2017年11月27日 (月)

中国深圳驚天動地の旅(下)





さて次の日。
会社から特命任務の遂行に与えられたのは24時間。まさにミッション・インポッシブル。
その間にミッションを任務を達成しなければならないので、同行の3人も緊張で表情が強張る。
深圳は巨大な都市。
最先端と雑多なものが、きらびやかに渦巻いている。ひと言で深圳を表すとすれば、華麗なる混沌。
新宿と秋葉原が同棲しているような都市である。




特命の内容は明記できないので、個人的な感想を述べるに留めるが、まだまだ中国はエネルギーに満ちていて、着実に進歩しているのを肌身に感じる。
十数年前に上海に行った時は、竹でつくられた足場でビルが建てられ、露地のあちらこちらに物売りが膝を抱え、ホテル周辺に得体の知れない屋台群が渋滞をつくっていた。
ぎょろりとした目つきで、こちらの動向を伺い、獲物と判断すれば捲したてるように話かけてくる。
華麗はなく混沌しか感じなかった。





しかし今はちがう。
メイン通りはネオンが煌めき、高層ビルが林立し、往き交う人々もお洒落で表情も輝いている。
香港に近い都市という理由だけでは説明できない、もっと根源的な要因があるはずだ。

国内に資金が満ちて、人々の生活水準が上がったのも当然だろうが、それ以上にインターネットにより世界が狭くなり、最先端技術や最新の動向が身近になったのが大きいはず。
人々がそれぞれの価値観で人生を謳歌しているのがわかる。
国の目指す価値観と国民が望む価値観が、乖離しているのは、世界中のどの国も同じなのではないか。

会社の特命を終えたあと、街中を歩いて興味深かった事柄を何点か。

街の中心地ある商業ビルが、すべてのフロアがワークショップのできる施設になっていて、油絵、革細工、切り絵、陶芸、フラワーアレンジメントなど、ホビーと名がつく手芸なら何でも体験できる。
日本には小さな規模ならばあるけれど、これほどの敷地で常設になっているのは無い。
しかも予約不要、その場でやりたければ参加できるようで、じっと見ていたら「やりませんか?」と勧められた。




今、日本では「モノ売りからコト売りへ」と、売上が伸び悩んでいる小売業界は、スローガンのように言葉にしているが、こんなにも大胆に、コト売り施設に資金を投じるのは、絶対に二の足を踏むに違いない。
誰かが最初の一歩を踏み出したら、その日の夕方には追随しているとは思うが、なかなかその最初の足を前に出す企業はない。

あとストリートミュージシャンの投げ銭には、思わず目を瞠って、数分まばたきを忘れてしまった。
投げ銭の箱にQRコードが貼られていて、携帯電話をかざすだけで、募金ができてしまうのである。
帽子やギターケースを広げて、ここにお金を投げ入れてくださいという方法は全時代的。最先端はキャッシュレス。
受け取る側としても、小銭を数える手間が省けるという塩梅なのだろう。

ストリートミュージシャンまで効率重視かと思うと、背筋に薄ら寒いものを感じたのも正直なところ。
便利さを追求し過ぎて、人類はどこに向かっているのかと問いかけたくもなる。





その晩は、昨晩と同じく広東料理。
このお店、中国版ぐるナビでは、五つ星の人気店。店の装飾や照明も静かなトーンでまとめていて、老若男女が集まるのがわかる。
値段もそれほど高くないので、少し高級な気分で晩餐を迎えるには、最適なお店だろう。

そこで10品ほど料理を頼んだのだが、驚くことにほんの2分ほどで、熱々の料理が運ばれてくる。
瞬時に円卓の上は料理で満ち足りて、ビールグラスを置く場所にさえ困るほど。
そして熱々といっても芯まで火が通っていて、舌が火傷するような地獄の沙汰なのである。
2分という短い時間で、これほどまでの高いクォリティの料理を完成するために、調理場では何が起きているのかと、いろいろと妄想してしまう。

ウェイターがメンタリストで、我々の顔を見るだけで、何を注文するのかわかってしまうとか、メニューには百以上の料理が書かれているけど、材料は同じで味付けの違いだけの料理が多いとか。

とにかく吉野家やすき家のような早い、安い、美味いでは、深圳では古い価値観なのである。
さらに品質と驚天動地が足されなければ、最先端とは言えない。

深圳、恐るべし見聞の旅であった。



※相変わらず、本文と写真は関係ないですが、
1枚目は業界人ならば笑えます。
究極のコピー製品。

(店主YUZOO)


11月 27, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月23日 (木)

中国深圳驚天動地の旅(上)





つい先日、会社から特命を受けて、中国深圳に行くことになった。
もちろん中国に木の香出店の下調べでもなければ、日中友好の特使としてでもない。
特命ゆえ内容は明記できないが、会社としては重要ような事項であるのは明白で、私以外にも3人が同行することなった。
当然のことであるが、正しい判断である。

羽田空港から香港まで飛行機で行き、それから陸路で深圳に入る。
飛行機は4時間半ぐらいで、入国審査が30分ぐらい。陸路は2時間ほどで、途中で国境の検問がある。
香港空港はハブ空港なゆえか、たくさんの人種が集まっていて、まさにメルティング・ポット。海外に来たという気分に否が応にもなる。





悪友が香港と深圳は歩いても行ける距離だと嘯いていたが、香港から海の彼方に深圳のビル群が見えるものの、霧に包まれて摩天楼のようである。
それも向う岸に数十キロにわたって何棟も高層ビルが聳えているから、深圳の大きさがわかるというもの。

距離感を日本で喩えるならば、瀬戸大橋を渡るような感じ。
もちろん岡山県にも愛媛県にも、あれほどのビル群は存在しないが、とうてい歩いて行ける距離ではない。
悪友は舌から先に生まれた鎌倉に住む男。
海が目の前にないと、すぐに嘯く癖がある。

国境の検問はETC導入前の料金所のようで、たくさんの自動車で渋滞しているが、銃を携えた兵士が跋扈するような物々しさはない。
病院の待合室のようで
「カトウサンハダレ?」
と小窓から検問官が言うと
「ワタシデス」と手を挙げてニコリと笑うだけで済む。
「ニュウコクノモクテキハ?」と威圧的な詰問もなく、袖の下を要求されることもなく、平和裡に事務的に進むのが嬉しい。
自分のパスポートはロシアのビザばかりなので、少し不穏な動きでも何故か緊張してしまうのが癖づいてしまっている。





そしてホテルに着くと、現地のスタッフが迎えてくれた。
スタッフはとても気遣いのある人柄で、中国語が話せない私にいろいろと便宜を図ってくれる。日本人の「おもてなし」の一歩先をいく心のきめ細やかさである。
そういう時に、いつも自己嫌悪に陥るのは、海外に行く前に挨拶や最低限の言葉を覚えれば良かったと、ツボから手が抜けなくなった熊のように反省してしまう。
「你好」と「謝謝」だけで会話にもならない。




初日は打合せを兼ねて広東料理の店へ。
思えば、まだ陽の開けない早朝から今まで、すでに14時間も経っている。
どんなに緊張を強いられても、悲しいことが起きても、腹が減るのは人間の業である。
メニューには日本語こそないが、分かり易いように写真と英語が添えてある。

ただ嬉しいのは同じ漢字を使う国。
ひらがなの無い重厚感のある料理名を見て、どんな料理なのか想像がつくのが嬉しい。
「清蒸石斑魚」、「芙蓉蛋」、「清炒菜心」、「海鮮炒飯」と漢字が表すとおりの料理が運ばれてくる。
私は当然のことながら、まずは「啤酒!」と注文する。
もちろん青島啤酒である。

そこで最初に覚える中国語は「啤酒」と「好吃」と腹に決めた。
人間が生きていく上で重要な単語である。

食事にありつけなければ、餓死してしまう。酒にありつけなければ、心が休まらない。

ちなみに「好吃」は美味しいという意味である。


♬写真と本文はあまり関係ありません。
(店主・YUZOO)

11月 23, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月11日 (水)

at last ロシア買付日記





さらばモスクワ。
されどモスクワは涙を信じない。
モスクワで起こった数々の悲喜劇に比べたら、旅行者などは麦の一粒にしか過ぎない。
本日、帰国の途に着く。

しかし最終日は、散らかしたオモチャを箱に片付けなければならないような雑務がいろいろとある。
今回は8月のイベントに合わせて、陶器やガラスの小物が多いので丁寧に梱包しないと、ロシアから荷物が届いて封を開けた途端、分別ゴミ送りという悲劇になってしまう。
とくにガラスのオーナメントなんて、赤ちゃんの素肌のような繊細さ。
オヤジの武骨な手で触れるのも怖いくらいである。
これをもう一度、日本から持参した梱包材で包み直す。




それから手荷物で持って帰るものと、発送するものと仕分けをする。
この仕分けも単身赴任のお父さんのように「いる、いらない」と呟きながら、大まかに二つに分けていく。
高価なものだけが選別されると思われがちだが、角が折れたら価値がなくなる絵本や紙の飾り物などもトランクに入れられる。
トランク2個、リュック1個分の合計56キロが、手荷物組として一緒に帰国することになる。
それらを両手と背中に抱えながら、モスクワ郊外にあるドモジェドヴォ空港に向かうことになる。
単身赴任も楽ではない。





今回もたくさんの出会いがありました。
50歳の誕生日パーティがあんなに盛大にお祝いすることを初めて知ったし、ふだんはマトリョーシカを作っているおばあちゃんが、あんなに着飾って元気に踊っている姿を見て、まだまだ人生愉しいことがいっぱいあるのだと強く感じました。
もちろん、この日記では書けないようなハプニングもありました。
でもそれは小さな出来事すぎて、人生の悦びに比べたら些細なことに過ぎません。
ネット社会で世界が身近になったけれども、やはり人と人が出会うことほど素晴らしいことはないと思います。
それはバーチャルな世界ではなく、現実に自分に起こった出来事なわけですし。

今回は最初と最後は、いつもの自分とは違い気障な言葉で締めてみました。
あゝ、恥ずかしい。赤面也。

(店主・YUZOO )

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2017年10月 6日 (金)

第10話 ロシア買付日記




今日は買付の最終日。
昨晩はグジェリ作家のガラーニンさんの誕生日パーティということで、サプライズ訪問。
こちらはホームパーティということで、家族と友達を集めたこじんまりとした会だったけど、3人編成のバンドが何曲か披露してくれた。

しかしこのバンド、初めて組んで演っていますいった体で、チューニングは合わないし、コード進行を間違えるし、高校生の学園祭の方が上手いじゃないのと思う程の散々な演奏。けれどもガラーニンさんはニコニコしながら、マネージャーのように優しい目線で見守っている。
あとで訊くと、ソビエト時代にバンドを組んでいたそうで、若き日の自分に重ね合わせて聞いていたのだろう。
悪いと思うが自分は、下水の配管の中ような音にしか聞こえなかったけど。




今日は初日と同じように蚤の市巡り。
雨模様のモスクワなので出店者も少なく、今ひとつ気分が盛り上がって来ない。
しかしそういう時こそ、私の細い目を皿のようにして巡らないと、お宝を逃すことになる。ロモノーソフの置物を何点かと宇宙モノのマトリョーシカを数点買う。
あとは展示備品に使えそうなジョストボ風のお盆を一点。
雨降りの日は、出店者も気乗りしないのか「いくらだったら買ってくれる?」と逆に訊いてくる始末。
お互い顔を見合わせて苦笑いをする。



最後のロシアの夜は何を食べよう。
日本から持ってきた食品もだいぶ残っているし、祝盃のウォッカの鯨飲で胃がきりきりと痛むし、静かに過ごそうかな。

※写真も大したものを撮影していません。グジェリはガラーニンさんの宇宙人とチェス、なぜか安田家と書かれた猿。アーニャさんのウサギ。

(店主・YUZOO )

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2017年9月29日 (金)

第9話 ロシア買付日記





いよいよロシア買付も終盤戦を迎える。
セミョーノフで大量のマトリョーシカを買付。
最近のセミョーノフは以前の赤と黄色のスタンダードなものだけでなく、カラーバリエーションも多彩になり、いろいろなデザインが生み出されている。
すべて木箱に入っているので、玉手箱ように蓋を開けて、新作がお行儀よく並んでいるいると、お宝を発見したような喜びがある。
これだから買付は愉しい。





その夜は近くのレストランを借り切っての誕生日パーティ。
ロシアの誕生日パーティは盛大と噂には聞いていたけど、まるで結婚式の披露宴のようである。友達が前に出て祝辞を述べるのはもちろんのこと、寸劇で笑いを取ったり、ゲームをしたりと、舞台は華やかである。
私たちはその場で覚えさせられた不思議な歌を合唱して、多大なる喝采を受ける。
ロシアでは誰もが知っている歌で、みんなで一緒に合唱。
日本人の歌に合わせてロシア人が歌うというのは、何とも不思議な感じ。





そのあとは、ずっとダンスパーティ。
華やかに着飾ったおばあちゃんが嬉々として踊っているのが何とも愉快で、何度もダンスの輪に誘われる。ここでは私はモテモテで、次々とおばあちゃんからチークを踊りましようと手を引かれる。
おばあちゃんのダンスは情熱的でありながら、開放的なユーモアがあって、一緒に踊っていると目尻が下がってしまう。
誰もが3回モテ期があると言われるが、そのうちの1回はこのパーティで使った気分。





踊り疲れて席に戻ると、今度はおじさんたちがウォッカを片手にやって来て、知り合いになったお祝いだと、祝盃を交わす。
こういう時は、自分は何語を話しているのだろうか。ほとんどロシア語が理解できないのに、しっかりと会話をしているから不思議だ。
お酒の神様の粋な計らいにちがいない。

6時からスタートとして、パーティは延々とと続き、気がつけば午前2時である。
元気いっぱいのおばあちゃん、笑顔が素敵なおじさん。とても愉しい夜会でした。

(店主・YUZOO )

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2017年9月20日 (水)

第8話 ロシア買付日記




朝の4時には明るくなってしまうので、早起きして散歩にでる。
散歩なんて日本ではしない習慣だけど、やはり海外だと気分がちがうのだろう。

ロシアは窓枠が可愛いらしいので、家並みを見ているだけで楽しい。
窓枠が額縁のようで、窓辺に花瓶を置くだけで、1枚の絵のように見える。何処の家も窓枠にはこだわりがあり、隣の家同士が同じ枠組というのは、まず無い。




もちろんマトリョーシカとホフロマ塗りで有名な町なので、至る所に伝統デザインをつかったものがある。電柱にも、壁にも、公園の柵にも、それを見ることができる。
町として誇りがあるのだろう。
トイレの入り口にまでホフロマ塗りの皿で囲った門があり、日本人的な思考だと一礼したくなるような厳かな気分にさせられる。




まだ買付の時間まで、たっぷりある。
仕事までにこのゆとりの時間を過ごすなんて、日本ではなかなかない。
毎日、このような気分で朝を迎えたい。

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2017年9月13日 (水)

第7話 ロシア買付日記





今日は移動日。
モスクワから電車と車でセミョーノフまでの長旅。約600キロある。
舗装路の状態は、日本のようにはいかない。大河ヴォルガも渡らなければならぬ。
朝6時にホテルを出発したが、いつ到着することやら。

今回のセミョーノフはマトリョーシカの買付はもちろんのこと、もうひとつの目的は、マトリョーシカ工場社長の50歳の誕生日をみんなでお祝いすることである。
日本は60歳を還暦として、いつもとは違う祝福をするように、ロシアでは50歳が人生の区切りとなるそうだ。
半世紀の人生を盛大に祝う為に、日本から樽酒(似せたものだけど)、いつまでも健康にとハブ酒、社長のポートレートをパッケージにしたチョコレートなど、いろいろとサプライズを用意したのだ。
パーティが盛り上がらないと、重い思いをして日本から持参した意味がない。





それにしても何処までも続く平原。
道沿いに白樺の林が続き、所々にラベンダーが咲いている。眼を開けていても、瞑っていても同じような景色が遠遠く延びている。





途中に寄ったガソリンスタンドで見たアイスクリームのパッケージの可愛らしさに、思わず眼を細める。
紙で包んだアイスクリームは、創業当時から味もパッケージも変えていませんといった感じの頑固さがあり、パッケージの派手さで勝負しないという潔さがある。
ロシアのアイスクリームは、コクがあってバターを舐めているような美味しさがある。
日本ではなかなか味わえない濃厚な味わい。

まだまだセミョーノフまで道は続く。

(店主・YUZOO )

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2017年9月 6日 (水)

第6話 ロシア買付日記




市場の人いきれで混沌とした熱気が好きである。
ロシアの雑貨市場は生鮮食料品を扱っているわけではないので、売り手と買い手の声高なやりとりはないが、それでも熱気はある。
リアカーを引いて果物を売る者もいれば、お茶を売る移動式の屋台も出る。

露地いっぱいにベレスタが積まれ、夏だというのに毛皮の帽子が壁一面に咲き乱れ、雛壇に並んだマトリョーシカたちは澄ました目線でこちらを見ている。
それらを買付にロシア各地から、いやヨーロッパからも名うての雑貨商たちが、さほど広くない市場に大挙してやって来る。




こちらも負けてはいられない。
かりにも極東の島国からはるばる来ているのだ。何を買うかは、昨晩から諳んじられるほどに頭の中に刻み込んでいる。
1個、2個といった染みっ垂れた買い方はしない。10、50、100が単位である。

この市場に来るようになって10年。
どの商品がどの店で扱っているのかは、もう百も承知。
天井の染みぐらいに知っている。
これで思い通りに買付られなかったとなると、自棄のやんぱち日焼けの茄子、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよと、寅さんの口上がつい口をつくことに。
つまり初秋に冬眠から覚めた蛙のような、自暴自棄な気分になってしまう。





今日はロシアならではの白木やヤーロスラブリの素焼きの人形、もちろんマトリョーシカも買付。何を血迷ったのかスノードームや寺院オルゴール、カレンダーまで、買付用の大袋に投げ込まれていく。
8月に大きなイベントが二つあるので、バラエティに富まそうと思い、かくなるご乱心を起こしている次第。
これだから買付はやめられない。





〈追記〉
ちなみに時間が勝負の買付ゆえ、写真を撮り忘れました。ということで市場と関係ないものをアップしてます。
お楽しみのところ、申し訳ありません。


(店主・YUZOO )





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2017年8月29日 (火)

第5話 ロシア買付日記




今日はモスクワ中心部を巡る旅。
モスクワの竹下通りと謳われている新アルバート通りや文具や本の問屋を回る予定。
新アルバート通りは観光客を相手にしているせいか、マクドナルドやハードロックカフェ、スターバックスなどが軒を並べていて、ロシア的な旅情を求めるには、気分が削がれる。日本各地にある○○銀座の様相を帯びているのである。
何処の都市でも外資系企業が進出して、金儲けに血眼になっているようで、これでは国名が異なるだけで、行く店はみな同じ。異国情緒などあったものではない。
やれやれ。





ただお土産屋には様々な工芸品が並ぶため、買付人としては、市場価格や新しい作家を見つけるのに、最良のカタログになる。
近くにはモスクワ最大の本屋「本の家」があるし、いろいろな刺激をもらえる場所ではある。
「本の家」はウィンドー・ディスプレイが本屋の概念を越えており、剥製の熊がカゴを背負っている「マーシャと熊」を模したものがあった。日本でいえば、紀ノ国屋書店か三省堂書店のガラスケースに2mの熊が鎮座していると想像してもらいたい。




そしてウィンドーショッピングをひと通り終えると、次は腹ごしらえ。
まずはロシアのファミリーレストラン的な「Му-Му」。
読み方はマイマイではなく、ムゥムゥと読む。牛の鳴き声が店の名前の由来。ビフェ方式なので、目の前にある料理を好きに選ぶことができて、値段もリーズナブル。
サイズを表す簡単なロシア語で、十分に腹を満たすことができる。
前は新アルバート通りの真ん中辺りにあったけど、アルバートスカヤ駅近くにも、もう一軒できていて、店前で牛が客引きしていた。





マクドナルドもダンキンドーナツも、英語表記でなくキリル文字で、ロシアで商売する以上、ロシア語表記にしろと圧力がかかったのか気になるところ。ソビエト崩壊後、マクドナルド1号店が、この新アルバート通りの店だったはず。
はずと書くあたりが、記憶に自信のない表れであるが、ただ20年以上も前の話題である。
果てしなく続く行列をこぞってメディアが報道していたのを、誰もが記憶の片隅にあるだろう。
ペレストロイカは遠くになりにけり。
ちなみに写真は平和大通り駅のマクドナルド。




文具と本の問屋街では、きのこ型の板に糸を通すだけのシンプルなオモチャを見つけた。
ほとんど日本では見られなくなった懐かしいオモチャである。
こういうものに出会うと、私の細い目がさらに細くなり、自然と目尻が下がる。
どんなオモチャなのかは、8月に店頭に並ぶまで、楽しみに待っていてください。
他にも、ロシア版大人の塗り絵やカレンダーも買付ました。

(店主・YUZOO )

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2017年8月26日 (土)

第4話 ロシア買付日記




今日は中距離バスに乗ってセルギエフ・パッサードへ。約1時間半の小さな旅である。
行き慣れた旅といえども、バスや鉄道の旅はやはり心が躍る。
モスクワ郊外に出ると何処まで続く果てない平原があり、時にはラベンダーが紫の絨毯となって草原を覆い、遠くには玉ねぎ頭の寺院が見え、飽くことのない景色が目の前に広がる。
気障な言い方かもしれないが、車窓から見える風景は一枚の絵であり、掌編小説である。
崩れかけた廃屋に絡まる樹木を見て、人々が生活を営んでいた頃の様子に思いを寄せ、自然が家屋を呑み込んでいく無慈悲さを痛感する。




チケット代は200ルーブル。(約400円)
距離を考えれば公共交通は、軒並み日本より安い。地下鉄だって、一回の乗車は距離に関わりなく70円程度。料金均一だから、わざわざ路線図を見て、切符を買う手間が省けるのも嬉しい。

セルギエフ・パッサードは世界遺産に登録されたセルギエフ大修道院とマトリョーシカ発祥の地として知られている町。
ショップ・ウィンドウもマトリョーシカを使った飾りつけをしている店が多く、目を楽しませてくれる。
もちろん観光で来ているわけでない。マトリョーシカ作家さんの家を訪問するのが目的だから、ご自宅や工房を巡っては、気に入ったものを買付ていく。




何を買付するかは腕の見せ所で、どんなデザインがお客様の好みに合うか、似たようなものを買わないように選ぶか、美的センスが問われる場面である。
ただ最近はインターネットの発達で、時差こそあれ、迷って悩んだ挙句に写真を転送すると、日本にいる美的センスが良いスタッフが、お客様好みのものを選んでくれる。

便利な世の中になった。
反面、地球から未知なる世界が減り、どんどん小さくなっていく。

(店主・Yuzoo )




8月 26, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月22日 (火)

第3話 ロシア買付日記




♬今日は朝から雨ぇ〜
嫌な天気やけどぉ
さぁ一緒に出かけよう〜

有山淳司の歌ではないけど、空を恨めそうに眺めて、外へと出ていく。
買付で日曜日に雨が降るのは、月曜日の朝に人身事故で電車が止まるぐらいに最悪である。天候のことだけに誰にも文句は言えないし、ロシアの天気予報を聴いても理解できないので、午後からの天気さえわからない。
今日は一日中雨降りなのか。

100円均一で買ったレインコートを着て地下鉄へ向かったけど、周りを見ると傘をさす人も、雨具を着ている人も少ない。
この位の小雨ならば身体に良いと言わんばかりに濡れている。
幼稚園から帰る子供のような無防備な格好でいて、小雨程度に神経を尖らせている、こちらが恥ずかしい。




ロシア人にとって雨に濡れるということは、如何なる意味があるのだろうか。
大地の民であるロシア人は、自然と寄り添い生きていると、為すがままに、為されるがままに、茄子がママの好物であるかのように、受け入れているのである。
突然の雨降りのために、コンビニで随時傘を置いてある日本と、店舗でも傘を見かけることが少ないロシア。
民族学的な見地から探っても興味深いテーマかもしれない。

