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2019年7月 5日 (金)

草臥れオヤジの疾走記〜天狗のこみちマラソン編〜

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623日に、天狗のこみちマラソンという大会に参加した。

初心者には優しい10キロの大会なのだが、結果は声を大にして言えたものではない。

手を添えて耳元で、囁かなければならないほどの散々たるものだった。

だいたい30年近くも、運動とは無縁の生活を送ってきたのである。

半年程度の練習で、輝かしい記録を手に入れられるなんて、ムシが良すぎる。

 

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さて今回参加した天狗のこみちマラソン。

なかなかユニークな大会で、大雄山最乗寺の参道2キロほどを駆け下り、広域農道を抜けて、折り返し、再び最乗寺を目指す10キロの旅。

最乗寺までの坂は、駆け下りた車道ではなく、歩道を上っていく。

高低差200メートルの杉並木の中を、石段と苔むした小道が交互に出てくる。

最後に寺門へ続く長い階段を、息を切らして上り、ゴールとなる。

パワースポットが点在するなかを走るのも、魅力のひとつとなっている。

 

 

今回、一緒に走ったのは、トライアスロンを中心に出場しているMさん。

良きライバルというより、師弟関係と言ったほうが相応しい関係。

続々と集結するランナーを見て「このコースはマニアックだから、参加者も猛者揃いですね」とさらりと言う。

確かにパンツ姿から伸びた足は、太腿は幹のごとく隆々として、ヒラメ筋も舌平目の比ではない。

小ぶりのバナナの葉のようである。

 

マラソン大会の参加者は、ふたつのタイプに分かれるそうで、休日にそこそこの練習を重ねて、完走を目標とするタイプと、それでは飽き足らず、激坂を主戦場とする通称‘坂ばか’、ウルトラマラソンに全身全霊をかたむける修行僧タイプ。

後者はトライアスロンや山の尾根を駆け抜けるトレイルランへと、さらに細分化されていく。

 

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スタート直前、厳かに法螺貝が鳴り響き、ランナーはそれぞれに身を引き締め、これから始まる過酷な旅路に集中力を高める。

法螺貝や大会の安全を願っての祈祷は、天狗の修行場といわれた最乗寺を会場とした、この大会の特徴でもある。

 

9時、ピストンの合図でスタート。

初っ端は2キロにおよぶ急坂を下るだけに、いつもよりスピードが増して、一瞬にして高校生までに若返ったと勘違いするほど。

頭のなかで「♩あの頃君は若かった〜」と口ずさむ。

 

しかし青春の喜びも2キロまで。

すぐに長く延々と続く坂道が、目の前に立ちはだかる。

早くも若さが取り柄の学生時代に別れを告げて、社会の荒波に呑み込まれたとでも言おうか。

黙して語らず、周りのランナーに追い抜かれようと、自分ができるパーフォマンスを着実にこなすしかない。

 

マラソンに「練習は自分を裏切らない」という金言があるが、周りに惑わされて、実力以上に頑張ってしまうと、悲惨な結果が待っている。普段の練習の積み重ねが、相応の結果を生むという意味である。

マラソンはシンプルなスポーツゆえ、奥が深い。

 

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やがて折り返し地点となり、あとは復路を行くのみ。

下り坂が上り坂に、急斜面が急勾配に変貌する。

往路では青春の夢を見せてくれた参道が、豹変して、か弱い中年オヤジに牙を剥くのである。

この大会の特徴である、石段が点在する最後の登り坂。

それまで快調と思われた足が、ガシッと鉄球に繋がれたらようになり、呼吸もゼイゼイと荒くなる。

「ナンダ坂、コンナ坂」と減らず口を叩く余裕すらない。

 

完敗。

坂の途中で白旗を高々と掲げて、あとは足を引き摺るようにして石段を上り、這々の体でゴールイン。

完走した満足度より、もうこれで終わったという安堵感が、草臥れたオヤジの身体を包み込む。

 

中年オヤジの挑戦は始まったばかりである。

しかし、これから幾多の敗北が、勝利の行く手を阻んでいくのやら。

 

(店主YUZOO )

7月 5, 2019 店主のつぶやき |

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