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2018年5月 7日 (月)

酒席の話題について




人は何故酒を呑むのかと問われたら、それは一日の憂さやストレスの発散だと長年思っていたが、近頃はそんな単純な理由だけではない気がしている。
気のおけない友と結論もオチもない与太話をけじめなく話し、安酒をあおりながら豚串を肴に呑んでいると、わずか三千円程度の宴が、とても愛おしい時間に思えてくる。
何の生産性も発展もない。

目の前にあるのは、竹筒に並んだ串の数とホッピーの空瓶だけである。
話題も三週間も逃げ回った脱走犯が捕まったこととか、体脂肪や血圧といった健康にまつわるもの、あとは昔のテレビ番組といった他愛のないものばかりである。

話題に政治、宗教、プロ野球は御法度。
春風が通り抜ける見晴らしの良い丘で呑んでいたような清々しい気分が、一転して激論、討論、諍論の修羅場と化し、相手が言葉を逸し黙り込むまで延々と議論を浴びせることになる。
先ほどまでの銘酒を前にして目尻を下げていた酒席が、急運風を告げて、血で血を洗う内戦に変わってしまうのだ。

その時の言葉遣いといったら、酒という発火装置が体内を巡っているだけに、素面の時に聞いたら耐えられないものばかりである。
それも普段ならば、無口で紳士然とした名士だったり、いつも笑顔を絶やさない好々爺だったりするから、その豹変ぶりに、ただでさえ小さな私の眼が見開いて白黒してしまう。
酒の力は使い所を間違えると恐ろしい。




しかし政治、宗教の話題が酒席では控えた方がよいのは理解できるが、プロ野球は解せない尊父貴兄もおられるかと思う。
御贔屓のチームが同じ者同士であっても、盛り上がるかといえば、そう単純なものではない。

喩えば優勝争いをしている終盤戦、天下分け目の大一番で惜敗した試合を思い浮かべればわかる。
敗因の分析を酒瓶が転がるテーブルの上に乗せ、エースだからといって長いイニングを任せた監督が悪い、いや、ここ一番で三振した四番の責任だ、いやいや、あの疑惑の判定で流れが変わったから審判がボンクラだと、それぞれが一流解説者になった口ぶりで自論を展開していく。
最初のうちは他人の意見にも頷きつつ耳を傾けるが、酒量が増えるうちに、聡明だった耳は早々に閉店し、代わりに翌日にならないと反省しない口が、相手を論破すべく言葉尻を捉えては、あんたのようなファンしかいないから大事な試合を落とすんだと、極論で抑えつけようとする暴挙に出る。

もはや戦線布告である。
帰納法も演繹法も、もちろん弁証法もあったものではない。
唯存在しているのは、アルコールの霧の彼方に見える相手を黙らせてやろうという一途な感情だけである。

酒は舌を滑らかにさせるが、感情のタガを外すことになるのも、肝に銘じた方がよい。
酒を呑むときは、他愛のない話題をするのが、お互いの平和のためである。

(店主YUZOO)

5月 7, 2018 店主のつぶやき |

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