本日はモスクワ郊外にあるマトリョーシカ作家さんの自宅を訪問。
地下鉄を乗り継いで行く。
詳細は書けないが或るアイデアを伝えに行くのが主な目的。もちろん買付もだけど。
自宅の窓から見える景色は、緑が鮮やかで美しい。このような四季の風景を目の前にして描くから、あのような色彩鮮やかなマトリョーシカができるのかと、改めて実感。





お茶の時間に自家製ピロシキのおもてなし。
日本のピロシキみたいには揚げてはいない。
何処で間違って日本に伝わったのかなと、ぼんやりと考えてみたが食欲が勝り、カレーライスやラーメンが独自に発達したのと同じと結論づけてみた。
たぶん中央アジアのパンが揚げたものが多いから、それがピロシキとして伝わったのだと思うけど。
香り豊かなお茶と美味しい食事。それに愉しいお喋り。
それさえ満たされていれば、何も必要はない。ロシア語があまり理解できなくても、胃袋が理解してくれる。

(店主・YUZOO )




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2017年8月18日 (金)

第2話 ロシア買付日記





今日から買付初日。
朝の5時前というのに外が明るいので、目覚めも早く否応なく気分が急かされる。土日の市場は昼頃から賑わい、早朝はまだ商品を並べているか、お茶を飲んで寛いでいるかなので、そんなに気持ちを高ぶらせる必要はないのだが。
朝早くからテンションが上がっては、夕方迄には燃え尽きたマッチ棒になってしまう。





そこで腹が減っては買付できぬ、ということで、朝食をとることに。
ホテルのモーニングは高いので、ロシアのファーストフード「крошка картошка 」に行く。
この店、オーブンで焼いたジャガイモに、チーズ、サーモン、きのこなど好きなものをオーダーすると、トッピングしてくれる。
だいたい250ルーブルぐらいで食べることができ、値段もリーズナブル。(だいたい500円)
食事代を切り詰めることは、良いマトリョーシカを買うことに繋がると、改めて肝に銘じて、チーズとソーセージをトッピングした。





土日は蚤の市が出るので人出も多く、少しの差でお値打ちの逸品が他人の手に渡ってしまうので要注意。
食事も早々に終えて市場へと向かう。
数年前に比べると蚤の市はエリアが拡大し、様々なものに出会えるようになったが、反面業者風の露店も増え、価格を吹っかけてくるから、こちらの目利き力が必要になってきた。
わざとアンティーク風に汚して「これを買わなければ末代まで後悔するぞ」などと真顔でくるから、まったく気が抜けない。
しかし、これが買付の醍醐味と言えば、それまでだが。

(店主・YUZOO )

8月 18, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月15日 (火)

第1話 ロシア買付日記





9時間半のフライト後、入国審査を受けて、ようやくロシアの地を踏む。
ロシアの入国審査は人が地の果てまで並ぼうと意に帰さず、マイペースを崩すことなく、パスポートを昆虫の標本を見るように眺め、ひと息ついてから入国の判子を押す。
その時間、約5分。
そして休憩時間になれば、そそくさと席を外す。また次の職員がすぐに来ないことも多く、入国審査の窓口が閉じられたままの時も。
せっかちの国から来た人間にとっては、苛立ちで青筋を立ててしまいそうだが、もう10回以上もこの通過儀式を経験しているので、仕方ない、いずれは入国できるのだからと妙に納得してしまう。
私も大人に、いやロシア的人間になったものである。




ロシアとの時差は6時間。
北緯が日本より高いため、空を見上げると陽は高く、短い夏の陽射しが照りつける。
Tシャツ1枚で充分である。
この暑さだと、ついビールでも飲みたくなるのが心情だが、明日からの仕入れの準備が終わらないかぎりは、ぐっと我慢をする。
このあたりはロシア的な人間にはならず、誘惑に心揺れない大人でいることが、真の大人。




夕方、いつもの安食堂でペルメニとジャルコエ、それとクワスを注文。
クワスはロシア夏を代表する飲み物で、黒パンを発酵させた清涼飲料。独特の酸味が舌に心地よい。
二人分、1000ルーブルでお釣りがくる。
買付の旅で食費で散財するのは禁物。金の斧を持った愚か者。
食べ物は舌の記憶にしか留まらないが、工芸品はいつまでも眼を愉しませてくれる。
この境地になったのも、長年の経験の賜物と独りごちになるのも大人である。
結局ビールは飲まずに陽が暮れた。

(店主・YUZOO)

8月 15, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月11日 (金)

ロシア蚤の市雑記





8日から木の香で開催されている「蚤の市」について、雑考を少し。
最近、日本でも土日になると公園や駅前広場で、クラフト市や蚤の市、それに古本市などが開かれ、その手のモノが好きな方には、楽しみな休日になっている。
使い捨て文化、浪費社会から、モノを大切にする社会への変化の兆しとも感じられ、古いモノが好きな私には、ようやく住みやすくなってきた。
冬来りなば、春遠からじ。
もっとも断捨離ができず、本やレコードは当然ながら、チラシやDMでさえ捨てられず、ファイリングしているぐらいだから、その冬籠り前のリスのような性格にも問題はあるのだが。





ロシアも土日になると、公園や駅前など人が集まるところに蚤の市が出店する。
しかし最近はモスクワ市の条例が厳しくなったのか、私がロシアに行くようになった10年前より数は減り、開催場所が市の中心部から郊外へと移ってきている。
以前は地下鉄の改札を出ると、道の左右に様々な出店があり賑わっていたのに、今は足を止める人もなく寂しい路端になってしまった。

仕方なく定期的に開催される郊外の蚤の市まで、足を延ばさなければならなくなり、しかも世界各地からコレクターやバイヤーがかの地を目指すようになったので、激しい争奪戦となっている。
私はアンティークの目利きではないので、世界の猛者には到底太刀打ちできないが、唯一マトリョーシカや木工芸品だけは、少しばかり眼光が鋭くなる。
マトリョーシカの底にあるサインを見たり、顔つきから何年頃の製作か推定し、ソビエト時代と判断すれば買うようにしている。





買う人の心理を巧みに読むのが、売る側の腕の見せ所で、最初に高値を言ってから、徐々に安くするのは常套手段。
「いくらだったら買うんだい?」
「欲しくないなら、値段聞かないでおくれ!」
という強者もいて、ロシア語が1歳レベルの私は「いらないなあ」と、すねたように返すだけである。

とくにチェブラーシカの古いモノを扱っている人は、相当に手強い。
こちらが日本人とわかるや否や
「コンニチワ。ワタシ、スズキサン、シッテイマスカ?」
「クロサワ、ゲイシャ。アリガトウ」
と聞き覚えた日本語で近づいてきて、それからチェブラーシカの縫いぐるみやバッチ、陶器など見せ始める。
日本人のチェブラーシカ好きを熟知しているようで、価格交渉も安易な値引きはせず、まとめて買うのならばこの値段にすると、やや強気に提示してくる。
こちらも、それなりにこの世界で飯を食べている。
すぐに白旗を揚げる訳にもいかない。





「このオッサン、うちらの売りだけで、今日の売上を稼ごうとしているな」
「半分は最近つくられたモノだし、上手いことやるね」
チェリパシカ氏と相手の出方を判断して、その中から、欲しいモノといらないモノに仕分け、欲しいモノだけを価格交渉する。
「このチェブラーシカの縫いぐるみは、あの店でこの値段で売ってた。だから同じ値段じゃないと買わない」
そう言って、先ほど買ったチェブラーシカの縫いぐるみを、スズキサンを知っているオッサンに見せる。
そうすると饒舌だったオッサンの舌は、潤滑油が切れたように回らなくなり、日本人は商売が上手いなあと愚痴をこぼす。

そんなこんなとエピソードがあって買い集めた、私なりの逸品です。
今回は、ロモノーソフやリュドーボといったロシアの名陶を中心に、普段買わないサモワールやソフビなども揃えてみました。
明日から連休、木の香でロシア蚤の市の雰囲気を楽しんでくださいね。

(店主・YUZOO )

8月 11, 2017 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月24日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(21)

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ウォッカの飲み方の作法は、意外と難しい。水で割らず、何も足さず、生で一気に喉元に流し込むというものである。
ショットグラスを前にして躊躇してはいけない。眼を瞑り、天を仰いでグラスを空にしてしまえば、そのあとに来る五臓六腑から湧き上がってくるウォッカの香りを楽しむだけで良いのである。
本来、ウォッカは無味無臭なお酒なのだが、それでは単に濃度が高いアルコールを呑んでいるようなもので、愛飲家としては、ちっとも面白いことはない。そこで草木のエキスなどで香付けをして工夫を凝らす。
ただある程度の予算を出さないと気品ある香がするウォッカに巡り合えず、安物のウォッカとなると、そういうわけにはいかない。
アルコールの強い刺激が喉を責めたててくるか、ガソリンのような油臭い匂いがツンと鼻先についてくるだけである。

 

もしロシアを旅することがあったら、少し奮発して、佇まいがきっちりとしたウォッカを呑まれることをお勧めする。
規格として認められているウォッカのアルコール度数は40度と決められていて、その中で味覚や舌触りを各メーカーは競っていて、愛飲家の飲みたいという欲望だけを満たすだけの安ウォッカは、いくら飲むのが好きな私でも、口元にグラスを近づけただけで敬遠してしまうほど。その一度の経験で、ウォッカ憎けりゃロシアまで憎いという気持ちが芽生えのを懸念するからである。
ウォッカを嫌いになっても、ロシアは嫌いにならないでください。

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それではコロトコフ大司教が持ってきたウォッカは、どのランクに値するウォッカなのかというと、一般人が口にするができない特別な品物だったのである。
蔵元限定品といえばそう表現できるし、選ばれし者だけが楽しむことができる秘蔵の品といえば、そうとも言い切れる。手にしているボトルのラベルにはブランデーで名高い「CAMUS」と銘打ってある。
客人をもてなすために高級ブランデーの封を開けるとは、田舎に住む伯父さんみたいだと感心していると、大司教は、さらに2本持ってくる。
ひとつは未だ聞いたことのないウィスキーの銘柄と、もうひとつは日本酒の五合瓶のようなほっそりとした透明の瓶で、なかには濁った紅茶のような液体が入っている。
私がこれは何の飲み物かと訊くと、大司教はそれぞれの瓶を指差して
「これがキノコ、これは白樺、これは香草」と満足げに言い放った。

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この茶色の液体がキノコ?いまひとつ解せないままに瓶を眺めていると、チェリパシカ氏が、このお酒すべてが自家製ウォッカ、ロシア語で言うところのサマゴンだと耳打ちしてくれる。
これがソビエト末期、酒の販売が制限されたときに、各家庭で工夫を凝らしてつくっていた伝説のサマゴンかと、ひとりごちになり、物不足の頃だったせいで、砂糖や大麦だけでなく、靴墨でつくっていたという強者もいたらしいと、昔読んだ本を思い出して薄笑いを浮かべていると、大司教はお酒を前にして悦に入っているのかと勘違いをし、私に向かって親指をたてた。

 

「ひとり1本がノルマだから、今晩は楽しくやろうぜ!」

 

あぁ、酒宴の幕は、あっさりと開けたのだ。

 

(店主・YUZOO)

 

11月 24, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年10月 6日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(20)

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大晩餐会はスベトラーナ料理長が腕によりをかけた逸品ロシア料理がテーブルに並ぶ。スベトラーナ料理長はコロトコフ大司教の奥方であり、マトリョーシカ工場を取り仕切る現場監督の顔を併せ持つ、強さと優しさを兼ね備えたロシア女性である。
私の少ないロシア体験から感じるのは、上手くいっている家庭は、女性が実質的な主導権を握っていて、男性は細かなことは気にしないという関係性であると思っている。
 

その模範的な家庭こそがコロトコフ家であり、大司教はおおらかな対応で客人を喜ばせ、料理長兼現場監督は、すべてに目配りをするきめ細やかな性格で客人をもてなしてくれる。早くウォッカを飲みたくてうずうずしている大司教に、料理長は的確な指示のもと、皿やグラスを運ばせ、料理の盛り付けを手伝わせる手腕に、夫婦円満の秘訣を垣間見てしまう。
100キロはあろうかと思われる巨漢の大司教が、うろうろとキッチンとテーブルの間を行き来する様は、ボリショイ・サーカスの熊の曲芸見ているようで、客人の我々は手伝うことを忘れ、ついつい微笑んで仲睦まじい姿を見入ってしまう。ちなみにロシア人に言わせると、どんな気難しい動物であっても、曲芸を仕込むことは可能だそうである。

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料理は前菜として、オリヴェ・サラダ(豆や野菜をマヨネーズで和えたサラダ)とシィ・スープ(野菜や肉を煮込んだコンソメ風スープ)が、目の前に運ばれてくる。
これが前菜!?
常日頃、雀がエサを啄ばむ程度しか食事を摂らない私にとっては、その量の多さに目を白黒させてしまう。いや少し涙目になっていたのだろうか。隣にいるチェリパシカ氏が、料理長に気がつかないように、私の皿からサラダを半分取っていく。
ただ皿の上に何もないとわかると、料理長はすぐに大司教にサラダを盛るように命ずるので、チェリパシカ氏が私のことを慮っても、常に私の皿の上は満ち足りてしまうのだが。

そして次に振舞われたのが、毛皮をまとったニシンといわれるシューバ・サラダとビーフストロガノフ。
シューバ・サラダはビーツ鮮やかな赤い層と純白のマヨネーズに豆やとうもろこしが和えて層が、幾重にも重ね合わせてあり、色彩が美しく眼を楽しませてくれる。取り分けて皿の上に乗せると、ビーツの赤がマヨネーズの純白に溶け込んで、シクラメンのような淡いピンク色になる。主役である塩漬けのニシンは、ピンクの花園のなかで、目立たないように自分の役柄を演じているのが、実に健気である。
ロシアの塩漬けは、そのまま食すると塩分ひかえめに慣れている日本人には、岩塩が口の中に放り込まれた気分になるが、サラダと共にすることで、まろやかな味に変化する。
ただ雀の胃袋しかもっていない私には、マヨネーズの脂質がだんだんと堪えてくる。

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そしてメインのビーフストロガノフ。
「スメタナ(ロシア版サワークリーム)を入れると美味しさが倍増するよ」
と大司教が、大匙スプーンで何杯も上からかけてくる。
ロシア人にとっての醤油と喩えてもよいぐらいのスメタナは、ボルシチはもちろんのこと、魚や肉といった料理にも、各人が好みの量を、さらりさらりと乗せていく。
鮮やかな乳白色は料理に彩を添えるので見た目にも美しいのだが、実際は乳脂肪分の塊みたいなもの。そのスプーン一杯が私の胃袋に凭れ込んでくるのである。

スメタナには恨みはないけれどもといった目つきで料理を見つめる私に、チェリパシカ氏がそっと呟いてくれた。
「もうすぐウォッカタイムがなるから、スメタナを食べた方が、胃壁を守ってくれるよ」
料理にばかり気を取られていて、すっかりウォッカタイムを忘れていた。
大晩餐会は始まったばかりである。

 

(店主・YUZOO)

 

10月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年9月16日 (金)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(19)

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さてバーニャの洗礼が終わり一息つくと、いよいよロシア式大晩餐会が始まる。

われわれ日本からの帰省組は、聖なる晩餐の貢ぎ物として、本格焼酎を持参。

それも昨年コロトコフ大司教が

「私が日本に行った時に、思い出深いものがふたつある。ひとつは真っ黒い瓶に入った焼酎なるお酒と、日本の友人たちが晩餐の前に飲んでいた「ウコンの力」なる小さな瓶に入った飲み物である」

と感慨深げに語られていたので、その思い出の品を是非貢ぎたいと考えていたからだ。 

 

ただ黒い瓶というキーワードだけでは、さすがに全国津々浦々を飲み歩いている小生でも、銘柄をぴたりと特定するのは難しいので、一般的な黒い瓶の焼酎の代表として、安易に「黒霧島」を購入。

それを手にするや、コロトコフ大司教の喜ぶ様を見るにつれ、少し後悔の念にかられる。

やはり現在、日本の焼酎の最高峰と謳われる「森伊蔵」」を奮発して献上して、「日本のウォッカである焼酎の最高級品でございます。その繊細な味と香りを楽しんでください」

と近ごろ流行りの大人の流儀を通したほうが、日本人ならではの粋を伝えられたのではと悔やまれる。

 

しかし私の拙いロシア語力では「黒霧島」と「森伊蔵」の違いを伝えることができるわけもなく、「コノ焼酎、トテモ美味シイアルヨ」と言うのが関の山と判断した私の小市民的な性格と、一度も太ったことのない痩せぎすの財布がそうさせたのだが。

 

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それでは名誉挽回の貢ぎ物として、今度は「ウコンの力」ではなく、今や飲兵衛のあいだでは魔法の薬と囁かれている「ヘパリーゼ」を大司教に献上。しかも飲料ではなく、錠剤を貢ぎ物としたのである。

コロトコフ大司教の「ウコンの力」信仰は筋金入りで、これのおかげで、日本で一度も二日酔いしなかった、日本人は素晴らしい飲み物を発明したと大絶賛したからである。

そして封を開けていない「ウコンの力」が未だに台所の戸棚に、イコン画のように飲兵衛崇拝の対象として奉られていることからも、その信仰の篤さが窺える。

もう賞味期限切れているデェと突っ込みを入れるのも憚られるほどに、「ウコンの力」を手にとっては日本の思い出に浸っているのである。

そこで今や日本では「ヘパリーゼ」に移りつつありますと、飲兵衛たちの信仰崇拝の対象をが変わりつつあることを、肝臓の夜明けは近いことをコロトコフ大司教に、お伝えしたかったわけである。

 

「これが今、日本で一番の信仰を集めている薬でございます。三粒飲めば、たちまち肝臓はピンク色へと若返り、お酒は湯水のごとく幾らでも飲めてしまう魔法の薬であります」

と大司教にお伝えし、その聖なる掌に三粒の錠剤を乗せた。

 

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大司教は、その青い目で訝しげに見つめ、指で転がし、

「この薬は何で出来ておる?」と訊いてきた。

チョコレート色をした錠剤は、カカオ菓子のようであるし、裏社会で売られている秘薬のようにも見える。

それを一度に三粒も服用するなんて、多少の不安もあるのだろう。

私は「свинья⇒ロシア語でブタの意」と言って、自分の肝臓辺りを指差した。

しかしこの行動はコロトコフ大司教の不安をさらに増長させたのだろう。

この薬は副作用で身体がブタのようになる?そんな風に身構えた表情に変貌する。

 

そこでチェリパシカ氏と私が「ヘパリーゼ」を飲んでみせ、コロトコフ大司教に促した。さすがに不安は霧散したようで、いつもの大らかで穏やかな大司教の面持ちに戻り、えぃっとばかりに口に放り込んだのであった。

これで肝臓は万全である。大晩餐会の開始である。

 

 

(店主・YUZOO)

9月 16, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年9月 6日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(18)

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さて旅の疲れを癒すのに古今東西に共通するのは、やはり風呂である。
そこで男四人で庭先にあるバーニャに向かう。
バーニャの重い木の扉には「バーニャには入れば、上下関係も何もない」と書かれている。つまりはロシア版、裸の付き合いを記している。
このバーニャがいかなるものかというと、スチームサウナと同じで、釜で焚かれた水が蒸気となって部屋を暖め、木造小屋のため、その湿気を吸い込んだ香りで、少し苔むした森にいるような穏やかな気分になる。
ただ空気を循環させる装置がないので、上部は息苦しいほど熱いのだが、下は川面のように涼しい。もちろんテレビが設置してあるわけもなく、我慢比べの12分の時計もない。
裸電球がひとつぶら下がっているだけである。

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そのほの暗い密室のなかで、下っ腹がだいぶ出た色白い身体が、サウナ帽を被って、熱さにひいひい、はあはあと言いながら、脂汗をかいている。傍から見たら動く四つの脂肪の塊、もしくは草臥れた四匹の豚にしか映らないだろう。

「どうだい?気持ちいいだろう」

「気持ちいいねえ」

「やはり夏はバーニャに限るね。日本にもあるのだろう?

「あるけれど、個人宅では持っていないよ。持っているのは金持ちだけだ」

「ということは、ロシア人はみんな金持ちだな」

そんな他愛のない会話をしていると、コブロフさんが、おもむろに立ち上がってヴェニク(白樺の葉と枝を束ねたもの)を手に取った。
いよいよ来た。バーニャ特有の神聖なる儀式、健康な身体になるための試練である。
チェリパシカ氏と私は、すでにの煌々と熱くなった最上段に寝かされるや、釜の扉が開かれ、白樺のエキスが入ったお湯が注がれる。
とたんに大量の水蒸気が放射され、その熱気で思わず息をぐっと呑んでしまう。
たまったものではない。水蒸気は百度近い。火炎の水である。。
背中を熱風が通り過ぎると、今度は水蒸気が熱を大量に含んだ雨となって身体全体に降り注ぐ。
そして一瞬白樺のエキスが鼻先をくすぐり夢心地になったのも束の間、今度はヴェニクの鞭が背中をバシッと小気味よい音で振り落とされる。

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○×ДЙ△!!

β×Жα△!!!!

