞別の品々までも克明に覚えている。
ロシア人の名前も、ほぼ父性を含めてのフルネームで記憶。
さらに光太夫が廻船問屋の出身だからというのも差し引いても、餞別の品々の数量や重さまでも記憶しているのには、恐れ入谷の鬼子母神である。
残念ながら、如何にしてロシア語を学習したのかという記述はないが、この驚愕べき記憶力があればこそ、難解極まるロシア語も、砂に水が染み込むように難なく覚えていけたのではと思う。

『北槎聞略』は11の巻に別れていて、映画化にもなった漂流については3巻、ロシアの地名、風習、政治制度、物産などの記述が一番多く7巻、巻末付録のようにミニ露和辞典が1巻で構成されている。
この巻末付録が日本語訳が絶妙で、つまらない旅行用の会話本より面白い。

ドロカ=高直にうる
ズダラア=平安を賀する
ドモーイ=やどに居る
カクソート=名は何と
ウォーツカ=美酒

ウォッカは美酒である。
日本人が珍しかった当時、事あるごとに会食に呼ばれ盃を酌み交わした光太夫が、ウォッカを美酒と伝えたことに、お主もいけるクチだのうと、つい眼を細めてしまう。

これからロシアに行かれる方は、この偉大なる先人、大黒屋光太夫が残した『北槎聞略』をガイドブックとしてお勧め。
慣れない文語体に最初は引いてしまうが、丁寧な註釈があるので、ゆっくり読み進めていくと、冒険譚のような面白さと同時に中世ロシアを知るという一挙両得な内容です。

12月 4, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 1日 (金)

第11回 紙の上をめぐる旅




林芙美子『下駄で歩いた巴里』(岩波文庫)

先日、紹介した『女三人のシベリア鉄道』での底本にもなっていた、この本を神保町の古本屋で見つけることができた。
やはり引用文を読むだけでは物足りない。実際に林芙美子の文章を辿りながら、当時のシベリア鉄道の旅を味わいたい。
その逸る気持ちが後押しして、古本屋を見つける度に、本棚を前にして背表紙を探していた。
快呼である。

ただこの本は、日本から巴里までの旅程を綴ったものではなく、生前に林芙美子が書いた旅にまつわる紀行文や随筆をまとめたものである。
国内旅行や樺太を主題としたものもある。
編集は立松和平。

まず眼を瞠ったのは、昭和初めの封建的な時代に、大胆に女性の一人旅を試みた個性と、自由奔放なる精神。
バックパッカーという言葉もない時代、好奇心と行動力で、言葉の問題など意に返さず、巴里や倫敦まで鉄道や船舶を乗り継いで、行き着いてしまう。
計画もどちらかと言えば無計画。
気の向くまま、足が向くままに、行き先を決めていく。大胆。奔放。流浪。享楽。無鉄砲。規格外。根無し草。
どの言葉も林芙美子の精神を、的確に言い表すことはできない。

「二ツある椅子ときたら背が高くて、足がどうしてもぶらんこしてしまいます。だが、時々笑いころげるにいい椅子。この椅子から楽しい仕事が出来ればなんぞ野心を持たぬ事。笑いころげて笑いころげて死んでしまう時は、この椅子にかぎります」

巴里で借りることになる、お世辞にも綺麗とは言えない部屋を見て、こんなことを思う好人物は、なかなか居るまい。

人生の意義を問い続けると、どうしても刹那的になりがちである。そして塞ぎこむことが多くなる。
しかし林芙美子はそのような薄弱さはない。

「私はいったい楽天家でしめっぽい事がきらいだが、そのくせ、孤独を全我としている。私の文学はあこがれ飢えることによって、ここまで来たような気がする」

そして現実的な生活者であった。
この本でも家計簿のように、食料、衣服、運賃などの価格を詳細に書き残している。
入金があると、飛び上がって喜んだ。
林芙美子の魅力は、この庶民性と決して虚勢を張らない生き方、そして生活者だけが理解できるユーモアが、今も愛されている理由だろう。


12月 1, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月30日 (木)

第10回 紙の上をめぐる旅




森まゆみ『女三人のシベリア鉄道』(集英社)

題名から想像すると、妙齢の女性三人がわいわいと騒ぎながら、姦しくシベリアを旅行する珍道中記と思えるが、実は戦前にシベリア鉄道を旅した、三人の女流作家の足取りをめぐる旅行記。
その足取りを著者が辿る、鉄道と文学の愛好家を満足させる内容になっている。

その三人の女流作家とは、与謝野晶子、林芙美子、中條(宮本)百合子のこと。
三人とも同時ではないが、戦前にシベリア鉄道を使って、それぞれの目的地までの長旅をしている。
それぞれの目的地と書いたのは、与謝野晶子と林芙美子は、目的地は花の都パリ。中條百合子は、当然のことながらモスクワ。

シベリア鉄道は、愉しむ旅というより、あくまでも移動手段であり、車窓から見える延々と続く白樺林と草原に、ほとほと厭気が差していたところは、三人は共通している。
ほぼ一週間、風呂にも入れず、豪華な食事を愉しむこともなく、頰杖をついてぼんやりと窓辺に佇む旅。

著者は現代人らしく、始発駅のウラジオストク、バイカル湖で有名なイルクーツク、エカテリンブルクのダーチャでロシアの生活を愉しみつつ、同様にパリまで足を運び終着地としている。
今や、鉄道の旅を旅することは、贅沢の極みとなり、飛行機が海外旅行の主力となっている。
戦前、女流作家たちが車中で唇を噛み締めながら、ほとんど言葉の通じない車中で、不安に押し潰されてそうになっている時代とは、雲泥の差がある。

この本の中で、ひと際煌めいているのは、林芙美子。
ほとんど通じない言葉で、三等車で同乗となったロシア人やドイツ人と仲良くなってしまう、天性の朗らかさに胸が熱くなる。さすが『放浪記』の著者。
お互いの持ち物を交換したり、覚えたてのロシア語で親しくなり、一緒にお茶を飲む間柄にまでになっている。
つい自分が初めてロシア買付に行った頃と重なってしまった。
底本となった林芙美子の旅行記が読みたくなる。

この本、単なるシベリア鉄道乗車記にせずに、50年以上前に旅した女流作家と織り成すことで、旅する意味を再考させるのに成功している。
旅のない人生など何の深みもない。
そして異国を旅する時に生じる希望や不安は、どんなに交通網が発達しても、50年前と変わらない。そのことを証明している。

11月 30, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月19日 (日)

第9回 紙の上をめぐる旅




開高健編『それでも飲まずにいられない』(講談社文庫)

題名がしめす通り、酒にまつわる随筆、掌編小説、それにクレメント・フルードという作家の二日酔いに対する処方を綴った文章で構成されている。
当然のことながら、随筆はウンウンと我がことのように身につまされる話ではあるが、そんな風に酔ってはいけないと反面教師にはならない。
深い哀悼の念をもって同情するだけである。

酒呑みが反省と懺悔を毎朝繰り返していたら、教会はいくつあっても足りないだろうし、後悔という言葉はちがう意味に変わってしまうだろう。
しかしそんな凡人の酒呑みとは、まったくちがう肉体を持った人間、もしくはバッカスに愛された人間が、この世界には存在する。
開高健が尊師・井伏鱒二について書いた一文を紹介。

「あの人自身は、ハシャギもしない。ブスッとして飲んでいるだけだが、なんとなく人を誘い込んで、長酒にしてしまう癖があって、飲んでいる方は立てない。こちらはひとりで飲んでひとりでしゃべる。井伏さんは、相槌を打つだけだが、それでもなんとなく引きずりこまれてしまう。そのあげくが、玉川上水に飛び込んでしまったり、ご存じのように死屍累々という結果になる」

酒を呑んでついつい饒舌になり、仕事の愚痴を言ったり、自分がどれだけ女性にモテるのか吹聴したり、学生の頃の自慢話をしたりしているようでは、バッカスには愛されない。こちらに視線を送ることさえない。
しかも次の日、ズキズキ痛む頭を抱えて、布団の中で右へ左へと転がっているようでは。
他人の与太話に耳を傾けて頷きながらも、反論はせず、話の腰を折らず、黙って聞いている。今宵も愉しい酒だなと、目を細めるだけで十分ある。
そういう人物だけにバッカスは優しい瞳で見守ってくれるのである。

井伏鱒二が齢八十を越えての話である。
私のように酒の席で奇声を張り上げていては、バッカスが眼を瞠ることはない。
まだまだ若輩者と反省した次第。

11月 19, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月13日 (月)

第8回 紙の上をめぐる旅




山口瞳・開高健『やってみなはれ みとくんなはれ』(新潮文庫)

芥川賞・直木賞受賞作家が綴るサントリー七十年史。
両作家ともサントリー宣伝部に在籍していただけに、創業者である鳥井信治郎のベンチャー精神を、豊かな墨を含んだ筆で、活き活きと描いている。

しかし筆遣いの巧みさ以上に、鳥井信治郎の経営感覚があまりにも破天荒で、決断、発想、行動、冒険、挑戦、先見、人情、どれをとっても規格外。センチか、インチか、尺か、どの物差しで測っても測定不能。
その強烈な個性に、思わず私の小さな眼も瞠らざる負えない。
社史という特殊性を差し引いても、フィクションを悠々と越えてしまう経営者は、数えるほどしかいないだろう。

山口瞳は、その企業精神を明治期の実業家に根付いている心として「青雲の志」と名づけ、開高健は飽くなき挑戦に「やってみなはれ」という言葉で表した。

さて。しかし。現在。
麻袋に詰め込まれた小豆のような個性が、「自分探し」、「夢を信じて」、「新しいことに挑戦」だの声高に叫んだところで、どうやって麻袋から飛び出すことができようか。
少し紅く色づいた程度で終わりだろう。
撤回する公なる理由が見つかった時点で、その珠玉の志は微かな腐臭を漂わせ、時が経つにつれ、理由が結論へと移り変わりてしまうのがオチだろう。
酒場の議論にさえならない。

明治が規格外なのか、平成が既製品なのか。
世界がどんどん小さくなり、ライバルも国内だけでなく世界中の企業としのぎを削らなければならない現在、すべての会社が既成概念からの脱皮を謳っているものの、試みるのはどこかの二番煎じ、もしくは石橋を叩いて渡らずになってはいないだろうか。
目まぐるしく変化する世界に、思わず言葉を失い絶句し、舌を巻くどころか、尻まで捲り上げてはないだろうか。

開高健は「驚くこと忘れた心はつねに何物をも生みださない」と言い「森羅万象に多情多恨たれ」と説いた。
生き抜くための真理である。


11月 13, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月10日 (金)

第7回 紙の上をめぐる旅




川崎浹『ロシアのユーモア』(講談社選書メチエ)

ロシアはアネクドート(小話)の宝庫である。
しかし読み人知らずのアネクドートを耳元で囁いて権力を辛辣に笑う、庶民の憂さ晴らしの文化は、過去になりつつあるようだ。
原因は、対象となるべき絶対的な権力体制や社会的矛盾が、表向きは無くなったおかげで、鮮度の良いアネクドートを生み出す環境がなくなったというのが実情みたいだが。
つまり池の水が澄んでくると、アネクドートという魚が住める環境でなくなる。

池の水が濁っていた頃の珠玉のアネクドートは、酒井睦夫『ロシアン・ジョーク』(学研新書)に収さめられていてるので、興味のある方は一読を。
またインターネットでも「ロシア・ジョーク」で検索すれば、容易に愉しむことができる。

この本は、アネクドートにかけては世界一を誇るロシア人の気質を、300年に渡る政治体制とともに推移したもので、やや学術的な色合いを帯びている。
つまりロシア庶民が反体制の旗を翻すことなく、宴会の席や親戚の集いなどで、信頼できる相手だけに耳打ちしたささやかな反抗の歴史を紐解いた本でもある。

それだけにアネクドートのオチの部分を解説する時があり、興味を削がれることがある。
話のオチを解説して笑いをとれるのは、林家三平ぐらいのもので、詳細な説明した時点で鮮度は落ち、生節のように鉛色に変化してしまう。
逆を言えば、他国に住んでいる以上、その国の政情や体制をよくよく理解しない限り、そのアネクドートの真の面白さや辛辣が半分もわからないとも言える。

アネクドートが実り多き時代は、やはりロシアの体制が大きく変化している時と重なる。
スターリン批判があったフルシチョフ時代。ペレストロイカのゴルバチョフ時代。
また停滞期と言われたブレジネフ時代は、自虐ネタが多く、意外にも収穫期を迎えている。
さて、その極上のアネクドートが犇めくなかで、現在の我が国にも通じる辛口の吟醸酒をひとつ。

フルシチョフが壇上から独裁者スターリンをはじめて批判し、スターリンの専横ぶりを数えあげたとき、出席していた党委員のなかから声があがった。
「そのとき貴方は何をしていたのですか?」
すると即座にフルシチョフが応じた。
「いま発言したのは誰か、挙手していただきたい」
誰も挙手する者がいなかったので、フルシチョフは答えた。
「いまの貴方と同じように、私も黙っていた」



11月 10, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 8日 (水)

第6回 紙の上をめぐる旅




小沢昭一・宮越太郎『小沢昭一的東海道ちんたら旅』(新潮社)

TBSラジオの人気番組「小沢昭一的こころ」は、われわれ中年のどんよりと光る滓星にとっては、小沢昭一の軽妙な語り口を懐かしく思うだろう。

夕暮れ時に、会社に戻る車の中で、渋滞に苛立ちながらも、時事放談から猥談まで、その話術の巧みさと話題の広さに思わず微笑んで、すべての道は会社につながると、大船に乗った気分になった御同輩もいるのではないか。
冴えない父親の代表のような宮坂さんが、会社でも家庭でも粗大ゴミ扱いされ、行きつけの飲み屋でちびりちびりと酒を酌む姿に、深く同情した諸兄も多いのではないか。
私もそのクチである。

残念ながら小沢昭一の死去によって番組は終了してしまったが、さすが人気番組だけあって書籍やCD音源など、数々残されていて、あの語り口を思い浮かべながら、古本屋の鄙びた本棚で見つけては、少しずつ買っている次第。

この本は1995年に発刊で、東海道をテーマにしたもの。
カバーは車窓を模して四角い穴が空いていて、そこから琵琶湖を眺めることができ、カバーの裏は東京から大阪までの双六が印刷されている。
こういう凝った装丁は好むところで、電子書籍ではこの味わいは楽しめまい。

昭和生まれの私は、ページは人差し指で、あっち行けとばかりに携帯電話の画面の上を滑らすよりも、1枚1枚、楽しみながらめくっていくのが、性に合っている。
小学校の時代から、何かをめくることは楽しいものだ。

この本は、今や新幹線で2時間半で結んでしまう東京〜大阪間を、鈍行列車を乗り継いで行くのが粗筋。
あまりメジャーでない名所旧跡を巡ったり、B級グルメに舌鼓を打ったりと、肩肘の張らない気ままな旅が記されている。
昔の交通標語ではないが「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」を地で行っているような旅である。

岐阜にある男の遊園地、金津園の地名の由来を真摯に調査したり、セタシジミや山田大根といった今や食卓に上がらなくなった食材を探したり、それほど重要でない問題にこだわる姿がいい。
またベンチに座って、ぼんやりと若き女性の美尻に惚ける姿もいい。
これぞ、男の一人旅と言えよう。

あの名調子の語り口を頭に思い浮かべて読むのもよし、少しスケベなオジサンの道中記として読むのもよし。
どちらにせよ、肩の力が抜けること請け合い。四十肩も治ります。

11月 8, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 3日 (金)

第5回 紙の上をめぐる旅




吉行淳之介編『酒中日記』(中公文庫)

昭和41年1月から「週刊現代」で連載された人気コーナーを単行本にしたもの。
題名通りに32名の著名作家が、その日に行った居酒屋、バー、スナック等について日記風に綴っている。
今は存在するかわからないが、作家や編集者がよく行くバー、つまり文壇バーなるものが銀座界隈には数多くあり、陽が暮れて尻のあたりがむずむずとしてくると、人目を忍んで通っていたらしい。

そこには大作家の某先生がウィスキーを愉しんでおられ、カウンターの隅では新進気鋭の若手作家が影のように呑み、テーブル席では編集者と流行作家が怪気炎をあげている。
ゆえに32名の作家でありながら、日記の上では同じバーで席を共にしており、芥川龍之介の「藪の中」のごとく、ひとつの小事件について、それぞれの立場から書いている。
小事件には、彼奴の妄言で修羅場を迎えた、受賞祝いで浴びるほど呑まされた、酔うと梯子酒をするから付き合いきれないなど、数々の証言が綴られているが、所詮酔客の濁った眼で見たもの。真相は藪の中である。

橋の下をたくさんの水が流れるが如く、舌の上をたくさんの酒が流れていく。
酒を嗜まない人からすれば、そんな前後不覚になるほどまで鯨飲して、醜態を晒し、何が愉しいのかと思われる向きもあるだろう。
それについての反省は、翌日、寝床の中でズキズキ痛む頭を抱えて、何度も十字を切っていることからもわかる。
反省する気持ちはその朝にしか訪れない。
酒呑みという人種は。

酒は舌を滑らかにする。
酒はひと時でもこの世の憂さを忘れさせてくれる。
そんな使い古された言い訳は今更言わない。
そこに酒があるから呑んでしまうのである。
赤い酒やら白い酒、果ては黄色い酒が、目の前で手招きするから、それならば呑んでやろうという気になってしまうのである。
これは酒呑みの習性。仕方がない。

この本。
あの著名な作家も鯨飲しては宿酔いに苛まれていると知り、酒呑みは勇気づけられる本。
バイブルにはならないが、参考書にはなる。

11月 3, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月30日 (月)

第4回 紙の上をめぐる旅





米原万里・佐藤優編『偉くない「私」が一番自由』(文春文庫)

米原万里が天に旅立って10年、生前に交流のあった佐藤優が、ロシア料理のコースに喩えて、その才能と魅力ある文章で綴った随筆を、心ゆくまで味わってもらおうという編集本。
単行本に既に掲載された随筆が多いものの、いま読み返してもその鋭利な刃物なような文章は、今日の問題として十分に捉えることができる。

