2011年11月 6日 (日)

ぬいぐるみチェブラーシカ考

今や日本でも大人気のチェブラーシカですが、

ぬいぐるみも生まれ故郷のロシアのものが

欲しいのが人情というもの。

 

日本で企画されているチェブラーシカは、

可愛くつくり過ぎていて、

イマイチ馴染めないという声も聞きます。

 

そこでロシアで企画されている

チェブラーシカのぬいぐるみを一挙紹介します。

主なメーカーは3社。

それぞれ表情が微妙にちがうのが

ツウにはたまらないところです。

 

ではでは、早速紹介いたします。

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■マルチプルチ社のチェブラーシカ

こちらはモスクワでよく見かけるぬいぐるみです。

手を押すとロシア語で話しかけてくれるのが、

何とも意地らしいチェブです。

このメーカーは茶色だけでなく、赤や黄色、水色などを

制作しています。

 

オリンピックのマスコットでもあるチェブは、

トリノは白、バンクーバーは水色と

大会によって色が変わっています。

カラーバリエーションで集めたいのならば、

お勧めのメーカーといえます。

次のオリンピックは、ロシアのソチ。

どんな色のチェブが出てくるのか楽しみです。

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■レイワードトーイ社のチェブラーシカ

こちらもモスクワでは、よく見かけるぬいぐるみです。

このメーカーは、コック、探検家、ピエロといった

衣装をもとっているのが特長です。

コスプレしたチェブに萌えたい方にお勧めです。

もちろん手を押したらロシア語で話しかけてくれます。

 

おもちゃ問屋にカタログを見せてもらったのですが、

スリッパや枕などの日用品に扮したチェブもあるので、

部屋のなかをチェブ色に染めたい方には、

注目のメーカーかもしれません。

Photo_26  

■ファンシーのチェブラーシカ

モスクワでは、あまり見かけないメーカーです。

こちらのチェ・ゲバラに扮したのは限定生産なのか、

まだ一度しか巡り合ったことがありません。

顔が布地なのが特長で、ロシア語も話もしませんが、

個人的には素朴な感じが

映画に近い雰囲気がして好きです。

 

そんなレアなメーカーですが、

なぜかシェレメチボ空港の売店に並んでいました。

ロシアに遊びに行った際は、

チェブちゃんを買うお金だけは残したほうがいいですよ(笑)

 

以上が、チェブラーシカぬいぐるみ情報です。

今度の仕入れでは、スリッパを仕入れようと、

目論んでいるYUZOからの報告でした。

(店主YUZO)

 

11月 6, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年11月 4日 (金)

恋するハチミツ市

Photo  

モスクワの友人がハチミツ市に行きたいというので、

チェリパシカ氏と一緒にお供をした。

酒呑みの私にとって甘い物への興味は

AKB48のメンバーの顔と名前を覚えるぐらい興味が薄いのたが、

友人はマトリョーシカとロシアをこよなく愛する、

うら若き乙女。

乙女の願いとあれば叶えなければいけない。

Photo_2

以前、誰かのブログで読んだのだが、

ロシアのハチミツ市は秋から冬にかけて各地で開催されて、

その味を知ってしまうと、

日本で食べているハチミツが水飴やら添加物やら混ざった

加工されすぎた甘味料に過ぎないと書いてあった。

実はそれが脳裏にあって、乙女の願いを叶えると共に、

この擦れ枯らしの舌で本物のハチミツを確かめようという

気持ちもあったのだが。

 

私たちの行ったのは、

宿泊しているホテル近くで開催していたハチミツ市。

10店舗程度がテントを張って売っている

小さな市場だったが、それでもたくさんの人で賑わっている。

 

それぞれの養蜂家が自慢のハチミツを並べていて、

その中で気になるハチミツをマドラーでひと掬いして試食し、

好みの味であれば買うという方式。

ロシアの市場らしく売り子が大声で客引きをするわけでなく、

自分の店の前でお客が足を止めると、

重たい口を開いて自分のハチミツ説明をする。

私たちは一店舗ずつハチミツの色や花の名前を吟味しながら、

ついでに試食しながら何度も市場を往復して楽しんだ。

Photo_3 

私が驚いたのは、ハチミツは花によってまったく味が違うこと。

まったりとバターのような濃厚なものもあれば、

ミントのようにすっと鼻がとおるクールなものもある。

複雑にして雑味なし。

甘さの表現は、こんなにもバラエティに富んでいるのかと

酒でくたびれてしまった舌が納得している。

自然が紡ぎ出した味は人智を駆使しても

到達できないと断言してしまう深みである。

 

何を買うか迷っていると、乙女である友人は

「これからの風邪予防にはプロポリスのハチミツがいいわよ」

というアドバイスしてくれたので、

私とチェリパシカ氏は自分へのご褒美として

ひとつづつ買った。

乙女は美と健康について詳しくてなくては、

真の乙女になれないのだと納得した次第である。

 

私たちの買ったプロポリスのハチミツは、

純度が高いせいか、練った水飴のように大きく糸をひき、

養蜂家のおじさんは手際よく糸切りをしてカップに納めていく。

その手馴れた手つきを見ているだけで、

このハチミツの味の濃厚さを想像させる。

 

甘い物に興味がない私でも、

ロシアのハチミツには心を許してもいいと感じた日だった。

この日はロシアのハチミツに恋をした記念日でもある。

(店主YUZO)

11月 4, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年11月 2日 (水)

欧米系外食産業の波

Ay  

今までロシアのファーストフード店を紹介したけれども、

モスクワにも大手外食産業の波が、例外なく押し寄せている。

市場経済の名のもとに、モスクワのあちらこちらに

徹底したコスト管理とマニュアル化したサービスを旗印に、

店舗を驚異的に増やしている。

 

かつてマルクスが「共産党宣言」の冒頭で、

ヨーロッパを共産主義という名の怪物が徘徊している

と書いたけれども、現在は

モスクワをマクドナルドという名の怪物が徘徊していると

書くのが正しい感じである。

 

上記の写真は、昨年まで不味い日本レストランがあった場所。

なんちゃって日本料理の店だっただけに、

不味かったけれども憎めない店であった。

 

たとえば焼きそばを頼むと、

蕎麦に醤油をかけて鉄板で焼いたもの出てきたり、

雑炊を頼むと、

まったくお米は入っていない不思議なスープが出てくる。

 

まあ、そんな店だから経営も困難だったのだろう。

今年からサブウェイに取って代わってしまった。

 

しかし私がモスクワに行くようになったわずか五年の間に、

どんどん街の景色が変わっていくのを見るは、

何とも物悲しい。

市場経済の荒波をかぶって詩情豊かだった街並みが、

みるみるうちに本来の顔を失って、

どこの街も似たような顔つきになってしまっている状況と、

同じ末路を辿るのかと思うと、やり場のない憤りさえ感じる。

 

日本の地方都市が○○銀座と名乗っていた頃は、

また愛嬌があった。

今は大手外食産業や大手スーパーが

経済的に利益を見込めないと判断した街は、

人々の流出も拍車をかけて、

シャッター商店街に変わってしまった。

また利益が見込めると判断された街は、

どこも同じような街の顔にされてしまっている。

 

そんな日本の街並みをいろいろと見てきた者として、

モスクワの街も大手チェーン店に蹂躙された挙句、

精気を失った街にならないかと、

変わりゆくのが心配で

夜な夜な枕を涙で濡らしている次第である(嘘)

 

さてここからが問題。

下記が大手ファーストフードチェーン店の看板ですが、

すべてキリル文字で書かれています。

それぞれの店名を当ててください。

答えは巻末にあります。

簡単なヒントもついていますよ。

Photo_10

①言わずと知れた超大型ハンバーガーチェーンです。

(難易度1)

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②このチェーン店は日本でもお洒落なカフェとして人気です。

(難易度2)

Photo_8Photo_9 

③看板の色は日本と同じです。

エルビス・プレスリーが好きだった食べ物を売っています。

(難易度3)

 

④日本では一度撤退しましたが、最近復活したようです。

(難易度4)

 

   

   

   

 

  

答え

①マクドナルド

②スターバックス・コーヒー

③ダンキン・ドーナツ

④ウェンディーズ

以上、いくつ正解したかな?

(店主YUZO)

11月 2, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月31日 (月)

テントカフェはサーカス小屋ではない

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ロシアで安く食事を済ませたいと思ったら、

上記のようなテントなカフェがある。

ホテルの駐車場や空き地に忽然と現れて、

次の年に行ったら跡形もなく消えている

蜃気楼のようなカフェである。

 

ショーケースのなかにサラダや焼肉やじゃがいも料理が並んでいて、

無愛想な典型的なロシアの店員に、これと指を差して注文する。

ただサラダやじゃがいも類は量り売りで、

希望するグラムを告げなければならないために、

観光客の出入りは少ない。

 

いつも私は唯一知っている大きな単位である

「Сто(=100gの意味)」と告げると、

店員は、そんな量ではいいのかねという怪訝な顔をしながら、

面倒くさそうに量ってくれ、暖めなければならない料理は、

電子レンジで暖めてくれる。

 

生ビールやウォトカも飲めるのは、ロシアだから当然のこと。

なぜか生ビールを注ぐときだけは、細心の注意を払ってくれて、

ゆっくりとプラコップを傾けると、

泡との黄金比である8:2になるまで時間をかけてくれる。

 

その人格が変わったような仕事ぶりは、

驚きでもあり嬉しくもある。 

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ではそのお味はというと、

お世辞にも美味しいとはいえない。

むしろ限りなく不味いという領域を侵犯している味である。

 

大食漢のチェリパシカ氏でさえ、

不機嫌そうに食べていて笑顔のひとつさえ見せてくれない。

人は不味いものを口にしたときに、

こんなにも無口になって、怒りの形相に変わるのかと、

再認識した次第である。

 

何がこれほど不味いのか?

写真の右下に写っているのは豚肉を焼いたものである。

靴底に見えるが、そうではない。

ただ靴底と並んでいたとしても、

味の違いはわからないかもしれない。

 

ただビールの味だけは優秀で、

地獄の底に差し込む一糸の光のようにさえ感じ、

ついつい注ぐ妙技を見たさのあまり何杯も頼んでしまう。

 

でもそんな世紀末的なカフェでもドラマはある。

 

一人で飲んでいた若い労働者が、私たちのところにきて

「おれは三菱の車に乗っているが、一度も故障したことがない。

こんな車をつくれるなんて、日本は素晴らしい国だ!」

と私たちが車の設計者であるかのように絶賛してきた。

すべての陽の光は自分に降り注いでいると

思っているぐらいにご陽気だ。

 

それほどお金は持ってそうに見えなかったので、

チェリパシカ氏は「ビールを奢ってもらいたいのでは?」

と私に耳打ちしてきたのだが、そのようには見えない。

実際にビールを飲むかときいても、

俺の分は自分で買うよと言って固辞する。

 

結局、1時間あまり、

三菱の車がどれだけの悪路にも悪天候にも耐え、

乗り心地も良いのだと延々と聞かされるはめに。

ひととおり愛車自慢が終わると、

彼はカジキマグロを仕留めた猟師のような

満足した面持ちで帰っていたのであった。

 

しかし私が

はっきりと理解できた単語は、MITSUBISIのみ。

それでも酒を真ん中に差し向かいで飲めば、

ロシアでは会話が成り立ってしまうのである。

 

酒は世界と人を強引に結びつける力がある。

少なくともロシアでは。

(店主YUZO)

10月 31, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月29日 (土)

ムームーはロシアの胃袋

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先回に引き続き、ロシアのファーストフード店の紹介。

「Му-Му」と 書いて「ムームー」と読むが、

ついついマイマイと読んでしまうのもご愛嬌。

まず店頭にある大きな牛の凛とした存在にまず度肝を抜かれる。

しかしこの牛は旅行ガイドで必ず取り上げられるせいか、

観光客と一緒に記念写真に収まってしまうほどの人気者。

 

そういう私も最初のロシア旅行の際、

この牛の前でピースサインをして写真を撮った

消し去りたい恥ずかしい過去がある。

 

店内には様々なメインディッシュ、飲み物、スープ、

小鉢、サラダ、デザート、アルコールなどが

並んでいて好きな物を選んでトレイに乗せていくビュッフェ方式。

とにかく料理の多さには圧倒される。

 

ロシア語が読めなくても目の前にあるものを選ぶだけだから、

適当にオーダーした後、どんな料理が出てくるのだろう

という海外ならではのスリルと不安感はない。

その安心感から旅行者も多く利用するのだろう。

ただサイズや量を聞かれる場合があるので、

多少の会話は必要となるが。

 

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こちらは私が選んだ料理。

食器類がすべて牛模様なのもご愛嬌。

 

奥のさらに盛られている茶色いものは、お米ではなく蕎麦の実。

ロシアでは蕎麦を麺にして食べずに、茹でて食べる。

そのお味はというと、雑穀米から理性が無くなった味とでも言おうか、

漢字を度忘れした時のような

「口元まで出掛かっているのに!」と苛立ちを感じさせる味。

 

壷の中身は秋が旬の茸のスープ。

これはクリーミーなソースにきのこの風味が溶け込んでいて、

口にすると舞茸のような香りが、すうっと鼻先をくすぐる。

 

さすがスープと茸の国ロシア!