神様へ感謝の言葉など出るわけがない。
チェリパシカ氏も虚脱したまま、放心状態である。
ただ身体中の血流が水門が開くかのように澱みなく流れ出し、健やかに身体中を巡っているのを感じる。少々手荒いが健康で丈夫な体をつくるためなのだ。
ただこの聖なる儀式で痛感するのは、人が熱さを猛烈に感じるのは、空気が揺れ動いたとき、つまりヴェニクが風を切り背中を叩いた瞬間、背中が痙攣してしまいそうなほど熱いのだ。背中に地獄絵図を彫られているようなものである。

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さて一連の儀式が終わり、晴れて屋外という娑婆に出て、夕暮れ時のロシアの大地を駆け抜ける風にあたると、新しく肉体も生命も変わったようで、実に晴々としている。
そしてバーニャに入る前に用意していたビールで喉を潤す。
このビールは生温くて、居酒屋ならば店主に一言を苦情言ってしまいそうな代物だが、この時ばかりは極楽浄土の飲み物ように、ありがたく感じたのである。極楽は意外に身近な場所にある。

 

※ヴェニクで叩かれているおやぢ連中の写真は、倫理的に問題があるのでロシアで見つけたぬいぐるみの画像に自主的に変更しました。

 

(店主YUZOO)

9月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年8月30日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(17)

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ロシア買付より帰国したのでブログを再開。
ふと気がつけば一年前の話を未だに綴っている。
一週間も過ぎれば、世界を揺るがす衝撃的な事件でも鮮度が落ちてしまうこのご時世、すでにミイラ化しているにちがいない。
まったく不徳の致すところ。

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さて買付と言えば、日本の商習慣からすると、まずテーブル囲んで世間話をし、それから商品を目の前にして交渉するというのが王道であるが、ロシアではそうはいかない。
それにマトリョーシカの商談である。
セミョーノフ工場の社長コロトコフさんの商習慣としては、まずバーニャで裸の付き合いをし、ウォッカ片手に大いに語り、商談は次の日に行うものとなる。
こちらも気分は里帰りなので、日本のお土産を喜んでくれるかと反応を思って、ひとり悦に入っている。

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「バーニャに入るぞ」

気が早いコロトコフさんは、すでに上半身シャツ一枚、
バスタオルを小脇に抱えている。

バーニャとはロシア式のサウナ風呂で、気のおけない仲間との社交場、招いた側では最大級のおもてなしということになるだろうか。

しかも土地の広いロシアでは、バーニャを庭先やダーチャ(ロシアの別荘)に建てるが、ほとんどが家主の手づくり、日曜大工の犬小屋とはわけが違う。

基礎工事を施し、床板や建材屋から買ってきて敷き、ドアを取り付け、水周りは母屋からひき、サウナ用の大きな釜も設置して、自らの手で作り上げる。

 

少し床が斜めになっていたり、ドアの閉まりが悪かったりと、御愛嬌はあるものの、とうてい私のような腕白では、床板一枚の貼るのも、ままならないであろう。

 

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そこで純粋な気持ちでバーニャの造りを絶賛すると、
コロトコフさんは、ロシアの男ならば当然だよとばかりに平静を保っているのだが、少しばかり家長としてのプライドが表情から見え隠れするのが微笑ましい。

 

あるガイドブックでは、ロシア人は感謝の言葉を言っても、褒められても平静を装うので、それが日本人には怒っているように映るかもしれません。

ただ平静を装うのは、幸福が続くと次には必ず不幸が訪れると信じいるからですと書かれていたのを思い出し、さらに微笑んでしまった。

 

あのガイドブック、眉つば物と思っていたけれど、意外に当たっているかもしれない。

 

 

PS:写真はセミョーノフの民族祭の写真。

   バーニャに入る中年男の写真を載せるのは犯罪と判断したため(笑)

 

(店主・YUZOO)

 

8月 30, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 9日 (土)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(16)

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ようやくセミョーノフに入った。

セミョーノフの中心部にむかう路には、

電柱毎にホフロマ塗りの看板が並び、

長い旅路を経てきた私たちを出迎えてくれる。

見落としてしまったのかもしれないが、

セミョーノフ産のマトリョーシカの看板がない。

その原因は、あとから知ることになるが。

 

 

ロシアの夏の日照時間は長く、

5時だというのに昼間のような日射しが照りつけている。

砂埃が舞う白茶けた道と

陽に照らされて精気を失いつつある野草に夏を感じる。

ロシアの夏というと、

避暑地のような涼しい気候を想像するだろうけど、

実際は盆地や内陸地のように、

首筋や背中にじわりじわりとくる暑さなのだ。

 

ただ蝉が喧しく鳴くことがないのでしんと静かである。

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「到着!」

コブロフさんが豪華客船の船長のように高らかに告げると、

同乗者全員が労をねぎらって思わず拍手。

家の前でエンジンの音が止まったのを聞きつけたのか、

すぐにコロトコフさんが巨体を揺らして、

玄関から飛び出してきた。

 

待っていたぞと言わんばかりに、

まずはコブロフさんと抱擁を交わし、

次にチェリパシカ氏とも抱擁。

コロトコフさんもチェリパシカ氏もお互いに巨漢なので、

千秋楽の大一番を観戦しているようで、

思わず笑ってしまう。

次に私と抱擁。華奢な私の体つきでは、

新弟子が関取に稽古をつけてもらっているように

見えるに違いない。

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「コロトコフさんの髭、痛くなかった?」

長旅で凝り固まった身体をほぐしながら、

チェリパシカ氏が私に耳打ちする。

誰もが再会を喜び、自然と笑顔になる。

私はお盆の里帰りのようで、

家のまわりの風景や扉でさえも懐かしく、

穏やかな心持になっている。

大げさだが、髭の痛みさえ懐かしい。

 

「まずはバーニャ(サウナ)の用意をするからな」

コロトコフさんは、

話したいことが山から零れ落ちそうなぐらいあるようで、

車から荷物やプレゼントをおろすのを急かしてくる。

 

今宵も愉しいことがありそうだと、私はひとりごちである。

 

 

※写真はゴロビジェッの伝統的な布人形。

 顔がない人形もロシアではポピュラーです。

 子どもの想像力を育てるためだとか。

 

 次回の更新は7月9日です。

 

(店主YUZOO)

 

 

 

7月 9, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 6日 (水)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(15)

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そしてさらに進むこと、1時間余り。

コブロフさんが言っていた橋に元に辿り着いた。

そこで眼にした母なる大河ヴォルガは、

日本人的な箱庭的視覚で見れば、

瀬戸内海のような海であり、

それ以外の言葉は見当たらない。

決して誇張ではない。

 

東京ドーム何個分というような中州が点在し、

白い波柱が岸辺に押し寄せて飛沫を上げ、

向こう岸が霞むほどに湛えた大いなる水の流れは、

押し合いへし合い北へ北へと驀進している。

渦巻いている。

中州を領地として譲り受けたら、

自らを一国一城の主と名乗ってしまいそうである。

それほどにスケールが大きい。

 

私の半世紀近い人生のなかで、

対岸が霞むほどの大河を眼にしたことはなかった。

中学生の時に和歌山の新宮市で見た

熊野川が一番の記憶である。

それでもその時分は、こんな大きな川があるのかと、

悲しいほどに深い感銘を受けたのだ。

ヴォルガ河と比べると、地味な記憶である。

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私は大きな樹木や山脈といった自然がつくりあげた

創造物を眼にすると、

不覚にも眼頭が熱くなる性分なので、

言葉にならない感動に包まれながら、

ロシアの大地の懐の深さに驚愕し、

己の存在の矮小さに恥じつつ、

熊野川と同様に感嘆の声を上げるしかなかった。

 

当然のことながら、長旅の倦怠感は消えている。

チェリパシカ氏もナッツを食べるのに

忙しかった口も、静止したままだ。

ヴォルガ河は大型の輸送船や観光船が行きかうのだろう。

錦帯橋のように橋の中心部が

小山のように盛り上がっていて、

上り坂の時はゆっくりと進み、

ジェットコースターのような気分になり、

頂点にさしかかるなり、ぱっと景色が広がると、

滑り降りるように下っていく。

一瞬眼にする、

深緑の大地とヴォルガ河とのコントラストが美しい。

 

「すごいね」

「まったく」

「日本にはない景色だね」

「まったく」

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15分ほどの時間が過ぎ、

車はセミョーノフがある対岸にようやく辿りついた。

ヴォルガ河のスケールの大きさに圧倒されたまま、

ふと気がつくと車の揺れでナッツの袋が踊り出して、

ズボンが粉だらけになっている。

 

もちろんこの景色を見た後では、

そんなことは取るに足らない出来事であるが。

 

 

※写真はゴロハビッツ博物館の展示品

 ゴロジェッツとは違います。

 次回、更新は7月9日です。

 いよいよ終盤です。やれやれ。

(店主YUZOO)

7月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 3日 (日)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(14)

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(写真はニジノヴゴロドから見たヴォルガ河。

渡った橋のある場所は、この倍ぐらいの広さはあった?)

 

さらに6時間ほど過ぎただろうか。

コブロフさんが

「今回は前とは違う橋で、ヴォルガ河を渡るよ」

と後部座席に座る私たちの方に振り返ると、

やや運転に疲労困憊した顔で告げた。

 

前回、セミョーノフ来訪時に、

大型トレーラー数台と観光バスの玉突き事故かあり、

そこに一般車が巻き込まれるという

大惨事に遭遇した苦い思い出があるからだ。

母なる大河ヴォルガには、

それほど多くの橋が架かってはいない。

 

迂回する手立てもなく、忍耐強く待つこと3時間。

疲れを通り過ぎ、睡魔が襲ってくるような段になって、

ようやく一台分が通れる程度に道が開通し、

のろのろと車が動き始めた。

しかしそれだけの大事故なのに、

交通整理に警官が出動するでもなく、

砂時計に吸い込まれる砂のように車が集中し、

さらなる悲劇を生むことになった。

 

ロシアという外国ゆえ、運転を代わるわけにもいかない。

頭を充血させて運転を続ける

コブロフさんを見つめながら、

神のご加護がありますようにと、

無事にセミョーノフに辿り着くことを願ったのも、

塩辛い記憶である。

 

コブロフさんの言うところの渡る橋を変更すれば、

事故に遭遇しないかという考え方は、

確率的にいえば同じなので成立しないけれども、

人間の記憶から見れば、正しい選択である。

手痛い経験は、なかなか記憶から消えないものである。

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(ニジノヴゴロドのロープウェー。

観光客だけでなく生活移動の手段としても使われている。

対岸まで10分ぐらい)
  

 

ということで前回の

ニジノヴゴロドからセミョーノフに架かる橋を渡らずに、

さらに北上したところにある橋が選ばれた。

 

残念ながら、どの町に架かっている橋なのか、

今現在失念しまっている。最近、物忘れが酷いのは、

すべての原因はアルコールの妖精の悪戯なので、

お許し願いたい。

 

 

次回の更新は7月6日になります。

 

(店主YUZOO)

7月 3, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年6月30日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(13)

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         (写真:スズダリで遭遇した結婚式)

そして忽然と大きな町が目の前に出現し、

コブロフさんからウラジミールの町だと告げられる。

ガイドブックでは「黄金の環」を代表する場所として、

旅行者に人気の町。

 

ロシア語で「世界を征服せよ」と、

いささか物騒な名前だが、

町全体は中世の面影を残した穏やかな表情をしていて、

ロシアを代表する寺院や建物が点在している。

モスクワとは高速鉄道で結ばれていて、

この地域の中核都市の顔も持ち合わせている。

喧騒と歴史が交差している町でもある。

 

個人的には同じ「黄金の環」を代表する

もうひとつの顔、スズダリのほうが好みでなのだが。

スズダリには、幾多の玉ねぎ帽子の寺院が川面に佇み、

ゆらゆらと水面に揺れる様が美しく、

中心部では特産物であるハチミツ酒や土産物の露店が、

街路樹のしたに涼しげに並んでいる。

時の流れが凪いでいる町である。

 

誤解を承知のうえで喩えるならばウラジミールは京都で、

スズダリは鎌倉といった風情を漂わせている。

ツアーでも「黄金の環」を訪ねる企画がいくつもあるので、

もしロシアに行く際には、

私のふたつの町を見る眼が節穴か、

蜻蛉の眼か確かめてください。

たぶん虫食った節穴だと思うけれども。

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ウラジミールを過ぎてしまうと、

以前と同様の原野と白樺の林が続き、時おり、

季節柄ラベンダーの広大な

紫の絨毯が眼に飛び込んでくる。

富良野で目の当たりにしたのならば、

私も若い女性のような甲高い黄色い声をあげただろうが、

映画のエンドロールを眺めるように、

放心のまま頷くだけである。

 

広大なる原野、無限なる倦怠、

純白なる忘却、聖なる隠遁。

あたまのなかで様々な形容詞と名詞が結びついて、

この眼下の風景を言葉に表そうと試みるが、

どの表現も的を得ていないようで、無に帰してしまう。

 

ナポレオンやナチス帝国が、いかなる理由で、

この人間の生活を拒む大平原を手中に入れたいと

欲したのだろうと、不謹慎なことさえ考えてしまう。

 

 

※次回は7月3日に更新します。 

 

(店主YUZOO)

6月 30, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年6月27日 (月)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(12)

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いよいよ、セミョーノフへ出発である。

セミョーノフは天竺よりも遥か彼方にあり、

彼の地で開催される民族際は、民芸蒐集家が憧れる、

言わずと知れた桃源郷。

 

共にセミョーノフへの巡礼の旅にむかうのは、

コブロフ夫妻と愛娘のパリーナちゃん。

マトリョーシカ博物館の学芸員という

輝かしい経歴をもつナターシャ女史。

そしてチェリパシカ氏と私の日本人二人組。

 

コブロフさんの家からセミョーノフへは

直線で800kmぐらいあるのではなかろうか。

東京から岡山ぐらいの距離といったところである。

ロシアの地図で見ると、

消しゴム程度のほんの数センチに過ぎない。

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車は一路セミョーノフを目指し

ひたすら駆け抜けていくのだが、

窓から見える風景は、どこまでも続く原野と白樺の森、

ときおり小高い丘があって、鬱蒼とした森が現れる。

つまりは、寝ても覚めても、

たいして変わり映えのしない風景が永遠と続くのである。

 

しかし注意深く車窓を眺めていると、

森のなかに一軒だけある廃墟のような

家の煙突から煙が上っていたり、

見渡すかぎりの大平原のなかを

独り黙々と歩く老人がいたり、

詩的な想像を掻き立てられるような風景を

見つけることができる。

 

ロシア人は巡礼者や世捨て人に、

ある種の憧憬と畏敬が抱いているといわれるが、

これらの風景は、そのロシア的心情を、

習慣として具現化したということなのか。

とりとめのない思惑が現れては消え、消えては現れる。

 

たまに日本人憧れのダーチャ(別荘)の集落があると、

初めて海を見た少年のように無邪気な歓声をあげて、

ついつい無口になりがちな自分を奮い立たせてみる。

 

「ダーチャだよ!ダーチャ!」

 

チェリパシカ氏の反応は限りなく透明で

思考の半分は夢の世界に浸かり、

半分はガソリンスタンドで買った

ナッツを食べるのに使われている。

 

※次回、更新は6月30日です。

(店主YUZOO)

6月 27, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年4月12日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(11)

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そのあとスキューバーダイビングの愉しさについて

熱く語るうちにユーリーさんは、今度小笠原を再訪するときは、

みんなで一緒に行こうと言いだしはじめた。

小笠原は天国に一番近い島である。

穢れのない無垢の海である。

小笠原の伝道師として、

その想像を絶する美しさについて説いていく。

 

しかし言葉が熱気を帯びるものの、

私はその熱さがコブロフさんやチェリパシカ氏に

伝染しなければと祈るばかりだった。と言うもの、

私は金槌がおもりを背負っていると断言していいほど、

水泳は大の苦手なのである。

河童の遺伝子は流れていないのである。

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ふと作業場の隅に目をやると、試作のチェブラーシカが、

窯に入れられる前の状態で置いてある。

大きさは20cmほどで、ユーリーさんの筆ならではの

愛くるしさとユーモアに満ちている。

来年の買付の際には完成品を拝むことができるかと思うと、

大海で溺れている自分の姿も忘れ、少し気分も和んだ。

世界の海を潜るのを生涯の趣味とし、

仕事は遮二無に作品づくりに没頭する。

コブロフさんもそうなのだが、私が知り合うロシア人は、

仕事と遊びのバランスが絶妙で、気持ちの切り替えが上手く、

人生の楽しみ方を熟知している。

比較すると、私は仕事の比重が大きく、バランスが悪い。

残念ながらロシア人にはなれまい。

 

(店主YUZOO)

4月 12, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年3月15日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(10)

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ユーリーさんは小笠原以外にも、沖縄、アメリカ西海岸、

地中海を巡り、海中遊泳を楽しんでいるようで、

その時々の思い出の写真を見せてくれた。

各国の友人と並んで笑顔で写るユーリーさんがいて、

親交の篤さがしのばれ、自ら遊びに訪れたというより、

親善大使で呼ばれたという雰囲気さえ漂っている。

 

 

「(第6の耳が聞いた感じでは…)また小笠原に行きたいね。サンゴ礁も魚の群れも色鮮やかで何時間見ても飽きないよ。それに太平洋に沈む夕陽の美しさといったら!あれこそ、地上の楽園。至福の時というものだ」と言って目を細めた。

 

 

小笠原に行くには東京の日の出桟橋を出航して、

丸一日以上かかる。

それに毎日運航されているわけではない。

休暇をとってロシアから行くとなると、

小笠原に着くのに3日以上、滞在日を考慮すると、

最低2週間程度は必要となる。

 

ましてヴィザやバウチャーを申請しに、

片田舎のグジェリからモスクワに

何度か行く労力を考えるとなると、

よほどの情熱がなければ、小笠原に行こうとは思わない。

小笠原は地図上に存在するだけの

幻の島々と思ったほうが、諦めがつくというものである。

それに海のないグジェリで、どうやって

スキューバーダイビングの技術をマスターしたのだろう。

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そこには海で囲まれた国に住む人間にはわからない、

ロシア人特有の意志の強固さと、

海に対する計り知れない憧れがあるのではないか。

以前にコブロフさん夫妻が日本に来たときに、

葛西臨海公園から見える海やマグロが泳ぐ水族館に

歓喜の声を上げる姿が印象に残っているし、

ロシアの歴史も外洋に出るための

都市や港の建設が中心だったといえなくもない。

サンクトペテルブルグしかり、ウラジオストックしかり。

Photo


「小笠原ねぇ」ふと呟いてみた。

ふだんは気にも留めなかった場所に楽園があるといわれても、

日常に追われて目前にあるものしか

見えなくなっている私には、

ある種の気恥ずかしさと一抹の淋しさに包まれた。

まだ目にしたことのない光景に対して

憧憬を抱かなくなっている自分に対してである。

 

自分の陶芸作品を自慢するより、

小笠原の自然を熱く語るユーリーさんに嫉妬してしまった。

 

コブロフさんは

小笠原が東京都内という事実を信じられない様子で、

東京の面積はどれだけあるのだと訊いてくる。

どう説明してよいのかわからない私は、

船で行けるところすべてが東京だと答えていた。

 

 

※写真の猫は本文とは関係ありませんが、

 ロシアで出会った心優しき猫たちです。

 

(店主YUZO)

 

3月 15, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年3月11日 (金)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(9)

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「せっかくだから俺の工房を見に来ないか」

とユーリーさんが言いだした。

こういうお誘いの場合、飲み会の鉄則同様に、

迷った時は行くが基本なので、

肩を組むようにして先を歩く

ユーリーさんとコブロフさんの後を、

日本人の二人がついていく。

 

工房は二階建てバスのような巨大な窯が

いくつも並ぶ先にあり、

近未来都市に迷い込んだ気分になる。

ユーリーさんの工房は、本人には悪いけれども、

想像では、ウォッカの瓶が転がり、

壁や机は塗料で黒ずんでいる光景だったのだが、

きれいに整理されていて、

一人暮らしの女子大生の部屋のよう。

(入ったことはないけれども)

 

水着姿の女優のポスターが大きく貼られ、

艶めかしい目線でこちらを見ているのが、

少し気になる程度で、ユーリーさんの人気作品、

チェブラーシカやムーミン一家が愛らしく机にならんでいる。

 

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「オガサワラヲシッテイマスカ?」

 

ユーリーさんが笑顔で訊いてきた。

オガサワラ?

私が知っているかぎり、ロシア雑貨を扱っている店で、

そんな名前はないし、知合いもいない。

思い浮かんだのは、日本ハム、巨人、

中日で活躍した左の強打者だけである。

 

もちろん私は知っているけれども、

小笠原選手は私のことなど知っているわけがない。

グジェリの名工ともなると、

日本のプロ野球事情にも精通しているのか。

広いロシア、様々なことに興味を持つ人いるものだと、

ひとり納得。

 

ただ残念なことに、野球というロシア語がわからない。

私はバットを振る真似をして「オガサワラ?」

とユーリーさんに返してみた。

ユーリーさんは怪訝そうに首を振り、

軽やかに両手を上下に振ってみせる。

 

私の真似が下手だから通じないのだと思い、

小笠原選手のようにフルスイングして、

遥かか彼方にあるライトスタンドを眺めてみた。

しかしユーリーさんは同じく首を振り、両手で上下に振る。

もう一度バット。首を振って手を上下。またまたバット。

首振り、手の上下。

 

そんな若手漫才師風のやりとりを星の数ほどした末に、

ユーリーさんはふと思いついたのか、

女優のポスターの下に置いてあった地図を手に取った。

その地図には小笠原諸島が載っていた。ということは、

ユーリーさんの手の上下は足ヒレをイメージしていて、

スキューバーダイビングを表現していたのだ。

 

二人ともゼスチャーゲーム失格である。

 

(店主YUZOO)

 

 

3月 11, 2016 海外仕入れ | | コメント (3)

2015年9月 2日 (水)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(8)

 

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ユーリーさんが私たちに会いたがっている?

私の貧相な語学力が幸いして、言葉の意味が呑み込めない。

私は一度もユーリーさんに会ったことはないし、

噂では気難しい性格と伝え聞いている。

そんな人間が極東の島国からのこのことやってきた

私たちに会いたいという理由は何なのだろう。

 

しかも福与かさんは、いつユーリーさんに連絡したのか、

そんな気配は微塵も感じられず、

どのように伝えたのか謎も残る。

日本ならば新手のキャッチセールかと

身構えるところであるが、

ここはロシアの片田舎。奥の部屋に連れてかれて、

大きな壷を買わされることもないだろう。

 

数分すると、ユーリーさんが作業着姿で現れた。

想像していたよりも年配の方で、

芸術家や職人にありがちな他人を寄せつけないオーラを

感じることはなく、

どちらかといえば町の小児科医のような親しみやすさがある。

私は日本から来たyuzooといいます。

お会いで嬉しいです的な挨拶を済ませると、

コブロフさんが記念写真を撮ろうとカメラを構えはじめる。

 

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こういう時のコブロフさんの大らかな社交性は、

従兄弟の私から見ても嫉妬してしまうほど、

自然体で羨ましい。

初対面の相手でも、数年来の友人のように接するので、

相手が何か言葉を探そうと気構える前に、

すぐに打ち解けてしまう。

 

今のはポーズが決まらなかった。

フラッシュが光らなかった。

もう少しユーリーさんの作品が写るようにと

修学旅行のようにおやぢ連中が大騒ぎして、

ようやく納得のワンショット。

完全にコブロフさんの掌のなかである。

 

(店主・YUZOO)

9月 2, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年8月12日 (水)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(7)

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ここは元国営工場ならではの古き良き質素な展示で、

B級品半額の広告とか、特価品が積み上がっていないのが、

潔くて気持ちいい。

カウンターにいるロシア的な福与かな女性も、

こちらをちらりと一瞥するだけで、

無理してでも買ってもらおうという姿勢がないのも潔い。

サービスが過剰になりつつある昨今、

自由に見て好きなものを選んでくれれば十分ですから

というスタンスは、日本のサービスが

スタンダードと思いがちなだけに新鮮に映る。

 

その静寂に包まれた買い物時間で見つけたのが、

ユーリーさんのチェブラーシカのセット。

お手ごろ価格が信条のグジェリにしては、

かなり高額な逸品なのだが、

チェブラーシカに登場するキャラクターが全部で8体。

陶器のつくりもユーモラスで絵も丁寧に描かれていて、

一度だけ買付したときは、

その存在を知っていたディープなチェブラーシカファンが、

待っていましたと言わんばかりに、

買い求めたマニア垂涎ものの逸品なのである。

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悩んだときは買うというのが、買付人の鉄則。

福与かな女性に頼んで、

お店にあるユーリーさんの作品を

すべて見せてもらうように頼んだ。

もちろん福与かさんは、眉を八の字にすることも、

口をへの字曲げることもなく、

淡々とガラスケースの上に並べ始める。あくまでも潔い。

チェブラーシカ以外にも、ムーミン一家、おおきなかぶ、

三匹のくま、ライカ犬、

マーク・ボラン(ギターのところにTレックスの文字があり)

……。

 

寡作な作家とはきいていたが、

これだけ様々な作品が並べられると、

買付人としては何を買ってよいのか判断に迷うところである。

鉄則どおりにすべて購入となると、

セミョーノフに到着する前に、

所持金が消えていくのは間違いなし。

財布の中身と相談というより、

財布と家族会議をしなければならない金額になるはずである。

どうにもこうにも打ち手なしだねと、市場につれていかれる

子牛のような眼でチェリパシカ氏と見つめあってしまう。

 

すると突然、福与かさんが

 

「ユーリーさんが、あなたたちに会いたがっているそうよ」

 

と告げられる。

 

(店主YUZOO)

 

8月 12, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年8月 5日 (水)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(6)

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さてグジェリの買付であるが、

自分なりのテーマを決めておかずに、

目を留めた可愛いもの、風変わりなものなどを

手当たり次第に買い求めると、とんでもないことになる。

 

というのも食器や置物だけでなく、グジェリには

陶器でつくれそうなものは何でもある。

時計、サモワール、ランプシェイド、シャンデリア……。

以前は電話機を見たことさえある。

また精巧につくられたものは避けないと、

苦難の末に日本に持ち帰ったとしても、

持ち帰ったのは砕け散った思い出だけになりかねない。

 

そこで今回は、動物の置物に狙いを定めた。

どんなにコブロフさんとチェリパシカ氏が

時計を勧めてきても、半額まで値引きしてくれても、

置時計だけは買わない。

絶対に買わない。

未だに砕け散った思い出が、

心のなかで時を刻んでいると思うと、

やり場のない悲哀と虚脱感に襲われるからである。

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コブロフさんは、あらかじめ数箇所、

グジェリで良い製品を販売しているところを選んでくれていて、

まずは元国営工場だった老舗ともいえるお店へ。

説明によると、この工場はグジェリでは一番古く、

多くの名工を輩出している町の顔役ともいえるところ。

グジェリ見学ツアーがあれば(まず存在しないと思うけど)

必ずや立ち寄るべき工場で、

グジェリ陶器の歴史と名品を展示する博物館を併設していて、

ここを訪れればグジェリについてのウンチクは

労せずして得ることができる。

 

今回は二度目の訪問となるので、博物館見学はパス。

早速、直売所の扉をくぐる。

 

※今回もグジェリには関係ない写真。

 最初の写真はネコの彫刻です。

 建物から落ちそうなわけではないので、ご安心を(笑)

 

(店主YUZOO)

 

8月 5, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年7月31日 (金)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(5)

 

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硬いシートにお尻が悲鳴をあげそうになった頃に、

グジェリ駅に到着。陶器で有名なこの町は、

ダビドボの近くにある。

 

今回、この駅で待ち合わせにしたのは、

ロシアにいるからには何でも買付してやろうという

商売人魂がそうさせたと言いたいところだが、

電車のダイヤの関係で、

程よい時間にダビドボに着く電車がなかっただけである。

 

グジェリ来るのは今回で3回目。

当然のことながらモスクワ市内で買付するより価格は安く、

知られていない作家作品を見つけることができるのが、

大きな魅力ではある。

あと運がよければ、製作現場を見ることもできる。

自然と心が躍るのも無理もない。

 

 

しかし駅は白樺林を切り拓いたような、

駅舎もなく荒涼としていて、

まっすぐに伸びた線路が唯一の人工物で、

活気もなければ生活もない。

『千と千尋の神隠し』の鉄道駅みたいな

殺伐した感じとでも言おうか。

 

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日本人的な感覚からすれば、

陶器で名を馳せた町となると、

益子焼や瀬戸焼、備前焼などを想像し、

駅前にはシンボルとなる巨大な焼き物が出迎えて、

土産物屋が立ち並び、無料送迎バスで中心部にいくと、

販売所と休憩所の呼び込みで市場のような活気に溢れ、

絵付け教室や陶芸教室も満員御礼の盛況で、売り手も

買い手も満面の笑みで包まれているのを想像するだろうが、

グジェリといえどもロシア。

駅前は土産物店どころか駅員すら見かけない。

もちろんゆるキャラの出迎えは遠い未来になりそうである。

雨でぬかるんだ道に足をとられないように注意しながら、

駐車場まで歩くだけである。

 

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「久しぶり。元気にしていました?