ただ既存の随筆を編集しただけの内容であれば、米原万里に興味を持ち始めた読者が対象であり、レコードでいうところのベスト盤。
長年のファンには、未発表作品が入っていないと再読するだけの物足りない本になってしまう。

そこで長年のファンを満足させるために、何と東京外語大の卒業論文「ニコライ・アレクセーヴィッチ・ネクラーソフの生涯 作品と時代背景」が収められているのだ。
普通、小説家ならばデビュー前の習作が収録されるのが一般的であり、学生時代の卒業論文が公開されるのは聞いたことがない。
それだけにディープなファンには充分に腹を満たせる料理であるものの、反面生前ならば絶対に許可しなかっただろうと後味に苦さも残る。

この曰く付きの卒業論文は、ネクラーソフ作品に対する思いを情熱に煽られて、一気に書き上げたらしく、誤字脱字や意味不明の文脈も見受けられるものの、この帝政ロシア末期の詩人が、豊潤な言葉で民衆の生活を生き生きと描いたことを物語ってくれる。
とくにネクラーソフの詩を翻訳する言葉選びが素晴らしく、もっと長生きしていれば、ロシア古典文学の翻訳も、仕事の枠として拡げていたのかもしれないのにと、その早い死が惜しまれる。

たぶん通訳、執筆家、ロシア文学研究者と、どの道に進んでも名を成したのだろうと思う。
酒を飲むぐらいしか能が無い私から見れば羨ましい限りである。

この本、ジミヘンに喩えればオリジナル・アルバムを全部聴いた上で、聴くべき対象の音源。
つまり『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』や『オリガ・モリゾヴナの反語法』、『不実な美女か貞淑な醜女か』などを一通り読んだ上で、習作以前のこの若き日の論文に挑戦すべきである。

そうすれば、米原万里が揺るぎない信念を持ち、民衆の目線で詩をうたったネクラーソフに共鳴する心を、最後まで貫いてことがわかるはずだ。

10月 30, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月25日 (水)

第3回 紙の上をめぐる旅






ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』(岩波新書)

深夜放送が青春の一頁だと言える世代は、いつ頃までなのだろう。
会社の若い同僚に訊いても、夜中に布団のなかで小さな音で、家族に知られずコソコソと耳を傾けたなんて話は聞いたことはないし、我が娘に至っては、SNSに夢中で、ラジオというメディアなどこの世に存在していないようである。
この本は、私たちのような世代が、うんうんと昔を懐かしみながら読む以外に、どの世代が共感できるのか心許ない。

当時のLPレコードは高価だった故に、音楽情報を得るのは、洋楽の新譜が流れることが多かったFM局でチェックし、その上で小遣いを掻き集めてレコード屋に走ったものだった。
内容が納得できなければ、レンタルで我慢した。
何せ、小遣いの半分以上が消えてしまうのである。
この本を読むと著者がイギリスから日本に渡って来た時と、音楽情報に飢えていた初々しい頃の私が、ぴったりと時間が重なり合う。

来日時はまだラジオDJの職には就ていなかったようだが、音楽雑誌にイギリスやアメリカの旬のグループやミュージシャンを積極的に紹介していて、しかもコマーシャルなヒットナンバーよりも、渋目のアーティストを好んでいるから、若い頃の私は、そのレビューをかなり参考にしていた。
ちなみにレコードコレクターズ誌で毎年開催される「今年の収穫」というコーナーで参考にしているのが、ピーター・バラカン、萩原健太、小西康陽。あとはコモエスタ八重樫ぐらいか。

その後、著者は『ザ・ボッパーズMTV』やニュースキャスターの仕事など、テレビにも活躍の場を広げていく。
しかし心の奥には学生時代に聴いたジョン・ピールやチャーリー・ギレットように良い音楽を流し、リスナーとDJが一体感のあるラジオ番組を作りたいと願っていて、デジタル配信が主流になったいる現在でもインターネットの音楽番組を制作して提供している。
その筋の通った仕事には、頭が下がる思いである。

ラジオの音楽番組が全盛の頃を思い出し懐かしむのも良いが、ラジオというメディアが決して古い媒体ではないと考えるのも良い。
震災の時に一番頼りになったのは、テレビではなく、ラジオだという声も聞くし。
この本は、魅力ある番組構成で、まだまだラジオには可能性があることを示唆してくれる。

10月 25, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月22日 (日)

第2回 紙の上をめぐる旅




忌野清志郎『瀕死の双六問屋』(光進社)

私はこの本を3冊持っている。
買ったことを忘れて、気がついたら3回も買ってしまったという痴呆初期症状の現れということではない。
3冊ともカバーデザインが違うのである。
しかし内容はまったく同じである。
つまり清志郎信者からすれば、内容が同じでも、デザインが違う以上、まったく別物として捉えなければならない。
そして、しっかりと3回読んでいるのも、その表れである。誰も文句は言えまい。

この本はブルースである。
アーティストと称する輩がゴーストライターに書かせて、こんなにも私は慈愛に満ちたことを常日頃から考えているんですよ、と言ったサギのような本ではない。
誰もが似たような価値観しか持たなくり、住み難くくなっていく世の中を嘆いているのだ。

小さな出来事に目くじらを立てるくせに、大きな犯罪行為には何も言わない小市民性に呆れているのだ。
呆れてものも言えないと歌った清志郎が、瀕死になりながら文字に変えて、それらの画一化されていく価値観に対して異議を唱えるために、双六問屋のブルースにして歌っているのだ。

ここでブルースを知らない人に断っておくが、辞書に書いてあるような、黒人の悲哀や生活の憂鬱を12小節の音楽形式にして歌にしたものではない。
ましてや、🎵窓を開ければ港が見える〜、と淡谷のり子が歌うものでもない。
ブルースとは、人が生きていくためのエネルギーである。憂鬱な出来事があっても、笑い飛ばしてしまうような強靱な精神力である。
だからこの本は、少しも陰鬱さはなく、ユーモアに満ち溢れている。
生きる力で漲っている。

「すべてがシステム化されて、まるで誰かに飼われているみたいだ。適当な栄養のある餌を与えられて、ほどほどに遊ばされて、まるで豚か牛か鶏のようだぜ」
「たかが40〜50年生きたくらいでわかったようなツラをすんなよ」
「外見をきれいにして何になる。中身をみがく方が大切なことなんだ。それは世界平和の第一歩なんだよ」

魂のブルースは、珠玉の言葉に溢れている。
憂鬱な色した瞳からは、自然と涙が溢れてくる。
生きる力で漲ったブルースが、何処かで鳴り響く。
まだまだ世の中捨てたものではないし、諦めた途端に自身の人生が終わるんだぜと、清志郎は歌っている。

10月 22, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月17日 (火)

第1回 紙の上をめぐる旅




吉村昭『ニコライ遭難』(岩波書店)

大津事件。
今や、歴史の彼方へと埋もれつつあるが、開国以来、近代化を推し進める日本にとって、日本国中が震撼した事件であった。
ニコライとは、のちのロマノフ王朝最後の皇帝となる人物で、その人が皇太子時代、日本に外遊に来日した際、滋賀県大津市で警備中の警察官に斬られる事件が起こった。

幸いにも命には別状はなかったものの、これは国際問題に発展すると、日本政府は大わらわ。すぐに斬りつけた警官、津田三蔵を即刻死刑にせよと司法に圧力をかける。
犯人の死を臨むことで、少しでも帝政ロシアの憤怒を和らげようと狙いがあった。

しかし司法は政府の方針に従順になっては、近代国家の体制を為していないと、罪状は何かと政府に問う。
当時の刑法で、皇室に危害を加えたものには重刑が課せられたのだが、この皇室というのが他国の皇太子も同様であると解釈する政府側と、皇室というのは日本古来のものであり該当せず、この事件は一般人に危害与えた殺人未遂にあたると主張する司法側と激しい論戦が繰り広げられる。

この論戦がスリリングで、まだ近代国家の道を歩み始めた日本だが、司法判断を捻じ曲げることなく、三権分立の精神をもとに法的に正当な結論を出そうと、政府の圧力に屈しない裁判官たちの志が熱い。
これから国をつくっていくという、明治人の気概と言うべきか。
また怪我をしたニコライの病状を慮って、日本国中から1万以上の電報が届いたというから、当時の日本人が平安を求める精神性も、優しくも熱い。

最終判決はどうなったかというのは、読書のお愉しみということで、ここでは控えさせておく。
ただ日本史の教科書では、ほんの2行程度の記述しかない大津事件であるが、日本の近代国家を進むにあたって、司法や外交のターニングポイントとなる重要な事件であったことを、この本では詳細な資料をもとに語られていく。

ニコライはその後、皇帝の座に着き、残念ながら日本とはこの事件から13年後に日露戦争が起きてしまう。
この外遊では日本人の穏やかな精神性に深く感動し、事件後も日本に対しては好印象を抱き続けていたというから、歴史はどこに向かって進んでいるのかわからない。
そのニコライもロシア革命で家族ともども殺害され、ロマノフ王朝は終焉を迎えることになる。

ちなみに大津事件が起こったのは1891年。
最初のマトリョーシカがつくられる前夜にあたる。(定説では1890年代末)
日露関係に影を落とすのが大津事件ならば、マトリョーシカは穏やかな光である。
そう思わずにはいられない。


10月 17, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月28日 (金)

在日という名の民間交流

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さすがにロシアは物不足で、

牛乳を買うにも半日並ぶんだってねと

訊く人はいなくなったが、

それでもロシアは不可解な国、

何を考えていのかわからない国と思っている日本人は多い。

 

 

ロシアに買付に行くようになって、早や7年。

マトリョーシカを通じて、一緒に産地をまわり、

ウォッカを鯨飲し、語らうことで得た友人も増え、

ロシアを第二の故郷と感じているだけに、

この現実は淋しいかぎりである。

 

 

一方ロシア人から見た日本の印象というと、

クォリティの高い製品を生み出す国、

ヘルシーな和食、礼儀正しい国民性、

エキゾチックで奥深さを秘めた伝統文化と、

きわめて好意的で、

悪い印象を抱いている感じは微塵もない。

 

 

実際に地下鉄のどの駅に降り立っても、

日本食レストランの看板が目に飛び込んでくるし、

日本の自動車や家電製品は絶対に故障しないと

信じているようである。

ただし製品はMade in Japanでないと駄目。

日本企業であっても海外工場でつくられたものは、

その安全神話の聖書から外れるらしい。

 

田中健之著「実は日本人が大好きなロシア人」

在日ロシア人15人に日本についての印象を率直に訊いた、

今までにない視点で

日露関係を見つめ直したユニークな本である。

だいたいロシアに関する書物は、

ほとんどが政治情勢を記したものばかりで、

一般のロシア人が

どう日本を見ているのかという本は皆無に近い。

 

また在日ロシア人が体験する

日本の風習や文化の違いを語る言葉に、

日本人ならば当たり前すぎて気にも留めなくなったものに、

日本の原石というべき大切なものが

潜んでいることに気づかされる。

諦観と閉塞に満ちた現代の日本社会に

一筋の光を与えてるかのようである

日本はそんなに悲観に暮れるような国ではないんだよと。

 

20世紀に2度も国の体制が変わった激動の国で、

生き抜いてきた民族の言葉である。重みがちがう。

 

著者はあとがきにこう記している。

《日露の民間交流こそが、日本とロシアを本当にいい友人として、またパートナーとして得るものだと私は確信している。お互いがよりよい信頼関係を築いて積み重ねてこそ、日露の複雑な政治的な問題の解決の糸口が見出せると信じている》

その言葉に深く共感する。

 

マトリョーシカ買付から始まったロシアとの付合いが、

今や商売の領域を越え、

精神性をともなった次元で

結びついていると感じるからである。

堅苦しく言えばネ。

 

ちなみにこの本に登場する在日ロシア人に

「木の香」とも縁の深いマトリョーシカ作家、

マリナ・ゴロヴェンコさんも、

日本について印象を述べています。

マリナさんは東日本大震災の支援ボランティアを

積極的にしていたんですね。

行動力があって、心優しくて本当に素敵な女性です。

改めて気づかされました。

 

(店主YUZO)

11月 28, 2014 ブックレビュー | | コメント (0)

2014年11月18日 (火)

バイカル湖憧憬

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ロシアで一度訪れたい場所にイルクーツクがある。

まだ見ぬマトリョーシカがあるからではない。

バイカル湖を臨む町だからである。

 

 

 

 

世界一の透明度を誇る湖。

厳冬期にはエメラルド色に湖面が凍り

幻想的な景色を奏でる湖。

シベリアの真珠、バイカルアザラシ、固有生物の宝庫。

 

バイカルを見ずしてロシアの自然を

語るなかれと咎められても、反論はできまい。   

 

 

 

もし訪れる日がきた暁には、

ウラジオストクからシベリア鉄道に乗り、

紅顔の少年のように旅心が躍るのを愉しみながら、

ゆっくりとかの地に足を踏み入れたいものである。

 

この「白と青のバイカル」(NHK出版)という本、

1978年にNHK特集として放映された番組をもとに、

ルポルタージュとしてまとめたものである。

 

放映当時、ロシアの国家体制が今とは異なるため、

何をするにも官僚的、紋切型、横柄、複雑な手続き、

朝令暮改、二転三転の連続に、愕然として憤慨し、

最後に諦観するという定型文が

現れては沈んでいくのだが、現在と比べたところで、

椅子と机ほどのちがいにしか感じられないのは、

すでにロシアの流儀に慣れてしまったせいか。

あるあると、昔人気を博したテレビ番組のように、

静かに呟くだけである。

 

 

ただこの本の伝えたいのは、それが本意ではない。

バイカル湖の冬の白き風貌に自然の厳しさを知り、

夏の深緑の美しさにはっと息をのむ。

かの地で暮らしている人々には

何世代にも渡って継いできた知恵や文化があり、

うまく自然と調和しながら生活を営む術を知っている。

それは母の逞しさにあり、

父の罅割れた掌の厚さにある。

 

 

遠く東京から来た客人と料理をふるまい、語り合い、

ウォッカに酩酊し、一期一会を愉しむ様子から、

取材班はバイカルの自然をカメラで見つめると同時に、

片方の眼は人々との交流に向いていたのだろう。

そこに本意があったと見るべきである。

 

 

今から36年前ゆえ、

この本が伝えるバイカル湖の美しさは、

もう消えつつあるかもしれない。

 

 

 

ただ旅をすれば、

眼に飛び込んだものすべてが発見になる。

必ずや、たぶん。

まだ私の眼に濁りがなければ。

 

(店主YUZO)

11月 18, 2014 ブックレビュー | | コメント (0)

2013年12月27日 (金)

カラシニコフの死

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1223日、カラシニコフが94才で亡くなった。

新聞では、自動小銃「AK47」の開発に成功。

(中略)その銃の特徴からコピー製品も大量に出回り、

多くの紛争やテロ攻撃に使われ

「史上最悪の大量殺戮兵器」ともいわれた。(朝日新聞)

 

以前、カラシニコフにインタビューした本を、

このブログで紹介したことがある。

カラシニコフの印象は、対ドイツ戦に勝つため、

祖国を守るために銃の開発に没頭し、

開発までに至る経緯と、

少年時代から好奇心が旺盛で、

機械のメカニズムを知るため、

何でも分解しなければ気がすまない性格が

強く残っている。

 

もしこの人物が世界で一番多く製造されている

銃の開発者でなければ、

東大阪や蒲田の匠の技をもつエンジニアの話と同じように

読めたのかもしれない。

 

しかし「史上最悪の大量殺戮兵器」と

呼ばれる銃の基礎を開発した人間の話である。

たとえ、その半生が波乱万丈に満ちて、

魅力的な人柄であったとしても、

しっかりとそこは見極めるべきである。

 

兵器開発というのは、

その勝つべき戦争が終ったからといって、

そこで打ち切りになることはない。

   

終戦後も開発は脈々と続けられて、

さらに殺傷能力の高い物、最新技術を取り入れたもの、

高性能なものが造られていく。

 

原爆しかり、ミサイルしかり、化学兵器しかり。

 

ひとつの技術が発明されると、

その後は、開発者の手を離れて、独り歩きをして、

人類破滅という悪魔の領域に近づいてしまうのである。

 

カラシニコフは事あるごとに

「私は祖国をファシズムから守るために、銃を開発した。戦争が終わっても私の開発した銃が世界中で使われるのは、私のせいではない。政治の責任とモラルである。その証拠に私はそれに関してお金を一円たりとももらっていない」

といった旨を発言していたそうである。

 

しかし女性や子供でも簡単に扱え、

メンテナンス性も抜群な究極の自動小銃は、

推定でも世界に2億丁あり、

ニュースにも上らないような紛争の地で、

今この瞬間も使われている。

 

上記の写真は、カラシニコフをキーワードにして、

世界の紛争地域を取材した本である。

 

松本仁一『カラシニコフ』(朝日新聞社)

 

紛争の地では、

カラシニコフは生活必需品のように取り扱われ、

老いも若いも、男も女も問わず、その衰弱した肩に担ぎ、

この紛争の真実を知らされることなく、

ただ生活のために、

見えない敵に対して発射しているだけの

単なるお手頃なな兵器と化している。

 

 

身近過ぎるゆえ、人を殺すための兵器という顔は

見失われてしまっている。 

 

 

生前のカラシニコフは、このような現状を、

実際のところどう思っていたのだろうか。

  

(店主YUZOO)

12月 27, 2013 ブックレビュー | | コメント (0)

2013年12月25日 (水)

小我野明子『ロシア 暮らしの中のかわいい民芸』

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今日は木の香でも取り扱っている本の紹介。

『ロシア 暮らしの中のかわいい民芸』

(パイ・インターナショナル)

 

近鉄奈良駅近くで「マールィ・ミール」という

ロシア雑貨店を経営する

小我野明子さんが書いた本である。

 

アルハンゲリスク・サンクトペテルブルク、

モスクワ近郊の伝統的な民芸品を

アカデミックな立場からではなく、

女の子ならではの“かわいい”という目線でセレクトし、

さらに手づくり工芸品のもつ優しさ、素朴さ、繊細さ、

色鮮やかさなどを写真で教えてくれる

目で楽しむ本になっている

 

紹介されている民芸品は、

ホフロマ、ジョストボ、グジェリ、ベレスタ、

ブラトーク、フイニフティ等々、

もちろんマトリョーシカも。

 

 

なかでもワーレンキ、ボゴロドスコエ、粘土人形などは、

ロシア民芸品を初めて目にする方には、素朴さのなかに

潜んでいる力強いかたちに圧倒されるかもしれない。

生活雑貨ゆえに無駄な装飾は廃し、

機能と耐久性が重要視されている点も見逃せない。

生活雑貨の単純にこそ美が内在している、

典型的な見本である(ちょっと柳宗悦風に)。

 

小我野さんは、

今や日本では失いつつある手づくりの美を求めて、

ロシアを旅していることだけは間違いない。

 

まあ、それは別として、

小我野さんの制作している現場を見たいという好奇心と、

フットワークの軽さに、ただ驚かされるばかりである。

 

日本地図のようにロシアを眺めてはいけない。

それに日本の道路のように整備されているわけでもない。

 

今年、私はムスチョーラとパレフ

の制作現場に赴いたのだが、

パレフでは日本人が訪れたのは7年ぶりと言っていたし、

ムスチョーラの工房にいたっては、

初めて見たと興奮していたぐらいである。

それを踏まえると、小我野さんのたくましい行動力が、

お分かりいただけると思う。

 

奈良のお店にお邪魔したときに常に話すのは、

少しでもロシアが身近な国になって、その魅力を

理解してくれる人が増えればという小さな願いである。

自らロシア文化の伝道師と称している。

 

伝道師は、多少ロシア語が理解できなくても意に介さず、

“かわいい”を独自の嗅覚で感じ、新たな場所、

新たな出会いを求めて、ロシアの広い大地を旅している。

そしてその成果を、誰もがロシア民芸の温かさに

思わず微笑んでしまうような素敵な本にして、

ロシア文化の布教をしてくれるのである。

 

同じ志を持つものとして頭が下がる思いと、

まだまだ私も甘いねぇという気持ちにもさせてくれる。

 

もし奈良を旅することがあったら、

ぜひ「マールィ・ミール」にも立ち寄ってみてください。

昔懐かしい日本家屋に、

ロシア雑貨がおだやかな顔で並んでいる。

日本とロシアの生活の香りのする空間に、

店名の“小さな世界”が、理想郷として広がっている。

 

(注)МИР(ミール)は、世界という意味のほかに、

   平和という意味もあります。

 

 

(店主 YUZOO)

12月 25, 2013 ブックレビュー | | コメント (0)

2013年11月18日 (月)

ポール・マッカートニーがやって来る!!ヤー!ヤー!ヤー!

