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2020年5月18日 (月)

木の香便り

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ステイホームが続くと、生活にメリハリが無くなるのか、怠惰な方向へと向かってしまうのは、私だけなのでしょうか。

土日の生活は、冬眠中のツキノワグマみたいなもので、食べては寝て、トイレに行っては寝て、少し読書をしては寝てと、寝ることが人生の目的みたいになってしまいますな。

「人間は考える葦である」なんて言われても、今さら何も思いませんな。

「人間は生まれながらにして枕である」とでも言いたいぐらい。とにかく思考することを忘れてしまいます。

 

しかしねぇ。

人間は思考を放棄した状態ほど、手につけられないものはない。

 

たとえばですね。

コロナウィルスの初期の頃、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」がパンデミック状態になったときに、毎日、どうなるんだろうとテレビに釘付けになって、2週間近くも船内で待機なんて非人道的じゃないかと憤慨していたものですが、最近は院内感染が大量に発生と聞いても、またかぐらいにしか思わなくなってしまっている。

そこで何人かの尊い命が奪われたとしてもです。

 

もうコロナウィルス情報に思考がマヒしているんでしょうな。

挙句には、新聞の昨日の感染者数を見て、一喜一憂するぐらいで、その数字は亡くなられた人の数でもあるのに、そこにまで思考がいかない。

この世から、コロナウィルスに感染したために、一人の人間がいなくなったことまで考えない。

亡くなられた人の残された家族のこと、もしかして初孫が生まれたばかりかもしれない、就職が決まって意気揚々としていたのに出社もできずに逝ってしまった、ゴールデンウィークに20年ぶりに母親と会う予定だったのになどなど。

 

すべての人には、その人が歩んできた唯一無二の人生があるわけです。

それがコロナウィルスで突然終わりを告げてしまった。

そういう思考、言い換えれば想像が、毎日、数多くの情報が流されるために、頭のなかで働かなくなってしまったのが、今の私の状態なわけです。

 

この状態は恐ろしいものです。

人の死が数字としてしか捉えられなくなったら、もう戦争が起ころうとも、撃ち落とした戦闘機の数しか興味がなくなってしまう。

貧困層が増加していると言われても、まだ半分にも満たないじゃないかと安堵してしまう。

絶滅危惧種の動物が一桁台になった生存数になっても、まだ生きているだけでいいじゃないと、短絡的に考えてしまう。

数字の羅列ほど、人の思考を奪うものはないと、この場を借りてはっきりといいたいですな。

 

そんな風に思ったら、おちおちと寝てばかりじゃいられないと、今顔を洗ったところです。

もちろん歯も磨きました。

今の時期は、冷たい水が気持ち良いですな。

ようやくステイホームから生還した気がします。

 

おあとがよろしいようで。

 

(店主YUZOO)

 

 

 

5月 18, 2020 店主のつぶやき |

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