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2019年9月25日 (水)

草臥れオヤジの疾走記〜巨峰の丘マラソン(後編)

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さすがに日頃の練習の成果があったのか、5キロ、10キロと、多少の坂道でも音をあげることなく、無難に通過できたが、やはり懸念していたとおり陽が昇るにつれ、気温は上昇してきて、汗ばんだウェアがじっとりと背中に張りついてくる。

しかも葡萄畑には、木陰になるような大木や林道があるわけもなく、ジリジリと陽射しが降り注ぎ、不摂生が板についた中年オヤジの体力を奪っていく。



このコース、平坦地がまったくない。

走っているうちに、余程の急坂でもない限り、自分が今、坂を上っているのか、下っているのかさえも、判断がつかなくなる。


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やがてコースマップに書いてあった折り返し地点の激坂が、万里の河のごとく立ちはだかる。

この河、右に左にと曲がりくねっているだけに、どこが源流なのか、まったく区別がつかない。

距離の感覚がわからないため、どの程度の脚力を使えば辿り着けるのかと、経験値が乏しいゆえに、足が止まってしまう不安ばかりが増えていく。

まだ道程も半ばなのに、すべての体力を使い果たしてはいけない。


しかし、これもアスリートになるための試練だと決心して、「千里の道も一歩から、千里の道も一歩から」と唱えながらと上っていくうちに、私の憐れなヒラメ筋が、キュウキュウと悲しく鳴き始める。


「この坂道、初心者のあなたには過酷過ぎます。あと10年若ければ上れたでしょうが」


そんなヒラメ筋を宥めたり、叱咤したりを繰り返して、ようやく坂の上までくると、今度はジェットコースターのような急勾配が待ち受ける。

ヒラメ筋が静かになったかと安心すると、今度はゴボウのように痩せた太腿が、か弱い声で、こう祈り始める。


「天にまします我らの父よ。願わくば、この男をこの場所に膝まつかせ給え」


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しかし私にはゴールに辿り着かなければならない理由がある。

義務や正義感はないが、心境は「走れ!メロス」と変わらない。

この地域の風物詩なのか、沿道にたくさんの応援団がいて、そのなかの満面の笑みを浮かべたお爺さんの声援から、残りのコースは身体に優しいなだらかな下り坂だと知る。

それを聞いて、半ばストライキに突入していたヒラメ筋と太腿が機嫌を取り直し、「メロスのためならば、私たちも力添えいたしましょう。元々、我々は一連托生の身の上ですから」と嬉しい言葉をいただく。


走れよメロス!メロスな私!私のメロスよ!直走れ!


そんな鼻唄まじりに長い坂道を駆け下りる至福のときも束の間、運営スタッフが、ここから左廻れと大きな旗を振り、誘導しているのが目に飛び込んでくる。

その目の先には、聳え立つ葡萄の丘。


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これは幻覚である。

30℃を超える猛暑のおかげで、蜃気楼を見ているだけである。

富山湾の蜃気楼と同じである。

ブロッケン現象である。逃げ水である。ネス湖のネッシーである。


しかし旗が向けられた先には、確かに長く天国まで続くような坂があり、左右には収穫を待つ葡萄がたわわに実っている。

そんな落胆する私を慮るように、ヒラメ筋も太腿も涙ひとつ見せずに、最後の一歩まで力を尽くしたが、あえなく坂の途中で撃沈。

坂の上まで、とぼとぼと歩くことになる。


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あとで知るところには、今年は道路工事の関係で、コースが変更になったということ。

沿道で声援を送ってくれたお爺ちゃんは、何ひとつ間違っていなかった。

ただ私の心の鍛錬が足りなかっただけである。


最後は小刻みに震える両足を、庇うようにしてゴールイン。

55才からのアスリート。

まだまだ夜明けは遠い。


※写真は本文とは、ほぼ関係がありません。


(店主YUZOO )



9月 25, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年9月24日 (火)

草臥れオヤジの疾走記〜巨峰の丘マラソン(前編)

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夏の酷暑にも翳りがみえ、いよいよマラソン・シーズンの到来である。

55才からのアスリート」と銘打って、今年から始めた練習の成果を試すときがやってきた。

人はいくつになっても進化するということを、身をもって表したいところである。

メタボ、慢性疲労、気力減退、加齢臭、薄毛、成人病予備群の同期に、まだまだ塩辛い年齢になっても、準備さえ怠らなければ、あの頃のような躍動感が戻ってくるのだと、証明したいのである。