  

Photo_2  

ポール・マッカートニーが来日している。

11年ぶりの日本公演。御齢71歳でのステージである。

私は熱心なポールマニアというわけではないが

1980年あたりまでの作品は、一通り聴いている。

  

なぜ1980年までかというと、

ポピュラー音楽業界が肥大化するにつれ、

消費システムに飲み込まれ、実験性や革新性を失い、

どの曲も同じようなアレンジ処理がなされ、

売れている曲こそ名曲であるという

流れになってきたためである。

 

そのような仰々しい曲を一括りにして

産業ロックと半ば皮肉って呼んだのも

この頃だったと思う。

ポピュラー音楽と決別したのは、

そんな音楽をつまらないと感じたためである。

 

 

もちろんポールのせいではない。

 

そんな私の勝手な思い込みとはよそに、

ポールは一度たりとも創作活動を滞らせることなく、

稀代のメロディーメーカーとして新譜を発表し続け、

こうしてツアーにも出て、

はるばる日本までやって来たのである。

  

しかし、なぜこの年齢になってツアーに出る

必要があるのだろうかと、凡人ならではの疑問もわく。

日本でいえば、

あと4年で後期高齢者に達する年齢である。

いつも通り、良い曲を書き続け、

コンスタントにアルバムを発表しているだけで

十分なのにと考えてしまうのは、浅墓ゆえか。

  

ポールの本音は何処にある?

  

さてこの疑問を少しばかり和らげてくれるのが

中山康樹『ミック・ジャガーは60歳で何を歌ったか』

という新書。

この本には60年代のロック黎明期に

輝かしくデビューを飾り、今も現役で活躍する

ミュージシャン14人の生き様を論じている。

もちろんポールについての項もある。

<すなわちポールは、ビートルズ時代から変わらず挑戦意欲を持ち続け、前衛芸術に対する抑えきれない創造的衝動を抱えたまま、創作活動を継続している>

とポールの創作への姿勢を見極め、

下記の言葉で締めくくっている。

<その引き算の潔さと高い音楽クォリティー、そして無尽のエネルギーと創造力。……ビートルズ時代に十分に与えたにもかかわらず、さらに多くのものを分かち与えようとしている>

すなわち、今回のツアーは

懐古的なものでも集大成的なものでもない。

たとえ演目にビートルズ時代の曲が多くとも、

そこには創造というスパイスが効いているはずである。

  

ポール、ここ30年ばかり熱心に聴かなくて、

本当にごめんなさい。

  

(店主YUZOO)

 

 

 

11月 18, 2013 ブックレビュー, 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0)

2013年7月18日 (木)

モスクワ地下鉄という名のタイムトンネル

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ロシアの旅行ガイドをご覧になったことがあるのなら

ご存知かと思うが、モスクワの地下鉄が、

博物館や美術館のごとく、

豪華で数多くの彫像やレリーフに彩られていることを。

 

たとえば『地球歩き方』では

「モスクワのメトロ駅のホームは、宮殿を思わせる豪華さで知られている。(中略)乗車と下車を繰り返しているだけで、美術鑑賞をしているような気分になれる」という具合に。

  

というわけで、今回紹介する本は

鈴木常浩『モスクワ地下鉄の空気』(現代書館)。

 

著者は美術家のようで、極私的に、感覚的に、

ときには感情的に、

モスクワ地下鉄のデザインや彫像について、

言葉を吐き出すように書いているのだが、

それがデータ本のような味気のないものにならずに、

モスクワ留学記としても読むことができる。

  

全体主義を具現化したような

スターリン様式的なプロパガンダレリーフには、

吐き気を催すといわんばかりに痛烈に批判し、

露骨に賄賂を要求する警官たちに怒りを露わにする。

全体を通じてニヒリズムの霧が覆っているのだが、

不思議と不快感はない。

  

ソビエトの核であったコミュニズムの理想が崩壊し、

効率や利潤追求を主とする

欧米型資本主義に呑み込まれていく、

20世紀末のロシア市民の精神風景を

的確に捉えているからかもしれない。

 

モスクワの地下鉄は、

ナチスに勝利した大祖国戦争を緒端に、

民族友好のスローガン、計画生産のプロパガンダ、

全体主義の展示場、アバンギャルド芸術など、

それぞれの駅に

ロシアの歴史や文化が色濃く反映されている。

  

著者はそこに、ロシアの歓喜、理想、幻想、

虚栄、鎮魂を嗅ぎ取ったゆえ、

冒頭に「私はやはりロシアが嫌いだ。

四年間の長い旅を終えた結論である」と記したのだろう。

  Photo_2

ただ個性も色彩も持たない日本の地下鉄を思うと、

モスクワの地下鉄は顔立ちが

はっきりとしていて羨ましい。

あの地底まで続くかと思われる

長いエスカレーターに乗っていると、

時間が逆流していくかのようで、

自分の居場所が判らなくなる。

 

あの何とも言えない感覚は、

モスクワの地下鉄特有のものである。

  

この本が書かれた頃のモスクワと現在では、

まったく違う都市へ変貌している。

けれども地下鉄の顔立ちは変わらず、

ソビエトであり、ロシアであり続ける。

  

モスクワ地下鉄は時間軸で区切られた博物館、

もしくは時間の止まった

タイムトンネルなのかもしれない。

   

  

※写真は地下鉄の回数チケット。

 

(店主YUZO)

7月 18, 2013 ブックレビュー | | コメント (0)

2013年7月10日 (水)

「ロシアのマトリョーシカ」発刊!!

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今日は現在、

マトリョーシカ界で話題になっている本を紹介します。

その名も『ロシアのマトリョーシカ』

(スヴェトラーナ・ゴロジャーニナ著・スペースシャワー・ブック刊)

2年前にロシアで出版された本の邦訳になる。

  

マトリョーシカの創成期の頃の様子から

各産地での成り立ちや技法などを詳細に記している。

マトリョーシカを語るにおいて、

つい絵付けをする作家が話題の中心になるが、旋盤工(木地師)

についても記述がされているのが心地よい。

  

最初にマトリョーシカの木地をつくったといわれる

ズビョーズドスキンの写真まで載っていて、

思わず息を呑んでしまう。

  

この写真の貴重さといったら、

20世紀末の大発見となった伝説のブルースマン、

ロバート・ジョンソンのものと肩を並べるのに近いのでは。

少なくともマトリョーシカ界では。

  

ただマトリョーシカの語源については、以下の数行のみ。

   

≪ちなみにマトリョーシカという名前はマトリョーナ(古くはマトローナ)というよくある女性の名前に由来する。(ラテン語で「尊い女性、家族の母」を意味する。モーチャ、マトリョーシャ、マトリョーシカはその愛称である)≫

  

もっと踏み込んだ記述を望むのは、

欲張りというものだろうか。

  

この本は、学術的、歴史的に論じていて、

少々お堅い風体だが、かなり貴重な写真が掲載されているし、

最近活躍している作家の作品も載っているのが嬉しい。

お気に入りのマトリョーシカを眺めながら、

この子がどんな場所で、どんな風につくられていて、

自分の元にやってきたのかと

想像して読むのも愉しいかもしれない。

  

私は写真の煌びやかさに

舌鼓を打ちながら読ませていただいた。

おすすめです。

  

(店主YUZO)

7月 10, 2013 ブックレビュー | | コメント (0)

2013年6月14日 (金)

ハワイ気分でウッドバーニング

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ブティック社刊行の「ハワイアントールペイント&ステンシル」

というホビー向け雑誌にウッドバーニング作品が掲載。

もちろん私の作品ではなく、木下智美さんという

ハワイの陽射しと波の音が似合いそうなうら若き女性の作品。

 

この作品、シンプルなデザインでありながら色鮮やかで、

ウッドバーニングのアンティークな色合いにもマッチしている。

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雑誌にはハワイをテーマにした作品が、

トールペイント、ステンシル、ウッドバーニングと、

それぞれの技法を使ったものが掲載されているが、

我田引水ながら、

ウッドバーニングが一番ハワイに似合っている気がする。

Photo_2 コースターもシンプルでいい。

今度の休みには何かつくってみようという気になるではないか。

しかもこの雑誌には型紙までついている。

この梅雨どきに、渡りに船。

 

ハワイとは無縁な性格と生活と、

自他ともに認めている私が

つくってみたいと言うのだから、間違いない。

(店主YUZO)

6月 14, 2013 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年8月19日 (日)

戦争を語り継ぐということ(3)

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今日は戦争を語り継ぐことについて、体験者の声に耳を傾ける

という「個」の視点ではなく、国家という「集団」の記憶として、

どう受け継げられているのかを考えてみたい。

と、大上段に構えたところで、所詮私の考察。

サルがリリアンを編むようなもの。

破れかぶれの結果になってしまうことをお許し願いたい。

 

藤原帰一『戦争を記憶する』(講談社現代新書)。

第二次世界大戦の記憶が、

勝戦国と敗戦国、侵略された側と侵略した側では、

同じ平和を希求する立場であっても解釈が異なることに着目し、

そのことが時によって歴史の修正だと相手を非難する一因に

なっているのではと論じている。

とくにアジア諸国では、

日本や諸外国に占領、または植民地化された苦難と、

その苦難から解放されて独立を勝ち取った歓喜が重なり、

先の戦争の解釈は、さらに複雑である。

 

そのことについてアメリカのスミソニアン博物館と

広島の原爆資料館を象徴的な例として取り上げている。

 

広島は絶対平和と核なき世界を切望をすることを主として、

原爆という度を越えた殺戮兵器を投下したアメリカを

断罪した展示はない。

それゆえ今回の広島市長の答辞でも、

福島の原発事故を憂い、被爆した住民や

汚染された土地にいて同情の念を述べたのだろう。

広島にとっては、多くの市民が巻き添えになる原爆や

何世代にも渡って苦しみを強いられる核は、

絶対悪で、いかなる大義もないのである。

 

一方、スミソニアン博物館は、ナチスのホロコーストの

残虐性や非人道性を膨大な資料で提示し、

その絶対悪に立ち向かったアメリカ市民の勇気を賞賛し、

あれは正義の戦争であったことを示している。

私はスミソニアン博物館を実際に観たことはないので、

それがすべてであると断定することは控えたい。

ただ以前読んだベトナム戦争やイラク侵攻に従事した

兵士の証言集では、

両者とも戦争について非難しているものの、

ベトナム戦争は共産主義から守るため、

イラク侵攻はテロリスト支援国家を殲滅させるためという

言葉が多く見られた。

大義があれば、正しい戦争はありうるという思考が、

根底に流れている気がする。

 

その違いを戦争に負けた側、勝った側の

ちがいと決めるのは簡単だが、

この戦争が次世代にどう影響を及ぼすのか、

百年千年といった単位の民族間の

絶対的な断絶や憤怒につながらないか、

絶対平和を世界が手中におさめることを望むならば、

そのような観点からも戦争を問うべきではないだろうか。

 

著者は「集団」による戦争解釈、記憶の構築が、

ともすれば強烈な「ナショナリズム」を生む原因となりうると、

指摘しているものの、理想とすべきものは示していない。

ただこの本を以下の文でしめている。

 

「沖縄南部につくられた慰霊碑である。名前ばかり記された石が並ぶこの慰霊碑には、ベトナム戦争の記念碑より一歩進んでいて、日本人、朝鮮・韓国人、アメリカ人、または軍人・市民を問わず、沖縄戦の死者の名前が、わかる限りすべて刻まれている。

死ぬ必要がなかった人々の、一人ひとりへの追悼が、ここにある。虚飾を取り払った後に、残された戦争の記憶が、ここにある」

 

(店主YUZO)

 

 

8月 19, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年8月17日 (金)

戦争を語り継ぐということ(2)

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戦争を語り継ぐことが年々難しくなっていることは、

反面長きに渡って日本が参戦せずに済んだ

嬉しい代償というべきかもしれない。

市民生活レベルでは、着実に日本国憲法が掲げる

平和理念が根付いている表れである。

 

20世紀最大の負の遺産、第二次世界大戦以降も、

世界のどこかで戦争、紛争、内戦、軍事介入が行われ、

地球上のあらゆる国と地域が、安らかに眠りにつける日は、

一日としてなかった。

アメリカにいたっては、自国の若者を一度たりとも、

我が家のベッドで心行くまで休ませてあけたいと

思ったことさえないのではなかろうか。

 

その平安な眠りを日本は67年もの間貪っていたと、

自虐的に語る人がいるが、

別に現実逃避をして安穏と過ごしていたわけではない。

時代の転換を迫られた時、その都度、

数ある選択肢のなかから、もっとも相応しいものを選んだり、

死守し続けたりした結果、この安らかな眠りを得ているのである。

 

敗戦で焦土化した国を目の当たりして、

もう二度とこの惨事を繰り返すまいと強く願う国民の英知が、

つねに働いていたからである。

 

アレン・ネルソン『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか』(講談社)

この本はベトナム帰還兵の著者が、

戦争の本質とは何か、戦場とはいかなる場所か、

ということを体験を通じて語られた講演録である。

そこには平和を切に願う、戦争のない世界への希求がある。

 

貧困ゆえ家族の生活を少しでも楽にさせようと入隊を志願し、

海兵で過酷な訓練を受け、ベトナム最前線へ送られる。

最初の殺人は言葉にできない嘔吐に襲われたが、

戦地での生活が長くなるにつれ、人を殺すことに何も感じなくなり、

殺人マシーンへと成り果てていく。

シンプルに語られる言葉は、

目の前に戦場が広がっているように生々しい。

 

その著者が人間としての感情を取り戻せたのは、

ある戦場の村で偶然にも出産を目撃したからだと語る。

その瞬間、生命誕生の神秘さ、命の尊さに打ち震え、

自分の戦地での行為が、非道で残忍なものだったか痛感する。

 

以後、戦場から早く逃れたいと考え、

前線から離れることを希望し、帰国の途に着く。

しかし除隊すればホームレス生活になり、

戦争による精神的後遺症に悩むことになる。

その後、著者はカウンセラーに恵まれ、精神障害を克服し、

家族や友人の助けもあって戦争体験の語り手として、

ひとりの平和を願う人間として、アメリカや日本各地を回って

戦争の愚かさを説いている。

 

この本は、私のような擦れ枯らしの年代よりも、

想像力が豊かな若い世代に読んでもらいたい。

戦争の本質や現実を深く考えた上で、

この国が歩むべき道を選んでもらいたいと願うからである。

(店主YUZO)

8月 17, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年8月15日 (水)

戦争を語り継ぐということ(1)

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終戦を迎えてから67年が過ぎた。

この時期、テレビや新聞では特集を組み、

あの戦争は何だったのだろうかと、

改めて問いかけて、平和の尊さを再認識させてくれる。

ただし、ここ10年言われて続けているのは、

戦争体験をされた世代の多くが、天へと旅立たれていくにつれ、

戦争の悲惨さをどう語り継ついでいくべきかという

問題に直面していることである。

 

政治が数の論理で反動的な方向へと舵取りがなされると、

戦争体験者は再び同じ道を歩むのではないかと危惧し、

戦争を知らない世代は、国際貢献として、

もしくは集団的自衛権の名の下に

正式に軍隊を保持して良いのではないかと、漠然と思う。

 

そういう私も戦争を知らない世代。

戦争はいかなる理由があろうとも断固拒否という立場なのだが、

もし戦争について討論があった場合、

曖昧な理由と論法でしか反戦を語れない。

もっとも正しい戦争という名の下(湾岸戦争、NATO軍空爆など)

での武力行使を認める人も、国際協調のためという、

世界における日本の立場からの意見であって、

戦争の本質を説いての意見ではない。

 

戦争を知らない世代同士が、

戦争に対して貧弱なイメージしか持ち合わせないままに、

非武装中立、正戦、反戦、平和国家、国際社会、自立国家

といった言葉で巧みにお互いの意見を主張したところで、

所詮、机上の空論を越えていないのではなかろうか。

 