「すべては問題ないな。しかし俺の勘はすごいだろう。4両目に乗っているとぴったりと当てたのだから」

「コブロフさんには、神がそばにいるね。きっと。ところでこの辺りは雨が降ったのですか?

「明け方にすごく降ったよ。雷も鳴っていたし。ただロシアではよくあることさ」

 

ロシアの親戚コブロフさんと再会は、

感動の再会という雰囲気はなく、

毎年帰省する日本で暮らす従兄弟を迎えに来たという、

とても馴染んだもの。

 

コブロフさんはホームの4両目で出迎えたことにご満悦で、

今日は何か良いことが起きると興奮しきり。

この感じだと、

今晩のパーティが今から楽しみだと独りごちになっている。

コブロフさんが最近買ったばかりの韓国製の車に乗り込むと、

街道沿いの直営店へとむかった。

 

チェリパシカ氏はなぜ韓国車を選んだのだろうと、

エンジンを聞きながら厳冬期に耐えられるのかと、

心配性の性格を露わにしている。

わたしも今晩のパーティで予想外のことが

起こりそうな気がして不安になり始めたところだった。

 

 

今回もロシアで撮影した写真ですが、

本文とは関係ないです。トホホ

 

 

(店主YUZOO)

 

7月 31, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年7月24日 (金)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(4)

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乗客が減り田園風景のなかを電車が走るようになると、

物売りも顔を見せなくなり、車内は静寂に包まれる。

ロシアの短い夏を楽しむかのように、

木々は鮮やかな緑を放ち、草原はどこまでも続く

若草色の絨毯である。

 

たとえ車窓の景色から目を5分離したところで変化はなく、

静止画像のように緑のままである。

いつかシベリア鉄道で

ウラジオストックからモスクワまで旅することがあったら、

夏の原野を眺めながら、取るに足らないことを夢想し、

ゆっくりと行こうと思う。

 

冬の雪と氷に閉ざされた荒野を一週間も見せられては、

精神薄弱なわたしは耐えられず、昼から酒を飲んでは、

夢と現実のあいだを往き来することになりかねない。

大げさに言えば、

ロシアの列車旅はこの悠久なる時間と不変なる景色に、

いかにして向き合える精神を

持つかにかかっているのではないか。  

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シベリア鉄道が華やかな頃、

この鉄道でモスクワやヨーロッパを

目指した文士や芸術家がいたが、

多くの人々は、モスクワに着いてから、

パリに着いてからのことばかりを考えて、

この時間に飲み込まれないようにしていたにちがいない。

わずか一時間半ていどの電車であっても、

景色と時間に倦んでしまうのだから、ロマンチックに

時を忘れてシベリア鉄道の旅と洒落込むのは、

所詮わたしには不相応の絵空事なのだろう。

 

硬いシートにお尻が悲鳴をあげそうになった頃に、

グジェリ駅に到着。

陶器で有名なこの町は、ダビドボの近くにある。

今回、この駅で待ち合わせにしたのは、

ロシアにいるからには何でも買付してやろうという

商売人魂がそうさせたと言いたいところだが、

電車のダイヤの関係で、

程よい時間にダビドボに着く電車がなかっただけである。

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グジェリ来るのは今回で3回目。当然のことながら

モスクワ市内で買付するよりも価格は安く、

知られていない作家作品を見つけることができるのが、

大きな魅力ではある。

あと運がよければ、製作現場を見ることもできる。

自然と心が躍るのも無理もない。

 

※今回もロシアで撮影したものですが

 本文とは関係ないです。何だかねえ。

 

(店主YUZOO)

7月 24, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年7月19日 (日)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(3)

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電車がモスクワ郊外に出ると、様々な物売りが現れて、

日本のテキヤのような見事な口上で、歯ブラシや

三色ボールペン、毛玉取り器などを売りつけにかかる。

テキヤは男も女も、老いも若きもいて、

擦り切れた鞄からから百円ショップで

販売しているような駄物を、

言葉巧みにその効力や利便性を述べるのだが、

ロシア語が理解できないわたしでも、

興味深く聞いていられる。

 

ロシア語が詩のように韻を踏む特徴があるせいか、

とても音楽的に聞こえるからかもしれない。

このテキヤの口上は、点数でいくと音楽面60点、

演技面65点、風貌面70点で、総合点65点とか

テキヤ評論家になるのも一興で、

車窓にあまり変化がないゆえ時間潰しにはなる。

あと勝手にアフレコをするのも面白い。

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「おれの会社は先日倒産しちまってね。給料代わりにくれたのが、この歯ブラシさ。どうかしているよ、まったく。親愛なる紳士淑女のみなさん。そんな会社でも、この歯ブラシだけは大したもので、全ヨーロッパ歯ブラシ品評会で金賞を獲った優れものさ。なにしろ、毛の植えつけ方が、渦巻き状になっていて、しかもどの角度から歯を磨こうと、ちゃんと歯茎をマッサージするようにできている。おれはこの歯ブラシのおかげで、虫歯もなければ、歯茎から血がでたこともない。至って健康そのもの。

そんな優れものの歯ブラシが3本で、なんと100ルーブル!!

これはロシアが全世界に誇れる大発明ですぞ!!

理解していただけましたか。みなさん!!

あの薄らトンカチの息子が会社を引き継がなければ、この歯ブラシでロシアは世界から賞賛を受けることは、間違いなかったのだ!」

 

このなかで実際にわたしが理解できたロシア語は、

悲しいことに歯ブラシと3本で100ルーブルのみ。

それ以外はわたしのなかの6番目の耳が聞き取ったもの。

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販売していた中年男は、

額が禿げ上がってMの文字をかたどり、

肌の一部になったような薄汚れたシャツを着ていて、

生活苦が人生を水浸しにしてしまっている風貌。

その風貌とは裏腹に朗々ととおる声で、

歯ブラシの口上を朗々と語る様が、

田舎芝居のミュージカルを聞いているようで可笑しい。

 

ついつい小銭をポケットから出して買い求めたくなるのだが、

まわりを見回すと男がこの場所に存在していないかのように、

車窓を眺めたり、携帯電話を凝視したりしている。

 

男もこの道何十年のしたたかさが、

樫の老木のように根を張っていているのか、

乗客に買うそぶりがないと察知すると、

早々に次の車両へと移っていく。

未練など最初から持ち合わせていない。

 

※ロシアで撮影したものですが、

 今回も写真は本文とは関係ありません。

 

(店主YUZOO)

 

7月 19, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年7月14日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(2)

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セミョーノフまでの旅は、前日にコブロフさん

の住むダビドボまで向かうことから始まる。

モスクワとダビドボは100キロぐらい離れていて、

時間の節約を考えると、

モスクワ郊外に行くのは車を使わずに、

公共交通機関を使ったほうが合理的である。

 

 

モスクワ中心部は、

泣く子も泣き疲れて寝てしまうほどの慢性的な渋滞で、

それを避けるためには地下鉄を使って

鉄道駅もしくはバスターミナルに行き、

そこから中距離、長距離の乗り物に乗ったほうがいい。

 

そのほうが苛々した気分でモスクワ市内を眺めずに済み、

精神衛生上いいし、路面電車やトローリーバスのいったい

何処に向かっているのだろうと不安にかられることもない。

 

モスクワの地下鉄は、

ロシア語表記のみで旅行者につれない伴侶であるが、

路線図は色分けされているので、

何色の路線に乗れば良いかを頭のなかに入れておけば、

目的地につくことができる。

そして2、3分おきに来るので待ち時間にじれることもない。

ただロシア語がまったく読めないと逆方向に

乗車してしまう危険性があるが。

そう思うと、

今や何の躊躇もなく地下鉄を乗りこなすまでになったのだから、

この7年の畳の目を進んでいるカタツムリのような

成長をしている私のなかで、一番の進歩かもしれない。

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次に電車。モスクワのターミナル駅は

行き先ごとに異なっていて、東京駅のように、

とりあえずこの駅に着けば、東北でも関西でも九州でも

日本のあらゆる都市に行くことが可能という優しさはない。

駅名はベラルースカヤ、キエフスカヤという様に、

行き先の都市名になっているのが唯一の優しさなのだが、

地図上の位置関係が理解していないと、

全くちんぷんかんぷん。

キノコの分類学を聞いているような気分になる。

 

そして当然のことながら、

行き先もロシア語のみの表記なので、

どちらが目的地に向かうホームなのかを

判断しなければならないという難問も控えている。

幸いなことに、「○○行き」、「○○から」という表現は、

アルコールの河に流されることなく、

記憶の孤島に残っていたので、難なくクリア。

ロシア語の初歩を教えてくれたA先生に感謝である。

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電車は日本の規格とちがい広軌なので、

左右両側に3人ずつ座れるボックスシートでゆとりがある。

シートが硬いのが難点だが、

大きな小母様方がどっしりと腰を下ろしているのを見ると、

天然のクッションをお尻に備え付けているのだから、

そんなのは苦痛のひとつにも入らないのだろう。

 

不貞腐れたような面持ちで車窓を眺める様は

市井の哲学者のような貫禄があるし、

原色をつかった花柄の派手な服装は、

ハワイからの旅行者を思わせ、

小母様方を眺めているだけでも飽くことがない。

そして私たちと同じ東洋系の黄色い顔、

中央アジアの茶色い顔、北方の白く透明な顔と、

様々な血筋をひいた人が乗り込んでくるので、

ロシアが他民族国家だということに、

改めて気づかされることになる。

 

それゆえ私たちのことを好奇な目で品定めすることもない。

その点では妙な緊張感を強いられずにすむ。

 

(店主YUZOO)

 

7月 14, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2015年7月 9日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(1)

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パスポートを見返してみると、

ロシアに買付けに行くようになってから早や7年。

個人旅行を含めると、10回近く訪れているという

事実を知り、思わず愕然となる。

滞在日数を総計すれば3ヵ月あまり。

留学生ならば生活に支障がない程度に会話が

できるぐらいの日々が流れているのだが、

相変わらず聴く方は熊に耳を踏んづけられたまま、

話す方はやさぐれた九官鳥ていどの言葉数である。

 

この7年間、付け焼刃的に覚えては忘却し、

忘却しては反省し、継続は力なりと戒め、

またロシア語のイロハを覚え始めるの繰り返し。

日々の生活から変えなければ、

アルコールの河さえ渡らなければ、もっと先にある

豊穣な大地に辿り着けたのにと悔やむのである。

 

わたしには向上心というものが欠如している。

やれやれ。

2012_082

それでも歳月というのは深くて豊かな人間関係を、

すなわち友情を育むもので、

今年もコブロフさんの家族とナターシャさん、

それに日本から来たチェリパシカ氏と私の計6名で、

モスクワから500キロほど離れたセミョーノフ市で

開催される民族祭とマトリョーシカ工場へ

遊びに行くことになったのである。

 

コブロフさんの家族とはロシアに買付けに行った当初から

お世話になっていて、コブロフさんを通じて様々な

作家を紹介してもらい、私たちだけでは行けない

ロシアの深層部に連れて行ってもらったりした。

日本人が憧れるダーチャ(別荘)でひとときを過ごしたり、

バーニャ(サウナ)でロシア式健康法を

伝授してもらったのも、コブロフさんのおかげである。

 

 

「人生はお金を稼ぐために使うものではない。家族や友達と楽しく過ごすため使うものだ」

という理念のもとに生きているような人なので、

たとえ目的地が何千キロ離れていようと関係ない、

その旅程をみんなで楽しめば良いという考えが基本にある。

それなので私がパレフやマイダンに行きたい

と無理を言っても、嫌な顔をひとつせず、

旅程で必要な食べ物やお世話になる家への

お土産などたくさん買い込んで、

遠足前の小学生のようにウキウキと心躍らせている。

 

日本人が口にする

紋切り型のポジィテイヴ思考なんかでは測れない、

大陸の大らかさがコブロフさんには根っこにあるのだ。

わたしにとってはロシアに住む親戚といっても

差し支えないほどで、

ロシアの何に魅せられているのかと訊かれたら、

コブロフさんの人生観に

ロシアを感じるからだと言えるかもしれない。

   Dscn1399
今回、一人娘のパリーナちゃんも一緒に行くことになった。

文字通り眼に入れても痛くないほどの可愛さで、

はにかみながら「ハリネズミは日本語で何と言うの?

と訊いてくる。この旅行のマスコット的存在。

車で10時間という長旅を

微笑みに満ちたものにしてくれる。

ロシアの子どもは、青く澄んだ大きな瞳、

白磁のようなきめこまかな白い肌、

きらきらと光に輝く金髪で、

じっと座っていると西洋人形と見間違えるほどである。

 

しかしロシアという国は子どもの躾に厳しいので、

公共の場で泣いたり騒いだりする子どもを見たことはないし、

どの子どもも家の手伝いを率先して行う。

それはマトリョーシカ作家さんの家だけでなく、

買付けで行くおもちゃ問屋しかり、

デパートや地下鉄しかりである。

 

こんなに可愛いい子どもが、

日本の家庭に生まれてきたら溺愛されて、

箸の持ち方ひとつ教えることすらできずに

大人にしてしまうのではないかと、

つまらない想像を膨らませてしまう。

 

 

ナターシャさんはモスクワの博物館で働いている、

ロシアの美術や民芸品に精通している女性で、

ロシア語しか話さないのに、

なぜか私たちとも無理なく意思疎通ができる、

コブロフさん同様にロシア的な大らかさに満ちた人。

身体のサイズもロシア的な大らかさで溢れている。

セミプロの写真家の顔もあるようで、

カメラを片時も離すことなく、日に何百枚も撮影している。

今回の旅行の写真をデータにして

プレゼントしてくれたのだが、

3泊4日の旅にもかかわらず、

700枚以上の写真が収められていた。

その身体とエネルギーに、いつも圧倒される。

 

そしてすべての問題は

何となく解決することができるというのが信条の、

お気軽が取柄の私たちふたり。

セミョーノフまでの旅行は、たとえて言うならば、

お盆で帰省する親戚一同という雰囲気。

 

旅、始まる。

 

(店主YUZOO)

 

7月 9, 2015 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年10月11日 (金)

木の香店主の秘かな愉しみ

  

Photo_2

ロシア買付をしているがゆえ、

「自身のマトリョーシカ・コレクションは、

お店よりも凄いのでしょうね」と

憧れの眼差しでお客様に訊かれることがある。

 

だが実際のところ私のコレクションは20個にも満たない。

ほとんどが作家さんからのプレゼントか、

発送中に破損したものばかりである。

 

なにゆえ?

貴重な作家ものや新しいデザインのものに、

いち早く手を付けることに後ろめたさを感じるからである。

 

証券会社の社員が優良株を買い占めるようなもの、

銭湯の店主が一番風呂を愉しむようなこと

と同じに思えるからである。

 

それゆえ自分のためには一切求めず、旅の記念は何も残さず、

という断捨離的な生活を営んでいるかというと、

そこまで高貴な志は持ち合わせていない。

 

ソビエト時代の古い絵はがきや絵本、

図録などを、合間をみては買い漁っている。

とくにチェブラーシカ関連のものは、

時を経ることに増えている。

 

上記の写真は、そのコレクションの一部。

この絵はがきには、ちょっとしたエピソードがある。

ガラクタ市で、

ロシア的ふくよかなお婆ちゃんから買い求めたのが、

コレクションの始まり。

以降、このガラクタ市で、

そのお婆ちゃんに会うたびに買うようにしている。

 

というより、年に1,2回しか訪れない私のために、

チェブものを集めて取っておいてくれるのである。

しかも価格は全部合わせても喫茶店のモーニング程度。

 

そのときのお婆ちゃんの

「今回は、たくさん集めたでしょう!」

と少し自慢げな笑顔が、たまらなく素敵なのである。

 

1  

そして今回お婆ちゃんが見つけてくれたのは、

胸がキュンと締め付けられるぐらいの可愛らしいもの。

 

チェブラーシカの記念すべき映画第一話を描いた、

紙芝居風の絵はがきセットである。

  2

オレンジの箱に入った眠たげなチェブ、

シャパクリャクの投げたバナナの皮で転ぶゲーナ、

どれも穢れのないチェブラーシカの世界が広がっていて、

日々の生活で擦れ枯らしになった心を潤してくれる。

  

このひとときを得ることで、過酷なロシア買付の旅は、

一瞬にして癒しの旅へと変わるのである。

 

実に秘かな愉しみではある。

  

(店主YUZOO)

10月 11, 2013 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年5月21日 (火)

グジェリ工場訪問記(8)

  2012_042

チャーミングなお婆さんの懇切丁寧な説明が終わると、

次に絵付けをしている部屋に通される。

グジェリは一般的な生活雑貨の磁器が中心であって、

マイセンやウェッジウッドのような高級品には

目を向けていないと思っていたのだが、さもありなん。

ディナーからティータイムまでを網羅する

ディッシュセットや置時計も制作しているのである。

もっともそれらを絵付けする職人は限られているらしく、

狭い部屋にふたりだけ、黙々と作業に没頭している。

 

興味深いのはグジェリといえば

白地に青で絵付けするのが定理、

原則だと思ってばかりいたのだが、緑で絵付けされ、

効果的に金も施されている。

2012_044

今まで見てきたグジェリとは、まったく別物に見え、

思わずため息が漏れる。

昔、ノリタケの工場を訪問したとき同じ感動である。

最高級品を目指さないことには、それに伴って技術も

上がっていかないということの表れなのだろうか。

 

職人の眼には私たちは映っていないようである。

静寂の中に絵筆を走らす音だけがきこえる。

私の拙い語学力では、部屋の空気を乱すだけである。

早々に「高貴なる沈黙の部屋」をあとにした。

 

次に訪れたのは、巨大な窯が並び、

レールが敷かれた貨物操車場みたいな場所。

窯の高さは5m近くあり、何棟も連なっている様は、

たとえが悪いが火葬場を想起させる。

幾重にも器が積み上げられた、何トンもある台車を、

女性たちが力を合わせて窯の中へ誘導していく。

しかも積み上がった器が崩れてこないように注意深く。

  2012_052

たいへんな重労働である。

なぜか男性はひとりもいない。

「あなた、働きたいのならば、今すぐに働けるわよ」

と冗談とも本気ともつかぬことを言われたが、

一連の作業を見ている限り、

あながち嘘ではないようである。

 

夏場は窯の放射熱と、

なかなか沈まない太陽のおかけで40度近くなるそうで、

そのなかで仕事を続けることは、

気力、体力のほかに、忍耐と連帯が必要にちがいない。

誰かひとり欠けた分だけ、

その分ほかの誰かが重荷を背負うことになる。

  2012_056

腹痛だの、頭痛だの、

二日酔いなどの屁理屈は言っていられない。

「男手があれば楽なのにねぇ」と声を上げて笑いつつ、

コブロフさんとチェリパシカ氏をちらりと見る。

(なぜか私には視線は注がれない)

 

ロシアの母たちは重労働を毛嫌いするどころか、

むしろ楽しんでいるかのようである。

その屈託のない仕草に、ロシアの母たちの

大らかな忍耐を感じずにはいられなかった。

 

(店主YUZO)

5月 21, 2013 海外仕入れ | | コメント (1)

2013年4月22日 (月)

グジェリ工場訪問記(7)

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5月初めに「木の香」銀座に進出、

同時に千葉そごう店閉店と、

目まぐるしく変わろうとしている現実を前に、

この非常事態、オチオチとブログなど

書いてはいられないと、

勝手に断筆を宣言したのであるが、

しかし冷静に考えれば、こういう揺れ動くときこそ、

平常心と普段と変わらない行動が必要なのではと

思い直し、 再開した次第。 

 

地震、雷、火事、親父などの災害に

直面したときに求められるのは、

筋のとおった判断力と迅速な対応と、

幼少のころから口酸っぱく言われているではないか。

それに私が断筆したところで、

出版社の社員の誰ひとりとして路頭に迷うことはないし、

「木の香」のスタッフが悲観して辞表を出すことは、

まずあり得ない。

 

すべて明朗。

私の気持ちの持ちようだけなのである。

   

2012_037

というわけで 

2か月近く中断していたグジェリ工場訪問の続き。

 

陶磁器の最初の作業は、

石膏型に流し込むことからはじまる。

絵付けする素材がなくては、

息を呑むような美しい花柄も、水を運ぶ可憐な少女も、

カブを引き抜こうとするお爺さんも、

文字通り絵空事、空想のなかだけの名器となってしまう。

 

通されたのは、一切の色彩を排した白い部屋、

石膏型がごろごろと無造作に置かれている部屋、

作業場というよりは石膏型の墓場と

呼んでも失礼にならない、潤いのない部屋である。 

その印象に追い打ちをかけるのは、

田舎の公民館ぐらいの広さに、

独りお婆さんが切り盛りしているのを知ったからだ。

 

女社長に呼ばれて私たちのところに来たお婆さんは、

少女の面影を残したまま、

知らぬ間に年を重ねていたと思われる、

溌剌とした容姿の、はにかんだ笑顔がチャーミングな人。

石膏の砂漠に咲いた一輪の花と呼んでも、

少しも誇張にはならないと思われる。

 

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この仕事への誇りと情熱は、

若い頃からまったく衰退も、

マンネリもしていないらしく、

たぶん生まれて初めて見た日本人に対して、

実に丁寧に饒舌に説明してくれる。

自分の仕事の素晴らしさを、

多くの人に知ってもらいたいという

無垢な気持ちなのである。

 

「シトー・エータ?(これ何ですか?)」

としか訊くことができない、

言葉に貧しい相手にもかかわらず。

 

この部屋には300以上の石膏型があり、

パーツだけ数えると1000以上にも及ぶ。

その夥しい数の石膏型のすべてを把握し、

どうパーツを組み合わせれば、

どの作品の原型になるのかを熟知しているのである。

 

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無造作に置いてあるわけではない。

お婆さんの頭のなかでは、

合理的に収納されているのである。

 

「すごいね」と思わず言葉を漏らすと、

一瞬、誇らしげに微笑んだ顔が、またまた

チャーミングでこちらの顔が赤らんでしまうのだった。

4月 22, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月29日 (火)

グジェリ工場訪問記(6)

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ようやくグジェリ工場に到着。

グジェリにはソビエト時代の国営工場から

経営を引き継いだもの、

ソビエト崩壊後新たに工場を興したもの、

工芸学校で学び、

その後作家として生計をたてているものなど、

様々なかたちで陶器つくりに携わっており、

名前がとおった工場だけでも11あるという。

 

