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2019年2月20日 (水)

第51回 紙の上を旅をする




早川義夫『心が見えてくるまで』(ちくま文庫)

つい本屋で見つけると買ってしまう作家がいる。
作家というより歌手であり、1969年代末、日本ロック黎明期を駆け抜けた伝説のバンド、ジャックスのリーダーだった早川義夫である。
バンド解散後は、「かっこいいことはなんてかっこ悪いのだろう」というアルバムを1枚残し、町の小さな本屋の経営者に転身してしまう。
当然、私が音楽を聴き始めた頃は、音楽業界から完全に足を洗っていて、書店経営の奮闘を綴った『ぼくは本屋のおやじさん』(晶文社)が、就職しないで生きるにはと銘打ったシリーズが1冊でたぐらいだった。
つまり謎めいていて、取りつく島のない音楽家、もしくは作家であった。


高校生の頃に一度、その本屋を訪ねようかと企だてみたものの、音楽業界に厭気がさして別の生き方を選んだ人に、ひとまわり以上も違う世代が、あなたのファンですと押しかけるのも、傍迷惑な話だろうと思い返し、結局、これといった行動は起こすことなく時は流れた。
それが20世紀も終わろうかという頃、奇跡とも思える音楽活動を再開し、執筆活動も旺盛に始めたのである。




紅顔だけが取り柄の青春時代の私が、早川義夫に心を鷲掴みにされたのは、心の奥底に潜んでいるイヤラシさ、弱さ、優しさ、醜さ、美しさなどを、着飾った言葉を使わずに、赤裸々に歌にしたり、文章にしていたからだと思う。
その思いは今も寸分も違わない。
再活動したからといって、まったく変わらない姿勢は驚きでもあり、同時にあの頃のように深い共感に心を掴まれた。


〈ある女の子が、「肉体とたましいが一番寄り添ったときに涙が出るのかしら」と言って、職場の送別会に出席し、別れを惜しみ、思わず涙があふれてきた話をしてくれた。あっ、そうかもしれないと思った。彼女の涙をまだ見たことない僕はちょっと嫉妬した〉


〈自分がしてもらいたいことは、相手にも同じことをするのが礼儀である。僕は女の子の届かないところにチューをする。好きな人は僕の分身だから気持ちいい。彼女の歓びが僕の歓びとなり、僕の歓びが彼女の歓びになればいい。愛の単位は、センチやキログラムでは表せなられない。一番いやらしいところを愛おしく舐められるかどうかである〉


〈窮屈なところよりも、空が見えた方が好きだ。デイトだと見栄を張って、もう少しいいところに行くかもしれないけど、女の子が「もったいないよ」と、日常の地味な部分を見せてくれたりすると、ああ、なんてこの子はいいこなんだろうと思う。それこそ、ぐにゃぐにゃになってしまう〉


こういう文章を臆することなく、いくつ年を重ねても書ける感性が、本当にうらやましい。
自分だと、どうしても回りくどくなったり、少し上から見ているような文章になってしまう。
人というのは、実際の自分よりも高貴さや寛容さを見せようとするものだ。


表紙裏の著者紹介でも、アーティスト、シンガーソングライターといった自己主張の塊のような言葉は使わず、元歌手、元書店主、再び歌手とシンプルに書いてあるのも、本当に早川義夫らしい。
2時間もあれば読み終えてしまうけども、ちょっとした言葉がいつまで心に引っかかってくる、素敵な本です。

(店主YUZOO)

2月 20, 2019 店主のつぶやきブックレビュー |

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