もう一度、戦争とはいかなるものなのだろうかと、真摯に向き合い、

様々な視点から見つめ直して、様々な考察を組み立てた上で、

本質から迫ったほうがよいのではないか。

いざ戦争が始まれば、悠長に平和について論じる機会は

失われてしまうのである。

 

下嶋哲朗『平和は「退屈」ですか?』(岩波書店)。

この本は沖縄の元ひめゆり学徒が、

高校生と大学生に戦争の無慈悲さを伝え、

さらに戦争体験のない世代が同世代に対して、

いかに戦争体験を語るのかという難題にチャレンジした記録である。

 

この本が示すかぎり、

戦争を知らない世代が戦争について語ることは、

決して不可能なことではない。

戦争の記憶がないことで、逆に想像が羽ばたきはじめる。

人には想像という、誰も殺すことのない武器があるのだ。

(店主YUZO)

8月 15, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年6月28日 (木)

かっこ悪くても生きなければならないだろう

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熱心なファンというのではないのだが、

日頃から言動や行動が気になるひとがいる。

道しるべのような存在。

 

日々の泡に揉まれているうちに、厭らしさ、卑しさ、見栄やら、

欲望やらに、どっぷりと骨の髄まで浸かってしまうと、

このような生活は果たして望んでいたものかと、

反省どころか懺悔にも似た気持ちに苛まれることがある。

私がこの世からいなくなっても地球は廻り続けるし、

世界が大混乱に陥ることもない。

 

それなのに何か理由をつけては進もうとしない。続けようとしない。

しっかりと腰をすえて自分が本望とすることに、脇目もふらずに

注力すべきだとおもうのだが。

そう簡単にいかないのが、私の人生のようである。

 

早川義夫『たましいの場所』(晶文社刊)。

題名からすると偉大な得のある僧侶の説教本のように思われるが、

若い頃は先鋭のミュージシャン、それから町の本屋さんに転向して、

その店を諸事情で閉じると、再び音楽活動を始めた人。

再開までには30年近い月日が流れている。

 

しかし鉄の信念を抱いた人というわけでなく、

着飾らない純粋な言葉で歌うことは、

とても恥ずかしいことけれども、この心の奥に潜んでいる気持ちを

表すのには笑われても仕方ないと、ぼんやりと考えている人である。

 

この本で書かれている言葉は、至ってシンプル。

ゆえに、いつの間にか失ってしまったことに気がつかせてくれる。

 

「芸術は感動するものである。感動しないものは芸術ではない。それは、音楽も、仕事も、人間も、恋愛も、何でもそうだ。人を感動させて、はじめてそのものになれるのだ。感動しないものは、なにものでもない」

「今、輝くことができれば、過去も輝くことができる。僕たちは、過去に生きているのではない。今を生きているのだ」

「本当の評論は、人のことより、自分のことを書く。自分がいったい何者かを書く。なぜそれに感動したのか。感動はどこからやってくるのか。なぜそれに感動しないのか。自分の心を書く」

 

デビューアルバムの題名に

『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』

と23歳でつける人である。

ゆるやかで純粋な創作姿勢は、まったく変わっていない。

その姿勢が、自分の座標軸を失いかけたときに勇気付けられる。

稀有で大切な存在である。

(店主YUZO)

6月 28, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年6月24日 (日)

瑞々しきモスクワ留学

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今日はモスクワ留学記、渡辺瑞枝著

『ファンタスティック。モスクワ留学』(第三書館)の紹介。

以前に紹介した『零下20度でアイスクリーム』と同じく

1990年代の留学記だが、大学職員の役所的紋切り型の対応、

必要書類の提出の煩雑さは両本ともに通じるが、

全体に漂うモスクワの空気、学生たちの雰囲気が、決定的に異なる。

 

『零下20度~』はソビエト連邦崩壊直前の留学、

こちらは新生ロシアに変わってからということが要因になっているのだろう。

共産主義体制から解放されて、

自由を満喫できる土壌ができたからという単純図式ではない。

これから自分なりの価値観をどこに置くべきか、

ロシア人としてのアイデンティティは

何なのかと手探りしているようにさえ感じられる。

 

 

店頭にパンが無いことを、国の体制が悪いと不満を言えば済んだ時代と、

店頭にパンが並んでいても買えないことに悩まなければ時代の違いというべきか。

あまり例として適切ではないが。

 

 

著者はモスクワ大学ジャーナリズム部に籍を置き、

学生に意識調査のアンケートを試みたり、

新聞社にインタビューに出向いたりと精力的に活動をする。

その行動力には、ただただ敬服するのみ。

 

 

その大手メディアではできないアンケートの結果は、学生対象だけに、

新しい国の体制に素早く順応しているものの、

決して物質的価値のみに自分の基準を合わせず、

「ジャーナリストの使命は市民に信頼できる情報を届け、社会の国家に対する監視機能を実現すること」、

「人々、社会、政府の間に立つ仲介者かつ、信頼できる確実な情報提供者になりたい。世論形成の手助けをしたい」といった回答が目立った。

 

新しい国を健全な方向へと導いていきたいという希望が感じられる。

 

 

また巻末にイズベチア紙に掲載された

「ロシア人の思考傾向は非経済的」という記事の翻訳が載っている。

ロシア国民の非生産的な経済活動を非難しているまではなく、

 

むしろ「可能性の平等な社会」を望むがゆえ、

安直な国営企業の民営化に対して、

国民の多数が違和感あるという記事である。

政治というのは国家体制の維持のため、

もしくは一部の特権階級が利潤を享受するために、

言葉巧みに国の財産を売却したり、解体したりすることがある。

それに対しての警告である。

 

国の体制が180度転換しても、

しっかりとそのような動きに対して

異議申し立てを行うジャーナリズム、しいては

ロシア国民は、私たちよりも健全だと思わずにはいられない。

と、お堅い物腰で書いてしまったが、

この本自体はロシア留学を考えている人にお勧めですヨ。

 

 

(店主YUZO)

6月 24, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年6月19日 (火)

亡命するならヴェネツィアへ

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ヨシフ・ブロツキーというロシアの亡命作家が書いた

『ヴェネツィア』(集英社刊)を読んだ。

ブロツキーは亡命先のアメリカでも創作活動を続け、

87年にはノーベル文学賞を受賞している

輝かしい経歴の持ち主なのだが、

ノーベル文学界にも疎い私は、この本が初読。

 

作家はアメリカ亡命後、毎年のようにヴェネツィアを訪れて、

千年一日の街並み、静かな喧騒、やわらかな水の流れ、

熟れた陽差し、語りかけるゴンドラなどが、

網膜や鼓膜に焼き付いてしまうぐらい好んでいたようで、

それゆえ愛憎にも似た思いを綴っている。

 

ではこの小説、どんな物語なのかというと、

はっきりとした筋立てはない。

 

遠い昔、夏休みの課題図書として読んだ、もしくは読まされた

リルケ「マルテの手記」や太宰治「晩年」といった作品と

同系列といって差し支えない。

つまり文学的な、あまりにも文学的な作品なのである。

 

物語がないゆえ、大河ドラマやサスペンスに毒された

現代人には、この種の本はきついものがあるが、

逆に、開いた頁から読んで、好きな文脈を見つける

という楽しみがあるのも事実。

 

それでは個人的に印象に残った文を紹介。

「有限を知るものだけが、永遠を認識できるのだから」

 

「結局のところ全能の神のように、ぼくらはすべてのものを自分自身のイメージで造りあげる。もっと他に信頼できるお手本がないからだ」

 

「なぜなら美は目が休息する場所だからだ。(中略)そして美学の一番の道具である目は、完全に自立している。そしてその目よりさらに自立しているのが涙である」

 

「愛というのは無我の感情で、一方通行なのだ。だからこそ町や建築そのもの、音楽や過去の詩人を愛することができるし、そして特別な気質の人にとっては、神も愛の対象になりうる」

 

さすがにノーベル賞作家の言葉は深い。

 

この作家、アメリカに亡命したのに、何ゆえヴェネツィアに

恋焦がれたのだろうと、ふと思い立ち、生誕地を調べてみた。

レニングラード(現サンクトペテルブルク)。

この街はピョートル大帝がパリに憧れて建都した庭園都市。

無数の運河がひかれて水の都の赴きもある。

 

ブロツキーは水上都市ヴェネツィアに、生まれ故郷の安らぎを

重ね合わせていたのだろうか。

(店主YUZO)

6月 19, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年6月17日 (日)

バーバーヤガは心優しきお婆さん?

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今日はロシア民話の話。

先日、『世界の民話』(全12巻・ぎょうせい刊)を手に入れた。

持ち金がなかったので、ロシア民話が収録されている

東欧Ⅱのみを泣く泣く購入。

 

個人的な思いとしては、マトリョーシカ界でもお馴染みの

バーバーヤガが、どんな役割で登場するのか

が気になるところである。

 

最初に収められているのは比較的に有名な「かえるのお妃」。

三人の王子がお妃をむかえいれる年頃になり、

王が放った矢を手にした者をお妃にしないという言い付けの許、

三人はそれぞれ相手を見つけるのだが、

不運か幸運か、末っ子はかえるが矢を手にしていたため、

かえると結婚することになってしまう。

 

周囲から嘲笑を買うなか、かえるは美しい布を織ったり、

美味しいパンを焼いたりして、王家の人たちを驚かせる。

というのも、このかえるは龍の呪いのために、

かえるに姿を変えられた美しい娘。

その美しい娘に再び逢うために王子は、

「三十番めのよその国、骨足のババ・ヤーガのところ」

へ旅に出るのである。

 

さてその骨足のババ・ヤーガと王子が出合ったときの会話。

 

「ときどき来て、頭のしらみを取ってくれる子だね」

「えっ?どこにいる?教えて」

「弟のところで働いているよ。日やとい女だね」

そして王子が熱心に弟の居場所をきくと、

「(中略)だが、気をつけな、ひどいめにあうよ!そのお妃とやらを見つけたら、一目散につれて逃げるんだよ。わき見をするんじゃないよ」

王子はババ・ヤーガに礼を言って立ち去った。

 

この民話ではバーバーヤガは親切なお婆さんの役。

身内の許で下働きしている

お妃を救うための助言をしているのである。

 

実はこの「かえるお妃」は

ソビエト時代にアニメ化している話なので、一度ご覧あれ。

妖異な風貌のバーバーヤガは黒魔術の祈祷師のようでもあり、

森の中で出会ったら、まず逃げ出すだろいう異様さ。

親切な心持ちとのギャップを映像で楽しむことができる。

他人を風貌だけで判断してはいけないという良い見本。

性格というのは、一筋縄ではない。

 

ちなみにお妃をかえるに変えてしまった龍は、

三つの頭を持っていて、火を吐いたりと

ゴジラ映画の敵役キングギドラに瓜二つである。

古今東西問わず、

民話に描かれる怪物の創造性には驚かされる。

 

この民話集には、ほかにも上半身が人間、下半身が熊

という「イワン・くまっ子」。

長靴をはいた猫と似た「雄ねことばか息子」。

欲深い人間には天罰がくだるという「魔法のぼだい樹」。

奇想天外な話が収められていて、

つまらない小説を読むより数段面白い。

 

上記の挿絵は「イワン・くまっ子」。

横にいるのはくまっ子に騙される小悪魔ちゃん。

とてもキュート!

(店主YUZO)

6月 17, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年5月16日 (水)

今ユーラシアが熱いのだ

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先回、ユーラシア大陸の鉄道旅行記を紹介したので、

引き続き、ユーラシア関連の少しお堅い本を。

堀江則雄著『ユーラシア胎動』(何だかんだの岩波新書)

 

2010年に出版された本で、上海協力機構を中心とした

最近の著しいユーラシアの経済発展と、

活発な相互貿易の状況を報告している。

 

政治に疎い私は、上海協力機構なるものを全く知らないが、

ロシアや中央アジアの豊富な天然資源と

世界の工場として経済を牽引している中国が深く結びついて、

驚異的な発展を遂げて、活気に満ちているという。

 

あのシルクロード鉄道も(ここではユーラシア鉄道と呼んでいる)

人員や貨物の輸送に重要な役割を果たしている。

前書では千一夜を要した列車の台車交換が、この14年間で

2時間の作業に短縮されているのも、その表れか。

 

好景気に沸く背景には、ロシアと中国の間で、

何百年と続いた国境問題を完全に克服し、

お互いの合意の下、

国境線を明確にしたことを挙げている。

それに追随するように、天然ガスや石油の

パイプラインがユーラシアにひかれたことにあるという。

 

著者はこのダイナミズムなユーラシアの胎動について

「……「近代」が始まって以来の世界秩序の転換という時代認識である。資本主義の勃興以来ずっと西欧という「西」がアジアなど「東」を含む非西欧世界を支配してきた。(中略)その世界秩序の転換が「西」から「東」への“重心”の歴史的な移動として起きているのである。」

と分析している。

 

その言葉の裏には、従来のアメリカ追従路線でいくのではなく

同じアジアの国としてユーラシアに眼を向けるべきという

主張がうかがえる。

北方領土問題に固執するあまり、硬化して進まぬ関係から、

まず具体的にシベリア共同開発や日本海貿易の活性化を

始めて両国の関係を改善すべきという指摘も。

 

私ごときが、訳知り顔で政治や経済を

声高に語るのは本意ではない。

ただ、もっとロシアについて日本人が知る機会が増えれば、

もっと相互理解が深まればと願うのみである。

 

さてこの本で気になった記述を。

「カザフスタンの商品はウォッカなどの種類、マトリョーシカ、ナイフ、それに皮革物の土産品類だけで、寂しいかぎりだ」

 

カザフスタンのマトリョーシカ。

セミョーノフからの流れ品か、それともカザフスタンの国産か。

実に気になるところ。

思わず、寂しいかぎりな品物ではないと、

少し声を荒げてみた次第。

(店主YUZO)

5月 16, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年5月14日 (月)

ユーラシア大陸で酒三昧の本

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古本屋を巡っていると、ときどき一瞬脱力してしまうような

題名が眼に飛び込んでくることがある。

そして帯が付いている場合は、

その短かなコピーにさらなる脱力を強いられる。

 

種村直樹著『ユーラシア大陸 飲み継ぎ紀行』(徳間書店)。

帯には「ヨーロッパ、中国の地酒に酔いしれながら、総鉄道距離17000kmの大列車旅を敢行。酒好き、汽車旅ファン垂涎の1冊!」とある。

 

ユーラシアの大平原を車窓を肴に飲み続けるのは、

常人ならば馬鹿げていると一笑しかねないが、

酒好き、汽車の旅が好きな輩にとっては、

贅沢この上ない旅と言えよう。

もちろんこの旅の経由地としてロシアも入っている。

 

これだけの条件が揃っていれば内容が悪いはずがない。

さっそく購入。

 

ポルトガルのポルトでワインを起点に、へレスのシェリー酒、

フランスのコニャック、ベルギーでビールという具合に、

ポーランド、ベラルーシと続く酩酊汽車の旅。

先日紹介した『酔いどれ列車モスクワ発ペトゥシキ行』

までとはないが、途中体調不良に見舞われながらも、

初心貫徹。

とにかく現地につけば本場の銘柄を

しっかりと五臓六腑に流し込む。

酒呑みの鑑である。

 

さて気になるのはモスクワの様子。

この本が出版されたのは1996年だから、ソビエト崩壊後、

まだ経済が混乱し、安定しない頃になる。

 

「ホテルーインツーリストのピザ屋が、米ドル主、ルーブル従のメニューを置いていたのは、ほとんど外国人ばかり利用する店なのだろうと、さほど気にならなかったものの、市内で外国の通貨がおおっぴらに流通しているとは驚いたことだ。ルーブルが気の毒である」

 

期待したほど興味をひく記述は少ない。

ロシアに限らず、もっと町の人々と交流してくれれば、

旅行記に奥行きが出るのにと悔やまれる。

まあ著者は鉄道専門のルポライターだから仕方ないが。

 

ただ1992年に開通したウルムチから西安を結ぶ

シルクロード鉄道の記述は面白い。

線路の幅が異なる路線で結ばれているので、

幅に応じて台車交換の作業が入るのである。

その作業の段取りが大陸的というか、

シルクロード的な悠久の時間というか、

千一の夜を越えるかのようである。

 

約一ヶ月近い酔いどれ旅行の締めくくりとして、

千葉県の酒々井町に降り立つ。

鉄道好きならではの選択。

シブイ。

(店主YUZO)

5月 14, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年5月 9日 (水)

苦いブラックで一服を

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最近堅い話が多かったので、今回は気分転換でジョーク集を。

早坂隆著『世界の紛争地ジョーク集』(中公新書クラレ)。

物騒な題名がついたこの本は、為政者を皮肉ったもの、

対立した民族を小馬鹿にしたもの、自虐の笑い、

赤、黒、茶、黄、白と様々な色の小咄が入っている。

 

住む国、地域が異なれば

必然的に笑いの質も異なるのは当然としても、

そこには積年の恨みがあったり、

大国の論理で翻弄される怒りがあったりと、

極東の島国では、

その笑いの深さが理解し得ないものもある。

 

ただ笑いを伴ってこそ活きるジョークである。

ではこの本で紹介されている少々苦味のあるブラックはいかが?