ただ日本の益子焼や瀬戸焼のように、

中心部に観光客を相手にした土産物センターがあって、

その周囲に工場や工房があるわけではないようだ。

砂埃舞う国道沿いだったり、

原野にぽつりと在ったり、

広いロシアの地に点在している。

  

 

それゆえコブロフさんがグジェリ駅の

次を指定したのもうなずける。

モスクワ近郊なのに、

日本パンフレットにグジェリが掲載していないのも、

その近くにあっても不便な場所ゆえであろう。

  

 

今回、連れて行ってくれたのは、かなり大規模な工場で、

コブロフさんと経営者は旧知の仲。

長身の物腰のやわらかい妙齢の女性経営者である。

  

 

コブロフさんが語るところによると、

もしくは私の語学力が許すかぎりの理解によると、

この工場、ソビエト時代の国営工場を

そのまま引き継いだ前経営者は、

商才に秀でてなかったようで、

すぐに経営難に陥り、前にも後ろにも進めなくなる。

絶望的な状況になか、今の経営者に変わると、

早々に当時の言葉で、ペレストロイカ的改革を旗印に、

ヨーロッパに販路をつくり、製造工程の効率化を徹底し、

見事にV字回復を成し遂げた。

  

 

日本だったら「ガイアの夜明け」に

取り上げられても不思議でない、

凄腕の経営者の顔を持っていたのである。

 2012_058

 

しかし目標のためならば冷徹な判断も辞さない雰囲気も、

眼光の鋭さもなく、至って謙虚。

身長が高いことをのぞけば、

何処にでもいるような普通の女性。

  

 

古今東西、普通を醸し出している女性こそ、

本当は奥行きがあって深いのである。

言葉悪く言えば得体が知れないというべきかもしれない。

普通ほど怖いものはないのである。

 

 

現に「コブロフさんこそ、日本で販売しているなんて、

凄いことじゃない」とやんわりと褒め返している。

  

 

女性から褒められて、木に登らない男性はいない。

コブロフさんの目尻は下がったままである。

数多いグジェリ工場のなかで

一番勢いがあると聞いていただけに、

謙虚という石像でつくられたこの女性に、

グジェリ焼の製作工程だけでなく、

経営についても学べそうである。

  

 

楽しみである。

  

 

(店主YUZO)

1月 29, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月17日 (木)

グジェリ工場訪問記(5)

2012_024ようやくグジェリの次の駅に到着。

イグナチェボという名の駅で、

300mはあるかと思われる長く伸びたホームに、

真ん中に雨風をしのぐ程度の屋根が少しあるだけで、

ほかには何も無い。

もちろん駅舎などない無人駅。

  

 

この無い無いづくしの寂寥とした土地で、

グジェリがつくられているのかと思うと、

本当に待ち合わせ場所なのかと不安になる。

しかし同じく降車した人々の姿は、

何処を見ても視界に入ることはない。

もしかして地底に暮らしているのか。

何ともキツネにつままれたような話である。

  

「本当に、ここでよいのかな」

チェリパシカ氏がぼそりと呟く。

「とにかくコブロフさんに連絡するより、仕方ないね」

 

 

素晴らしいことに、この荒涼した大地であっても、

携帯電話は圏外になることなく、

しっかりと通じ、3コール目ぐらいで、

いつもと変わらないコブロフさんの明るい声が。

  

 

「駅から教会が見えないかい」

「何も見えない。線路と草原、それに白樺の林が見えるだけ」

「そんなことない。おれはイグナチェボの教会から電話しているんだから」

「どんな教会?」

「とにかく、きれいで美しい教会だよ!!」

  

 

その後、東を見ろ、西を眺めろ、南を拝め、

北を注視しろといった指示の末、

はるか遠く彼方の丘に、教会らしき建物が見えた。

猟師でなければ教会と判別できないだろう

というほどの彼方にあった。

  

 

駅から丘へと通じる道は、舗装されているわけでもなく、

前日に降った雨でぬかるんだ道に、

足を取られないよう、薄氷を踏むように進んでいく。

この時点で、私の頭からグジェリ工場見学は消えている。

というよりも運動会の行進している小学生の気持ちである。

  

 

四苦八苦しながら教会に辿り着くと、

コブロフさんが感慨深げにたたずんでいる。

半年振りの再会である。

いつものように堅い握手をして

お互いが健康であることを確かめ合う。

  

 2012_025

しかし何故、このような人里離れた教会で待ち合わせなのか。

コブロフさんは再び昔を懐かしむように教会の塔を眺める。

  

 

「ここで結婚式を挙げたんだよ」

 

 

その言葉が、私たちにも感慨が伝染して、

じっくりと教会を見た。

  

ロシアの教会というと、

たまねぎ型の塔がそびえる

ウスペンスキー大聖堂的なもの思い浮かべてしまうが

このような素朴なものが地方に行くと至るところにある。

  

 

それら全てが人々の生活に密接した教会であり、

結婚式のみならず、死者を弔うのも、

子どもの洗礼など一手に仕切るのだろう。

  

そう思うとこの教会が、

ウスペンスキー大聖堂よりも荘厳に思え、

信心深い気持ちになるから不思議だ。

 

 

私はまわりに影響を受けやすい方である。

 

(つづく)

1月 17, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月15日 (火)

グジェリ工場訪問記(4)

2012_023   

ところが、である。

 

演芸は昼の部と夜の部の入替時間になったのか、

次の出し物は来なくなり、それどころか前の車両から、

懐中電灯屋が足早に戻り、つづいてボールペン屋、

水晶玉屋、ハンディーマッサージ屋と、

我先にと急ぐように、せかせかと駆け戻ってくる。

 

その姿を見ると、隣の座席で、悠長に世間話をしていた

買い物帰りのおばさんたちも、

幾千匹も苦虫をつぶした風貌をしたおじさんも、

せかせかと手荷物をまとめて、次の車両へ。

 

見渡せば、車内の至るところで、せかせかが伝染し、

席捲し、のんびりとした鉄道の旅を塗り替えていく。

次がターミナル駅で乗り換え時間が短いのか、

もしくは車両の一部で良からぬ事件が起こっているのか。

こちらは独り取り残された不安な気持ちに、

じんわりと苛まれていく。

 

せかせか。せかせか。

 

あの楽しき演芸の時間は何処へ消えてしまったのか。

そして、その理由がわかったのが3分後。

車掌が切符の検札に現れたのである。

もちろん車両に残っているのは、

しっかりと目的地までの切符を手にした人ばかり。

 

私たちのように勝手がわからない旅行者か、

人生の機微を知り尽くして老人しか残っていない。

車掌も、この世の不幸をすべて背負っているという

純ロシア的な表情で、ありがとうのひと言も、

良い旅をと洒落た文句もなく、黙々と切符に判を押す。

2012_022

駅に到着し車窓を見ると、物売り、物乞い、おじさん、

おばさん、痩せた者、太った者といった老若男女が、

検札を終えた車両を目指して、

我先にと駆け抜けていくのがみえた。

 

さながら中距離走のスタートラインの

位置取り合戦のようである。

先ほどの買い物おばさん連中も、

オリンピック標準記録並みの好タイムで走り抜けていく。

 

ちらりと車掌は外に目を向けるが憤りを

表に出すわけでもなく、

ドストエフスキーのごとく真一文字に口を閉ざしたまま。

いつになったら春は来るだろうか。

そう車掌に問いたい気分である。

 

しかしあれほどの乗客に無賃乗車をされて、

ロシア国鉄はやっていけるのだろうか。

車掌を見ていると、

終着駅に辿り着くことだけが私の目的であって、

金を取ることは本来の目的でないと、

背中で伝えているかのようである。

 

ロシアは知性では理解できない。

 

※写真のなかに無線乗車がいます。どの人かな?

(つづく)

1月 15, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月 9日 (水)

グジェリ工場訪問記(3)

  2012_085

また郊外に出た途端に、物売りが車内を賑わすのだが、

物売りといってもキオスクの販売員ではない。

極個人的販売員、移動式フリーマーケット

もしくは流れの行商人と呼ぶのが相応しい物売りで、

あとでわかるのだが、

誰もロシア国鉄の許可を得ていない人ばかり。

  

 

 

  

両手いっぱいに、旅行者用のナップザックに、

使い古した紙袋に、年季の入ったチャイナ袋に、

穴の開いたビニールにくるんで、

それぞれ自慢の一品を手にして車内に現れる。

  

 

  

最初にやって来たのが、三種の機能を備えたラジオ売り。

日本のディスカウントショップでは

980円程度で売っているレベルの、

ふうむと吐息を漏らすしかない商品を、

袋いっぱいに詰め込んだ中年の男。

  

 

  

男はこのラジオが勝負とみて

大量仕入れをしているのか、切羽詰まった眼差しと、

よく通る大きな声で朗々と口上を述べる。

私はロシア語が理解できないゆえ、

擦れ枯らしの感度だけが頼りの、

第六の耳で聞き取った内容を要約すると、こうである。

  

 

  

「本日、この車内に居合わせた皆様、

この偶然の出会いは、やがて喜びへと変わるでしょう。

  

 

私が手にしているのは、災害時に、

たいへんに役に立つラジオです。

皆様も経験があると思いますが、大雪で、停電で、

森林火災で、まったく外部からの情報が遮断され、

電気もなく、電話も通じず、

まったく孤立した状態になったことを。

とくに人里離れたダーチャで過ごしていた時に、

そのような災害にあったら、

まさに命取りになりかねません。

   

 

昨年の森林火災を思い出してください!

2年前の記録的な猛暑を忘れてはいないでしょう!

それに非常事態になっても、

我が国の政府や役人の動きはにぶく、

救急車は天国から使者よりも到着が遅く、

消防車は焼け跡の現場確認だけをして帰ることを。

  

 

そんな状況のなか、唯一助けとなるのがこのラジオです。

悲観することはありません。

まず停電時は懐中電灯になり、真っ暗になった部屋を、

食卓を、リビングを、煌々と照らしてくれます。

停電になっても、いつもと変わらない、

家族団欒のまま食事を楽しむことができるのです。

しかも長持ちする今注目のLED電球です。

  

次に注目していただきたいのは、このハンドル。

このように軽く回せば、簡単に発電が可能です。

使いたいときに電池が切れている、

もしくは買い置きがないといった経験は、

誰もがおありでしょう。そんなときでも大丈夫。

このハンドルを1分回すだけで、

ラジオを30分聴くことができます。

  

  

また、このラジオ。感度がものすごくいい。

シベリアの放送はもちろんのこと、

遠く極東ウラジオストック、

しいては海を越えて日本の放送までも、

しっかりと受信できる優れものです。

  

 

何しろ、このラジオの発売が決まるや否や、

軍の極秘放送局が、発信方式を根本から変えたぐらいです。

災害時の必需品、

このラジオが、本日乗り合わせたお客様に限り、

1000ルーブルの特別価格で、ご提供させていただきます」

  

 

とジャパネットタカダ並みの滑らかな舌で

口上を続けるのだが、誰も関心を示さないとわかると、

そそくさと次の車両に移ってしまう。

押し売りをすることはない。ニチェボー的な潔さ。

  

 Photo

ラジオ売りが去ると、

次の物売りが待ってましたとばかりに登場する。

消えるボールペン、ハンディーマッサージ機、

幸運を呼ぶ水晶玉(ガラス玉にしか見えないが)

手作りトートバック(これはお婆ちゃんの物売り)等々。

  

 

何も売るものがない者は、

自分の置かれた環境がどれだけ悲惨で、

辛いものかを感情の起伏豊かに話し、物乞いをする。

  

 

次から次へと話し手が現れて自慢の逸品を紹介する様は、

浅草演芸ホールのようであり、苦笑しつつも、

片時も眼を放すことができない。

さらに手品や曲芸があったら良いのに思ってしまうのは、

欲張りすぎか。

  

 

 

まだグジェリに着くには、時間はたっぷりとある。

演芸列車の出し物が途切れることはない。

  

 

(つづく)

1月 9, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月 7日 (月)

グジェリ工場訪問記(2)

  2012_005

筆不精な性格ゆえ、

なかなか進展しないロシア仕入れ話であるが、

ここは心機一転、新年に合わせて再開ということに。

先回はグジェリに行く列車に乗るまでで

終わっていたので、その続きから。

  

 

アントン君は大学の講義があるので、

ふたつ先の駅でお別れをし、

それ以後はチェリパシカ氏と私だけに。

とは言っても長距離の旅ではない。

東京から熱海に行くようなものである。

  

 

車内は日本の近郊列車と同じく

ボックスシートが中心になっているが、

座席は公園のベンチのような無愛想なつくりで、

その硬さに早くもうんざりさせられる。

窓ガラスもモスクワ特有の黄色い砂埃が、

前面に張り付いていて、車窓を楽しむというより、

ゼリーの中から景色を見ているような状態。

壁や座席の所々に描かれている落書きも

消されず放置されたまま。

  

目的地までは届けてあげるから、

それ以外のことでは文句を言うなといわんばかりである。

運賃が日本の4分の1ぐらいだけに、

車内設備やサービス向上には、

手が回らないと推測するのは、思い過ごしか。

  

 

ただ昭和40年代に走っていた電車のような

鉄板と板張りでつくられた無骨な車内は、

どこか懐かしい気分にさせてくれるのは事実である。

日本の鉄道が

機能と快適さを重視するデザインに代わって、

旅情というものが無くなったと

お嘆きのオールド乗り鉄の皆様、

これからはロシアの鉄道は注目株ですゾ。

   Photo

   

  

やがて列車はモスクワ市街地を抜け、田園風景へと移り、

白樺と針葉樹からなる森と

黄金色に彩りを変えた草原地帯が、

交互に車窓に映し出されるようになる。

どこまでも続く広大な大地を眺めていると、

漠然とした寂寥感に捉えられ、妙に落ち着かなくなる。

   

  

  

高層ビルに囲まれた都会に暮らし、

郊外に出ても東西南北いずれかに、

山々が連なっている景色が見える日本での生活が、

この360度、

何も視界を遮るものがない風景に慣れていないため、

不安にさせるのだろうか。

  

  

すでに私の意識や眼の記憶には、

島国根性がじんわりと染みついているのだろう。

やれやれ。

  

  

  

 

※車内および風景の写真を撮り忘れたため、

 タンク車とネットで見つけた写真でご勘弁を。

 

 

(つづく)

1月 7, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2012年11月26日 (月)

グジェリ工場訪問記(1)

019 

今日は買付け旅のメインというべきグジェリ工場訪問の話。

グジェリといえばロシアを代表する磁器であり、

白地に鮮やかなブルーで描かれた模様や絵は、

手書きならではのユーモラスな可愛さがあって日本でも人気。

リーズナブルな価格のせいか、ロシアでも愛用されている

いわばロシア版瀬戸物という存在。

 

前回、コブロフさんに

「次にロシアに来た時、行きたい場所があったら連れて行くよ」

と言われていたので、メールでグジェリ工場と伝えておいた。

マトリョーシカだけがロシアの工芸品ではない。

それに工場見学好きの私にとって陶器工場は、

空を飛ぶクジラのように魅力に満ち溢れている場所。

 

グジェリはモスクワから鉄道で40分程度の場所。

それなのに、何故かコブロフさんとの待ち合わせは次の駅。

(その理由は後で知ることになるのだが)

グジェリ方面はカザンスキー駅が始発で、

息子アントン君が大学に行く前に迎えに来てくれるのこと。

アントン君といえば旧版『地球の歩き方』に

コブロフさんと写真に納まっていた10才の少年。

もう大学に通っているのだから、

月日が経つのは光陰矢の如しよりも早い。

 

さてロシア鉄道について簡単に説明すると、

東京駅のように一箇所のターミナル駅から東西南北に

拡がっていくのではなく、行きたい場所、方向によって、

それぞれ発着駅が異なる。

たとえばセルギエフ・パッサードに行くにはヤロスラーブリ駅、

サンクトペテルブルクへはレニングラード駅という具合に、

駅名が行き先を示している。

その法則に従いモスクワ市内に9のターミナル駅があるのだ。

 

ちなみにヤロスラーブリ駅はシベリア鉄道の終着駅でもある。

もし帰りの旅費がなくなった場合は、線路沿いにひたすら歩けば

ウラジオストックまでは行ける。

あくまでも理論上は。

 

小さい頃、ローカル線の乗り鉄だった私は、

ロシアの鈍行に乗車できるというので、やや興奮気味。

ディーゼル車なのか、電車ならば釣りかけ式モーターなのか

と思いを膨らませている。

無事アントン君とも巡り会えて、いざ出発と行きたいところだが、

折り返しが電車が遅れているのアナウンス。

掲示板の発車時刻は0:00時と表示されたままである。

カザンスキー駅には日本の待合室のように、

雨風をしのげるようなガラス張りの部屋はなく、

肌寒い中ひたすら耐え忍び、列車の到着をじっと待つしかない。

忠犬ハチ公の心境。

 020

しかしアントン君はロシアの鉄道が時刻通りでないのは

心得ているようで、正統的ロシア的思考

「ニチェボー(仕方ないの意)」を決め込んでいる。

「あと30分もすれば着くでしょう」と予想なのか、慰めなのか

希望なのか、はたまた予言なのか、

アントン君は根拠のない展望の言葉を吐く。

 

すると、どうだろうか。

30分後に、列車が時間に遅れて誠に申し訳ないデスと

眉毛の下がった顔つきで入線してきたのである。

 

恐るべし、アントン君。君は預言者なのか?

(つづく)

 

(店主YUZO)

11月 26, 2012 海外仕入れ | | コメント (0)

2012年11月20日 (火)

ロシア語でテイクアウトは何という?

2012_014 

今日は先日話した簡易食堂の話の続き。

その店ではジャルコエ(豚肉とじゃがいもを煮たロシア版肉じゃが)か

ボルシチを注文し、それでも腹が満たされないようならば、

もう一品注文する。

上の写真が、腹が空いたときに注文する逸品。

交通事故の現場でもなければ、バイカル湖の地図でもない。

れっきとしたハムエッグである。

 

ロシアでは日本のようにヨードだのカルシウムだの

化学飼料をふんだんに与えていない。

またコストが嵩むためか自然にちかい飼料を与えているため、

日本の鶏卵のように限りなくオレンジに近いイエローではなく、

限りなくイエローに近いホワイトである。

おかげで卵を買うと、家まで運動会のスプーン競走のように

割れないように慎重に運ばなければならないし、

もちろん黄身がぽっこりと丘陵状に盛り上がることもない。

 

写真を目を凝らして見れば白身の砂漠にのなかに

薄く色付いている部分があるでしょう。

そこがさまよえるオアシス、黄身である。

これを一日の仕事を終えて、ビールのつまみにすると、

あんこうの肝を食している気分になるから不思議である。

2012_004

さて本題である。

ある日のこと、まだ腹が満たされないのか、

チェリパシカ氏が美人おかみのところに行き

ピロシキを何個か注文している。

この光景、大食漢のチェリパシカ氏ならではの見慣れた光景で、

驚くに値しないのだが、注文したあとに「С тобой」

と囁いているのを聞き逃さなかった。

 

そして、こともあろうことか美人おかみも満更でもない様子。

はにかむように微笑んでいる。

「С тобой」。

直訳すれば「あなたと共に」、「あなたと一緒」であり、

ロシアの音楽や映画でも、よく耳にする言葉である。

どんなシーンで使われるかと、野暮な説明はしない。

 

もしかして今晩は、野宿かバスルームで寝なければならないのか、

独りどぎまぎしている私をよそに、

にこにこと笑みを浮かべてチェリパシカ氏が戻ってくる。

パックに入ったピロシキを大事に抱えて。

 

「チェリちゃん、今晩誘ったの?」と興奮気味の私。

「何のこと?」

私の意に反してピロシキに心を奪われたままのチェリちゃん。

「だって、С тобойって、囁いていたじゃん!」

「えっ???С тобойって、ロシア語でテイクアウトの意味だよ」

「●ДЖ????f@z××」

 

その晩は、チェリパシカ氏の言うとおり、美人おかみが

ドアをノックすることもなく、実に平凡な一日となったのだが。

ただテイクアウトとあなたと共にが、同じ表現とは信じ難い。

もしかするとチェリパシカ氏は、手玉に取られて玉砕されたのを

ごまかすためのテレで言ったのか?

本当にテイクアウト(お持ち帰り)の意味なのか?

謎が謎を呼ぶばかりである。

 

だれかロシア語に精通している方、

すっきりとサルにでもわかる言葉で説明していただけだろうか。

もやもやして眠れぬ日々が、日本にもどった今も続いている。

(※上の写真で美人おかみを想像してね)

(店主YUZO)

11月 20, 2012 海外仕入れ | | コメント (3)

2012年11月 7日 (水)

行きつけの店の美人おかみ

2012_013  

今日はロシア料理の話。

よくお客様に「ビーフストロガノフを召し上がりました?」とか、

「キエフ風カツレツは想像より美味しかったわ」

と聞かれるのだが、実際のところ、

私がそれらを口にすることは、ほとんどない。

ゆえに満身の笑みで「それはよかったです」と応えるだけである。

 

もちろん今回の仕入れも同様。

ロシアのガイド本によると、ロシア料理店の目安として、

レストラン、カフェ、スタローヴァヤという順で格付けされている。

私たちが足蹴く通うのは、スタローヴァヤの以下のランク。

コンビニのフードコーナーのような格付けが不可能な店である。

 

モスクワの物価の高さは世界有数であり、

レストランでひととおり注文すると、

日本円にして一人当たり3000円は飛んでしまう。

このスープ一杯のお金で、あの作家のマトリョーシカが買えると

考えると、なかなかレストランの扉を開くことはできない。

 

断っておくが、

その気持ちはマトリョーシカに対する限りない愛情というより、

腹さえ満たせれば味は問わないという浅ましい考えによるものだが。

 2012_012

さて今回も通ったのは、ホテル近くのいつものコンビニのようなお店。

このお店でちょっとしたサプライズがあった。

 

前回の仕入れのとき、経営者と思われるオジサンが、

店を切り盛りしていて、気分次第で早く閉店したり、

ほとんどのメニューがつくれなかったりと、

実にロシア的な経営だったのだが、

資本主義の波についていけないのか、オジサンは去り、

中央アジア出身らしい目鼻立ちの整った妙齢の美人に

変わっていたのである。

 

それにともって、京成線立石駅のモツ煮込みのごとき

塩っぽく滋味深かったボルシチは、

豚肉がごろごろと入った新鮮スタミナスープに変わり、

毎日来ても飽きがこないほどメニューも増えた。

 

ちなみにロシアではスープは飲むといわず、

食べると表現するそうである。

そしてボルシチの味も店毎、家庭毎に異なり、

系統だって分類するのは不可能だと言われている。

 

私たちは目尻を下げながら、

ペレストロイカ的に劇的に変わったボルシチを食べながら、

横目で美人を盗み見するのが日課となった。

しかもこの美人、男心を虜にさせるのが、なかなか上手く、

私が「今日は誕生日だったんです」と呟くと、

気前よくビールをプレゼントしてくれるのである。

「おめでとう」と一言添えて、ニコリと微笑んで。

 

ああ、老兵は去るのみ。オジサン何処へ。

(店主YUZO)

11月 7, 2012 海外仕入れ | | コメント (0)

2012年10月15日 (月)

へたウマ姉さんと呼ばないで

   

   Photo

ヘタウマ姉さん。

作家に対して、そのような綽名をつけてしまうのは、

たいへん失礼なのだが、ついそう呼んでしまう人がいる。

 

最初その作品を見たとき、絵に繊細さはなく大雑把、

ニス塗りにもおおらかな性格が出ているものの

マトリョーシカに対して並々ならぬ愛情をもっているのが

第一印象。

しかも素材を買うお金がないのか、割れていたり、

底が抜けていたりと傷を負った健気なマトリョーシカばかり。

その愛情と健気さに心打たれて買い付けたのが5年前の話。

 

それを思うと着実に画力は進歩し、素材も良くなり、

独特のユーモアも芽生えて「木の香」でも人気を得つつある。

 

上から目線の発言になるが、

ヘタウマ姉さんの腕前が上達していくのが

我が子の成長のように嬉しいのである。

それだけに「マトリョーシカ」本でヘタウマ姉さんの代表作、

ハリネズミを紹介できたのは、

子供の成長をアルバムに収めたような親心的な気分であり、

本をプレゼントしたときに少女のように満面の笑みで

喜んでくれたのは、思い出の1頁となっている。

 