美味しいものを口にしたときの至福を十分に満喫できた。

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こちらはチェリパシカ氏の選んだ料理。

 

ニシンの塩焼きがどんと乗った皿を見るかぎり、

あと味噌汁と漬物があれば日本食と変わらない感じだが、

ここで注目してもらいたのは、コッペパンのような卵型のもの。

何を隠そう、これがピロシキである。

中にはそれぞれキャベツを茹でたもの、魚のすり身、肉など

様々な食材が入っていて、好みの食材をオーダーする。

 

日本では揚げパンのイメージが定着してしまっているが、

揚げたパンは中央アジア辺りで食べられているもので、

そのパンは街角にあるスタンド形式の店で

山積みして売っている。

 

一度それをチェリパシカ氏が買ってきたので、

少しだけ食べさせてもらったが、こってりと脂ぎっていて、

自分とは相性が悪く、高校のときの日本史の先生を彷彿させる

胃もたれする味だった。

 

「Му-Му」は、ついついあれもこれもと選んでしまうせいか、

気がつくとかなり予算がオーバーするのが悩みのタネ。

一人当たり2000~2500円になってしまうのだ。

 

マトリョーシカ何個分を食べてしまった?

やれやれ。

(店主YUZO)

10月 29, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月27日 (木)

趣味はじゃがいも?

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モスクワ周辺を仕入れでまわっていると、一番問題になるのが食費。

モスクワの物価は東京と変わらないほど高い。

気の利いたレストランに入れば、

すぐに日本円にして一人当たり3000円飛んでしまうのである。

 

しかも貴重な仕入れの費用を腹を満たすことで散財してはいけない。

なるべく食費を抑えようと様々な対策を練らないと、

せっかく未知のマトリョーシカに出会えたのに資金が尽きていた

というような悲劇にもなりかねないのである。

 

そんな私たちの定番の店は「КАРТОЩКА」。

その名も、ジャガイモという名のロシアのファーストフード店である。

じゃがいもを抱えたおじさんがトレードマークで、

地下鉄の駅や繁華街には必ずと言っていいほどある

ロシアではもっともポピュラーなお店。

N0912   

店内は一般的なファーストフード店と同じで、

メニューの写真が掲げられたサインボードに価格が書いてあって、

ロシアらしい無愛想なお姉さんにオーダーをして支払いをするだけ。

 

その料理の中身はというと、

オーブンで焼かれたじゃがいもに大量のバターとチーズを混ぜて、

ペースト状態にしたあとに、好みの具をトッピングするだけという

いたってシンプルなもの。

 

オーブンで焼かれたじゃがいもは、ほくほくとして美味しく、

こってりとしたバターとチーズのおかげで1個食べるだけで、

十分に腹を満たしてくれる。

 

ロシアではじゃがいもは主食といっていいほどの食材なので、

かたちも大きく、味もしっかりとして、食べ飽きることはないし、

財布にも優しいので、ほぼ毎日食べていた。

仕入れの一週間で、チェリパシカ氏は10kg、私は8kgぐらい

じゃがいもを食べていたと思う。

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上記の写真が、「КАРТОЩКА」での私たちの鉄板オーダー。

これで一人前700~800円程度。

財布とお腹に優しいことがわかっていただけると思う。

 

参考までにこの店がロシアらしいと感じたのは、

夕刻になると店内は若者でいっぱいになるのだが、

ビールやウォトカを頼んで、もしくは持ち込みをして、

ちょっとした飲み会をはじめる。

つまり日本で例えるならば、

マクドナルドでビールを飲むようなもの。

 

その光景に違和感を感じないのもロシアらしい。

(店主YUZO)

10月 27, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月25日 (火)

罪と罰とマトリョーシカと

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今日は仕入れの話。

この仕事を始めて5年ほど経ち、

何千というマトリョーシカを眼にすると、

心は擦れ枯らしの状態になって、

少しぐらい出来の良いマトリョーシカを見つけても、

なかなか心がときめかなくなる。

 

逆に完成度が低く、色合いもくすんだような

出来の悪いマトリョーシカを見つけると、思わずほくそ笑んで、

不憫な子供ほど可愛いというからと、

勝手に納得して買い求めてしまう自分がいる。

 

チェリパシカ氏も同様で、

二人とも世紀末的な作品を見つけては、

言葉もなくニヤニヤと笑ってしまい、じっと佇んで見てしまう。

本当に困ったものである。

 

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その擦れ枯らしのオヤジ二人が、

思わず初心に戻って素直に感動してしまったのが、

このイーゲル・リャボフさんの作品。

 

ウッドバーニングで下書きを行って

色付けはテンペラで仕上げる方法も独特ながら、

描かれている顔も独創的で、

見慣れたマトリョーシカにはない悲哀を帯びた表情に、

幾多の苦難を乗り越えた人生の機微さえ漂う。

 

そしてプラトークを花柄で飾ってみたり、

サラファンに派手な模様を入れたりはしない。

まるでドストエフスキーの小説に出てくるような、

貧しき農村の人々の暮らしを忠実に描いているのである。

 

第一印象は、

「このマトリョーシカ、雰囲気が重い」

  

しかし一度眼にしてしまうと、

どうしても脳裏から離れることができず、

リャボフさんの店の前を何度も行き来した末に、

大盤振る舞いで2体も仕入れてしまったのである。

(だいぶ値は張ったのだが・・・)

 

さてリャボフさん。

作品が醸し出す重苦しい雰囲気のような人柄かというと、

まったく正反対で、

私がロシア語を理解できないのもお構いなしに、

自身の作品に対する姿勢やコンセプトを

延々と熱く語り続ける。

(話好きというのは健全なロシア人の姿だから安心したよと。

チェリパシカ氏の感想)

 

その熱い語りを、私の第六の耳で理解したところによると、

「アンティークなマトリョーシカが持つ質感がたまらなく好きで、

その質感を出そうと色々と試行錯誤した結果、

今の技法を編み出したんだよ。

私の作品は、一般のマトリョーシカとして飾ってもらうより、

むしろ絵画として飾ってもらった方が嬉しいね。

私はイコンも描いているし、とにかく古いものに対しての

愛情と敬意の気持ちがハンパではないんだな。

だから作品を飾る場所は、陽の当たる所よりも、

陽が当たらない所に置かれている方が

断然に存在感が増すはずだよ。

ロシアの教会がそうであるように。

ぜひ、そういった場所に飾ってくれないか。

とにかく今日は遠く日本から来た人に、

評価してもらえるなんて人生は曇り空ばかりじゃないな。

天にも昇る気持ちだよ」

とひと通り語り終えると、

固い握手を交わしたのであった。

 

私の第六の耳は、極めて感度良好である。

・・・はずである。

(店主YUZO)

10月 25, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月16日 (日)

あのユーモアに満ちたマトには会えない

1  

仲買人のイワン君が私たちに会うなり言ったひと言が、

一瞬にして私の顔をこわばらせた。

「スミルノフさんが死んだよ」

そして続けて、

「彼は酒が好きだったから、それで身体を壊したらしい」

と言うとチェリパシカ氏は、やはりそうかと沈鬱な表情を浮かべた。

 

今年の2月、スミルノフさんに会ったチェリパシカ氏は、

「おれは、酒が入らないと良いマトリョーシカがつくれないんだな。だからここにある作品は、酒呑んでつくったものばかりだ」

と豪快に笑っていたことを思い出したからだ。

Photo_2 

私のスミルノフさんの思い出は、

初めてロシアに仕入れ旅行にいたときに遡る。

「これ何?」「これ、ください」

程度のロシア語しか話せない私は、

スミルノフさんのユーモアに満ちた作品に釘付けになった。

 

身振り手振りを駆使して何とか、

「私はあなたの作品の面白さが気に入りました。

これとこれをぜひ売ってください」という気持ちを伝えると、

スミルノフさんは、

私の作品ばかりでなく、私の妻の作品も買ってあげてくださいと、

自分の作品を脇に置いて、紹介もそこそこに、

次々と奥様の作品を並べては細かな説明をしてくれる。

 

店の奥では

奥様が恥ずかしそうに苦笑いをしながらも、

スミルノフさんを暖かく見つめていた。

私は奥様想いのスミルノフさんの勢いに押されて、

スミルノフさんの作品と同じ数だけ、

奥様の作品も買うことにした。

 

そのときスミルノフさんは、奥様の作品が売れたことを

我がことにのように喜んでいた。

仲の良い夫婦ぶり、陽気にそして饒舌に語るの人柄が

あのようなユーモアある作品を作り出す原動力となっているだ

というのが私のスミルノフさんの第一印象になった。

 1_21  

悲しみに打ちひしがれている私たちを見かねたのか、

イワン君が「奥様に電話して、まだ作品があるか聞いてみるよ」

と慰めてくれた。

その後はイワン君はスミルノフさんが、

どれだけ酒が好きで呑んだくれていたのか、

そのおかげで作品の納品をよくすっぽかされたと多少大げさに語り、

湿っぽい雰囲気を変えようとして心遣いが嬉しかった。

 

そして私たちが日本に旅立つ当日、

イワン君は奥様と連絡取れたことを教えてくれ、

欲しい作品をリストにして教えてくれれば、出来るかぎり、

手元に入るように交渉してくれると約束してくれた。

 

少しでも作品が集まったら、

ささやかでいいからスミルノフさん追悼の作品展をしよう。

いや、しなければならない。

ほぼ私の気持ちは決まっていた。

もちろんチェリパシカ氏も同じ気持ちなのだろう。

「今年中に、もう一度ロシアに行かなくちゃ」

と早くも次の訪問日程を決めている。

 

ただ私といえば、頭で理解していても、

まだ死を受け入れることができないでいる。

始終無口で、心中はどんよりと厚い雲で覆われたまま、

作品展ことだけを考えていた。

(店主YUZO)

10月 16, 2011 海外仕入れ | | コメント (2)

2011年10月14日 (金)

プレゼントを喜ぶ表現について考えた

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今回のモスクワ訪問には、

仕入れという目的のほかに世話になっている

マトリョーシカ作家さんに「マトリョーシカ」本を

プレゼントすることももうひとつの目的としてあった。

 

遠く日本の地で、自分が丹精込めてつくったマトリョーシカが、

写真となって多くの人々の眼に触れてもらえるというのは、

作品をつくることを仕事にしている人々にとって、

このうえない喜びであるにちがいないからだ。

初日にコブロフさん、オリガさん、仲買人のイワン君、ザンナさん。

土日にタマラさん、オルガさん、ニコライバさん、セメノバさんと

差し上げたのだが、こちらが恐縮してしまうぐらいの大きなリアクションで、

心の喜びの気持ちを伝えてくれた。

 

コブロフさんは絶叫して周囲の仲間に自慢するし、

オリガさんは、何度も「ウラー!ウラー!」と声を上げて、

少女のような瞳で自分の頁を見つめている。

かなりな御年のタマラさんさえも、腰に手をやって小躍りすると、

旦那さんや娘さんに

「私は日本では有名人なのよ」と自慢げな態度をみせている。

仲買人のイワン君だって負けていない。

「気が変わったから返してなんて言うなよ」と冗談を飛ばして、

しっかりと胸に抱えている。

 

こうも屈託のない笑顔で、

喜びの気持ちをストレートに表現されると、

日本から持ってきた甲斐があったとしみじみと感じるのだ。

 

そこでふと思った。

日本人は、とくに私をふくめた日本のオジサンたちは、

絶対にこのような喜びの表現をできないだろうなと。

自分の心の内を曝け出すことに慣れていないだけでなく、

言葉や表情の表現力に乏しいのだ。

 

だから半分笑みをうかべて、

「ありがとう」とそっけなく言ってしまうのが関の山。

だからプレゼントをした方も、

何かまずい物をあげてしまったかなと余計な心配をしてしまうのである。

それが負のスパイラル、もしく誤解の芽となって、

プレゼントしても喜んでもらえないと拡大解釈がすすみ、

最後にはあの人には何もあげない方がお互いの幸せのためだと、

結論付けされてしまうのである。

 

日本のオジサンは、もっと表情や仕草に富んだ表現力を

身につけなければいけないと思う。

仕事場で国際化だのグローバル化だの偉そうに言っているだけでは、

真の国際人にはなれない。

それどころか家族からも、いつも険しい顔のお父さんと、

煙たがられた存在から脱することができない。

 

ともに変わろうではないか。日本のオジサンたちよ。

眉間の皺を縦から横に変えなければならない。

写真のコブロフさんのような笑顔をすぐに身につけようではないか!

