木の香便り
本日はみなさまの週末が少しでも楽しく過ごせたらと、小話のひとつでもお噺しましょう。
ただ緊急事態宣言が解除になるからと言いましてもね、まだ予断は許しませんから、ここはどうかご自愛のほどをよろしくお願いいたします。
治療薬
「所長、新型コロナウィルスの治療薬が完成しました」
研究員の下北沢は執務室のドアを勢いよく開けたものの、なぜかその顔が浮かなかった。経堂所長はモニターから顔をあげると、下北沢を見つめた。これで人類の宿敵、新型コロナウィルスから解放されるという安堵から、自然と笑みがこぼれた。
「よくやったじゃないか!」
「はぁ、完成したことは完成したのですが‥‥」
「まだ臨床試験が済んでいないのが、不安なのか?そんなことはどうでもいい。たとえ少数にアレルギー反応が出たとしても、全体からみれば取るに足りないものだ。それよりも治療薬が、この研究所から開発されたとなれば、我々の名前が全世界に知れ渡ることになる!」
いつも沈着冷静な経堂所長とは思えないほど興奮した表情で、机を叩き、天井を見上げ、最後に下北沢研究員の両肩をがっしりと掴んだ。その強さは、下北沢の華奢な肩に爪がくいこむほどだった。
「我々は、二十一世紀のパスツールだ!北里柴三郎だ!」
「所長、実は臨床試験は済んでいます。私自身も早く結果が欲しかったため、陽性反応が出ている家族と親戚に投与しました。どうしても私の手で家族を助けたかったんです。黙っていて、申し訳ございません」
「それで浮かない顔をしていたのか。私に報告しなかったことは、この際、どうでもいい。それより臨床試験の結果を報告してくれ」
「わかりました。この治療薬で新型コロナウィルスは一〇〇%、完治できます。でも副作用が強すぎて、国から承認を得るのは、ほぼ不可能です」
うつむき加減に、ボソボソと話す下北沢研究員の沸きらない態度に、所長は苛立ち始めた。世紀の大発明だというのに、何を根拠に承認が不可能だというのだ。
「その副作用というのは、いったい何なのだ!」
「被験者全員が、今まで政治には無関心だったのに、強い関心を持ち、発言するようになりました。今や、毎日のように政府の無策をSNSで愚弄しています」
おあとがよろしいようで。
(店主YUZOO)
5月 15, 2020 店主のつぶやき | Permalink
コメント