 

●イラク

ある時、サダム・フセイン大統領が何者かによって誘拐された。数日後、犯人グループから大統領宮殿に電話がかかった。

「いますぐに百万ドル用意しろ。さもなければ大統領を生かして帰すぞ」

 

●パレスチナ

ある時、ユダヤ人で満員のバスが崖から落ちて、乗客全員が死亡した。それを二人のパレスチナ人が見ていたが、そのうちの一人がやがて大粒の涙を流し始めた。その様子を見てもう一人が聞いた。

「どうして泣いているんだい?乗客はユダヤ人だ。別にいいじゃないか」

涙を拭いながら彼は言った。

「でも、俺は見たんだ」

「何を?」

「席にひとつ空きがあった」

 

●アフガニスタン

ブッシュ大統領とビン・ラディンが電話で話していた。ラディンが言った。

「今日はあなたに二つのニュースがあります。一つは良いニュースでもう一つは悪いニュースです。どっちから聞きますか?」

「じゃあ良いニュースから」

「アメリカ人捕虜を全員返すことに決めました」

「本当ですか?それはありがたい。で、悪いニュースは?」

「はい、ニューヨークに飛行機ごと返します」

 

●旧ソ連

ニューヨーク発モスクワ行きの旅客機がいよいよ着陸態勢に入った。機内アナウンスが流れる。

「まもなく投機はモスクワ国際空港に到着いたします。なお、アメリカとの時差は二十年と一時間でございます」

 

●ハンガリー

ハンガリー人「今度、我国に海軍省ができるんだ」

ロシア人「何だって?でもハンガリーには海がないじゃないか」

ハンガリー人「でも君の国に文化省があるんだぜ」

 

●アルバニア

アルバニア初の国産飛行機がついに完成した。国民は大いに喜んだが、初フライトで墜落してしまった。翌朝の新聞はこの事件をこう報道した。

「アルバニア一号機、あえなく墜落。死者は百人を超える模様。原因は石炭の不燃・・・・・」

 

●フィリピン

ある日、エストラーダ大統領が、なぜだか随分に嬉しそうにしていた。それを見た側近が言った。

「何やら嬉しそうですね、大統領。何かいいことがありましたか?」

「実はね、脳に腫瘍があることがわかったんだ」

「それでなぜ喜んでいるのですか?」

「私にも脳があることを証明できたからね」

 

このブラックは少々ほろ苦いと書いたけれども、

胃の側壁がじっとりと汗をかくような強い酸味。

平和に浸った内臓では消化するのに難儀する笑い。

世界は実にタフにできている。

(店主YUZO)

 

5月 9, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年5月 7日 (月)

毛皮よりもマトリョーシカを

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宣教師ニコライといい、皇太子ニコライといい、日本に何を感じて

遥か遠くの極東の島国まできたのだろう。

欧米列強国に先んじて有利な条件で交易をしたいという思惑は

当然あっただろうが、一方では未知なるエキゾチックな国という

魅力もあったのかもしれない。

 

生まれながらに住んでいると

自国の良さや魅力に気がつかないわけで、

他から言われて、はっと気がつくものである。

 

司馬遼太郎著『ロシアについて』(1986年刊)。

この本では、幕末までロシアは日本に対して熱い眼差しを

向けていたのかを、史実に照らし合わせて推論している。

 

実は司馬遼太郎を読むのは初めて。

というのも中年のオッサンが愛読する作家のイメージが強く、

場末の安い居酒屋で

「司馬遼太郎によると坂本龍馬はね。今の日本経済の低迷にも一石を投じるような思想を持っていて・・・・」

などと赤ら顔で力説されることに辟易していてからである。

今や自分も同じ中年のオッサンになったが、

その思いは変わらないままである。

私はひねくれ者のオッサンなりたいのである。

 

さて話を元に戻すと、

ロシアが頑なに鎖国をしていた日本に着目したのは、

領土が東へ東へと拡大するにつれ、凍土に覆われた

シベリア地域の安定した食料調達にあったという。

モンゴル騎馬民族には数百年にわたって支配されていた

忌まわしい過去があり、中国清朝とも長年にわたり

国境で鬩ぎ合いをしている。

 

それならば利害関係のない日本と交易を始めて、

この難局を乗り切ろうと考えた。

ただ日本は未知なる部分が多く、どうにか情報を得ようと、

日本の漂流民を篤く保護し、シベリアの都市イルクーツク

には日本語学校もあった。

 

しかし鎖国の重い扉を開くことはできず、

それどころか艦隊を組んで脅かして強引に開国を迫った

アメリカに先を越され、明治政府には西欧列強のなかでも

ロシアは二流の国と位置づけされ、戦争まで起きてしまう。

さらに太平洋戦争末期のロシア参戦によって

両国の関係は、日本海の溝よりも深い隔たりができて、

現在に至ってしまうのである。哀呼。

 

歴史をひとつの見解から論ずるのは危険極まりないが、

ちょっとしたボタンの掛け違いから不信感が募っていった

という推論は、なかなか興味深い。

 

だいたいロシアは日本との貿易品として

クロテンやラッコの毛皮を考えたという。

現代ならば飛びついたのかもしれないけれど、

江戸時代の風俗や生活習慣を考えれば、

受け入れ難い品とわかりそうなものである。

 

その時点で不信感の輪が始まったのかもしれないネ。

(店主YUZO)

5月 7, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2012年4月11日 (水)

ロシア版『マトリョーシカ』本が出版されました

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以前から噂になっていた新しいマトリョーシカの本が、

ようやく出版されました。

ロシア人の仕事だけに、噂だけで終わってしまうのではという

危惧もありましたが、何とか出版に漕ぎ着けたようです。

ハラショー!

 

今回、チェリパシカ氏がロシアに買い付けに行った際、

あらゆる手段を使ってどうにか手に入れてくれました。

というのもこの本、早くも絶版に近い状態で、

コブロフさんも30冊ほど頼んだものの入らず、

仲買人のイワン君も全然手に入らないと嘆いていたほど。

 

値段もかなり高価ということなので、

このまま絶版になるのではという心配さえあります。

とりあえず出版社の情報を明記します。

 

著者 Gorozbanina Svetlana

題名 Russian matryoshka album

出版社 Interbook Business  Publishers

     216P・オールカラー(A4版)

HP www.interbook-art.ru

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マトリョーシカ・アルバムというだけあって、

1ページにひとつの作品を掲載するという贅沢なレイアウト。

「木の香」で紹介した

リャボフさん、アーニャさんの作品も載っています。

 

次回、ロシア仕入れのときには

何冊か買い付けようと考えていますが、

このような状態だと入荷しない可能性もあります。

 

海外とのトレードが慣れている方は、

いろいろと探してみたほうがいいかもしれません。

古本的見地からいえば稀少本になる素地あり(笑)

(店主YUZO)

4月 11, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年4月 9日 (月)

20年前のロシアに留学

 

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古本屋をめぐりをしては、ロシアに関するを見つけては

買い求めるようにしている。

文化、芸術だけでなく、歴史、文学、

あまり好みではないが政治にについても、

仏頂面のエリツィンや沈鬱な表情のゴルバチョフに

苦笑いしながら手を出している。

 

すでにソビエト崩壊から20年。

日本人のロシアへの関心と興味は、

例のごとく薄れてしまったようで、古本業界では、

特価本や店頭ワゴン置きの状態。

安く買うことができるので嬉しい反面、

背表紙が日焼けした古本たちが哀れにさえ思う。

 

その特価本のなかに見つけたのが

森千種著『零下20度でアイスクリーム』。

著者はフジテレビのアナウンサーで、

社内制度を利用してモスクワ大学に留学。

留学中に91年のクーデターで揺らぐモスクワを

間近にしたという貴重な経験している。

 

しかし興味を持ったのはクーデターの生の声でなく、

慢性的な物不足と驚異的な物価の高騰に、

サービスという概念がまったくない紋切り型の行政機関。

自国の通貨よりもドルが幅を利かすという情況は、

自分が行くようになった2000年以降のロシアと、

月の表と裏ぐらい違うということ。

 

ロシアが短期間で経済や体制を変革してきたことを、

否応なく知らされる。

 

西側のファーストフードの典型、ピザハットが開店した頃の

市民への対応が興味深い。

ドルかルーブルの支払いの違いで、

席やサービスが露骨なほど異なり、

貨幣価値の高いドルが店の応対が良く、

オーダーも取りに来て待たせることがない。

もちろん同じ商品であっても、ルーブルで買うより断然高い。

 

ドルを持たない市民は羨望の眼差しで

ドルで買う人を見つめながら、ルーブルの長い列に並ぶ。

 

こういったエピソードを

著者はジャーナリストの目線で市民生活を描かず、

ひとりの留学生としてロシアを見つめているだけに、

身近な出来事に感じて飽くことがない。

 

この厳しい情況と知りつつ、

果敢にもロシアに留学した著者の好奇心に

ただ、ただ敬服。

ロシアでの留学生活を肌で感じることができる好書だと思う。

ただし20年前だけれども。

 

(店主YUZO)

 

4月 9, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年4月 6日 (金)

酒樽を抱えてペトゥシキまで

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酔っ払いはときどき、

とんでもない人生の真理を口にすることがある。

ただ残念なことにその神がかった言葉も、

酔いが醒めてしまうと、まったく覚えていない。

霧のかかった荒野にぽつりと糸杉が生えているかのようである。

 

あの珠玉の言葉さえ思い出せば、

人生を一度たりとも悔いることなく、

大海の鯨のように朗らかに生きることができるのにと、

地団駄を踏んでみても、この霧が晴れることはない。

永遠に霞がかかったままである。

 

そして酔ったときだけの哲学者は、

二日酔いでがんがんと脈打つ頭を叩きながら、

必ずと言っていいほど、こう呟くのである。

「もう酒なんか、止めた」と。

 

この世に泥酔文学というジャンルがあるとすれば、

ヴェネディクト・エロフェーエフの小説、

「酔いどれ列車 モスクワ発ペトゥシキ行」は

第一線級の文学である。

この本と肩を並べることができる泥酔文学を挙げるならば、

チャールズ・ブコウスキーの「詩人と女たち」ぐらいだろうか。

 

粗筋を簡単に説明すると、

モスクワからペトゥシキ行きの列車に乗ったヴェーニチカは、

ひたすら酒を飲み続け、周囲に罵事雑言を浴びせて

管を巻いたかと思うと、大統領になった妄想を抱いたり、

ロシア人の未来を憂いたり、天使の幻覚を見たりと、

酔っ払いならではの現実と夢想の間を自由に行き来する。

だがヴェーニチカの桃源郷、約束の地と考えている

ペトゥシキに到着することはない。

やがて酒も尽きると、悲劇を迎えることになる・・・。

 

聖なる酔っ払いの戯言だけに、

この小説には人生の苦味を含んだ言葉が

たくさん散りばめられている。

 

「純朴は常に神聖にあらず。また喜劇は常に神曲であらず」

「ピストル自殺と同じやり方で、酒を飲んだのさ」

「ロシアの誠実な人間ならば皆そうだ。なぜ飲むのか?絶望のあまり飲んだのさ。誠実だから、人民の運命の重荷を軽減してやれるだけの力がないことを自分で身に沁みて知っているからだ!」

 

この小説はソビエト時代に、地下出版されて

ベストセラーになったという伝説があり、

この泥酔文学の名作としての相応しい勲章を持っている。

 

残念ながら日本では絶版になっていて、

なかなか手に入れることができないが、

もし手にすることがあったら、

ウォッカを片手に、ヴェーニチカの酔談をじっくりと聞くのも

酒飲みの友としていいのでは。

(店主YUZO)

4月 6, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年4月 2日 (月)

プロ野球を愛するすべての人に

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いよいよプロ野球開幕。

以前はこの日が来るのを心待ちにしていたが、

今はそれほどの熱い気持ちはない。

年々減少する観客動員数に歯止めをかけるために、

セパ交流戦やクライマックスシリーズができたりと、

優勝までの条件が複雑になったせいかもしれない。

 

また球場まで足を運んで見たいと思う選手が、

どんどんアメリカに渡ってしまうのも一因にある。

とにかく勝負事は勝ち負けが明白で単純でなければ面白くない。

そして個性的な選手がいないと、見世物として魅力がない。

 

さて何故プロ野球の話をしたかというと、

ナターシャ・スタルヒン「ロシアから来たエース」を読んだからである。

スタルヒンといえば、プロ野球創成期に大活躍した伝説の投手。

名前からしてロシア系の人物ではと推測できるが、

どのような素性なのか本当のところは知られていない。

前も後ろも闇なのである。

 

この本によると、ロシア革命時、裕福な家庭だったスタルヒン家は、

迫り来るプロレタリア革命の荒波を恐れて、

財産を捨てて着の身着のままに日本に亡命する。

亡命先は北海道旭川。

その地で野球を覚えると、旭川にスタルヒンありと騒がれ、

その噂は東京にまで届く。

折しも球団を創設したばかりの巨人軍の球団社長の耳にまで

その噂が入り獲得に乗り出す。

入団までは紆余曲折あったものの、

巨人に入団してからは、まさにエース級の活躍で、

日本を代表する投手に成長、プロ野球初の300勝を達成する。

 

と書き進めると、日本人好みの立身出世物語に思われるが、

そんな人生が単純に栄光に向かって進むわけがない。

 

実の娘である著者は、日本国籍を希望しても

取得できない障壁に悩む姿と、

つねに“外人”として扱われる日本独特の

差別や疎外を描き出している。

とくに戦時中は肋膜炎に臥して生活は困窮極め、

しかも特高警察の監視下におかれた厳しい状況を綴っている。

 

結局、スタルヒンは日本国籍を取得することはなかった。

そして交通事故を起こし、40歳という若さで生涯を閉じる。

プロ野球を引退してから2年後である。

 

著者は巻頭で

「父にとって野球生活以外はなかったも同然だった。野球の生命が終わったと同時に、自分の生命も姿もこの世から完全に消えてしまったのである」

と綴っているが、果たしてそうなのだろうか。

 

その根にあるのは孤独や愛憎といった様々な感情が、

絡み合った挙句の無念の死という気がしてならない。

 

輝かしい記録を打ち立てながらも、あまり語られることのない大投手。

華々しいプロ野球の舞台に射し込む光と闇。

その闇の声に耳を傾けてはいかがだろうか。

(店主YUZO)

4月 2, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年3月16日 (金)

マトリョーナ、君はいずこに

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マトリョーナを探す旅、始まる。

その旅とはマトリョーナの名前が流行したと言われる

18世紀末~19世紀末に書かれた小説に、

もしかしたら彼女の名前が載っているのではと予想して、

いろいろと読み漁ろうと思った次第。

 

この時代のロシア文学といえば、トルストイ、ドストエフスキー、

チェーホフ、プーシキンといったその名を世界に

轟かせた文豪が勢揃い。

もしくはその名前は、世界に響き渡れども、

意外に読まれていない文豪の時代でもある。

私自身も登場人物の多さと呼び名が相手によって変化するので、

早々に白旗を揚げて退散してしまった作品群である。

 

という背景もあるので、手始めにサルでもわかる初歩として、

トルストイ民話集『イワンのばか』を読んでみた。

 

結論から言ってしまうと、愛しのマトリョーナはここにはいなかった。

そしてサルには到底理解できない深い人生哲学が、

そこには描かれていた。

 

平易な文章でありながら

~翻訳されたものなので原文はわからないが~

人間の真の幸福な生き方とは何ぞやと、

鋭利な刃物で心の肉をえぐったかのごとく、

その真髄にまで達しているのである。

 

装飾語やきめ細かい情景描写を極力削ぎ落とした文章ほど、

真理に辿り着くといわれるが、

そのお手本みたいな圧倒的な筆力。

 

「わしらは兵隊には行きたくねえ」と、彼らは言った。「同じ死ぬもんなら、うちで死ぬほうがいいです。どのみち死ななきゃならねえなら」

 

この国にはひとつの習慣があるー手にたこのできる人は、食卓につく資格があるが、手にたこのないものは、人の残りものを食わなければならない。

 

だいたい世界的な文豪が50才を過ぎて達した境地、

人生観、世界観なのである。

子どもの絵本ですまされるようなテーマではない。

そして私のような凡人が気安く語るような作品でもない。

 

嗚呼、愛しのマトリョーナはどこにいる?

(店主YUZO)

3月 16, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年3月13日 (火)

人が死ぬということ

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人が死ぬということ。

その人がこの世界から存在がなくなったという意味のほかに、

夥しい数の遺品が残されるということでもある。

長年愛用していた食器、お気に入りの蔵書、趣味で集めた雑貨、

長年にわたって写された家族の写真、親友からの手紙。

 

私の祖母が亡くなったとき、

晩年には物欲もなくなっていた祖母なのに、

嫁入り道具たった足踏みミシン、旅先で集めた民芸品、

着られそうもない服、母が生まれた頃の写真など、

質素を好んで生きていた人の所持品とは思えないほどの

たくさんの物で溢れていた。

 

何十年と陽の目を見ぬまま押入れに納められた物たちは、

時間が止まったまま佇んでいて、その歳月の重みと深みに、

ただ沈黙せざるおえなかった。

これらの所持品がきちんと仕分けされ、

形見の品として数点が残された瞬間、

祖母の死を受け入れたことになるのだろう。

 

そう思いながら、休日の陽だまりのなか黙々と母と片づけをしていた。

 

リディア・フレイム「親の家を片づけながら」は、

そんな思いを綴った、ゆっくりと読みたい本である。

この本ではっと気がつかされるのは、

自分が生まれる以前の出来事は全然知らないということ。

父と母がどのような偶然の星のもとに出会って、

運命的に結ばれたのか。

その頃は過酷な時代だったのか。

幸福に満ちた時代だったのか。

本当に子供は何も知らないのである。

 

「人生の第一歩から立ち会ってくれた人、自分を創り出してくれた人、命を分けてくれた人を、土の中にいざなわなければならなくなる。しかし両親を墓の中に横たえるのは、子供の頃の自分を一緒に埋めるということなのだ」

 

「家の整理や引っ越しは、本来は単調な作業だ。しかしそうすることで故人の過去が揺さぶられ、その人が亡くなったという事実を突きつけられた時、それはとても耐えがたいものになる。親はもういないのに、なぜ私は彼らの家にいるのだろう?」

 

震災から一年が経った。

愛する人の死を自然と受け入れるまでには、

生前の故人の生き様を讃えたり、想い出に帰するまでには、

まだまだ一年は短すぎる。

(店主YUZO)

3月 13, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年3月11日 (日)

最愛の人を失うということ

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震災から一年が過ぎようとしている。

一瞬にして最愛の人を失った哀しみは、

あらゆる想像力を働かせても測り知ることはできないし、

その哀しみを同じ想いで共有することはできない。

励ましの言葉で、深い心の傷が癒えるわけでもない。

 

それどころか悪意のない励ましの言葉ほど、

逆にその傷をさらにえぐってしまっている気さえするのだ。

「絆」という言葉は良い響きがあるものの、

支え合う者が同等であればよいが、

どちらか片方が受け入れる側で、もう片方が差し伸べる側

という図式になってしまうと、お互いの均衡がとれずに、

差し伸べる側に奇妙な優越感が生まれてしまう

恐れさえあると思う。

 

耳に心地の良い言葉は、時には現実を曖昧に美化してしまう。

 

私の行うささやか援助では、

あなたの哀しみを喜びに変えることは絶対にできないと、

深く祈るように頭を垂れて、黙々と支援し続けたい。

今年もチャリティー作品展を開催する予定である。

あの時の記憶を風化させないためにも。

 