 

今回は、「小沢昭一的こころ」のような話になってしまったナ。

 

註/「ウラー!」はロシア語でやった!の意味。

(店主YUZO)

10月 14, 2011 海外仕入れ | | コメント (0)

2011年10月12日 (水)

ロシアより帰国しました

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10月6日、無事にロシアより帰国した。

今回も様々な出会いや新しい発見があったが、

最大の驚きはアエロフロート航空が、

劇的にサービスが向上したことに尽きるかもしれない。

 

最初にロシアに仕入れに行ったときに利用したのが当航空会社で、

そのときの苦い経験がトラウマのように脳裏に焼きついている。

リクライニングのボタンは破壊されて90度の垂直のまま。

機内放送、映画の上映は機材の不良という名のもとに無し。

さらに私の座席の室内灯は付かず真っ黒く照らすだけ。

そして不機嫌な顔が板についている添乗員。

 

さらに追い討ちをかけるような出来事として、

あまりの機内の退屈さにロシア人のオヤジ団体が、

ウォッカを飲み始め、陽気に騒ぎ出したかと思ったら、

乱気流に入り込んだとたん気分が悪くなり、

今度はそこいらで吐き出す始末。

耐え難い臭気と孤独感に責められた10時間のフライトだった。

ここまでの経験がなくとも、

過去に利用された経験があれば、そうだった、そうだったと

その定評あるサービスの悪さに肯くにちがない。

Tw0

 

それがある。

今回も10時間の孤独と忍耐のフライトを予想して、

屠殺場にむかう牛の心境、半ば諦めの境地で搭乗したのが、

座席前には上記写真のようにモニターがあり、

ゲームや映画を楽しめるようになっている。

 

そして機内食の質、添乗員の迅速な応対など

機内サービスも数段上がっている。

 

ここまで劇的に変化を遂げたことについては、

アエロフロート航空も誇りと考えているようで、

機内誌「オーロラ」で、

サービス向上した会社として3位に入賞したことを、

巻頭に記事を載せているのが、少し微笑ましい。

 

この劇的な変化について、わが友チェリパシカ氏は、

「おかげで運賃が1.5倍ぐらいに跳ね上がったけどね。

もし昔のアエロフロート的なサービスを懐かしむなら、

ロシア国内線に乗れば再会できるよ」

と冷静にコメント。

 

国際線という

世界の航空会社としのぎを削らなければならない市場で

昔のようなサービスでは生き残ることはできないと判断しての

全社一丸となっての改革だったと思う。

 

ただチェリパシカ氏が指摘するように、

サービスの悪かったことが、逆に強烈な印象を植えつけて

思い出になることだってありうる。

 

快適な旅だけが旅ではない。

 

旅にはトラブルやハプニングがつきものである。

それが旅の面白さといえなくもないが。

(店主YUZO)

10月 12, 2011 海外仕入れ | | コメント (1)

2010年8月20日 (金)

モスクワは今日も猛暑だった

今年の夏は記録的な暑さで、

露西亜も例外でなく130年ぶりの猛暑が襲っていて、

今回の仕入れは、その暑さに翻弄される毎日だったsunsunsun

  

   

 

ホテルにはエアコンが無いsign03(部屋の温度は35度を切ることは無い)

白夜でなかなか日が沈まないsign03(10時近くまで明るい)

暑さをしのげる場所がないsign03

(お店のなかも、ほとんどエアコンが効いていない。

あのスターバックスコーヒーでさえ、

店内ではなく、みんな店外の日陰を探して飲んでいるsad

   

  

このような三重苦のモスクワでの生活は想像を絶するものであった。

     

  

 

ニュースでは露西亜国内で、連日熱中症にかかって命果てる人が、

1000人を超えてしまったと報道。

服を着たまま噴水に飛び込む人々の映像が映されるwobbly

下の写真は、噴水で遊んでいるうちに銅像にされてしまったカップル。(嘘)

 366  

マトリョーシカの仕入れどころではない。

命の灯火をつなぐには、とにかく水分とミネラルの補給である。

406 405_2

左は、見てのとおりビール。

露西亜のビールは美味しいのだが、

ビールは利尿作用がつよいく脱水症状の恐れがあるので、

やむなく1日1本のみとルールを決めて、

左のミネラルウォーターを常に携帯することに。

  

亀さんに言わすと、

私が露西亜仕入れでビールを1日1本しか飲まなかったのは

ペンギンの群れが北の空に向かって飛んでいく光景を

目にしたぐらい驚きだったらしい。

    

  

ちなみに露西亜のビールは、

コクがあって、ずっしりと五臓六腑に響く味わいで私の好みである。

私見だけれども、ドイツのビールのような味わいである。

大麦をケチケチしていないビール本来の味といおうか。

   

  

また日本みたいにキンキンに冷やさないところが、

味を殺さなくていい。

(ただ露西亜ではビールは体を冷やす飲み物だと敬遠している人が多い)

   

  

そんな私がビールを我慢してまで

ミネラルウォーターを飲んでいたのである。

    

どれだけの暑さだったのか想像できるでしょうsign02

  

(店主YUZO)

  

  

8月 20, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2010年7月26日 (月)

ロシアより帰ってきました!

ロシアより無事に帰ってきましたairplane

今回は、とにかく暑かった何のsign03

日本の夏が歯の抜けたライオンに咬まれているぐらいに感じるほど、

めぢゃめぢゃ暑かったですleo

とにかくロシア全土で2000人近くが暑さでお亡くなりになっているそうですしcoldsweats01

  

それでは手持ちで帰った作品を紹介します。

もちろん、これは全仕入れの本の一部ですよ~。

今回は150種以上仕入れていますsign03

  

  

人気NO.1のニコライバさんのマトリョーシカは5体入荷しています。

猫の絵の箱はアルハンゲリスクという技法を基につくられた箱です。

「木の香」では初めての仕入れになりますhappy01

 

Dscf5622

今回はマトリョーシカだけでなく、よい箱物を仕入れるというのが

裏テーマとしてありました。

そこでホフロマ、ベレスタのワンランクアップしたもの、

生活に根ざした箱などを70点近く仕入れていますgood

  

 

ホフロマのアクセサリーボックス、眼鏡ケースは、

さすが目利きの品選びと自負してまうほどです(笑)

Dscf5623

あとマトリョーシカもなるべく新しいデザインのものを探しました。

コブロフさんの新作は木彫りのクリスマスベル、木彫り動物マト3型。

パベルさんの新作亀マト、てんとうむしマト。

ドメンスカヤさんの3個型(初めて仕入れた作家さんです)

などなど250点ぐらい仕入れています。

   

航空荷物が届き次第、順次「木の香」並べていきたいと思いますairplane

航空事情を考えると、8月初めぐらいなるかな~

店頭に並んだマトリョーシカは、ショップブログで紹介していきます。

  

次回ブログからロシア事情を書きま~す。

お楽しみにsign03

(店主・YUZO)

  

  

7月 26, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2010年7月 1日 (木)

ロシアに仕入れに行ってきます

Photo

連日、ロシア木工芸展にたくさんのお客様にご来場いただき、

誠にありがとうございますhappy01

またニコライバさんのマトリョーシカをご希望されていたお客様、

今回の入荷が7体のみだったので、

すぐに売り切れになってしまい申し訳ありませんでした。

  

ということで7月半ばに、ロシア仕入れに旅立ちたいと思っています。

今回、ご希望のものが手に入らなかったお客様、

またロシア製のもので欲しいものがあるお客様、

こんなものがあったら嬉しいなと想っているお客様、

東奔西走して探してきますので、ぜひとも御連絡くださいsign03

 

ご希望商品の問合せは下記のフォームよりお願いします。

https://kinoka.woodburning.jp/contact/

  

もちろんマトリョーシカ以外のものでもかまいません。

(ただ本田選手のサインというのは難しいかも・・)

   

7月のロシアは日本より緯度が高いので陽が長く、

9時近くまで明るいので

仕入れで動き回るには良い季節ですsign02

  

仕入れた商品は、9月初め頃には皆様にお見せできるかと思います。

ぜひ楽しみにしていてくださいね。

  

ちなみに冒頭のきのこ爺の絵は、ロシア仕入れには関係ありません(笑)

  

(店主YUZO)

7月 1, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2010年1月20日 (水)

ロシア料理の真髄は?

店頭に立っていると

ロシアの食事はどうですか、どんな料理がありますかと、

よく訊かれる。 

まだロシア歴2年の私が、

大ロシアの料理を語るのはおこがましいが、

はっきりと言えるのは、日本人の味覚からすると塩っぱいし、

寒冷地のためか脂肪分が多いので、

何日か経つと下っ腹がどんよりと重くなる。

そのせいか、少しでも淡白であっさりしたもの、

胃に重くならないものを選んで食べていた。

ただ今回は違った。

321

それはホテルの近くにあるレストラン、

その名も「タベルナ」での体験のせいである。

「タベルナ」は高級ではない。

日本的に言えば、仕事帰りによる小料理屋みたいな店である。

「タベルナ」に立ち寄った日のモスクワは日中10度、

夕方は突風が吹き荒れて、体感温度は0度以下の悪天候であった。

こんな日は、すぐに体が温まるものを胃に入れたくなる。

私は慣例として仕事終わりの生ビール。

たかなしさんとカメさんは、スープを頼んだ。

322

習慣とはいえ生ビールで、さらに体が冷えた私を横目に、

二人は上気した顔で、ホクホクとスープを楽しんでいる。

たかなしさんはサリヤンカ、カメさんはボルシチ。

人は美味しい物を口にすると、言葉がなくなり、笑顔だけが残る。

「美味しい?」

「・・・・・」

「美味しそうだね」

「・・・・・」

スープをすすることに没頭しているカメさんに頼み込んで、

一口ボルシチを飲んでみた。

○!△!*!@!!