さてヘタウマ姉さんの新作。

最近の巷でのチェブラーシカ人気を当て込んでなのか、

5個型のチェブちゃん。

しかもよく見ると、最初は花束を抱えたバージョンでつくったものの、

途中から描くのがたいへんと痛感したのか、

早々にオレンジに変更している。

しかも全然似ていないのが、ヘタウマ姉さんならでは。

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「かなり可愛くできたでしょ?買って」とヘタウマ姉さん。

この笑顔に弱いんだよね。言われるままに10個を買付け。

チェブラーシカを包んでもらっているとき、

店の奥にいるのは私の娘なんですよと紹介してくれる。

すらりとした長身でしかも細身。涼しげな目元はモデルのよう。

 

「娘さんを題材にしてマトリョーシカをつくればいいのに」

とチェリパシカ氏が意味不明な言葉を発する。

なるほど日本人が想像するロシア美人の全てを兼ね備えている

美貌なので無理もない。

 

「ああ、連れて帰りたい」

とさらに意味不明な言葉を続けるチェリパシカ氏。

ヘタウマ姉さんは自慢の娘らしく、一緒になってニコニコしている。

当の娘さんは、目尻の下がった日本人のオヤジ二人組に、

困惑して、ひきつったような愛想笑いをしている。

若い娘さんを見ると、このような脂ぎった顔つきになるのは

万国、津々浦々、オヤジの本能だから仕方ないのだよ。娘さん。

 1_2

 

そして帰り際に、通称「着物をきた熊」という作品を

私にプレゼントしてくれた。

さすがヘタウマ姉さんならではの逸品。

断っておくが、これは柔道着ではない。着物である。

 

また宝物が増えた。

(店主YUZO)

 

                                                                                                                                            

10月 15, 2012 海外仕入れ | | コメント (1)

2012年9月28日 (金)

スミルノフさんの遺作

Photo_7   

いよいよ、ロシア買付けの初日。

気温は13度と幾分か肌寒いが、初日というと

いつも気分が昂揚する。

新しい作家との出会いがあるか、

クリスマスもので目新しいデザインが出ているか、

掘り出し物のバッチはあるかと、あれこれと頭を巡っているうちに、

朝食の時間さえ惜しく感じてしまう。

 

ああ、この気持ち。日常では味わえない感覚。

これだから何があろうと、買付けはやめられないのである。

 

まずはチェリパシカ氏と通称チャイナバックを抱えて、

各作家さんの元へ、発注していたものをとりにいく。

ここ数年は年一回の買付けだからと、つい気持ちが昂ぶって

数多く頼んでしまうのだが、目の前にしたときに、

その量の多さと持ったときの重さに驚愕し、

海底の蟹のように後悔するのは、毎度のこと。

 

さしずめその量は不忍池に泳ぐアヒルのごとく、

その重さは上野動物園のオオアリクイのごとしである。

 

お客様の喜ぶ顔が見たいから頑張って買付けしていますと、

綺麗事を言うつもりはない。

瘤取り爺さんに出てくる強欲爺さんが、

あれもこれもと欲張るうちに、自分でも背負えないほどの

葛篭を選んでしまった心情に近い。

ちなみに、この日の買付けした量を測ってみると、

60kg以上あった。

マトリョーシカは愛情が篭っているだけに重い。

道理で、チェリパシカ氏も私も、

シェルパーのように無口になるわけである。

 Photo

Photo_3 

しかし今回の買付けでは大きな収穫があった。

昨年惜しくも亡くなったスミルノフさんの作品が見つかったのである。

それが上記の写真。

 

依頼していたI 君によると、奥様が7個ほど持っていたらしい。

この13個型のお腹の絵は、得意のロシア民話ではなく、

雪遊びしている村の風景になっている。

しかも一番小さなマトリョーシカまで細かく描かれた力作。

 

今までの作品とは微妙に筆のタッチが違うので、

もしかすると色付けは奥様が行ったのかもしれない。

晩年、細かい手作業がおぼつかなくなった

スミルノフさんを気遣い奥様が引き受けていたのか、

もしくは突然の他界後に、未完成の作品を

奥様が引き継いで完成させたのか。

 

細部まで、じっと作品を眺めるにつれ、胸が熱くなる。

 

この作品をつくっている間、

別れの時が静かに近づいていることの知らない二人は、

幸せに包まれながらマトリョーシカを描いていたのだろうか。

そう願わずにいられない。

 

買付けにも、物語はある。

(つづく)

(店主YUZO)

9月 28, 2012 海外仕入れ | | コメント (2)

2012年9月24日 (月)

シエレメチェボォとドモジェドヴォ

Photo_3

   

ホーチミン-モスクワの飛行時間は約10時間。

東京-モスクワ間とほぼ同じである。

この10時間というのが厄介者で、以前ならば読書で

やり過ごすことができたのだが、今は薄暗い読書灯の下では、

眼がしょぼしょぼしてしまい活字が滲んでしまう。もしくは踊りだす。

ゆえに惰眠を貪るか、

他愛のない空想で時間を潰すしかないのである。

 

「マトリョーシカ博物館を日本に建てるならば何処?」

「最後に残ったニホンカワウソは、何を思って暮らしていたのだろう」

「『子』という漢字をバランスよく書くのは、『薔薇』を覚えるより難しいかも」

 

そんな空想を200ぐらい重ねているうちに、機内放送が流れ、

あと30分ほどでドモジェドヴォ空港に着くという。

 

ベトナム航空の印象を簡単に記すと、

座席が段ボール箱のように狭い、食事はまあまあ、

ビールはツボルクかスーパードライ

(寝付け薬と称して4本飲んだが眠れず)、

スチュワーデスは少し不機嫌そうだけど、てきぱきと働いている

という感じ。

ロシア人は座席の狭さに辟易としていたようで、

消灯した機内を冬眠前の熊のように、うろうろと歩き回っていた。

 

到着。

初めてのドモジェドボォ空港。

 

モスクワにはシェレメチェヴォとここのふたつの国際線の空港があり、

チェリパシカ氏によると、ドモジェドボォは

入国手続も簡単で手際よく、ストレスをまったく感じないという。

 

思い返せば、シェレメチェヴォ空港では良い想い出がない。

入国に最長6時間待たされたり、賄賂を求められたり、

書類の不備で翌日まで拘束されたり、

記憶が蘇えるだけで、

どっと疲れがでるような苦いものばかりである。

そのおかけで、無意識のうちに、モスクワ市内に着くまで、

飛行機10時間、入国手続2時間、移動に3時間と

計算を立ててしまっている。

 

さてドモジェドボォは?

まず入国手続。通常、入出国カードを機内で書くのだが、

このカード、しょぼくなった擦れ枯らしの眼には、

米粒に仏画を描くようなもので、細書きのペンを用意して、

邪念を捨てて一気に書き上げなければならない代物。

しかも滞在中は、その半券を常に携帯していなければならず、

紛失すれば面倒な問題が降りかかってくる、たいへん貴重なもの。

 

ドモジェドボォでは、パスポートを渡すだけで、

必要事項を入力して印刷してくれる。

画期的なサービス!!もしくは革命的前進!!

 

そして荷物が出てくるのも早いので、30分ほどで何事もなく入国。

早々に空港とモスクワ市内を結ぶ「アエロエクスプレス」の乗車。

 Photo_4 

(ノンストップで空港とモスクワ市内を結ぶアエロエクスプレス)

 

余談ですが、これからモスクワへ旅行を計画をしている方、

どちらの空港を使用している航空会社かもチェックしてくださいね。

シェレメチェポォ空港であっても、

アエロフロートならばストレスなく入国できます。

それ以外は私の経験からは「やれやれ」もしくは「あれあれ」です。

ちなみにJALはドモジェドボォです。

(つづく)

 

(店主YUZO)

9月 24, 2012 海外仕入れ | | コメント (0)

2012年9月20日 (木)

まずはベトナム

Photo_5 まずはベトナム。ホーチミン市。

経由地とはいえ初めて訪れる国である。

ベトナムに関する知識といえば、40年程前アメリカと戦争があり、

ホーチミン市はサイゴン市と呼ばれていた程度のものしか

持ち合わせていない。

あとはフォーという米の麺を食べ、アオザイという女性の美しさを

さりげなく演出する民族衣装があるとか。

 

たぶん東南アジアの白地図を目の前にして、

それぞれの国名と首都を書き入れなさいという問題が出されたら

タイ、ベトナム、ミャンマーが混同してしまうぐらい、

本当にその程度の知識である。

後にも先にもない。

 

通常モスクワ直行便の45%OFFの激安チケットだけに、

ホーチミン市に着いたのは、夜中の11時。

少ない街灯は雨で濡れた路面を照らし、

時々、オートバイが申し訳なさそうに通り過ぎていくだけ。

そして東南アジア特有のミストサウナのような蒸し暑さ。

Tシャツ一枚で生きていける国である。

混沌とした街並み。ジャングルにも似た閑散。

動かぬ蒸した空気。脂に満ちたねっとりした臭い。

それがベトナムの第一印象である。

2012                      (朝食のフォー。鳥の出汁がきいて美味い!)            

 

そして朝。ところが朝。

空港に戻らねばと眠い目をこすりホテルの前に出ると、

オートバイの、オートバイによる、オートバイのための道と化している。

国民全員参加のオートレースが開催されているような、

インダス河の流れを眺めているような、夥しい数のオートバイがある。

蟻の群れである。

 

ホテル前を出発したタクシーは、明らかに空港とは逆方向。

どこかの交差点でUターンしなければならないのであるが、

蟻の群れは象をも倒すと言われているがごとく、

車窓寸前のところを、二人乗り、三人乗り、四人乗り、

果物を積み上げたもの、片手は自転車のハンドルを握っているもの、

人間が考えつく限りのオートバイの乗り方すべてが、

幾重にもなって通り過ぎていく。

 

昨夜私が見たホーチミン市は幻想である。

もしくは暑さによる幻覚である。

 

「はたして空港に着けるのだろうか」と思わず溜息を漏らすと、

タクシーはそれを嘲笑うかのように、

先の交差点で意図も簡単にUターンしたのである。

もちろん一台のオートバイも巻き込むことなく、

車体を擦られるこもなく。

 

「×△дё■・・・・?」

私がその鮮やかな運転に感心していると、

今回も寝起きを共にするチェリパシカ氏が

「帰りはベトナムに20時間滞在しなければならないよ」

と不適な笑みを浮かべている。

 

モスクワの買付で疲労困憊した後、ベトナムの雑多なエネルギー。

今回は、トライアロン級の限界に挑戦する旅になりそうである。

(つづく)

  

(店主YUZO)

 

9月 20, 2012 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年11月 6日 (日)

ぬいぐるみチェブラーシカ考

今や日本でも大人気のチェブラーシカですが、

ぬいぐるみも生まれ故郷のロシアのものが

欲しいのが人情というもの。

 

日本で企画されているチェブラーシカは、

可愛くつくり過ぎていて、

イマイチ馴染めないという声も聞きます。

 

そこでロシアで企画されている

チェブラーシカのぬいぐるみを一挙紹介します。

主なメーカーは3社。

それぞれ表情が微妙にちがうのが

ツウにはたまらないところです。

 

ではでは、早速紹介いたします。

Photo_24  

■マルチプルチ社のチェブラーシカ

こちらはモスクワでよく見かけるぬいぐるみです。

手を押すとロシア語で話しかけてくれるのが、

何とも意地らしいチェブです。

このメーカーは茶色だけでなく、赤や黄色、水色などを

制作しています。

 

オリンピックのマスコットでもあるチェブは、

トリノは白、バンクーバーは水色と

大会によって色が変わっています。

カラーバリエーションで集めたいのならば、

お勧めのメーカーといえます。

次のオリンピックは、ロシアのソチ。

どんな色のチェブが出てくるのか楽しみです。

Photo_25 

■レイワードトーイ社のチェブラーシカ

こちらもモスクワでは、よく見かけるぬいぐるみです。

このメーカーは、コック、探検家、ピエロといった

衣装をもとっているのが特長です。

コスプレしたチェブに萌えたい方にお勧めです。

もちろん手を押したらロシア語で話しかけてくれます。

 

おもちゃ問屋にカタログを見せてもらったのですが、

スリッパや枕などの日用品に扮したチェブもあるので、

部屋のなかをチェブ色に染めたい方には、

注目のメーカーかもしれません。

Photo_26  

■ファンシーのチェブラーシカ

モスクワでは、あまり見かけないメーカーです。

こちらのチェ・ゲバラに扮したのは限定生産なのか、

まだ一度しか巡り合ったことがありません。

顔が布地なのが特長で、ロシア語も話もしませんが、

個人的には素朴な感じが

映画に近い雰囲気がして好きです。

 

そんなレアなメーカーですが、

なぜかシェレメチボ空港の売店に並んでいました。

ロシアに遊びに行った際は、

チェブちゃんを買うお金だけは残したほうがいいですよ(笑)

 

以上が、チェブラーシカぬいぐるみ情報です。

今度の仕入れでは、スリッパを仕入れようと、

目論んでいるYUZOからの報告でした。

(店主YUZO)

 

11月 6, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年11月 4日 (金)

恋するハチミツ市

Photo  

モスクワの友人がハチミツ市に行きたいというので、

チェリパシカ氏と一緒にお供をした。

酒呑みの私にとって甘い物への興味は

AKB48のメンバーの顔と名前を覚えるぐらい興味が薄いのたが、

友人はマトリョーシカとロシアをこよなく愛する、

うら若き乙女。

乙女の願いとあれば叶えなければいけない。

Photo_2

以前、誰かのブログで読んだのだが、

ロシアのハチミツ市は秋から冬にかけて各地で開催されて、

その味を知ってしまうと、

日本で食べているハチミツが水飴やら添加物やら混ざった

加工されすぎた甘味料に過ぎないと書いてあった。

実はそれが脳裏にあって、乙女の願いを叶えると共に、

この擦れ枯らしの舌で本物のハチミツを確かめようという

気持ちもあったのだが。

 

私たちの行ったのは、

宿泊しているホテル近くで開催していたハチミツ市。

10店舗程度がテントを張って売っている

小さな市場だったが、それでもたくさんの人で賑わっている。

 

それぞれの養蜂家が自慢のハチミツを並べていて、

その中で気になるハチミツをマドラーでひと掬いして試食し、

好みの味であれば買うという方式。

ロシアの市場らしく売り子が大声で客引きをするわけでなく、

自分の店の前でお客が足を止めると、

重たい口を開いて自分のハチミツ説明をする。

私たちは一店舗ずつハチミツの色や花の名前を吟味しながら、

ついでに試食しながら何度も市場を往復して楽しんだ。

Photo_3 

私が驚いたのは、ハチミツは花によってまったく味が違うこと。

まったりとバターのような濃厚なものもあれば、

ミントのようにすっと鼻がとおるクールなものもある。

複雑にして雑味なし。

甘さの表現は、こんなにもバラエティに富んでいるのかと

酒でくたびれてしまった舌が納得している。

自然が紡ぎ出した味は人智を駆使しても

到達できないと断言してしまう深みである。

 

何を買うか迷っていると、乙女である友人は

「これからの風邪予防にはプロポリスのハチミツがいいわよ」

というアドバイスしてくれたので、

私とチェリパシカ氏は自分へのご褒美として

ひとつづつ買った。

乙女は美と健康について詳しくてなくては、

真の乙女になれないのだと納得した次第である。

 

私たちの買ったプロポリスのハチミツは、

純度が高いせいか、練った水飴のように大きく糸をひき、

養蜂家のおじさんは手際よく糸切りをしてカップに納めていく。

その手馴れた手つきを見ているだけで、

このハチミツの味の濃厚さを想像させる。

 

甘い物に興味がない私でも、

ロシアのハチミツには心を許してもいいと感じた日だった。

この日はロシアのハチミツに恋をした記念日でもある。

(店主YUZO)

11月 4, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年11月 2日 (水)

欧米系外食産業の波

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今までロシアのファーストフード店を紹介したけれども、

モスクワにも大手外食産業の波が、例外なく押し寄せている。

市場経済の名のもとに、モスクワのあちらこちらに

徹底したコスト管理とマニュアル化したサービスを旗印に、

店舗を驚異的に増やしている。

 

かつてマルクスが「共産党宣言」の冒頭で、

ヨーロッパを共産主義という名の怪物が徘徊している

と書いたけれども、現在は

モスクワをマクドナルドという名の怪物が徘徊していると

書くのが正しい感じである。

 

上記の写真は、昨年まで不味い日本レストランがあった場所。

なんちゃって日本料理の店だっただけに、

不味かったけれども憎めない店であった。

 

たとえば焼きそばを頼むと、

蕎麦に醤油をかけて鉄板で焼いたもの出てきたり、

雑炊を頼むと、

まったくお米は入っていない不思議なスープが出てくる。

 

まあ、そんな店だから経営も困難だったのだろう。

今年からサブウェイに取って代わってしまった。

 

しかし私がモスクワに行くようになったわずか五年の間に、

どんどん街の景色が変わっていくのを見るは、

何とも物悲しい。

市場経済の荒波をかぶって詩情豊かだった街並みが、

みるみるうちに本来の顔を失って、

どこの街も似たような顔つきになってしまっている状況と、

同じ末路を辿るのかと思うと、やり場のない憤りさえ感じる。

 

日本の地方都市が○○銀座と名乗っていた頃は、

また愛嬌があった。

今は大手外食産業や大手スーパーが

経済的に利益を見込めないと判断した街は、

人々の流出も拍車をかけて、

シャッター商店街に変わってしまった。

また利益が見込めると判断された街は、

どこも同じような街の顔にされてしまっている。

 

そんな日本の街並みをいろいろと見てきた者として、

モスクワの街も大手チェーン店に蹂躙された挙句、

精気を失った街にならないかと、

変わりゆくのが心配で

夜な夜な枕を涙で濡らしている次第である(嘘)

 

さてここからが問題。

下記が大手ファーストフードチェーン店の看板ですが、

すべてキリル文字で書かれています。

それぞれの店名を当ててください。

答えは巻末にあります。

簡単なヒントもついていますよ。

Photo_10

①言わずと知れた超大型ハンバーガーチェーンです。

(難易度1)

Photo_7  

②このチェーン店は日本でもお洒落なカフェとして人気です。

(難易度2)

Photo_8Photo_9 

③看板の色は日本と同じです。

エルビス・プレスリーが好きだった食べ物を売っています。

(難易度3)

 

④日本では一度撤退しましたが、最近復活したようです。

(難易度4)

 

   

   

   

 

  

答え

①マクドナルド

②スターバックス・コーヒー

③ダンキン・ドーナツ

④ウェンディーズ

以上、いくつ正解したかな?

(店主YUZO)

11月 2, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月31日 (月)

テントカフェはサーカス小屋ではない

Photo

ロシアで安く食事を済ませたいと思ったら、

上記のようなテントなカフェがある。

ホテルの駐車場や空き地に忽然と現れて、

次の年に行ったら跡形もなく消えている

蜃気楼のようなカフェである。

 

ショーケースのなかにサラダや焼肉やじゃがいも料理が並んでいて、

無愛想な典型的なロシアの店員に、これと指を差して注文する。

ただサラダやじゃがいも類は量り売りで、

希望するグラムを告げなければならないために、

観光客の出入りは少ない。

 

いつも私は唯一知っている大きな単位である

「Сто(=100gの意味)」と告げると、

店員は、そんな量ではいいのかねという怪訝な顔をしながら、

面倒くさそうに量ってくれ、暖めなければならない料理は、

電子レンジで暖めてくれる。

 

生ビールやウォトカも飲めるのは、ロシアだから当然のこと。

なぜか生ビールを注ぐときだけは、細心の注意を払ってくれて、

ゆっくりとプラコップを傾けると、

泡との黄金比である8:2になるまで時間をかけてくれる。

 

その人格が変わったような仕事ぶりは、

驚きでもあり嬉しくもある。 

Photo_2

ではそのお味はというと、

お世辞にも美味しいとはいえない。

むしろ限りなく不味いという領域を侵犯している味である。

 

大食漢のチェリパシカ氏でさえ、

不機嫌そうに食べていて笑顔のひとつさえ見せてくれない。

人は不味いものを口にしたときに、

こんなにも無口になって、怒りの形相に変わるのかと、

再認識した次第である。

 

何がこれほど不味いのか?

写真の右下に写っているのは豚肉を焼いたものである。

靴底に見えるが、そうではない。

ただ靴底と並んでいたとしても、

味の違いはわからないかもしれない。

 

ただビールの味だけは優秀で、

地獄の底に差し込む一糸の光のようにさえ感じ、

ついつい注ぐ妙技を見たさのあまり何杯も頼んでしまう。

 

でもそんな世紀末的なカフェでもドラマはある。

 

一人で飲んでいた若い労働者が、私たちのところにきて

「おれは三菱の車に乗っているが、一度も故障したことがない。

こんな車をつくれるなんて、日本は素晴らしい国だ!」

と私たちが車の設計者であるかのように絶賛してきた。

すべての陽の光は自分に降り注いでいると

思っているぐらいにご陽気だ。

 

それほどお金は持ってそうに見えなかったので、

チェリパシカ氏は「ビールを奢ってもらいたいのでは?」

と私に耳打ちしてきたのだが、そのようには見えない。

実際にビールを飲むかときいても、

俺の分は自分で買うよと言って固辞する。

 

結局、1時間あまり、

三菱の車がどれだけの悪路にも悪天候にも耐え、

乗り心地も良いのだと延々と聞かされるはめに。

ひととおり愛車自慢が終わると、

彼はカジキマグロを仕留めた猟師のような

満足した面持ちで帰っていたのであった。

 

しかし私が

はっきりと理解できた単語は、MITSUBISIのみ。

それでも酒を真ん中に差し向かいで飲めば、

ロシアでは会話が成り立ってしまうのである。

 

酒は世界と人を強引に結びつける力がある。

少なくともロシアでは。

(店主YUZO)

10月 31, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月29日 (土)

ムームーはロシアの胃袋

Photo  

先回に引き続き、ロシアのファーストフード店の紹介。

「Му-Му」と 書いて「ムームー」と読むが、

ついついマイマイと読んでしまうのもご愛嬌。

まず店頭にある大きな牛の凛とした存在にまず度肝を抜かれる。

しかしこの牛は旅行ガイドで必ず取り上げられるせいか、

観光客と一緒に記念写真に収まってしまうほどの人気者。

 

そういう私も最初のロシア旅行の際、

この牛の前でピースサインをして写真を撮った

消し去りたい恥ずかしい過去がある。

 

店内には様々なメインディッシュ、飲み物、スープ、

小鉢、サラダ、デザート、アルコールなどが

並んでいて好きな物を選んでトレイに乗せていくビュッフェ方式。

とにかく料理の多さには圧倒される。

 

ロシア語が読めなくても目の前にあるものを選ぶだけだから、

適当にオーダーした後、どんな料理が出てくるのだろう

という海外ならではのスリルと不安感はない。

その安心感から旅行者も多く利用するのだろう。

ただサイズや量を聞かれる場合があるので、

多少の会話は必要となるが。

 

Photo_5

こちらは私が選んだ料理。

食器類がすべて牛模様なのもご愛嬌。

 

奥のさらに盛られている茶色いものは、お米ではなく蕎麦の実。

ロシアでは蕎麦を麺にして食べずに、茹でて食べる。

そのお味はというと、雑穀米から理性が無くなった味とでも言おうか、

漢字を度忘れした時のような

「口元まで出掛かっているのに!」と苛立ちを感じさせる味。

 

壷の中身は秋が旬の茸のスープ。

これはクリーミーなソースにきのこの風味が溶け込んでいて、

口にすると舞茸のような香りが、すうっと鼻先をくすぐる。

 

さすがスープと茸の国ロシア!