最愛の人を失った哀しみを題材にした写真集に

荒木経惟「センチメンタルな旅・冬の旅」がある。

写真集というよりモニュメント。

最愛の人を病気で失うまでを綴った日記。

 

家の中の風景や窓辺からの街並み、路傍の看板や植木は、

当事者しかわからない極めて私的なスナップで、

そこには生前の愛する人のぬくもりあり、

この世を去ってしまった現実を映した絶望と空虚がある。

頁をめくりながら、天才写真家の繊細な心の揺れと虚しさを、

少しだけでも感じることができる。

 

最後の雪景色のなかで遊ぶ愛猫チロのスナップが、

悲しいほど美しい。

 

ふと思うのは、最愛の人を看病しなから失う場合とちがって、

震災の場合は死の予感すらない。

ほんの数時間前まで一緒にご飯を食べたり、

他愛のない話で笑っていたりしたのだ。

その幸せのひとときは、一葉のスナップとして残っていない。

 

あの震災後、生きることの意味は大きく変わってしまったと思う。

すくなくとも私は。

(店主YUZO)

3月 11, 2012 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年2月20日 (月)

エレナ・ジョリー聞き書き「カラシニコフ自伝」

  

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「マトリョーシカの国2012」が終わり、

祭のあとの空虚感にも似た欠落した気持ちにおそわれている。

心のなかを隙間風が吹き抜けているかのようである。

こういうときの休日は何処にも行かず、

家で本を読むのにかぎる。

 

というわけで「カラシニコフ自伝」。

カラシニコフといえば世界一有名な、

もしくは最も使用されている銃を開発した設計者である。

アフガニスタンや中東の兵士たちが手にしているのを、

テレビで目にした方も多いだろう。

 

砂漠の灼熱の大地だろうと、

鬱蒼としたジャングルに点在する沼地だろうと、

故障することのないタフな銃で、

現在に通じる銃器の基礎をきずいた

設計の父という存在である。

 

ただ銃器の開発は国家機密であり、

その所在すら明らかにされていない人物。

その謎に包まれた人物が、ソビエト崩壊後

陽の当たる場所に出て、半生を語ったのが本作である。

 

こう書き進めていくと、人を殺す冷徹な武器についての

開発苦労話に終始している内容と思われそうだが、

大戦から現在にいたるロシア人の生活や習慣も

多く語られていて、それを知るだけでも興味深い本である。

なにしろこの本が出版された時点で83歳なのである。

20世紀ロシアの生き証人とも言えるのであ。

 

たとえば

「普段は白樺の皮を使ってさまざまな容器をつくっていた。家には食器類が足りなかったし、買う金もなかったからだ」

木の香でも販売しているベレスタが近年まで

実際に食器として使っていたことが伺えるし、

「おばあちゃんは、ロシアの家族における中心人物でもあり、どんな場面でも頼りになる存在だった。事実カーチャの母親は、若い娘夫婦の中の仕事を日常的に引き受けてくれた」

といった記述は、今のロシアの家庭にも

脈々と受け継がれているのではないだろうか。

 

最後にカラシニコフの語り口は、

謙虚であれながら筋の通った職人そのもので、

勤勉であり、かつ頑な。

 

自分が銃の設計に情熱を傾けたのは、

祖国をナチスの侵略から守るためであり、

自分は銃の売買で1コペイカたりとも儲けていないと

力強く語る。

そして現在の誰もが祖国を思わず、

拝金主義となったロシア社会の実情を嘆く。

 

古きロシア人気質を感じさせる本でもある。

(店主YUZO)

2月 20, 2012 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月30日 (金)

山之口獏「定本山之口獏詩集」

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2011年も残すところあと2日。

今年もいろいろな出来事がありましたと締めくくるのも

簡単だが、今年ばかりそうは済まされない。

 

震災が安全神話を根本から薙ぎ倒しただけでなく、

誤報、無責任、保身、虚偽、饒舌、二枚舌が

連日繰り返されて、

どんよりとした憂いに胃のあたりが苛まれたかと思うと、

奇跡、復興、友情、連帯、絆、信念に

ふと息のつまった胸をなでおろすという1年であった。

この震災を境にして、情報を鵜呑みすることはなくなり、

価値観の転換を余儀なくされたといっても過言ではない。

 

このような地獄絵図に目を瞠らした以上、

自然もしくは地球を人智、科学、技術でコントロール

できると過信していたことに猛省すべきで、

さらなる巨費を投じてバベルの塔のごとき防波堤や

原子力発電所を建てたとしても、

それを嘲笑うかのように、自然は想像を絶する力で、

または百年千年という長い時間をかけて、

それを破壊し瓦礫に変えてしまうだろう。

 

生活に快適をもたらしてきた原子力には、

一旦暴れ出したたら止めることができない怪物の顔が

安全という覆面の下にあることを厭というほど思い知らされた。

そもそも快適な暮らしとは何ぞやと立ち止まってみることを

迫られのが今年なのかもしれない。

 

山之口獏という詩人がいる。

沖縄に生まれたその人は、戦争を憎み、原爆や水爆実験を

繰り返す国家の愚かさを憂いたが、

ただその飄々とした語り口はユーモアと風刺が、

ほどよくブレンドされて思わず微笑まずにはいらない。

日本には類をみない稀有の詩人である。

また貧乏生活で金策に窮していた生涯でもあったが、

敢えてそのような生活を望んでいた節もあって、

それが生活臭と人間臭を帯びていて、

実に良い味をだしている。

 

「座蒲団」と題した代表的な詩を紹介。

 

座蒲団

土の上には床がある

床の上には畳がある

畳の上にあるのが座蒲団でその上にあるのが楽といふ

楽の上にはなんにもないのであらうか

どうぞおしきなさいとすすめられて

楽に坐ったさびしさよ

土の世界をはるかにみおろしているやうに

住み馴れぬ世界がさびしいよ

 

もし詩人が現代を生きていたら、

今回の震災の一部始終を

どのような言葉で語ってくれただろうか。

(店主YUZO) 

12月 30, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月28日 (水)

米原万里「ヒトのオスは飼わないの?」

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先回はペットの話をしたが、今回はその続き。

我が家は狭苦しいマンション住まいなので、

原則的に犬猫を飼うのは禁止。

飼うことができるのは昼夜吼えたりしない、

徘徊をしない動物だけに限られる。

そのため我が家のペットはナマズの仲間みたいな魚と

娘が小さい頃に飼いたいとねだったミニウサギだけである。

 

どこの家庭でも見られるように、

泣くまでして飼いたいとせがんだミニウサギは、

いつの間にか妻が飼育係となり、魚の世話は私が担当に。

かれこれ10年近くが過ぎようとしている。

 

この風変わりな魚を飼う羽目になったのも、

娘と川遊びに行ったときの話しで、

5ミリ程度のおたまじゃくしに似た生き物を網で掬った途端、

「これ何になるんだろ?飼いたい!飼いたい!」

と娘が騒ぎ立てたおかげである。

娘の熱しやすく冷めやすい銅鍋のような性格は熟知していたので、

綺麗な水で飼わないと死んじゃうから無理だよと

何とか思い留まらせようとしたものの、一向に引く気配がない。

最後はこちらが根負けをして持ち帰ることになってしまった。

 

小指の先ほどの身体つきなのに食欲は旺盛で、

自分の背丈ほどある糸ミミズを何匹も平らげ、

一年もしないうちに、今の15センチぐらいまで成長した。

こうなると立派な成魚というより、いっぱしのオヤジ魚となって、

水槽の底でゆうゆうと暮らしている。

横に広がった口は笑っているようにも見え、ニタリと名づけた。

 

ペットというのは飼い主に似てくるといわれるが、

ニタリも同様で、食事以外は横ばいになり、

さらに進むと一瞬死んだと思うぐらいに

腹を天に仰いで高鼾と洒落込んでいる。

 

仕事に疲れて帰り、ぼんやりとニタリを眺めていると、

そんなに忙しく働かなくてもいいんじゃないの?

と言われているようで、その寝姿に癒される。

 

さて遅れてしまったが本の紹介。

この本は、著者が捨てられた犬猫を拾ってきては

家族一員になっていくのをユーモアを交えて描かれている

心温まる作品。

古参の猫たちが新顔の犬を受け入れるまでの話や

モスクワの街頭で売られていたブルー・ペルシャに

一目惚れした話など、

波乱万丈の生活ぶりが、何とも微笑ましい。

 

とくに傑作だったのは全ロシア愛猫家協会会長の話。

ネコ語が話すと自負する会長は、猫たちと世間話をしては、

過去の出来事を次々と言い当てる。

驚きを隠せない著者にネコ語は万国共通なのだと告げる。

猫たちに国境も国籍もないという驚愕の事実。

だから猫は無益な争いは好まないかもしれない。

(店主YUZO)

12月 28, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月26日 (月)

町田康「猫にかまけて」

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動物愛護法が改正されるそうである。

私はそれについては全くの無知で、

友人のメールで知らされた。

 

論点となっているのは、ブランド犬猫を量産するため

劣悪な環境で、産めや増やせやと、

飼育している悪徳繁殖業者の取り締まり、

インターネットや店舗を持たないペット販売の規制、

夜間販売の禁止、実験動物や畜産動物についてなど

多岐に渡って議論が交わされているそうだ。

 

改正の元となっているのは、年間約28万匹の犬猫が、

飼い主からの依頼や飼育放棄、

捨てられたり野良化したものが処分されているという現実。

しかもそれら捨てられた動物たちは、

飼い主に飼育放棄された心の傷が癒える前に、

狭い部屋に閉じ込められて、

怯えながら恐怖心だけ残して死んでいく。

 

まったく無知とは恐ろしいもので、ペットを飼うと決めた以上、

そのの愛犬なり愛猫なりが死ぬまで面倒をみるのが、

最低限の心得だと思っていたし、これほど夥しい数の動物が、

飼い主の身勝手な理由で殺されているとは、

事実を知って呆然としたまま

開いた口が塞がらない状態である。

 

この本は、今飼っているペットを処分しようかと

悩んでいる人に読んでもらいたいので紹介します。

 

著者と22年間、連れ添った愛猫ココアがおとろえから、

だんだんと食事もミルクも摂らなくなり、

日を追う毎に衰弱していく。

もう死は扉の前まで来ている。

もしかすると奇跡が起こり昔のような元気な姿に戻るのではと

無償の愛を注いで、献身的に介護をする姿が痛ましく、

涙なしでは読み進めることができない。

楽しいことも悲しいことも共に過ごしてきたのだから、

ココアの最後は後悔することだけははたくないと、

全身全霊でもって尽くすのである。

 

しかし自然の摂理には抗えない。

ココアは空へと旅立ってしまう。

 

放心状態のなか著者は、こう記している。

「もっとも辛いのはココアがいなくなっても普通の日々が続いているということだ。

今日も部屋に日が差し込んで、新聞が届けられ、私は仕事に出掛ける。ココアがいなくなってもココアがいたときと同じように毎日が続いていく。」

 

あなたにも、この絶望的な喪失感を、

今捨てようとしているペットに対して持っていたとしたら、

いかなる理由があろうとも留まるべきだと思います。

(店主YUZO)

12月 26, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月 8日 (木)

荒木経惟・藤井誠二「開国マーチ」

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日本にはたくさんの外国人が生活しているのは周知のとおり。

ただどのようなコミュニティをつくり、

どんな生活をしているかまでは、あまり知られていない。

謎のままである。

仕事を共にすることがないかぎり、たとえ近所に住んでいても

知ろうとも思わないのが実情か。

 

その日本国内でありながら知られていない内なる外国に、

ずんずんと分け入っていったのが、この本である。

 

さすが天才とうたわれたアラーキーの仕事。

異国で暮らし祖国を思う外国人というような

感傷的なショットは一切なく、

写真から中華料理の油やキムチ、ニョクマムの臭いが、

むんと鼻をついて咽返るようである。

とにかく登場する外国人は日本人のように草臥れていない。

エネルギーに満ち溢れている。

 

経済的な理由で出稼ぎに日本に来るにしても、

祖国を離れている限り、この国で生きていかなければならない。

それならば辛いと悲しむより、人生を楽しんだほうがいいと、

心に決めているかのようである。

 

その屈託のない雰囲気が自然と写真に映ってしまうのは、

周りの人々を(外国人でさえも)巻き込む

アラーキーの持つ独特の魔力のおかげだろう。

アラーキーという大釜のなかで、ぐつぐつと煮込まれて、

国名や人種は判別できなくされて、

ひとりひとりの人間に剥き出しされている。

フィリピンも、タイも、韓国も、ブラジルも、ラオスも、中国も、

ペルーも、ロシアも、イスラム教も、仏教も、キリスト教も。

まさにエネルギーとエネルギーの核融合。

 

自粛、経済停滞、円高と、今の日本は沈滞ムードにある。

それに同調して、生きるエネルギーまでも失っていないだろうか。

 

またこの本では、在日外国人についての法律の実情、

習慣の違いからくる問題点なども載せてあり、

日本に簡単に外国人を受け入れない土壌があることを、

日本で起きた外国人にまつる事件を下敷きにルポしている。

この島国根性丸出しの閉鎖性が、

真の国際性を持ち得ない原因となっていると論じている。

この筆も熱い。

 

エネルギーに満ちた写真と熱い筆先。

その相乗効果で独特のカオスを生み出している本である。

(店主YUZO)

12月 8, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月 6日 (火)

箱石博昭「スパシーバ!ロシア」

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1990年代がロシアに関する本の出版ブームだったのではと、

今になってそう思う。

世界を二分していたイデオロギーの片方の総本山が、

戦争によってではなく、改革を進めていくうちに

自ら崩壊してしまったのだから、その内情や経過を

知りたい気持ちが出版ブームを後押ししたのも無理もない。

ただ政治や経済に終始していて、

ロシアの生活や文化、芸術といったものを、

ほとんど伝えていなかったのは、残念であるが。

 

幅広く伝えていれば、未だによく訊かれる

「物が不足しているんでしょうね」

「ロシア人は、物静かで暗いんでしょ?」

「ロシアマフィアには気をつけてくださいね」

といった質問も減っていたはずである。

 

だいたいロシアマフィアがマトリョーシカ仕入れに奔走している

着る物に無頓着な汚い格好した日本人を付狙うわけがない。

せいぜいスリが後を付けてくれば良い方である。

 

この本は著者が1995年から3年間、大使館付属の

日本人学校の教員として赴任した思い出を綴ったものである。

まだソビエト崩壊から数年しか経っていない混乱期とあって、

今の私たちのように気軽に地下鉄やバスに乗れるわけでもなく、

安いカフェやレストランで食事ができるわけもないので、

行動範囲も限られため私的な事柄が主な話題。

ただ読んでいて10年経って変わらないと思うことが、

いくつかあったのが興味深かった。

 

友人にはとても親切にする性格や

何でも自分で道具をつかって作り上げてしまうなど、

いつも世話になるコブロフさんやミーシャさんにそっくりである。

また警官が犯罪から守ってくれる頼りになる存在でなく、

賄賂目当てに尋問し、いい加減な理由をでっち上げて

金を巻き上げることも。

 

私たちも先々回、チェリパシカ氏がバウチャー(滞在証明書)を

所持していなかったことで捕まった経験がある。

明日ホテルが発行してくれると説明しても、

ホテルの領収書など見せても取り合ってくれず、

なんだかんだと言いがかりをつけて違反金と称する賄賂を取られた。

釈放されたときの警官の文句が、輪をかけて小憎らしい。

「今度ほかの警官に捕まったら、俺の名前を出せ。

そしたら金を取られずに釈放されるから」

 

この手の話を書くと、まだまだロシアは物騒だと思われるから、

この辺りで止めておこう。

この手の話はいくつかあるけれどネ。

(店主YUZO)

12月 6, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月30日 (水)

小沢昭一「道楽三昧」

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今や平成生まれの子供たちが社会人になる時代である。

昭和は遠くになりにけりの心境をひしひしと感じるこの頃である。

この何ともいえない感情は大正生まれの人にはわからないであろう。

 

自身は戦争に担ぎ出され、空襲で老いも若きも焼け出され、

終戦を迎えたときには着の身着のまま。

財産といえば痩せこけた身体ひとつという状況である。

時代が変わったと感じたのは、高度成長期に入った

昭和30年代になってからではないだろうか。

 

今の平成生まれといえば、ゆとり教育の世代。

落ちこぼれを出さず、優劣をつけず、

運動会の順位も決めずといわれた世代。

どう話せば、こちら意志が伝わるかと腫れ物に触るように、

慎重に言葉を選ばないと、突然キレるてしまうか、

すぐに仕事を辞めてしまう世代なのである。

そのため明日の話題を何にしようかと、

わけもわからぬ流行音楽を聴いたり、人気ドラマを観たり、

仕事では極力叱咤せず、褒めて褒めて、褒め殺すぐらいが、

適度ではないかと悩んでいる管理職が多いのではと察する。

 

それがいけない。

もう人生の半ばを過ぎたのに、

そんなことで胃を痛めてはいけないのである。

憤っても何もならないのである。

かつて自分たちも若い頃は、新人類などと命名されて、

やる気のないだの、ガッツが足りないだの、不可解な行動だの、

上の世代から言われ放題だったではないか。

 

この本は道楽のかぎりを尽くした著者が昭和を振り返りつつ、

当時の流行や風俗、生活を思い出いっぱいに語っている。

著者は私の父とほぼ同世代。

かつて私たちを新人類扱いした世代である。

 

この本を読むかぎり昭和は思うほど彼方へ去っていない。

子供の頃に遊んだベーゴマ、めんこ、虫取りなど、

遊びの質は違えど、熱中する気持ちは同じ。

そして年を経るごとに遊びが変わり、

相撲に野球、やがては競馬に釣りと、

ホビーだの趣味だの洒落た言葉で言ってみても、

所詮、人が歩むべく道は道楽なのである。

 

仕事は道楽を極めるためにあり、

道楽は仕事の気分転換に必要不可欠である。

平成生まれが入社したからって浮き足だっては、

道楽を極める道のりが遠のくだけである。

 

道楽三昧の人生を過ごした著者も、締めくくりとしてこう話ている。

「その日その日をしのいできた道楽のなかで、なんべんも仕事に疲れて溺れかかっているのを、道楽に助けてもらって這いあがってきたような、そんな気がしています」

 