323

肉からも野菜からも旨味が溶け出し、

お互いが複雑に交じり合い奥深い味に。

それでいながら気取らない家庭料理の親しみやすさがある。

すぐに私は自分の分を、大食漢のカメさんは2杯目を注文する。

知り合いのロシア人にきいたところによると、

ロシアには基本となるスープベースが30種あり、

それぞれ地方によって具の内容がかわり、

レストランや家庭によって味付けが変わるというのである。

そこまで多様化し細分化されたスープをすべて制覇するのは、

シベリアで生きたマンモスを捕らえるぐらいに難しい。

その事実に驚愕した私は、

レストランに入るたびにスープを頼むのが日常になった。

ただ「タベルナ」の味を越える店は、

なかなか見つからなかったというのが今回の感想。

やはり寒い夜にはスープにかぎる。

(つづく)

1月 20, 2010 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年12月 9日 (水)

スーパーマーケットで私も考えた

先回に引き続きスーパーマーケットの話。

311

ロシアでは、肉や魚といった生鮮食料品は量り売りが主で、

ショーケースに、これでもかと言わんばかりに並んでいる。

そのショーケースも5m近いガラスばりのもので、

「これをください」と指でさすと、

ケースの向こう側に立っているおばさんが、秤に乗せてくれる。

312

日本のようにカレーライス用、しゃぶしゃぶ用などと、

用途に応じてパックに小分けされておらず、

腿、肩、尻、顔、といった部位が、でんでんと置かれている。

これぞ肉の塊といった感じである。

日本の親切すぎる小分けは、

これが肉だという事実 を忘れさせるためにあるようだ。

血が滴るのが肉。

これを目の当たりにしたら、

草食系男子、肉食系女子なんて比喩をうっかり口に出せまい。

313

この肉を喰らい付き、平らげなければ、我が生命の灯は、

いずれ消えてしまうのではないかという気分にさせられる。

あの肉には、先まで生きていたような、グロテスクな生々しさがある。

残 念ながらホテルには調理器具がないので、

指を咥えて見ているだけだが、一度は岩塩と胡椒をたっぷりかけて、

挑んでみたいと思う。

「あれを思い切り、喰らいついてみたいね」と私が言うとカメさんは、

「昔、1キロのステーキを食べたけど、あれは格闘 技だね。

ロシアの肉は味が単純すぎて、すぐに飽きる」

とうんざりした顔で言う。

314

「そうなんだあ」

日本の牛や豚も気の毒である。

日本人の繊細な舌に合わせて品質改良され、

生命体であったこともパックに入れられて消され、

グラム単位にまで切り分けられて。

もはやスナック菓子のような浮ついた存在に成り下がっている。

やはり、うんざりした気分になっても良いから、

あの肉の塊と格闘 してみたい。

一瞬にして負けるかもしれないが、ロシアの大地で育った奴等は、

人間は他の生き物を食べて生き続けるから、生きながらえるという真理を、

再認識させてくれるに違いない。

(つづく)

12月 9, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年11月 8日 (日)

ロシアのスーパーマーケット事情(1)

今日はロシアのスーパーマーケットの話。

ロシア語でも「Супермаркет」と書き、

ほぼ同じ発音なので、何となく嬉しい。

その国が豊かか調べるには、

スーパーマーケットで食材を見ればわかると言われるだけに、

とても興味深い場所であり、外食が続くとお財布に響く身には、

倹約するのに、とても頼りになる場所でもある。

物価は日本とほとんど変わらないのだが、

まず驚かされるのは乳製品の豊富さ。

牛乳、チーズ、バター、ヨーグルト、ケフィアなど、

店の置くまで伸びる棚は壮観で、

牛乳ひとつ選ぶにも、いろいろ迷ってしまうほど。

302_3 

日本では馴染みのないケフィアは、

ヨーグルトドリンクのようなもので、

1%,3%,5%と濃度表示があるが、

濃ければ良いといえものではない。

濃いものは、固まりきらないヨーグルトといった食感で、

どろどろしていて、とにかく酸っぱい。 

プレーンタイプと砂糖入りのタイプがあるけれども、

酸味に敏感人には砂糖入り1%がお勧めかも。

私は「甘いものなど飲めるかい!」と

粋がってプレーンタイプ7%に手を出したが、

ぜんぶ飲み切れず、

冷蔵庫に入れたところ冷やしすぎて凍らしてしまい、

分離した乳清が胃酸を超えた酸っぱさに変化させてしまった経験の持ち主です。

封を開けたら、ケフィアは残さず飲みましょう。

メーカーは現在、

日本でも整腸作用でPRしているダノンが幅を利かせているが、

個人的には、おばあちゃん印のロシアのメーカーが好き。

ロシアの堅気なおばあちゃんが、

親身になって牛の世話をしながら育てているのを想像して、

ついこちらを買ってしまう。

303_3

カメさんの話によると、

ロシアは寒冷地ゆえ野菜不足になりがち。

そのため乳製品で腸内環境を整えているのだとか。

あながちダノンの「まずは一週間から」というPRも嘘ではない。

そう言われて野菜売場を見ると、スペースも狭く淋しいかぎり。 

日本では出荷でハネられてしまうようなジャガイモやニンジン、

色の悪い緑黄色野菜が並んでいる。 

これらを食するのならば、ロシア滞在期間中の健康は、

おばあちゃんの乳製品に託しますと、

一言告げて買ってしまうのである。

304

(つづく)

11月 8, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年9月 9日 (水)

さらばロシア、月の裏側でお会いしましょう

最後の仕入れも無事終わり、いよいよ帰国の途へ。

今回の仕入れは100%満足いったと、たかなしさんも私も、じんわりと実感する。

261

昨晩、酩酊していたニコライさんが、

すっきりとした表情で現れ、空港まで送ってくれるという。

今回の仕入れが成功だったのは、ニコライさんに負うところが多いし、

その律儀な性格のおかげでボゴロツカヤやニコライバさんに再会できたのだなと、

ロシア語どころか英語も話せない私は、

言葉では言い表せない感謝の気持ちで胸がつまったweep

「ぜひ、日本に来たら連絡してください。

今度は私が神田や早稲田の古本屋を案内しますから」

「それです。私は日本文化について、イチから始めなければならないのです」

「イチから?

「今までの私はダメな人でした。これから私は違います。

本当の日本文化について、ロシアに伝えなければという使命があります」

「・・・・・・・」

262

顔は素面だけれども、まだ熱い思いは続いているようである。

シェレメチボ空港に到着し、

ニコライさんと固い握手を交わしてから、航空券の確認をしにカウンターへ向かったairplane

この空港、古き良きソビエト時代の勤務態度が色濃く残っており、

航空券のカウンターでは、ひとりのおばさんがモニター画面を睨み、

残りの3人は世間話に花を咲かせている。

もちろん3人は、就労の気持ちはウラル山脈の彼方に置き忘れ、

モニターおばさんはパソコンの初歩を練習しているような雰囲気。

当然、旅行者が並び始め、長蛇の列となり、

それぞれの国の人が、それぞれの言語で怠慢な勤務態度に不満を呟いている。

ちょっと!!割り込みしないでよっっannoybomb

と突然、日本語が響き渡った。かなりの剣幕である。

「こんなにお客さんが並んでいるのに、何!?その態度はsign03sign03

263

しかもその声の主は、私の真横から聞こえてくる。

普段、のんびりとした性格のたかなし姫とは思えない、

こぶしの利いた演歌歌手のような声だったので、一瞬わからなかった。

しかし、姫の一喝で、渋々おばさんたちは、仕事に就き始め、

長蛇の列がトカゲの尻尾程度の長さ縮まった。

快哉。たかなし姫。

264

だが安息の日々は続かない。一難去って、また一難。

今度は持ち物検査に3時間。国際空港だというのに、

稼動しているX線検査機が2台しかないcoldsweats02

それなのに靴下まで脱がせる厳重かつ丁寧な検査を続けている。

フライト時間から遅れること2時間。ようやく機上の人となった。

さて、またロシアに行きたいと問われれば、その答えはイエスである。

では、住みたいかと問い詰められたら、

ちょっと考えさせてくださいと言い篭ってしまうがcoldsweats01

今回の仕入れ旅の経験は、

鬱蒼としたロシアという森の入り口立った程度のものだろう。

そして近いうちにニコライさんや今回出会った人々に再会できたら嬉しいなと、

アエロフロートのおそろしく狭い座席に辟易しながら、ぼんやりと思ったsleepy

265

(おわり)

9月 9, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年8月26日 (水)

ロシアは地球の淵をまわる!?

いよいよ、ロシア仕入れ旅の最終日である。

心残りとしては、

変わったインパクトのあるマトリョーシカが見つけられなかったこと。

とにかく午前中、市場に行って偶然の出会いを期待するしかない。

タイムリミットは3時間。自然と気持ちが引き締まる。

251

その点は、たかなし姫も同じである。

念じると通じるもので、

早々にアンティーク風のマトリョーシカを発見。

セミニョーノフでつくられたものらしく、

男だか女だかわからない顔つきに、民族衣装を身にまとい、

所々ニス溜りができている、やっつけ仕事の見本みたいなつくり。

252

ただ作家の丁寧に仕上げたマトリョーシカばかり見ていると、

こういうお土産にもなりかねるものに惹かれてしまうのも、

マトリョーシカの恩深さなのか。

迷わず置いてあった4つ全てをゲット。

(ちなみに、ほぼ1年経った現在、4人ともお嫁に行っていない)

さらに、ぶらりぶらりと散策していくと、

「アート・オブ・ロシアン・マトリョーシカ」で紹介されていた、

熊がハチミツを食べている「おだんごぱん」のマトリョーシカを発見sign01

頼りなげに下を向いた姿と、ハチミツ壷を抱えるように広げた足が特長で、

マトリョーシカらしからぬ独特のかたちが、実にユニーク。

253

「これ!これ!これをあるだけくださいsign03

間髪入れずに、たかなし姫と同時に声を上げてしまい、

売り子(中年のオッサン)は、興奮した日本人が店に襲来してきたと思ったのだろう。

ちょっと引き気味。

「この他にも、バーバーヤーガもつくっていましたよね?」

と言いたいのだが、そんな高度なロシア語が話せるわけもなく、

雛鳥のように二人揃って、

「バーバーヤーガsign03バーバーヤーガsign03」と連呼。

254

すると私たちの興奮が伝染したのか、

「ここにバーバーヤーガはないけれども、すぐに工房から持って来させる」

とロシア人らしからず、素早く電話をして、

車を運転する真似などをして伝えようとしている。

「ウィ、エアポート、ゴーゴー、リミット1時!」

という意味不明の英語で、鼻息荒く、間に合うか訊く私たちcoldsweats01

1時間以内に着くから、大船に乗った気持ちでいてくれ」

とゆとりの表情で豪語する売り子。

「本当にsign03それで、工房はどこにあるのsign02(もちろん英語と日本語のミックス)」

「もちろんセルギエフ・パッサードだよ」

それを聞いて、一瞬にして我に返った。

セルギエフ・パッサードからモスクワまで、

ロシアの道路事情を考えると、3時間近くかかる。

ロシア人にとって、

その距離は東京駅から上野駅ぐらいにしか感じないだろうが、

地図で見れば、東京から水戸ぐらいはある。

諦めた時点で、急速に興奮が冷めていく私たちだったが、shock

売り子は、ボイラー工場のようにどんどんヒートアップ。

「こうして話しているうちに、もう半分まで来ているはずだっsign03

その根拠の無い自信に敬服しながらも、

冷静に「おだんごぱん」マトリョーシカの精算をする私たちであった。

255

(つづく)

8月 26, 2009 海外仕入れ | | コメント (2)

2009年8月19日 (水)

モスクワの憂鬱

いろいろと鬱積しいたものが堰を切って流れ出したのか、

ニコライさんの日本への思いが延々と続く。

「私はもう一度、日本で勉強がしたいのです。

今私がしている仕事は、私が本来やりたい仕事とは正反対のものです。

このまま続くかと思うと、自分が死んでしまったような気分です。

でも死ぬことはいけないことですから、絶対に死は選びませんが。

本当に二人は、良い仕事をしています。

羨ましい。ロシア人が知らないことも、良く調べられていて。

それに比べて私は・・・。私も昔はそういう気持ちでした・・・」

241

自責の念にかられたかと思うと、私たちを褒め称え、

するとまた自責の念に逆戻りの繰り返し。完全に酒飲んでクダを巻く、

新橋のオッサン化している。

ふとロシア通のチリパシュカさん(実は日本人です)の言葉を思い出した。

242_2

ロシアの酒飲みは、大まかにふたつのタイプに分かれるそうである。

一晩中、陽気に騒いで飲み明かすタイプと、

飲むにつれて人生とは何かと考え込んで意気消沈するタイプと。

もしこの説が正しければ、明らかにニコライさんは後者のタイプである。

もちろん前者が運転手になるだろう。

243

ニコライさんは、どんどん自分の内なる世界に入り込み、

「人生をリセットしたい」とまで言い出し、

運転手は、割り込みする車や故障している車など、

目に付くものすべてに悪態をついている。

世界中で起きている不幸が、この二人に降りかかっているようである。

ドストエフスキーの「罪と罰」をちゃんと読んでおけばよかったと、

後悔する私であった。

(つづく)