美味しいものを口にしたときの至福を十分に満喫できた。

Photo_6  

こちらはチェリパシカ氏の選んだ料理。

 

ニシンの塩焼きがどんと乗った皿を見るかぎり、

あと味噌汁と漬物があれば日本食と変わらない感じだが、

ここで注目してもらいたのは、コッペパンのような卵型のもの。

何を隠そう、これがピロシキである。

中にはそれぞれキャベツを茹でたもの、魚のすり身、肉など

様々な食材が入っていて、好みの食材をオーダーする。

 

日本では揚げパンのイメージが定着してしまっているが、

揚げたパンは中央アジア辺りで食べられているもので、

そのパンは街角にあるスタンド形式の店で

山積みして売っている。

 

一度それをチェリパシカ氏が買ってきたので、

少しだけ食べさせてもらったが、こってりと脂ぎっていて、

自分とは相性が悪く、高校のときの日本史の先生を彷彿させる

胃もたれする味だった。

 

「Му-Му」は、ついついあれもこれもと選んでしまうせいか、

気がつくとかなり予算がオーバーするのが悩みのタネ。

一人当たり2000~2500円になってしまうのだ。

 

マトリョーシカ何個分を食べてしまった?

やれやれ。

(店主YUZO)

10月 29, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月27日 (木)

趣味はじゃがいも?

0915  

モスクワ周辺を仕入れでまわっていると、一番問題になるのが食費。

モスクワの物価は東京と変わらないほど高い。

気の利いたレストランに入れば、

すぐに日本円にして一人当たり3000円飛んでしまうのである。

 

しかも貴重な仕入れの費用を腹を満たすことで散財してはいけない。

なるべく食費を抑えようと様々な対策を練らないと、

せっかく未知のマトリョーシカに出会えたのに資金が尽きていた

というような悲劇にもなりかねないのである。

 

そんな私たちの定番の店は「КАРТОЩКА」。

その名も、ジャガイモという名のロシアのファーストフード店である。

じゃがいもを抱えたおじさんがトレードマークで、

地下鉄の駅や繁華街には必ずと言っていいほどある

ロシアではもっともポピュラーなお店。

N0912   

店内は一般的なファーストフード店と同じで、

メニューの写真が掲げられたサインボードに価格が書いてあって、

ロシアらしい無愛想なお姉さんにオーダーをして支払いをするだけ。

 

その料理の中身はというと、

オーブンで焼かれたじゃがいもに大量のバターとチーズを混ぜて、

ペースト状態にしたあとに、好みの具をトッピングするだけという

いたってシンプルなもの。

 

オーブンで焼かれたじゃがいもは、ほくほくとして美味しく、

こってりとしたバターとチーズのおかげで1個食べるだけで、

十分に腹を満たしてくれる。

 

ロシアではじゃがいもは主食といっていいほどの食材なので、

かたちも大きく、味もしっかりとして、食べ飽きることはないし、

財布にも優しいので、ほぼ毎日食べていた。

仕入れの一週間で、チェリパシカ氏は10kg、私は8kgぐらい

じゃがいもを食べていたと思う。

Photo_2

上記の写真が、「КАРТОЩКА」での私たちの鉄板オーダー。

これで一人前700~800円程度。

財布とお腹に優しいことがわかっていただけると思う。

 

参考までにこの店がロシアらしいと感じたのは、

夕刻になると店内は若者でいっぱいになるのだが、

ビールやウォトカを頼んで、もしくは持ち込みをして、

ちょっとした飲み会をはじめる。

つまり日本で例えるならば、

マクドナルドでビールを飲むようなもの。

 

その光景に違和感を感じないのもロシアらしい。

(店主YUZO)

10月 27, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月25日 (火)

罪と罰とマトリョーシカと

Photo 

  

今日は仕入れの話。

この仕事を始めて5年ほど経ち、

何千というマトリョーシカを眼にすると、

心は擦れ枯らしの状態になって、

少しぐらい出来の良いマトリョーシカを見つけても、

なかなか心がときめかなくなる。

 

逆に完成度が低く、色合いもくすんだような

出来の悪いマトリョーシカを見つけると、思わずほくそ笑んで、

不憫な子供ほど可愛いというからと、

勝手に納得して買い求めてしまう自分がいる。

 

チェリパシカ氏も同様で、

二人とも世紀末的な作品を見つけては、

言葉もなくニヤニヤと笑ってしまい、じっと佇んで見てしまう。

本当に困ったものである。

 

86 

その擦れ枯らしのオヤジ二人が、

思わず初心に戻って素直に感動してしまったのが、

このイーゲル・リャボフさんの作品。

 

ウッドバーニングで下書きを行って

色付けはテンペラで仕上げる方法も独特ながら、

描かれている顔も独創的で、

見慣れたマトリョーシカにはない悲哀を帯びた表情に、

幾多の苦難を乗り越えた人生の機微さえ漂う。

 

そしてプラトークを花柄で飾ってみたり、

サラファンに派手な模様を入れたりはしない。

まるでドストエフスキーの小説に出てくるような、

貧しき農村の人々の暮らしを忠実に描いているのである。

 

第一印象は、

「このマトリョーシカ、雰囲気が重い」

  

しかし一度眼にしてしまうと、

どうしても脳裏から離れることができず、

リャボフさんの店の前を何度も行き来した末に、

大盤振る舞いで2体も仕入れてしまったのである。

(だいぶ値は張ったのだが・・・)

 

さてリャボフさん。

作品が醸し出す重苦しい雰囲気のような人柄かというと、

まったく正反対で、

私がロシア語を理解できないのもお構いなしに、

自身の作品に対する姿勢やコンセプトを

延々と熱く語り続ける。

(話好きというのは健全なロシア人の姿だから安心したよと。

チェリパシカ氏の感想)

 

その熱い語りを、私の第六の耳で理解したところによると、

「アンティークなマトリョーシカが持つ質感がたまらなく好きで、

その質感を出そうと色々と試行錯誤した結果、

今の技法を編み出したんだよ。

私の作品は、一般のマトリョーシカとして飾ってもらうより、

むしろ絵画として飾ってもらった方が嬉しいね。

私はイコンも描いているし、とにかく古いものに対しての

愛情と敬意の気持ちがハンパではないんだな。

だから作品を飾る場所は、陽の当たる所よりも、

陽が当たらない所に置かれている方が

断然に存在感が増すはずだよ。

ロシアの教会がそうであるように。

ぜひ、そういった場所に飾ってくれないか。

とにかく今日は遠く日本から来た人に、

評価してもらえるなんて人生は曇り空ばかりじゃないな。

天にも昇る気持ちだよ」

とひと通り語り終えると、

固い握手を交わしたのであった。

 

私の第六の耳は、極めて感度良好である。

・・・はずである。

(店主YUZO)

10月 25, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月16日 (日)

あのユーモアに満ちたマトには会えない

1  

仲買人のイワン君が私たちに会うなり言ったひと言が、

一瞬にして私の顔をこわばらせた。

「スミルノフさんが死んだよ」

そして続けて、

「彼は酒が好きだったから、それで身体を壊したらしい」

と言うとチェリパシカ氏は、やはりそうかと沈鬱な表情を浮かべた。

 

今年の2月、スミルノフさんに会ったチェリパシカ氏は、

「おれは、酒が入らないと良いマトリョーシカがつくれないんだな。だからここにある作品は、酒呑んでつくったものばかりだ」

と豪快に笑っていたことを思い出したからだ。

Photo_2 

私のスミルノフさんの思い出は、

初めてロシアに仕入れ旅行にいたときに遡る。

「これ何?」「これ、ください」

程度のロシア語しか話せない私は、

スミルノフさんのユーモアに満ちた作品に釘付けになった。

 

身振り手振りを駆使して何とか、

「私はあなたの作品の面白さが気に入りました。

これとこれをぜひ売ってください」という気持ちを伝えると、

スミルノフさんは、

私の作品ばかりでなく、私の妻の作品も買ってあげてくださいと、

自分の作品を脇に置いて、紹介もそこそこに、

次々と奥様の作品を並べては細かな説明をしてくれる。

 

店の奥では

奥様が恥ずかしそうに苦笑いをしながらも、

スミルノフさんを暖かく見つめていた。

私は奥様想いのスミルノフさんの勢いに押されて、

スミルノフさんの作品と同じ数だけ、

奥様の作品も買うことにした。

 

そのときスミルノフさんは、奥様の作品が売れたことを

我がことにのように喜んでいた。

仲の良い夫婦ぶり、陽気にそして饒舌に語るの人柄が

あのようなユーモアある作品を作り出す原動力となっているだ

というのが私のスミルノフさんの第一印象になった。

 1_21  

悲しみに打ちひしがれている私たちを見かねたのか、

イワン君が「奥様に電話して、まだ作品があるか聞いてみるよ」

と慰めてくれた。

その後はイワン君はスミルノフさんが、

どれだけ酒が好きで呑んだくれていたのか、

そのおかげで作品の納品をよくすっぽかされたと多少大げさに語り、

湿っぽい雰囲気を変えようとして心遣いが嬉しかった。

 

そして私たちが日本に旅立つ当日、

イワン君は奥様と連絡取れたことを教えてくれ、

欲しい作品をリストにして教えてくれれば、出来るかぎり、

手元に入るように交渉してくれると約束してくれた。

 

少しでも作品が集まったら、

ささやかでいいからスミルノフさん追悼の作品展をしよう。

いや、しなければならない。

ほぼ私の気持ちは決まっていた。

もちろんチェリパシカ氏も同じ気持ちなのだろう。

「今年中に、もう一度ロシアに行かなくちゃ」

と早くも次の訪問日程を決めている。

 

ただ私といえば、頭で理解していても、

まだ死を受け入れることができないでいる。

始終無口で、心中はどんよりと厚い雲で覆われたまま、

作品展ことだけを考えていた。

(店主YUZO)

10月 16, 2011 海外仕入れ | | コメント (2)

2011年10月14日 (金)

プレゼントを喜ぶ表現について考えた

Photo_2

今回のモスクワ訪問には、

仕入れという目的のほかに世話になっている

マトリョーシカ作家さんに「マトリョーシカ」本を

プレゼントすることももうひとつの目的としてあった。

 

遠く日本の地で、自分が丹精込めてつくったマトリョーシカが、

写真となって多くの人々の眼に触れてもらえるというのは、

作品をつくることを仕事にしている人々にとって、

このうえない喜びであるにちがいないからだ。

初日にコブロフさん、オリガさん、仲買人のイワン君、ザンナさん。

土日にタマラさん、オルガさん、ニコライバさん、セメノバさんと

差し上げたのだが、こちらが恐縮してしまうぐらいの大きなリアクションで、

心の喜びの気持ちを伝えてくれた。

 

コブロフさんは絶叫して周囲の仲間に自慢するし、

オリガさんは、何度も「ウラー!ウラー!」と声を上げて、

少女のような瞳で自分の頁を見つめている。

かなりな御年のタマラさんさえも、腰に手をやって小躍りすると、

旦那さんや娘さんに

「私は日本では有名人なのよ」と自慢げな態度をみせている。

仲買人のイワン君だって負けていない。

「気が変わったから返してなんて言うなよ」と冗談を飛ばして、

しっかりと胸に抱えている。

 

こうも屈託のない笑顔で、

喜びの気持ちをストレートに表現されると、

日本から持ってきた甲斐があったとしみじみと感じるのだ。

 

そこでふと思った。

日本人は、とくに私をふくめた日本のオジサンたちは、

絶対にこのような喜びの表現をできないだろうなと。

自分の心の内を曝け出すことに慣れていないだけでなく、

言葉や表情の表現力に乏しいのだ。

 

だから半分笑みをうかべて、

「ありがとう」とそっけなく言ってしまうのが関の山。

だからプレゼントをした方も、

何かまずい物をあげてしまったかなと余計な心配をしてしまうのである。

それが負のスパイラル、もしく誤解の芽となって、

プレゼントしても喜んでもらえないと拡大解釈がすすみ、

最後にはあの人には何もあげない方がお互いの幸せのためだと、

結論付けされてしまうのである。

 

日本のオジサンは、もっと表情や仕草に富んだ表現力を

身につけなければいけないと思う。

仕事場で国際化だのグローバル化だの偉そうに言っているだけでは、

真の国際人にはなれない。

それどころか家族からも、いつも険しい顔のお父さんと、

煙たがられた存在から脱することができない。

 

ともに変わろうではないか。日本のオジサンたちよ。

眉間の皺を縦から横に変えなければならない。

写真のコブロフさんのような笑顔をすぐに身につけようではないか!

 

今回は、「小沢昭一的こころ」のような話になってしまったナ。

 

註/「ウラー!」はロシア語でやった!の意味。

(店主YUZO)

10月 14, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月12日 (水)

ロシアより帰国しました

Photo  

10月6日、無事にロシアより帰国した。

今回も様々な出会いや新しい発見があったが、

最大の驚きはアエロフロート航空が、

劇的にサービスが向上したことに尽きるかもしれない。

 

最初にロシアに仕入れに行ったときに利用したのが当航空会社で、

そのときの苦い経験がトラウマのように脳裏に焼きついている。

リクライニングのボタンは破壊されて90度の垂直のまま。

機内放送、映画の上映は機材の不良という名のもとに無し。

さらに私の座席の室内灯は付かず真っ黒く照らすだけ。

そして不機嫌な顔が板についている添乗員。

 

さらに追い討ちをかけるような出来事として、

あまりの機内の退屈さにロシア人のオヤジ団体が、

ウォッカを飲み始め、陽気に騒ぎ出したかと思ったら、

乱気流に入り込んだとたん気分が悪くなり、

今度はそこいらで吐き出す始末。

耐え難い臭気と孤独感に責められた10時間のフライトだった。

ここまでの経験がなくとも、

過去に利用された経験があれば、そうだった、そうだったと

その定評あるサービスの悪さに肯くにちがない。

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それがある。

今回も10時間の孤独と忍耐のフライトを予想して、

屠殺場にむかう牛の心境、半ば諦めの境地で搭乗したのが、

座席前には上記写真のようにモニターがあり、

ゲームや映画を楽しめるようになっている。

 

そして機内食の質、添乗員の迅速な応対など

機内サービスも数段上がっている。

 

ここまで劇的に変化を遂げたことについては、

アエロフロート航空も誇りと考えているようで、

機内誌「オーロラ」で、

サービス向上した会社として3位に入賞したことを、

巻頭に記事を載せているのが、少し微笑ましい。

 

この劇的な変化について、わが友チェリパシカ氏は、

「おかげで運賃が1.5倍ぐらいに跳ね上がったけどね。

もし昔のアエロフロート的なサービスを懐かしむなら、

ロシア国内線に乗れば再会できるよ」

と冷静にコメント。

 

国際線という

世界の航空会社としのぎを削らなければならない市場で

昔のようなサービスでは生き残ることはできないと判断しての

全社一丸となっての改革だったと思う。

 

ただチェリパシカ氏が指摘するように、

サービスの悪かったことが、逆に強烈な印象を植えつけて

思い出になることだってありうる。

 

快適な旅だけが旅ではない。

 

旅にはトラブルやハプニングがつきものである。

それが旅の面白さといえなくもないが。

(店主YUZO)

10月 12, 2011 海外仕入れ | | コメント (1)

2010年8月20日 (金)

モスクワは今日も猛暑だった

今年の夏は記録的な暑さで、

露西亜も例外でなく130年ぶりの猛暑が襲っていて、

今回の仕入れは、その暑さに翻弄される毎日だったsunsunsun

  

   

 

ホテルにはエアコンが無いsign03(部屋の温度は35度を切ることは無い)

白夜でなかなか日が沈まないsign03(10時近くまで明るい)

暑さをしのげる場所がないsign03

(お店のなかも、ほとんどエアコンが効いていない。

あのスターバックスコーヒーでさえ、

店内ではなく、みんな店外の日陰を探して飲んでいるsad

   

  

このような三重苦のモスクワでの生活は想像を絶するものであった。

     

  

 

ニュースでは露西亜国内で、連日熱中症にかかって命果てる人が、

1000人を超えてしまったと報道。

服を着たまま噴水に飛び込む人々の映像が映されるwobbly

下の写真は、噴水で遊んでいるうちに銅像にされてしまったカップル。(嘘)

 366  

マトリョーシカの仕入れどころではない。

命の灯火をつなぐには、とにかく水分とミネラルの補給である。

406 405_2

左は、見てのとおりビール。

露西亜のビールは美味しいのだが、

ビールは利尿作用がつよいく脱水症状の恐れがあるので、

やむなく1日1本のみとルールを決めて、

左のミネラルウォーターを常に携帯することに。

  

亀さんに言わすと、

私が露西亜仕入れでビールを1日1本しか飲まなかったのは

ペンギンの群れが北の空に向かって飛んでいく光景を

目にしたぐらい驚きだったらしい。

    

  

ちなみに露西亜のビールは、

コクがあって、ずっしりと五臓六腑に響く味わいで私の好みである。

私見だけれども、ドイツのビールのような味わいである。

大麦をケチケチしていないビール本来の味といおうか。

   

  

また日本みたいにキンキンに冷やさないところが、

味を殺さなくていい。

(ただ露西亜ではビールは体を冷やす飲み物だと敬遠している人が多い)

   

  

そんな私がビールを我慢してまで

ミネラルウォーターを飲んでいたのである。

    

どれだけの暑さだったのか想像できるでしょうsign02

  

(店主YUZO)

  

  

8月 20, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2010年7月26日 (月)

ロシアより帰ってきました!

ロシアより無事に帰ってきましたairplane

今回は、とにかく暑かった何のsign03

日本の夏が歯の抜けたライオンに咬まれているぐらいに感じるほど、

めぢゃめぢゃ暑かったですleo

とにかくロシア全土で2000人近くが暑さでお亡くなりになっているそうですしcoldsweats01

  

それでは手持ちで帰った作品を紹介します。

もちろん、これは全仕入れの本の一部ですよ~。

今回は150種以上仕入れていますsign03

  

  

人気NO.1のニコライバさんのマトリョーシカは5体入荷しています。

猫の絵の箱はアルハンゲリスクという技法を基につくられた箱です。

「木の香」では初めての仕入れになりますhappy01

 

Dscf5622

今回はマトリョーシカだけでなく、よい箱物を仕入れるというのが

裏テーマとしてありました。

そこでホフロマ、ベレスタのワンランクアップしたもの、

生活に根ざした箱などを70点近く仕入れていますgood

  

 

ホフロマのアクセサリーボックス、眼鏡ケースは、

さすが目利きの品選びと自負してまうほどです(笑)

Dscf5623

あとマトリョーシカもなるべく新しいデザインのものを探しました。

コブロフさんの新作は木彫りのクリスマスベル、木彫り動物マト3型。

パベルさんの新作亀マト、てんとうむしマト。

ドメンスカヤさんの3個型(初めて仕入れた作家さんです)

などなど250点ぐらい仕入れています。

   

航空荷物が届き次第、順次「木の香」並べていきたいと思いますairplane

航空事情を考えると、8月初めぐらいなるかな~

店頭に並んだマトリョーシカは、ショップブログで紹介していきます。

  

次回ブログからロシア事情を書きま~す。

お楽しみにsign03

(店主・YUZO)

  

  

7月 26, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2010年7月 1日 (木)

ロシアに仕入れに行ってきます

Photo

連日、ロシア木工芸展にたくさんのお客様にご来場いただき、

誠にありがとうございますhappy01

またニコライバさんのマトリョーシカをご希望されていたお客様、

今回の入荷が7体のみだったので、

すぐに売り切れになってしまい申し訳ありませんでした。

  

ということで7月半ばに、ロシア仕入れに旅立ちたいと思っています。

今回、ご希望のものが手に入らなかったお客様、

またロシア製のもので欲しいものがあるお客様、

こんなものがあったら嬉しいなと想っているお客様、

東奔西走して探してきますので、ぜひとも御連絡くださいsign03

 

ご希望商品の問合せは下記のフォームよりお願いします。

https://kinoka.woodburning.jp/contact/

  

もちろんマトリョーシカ以外のものでもかまいません。

(ただ本田選手のサインというのは難しいかも・・)

   

7月のロシアは日本より緯度が高いので陽が長く、

9時近くまで明るいので

仕入れで動き回るには良い季節ですsign02

  

仕入れた商品は、9月初め頃には皆様にお見せできるかと思います。

ぜひ楽しみにしていてくださいね。

  

ちなみに冒頭のきのこ爺の絵は、ロシア仕入れには関係ありません(笑)

  

(店主YUZO)

7月 1, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2010年1月20日 (水)

ロシア料理の真髄は?

店頭に立っていると

ロシアの食事はどうですか、どんな料理がありますかと、

よく訊かれる。 

まだロシア歴2年の私が、

大ロシアの料理を語るのはおこがましいが、

はっきりと言えるのは、日本人の味覚からすると塩っぱいし、

寒冷地のためか脂肪分が多いので、

何日か経つと下っ腹がどんよりと重くなる。

そのせいか、少しでも淡白であっさりしたもの、

胃に重くならないものを選んで食べていた。

ただ今回は違った。

321

それはホテルの近くにあるレストラン、

その名も「タベルナ」での体験のせいである。

「タベルナ」は高級ではない。

日本的に言えば、仕事帰りによる小料理屋みたいな店である。

「タベルナ」に立ち寄った日のモスクワは日中10度、

夕方は突風が吹き荒れて、体感温度は0度以下の悪天候であった。

こんな日は、すぐに体が温まるものを胃に入れたくなる。

私は慣例として仕事終わりの生ビール。

たかなしさんとカメさんは、スープを頼んだ。

322

習慣とはいえ生ビールで、さらに体が冷えた私を横目に、

二人は上気した顔で、ホクホクとスープを楽しんでいる。

たかなしさんはサリヤンカ、カメさんはボルシチ。

人は美味しい物を口にすると、言葉がなくなり、笑顔だけが残る。

「美味しい?」

「・・・・・」

「美味しそうだね」

「・・・・・」

スープをすすることに没頭しているカメさんに頼み込んで、

一口ボルシチを飲んでみた。

○!△!*!@!!

