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2018年5月22日 (火)

雨のロシア蚤の市





ロシアに着いてから雨降り続きで、毎日空を眺めては溜め息ばかりついている。
買付の天敵は雨降りなのは周知の事実だが、とくに蚤の市が出る土日が雨なのだから、こちらの無念を察していただけるだろう。
雨となると、絵本、絵葉書、ポスターといった所謂紙モノも呼んでいる出店者が暖簾を掲げることがないので、それらを好物としている私としては、濡れた靴下を履き続ける以上に淋しい。


たとえ出店していたとしても、天候を気にせず店を出すような無頓着な出店者だから、当然のごとく商品管理もゴミ屋敷のような煩雑ぶりで、表紙が無くなっていようと、絵葉書が水を吸って色変わりしていようと、気にも留めない。
形ある限り、商品は商品であるという哲学を貫き通している。
ロシア蚤の市ならではの美学である。




そこで今回は紙モノは諦め、陶器党へと鞍替えして再出馬することにする。
ロシアの陶器は日本の焼き物と違って、釉薬のかかり具合や箱書きの真偽、その器自身の佇まいや歴史など、あらゆる角度から精査して価値を判断するという熟練した鋭い眼力は必要ではない。
絵柄やデザインを見て気にいるか否かが重要であって、骨董屋のように斜めにモノを見ることもない。
ロモノーソフ、リュドーボ、グジェリといった産地を頭の片隅に入れているだけで充分。
気楽な稼業ときたもんである。


私のなかの買付ポイントは、絵柄がロシア的であるか、置物ならばちょっとしたユーモアを感じるか、カップ&ソーサーならば両方ともしっかりと揃っているかぐらいで、審眼に深みも苦みもない。
私レベルの買付ならば、その日から誰でもできる。
カップ&ソーサーが揃っているかと書いたのは、サイズや絵柄を確かめないと、実は異なっているのにセットとして堂々と売られていることがあるからだ。
つまり出店者が強引に結婚を強いて、庶民派のリュドーボと貴族出身のロモノーソフが、セット組として何食わぬ顔で販売されていることがある。
ただ鑑定士の眼を持っていないと判断できないという巧妙な手口ではなく、カップ&ソーサーをそれぞれ裏返して工場のマークを確かめれば済むことである。




同じ手口はマトリョーシカでも行われるが、セルギエフパッサードのなかからセミョーノフが出てくれば、さすがに素人でもわかる。
しかしマトリョーシカで良くある巧妙な手口として、わざと陽に晒したり、雨に打たれたりして、アンティークに見せかけて値段をふっかけてくる場合がある。
その場合は、ある程度の知識がないと出店者に軍配が上がってしまうので、自信がなければマトリョーシカを選択肢から外すことを勧める。


そんなことを考えながら、お客様が眼を細めて可愛いと囁いてしまうような逸品を求めて、雨のなかを彼方へ此方へと彷徨い歩いている。
何を手に入れたのかは7月までお愉しみに。

(店主ЮУЗОО)

5月 22, 2018 店主のつぶやき, 海外仕入れ |

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