8月 19, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年7月15日 (水)

すごいぞ!ロシアの高村光雲

このような状態ゆえ、

ボゴロツカヤについての仔細は全く覚えていないのだが、

断片的な記憶を辿ると、あの熊が踊るおもちゃは本業ではなく、

彫刻物を製作するのが本来の産業らしい。

その彫刻物を例えるならば、

北海道の鮭を咥えた熊のスケールを大きくしたものを想像してもらえば、

間違いない。

Bogo1

樹齢100年は優にこえた切り株に4頭立ての馬車を彫ったものや、

童話「三匹の熊」をモチーフにしたもの、

ロシアの古い諺をベースにしたものなど、

1メートル前後の作品が所狭しと展示されている。

しかも馬車などは細部の装飾物まで綺麗に彫られていて、

技術の高さを感じさせる。日本にこれらの作品が存在したら、

何点かは重要文化財に指定されてもおかしくない力作ばかりである。

この高度な彫刻の技術を基礎に、

あのおもちゃを副業としてつくっていると言いたいのかもしれない。

しかし作品の完成度が高いのに、工場まで足を運ぶ人は少なそうである。

結局、私たち3人以外、誰も見学者は現れず。

真面目な性格らしい美しき女性は、閑古鳥が鳴くなか、

途中で説明を割愛することなく、すべての展示物について講義してくれた。

けれども私の頭には、彫刻家の名前も歴史も何ひとつ残っていない。

あんなに丁寧に説明してくれたのに本当に申し訳ない。

Bogo2

もし恨むのでしたら、昼食時に

「ビールよりもウォッカのほうが身体によいのです。

医学的にも証明されています」

というロシア的な意味不明な論理で、

ウォッカを注文したニコライさんを恨んでください。

(つづく)

7月 15, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年6月26日 (金)

ロシアで高村光雲に出会う

211_2

次はボゴロツカヤへ(発音が間違っているかもしれない)

セルゲイ・パッサードから、車でさらに西北へ1時間ほど行った村で、

ここでは素朴なおもちゃを製造している。

その素朴なおもちゃとは、

板の下に丸い球が糸で吊るしてあって、

それをぐるぐると回すと、板の上にある熊の人形の手足が動き、

スキーをしたり、釣りをしたり、絵を描いたり、踊ったりするもの。

動きがユーモラスなのが微笑ましいが、

単純すぎて30分も遊ぶことはできない。

212_2

モスクワ郊外に出ると感じるのだが、日本のように山々が連なることはなく、

どこまでも森林と草原が続き、ときどきダーチャと思われる集落がある程度だ。

ボゴロツカヤも同様で、こんな所に工場あるのかというような場所に、

ひっそりと佇んでいる。

ここでは工場見学も重要な収入源なのか、

博物館が併設されていて、そちらへ通される。

マトリョーシカ工場よりは、きっちりと整理されていて、

美しい女性が説明についてくれる。(これは重要です)213_2

「ボゴロツカヤの歴史は……」

と丁寧に説明してくれ、それをニコライさんが訳してくれるのだが、

元々講義を聞くのが苦手な性格に加えて、

昼食時にニコライさんとウォッカを1本空けてしまったため、

ふわふわとした気分で女性の顔ばかり見ている。

ニコライさんも同様で、意味不明の日本語を連発しだし

「今日は実に楽しい。ロシア人と熊は、昔から仲良しです」

と陽気になっている。

(つづく)

6月 26, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年6月18日 (木)

マトリョーシカの聖地(2)

この他にもレトロなマトリョーシカが数多く展示されていて、

ロシアで出版されている「マトリョーシカ」という本に載っている作品を、まじかに見ることができる。

本で見たときから気になっていた牛の化け物も、しっかりと展示されていた。

眼孔鋭く、こちらを睨みながら盃を手に持った姿は、身がすくむ怖さで、圧倒的な存在感。

これも100年近い年月が経っていると思えないほど、

ぜんぜん古びていない。

ちなみに「マトリョーシカ」という本はシア語で書かれているものの、

貴重な写真が数多く掲載されていて、コレクター必携の本です。

201

ほかの展示室には、各国の人形が飾られていて、

ドイツのくるみ割り人形や中国の陶器の人形に交じって、

日本の雛人形がでんと鎮座している。

しかも7段飾りの豪華版。

ロシア在住の金持ちの日本人が寄付したのだろうか?

それとも吉徳か久月の営業マンがモスクワまで仕事に来たのだろうか?

この豪華絢爛さに、自分が寄付したわけでもないのに誇らしげになり、

ついニコライさんに

「日本の人形も世界に引けをとらないでしょう」

と自慢してしまう。

根っから日本びいきのニコライさんも

「これは立派ですね」と頷いている。

ふと7段の一番下に何やらオレンジ色の物体があるのに気がついた。

202

よく見ると、ビニール製の日本刀が、無造作に転がっている。

昔、風呂敷をマントにしてチャンバラごっこで遊んだ、

安物の日本刀である。

こんなものまで展示するとは、ロシアのおもちゃ博物館は奥が深い。

これもいいねぇ。和むねぇ。

193

(つづく)

6月 18, 2009 海外仕入れ | | コメント (1)

2009年6月 8日 (月)

マトリョーシカの聖地(1)

マトリョーシカ工場では製作現場を見学したあと、

絵付けをするのだが、その話は特別に面白くないので割愛して、

おもちゃ博物館へ。

おもちゃ博物館は、レトロなマトリョーシカが展示されているのと、

原型になった箱根の入れ子人形もあるということで、

その筋では有名な博物館。

マトリョーシカ・コレクターならば一度は訪れたい聖地といったところ。

191

聖地とは言うものの建物は赤レンガの小さなもので、

受付には童話で描かれるような可愛らしいおばあさんが、

ちょこんと座っている。

私たちが日本から来たとわかると

「わざわざ日本から来てくれたの!」と手放しで迎えてくれる。

とてもアットホームな雰囲気。

1階は最近のロシアのおもちゃを展示してあり、

木でつくられているとはいえ、工業製品らしくきっちりとつくられていて、

あまり心がときめかない。

お目当てのレトロなマトリョーシカは2階にあるらしい。

逸る気持ちを抑えられず、早々に階段を駆け上がる。

最初の展示室の入ってすぐのガラスケースに、

あの本で見たマトリョーシカが!

192_4

ニワトリを抱えたお母さんに、7人の子供たちの計8個型。

大事にニワトリを扱うお母さんに、

母親に代わって買い物に行く長女、

指しゃぶりがやめられない末っ子まで、

ロシアの農村生活がいきいきと描かれている。

19世紀末つくられたというのに状態も良好で、

素朴な雰囲気と年代を経た色合いが実に良い。

マトリョーシカ作家が、

必ず一度はこのデザインでつくりたくなるのも納得する。

たかなしさんと私、しばらく無言。

いいねぇ。和むねぇ。

193

(つづく)

6月 8, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年5月29日 (金)

念願のマトリョーシカ工場見学②

「最初は木を削るところを見てもらいます」といきなりクライマックス!

たかなしさんも私も、凹んだ気持ちに、興奮のスイッチが入る。

作業場には70歳を過ぎた体格の良いお爺さんが、

ニコニコしながら私たちを迎え入れる。

「よ~く、見とくけよ(=たぶん、そう言っている)」

と言うと、まだ樹皮のある板を機械に備え付ける。

そして横にあるボタンを押すと、もの凄い音を立てて切断機が降り、

あっという間に角材の出来上がり。

機械がやったことなのに、お爺さん少し自慢げ。

「次はこの角材から入れ子をつくるよ(=たぶん、そう言っている)」

と言い旋盤の前に立つお爺さん。

私が見たかったのは、この作業だよと、

思わず生唾をごくり。

181

センターに角材を取り付けるのは、日本の旋盤と同じ。

センターが決まると旋盤が回転し、刃物を当てて角材を丸棒に変えていくのも同じ。

丸棒が出来上がると、いよいよ入れ子つくり。

182_3 

まずマトリョーシカの下部になる部分を削り出した。

ここで図面はなく目測だけでつくる。下部が作りあがると、

上部の瓢箪型をつくる作業にうつる。

さすがに手際よく、あっという間に瓢箪型に。

そしてここから重要な作業。上部と下部の合わせた上に、

中をくりぬかなければならないのだ。

下部の凸部分が上部の凹部分に、きっちりと合わさらないと、

入れ子にならないのだから、ここは細心の注意を払うところである。

げっ?、げっ?、げっ!、げっ!

何と物差しで測ることもなく、目測だけでがりがりと削り始めた。

それも余裕の表情で、削り上げ、手品師のように私たちの目の前で、

上部と下部を合わせてみせる。

しかも所要時間は20秒程度。

183

「ハラショー!ハラショー!」

眼が輝かせて、やんやと拍手喝采する私たち。

お爺さんも、どうだと言わんばかりの得意満面で、

もう一度やってやろうと、旋盤を回す。

御茶の子さいさいの出来上がり。ハラショー!ハラショー!

得意満面。もう一度旋盤を回す。出来上がり。ハラショー!

と結局、4回も、この芸術的な職人技を披露してくれた。

「俺は、この仕事を50年もやっているんだ。

こんなもの朝飯前だぜ!(=たぶん、そう言っている)」

このときのお爺さんの顔、職人ならではの少しクールさを漂わせつつ、

自信に満ちているのが格好良かった。

ただお爺さんに続く職人も、もうキャリアが30年だそうである。

どこの国でも、職人技というのは消えゆく運命にあるのかと思うと、

虚しい気持ちにならずにはいられない。

ニコライさんが、「若手でも30年だそうです」と訳してくれたのが、唯一の救い・・・

(つづく)

5月 29, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年5月28日 (木)

念願のマトリョーシカ工場見学①

いよいよ、念願のマトリョーシカ工場見学である。

絵付けをしているのは前回見たけれども、素材を削りだすのを見たことはない。

寸法がバラバラにつくられている事実が、

きっちりと測って物をつくる国で生まれた私には、信じ難いのである。

いくらナルマイナ(問題ない!)が口癖のロシア人でも、

図面もあれば、専用の冶具もあるでしょう。

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工場はセルギエフ・パッサードの外れにあって、少し寂れた感じ。

ソビエト時代から操業していたのか敷地は広いが、

人影はなくも崩れたレンガも放置されたまま。

植え込みに手が入った様子もなく、廃工場の雰囲気さえ感じる。

「ちょっと淋しい工場ですね」と私が言うと、ニコライさんは困惑した顔で、

「いろいろ探したのですが、見学できるマトリョーシカ工場は少ないんです。

個人でつくっている人が多いみたいで」

工場内の待合室に通されると、

そこには目映いばかりのマトリョーシカの山々・・・・。

という期待に反し、無造作に積まれた書類とツギハギだらけの応接セット。

「この工場、ちゃんと操業しているのですかね」

15分ほど経ったのに担当者は現れず、さらに気持ちを不安にさせる。

172

あまりにも待たせるのでニコライさんも痺れを切らし、

最初に応対したおばさんに文句を言いに、部屋を出て行ってしまった。

さらに15分。カップ麺ならば10杯出来上がるところ、

先ほどのおばさんとニコライさんが戻ってきて、ようやく工場見学が始まった。

(つづく)

5月 28, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年5月 5日 (火)

はるばる来たぜ!セルギエフ・パッサード

モスクワに着てから4日目。

今日は念願だったおもちゃ博物館とマトリョーシカ工場へ行くことに。

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おもちゃ博物館には、マトリョーシカの原型となったといわれる

箱根の入り子人形が展示されており、

マトリョーシカ工場は、どのようにして木を削っているのか、

この眼でしっかりと確かめてみたかったからだ。

マトリョーシカを蒐集されている方なら知っていると思うが、

同じデザインであっても互換性はなく、大きさも微妙に違い、

マトリョーシカ同士の上下が合わさることはない。

一品一様。

工場製品のような互換性はないのだ。

この感覚、きっちり制作する日本人には、なかなか理解できない。

はたして寸法図があるのか?