青春というには無理があるが、老兵と呼ぶにはまだ若い。

そんな並々ならぬ決意を胸に、山梨市で開催される「巨峰の丘マラソン」に出場することになったのである。



この大会、巨峰の丘という名の通り、陽当たりの良い葡萄畑の中を駆け抜けるのだが、高低差が530メートルほどあり、坂道が多い中級者向けのコース。

つまり高尾山ほどの小山を往復するのをイメージすれば良いだろうか。

大会ホームページには、天候が良ければ、アルプスの山々と遠くには富士山を臨めるという、ランナーは眼も愉しめるコースと謳われている。

坂道は得意ではないが、アスリート宣言した以上、苦手は克服しなければならない。

そんな微かな闘志を抱きながら、当日まで地元、風車公園の急坂を黙々と往復したのである。


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915日当日。

始発電車を乗り継いで、中央本線山梨市駅まで向かう。

車を使わなかったのは、三連休なので時間が読みにくいのと、完走後のご褒美である生ビールに直ぐにありつきたいからである。

人生の酸いも甘いも熟知した、オヤジならではの好判断と言えよう。

若僧には考えつくまい。


天気は雲ひとつない青空。

駅に着くなり、しっとりと汗ばむほど。

一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。

山梨は盆地である。

フェーン現象で、熱気は底にたまり、風は山の上を渡っていくだけなので、気温は陽に照らされて上昇するのみ。

7時の時点で、すでに30℃近くある。

この予感が単なる思い過ごしでなければよいが。



送迎バスに揺られ、山の中腹にある会場へ。

すでに会場には多くのランナーが待機していて、ストレッチをしたり、軽いウォーミングアップをして、開始時間を今かと待っている。

大会本部に設けられたテントでは、摘みたての巨峰が振る舞われており、そちらにも多くのランナーが、口に頬ばりながら、初秋の味覚を愉しんでいる。

闘争心で咽せ返るような雰囲気がないのも、地方大会ならでは。

参加賞も巨峰が一房とミネラルウオーターなのだから、この大会のやんわりとした空気が窺い知れよう。


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940分号砲。

20キロコースにエントリーしたランナーたちが、自ら拍手してスタートとする。

ランナーの数は千人にも満たないだろうか。

スタート時によくある混雑や密集感もなく、割と早く自分のペースで走れる距離感が確保できたので、まずはひと安心。

私のような初心者ランナーは自力が乏しいゆえ、周りに呑み込まれてオーバーペースになったり、気合いが入るあまり、無理に他人より前に出ようとして、無駄に力を使い果たしてしまう。


実社会では、ライバル会社とのシェア争奪戦や同期との出世競争が日常化しているけど、この塩辛い年齢から始めたマラソンでは、華々しい記録を臨めるわけでもなく、まずは完走することであり、次に自分が目標としたタイムに、如何に近づけられるかだけである。

争わない。無理をしない。諦めない。

これがオヤジ・マラソンの三原則なのである。



※写真は本文とほぼ何も関係ありません。

(店主YUZOO )





9月 24, 2019 店主のつぶやき | | コメント (0)

2019年9月12日 (木)

第281回 耳に良く聴く処方箋

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スマイリー・ルイス『アイ・ヒア・ユー・ノッキング』(インペリアル/オールディズ)

今宵はニュー・オリンズの重鎮、スマイリー・ルイスを聴きながら一献。
このスマイリー・ルイスは50年代に数多くのヒット曲を放ち、同郷のファッツ・ドミノと肩を並べるほどの人気を博したというが、今や忘れられた存在。
20年ほど前にCD4枚組のアンソロジーが発売されたものの、それ以降はまったくスポットライトを浴びることなく、満足に再発も出ないままに、ひと握りの好事家の記憶にだけ息づいている、ツチノコのような存在になっている。
いと哀し。

何を隠そう、私は長年この4枚組CDを探し求めていたクチで、実際、スマイリー・ルイスはニュー・オリンズの編集盤で数曲聴いたぐらい。
好事家どころか、勝手に耳の内で音を想像している妄想家なのである。
芸名が「笑顔のルイス」というだけで、その屈託のない人柄がしのばれるではないか。
そして嬉しいことに、帰宅時にふらりと寄ったレコード屋で、オールディズ・レコードが再発した1枚に巡り会えたのである。
快哉!

このアルバムには、ボーナス・トラック4曲をを含めて全16曲が収められている。
1曲目は50年代らしい三連のピアノが鳴り響き、スマイリー・ルイスのオヤヂ声が心地よい「The bell are ringing 」。
途中で入るアルビィン・タイラーと思われるサックス・ソロの下卑た下水道のような音色で、1ラウンドにしてノックアウト。
この突っ込み気味の演奏が、50年代に全盛期を迎えていたニュー・オリンズのサウンド。
のちのロックンロール誕生に多大な影響を与えたのも、頷ける。

基本的にはブルース・コードの進行で、ゆったりとしたリズムを奏でるのを得意としているので、この手の音楽を聞き慣れない若造には、ワンパターン、どれも同じ曲に聴こえてしまうにちがいない。
しかし何十年も音楽にどっぷりと漬かった塩辛い耳には、すべての曲がそれぞれに異なった輝きを放ったように聴こえるのだよ。

大らかに歌い上げるスマイリー・ルイスを盛り上げる、デイヴ・バーソロミュー楽団の陽気なグルーヴ感。
そしてソロが回ってきたら、俺こそニュー・オリンズ一番のサックス奏者だと、激しく主張するホーン陣。
50年代のニュー・オリンズでは、夜な夜な酒場で、こんな演奏が繰り広げらていたのだろうと想像すると、この収録された16曲は一瞬にして、我が家をバレルハウスに変え、この古き良き時代へと誘ってくれるのである。
これが本来の音楽の愉しみ方なのだよ、若造くん。ワトソンくん。

と言うわけで、今宵は御機嫌な夜を過ごしている。
最後を締めくくるのは名曲「Shame,Shame,Shame 」。
編集も憎いね。


(店主YUZOO )


9月 12, 2019 店主のつぶやきCDレビュー | | コメント (0)