323

肉からも野菜からも旨味が溶け出し、

お互いが複雑に交じり合い奥深い味に。

それでいながら気取らない家庭料理の親しみやすさがある。

すぐに私は自分の分を、大食漢のカメさんは2杯目を注文する。

知り合いのロシア人にきいたところによると、

ロシアには基本となるスープベースが30種あり、

それぞれ地方によって具の内容がかわり、

レストランや家庭によって味付けが変わるというのである。

そこまで多様化し細分化されたスープをすべて制覇するのは、

シベリアで生きたマンモスを捕らえるぐらいに難しい。

その事実に驚愕した私は、

レストランに入るたびにスープを頼むのが日常になった。

ただ「タベルナ」の味を越える店は、

なかなか見つからなかったというのが今回の感想。

やはり寒い夜にはスープにかぎる。

(つづく)

1月 20, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年12月 9日 (水)

スーパーマーケットで私も考えた

先回に引き続きスーパーマーケットの話。

311

ロシアでは、肉や魚といった生鮮食料品は量り売りが主で、

ショーケースに、これでもかと言わんばかりに並んでいる。

そのショーケースも5m近いガラスばりのもので、

「これをください」と指でさすと、

ケースの向こう側に立っているおばさんが、秤に乗せてくれる。

312

日本のようにカレーライス用、しゃぶしゃぶ用などと、

用途に応じてパックに小分けされておらず、

腿、肩、尻、顔、といった部位が、でんでんと置かれている。

これぞ肉の塊といった感じである。

日本の親切すぎる小分けは、

これが肉だという事実 を忘れさせるためにあるようだ。

血が滴るのが肉。

これを目の当たりにしたら、

草食系男子、肉食系女子なんて比喩をうっかり口に出せまい。

313

この肉を喰らい付き、平らげなければ、我が生命の灯は、

いずれ消えてしまうのではないかという気分にさせられる。

あの肉には、先まで生きていたような、グロテスクな生々しさがある。

残 念ながらホテルには調理器具がないので、

指を咥えて見ているだけだが、一度は岩塩と胡椒をたっぷりかけて、

挑んでみたいと思う。

「あれを思い切り、喰らいついてみたいね」と私が言うとカメさんは、

「昔、1キロのステーキを食べたけど、あれは格闘 技だね。

ロシアの肉は味が単純すぎて、すぐに飽きる」

とうんざりした顔で言う。

314

「そうなんだあ」

日本の牛や豚も気の毒である。

日本人の繊細な舌に合わせて品質改良され、

生命体であったこともパックに入れられて消され、

グラム単位にまで切り分けられて。

もはやスナック菓子のような浮ついた存在に成り下がっている。

やはり、うんざりした気分になっても良いから、

あの肉の塊と格闘 してみたい。

一瞬にして負けるかもしれないが、ロシアの大地で育った奴等は、

人間は他の生き物を食べて生き続けるから、生きながらえるという真理を、

再認識させてくれるに違いない。

(つづく)

12月 9, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年11月 8日 (日)

ロシアのスーパーマーケット事情(1)

今日はロシアのスーパーマーケットの話。

ロシア語でも「Супермаркет」と書き、

ほぼ同じ発音なので、何となく嬉しい。

その国が豊かか調べるには、

スーパーマーケットで食材を見ればわかると言われるだけに、

とても興味深い場所であり、外食が続くとお財布に響く身には、

倹約するのに、とても頼りになる場所でもある。

物価は日本とほとんど変わらないのだが、

まず驚かされるのは乳製品の豊富さ。

牛乳、チーズ、バター、ヨーグルト、ケフィアなど、

店の置くまで伸びる棚は壮観で、

牛乳ひとつ選ぶにも、いろいろ迷ってしまうほど。

302_3 

日本では馴染みのないケフィアは、

ヨーグルトドリンクのようなもので、

1%,3%,5%と濃度表示があるが、

濃ければ良いといえものではない。

濃いものは、固まりきらないヨーグルトといった食感で、

どろどろしていて、とにかく酸っぱい。 

プレーンタイプと砂糖入りのタイプがあるけれども、

酸味に敏感人には砂糖入り1%がお勧めかも。

私は「甘いものなど飲めるかい!」と

粋がってプレーンタイプ7%に手を出したが、

ぜんぶ飲み切れず、

冷蔵庫に入れたところ冷やしすぎて凍らしてしまい、

分離した乳清が胃酸を超えた酸っぱさに変化させてしまった経験の持ち主です。

封を開けたら、ケフィアは残さず飲みましょう。

メーカーは現在、

日本でも整腸作用でPRしているダノンが幅を利かせているが、

個人的には、おばあちゃん印のロシアのメーカーが好き。

ロシアの堅気なおばあちゃんが、

親身になって牛の世話をしながら育てているのを想像して、

ついこちらを買ってしまう。

303_3

カメさんの話によると、

ロシアは寒冷地ゆえ野菜不足になりがち。

そのため乳製品で腸内環境を整えているのだとか。

あながちダノンの「まずは一週間から」というPRも嘘ではない。

そう言われて野菜売場を見ると、スペースも狭く淋しいかぎり。 

日本では出荷でハネられてしまうようなジャガイモやニンジン、

色の悪い緑黄色野菜が並んでいる。 

これらを食するのならば、ロシア滞在期間中の健康は、

おばあちゃんの乳製品に託しますと、

一言告げて買ってしまうのである。

304

(つづく)

11月 8, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年9月 9日 (水)

さらばロシア、月の裏側でお会いしましょう

最後の仕入れも無事終わり、いよいよ帰国の途へ。

今回の仕入れは100%満足いったと、たかなしさんも私も、じんわりと実感する。

261

昨晩、酩酊していたニコライさんが、

すっきりとした表情で現れ、空港まで送ってくれるという。

今回の仕入れが成功だったのは、ニコライさんに負うところが多いし、

その律儀な性格のおかげでボゴロツカヤやニコライバさんに再会できたのだなと、

ロシア語どころか英語も話せない私は、

言葉では言い表せない感謝の気持ちで胸がつまったweep

「ぜひ、日本に来たら連絡してください。

今度は私が神田や早稲田の古本屋を案内しますから」

「それです。私は日本文化について、イチから始めなければならないのです」

「イチから?

「今までの私はダメな人でした。これから私は違います。

本当の日本文化について、ロシアに伝えなければという使命があります」

「・・・・・・・」

262

顔は素面だけれども、まだ熱い思いは続いているようである。

シェレメチボ空港に到着し、

ニコライさんと固い握手を交わしてから、航空券の確認をしにカウンターへ向かったairplane

この空港、古き良きソビエト時代の勤務態度が色濃く残っており、

航空券のカウンターでは、ひとりのおばさんがモニター画面を睨み、

残りの3人は世間話に花を咲かせている。

もちろん3人は、就労の気持ちはウラル山脈の彼方に置き忘れ、

モニターおばさんはパソコンの初歩を練習しているような雰囲気。

当然、旅行者が並び始め、長蛇の列となり、

それぞれの国の人が、それぞれの言語で怠慢な勤務態度に不満を呟いている。

ちょっと!!割り込みしないでよっっannoybomb

と突然、日本語が響き渡った。かなりの剣幕である。

「こんなにお客さんが並んでいるのに、何!?その態度はsign03sign03

263

しかもその声の主は、私の真横から聞こえてくる。

普段、のんびりとした性格のたかなし姫とは思えない、

こぶしの利いた演歌歌手のような声だったので、一瞬わからなかった。

しかし、姫の一喝で、渋々おばさんたちは、仕事に就き始め、

長蛇の列がトカゲの尻尾程度の長さ縮まった。

快哉。たかなし姫。

264

だが安息の日々は続かない。一難去って、また一難。

今度は持ち物検査に3時間。国際空港だというのに、

稼動しているX線検査機が2台しかないcoldsweats02

それなのに靴下まで脱がせる厳重かつ丁寧な検査を続けている。

フライト時間から遅れること2時間。ようやく機上の人となった。

さて、またロシアに行きたいと問われれば、その答えはイエスである。

では、住みたいかと問い詰められたら、

ちょっと考えさせてくださいと言い篭ってしまうがcoldsweats01

今回の仕入れ旅の経験は、

鬱蒼としたロシアという森の入り口立った程度のものだろう。

そして近いうちにニコライさんや今回出会った人々に再会できたら嬉しいなと、

アエロフロートのおそろしく狭い座席に辟易しながら、ぼんやりと思ったsleepy

265

(おわり)

9月 9, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年8月26日 (水)

ロシアは地球の淵をまわる!?

いよいよ、ロシア仕入れ旅の最終日である。

心残りとしては、

変わったインパクトのあるマトリョーシカが見つけられなかったこと。

とにかく午前中、市場に行って偶然の出会いを期待するしかない。

タイムリミットは3時間。自然と気持ちが引き締まる。

251

その点は、たかなし姫も同じである。

念じると通じるもので、

早々にアンティーク風のマトリョーシカを発見。

セミニョーノフでつくられたものらしく、

男だか女だかわからない顔つきに、民族衣装を身にまとい、

所々ニス溜りができている、やっつけ仕事の見本みたいなつくり。

252

ただ作家の丁寧に仕上げたマトリョーシカばかり見ていると、

こういうお土産にもなりかねるものに惹かれてしまうのも、

マトリョーシカの恩深さなのか。

迷わず置いてあった4つ全てをゲット。

(ちなみに、ほぼ1年経った現在、4人ともお嫁に行っていない)

さらに、ぶらりぶらりと散策していくと、

「アート・オブ・ロシアン・マトリョーシカ」で紹介されていた、

熊がハチミツを食べている「おだんごぱん」のマトリョーシカを発見sign01

頼りなげに下を向いた姿と、ハチミツ壷を抱えるように広げた足が特長で、

マトリョーシカらしからぬ独特のかたちが、実にユニーク。

253

「これ!これ!これをあるだけくださいsign03

間髪入れずに、たかなし姫と同時に声を上げてしまい、

売り子(中年のオッサン)は、興奮した日本人が店に襲来してきたと思ったのだろう。

ちょっと引き気味。

「この他にも、バーバーヤーガもつくっていましたよね?」

と言いたいのだが、そんな高度なロシア語が話せるわけもなく、

雛鳥のように二人揃って、

「バーバーヤーガsign03バーバーヤーガsign03」と連呼。

254

すると私たちの興奮が伝染したのか、

「ここにバーバーヤーガはないけれども、すぐに工房から持って来させる」

とロシア人らしからず、素早く電話をして、

車を運転する真似などをして伝えようとしている。

「ウィ、エアポート、ゴーゴー、リミット1時!」

という意味不明の英語で、鼻息荒く、間に合うか訊く私たちcoldsweats01

1時間以内に着くから、大船に乗った気持ちでいてくれ」

とゆとりの表情で豪語する売り子。

「本当にsign03それで、工房はどこにあるのsign02(もちろん英語と日本語のミックス)」

「もちろんセルギエフ・パッサードだよ」

それを聞いて、一瞬にして我に返った。

セルギエフ・パッサードからモスクワまで、

ロシアの道路事情を考えると、3時間近くかかる。

ロシア人にとって、

その距離は東京駅から上野駅ぐらいにしか感じないだろうが、

地図で見れば、東京から水戸ぐらいはある。

諦めた時点で、急速に興奮が冷めていく私たちだったが、shock

売り子は、ボイラー工場のようにどんどんヒートアップ。

「こうして話しているうちに、もう半分まで来ているはずだっsign03

その根拠の無い自信に敬服しながらも、

冷静に「おだんごぱん」マトリョーシカの精算をする私たちであった。

255

(つづく)

8月 26, 2009 海外仕入れ | | コメント (2)

2009年8月19日 (水)

モスクワの憂鬱

いろいろと鬱積しいたものが堰を切って流れ出したのか、

ニコライさんの日本への思いが延々と続く。

「私はもう一度、日本で勉強がしたいのです。

今私がしている仕事は、私が本来やりたい仕事とは正反対のものです。

このまま続くかと思うと、自分が死んでしまったような気分です。

でも死ぬことはいけないことですから、絶対に死は選びませんが。

本当に二人は、良い仕事をしています。

羨ましい。ロシア人が知らないことも、良く調べられていて。

それに比べて私は・・・。私も昔はそういう気持ちでした・・・」

241

自責の念にかられたかと思うと、私たちを褒め称え、

するとまた自責の念に逆戻りの繰り返し。完全に酒飲んでクダを巻く、

新橋のオッサン化している。

ふとロシア通のチリパシュカさん(実は日本人です)の言葉を思い出した。

242_2

ロシアの酒飲みは、大まかにふたつのタイプに分かれるそうである。

一晩中、陽気に騒いで飲み明かすタイプと、

飲むにつれて人生とは何かと考え込んで意気消沈するタイプと。

もしこの説が正しければ、明らかにニコライさんは後者のタイプである。

もちろん前者が運転手になるだろう。

243

ニコライさんは、どんどん自分の内なる世界に入り込み、

「人生をリセットしたい」とまで言い出し、

運転手は、割り込みする車や故障している車など、

目に付くものすべてに悪態をついている。

世界中で起きている不幸が、この二人に降りかかっているようである。

ドストエフスキーの「罪と罰」をちゃんと読んでおけばよかったと、

後悔する私であった。

(つづく)

8月 19, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年7月15日 (水)

すごいぞ!ロシアの高村光雲

このような状態ゆえ、

ボゴロツカヤについての仔細は全く覚えていないのだが、

断片的な記憶を辿ると、あの熊が踊るおもちゃは本業ではなく、

彫刻物を製作するのが本来の産業らしい。

その彫刻物を例えるならば、

北海道の鮭を咥えた熊のスケールを大きくしたものを想像してもらえば、

間違いない。

Bogo1

樹齢100年は優にこえた切り株に4頭立ての馬車を彫ったものや、

童話「三匹の熊」をモチーフにしたもの、

ロシアの古い諺をベースにしたものなど、

1メートル前後の作品が所狭しと展示されている。

しかも馬車などは細部の装飾物まで綺麗に彫られていて、

技術の高さを感じさせる。日本にこれらの作品が存在したら、

何点かは重要文化財に指定されてもおかしくない力作ばかりである。

この高度な彫刻の技術を基礎に、

あのおもちゃを副業としてつくっていると言いたいのかもしれない。

しかし作品の完成度が高いのに、工場まで足を運ぶ人は少なそうである。

結局、私たち3人以外、誰も見学者は現れず。

真面目な性格らしい美しき女性は、閑古鳥が鳴くなか、

途中で説明を割愛することなく、すべての展示物について講義してくれた。

けれども私の頭には、彫刻家の名前も歴史も何ひとつ残っていない。

あんなに丁寧に説明してくれたのに本当に申し訳ない。

Bogo2

もし恨むのでしたら、昼食時に

「ビールよりもウォッカのほうが身体によいのです。

医学的にも証明されています」

というロシア的な意味不明な論理で、

ウォッカを注文したニコライさんを恨んでください。

(つづく)

7月 15, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年6月26日 (金)

ロシアで高村光雲に出会う

211_2

次はボゴロツカヤへ(発音が間違っているかもしれない)

セルゲイ・パッサードから、車でさらに西北へ1時間ほど行った村で、

ここでは素朴なおもちゃを製造している。

その素朴なおもちゃとは、

板の下に丸い球が糸で吊るしてあって、

それをぐるぐると回すと、板の上にある熊の人形の手足が動き、

スキーをしたり、釣りをしたり、絵を描いたり、踊ったりするもの。

動きがユーモラスなのが微笑ましいが、

単純すぎて30分も遊ぶことはできない。

212_2

モスクワ郊外に出ると感じるのだが、日本のように山々が連なることはなく、

どこまでも森林と草原が続き、ときどきダーチャと思われる集落がある程度だ。

ボゴロツカヤも同様で、こんな所に工場あるのかというような場所に、

ひっそりと佇んでいる。

ここでは工場見学も重要な収入源なのか、

博物館が併設されていて、そちらへ通される。

マトリョーシカ工場よりは、きっちりと整理されていて、

美しい女性が説明についてくれる。(これは重要です)213_2

「ボゴロツカヤの歴史は……」

と丁寧に説明してくれ、それをニコライさんが訳してくれるのだが、

元々講義を聞くのが苦手な性格に加えて、

昼食時にニコライさんとウォッカを1本空けてしまったため、

ふわふわとした気分で女性の顔ばかり見ている。

ニコライさんも同様で、意味不明の日本語を連発しだし

「今日は実に楽しい。ロシア人と熊は、昔から仲良しです」

と陽気になっている。

(つづく)

6月 26, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年6月18日 (木)

マトリョーシカの聖地(2)

この他にもレトロなマトリョーシカが数多く展示されていて、

ロシアで出版されている「マトリョーシカ」という本に載っている作品を、まじかに見ることができる。

本で見たときから気になっていた牛の化け物も、しっかりと展示されていた。

眼孔鋭く、こちらを睨みながら盃を手に持った姿は、身がすくむ怖さで、圧倒的な存在感。

これも100年近い年月が経っていると思えないほど、

ぜんぜん古びていない。

ちなみに「マトリョーシカ」という本はシア語で書かれているものの、

貴重な写真が数多く掲載されていて、コレクター必携の本です。

201

ほかの展示室には、各国の人形が飾られていて、

ドイツのくるみ割り人形や中国の陶器の人形に交じって、

日本の雛人形がでんと鎮座している。

しかも7段飾りの豪華版。

ロシア在住の金持ちの日本人が寄付したのだろうか?

それとも吉徳か久月の営業マンがモスクワまで仕事に来たのだろうか?

この豪華絢爛さに、自分が寄付したわけでもないのに誇らしげになり、

ついニコライさんに

「日本の人形も世界に引けをとらないでしょう」

と自慢してしまう。

根っから日本びいきのニコライさんも

「これは立派ですね」と頷いている。

ふと7段の一番下に何やらオレンジ色の物体があるのに気がついた。

202

よく見ると、ビニール製の日本刀が、無造作に転がっている。

昔、風呂敷をマントにしてチャンバラごっこで遊んだ、

安物の日本刀である。

こんなものまで展示するとは、ロシアのおもちゃ博物館は奥が深い。

これもいいねぇ。和むねぇ。

193

(つづく)

6月 18, 2009 海外仕入れ | | コメント (1)

2009年6月 8日 (月)

マトリョーシカの聖地(1)

マトリョーシカ工場では製作現場を見学したあと、

絵付けをするのだが、その話は特別に面白くないので割愛して、

おもちゃ博物館へ。

おもちゃ博物館は、レトロなマトリョーシカが展示されているのと、

原型になった箱根の入れ子人形もあるということで、

その筋では有名な博物館。

マトリョーシカ・コレクターならば一度は訪れたい聖地といったところ。

191

聖地とは言うものの建物は赤レンガの小さなもので、

受付には童話で描かれるような可愛らしいおばあさんが、

ちょこんと座っている。

私たちが日本から来たとわかると

「わざわざ日本から来てくれたの!」と手放しで迎えてくれる。

とてもアットホームな雰囲気。

1階は最近のロシアのおもちゃを展示してあり、

木でつくられているとはいえ、工業製品らしくきっちりとつくられていて、

あまり心がときめかない。

お目当てのレトロなマトリョーシカは2階にあるらしい。

逸る気持ちを抑えられず、早々に階段を駆け上がる。

最初の展示室の入ってすぐのガラスケースに、

あの本で見たマトリョーシカが!

192_4

ニワトリを抱えたお母さんに、7人の子供たちの計8個型。

大事にニワトリを扱うお母さんに、

母親に代わって買い物に行く長女、

指しゃぶりがやめられない末っ子まで、

ロシアの農村生活がいきいきと描かれている。

19世紀末つくられたというのに状態も良好で、

素朴な雰囲気と年代を経た色合いが実に良い。

マトリョーシカ作家が、

必ず一度はこのデザインでつくりたくなるのも納得する。

たかなしさんと私、しばらく無言。

いいねぇ。和むねぇ。

193

(つづく)

6月 8, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年5月29日 (金)

念願のマトリョーシカ工場見学②

「最初は木を削るところを見てもらいます」といきなりクライマックス!

たかなしさんも私も、凹んだ気持ちに、興奮のスイッチが入る。

作業場には70歳を過ぎた体格の良いお爺さんが、

ニコニコしながら私たちを迎え入れる。

「よ~く、見とくけよ(=たぶん、そう言っている)」

と言うと、まだ樹皮のある板を機械に備え付ける。

そして横にあるボタンを押すと、もの凄い音を立てて切断機が降り、

あっという間に角材の出来上がり。

機械がやったことなのに、お爺さん少し自慢げ。

「次はこの角材から入れ子をつくるよ(=たぶん、そう言っている)」

と言い旋盤の前に立つお爺さん。

私が見たかったのは、この作業だよと、

思わず生唾をごくり。

181

センターに角材を取り付けるのは、日本の旋盤と同じ。

センターが決まると旋盤が回転し、刃物を当てて角材を丸棒に変えていくのも同じ。

丸棒が出来上がると、いよいよ入れ子つくり。

182_3 

まずマトリョーシカの下部になる部分を削り出した。

ここで図面はなく目測だけでつくる。下部が作りあがると、

上部の瓢箪型をつくる作業にうつる。

さすがに手際よく、あっという間に瓢箪型に。

そしてここから重要な作業。上部と下部の合わせた上に、

中をくりぬかなければならないのだ。

下部の凸部分が上部の凹部分に、きっちりと合わさらないと、

入れ子にならないのだから、ここは細心の注意を払うところである。

げっ?、げっ?、げっ!、げっ!

何と物差しで測ることもなく、目測だけでがりがりと削り始めた。

それも余裕の表情で、削り上げ、手品師のように私たちの目の前で、

上部と下部を合わせてみせる。

しかも所要時間は20秒程度。

183

「ハラショー!ハラショー!」

眼が輝かせて、やんやと拍手喝采する私たち。

お爺さんも、どうだと言わんばかりの得意満面で、

もう一度やってやろうと、旋盤を回す。

御茶の子さいさいの出来上がり。ハラショー!ハラショー!

得意満面。もう一度旋盤を回す。出来上がり。ハラショー!

と結局、4回も、この芸術的な職人技を披露してくれた。

「俺は、この仕事を50年もやっているんだ。

こんなもの朝飯前だぜ!(=たぶん、そう言っている)」

このときのお爺さんの顔、職人ならではの少しクールさを漂わせつつ、

自信に満ちているのが格好良かった。

ただお爺さんに続く職人も、もうキャリアが30年だそうである。

どこの国でも、職人技というのは消えゆく運命にあるのかと思うと、

虚しい気持ちにならずにはいられない。

ニコライさんが、「若手でも30年だそうです」と訳してくれたのが、唯一の救い・・・

(つづく)

5月 29, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年5月28日 (木)

念願のマトリョーシカ工場見学①

いよいよ、念願のマトリョーシカ工場見学である。

絵付けをしているのは前回見たけれども、素材を削りだすのを見たことはない。

寸法がバラバラにつくられている事実が、

きっちりと測って物をつくる国で生まれた私には、信じ難いのである。

いくらナルマイナ(問題ない!)が口癖のロシア人でも、

図面もあれば、専用の冶具もあるでしょう。

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工場はセルギエフ・パッサードの外れにあって、少し寂れた感じ。

ソビエト時代から操業していたのか敷地は広いが、

人影はなくも崩れたレンガも放置されたまま。

植え込みに手が入った様子もなく、廃工場の雰囲気さえ感じる。

「ちょっと淋しい工場ですね」と私が言うと、ニコライさんは困惑した顔で、

「いろいろ探したのですが、見学できるマトリョーシカ工場は少ないんです。

個人でつくっている人が多いみたいで」

工場内の待合室に通されると、

そこには目映いばかりのマトリョーシカの山々・・・・。

という期待に反し、無造作に積まれた書類とツギハギだらけの応接セット。

「この工場、ちゃんと操業しているのですかね」

15分ほど経ったのに担当者は現れず、さらに気持ちを不安にさせる。

172

あまりにも待たせるのでニコライさんも痺れを切らし、

最初に応対したおばさんに文句を言いに、部屋を出て行ってしまった。

さらに15分。カップ麺ならば10杯出来上がるところ、

先ほどのおばさんとニコライさんが戻ってきて、ようやく工場見学が始まった。

(つづく)

5月 28, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年5月 5日 (火)

はるばる来たぜ!セルギエフ・パッサード

モスクワに着てから4日目。

今日は念願だったおもちゃ博物館とマトリョーシカ工場へ行くことに。

163

おもちゃ博物館には、マトリョーシカの原型となったといわれる

箱根の入り子人形が展示されており、

マトリョーシカ工場は、どのようにして木を削っているのか、

この眼でしっかりと確かめてみたかったからだ。

マトリョーシカを蒐集されている方なら知っていると思うが、

同じデザインであっても互換性はなく、大きさも微妙に違い、

マトリョーシカ同士の上下が合わさることはない。

一品一様。

工場製品のような互換性はないのだ。

この感覚、きっちり制作する日本人には、なかなか理解できない。

はたして寸法図があるのか?

特別な工具でサイズを測っているのか?

朝のこってりとしたバイキングにも慣れ、

エネルギーを充電した私たちは、

昨日に続きニコライさんの案内のもとセルギエフ・パッサードに向かう。

車に乗る際、ニコライさんが

「今日の運転手は少々気が荒いから、気をつけてください」

と耳打ちをする。

恐る恐る運転手を見ると、腕がビール樽のように太く、

短く刈上げた髪と冷たい光を放つ青い眼は、元KGBといった風貌である。

161

「ドブラェ・ウートラ(おはよう)」

と小心者の私は、その風貌に圧倒され、自然と小声になってしまう。

笑顔で力強い握手されて、さらに萎縮する私。

神様。今日、どうか無事に終えることができますように。

ニコライさんが言ったように、

なるほど実に男ぶりのよい、いや荒々しい運転で、

朝の渋滞のモスクワ市街を突っ走る。

上下の車線はお構いなし。横断する人にはクラクションを連呼して蹴散らしていく。

「こういう運転は、日本ではカミカゼタクシーと呼ぶんですよ」

とニコライさんに嘯くと、

「カミカゼ?それはあまり良い意味の言葉ではないですよね」

と顔と身体をこわばらして苦笑いする。

おかげで予想時刻の30分前にセルギエフ・パッサードに到着。

こちらはフルマラソンに参加したときのように心身ともに、ぐったりである。

しかもおもちゃ博物館は開館していない。

「善は急げ」は、いつも正しいわけではないと改めて痛感。

さてセルギエフ・パッサードはどんな街か簡単に説明すると、

トロイツェ・セルギエフ大修道院を中心として栄えた小さな町で、

モスクワから約70km離れた場所にある。

162

町の象徴であるこの大修道院は、たまねぎ型の黄金と青い屋根が並び、

白い壁面が美しい建築物で、世界遺産にも登録されている。

クレムリンで見られるようなあの独特のかたちをした、たまねぎ建築である。

この日もたくさんの観光バスが止まっていて、

たくさんの参拝者と観光客が訪れていた。

しかしそれ以外、名所旧跡はなく、閑散とした静か町。