特別な工具でサイズを測っているのか?

朝のこってりとしたバイキングにも慣れ、

エネルギーを充電した私たちは、

昨日に続きニコライさんの案内のもとセルギエフ・パッサードに向かう。

車に乗る際、ニコライさんが

「今日の運転手は少々気が荒いから、気をつけてください」

と耳打ちをする。

恐る恐る運転手を見ると、腕がビール樽のように太く、

短く刈上げた髪と冷たい光を放つ青い眼は、元KGBといった風貌である。

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「ドブラェ・ウートラ(おはよう)」

と小心者の私は、その風貌に圧倒され、自然と小声になってしまう。

笑顔で力強い握手されて、さらに萎縮する私。

神様。今日、どうか無事に終えることができますように。

ニコライさんが言ったように、

なるほど実に男ぶりのよい、いや荒々しい運転で、

朝の渋滞のモスクワ市街を突っ走る。

上下の車線はお構いなし。横断する人にはクラクションを連呼して蹴散らしていく。

「こういう運転は、日本ではカミカゼタクシーと呼ぶんですよ」

とニコライさんに嘯くと、

「カミカゼ?それはあまり良い意味の言葉ではないですよね」

と顔と身体をこわばらして苦笑いする。

おかげで予想時刻の30分前にセルギエフ・パッサードに到着。

こちらはフルマラソンに参加したときのように心身ともに、ぐったりである。

しかもおもちゃ博物館は開館していない。

「善は急げ」は、いつも正しいわけではないと改めて痛感。

さてセルギエフ・パッサードはどんな街か簡単に説明すると、

トロイツェ・セルギエフ大修道院を中心として栄えた小さな町で、

モスクワから約70km離れた場所にある。

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町の象徴であるこの大修道院は、たまねぎ型の黄金と青い屋根が並び、

白い壁面が美しい建築物で、世界遺産にも登録されている。

クレムリンで見られるようなあの独特のかたちをした、たまねぎ建築である。

この日もたくさんの観光バスが止まっていて、

たくさんの参拝者と観光客が訪れていた。

しかしそれ以外、名所旧跡はなく、閑散とした静か町。

この地でマトリョーシカが生まれたのだが、

どこかの国のように「マトリョーシカ誕生の地」と大きな看板を掲げる貪欲さもなく、

人々が日々の生活を淡々とこなしている風情を感じる。

もちろんその生活には、マトリョーシカ制作を生活の糧にしている人もいるのだが。

その謙虚さがこの町の魅力であり、

マトリョーシカの素朴な表情は、この町の風土によるものかもしれない。

ゆっくりと時間が進むような町である。

(つづく)

5月 5, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年4月 6日 (月)

姫のご乱心INスーベニール・ショップ

身体も温まったので、アルバート通りをぶらぶらと散歩する。

だいぶ底冷えがするせいか、カフェのテラス席には人影はなく、

人通りもまばらな感じがする。

露店商も店をたたみ、少年たちがヒップホップ踊っている以外、大道芸人もいない。

10月のモスクワの夜は、心なしか淋しい。

アルバート通りの真ん中あたりにある、スーベニール・ショップ(お土産屋)に入る。

この店のマトリョーシカは、アルバート通り屈指の品揃えで、

紙粘土でつくった帽子をかぶったものや、風変わりなものが置いてあるウィンドーショッピングには最適なお店。

入店するや、私は棚の端にあった

死んだロック・ミュージシャン・マトに目を奪われ、思わず衝動買い。

ドアーズのジム・モリソンを筆頭に、ジミヘン、ジャニス、

ボブ・マーリー、ジェリー・ガルシアと続くレア物で、

似顔絵が似ていないのが逆に愛情を感じさせる逸品。

だいたい有名人をモチーフにしたものは、プリントされたものが多く、

中国でつくられたものまでが出回っている。

似顔絵マトは似ていない方が、一生懸命つくりましたという

オーラが出ていて味があると思うのだが。(かなりな暴論?)

ニコライさんは俄然マトリョーシカに興味を持ったらしく、ひとつひとつ指差しては、

「あれは絵柄がつまらない。これは良い。

腕の良い絵描きがつくっているのでしょう」と寸評を楽しんでいる。

そして最後に、「でもニコライバさんには勝てませんね」

と結論づけているのが面白い。

さて姫はというと、棚の一点を物欲しそうに見つめていた。

あの眼の輝きは、スターバックスのときと同じ輝きである。

そしてニコライさんを呼ぶと、あのマトリョーシカを見たいのだけど、

店員にきいてもらえると頼んだ。

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「一番上のサンタクロースですか?」

「ちがう、ちがう。その下の段にあるあれです」

「おだんごパンのマトリョーシカですね」

「ちがう、ちがう。その横のです」

「その横の?!」

ニコライさんは思わず絶句した。

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それもそのはずである。姫の指差していたのは、セーラームーンのマトリョーシカ。

先ほどの自論から言えば、プリントではない

一生懸命描きました感のが滲む味のある逸品になるのだが、

絵は幼稚園のお絵かき程度で、べったりと塗られたポスターカラーが目に強く、痛々しい。

呆気にとられているニコライさんすら眼に入らず、

傷がないか確かめると、再び姫はご満悦の表情で、

この世紀の迷品を買い求めた。

「私は、あなた方のマトリョーシカへの思いがわかりません。

芸術品のようなものを好むのかと思ったら、

あんな安っぽいお土産品を喜んで買っている。

本当に、わかりません」

店を出てかニコライさんは、ぶつぶつと独り言を言っている。

「毎日、ステーキばかり食べていると、

たまにはラーメンが食べたくなるでしょう。あれと同じ心理ですよ」

「意味がわかりません」

「それならば毎日、キエフ風カツレツばかり食べていると、

たまにはピロシキが食べたくなるでしょう。そんな心理です」

「・・・・・・・」

ニコライさんはお疲れのご様子である。

(つづく)

4月 6, 2009 海外仕入れ | | コメント (2)

2009年3月25日 (水)

姫のご乱心INスターバックス・コーヒー

ニコライバさんと別れたあと、ニコライさんは私たち以上に興奮している様子。

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「わたしは、マトリョーシカはお土産にすぎないと思っていました。

しかし今日、ニコライバさんの作品を見て変わりました。

あれは芸術品です!

ロシアに住んでいながら、日本にいるあなた方に教わるとは恥ずかしい限りです」

ニコライバさんの作品が認めてもらえるのは我が事のように嬉しいけれども、

自分たちまで褒められるのは恥ずかしい。

まだ時間が4時を少し回ったところなので、

たかなしさんの希望で、アルバート通りに買い物に行くことにした。

アルバート通りは、モスクワの原宿通りといった場所で、

お土産屋をはじめ、レストラン、カフェ、衣料品屋などが並び、

さらには屋台が出たり、大道芸をやっていたりと、

モスクワ一番の繁華街だ。必ず旅行ガイドには載っているせいか、

物価は少し市内よりは高め。

そこにスターバックス・コーヒーがオープンしたので、どうしても行きたいらしい。

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スターバックス????

日本に戻ったらいくらでもあるのに何故と思ったものの、

アルバート通りのウィンドーショッピングは、

木工芸品を扱う店もたくさん並ぶので、仕入れの参考にとても役立つ。

ちなみにロシア全土にはスターバックスは、

わずか2店舗しかなく、その2店舗ともアルバート通りにある。

どういう市場調査に基づいているのだろうね?

相変わらずの渋滞をくぐりぬけ、ようやくアルバート通りに到着。

着くやいなや、たかなしさんはカップやタンブラーが並ぶ棚へと走り、

棚にあるタンブラーを全部買おうととする。

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「姫!ご乱心を!」

ニコライさんと私が制止するのも聞かず、

よろよろとタンブラーを抱えながらカウンターへ向かうたかなし姫。

「姫!ご乱心を!」

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「だって、だって、マトリョーシカの絵柄がついているんだよ。

ロシアではここでしか売っていないんだよ!!」

「そんなに買ったら、スーツケースに入りきりませんぞ。15個も買い過ぎです!!」

私の強い口調で、はっと我に返った姫は、5個だけ買うことで、

何とか昂ぶった気持ちを落ち着かせることができたようだ。

「本当にマトリョーシカがお好きなんですね」

ニコライさんは半ば呆れ顔で、

カウンターに並んでいたロシア人も苦笑いしている。

タンブラーを買うとコーヒーが一杯サービスになると聞き、

とりあえず一服。しかしコーヒーの量がハンパなく多い。

レギュラーサイズとはいえ、ゆうに500mlはある。

いくら外が寒いからっといって、物事には適量というものがあるはず・・・・。

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猫舌の私は、カップに唇を近づけることさえできず、

姫は袋からタンブラーを出してはご満悦な表情を浮かべている。

そのなかで、姫のマトリョーシカ好きは量りかねるといった複雑な顔のニコライさん。

コーヒーで温まったところで、さらに姫のご乱心が続くとは知る由もなかった。

(つづく)

3月 25, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年3月 3日 (火)

ニコライバさんとの再会(2)

「ニコライバさんがマトリョーシカをつくり始めたのは、いつ頃からでしょうか」

20年前ぐらいかしら。元々は技術者として働いていたんだけど、

仕事がなくってしまったの。それでマトリョーシカをつくり始めたの。

最初は近所の子どもたちにつくっていたわ。

そのうち友だちから市場で売ってみないかと言われて、売ったのが最初かな」

20年前といえばソビエトが崩壊して、ロシア人にとって政情不安だけでなく、

物不足にも喘いでいで苦渋の日々を過ごしていた頃である。

私はニコライバさんの年齢から察して、

制作活動は50年近いのではないかと思っていたので、この回答には驚いた。

しかも職を失ったため、自己流でつくり始めたという事実も。

「木は職人さんに削ってもらうのだけれども、表面が荒れていたり、

中心部がずれていたりすることが多いわね。

だからヤスリを使って自分で整えるの。

とくに底の部分は、ほとんどの作家が注意を払わないわね。

私はそれが嫌だから、底もきれいにして、マトリョーシカがぐらつかないようにするわ」

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ニコライバさんのマトリョーシカは本人が言うだけあって、

底の部分は陶器のように滑らかだ。

ほとんどのマトリョーシカに見られる木工ろくろで出来る中心部の穴や、

顔を丸く描くために使うコンパスの跡がない。

それらの傷跡もニコライバさんが修繕しているのだ。

この妥協をゆるさない創作姿勢であるがゆえ、

量産することで質が落ちるのを拒んでいるのであろう。

きっと技術者として働いていたときも、よい仕事をしていたのだと思う。

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私個人の意見を言わせてもらえば、マトリョーシカの伝統的な技法、

たとえば絵柄に民族衣装を採用したり、絵画的な陰影をつけない筆遣いだったり、

それらを踏襲しながらも、さらにその技法を深化させて、

芸術的な分野にまで入り込んだのが、ニコライバさんの作品だと思っている。

しかも絵画を専攻していたわけでなく、

技術者出身でありながら、誰からも習うことなく、

独自にその作風を生み出したのが面白い。

やはりマトリョーシカは奥が深い。

(つづく)

3月 3, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月24日 (火)

ニコライバさんとの再会(1)

さて腹が満たされると眠くなるのが世の常だが、

惰眠を貪っているわけにもいかない。

いよいよロシア訪問の目的のひとつでもあるニコラバさんに会う時間が、

迫っているためだ。

半年前、初めて会ったときは、ニコライバさんがロシア語、

私が日本語と英単語と会話が成り立っていたかは、甚だ疑わしかったものの、

ニコライバさんが今度モスクワに来るときは電話してと、

番号を教えてくれたのだ。

今回、ニコライさんという心強い通訳がいるし、訊きたいことはたくさんある。

マトリョーシカをつくって何年経つかとか、絵の具は何を使っているのか、

ソビエト時代のマトリョーシカ制作はどんな様子だったのか・・・等々。

わざわざ出向いてくれるニコライバさんに対して、

質問攻めにしてしまうのではと不安にさえなった。

ホテルのロビーで待っていると、ニコライバさんがバックパックを背負ってやって来た。

背筋がすっと伸びていて、ハイカラなおばあちゃんという感じである。

私はその姿を見るなり胸が熱くなった。

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早々に挨拶と握手を交わし、ニコライバさんが私の前に座った。