芸だけでなく道楽も身を助けるのである。

(店主YUZO)

11月 30, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月28日 (月)

柳家小三治「ま・く・ら」

Pillow  

立川談志が死んだ。

またひとつ巨星が墜ちた。

私は熱心な落語ファンというわけではないが、

一抹の淋しさがある。

 

昔、テレビでは寄席番組がたくさんあって、

身近に落語を楽しむ機会があった。

今のお笑い芸人が嵩じる学芸会にも似た悪ふざけではなく、

長年の研鑽と経験に磨かれた極上の話芸を楽しめたのである。

牧伸二が司会の「大正テレビ寄席」、「花王名人劇場」、

昼のNHK「お好み演芸会」など。

それが時代が流れるにつれ、

日本人の生活の質や習慣が変わるにつれ

今や残っているのは長寿番組の「笑点」と

たまにEテレで放映される「日本の話芸」ぐらいではないか。

 

ただ別の視点から見れば噺家にとって、10分や15分程度で

演目をするのは、かなり困難を要したのではと思う。

まくらにしても手短に終えて本筋にいかなければならないし、

その本筋もかなり削り落とさなければならない。

となると話すのが本筋ではなく、粗筋になってしまう。

噺家がテレビに登場しなくなったのも、それが要因にあるのではないか。

 

以前に林家菊扇の落語を聞きに行ったときだが、

とにかくまくらが面白い。

「笑点」でみせる与太郎キャラではなく、芸能界から政治、

さらには当時幅を利かせていた細木数子の占いまで、

ユーモアと風刺精神に溢れていて、

その目の付けどころの鋭さにほとほと感心したし、

何よりも噺のテンポがよく腹の皮がよじれるぐらい楽しめた。

一時間の演目が、まくらで終わったぐらいである。

 

さてこの本は、まくらの面白さでは定評のある柳家小三治の

上物ばかりをセレクトしてまとめたもの。

ほとんど英語がわからないのに単身アメリカに渡り、

むりやり英会話学校に入学してしまう「めりけん留学奮戦記」。

賃貸駐車場でなぜか自分のエリアにホームレスが住み着き、

追い出すこともできず、強く抗議することもできないうちに、

逆にその生活態度の潔さと合理性に感心してしてしまう

「駐車場物語」。

18もの新鮮な極上ネタが惜しみなく大盤振る舞いされている。

 

最近「木のあしあと」も趣味に走って

ロシアから遠ざかりはじめたとお嘆きの方、

実はこの本にも、ちゃんとロシアの話が隠されていました。

「あのロシアという国にいきますと、ソバの花から取れたミツは貴重品として非常に重んじられているとか、そういうことがね、いろいろと調べているうちに・・・べつに面白くないですね。こんな話(笑)

顔をみればわかります。

あーあ、あいつもとうとうああいう世界にいっちゃったのかって(笑)

そうなんです、だけどね、ロシアのパンってのは、真っ黒けなパンでしょ。カラスムギだとか燕麦だとか、ああいう。それにつけてみっとうまいんですよ。フランスパンなんかにつけると、そのえごさというか、まずさというか、なにこれ、泥食わされてる、ニス食ってんじゃねぇかと思うような、色もそうなんですがね、非常にまずい。

それがね、ロシアのパンにつけるとおいしいんですよ。けっこう深いですよ。これ」

 

こんなに鮮やかに評されるとロシアのハチミツが一筋縄ではいかない

奥深いものだとわかって、すぐにでも食したくなるでしょう?

それと以前に紹介したハチミツ市のでの話が嘘でないことも(笑)

(店主YUZO)

11月 28, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月24日 (木)

本秀康「レコスケくん」

 Leco 

何かをコレクションしている人ならば身に沁みていると思うが、

長年かけて蒐集した物も、他人からすれば、

何の価値もないガラクタ同然の代物にすぎないことを。

特に生活を共にしている家族は、それが顕著に出ていて、

いつか全てを処分してすっきりしたいと企んでいる。

 

もっとも家族の立場からすれば、

年を追うごとにネズミ算式に増え続けるコレクションは、

生活スペースを圧迫する侵略者にしか見えないのだろう。

私の場合は本とCDなのであるが、

今や置き場所に困り、布団の隙間に押し込んであったり、

勝手に服を捨てて衣装ケースに納まっていたりするので、

その怒りにも似た気持ちがわからないでもない。

 

マトリョーシカ・コレクターの方も同様の悩みがあるようで、

常連さんからこんな話を聞いた。

家族に増えたのを気づかれないように毎日置き場所を変え、

新しいのを買う前は、5個型の中身をひとつひとつ並べて、

実際の数を把握させないようにして目眩ましをする。

また家族から「また新しいの買った?」と訊かれると、

「前からあったじゃない」と冷静を装って答えるらしい。

 

この涙ぐましい努力と深層心理をついた深い知恵。

 

私は思わず「同志!」と叫んで、

しっかりと手を握ったことは言うまでもない。

 

この漫画は、そんなコレクター心理を描いた、

いわばコレクター応援歌のような物語。

主人公のレコスケくんは中古レコード屋巡りを日課としている

ジョージ・ハリスン好きの愛すべきキャラ。

しかも彼女までいて一緒にエサ箱を漁ったり、

収穫した代物を聴いたりしているのが何とも羨ましい。

(註・エサ箱とはレコードが並んだ箱のことです)

 

家族の理解や置き場所の問題で、

コレクター道を挫けそうになったときに読むと、

心底から癒されて、気分一新して

まだまだ続けるぞという気持ちになること請け合いです。

(店主YUZO)

11月 24, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月20日 (日)

朽見行雄「イタリア職人の国物語」

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今日はロシアでなくイタリアの話。

イタリアといえば伝統と美を重んじる国という

イメージが私にはある。

新しい方法を安易には取り入れず伝統に基づいて熟考し、

地に足がついていて、浮つくことがない頑なイメージ。

一度も訪れたことがないのに、そのようなイメージを抱くのは、

以前に展示会でイタリアの工芸品の素晴らしさを

眼にした経験からきているのだろう。

 

この本ではイタリアの代表的な工芸品をつくる工房を

24件、紹介している。

ベネチアン・ガラスやバイオリン制作、カメオつくりといった

世界に名だたる工芸品から、カポデモンテ焼きや

牧人笛といったこの本で初めて耳にしたものまで、

イタリアには様々な工芸品があることに、

まず驚かされる。

 

また著者は車を手配して工房を訪問するという

安易な方法をとらず、

時刻表を睨んで鉄道とバスを乗り継いで訪ね行く。

おかげで伝統工芸が息づく街の風景や気質、

空の色までもが思い浮かべることができる。

風土や気候は工芸品が成り立つには

欠くことができない要素であり、

また住人の気質によって生み出されるからだ。

 

先祖代々、長いと数百年単位で受け継いできた

職人たちの言葉は深い洞察と人生哲学に彩られていて、

現代社会が何を失いつつあるかと考えさせてくれる。

その偉大なる職人(マエストロ)の言葉を紹介。

 

「ゴンドラは左右対称ではないので、右側と左側の丸さ、カーブの具合を目で覚えることが必要です。目だけが判断できるのです。目がなければ、どんなに素晴らしい技術があっても、何もできません」

 

「祖父も父も、八十歳以上まで生きていましたが、仕事をやめると死にました。一日八時間以上働く習慣があったから長生きしたのだと思います。父は仕事ができなくなると家にばかりいて、太ってきて死にました。私も古い機械に似ています。止めると錆が出てきます」

 

「日本人はイタリア人ほど自分たちの街を散歩しないと聞きましたが残念ですね。みなさん自分たちの住んでいる街のすばらしい通りを、ゆっくり眺めながら散歩するようになったら、きっと日本人もステッキがとてもいい散歩の友になることがわかると思いますよ」

 

「いつも他人の仕事を見ながら、目を使って仕事を覚えてきた。なぜなら他の人は教えてくれないから。何にでも注意深く、我慢強くなければならなかった」

 

「一つ一つ手で作ったものと機械製は全然ちがう。全部手で作ったものはこの世界でたった一つしかないものであり、機械で作ったものはいくらでもある。そのちがいは、絵と写真のちがいと同じことだ」

 

残念ながら本に載っている写真は、

すべてモノクロなので、手が生み出す工芸品の素晴らしさを、

十分に目で楽しむことはできない。

ただし言葉の感動はある。

(店主YUZO)

11月 20, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月14日 (月)

リュドミラ・ウリツカヤ「ソーネチカ」

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現在、ロシア文学界で、

もっとも注目されている作家の中編小説。

訳は「テレビでロシア語」でお馴染みの沼野恭子さん。

 

と書くと、自分がかなりロシア文学に精通しているように

思われそうだが、ロシア文学に関しては

ドストエフスキーやトルストイといった文豪の作品を

数冊読んだにすぎない。

 

というわけでロシア文学界で注目云々というのも、

あとかぎからの受け売りである。あしからず。

しかしこの小説は海外で大きな反響があったようで、

フランスのメディシス賞、

イタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞を受賞している。

 

粗筋は以下の通りである。

本好きで容姿も華やかでないソーネチカが、

逆らいがたい運命の悪戯で画家のヴィクトロヴィチと結婚する。

戦争が始まった年に、二人の暮らしははじまり、

スターリンの大静粛には流刑地で苦しい生活を強いられ、

ソビエトの歴史に寄り添うように運命はすすんでいく。

しかし、どんな辛い生活が待っていようともソーネチカは、

つねに素晴らしいことがあるはずと前向きに受け入れ、

決して弱音や苦言を吐かない。

人生の黄昏期を迎えたときに夫に愛人がいると知ったときも

(しかも娘の友人!)

夫の創作活動が新たな方向に向かうのなら、

こんな幸せなことはないと心の底から喜ぶのである。

 

著者はソーネチカに対して特別な思いを入れて書くのでなく、

むしろ身に降りかかる出来事を淡々と描くのである。

 

本の帯には「紙の恩寵に包まれた女性の静謐な一生の物語」

とあるが、その言葉にはどうしても違和感を禁じえない。

もしこの物語が白痴か精神薄弱者が主人公で、

その純粋無垢な魂によって、夫の罪も生活苦も救っているのだと

暗喩しているのらば納得もできよう。

しかしソーネチカは読書好きで分別もある。

神の恩寵とは別の次元にいる気がしてならないのである。

 

ただソーネチカは人生に起こる様々な出来事を現実としてでなく、

一篇の短編小説のように美しいと感じたり、

長編小説のように波乱とロマンに満ちていると感じている節がある。

 

この本が書かれたのは1997年。

ロシアに市場経済が雪崩れ込み、

人々の生活が日毎脅かされていた頃。

著者は時代からどんな息吹を感じとって、

この不可思議な希望の物語を書いたのだろう。

 

いろいろと考えずにはいられない物語である。

(店主YUZO)

11月 14, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月12日 (土)

米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

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年を重ねると中学や学校の学友が、

何をしているのだろうと想うのか、

同窓会や学級会がたびたび開かれる。

そんな大規模なものでなくても、クラブやサークル単位の集いは、

気心が知れた仲間なだっただけに、

懐かしさをともなって話題が尽きることがない。

 

私の場合も多聞にもれず、

同じ釜の飯を食べた間柄だっただけに、

クラブの仲間とは最近は頻繁に会うようになった。

当時の失敗談や象徴的な出来事が話題に上がるのは

当然としても、血糖値やコレステロール値、人間ドックの話が

つい口をつくのも年齢からくる特長的な話題か。

 

そのなかで若くして病気や事故で亡くなった友の名前が出ると、

一瞬、飲み会の座はしんと静まり返る。

ふつうだったらこの場にいるべき友がいない寂しさと、

まだやりたいことがあっただろうと友の無念さと。

 

この本は小学校のときに通っていた

プラハあったソビエト学校の友達に

40年近くのときを経て再会する話である。

当時のソビエト学校は、東欧の国々から来た共産党幹部の子女から

非合法活動家として亡命したきた一家の子息など、

様々な生い立ちの子供たちが席を並べていた。

その学校生活の様子は子供ならではの見栄や自慢があったり、

まだ見たことのない祖国への憧れだったりと、

私たちの学校生活と変わらない微笑ましいものだ。

 

そして時は流れソビエト崩壊後、それぞれの友だちに

数奇な運命を背負い込むことになる。

著者の構成の上手さもあって、何十年ぶりの友人との再会は、

映画の1シーンを見ているようである。

 

その中でユーゴスラビアの友人は、

民族紛争が勃発し、国に自由が訪れるどころか、

いつNATO軍の爆撃によって命を落としかねない

過酷な状況に置かれている。

 

「この戦争が始まって以来、そう、もう五年間、私は、家具をひとつも買っていないの。食器も。コップひとつさえ買っていない。店で素敵なのを見つけて、買おうと一瞬だけ思う。でも、次の瞬間は、こんなもの買っても壊されたときに悲しみが増えるだけだ、という思いが被さってきて、買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも、明日にも一家が皆殺しなってしまうかもしれないって」

その友人が悲痛な表情を浮かべ、今の心情を打ち明ける。

爆撃は数十キロ先の街で起こっていて、

今すぐにも爆弾の雨が降り注いでも不思議ではない状況。

 

このような状況に、

私ならばどんな言葉で友を勇気づけるのだろうかと考える。

戦争に巻き込まれなくても、

似たような状況が親しい人に起こらないとはかぎらない。

 

この本を読むと昔の友は何しているだろうかと、

無性に手紙を書きたくなる。

そんな気持ちにさせてくれる本です。

(店主YUZO)

 

11月 12, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月10日 (木)

C.ハリソン&k.リーデン著「モスクワの女たち」

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今回も本の紹介。

ソビエト時代、モスクワの女性に子育て、家事、仕事、結婚、

男女平等などについてインタビューした本。

20代~70代までの10人が、それらの問題について語っている。

 

本が刊行されたのは1980年。

ソビエト当局の監視の目をくぐって、

これだけの取材を行ったことは驚嘆に値する仕事内容である。

実際にこの本で登場する女性は、外国人に話す開放感からか、

実に溌剌と自身の生活について、価値観について答えている。

 

彼女たちが語る事柄に、共産主義体制の非効率性や

矛盾を見つけ出して、こんな国だから消滅すべくして消滅したのだ

と、論ずるのは容易い。

たとえば買い物をするにも長蛇の列に並ばなければならないとか、

証明書をひとつ取るのに役所を盥回しにされ何日もかかることに。

ただその視点では、この本が暗示している

根源的な問題点には行き着くことはできないだろう。

 

ソビエトの女性は共働きがほとんどで、

夫婦で稼ぐお金だけでは生活できず

親からの仕送りで何とか遣り繰りしている。

また幼い子供を預ける保育所も充実しておらず、

衛生面など決して良い環境とはいえない施設に

仕方なく面倒をみてもらっている。

もちろん住宅事情も悪く、狭いアパートに

何家族が暮らしていることも別に不思議なことではない。

そして男女平等といっても管理職は男性が中心。

 

彼女たちはそのような厳しい環境のなか、

仕事と家庭を両立させながら、自身の夢である

大学の研究者になりたいとか、考古学を専攻したいといった夢を

必死になって追い続けている。

 

と、ここまで読んだらお気づきかと思うが、

今の日本の状況とほとんど変わりがないのである。

国の体制が違えども、そこで暮らす人々は日々の生活に追われ

子育ての悩み、生活費、住居といった問題で、

どう遣り繰りしていこうかと頭を抱えているのは同じなのだ。

そして社会的には男女平等と謳っていても、

家庭内では、女性が仕事だけでなく、

同時に家事と子育ての重荷を背負わされてしまうのも同じ。

 

ちなみに当時のソビエトは少子化が問題になっている。

彼女たちも、子供はたくさん欲しいが今の収入では無理と

半ば諦めているのも、今の日本と似ているではないか。

 

国家や社会が、すべての国民の幸福を保証する、

もしくは国民は等しく幸福になる権利があると明言したところで、、

崇高な理念と達成までの持続的な実行力が伴わないと、

実現が不可能なのではとさえ思えてしまう。

 

ただこの本で語り口が、まったく異なるのが70才の女性の証言。

夫も兄も兵隊に取られただけでなく、

村は戦争の最前線となって破壊され財産をすべて失い、

靴ひとつ買ってあげられないような極貧生活のなか、

三人の子供を学校に行くまで育てたことを口重く語っていて、

一言一句がずっしりと胸に響き、先を読むのが辛かった。

 

戦争は最愛の人を失わせるだけに留まらず、

衣食住といった基本的な生活さえも破壊し尽くしてしまう。

そこには幸福になる権利という言葉さえ虚しく響く。

(店主YUZO)

 

11月 10, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年11月 8日 (火)

小林和男「1プードの塩」

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今日は本の紹介。

長年NHKでモスクワ支局長を務めた著者が、

ロシアで出会った人々の回想録である。

出会った人々といっても、ゴルバチョフ、ブブカ、ニクーリン、プリセツカヤ

とロシアに精通していなくても、その名は一度は聞いたことがある

著名人が紹介されている。

 

NHKの支局長だから名だたる著名人と交流が持てたのだろうと、

斜めにものを見てしまいがちだが、

そんな簡単に物事が進むわけがない。

お互いの家に友人として招き合う親密な関係になるには、

自身が誠実であるのは当然のこと、

豊富な話題を有している理知的な人柄でないと、

これら著名人と末永く交友するのは難しい。

 

私なんぞでは、著名人を前にしたら3分と経たずに話題が尽き、

ひたすら酒をあおって理性をなくすか、

日本の童謡でも歌って場を有耶無耶にするかがオチである。

 

支局長を務めた時期が84年から95年ということもあって、

ソビエト崩壊からロシア誕生の混迷期が話題の中心となり、

その激動の歴史のなかで運命を翻弄された人、

機運を掴んで登りつめた人などが登場する。

なぜか運命を翻弄された人は政治家や実業家が多く、

芸術家は生活が苦に瀕しても信念を曲げることはない。

古今東西、その気質は共通している。

 