それだけで嬉しい気持ちに包まれてしまう。

半年前に、わずかな時間しか言葉を交わさなかった日本人ために、

わざわざ出向いてくれる人柄が嬉しい。

(先回も、私に電話番号を渡そうと、2時間以上も市場を探し回ってくれた人柄なのだ)

質問したいことが山ほどあるのに、いざ本人を目の前にすると、

すべて飛んでしまって、なかなか出来ないものである。

するとニコライバさんか最近つくった作品数点と、

過去自分がつくった作品の写真を見せてくれた。

どの作品も民族衣装の柄が、細かくて均整が取れていて美しい。113_10

「民族衣装のマトリョーシカにこだわるのは、私の作品のテーマでもあるから。

各地方の衣装を忠実に再現するために、本や文献などを調べます。

今では着られていない古い衣装もあるわ。

そしてマトリョーシカをつくるとき、この子にはどんな衣装を着させてあげようか、

楽器を持たせようか、歌わせてみようかと、いろいろと考えるのが、とても楽しいわ」

「わかります。ニコライバさんのマトリョーシカは、

日本にもたくさんファンがいます。とても丁寧につくられていて、

それでいて女の子の表情が素朴で可愛らしいと言っています」

「そう言えば、何年か前にMさんという日本人が、

私の作品をよく買ってくれたわ。その方、ご存知かしら」

「残念ながら知らない人ですが、

その人が、初めて日本にニコライバさんの作品を紹介した方だと思います。

ところで、ニコライバさんはひと月に何体ぐらい制作されるのですか?」

「昔は、3日でひとつ仕上げていたけれど、今では1週間に1体がやっとね。

もう歳だからね。今は市場に売りに行くこともないわ」

ということは、多くても月に4体から5体しかつくらない計算になり、

かなり寡作な制作数であることが窺える。

ふつう量産系のマトリョーシカであれば、ひとつのデザインで30体から50体、

作家であっても10体は、一度につくるであろう。

1体毎つくるという作家は、その創作姿勢として、かなり珍しいと思う。

ふと気がつくと、ニコライさんの目つきがおかしい。

ニコライバさんのマトリョーシカを凝視したまま、「すごい、すごい」と呟いている。

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ニコライさんの中で何か熱いものが弾けているようだ。

(つづく)

2月 24, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月19日 (木)

キエフ風カツレツの悲劇

さて昼食会。

白い壁と板張りの床の落ち着いたレストランに招かれる。

先回、ロシアに行ったときは自炊だったため、ペルメニ(ロシア風水餃子)ばかりだった。たぶん私が住んでいる海老名市では、

一番ペルメニの料理法を知っている人間だと思う。

そんな質素な食事ばかりしていたので、きちんとしたレストランは初めて。

言われるままに、キエフ風カツレツを頼んでみた。

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副社長によると、キエフ風カツレツを初めて食べる人は、

その実態がわからないだけに相当に危険な食べ物らしい。

運ばれてきたキエフ風カツレツは、フットボールのような楕円をしていて、

その端に可愛らしく紙のリボンがついている。

そして不思議なことにソースの類は一切無い。

「大惨事が起こる前に、私が食べ方の見本をお見せしましょう」

どう手をつけてよいのかわからない私たちの目の前で、

紙のリボンを指で押さえ、すうっとカツレツにナイフを入れる。

するとカツの切れ目から、黄金色の溶けたバターが流れ出す。

そのダム決壊のような光景に、思わず拍手。

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「キエフ風カツレツは中にバターがたくさん入っているので、ソースはいらないんですよ」

「ところで、この食べ物のどこが危険なのでしょうか?」

「この紙のリボンを握って、そのまま齧り付く人が多いんですね。

その瞬間、熱いバターで舌を火傷するか、流れ出したバターで服やネクタイを黄色く染めてしまう。

悲しい出来事です」

私は白いシャツを黄色く染めて、うつむきながらレストランを後にする

旅行者の一群を想像してみた。何人かは赤くなった舌を出して、ひいひい泣きながら。

なるほどやるせない悲劇である。

一見するとケン○ッキー・フライ○チキンに似ているだけに、

被害者は当局の発表よりも多いのかもしれない。

哀呼。

お味は、カツには鳥の笹身を使用しており、

バターが多く使われているのにかかわらず、あっさりとしている。

前菜に出た茸の酢漬けと食すると、さっぱりとした口当たりで美味しい。

週一回食べても、胃もたれすることはない感じである。

もっとも良い油で、さくっと揚げていればばの話だが。

最後にデザートのアイスを頼む。

その際、昔から気になっていたことを訊いてみる。

「ロシア人は、アイスが好きで真冬でも食べると聞いたのですが」

「はい。スタンド売っているアイスは特に人気で、

真冬でも午前中に売り切れてしまうほどです」

「身体が冷えてしまわないんですか?」

「いやいや、真冬のアイスは暖かいです」

「アイスが暖かい?」

「そうです。これは実際に真冬に味わってみないとわからない。

今度は真冬にアイスを食べにきてください」

そう言って副社長は、開いた口が塞がらない私たちを見て微笑む。

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暖かいアイス。

ロシアの冬は厳しいとはきいているが、味覚までも変えてしまうほどの寒さなのか。

(つづく)

2月 19, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月10日 (火)

ロシア版「カンブリア宮殿」

 昼食会が気になって一睡もできなかった小心者の私は()、早めにホテルの朝食を食べに行く。

バイキング形式の朝食なのだがディナーかと思うぐらい種類は豊富で、

チョウザメのムニエルやら、チョコレートの噴水やら、豚の足が丸ごとのハムやらが、

市場のように並んでいる。

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未だに日本人の多くは思っているかもしれないが、

ロシアには物が無いというのは遠い昔の話なのである。

 そして食材のボリュームに圧倒されることなく、パフェをふたつ満足そうに食べるおばはんがいたり、ホットケーキを積み上げてご満悦のおっさんがいたりする。

  ロシア人の胃袋に感服するのみで、私は果物やらサラダといった雀の餌をちまちま食べている。

あのくらいの食欲がないと、世界を渡り歩けないのだよねと、

たかなしさんと溜め息をつきながら。

 10時。待ち合わせ時刻の15分前に来た、

ミスター綿密スケジュール・ニコライさんに案内されて会社へ。

そして到着するや、すぐ副社長がいる事務所へ向かう。

「私よりも日本語が上手ですから、そんな緊張しないでもいいですよ」

と私の心を見透かしているかのようにニコライさん。

 でも日本語話せても、共通の話題がないのだよ。

だいたい、ぬるま湯のなかで生きてきた人間なのだから、

ロシア経済どころか日本の経済すらわからぬし、詩吟のひとつでも吟じて相手を喜ばすわけでもない。

  高尚な話自体が無理というものだ。

事務所で待つこと5分、いよいよ副社長が登場。2mはあろうかと思う背丈と、

恰幅の良さは、いかにも経営者然としている。そしてブラシのような髭。

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「お会いできて光栄です」とまずは握手。

「ロシアは初めてですか」

「今回で2回目です。先回は4月に来ました」

「そうですか。社長からは、あなた方のビジネスをサポートするように言われているのですが、どのようなビジネスをされているのでしょうか?

「マトリョーシカを中心に、ロシアの伝統的な木工芸品を扱っています。このビジネスを始めて3年目なので、取り扱いは少ないのですが」

 ニコライさんが言っていたとおり日本語が上手で、しかもすごく親しみやすい声なので、先ほどの緊張は、すっと抜けていった感じである。

「毎回、どのくらい仕入れられるのですか。一度にコンテナ何個ぐらいでしょうか?

「恥ずかしいですが、コンテナどころか郵便小包で5,6個程度です」

「恥じることはありません。どんな商売でも初めから大きいものは無いですから。それにロシアの工芸品を扱うのは、実にユニークで良い発想です。必ず大きなビジネスになります。そうなるように、いくらでもサポートしますから、気兼ねなくおっしゃってください」

 副社長に励まされると、本当に「木の香」が発展していく気持ちになるから不思議だ。

  この人が持っている優しいオーラが、周りの空気を穏やかにするのだろう。

この日系企業は、ソビエト時代に現会長が単身ロシアに渡り、何十年という時を経て、築きあげたのだという。

その間にソビエト崩壊があり、経済危機があり、またロシアらしく猫の目のように変化する法律や関税がありと、決して平坦な道ではなかった。

 そして成功した現在、自分の経験が生かせるのならば、

  ロシアとビジネスをしようとする会社や個人を、営利に関係なくサポートし、それが日露友好に結びつけばと望んでいる。

近くて遠い国。というより、近いけれども霧に霞んで見えにくい国ロシア。

その霧を晴らそうと、地道に友好の種を蒔く人がいる。

 

……と感動していたら、お腹が鳴った。凡人は食欲だけは正直だから困る。

(つづく)

2月 10, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年2月 3日 (火)

ニコライさんの重大発言

 その日の夕方、今回仕入れをサポートしてくれるニコライさんと打ち合わせ。ニコライさんはモスクワ大学で日本語を専攻していただけに、日本語は堪能で、また日本文化にも造詣が深い。現在の日系企業で働く前は、日本のアニメの台詞を訳していたという。

日本語に興味を持ったきっかけは、書道の墨の匂いというのだから、人間何が動機になるのかわからないものだ。

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 ロシアについてから、当然のことながらロシア語に苛まれ続けていた私たちには、ニコライさんの日本語はひと安心。思わず顔もほころぶ。

 まだ学生のようなあどけない顔しているニコライさんは、まだ見ぬマトリョーシカを探し求めてモスクワまで、はるばるやって来たことに疑心暗鬼で、

「マトリョーシカみたいなものは日本人が本気でつくったら、ロシアより良いものができるでしょう」とこちらの本意がなかなか伝わらない。

 しかし日本から希望を出していたおもちゃ博物館とマトリョーシカ工場の見学、ニコライバさんへのすべて連絡は済ませていて、さらに私たちが興味ありそうと思われるものを、いろいろとピックアップしていてくれている。実に綿密なスケジュール。思わず感動の声を上げてしまう。

 だいたいニコライさんは、日本で一番好きな場所は、神田の古本屋街という人柄なのだ。あの日本語と古書に囲まれた空間ならば、何時間でも過ごせるというのだから、私たちがマトリョーシカを追い求める気持ちに、何か心通じるものがあるのだろうと思う。この心遣い。爪の垢でも煎じて、○○さんに飲ませてあげたい。

「けれどもわざわざ日本から来てまで探す、マトリョーシカの魅力が私にはわからない」と少し困り顔のニコライさん。いろいろと写真を見せてみるが、反応は今ひとつ。

「実際に作家さんの素晴らしい作品を眼にしたらわかります!」

などと負け惜しみのように言ってみるものの、やがてこの言葉がニコライさんの眠っていた心に火をつけることになる……。

その事実をニコライさんも私たちも未だ知らない。

「そうそう、明日は弊社副社長と昼食会があります。ぜひ美味しいロシア料理を堪能してください」

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「?????、な、な、なっ、副社長と昼食会!?」

「遠慮はご無用ですから、御好きな物を食べてくださいね」

 ニコライさんは、にこやかに微笑む。

 一般的な日本人ならば「きいてないよ~!」とウラ拳で突っ込むところだけれど、ロシアの大手企業の副社長というイメージが先行して、ウラ拳どころか掌に大粒の汗をかくのが精一杯の私だった。

(つづく)

2月 3, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年1月28日 (水)

パベルさんの独創性

次に会ったのはパベルさん夫婦。「木の香」オリジナルのマトリョーシカを制作してもらうのが、この工房。「ナルマイナ=問題ない」が口癖の旦那さんとしっかり者の奥さんというロシア版夫婦善哉といったおふたり。

会うやいなや、10年来の友人のようにハグしてくる旦那さんと店の奥からていねいな挨拶をおくる奥さんという期待とおりの反応で、思わずこちらも苦笑いしてしまう。

パベルさんのマトリョーシカは、精細さや凛とした気品はないけれども、奇抜なアイデアだけは他の追随を許さない。

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早速新作といって見せてくれたのは、海亀の背中が開いて、中に卵が3個入っているというもの。しかも海亀が花を咥えているのだが、その位置が口のはるか後方で、まるで頬に花が刺さっているように見えてしまう。「卵を紛失したら、そのまま海亀の小物入れになるんだよ」と誇らしげに自慢の逸品を説明してくれる。

こんな不気味な海亀の背中に何をいれるんだよと、突っ込みを入れたくもなるが、パベルさんは満面の笑みで、買っていけ、買っていけとその海亀をこちらに押し付ける。思わず、その押しの強さに負けてしまう。

しかし次に紹介された新作は、さらにすごいもの。

日本は来年は年だから、牛をモチーフにした作品はあるかきくと、待っていましたとばかりに、奥から取り出してきたのは、4本足で立っている赤い牛。この足がついているマトリョーシカは他には見ないねと、その独創性に感心していると、赤い牛のお腹から出てきたのは、なんとお婆ちゃん!さらにお婆ちゃんからは犬!