その典型的な例として、以下のエピソードを。

世界的な指揮者でありチェリストでもあるロストロポーヴィチが、

反体制的な作家として迫害され、

便所の同然の掘っ立て小屋に住まざるえなかった

ソルジェニーツィンをかくまったことについての言葉。

「君も知ってのとおり、ソビエト時代には友人を裏切って当局に売り渡し、それによって給料や地位を上げてもらったり、家を割り当ててもらうことができた。高い給料、新しい家は最初のうちは満足かもしれない。しかし、いつかそんな自分の行為を問い返さなければならない時がやってくる。自分が売り渡した友人が亡くなった時、なぜあんなことをしたのかと、自分を許せない瞬間が必ずやってくる。良心に責められるのだ。良心に照らし合わせて、自分の行為は正しかったのだと思えるような生き方をしている人にとって、良心は見方であり、力を与えてくれるものなのだ」

 

この言葉に出会えただけでも、この本は価値がある。

(店主YUZO)

11月 8, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年10月20日 (木)

米原万理「旅行者の朝食」

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今日は仕入れの話ではなく本の紹介。

なぜこの本を紹介したかというと、

数年前にこのブログで「ウォッカの40度というアルコール度数は、

「ロシアで人間の血液濃度やアルコール吸収度などの研究を重ねた結果、身体に一番良いとされる度数なのです」

と力説していたニコライさんの話を書いたが、

それと同じ内容がこの本に書かれていたからである。

 

かなり長い引用になるが詳細は以下である。

 

十九世紀末にロシア政府はウォトカ製造・販売の、十五世紀から数えて四度目の独占化に踏み切る。その準備段階で、メンデレーエフ博士にウォトカ製造技術向上にの組成解明を依頼。当時の平均的なウォトカは水対アルコールの容積比が1:1で、これだとアルコール度数(=水・アルコール混合液中のアルコール比)が41~42度になる。水と混ざったアルコールが凝固するためだ。しかし混ぜる前の水対アルコールの重量比は、やはりこの凝固のために混合後の重量比に等しくならない。そのためメンデレーエフは小刻みに重量比を変えて試飲を繰り返し、1リットルのウォトカが953グラムのときに、度数が40度となり桁違いにおいしくなることを発見した。

 

ウォトカがウォトカあるべきために、

この涙ぐましい努力を重ねた結果、メンデレーエフ博士は、

ついに黄金律を発見。

ウォトカはロシアが原産であるということを

証明するために尽力した博士は、

高校で習った化学元素の周期律を発見した化学者でもある。

 

というわけでニコライさんは冗談で言っていたのではなく、

半ばロシア人の誇りとして言っていたのだ。

 

それを出来すぎたネタと酒の肴として、

笑い飛ばした御無礼をお許しいただきたい。

 

身体に良いお酒という目線でカフェやレストランに行くと、

ロシア人のウォトカの飲み方が千差万別で面白い。

 

ウォトカをぐいっと一杯あおった後に、

チェイサー代わりにビールを飲むおじさん。

一本のウォトカをすごい勢いで回し飲みする若者たち。

こちらも揃いも揃って、ぐいっとあおる。

公園で紙袋に隠しながら、人目を忍んでぐいぐいと飲む老人。

(知人にたかられるのを恐れているのだろうか?

もしくは奥様の目に怯えているのだろうか?)

 

とにかく老若男女のちがいこそあれ、

あれほど度数が強い酒を水のごとく飲んでいるのである。

 

ちなみにウォトカはグラム単位の量り売りが主なのもロシアならでは。

この「旅行者の朝食」というのは、

以前にロシアで売られていた缶詰の名前らしい。

どんな空腹感に襲われようとも、

口にすることを躊躇ってしまう不味さで、

ロシア人は「旅行者の朝食」というだけで、

小咄のオチが何十通りも出来てしまうほどの味。

誰もが思い浮かべて、苦笑いしてしまうぐらいの

不味い食べ物の代名詞となっている。

 

幸か不幸か、私はまだ「旅行者の朝食」を食したどころか、

お目にかかったことさえもない。

ただ少し気になる存在ではある。

(店主YUZO)

10月 20, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年10月 4日 (火)

開高健著「生物のとしての静物」

Photo 開高健には名随筆が多い。

戦争を語り、食べ物を語り、釣りを語り、人生の機微を語る。

 

この随筆では、万年筆、ライター、ジーンズ、

ナイフ、煙草、パイプといった

男の嗜好品について語り始めるや、話題はベトナムの戦場へ

アラスカの海へ、アマゾンの原生林へと話は飛び立ち、

大空を旋回し、留まることを知らない。

 

残念ながらマトリョーシカを語ることはなかったが、

もし語っていれば寒空のモスクワの露天商から、

シベリアの大自然までを豊穣な言葉で語っていたかもしれない。

 

ただ開高健が生きた時代は、ソビエト連邦だったせいか、

入国して旅をした内容の紀行文はないのも、

ひとりのファンとして寂しい気がする。

 

物を饒舌に語ることは、いかにしてその愛用品が

自分の手となり、身体の一部となりえたのかを

証明する行為である。

 

「この一本の夜々、モンブラン」での一文。

「飼いならし、書きならし、使いならしていくうちに好きとそうでないものが出てくるのであって、それにはやっぱり忍耐というのがどうしても求められる。忍耐してもいいという気になれるものとそうでない物があるんで、それは究極のところ、ブランドはありますまい。これは小さなことだけども、じつにむつかしいことでありますよ」

 

好きなったものに理由や説明はいりますまい。

恋愛と同様に。

 

今や私にとってマトリョーシカは、 

傍から見て稚拙な絵柄であっても、名も無き作家物であっても、

その作品や作家との出会いを含めての存在なので、

どれがお勧めかと訊かれても言葉に窮することがある。

 

そういうときは、

「第一印象ですよ。ビビッときたマトリョーシカが運命の出会いです」

とお答えしている。他意はない。

 

毎日見ていても飽くことがない。

それがその人にとっての究極のマトリョーシカだと思うからである。

 

(店主YUZO)

10月 4, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年10月 2日 (日)

開高健・CWニコル著「野生の叫び声」

Photo 先日、BSプレミアムで開港健の特集が、

2日間にわたって放映された。

 

何を隠そう。私は開高健が好きである。

釣りをする開高、語る開高、食べ尽くす開高を見ながら、

ひとり画面に向かって黄色い歓声を上げていた。

 

とくに2日目放映の、最晩年に背中の痛みに耐えながら

カナダで友人と釣りを楽しみ、最後の晩餐を愉しむ姿に、

自然と涙が頬をつたわってしまった。

 

年齢を重ねると涙腺やら足腰やらが弱るから困る。

 

開高健は自然を愛した人である。

 

若い頃に戦争の本質を知るために、

ベトナムへ従軍記者として旅立ち、

中年になってから釣りを始めると、

自然について本質を語りだした。

 

この対談本のなかでも

「迷いがないということになると、にわかに魚釣りがしたくなる。そうすると、鳥の声やらビーバーの姿が見えてくる。おそらく若いときは見えにくいと思います。若い人でもナチュラリストには見えるかもしれませんけれども、私に言わせると、三十五歳以後に森に入るともっとよく見えるでしょうね」

と語っている。

 

この気持ちよくわかるなぁ。

若い頃は都会の雑踏は一日中いても楽しめたのだが、

今は一時間としてもたず、心が音立てて折れてしまう。

それに合わせるように我が心は、

自然や森林を求め始めているし。

 

今日の一文は、

テレビでも紹介していた釣り師に関する中国のことわざ。

開高健も好んだ言葉のようで、たびたび引用している。

 

一時間、幸せになりたかったら酒を呑みなさい

三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい

八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい

永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい

 

もちろん私は、その境地まで達していない。

(店主YUZO)

 

 

 

10月 2, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年9月30日 (金)

白井裕子著「森林の崩壊」

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先日、紹介した「日本の美林」が、

森林の豊かさがどれだけの恵を人々に授けてくれるのか、

古代の人々の知恵はなぜ森を守ることができたのか、

を説いた本ならば、

こちらは戦後の国の森林政策がいかにして、

日本の森林および林業を崩壊させてきたのか、

を強い口調で書かれた本である。

 

林業に従事する現場の人々の声をきかず、

予算計上したからには年度内に使ってしまおうとする行政。

補助金をもらうためにあれこれと書類制作追われる自治体。

 

多額のお金が飛び交う一方で、

実際の森林は荒れ果て、林業を職とする人は減り続け、

輸入木材に頼り切っている現状。

 

日本の行政の矛盾がここでも起きている

森林の崩壊は机の上で起きているのではない。

現場で起きているのだ

と危険と隣り合わせで一生懸命に森を守る人々の声が、

聞こえてきそうである

 

就職難でワーキングプアが作り出される都市生活と

片や後継者や希望者が減って荒れ放題の山林に里山。

人々に金融経済という価値しか示さない

市場原理などを越えて両者を結びつける方法はないものか。

 

マトリョーシカ屋の店主でさえ頭を抱えてしまう問題である。

 

それでは好例の印象に残った一文。

「木は生物材料であり、それぞれに性質が違う。人も生物であり、みな違って当然である。木を使って人が建てる木造建築も同じである。そこにあまりにも均質なもの、同質なものをもとめるのは、おかしくないのだろうか」

(店主YUZO) 

9月 30, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年9月28日 (水)

井原俊一著「日本の美林」

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今日は森林についての一考。

先日の紀伊半島をおそった記録的な豪雨を見て、

これは天災ではなく人災なのではと、ふと思った。

 

山肌を滑って谷底へと流れていく杉の木立は、

何と細くて貧弱なのだろうと。

しっかりと根を張っておらず、土も岩もがっしりと掴んでおらず、

杭のように整列したまま奈落へ落ちていく。

 

紀伊半島は森の神が住まわれる聖地である。

 

その聖地には神木や何世紀にも渡って生き抜いた巨木が、

山々のいたる所に生えていると想像してしまうが、

あのような光景を目の当たりにすると、

神々は人間の業に飽きれて、もしくは疲れきって、

もう日本とはちがう自然豊かな日出ずる国に、

住まいを移してしまったのかと痛感しまう。

 

日本の森林が荒れ果てた原因は、

戦後まもなく国の森林政策であるといわれている。

復興住宅の需要を考えて、山のいたる所に杉を植えた。

そして杉が育成する時間を考えず、というより時間を惜しんだのか、

木材の輸入自由化をして、安い外材を大量に買い込んだ。

 

そして追い討ちをかけるように、林業従事者の減少である。

国土の70%の森林を有しているのに、

5万人前後の人で守っているのである。

哀呼。

 

この本は、日本の林業政策を批判、暴露しているものではない。

日本の森林の美しさを伝えるために、

全国24箇所を巡った紀行文である。

もちろん吉野の山々や紀州・ウメバガシ林の記述もある。

 

そして、これらの森林の美しさは原生林ではなく、

古代の人々の知恵と経験から代々受け継いできた

人の手が入った森林だということ。

 

50年先、100年先を見込んで森林を管理していたのである、

古代の人々は悠久の時間で物事を考えていたのだ。

森林を守ることは、山の恵だけでなく、

海の幸の恩恵を授かることにもつながっていく。

 

今や常識的に語られるこの事実も、

古代の人々は科学的にでなく、直感的に知っていたのである。

 

この本の結びの項の言葉。

「森づくりでは、時間を縮めることが進歩ではない。時間をかけてこそ、新たな価値が生まれていく。機械を使うとすれば、人手を助け、森の生命を育むためでなければならない」

 

時間を短縮的に、効率至上主義的に、もしくは切り売り的に使うことで、

経済発展という甘い汁を享受してきた

私たちの価値観を変える時期にきているのかも。

(店主YUZO)

 

9月 28, 2011 ブックレビュー | | コメント (2)

2011年9月26日 (月)

小我野明子著「おとぎの国 ロシアのかわいい本」

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今日レビューをするのは、

ソビエト時代の絵本を紹介したカタログ本。

 

第一印象は、よくもまあこれだけ集めましたと、

尊敬の念にも似た気持ち。

 

紹介されているほとんどの絵本が

16~24頁ぐらいの薄っぺらいもので、

印刷も紙も粗雑で、よくいえば素朴な装丁。

しかもつくられたのがソビエト時代。

たぶんソビエトの崩壊で版権がうやむやどころか、

版下も無いと思わせるものばかりである。

 

これらの絵本を集めるには、

まめに蚤の市や露天商、古本屋などを巡らないと

手に入らないときている。 

 

私も人に頼まれて探したことがあるのだが、

状態の良いものは少なくて、

子供の落書きがあったり、ページが破れていたりと、

絵本というより小学生のお絵描き帳のような散々な状態。

苦い気持ちで手にしては、元に戻していた。

 

ただこの時代のロシアの絵本は、

素朴な優しさに満ちていて、いったんツボにはまると

とことん蒐集したくなってくる。

私に頼んだ人もそのような想いだったのだろう。

たとえでいうならば、

「ひかりのくに」の月間絵本をすべて集めたくなる

気持ちにも似た感覚である。

 

だいたい最近のロシアの絵本は、

欧米的な眼が大きく可愛く描いた趣向になってきて、

絵が面白いものが少なくなってきているし、

あの少し暗めのタッチでしっかりとした画風は、

ロシア・東欧独特なもの。

この伝統は続けてほしいと願うのは私だけでないはず。

 

これだけ希少な絵本を、一冊にまとめた

この本はささやかだけど情熱にささえられた労作だと思う。

 

この絵本で勉強したら

ロシア語が話せるようになるかもしれない。

と、ふと誰もいない場所でそっと呟いてみた。

(店主YUZO)

9月 26, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年9月22日 (木)

石郷岡健著「ロシア最前線」

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ロシアは広い国である。

そして意外に忘れているのは、他民族国家だということ。

 

モスクワに行くと実感するのだが、

スラブ系の白人だけしかいないと思っていたのが大間違いで、

私たちと同じ極東アジア系の顔がいれば、

中央アジア系の茶褐色で顔の彫りが深い人、

中東系の髯が似合う顔も大勢いる。

さすがにアフリカン系は見たことはないけども。

 

アメリカは人種の坩堝と言われるけど、

なかなかロシアもいろいろな人種が集まっているのだ。

だいたい、あれだけ大きな国で、ひとつの民族だけが、

住んでいるわけがない。

それでは狭い日本に住む私たちに不公平である。

 

また「ロシアは美人が多いでしょ?」訊かれるけれども、

「美人の割合は日本と一緒だよ」と

と答えるようにしている。

 

美人の定義や解釈は

個人の好みと美意識によるのことが大きいし、

断言してしまうのは、平和への道につながらないからね。

 

この本はソビエト崩壊後、あまり論じられることがない

コサックやタタール、クリミヤ地方、ロシア正教分離派教徒の生活を

ルポルタージュしたものである。

 

私に限らず日本人のコサック観といえば、

足腰が強靭でないと出来ないスクワットにも似た舞踊だし、

ロシア正教もイコン画を大切にしているぐらいの知識程度。

 

この本で記されている

スラブ系民族に対する諸民族の感情は、

とうてい理解できるようなものでない。

それはソビエトが支配した70年程度の歴史より、

さらに遡り脈々と続くから私こどきが理解できるはずもなく、

支配する側と支配された側の溝の深さだけが、

ずっしりと言葉としてくる。

 

この本で興味深かったのは、

ロシア正教分離派教徒の生活態度について。

日々の糧に神への感謝の気持ちを忘れない、

ラジオやテレビなどの退廃した文化は受け入れない、

質素で凛とした生活は、

物が溢れかえった日本では想像さえしにくい生き方。

 

しかし成熟した資本主義になった国に住んでいる身として、

つねに浪費と消費をし続けないと景気が悪いと、

騒ぎ立ててしまう狂乱した生活と比較すると、

どういう生活が人間らしい生き方なのかと、一考してしまう。

 

ふむふむ。 

哲学的な問題になってしまうね。 

まあ無理やりに結論付けると、

先日レビューした「ロシア・アンダーグラウンド」より面白い本です。

 

(店主YUZO)

 

9月 22, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年9月20日 (火)

M・ブレジンスキー著「ロシア・アンダグラウンド」

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昔から古本屋と中古レコード屋を巡るのは好きである。

古い物だけが醸し出す空気と、時代に取り残されたような雰囲気が

体質に合うのか、中学生ぐらいから、

古本屋という看板があると躊躇することなく、

店の扉を開けてしまうのである。

 

最近は職業柄か背表紙にロシアという文字があると、

ついつい購入してしまう傾向にある。

 

ソビエト崩壊後、ロシアを論じた本は無数に出ていて、

渾身のルポルタージュから眉唾的ないかがわしいもの、

政治論やら軍事論といったサラリーマンのおじさんが好みそうなもの

そして伝統工芸やデザインといった私的にはストライクなもの、

とにかくソビエト時代は語られることが少なかっただけに、

ここ20年はロシアを語るのがトレンディなのかもしれない。

 

さてこの本の内容だけれども、

資本主義経済が怒涛のごとく流入し、濁流となり、

ロシア国民を渦に巻き込み、価値観の転換を迫られた時代、

その一方で金のなる木を嗅ぎつけて、

短期間に巨万の富を築く人々をルポルタージュしたもの。

 

市場経済だの、投資だの、株式だの、為替相場だの、

金の切れ目が縁の切れ目だの、

ほとんどの国民が理解できないなか

頭の良い人たちは、国営企業をいち早く私有化していって

欧米やヨーロッパから資金調達して巨大企業化させたらしい。

 

・・・らしいと書いたのは、本の内容が眉唾かということでなく、

自分にはこのたぐいは興味の無い話だからで、

金儲けをたくらむ人たちは、市場予測が早く、

行動が早いのだろうと、その決断力に感心するばかり。

自分に少しでもその才があればねぇと唖然とした面持ち。

 

この本でアルバート通りをこう記している。

「プラーガはモスクワでは有名なレストランで、アルバート通りの一番端にある。丸石が敷き詰められたその歩行者専用の大通りは、かつてプーシキンが住む優雅な青色の豪邸があったが、今は職人たちが、笑みを浮かべたエリツィンやクリントンのマトリョーシカ(入れ子人形)を売り歩いている」

 

ここ10年、アルバート通りは変わっていない。

(この本の出版は2001年)

 

その事実を知るために、400頁もあるこの本を、

かすれ眼を擦りながら、

読んでいたのかもしれないというのが読後感。

(装丁はロシアン・ア゛ヴァンギャルドな表紙で良いセンスだと思う)

 

(店主YUZO)

9月 20, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)