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「この牛は人喰い牛かっ!!」と突っ込みを入れるが、またもやパベルさんの得意技、満面の笑み攻撃を受け、あっさりと仕入れてしまう。しかし何を題材にこのようなマトリョーシカをつくるのか、パベルさんの発想の着眼点が、さっぱりわからない。

 パベルさんへのお土産は、弁慶が描かれている和凧のミニチュア。お土産を手にした途端、パベルさんの眼がきらりと光ったのを見逃さなかった。次に会うときは、弁慶のマトリョーシカをつくってくるにちがいない。(弁慶のなかから牛若丸が出てくるのか?)

 以前にも日本のこけしと中国の人形を混ぜ合わした風変わりなマトリョーシカをつくっていた実績もあるし。パベルさんの創作意欲は楽観視はできない。

 マトリョーシカつくりにルールはないけれども、牛からお婆ちゃんが出てくるのはイエローカードものだと思うのだが。

(つづく)

1月 28, 2009 海外仕入れ | | コメント (2)

2009年1月19日 (月)

コブロフさんへのプレゼント

いよいよ、仕入れ初日。

まずは先回のロシア訪問時に世話になったコブロフさんに会いに行く。コブロフさんは「地球の歩き方」に紹介された「木の香」でも人気のある作家。少しリアルな顔立ちと目のぱっちりとした可愛い女の子が特長で、マトリョーシカ好きならば、ひとつは手元に置きたくなる作品をつくっている。もうひとつの特長は、木彫りを施したサンタクロースやスノーマンといった作品群で、こちらはあまり日本では見かけないもの。

ふたつの異なった作風が、ひとりの作家の手でつくられているのが、コブロフ作品のすごいところ。

今回は、何か日本の木工芸品をプレゼントしたいと思い立ち、木の香でも取り扱っている、箱根の木象嵌画を持参した。(貞さんの作品がロシアに渡りましたよ!)

コブロフさんは包みを開くなり、ラテン的なノリの陽気さで、「わぁ~お!!これはすごい!(たぶんそう言っている)」と開口一番に叫び、仕事中の奥さんを呼び、まわりの人たちを掻き集め「これは日本人がつくった作品だぞ。実に絵柄もキュートで技術も高度だ(たぶんそう言っている)」と興奮を抑えきれない様子。端から見れば、コブロフさんが口上で象嵌を売っている、縁日のような人だかり。

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自分たちが木象嵌画をプレゼントしたかったのかは、理由がある。ロシアでマトリョーシカつくりの発端、ヒントとなったのが、約100年前にロシアに渡った、箱根の七福神をモチーフにした入れ子人形といわれているだけに、同じ箱根でつくられた木象嵌画が、現代作家の新しい作品のインスピレーションにつながればと思ったからだ。やがてロシアと日本の木工作家の技術交流になり、関係が深まっていけばいいなと夢はふくらむ。

鑑定士のような目つきで作品を見るとコブロフさんは、矢継ぎ早やに質問してきた。コブロフさんは英語が話せるので質問は英語なのだが、あまりの早口に、たかなしさんも私も、鳩のように首をたてに振ってうなずくばかり。コブロフさんの好奇心の泉は、こんこんと湧き出てくる様子。

唯一象嵌のモチーフを説明するために持っていた雛祭りのパンフレット見せて「日本では、女の子を祝う祭りは3月、男の子の祭りは5月にあるんだよ」というと

「日本では子どもを祝う祭りは、他にもあるのか?」

「このパンフレットの人形はこけしなのか?何でつくられているんだ?」

「日本のどこでも行う祭りなのか?」と質問は日本の文化にまでおよび、知りうる限りの英単語を駆使して何とか説明するのだが、ちゃんと伝わったかは神のみぞ知る。(あぁ、ロシア語だけでなく英語も勉強すべきだった!)

コブロフさんは作家だけに興味は、デザインから木の種類までに及び、好奇心の泉は枯れることはない。木彫をしているだけに、木肌の違う木片を嵌めてつくる技法は、今後の作品つくりの大きなヒントになったのかもしれない。数年後、木象嵌が入った作品が見られたら嬉しいなと、夢心地の私たち。

初日から幸せな気分。

(つづく)

1月 19, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2009年1月13日 (火)

モスクワの道路事情

出国手続きを済ませて、外に出ると小雨が降っていて少し肌寒い。

温度は10℃に満たないぐらいで、日本よりも10℃近く低い。4月に来たときは20℃もあった初夏の陽気が一転して、次の日に雪が降っていた。モスクワの天気は、かなり気まぐれな印象で、服選びに苦労する。

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空港を出ると旅行会社が手配してくれた運転手が「Mr.YUZO」と白い紙を掲げていた。この空港の出迎え光景は世界共通である。

早速、「こんにちは=ズドラーストヴィチェ」と声をかけて握手をしたが、あとの会話は当然ながら続かない。少しでもコミュニケーションをと思い、1から10まで数えてみようと思ったが、へんな日本人と思われてもいやなので、ぐっと堪えた。歩道を濡らす小雨が肌身にしみる。

その後、英単語を並べただけの会話と、日本からもってきた指差し会話帳なるもので話すところによると、この運転手はヨルダンから出稼ぎに来ているご様子。お互いに異国の地でたいへんだねと、日本のガムを差し出したら喜んでくれた。

モスクワ市内までの道は、5車線の立派なものだが、万年渋滞でチョロチョロとしか進まない。いわば日本の帰省ラッシュが毎日ある感じ。運転手はいつものことと苛立つ様子もなく、ガムを美味しそうに噛んでいる。ちなみにガムは梅味である。

梅干は余裕なのか?恐るべし、ヨルダン人の味覚。

結局、自転車なみのスピードで、ホテルまで20キロ程度なのに2時間半もかかった。ホテルのチェックインやら様々な手続きやらを済ませて近くのカフェに入ると、もう10時。日本を出発して16時間で、ようやく落ち着いた感じ。

カフェはお惣菜が並んだショーケースから、これを何グラム、これを何切れと言って注文すると、電子レンジで温めてくれる。マヨネーズであえたブロッコリーやら、煮込んだ豆やらを注文し、電子レンジがチンと鳴るのを待っていると、私たちのすぐ後からカフェに入ってきた客がオーダーしようとするや、

「閉店!!=ザクリュート!!」とグリズリー並みの巨体のおばさんが、さっさと片付けに入る。わずか5分過ぎだけれども、接客時間よりも勤務時間のほうが、すべての状況において優先なご様子である。

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この辺り心境は海外ではよくある出来事だろうけれど、真面目な日本人のわたしたちには、少しぐらい帰りが遅れてもいいから対応すれば良いのにと思ってしまう。このお客も旅行者みたいだし、絶対にお腹が空いているはずなのに。

 しかし字画良い私たちは、異国の地でも運か強い。ほぼ閉店時間に入ったのに、おばさんのザグリュート責めにあわずに済んだのだから、これを強運以外何と言えばいいのか。

 明日からの仕入れも、この調子で期待できるねと実感。

(つづく)

1月 13, 2009 海外仕入れ | | コメント (3)

2009年1月 5日 (月)

いよいよ旅立ちの日

簡単な挨拶、買い物会話、それに1から10までの数字までは言えるようになった。

もちろん文字は読めないまま。

ただこの1ヶ月間で最大の収穫は、この仕入れ旅をサポートしましょうと、ロシアにある日系の会社が名乗り出てくれたことだった。

現地でアポをとりたい方や行きたい場所など、何でも相談してくださいと、心強い言葉までいただいて。

思えば、たかなしさんも私も、名前の字画が良いのである。

「木の香」オープン前もそうだったが、寸前のところで救世主が現れて、ぱっと道が拓けるのである。

良い名前をつれてくれて、ありがとう!!

さてロシア→モスクワまでは、アエロフロートというロシアの航空会社の直行便。モスクワまでは約10時間かかる。

前回の経験から、ラジオは聞こえない、映画の放映もなし、リクライニングは壊れている席が多いとにらみ、時間潰しグッズをいろいろと揃えた。スケッチブック、小説、ポータブルオーディオ、漢字クロスワード、やり残した仕事……。

そのなかでお勧めは漢字クロスワード。

ふだん使わない脳がぐりぐりと刺激され、すぐに心地よい眠りにつける。

目覚めれば食事。そして漢クロ。また眠くなる。

そうこうしているうちに、ようやくロシアに到着。頭の中を漢字とキリル文字が回っている。

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1月 5, 2009 海外仕入れ | | コメント (0)

2008年12月29日 (月)

前向きにロシア語

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 本当にこの発音でいいのかな?という疑問さえ抱くことなく、カタカナ・ロシア語を復唱する。だいたいж、ф、дのような文字は、苦手だった化学記号か、宇宙から暗号のようにしか見えない。

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おはよう=ドゥブラェ・ウートラ。

会社に着くなり、誰かれ構わず挨拶する。みんな怪訝そうな顔をするが、とりあえず日本語でおはようと応えてくれる。(うちの会社は人が良いのです)

語学は恥ずかしがっていては覚えられないんだよと肝に銘じながら。

「さよなら=ダスビダーニャは、ナスビダニャ~と覚えれば良いって、誰か言っていたよね」

「言っていた、言っていた」とあくまでも前向き。

 そして覚えたてのロシア語を、知り合いのロシア女性のところに話にいく。

オリガさんは優しい人で、仕事の手を休めて、ふたりのカタカナ・ロシア語を発音が良いとほめてくれる。そして簡単な挨拶文を教えてくれる。

「それだけわかれば大丈夫よ!!だいたい日本人は東京の地下鉄を乗りこなしているんだから!」と激励の言葉。

 東京の地下鉄は、ロシア語級の複雑さなのか!?

(つづく)

12月 29, 2008 海外仕入れ | | コメント (0)

2008年12月22日 (月)

まだ見ぬマトリョーシカに会いたい

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今マトリョーシカが静かなブームらしい。

最近、町中でマトリョーシカ柄のバックやポーチを見かけるし、雑誌で特集が組まれたり、三谷幸喜マトリョーシカのCMまであった。(渋いところでは、千葉銀行のポスターにも使われていた)

おかけさまで4月に仕入れたマトリョーシカは、ほとんど売り切れ。

お客様からは次回の仕入れの際は、このマトリョーシカを探してくださいと写真を渡されたり、いつでも良いからと予約が入ったり。自分自身もマトリョーシカを知るにつれ、その奥深さに圧倒され、実際にこの目で確かめたいことも出てきて、ロシアに行かなければの思いが強くなってきた。

先回の仕入れから半年しか経っていないが、半ば強引に会社から承認を得て行くことになった。「木の香」内では、日本では5本指に入るマト・コレクターと囁かれているたかなしさんを伴って。

……と書いていくと、ロシア通の二人だと思われそうだが、実はロシア訪問は、今回で2度目。まったくロシア語が話せない二人なのである。

せめて挨拶と数字ぐらいは話せないといけないなと、薄っぺらな旅行用ロシア語会話を片手に発音する二人。今の自分たちにあるのは、まだ日本に紹介されていないマトリョーシカに出会いたいという情熱と、先のことは考えない能天気な行動力なのである。

(つづく)

12月 22, 2008 海外仕入れ | | コメント (0)