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2018年5月28日 (月)

アルファホテル・インフェルノ




グジェリからホテルに戻ったら、買付史上、最大の災難が起きたのである。
その日はアントン君にグジェリ駅まで送ってもらい、近郊電車に乗って意気揚々と常宿であるイズマエロボのホテルが林立する地へと帰った。
イズマエロボのホテル群は、1980年のモスクワ・オリンピックの選手村だった場所で、オリンピック閉幕後、ホテルへと生まれ変わった。


買付人としては近くにはベルニサージュという市場があるし、中心部へも地下鉄で乗り換えなく行ける。
また最近は外環状線が全通したおかげで、モスクワ郊外に行くにも便利になった。
エアコンが付いていない部屋が殆どなので、観光客には向いていないかもしれないが、買付人にとっては絶好の立地条件なのである。




それはさて置き、大量のグジェリが入ったバッグを両手に、左にヨタヨタ右にトボトボと歩き、ようやくアルファ・ホテルへと辿り着いた。
このアルファ・ホテルはイズマエロボ・ホテル群では、一番施設が充実していると、仲間内からは噂されている由緒正しきホテルである。

部屋に辿り着いて万歩計を見ると、15,000歩を超えている。
その事実からも、両手に10キロ以上の陶器を持って歩いた行程の過酷さが、お分かりいただけるだろう。
買付は目が利く審美眼を持つこと以上に体力勝負なところがある。




椅子に座って小休止。
買付した戦利品を眺めてニヤニヤと微笑んで、お茶を飲んでいると、突然激しくドアを叩く音がする。
ドアを開けると部屋清掃のおばちゃんが、鬼の形相で仁王立ちし、私に対して抗議をするがごとく強い口調で捲したてる。
「あなた!部屋が違うわよ!出て行きなさい!」と咎める風でもなく、
「休んでなんかいないで、陽が暮れるまで働きなさい!そんな法律が日本で成立したでしょ!」と弾劾しているわけでもない。


こういう時はロシア語が話せないのは、実に困る。
ただ「早く、一階に降りなさい!」という意味だけは理解できたので、着の身着のまま、廊下に出てエレベーターに乗ろうとすると、非常階段で降りなさいと理不尽な指示をする。
11階から歩いて降りなさいとは、砂糖がかかった秋刀魚の塩焼きを食べさせられるような災難だと思いつつ、おばちゃんの勢いに急かされて一階フロアに降りると、何やら物々しい様子。
ただ事ではない。


消防士がホースを持って入ってくるわ、辺り一面が白い煙で充満しているわ、ヘリコプターが旋回しているわ、消防車が何台も停まっているわの大騒動。
そこで初めて何が起きているのか理解したのである。
「火事やんか!」



その後、多数の宿泊客とともに駐車場から様子を眺め、どのような顛末になるのか、買付たモノが焼けたら嫌だなとか、もう少し着込んでくればよかったなとか、携帯電話を忘れたなとか、取り留めのないことを考えて、収まるのを待った。
幸いにも火の手が上がるような地獄絵にはならず、怪我人も出ず、ただのボヤ騒ぎで済んだ。
後になって知ったのだが、エレベーターの一機が出火元のようである。




ただし無事に消火されても、現場検証を行ったり、換気をして煙を排出したり、水浸しになったフロアの清掃があったりして、すべてが終わるまで部屋に戻ることを許されず、ようやく部屋に戻れたのは夜中の11時半。
もちろんエレベーターは使用不可で、降りたときと同様に非常階段で、11階までひたすら部屋を目指して登ったのである。
やれやれ。


(店主ЮУЗОО )

5月 28, 2018 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月27日 (日)

グジェリの名も無き逸品




今回の買付はマトリョーシカ以上に陶器に主眼を置いている。
しかもインペリアルポーセレン=ロモノーソフというような高級陶器ではなく、グジェリ、リュドーボといった、誰でも手に取って愉しむことができる一般的なもの。
日本でいえば瀬戸物に類する庶民派の陶器である。


庶民が日常的に使っているモノにこそ藝術性が秘められていると提議したのは柳宗悦だったか、此の国ロシアでも革命時に「民衆のなかへ!」をスローガンにロマノフ王朝を倒した歴史があるだけに、生命力が漲るモノは庶民性のなかに宿っているはずである。
煌びやかな高級品に目を眩まされて、高いモノは良いモノだという単純思考に陥ることなく、鋭い眼光で庶民的なモノからキラリと輝く名品を見つけ出すことこそが、真の買付人の仕事ではなかろうか。




なんて、そんな深い洞察をもとに買付している気持ちは爪先ほどもなく、結果としては高級品よりも庶民的なモノが、性に合っているからである。
元来、四畳半と六畳二間の文化住宅で育った人間である。
高尚なモノの良し悪しを見極める審美眼など持ち合わせていない。
グジェリのユーモラスな動物の置物が、私の眼には良く馴染む。

さてグジェリに直接買付となると、車が無いとかなり不便を要して、近郊電車でグジェリ駅で降りたとしても、野原のど真ん中に置き去りにされたようで、前にも横にも進めない。
今回はコブロフさんの息子のアントン君が手伝ってくれた。
アントン君に最初に出会ったときは、まだ中学生。
それが大学を卒業して父親の仕事を手伝いながらも、新しいビジネスを模索しているのだから、時が経つのは早いものである。
しかもアントン君がヘビィーメタルに陶酔していたときにプレゼントしたメタリカのTシャツを、今も大切に来ているのが嬉しい。




買付に来たのはグジェリ工場の直営店。
グジェリには11ほどの窯元が点在しているが、このお店ではそのほとんどの製品が置いてあるので、1日かけて工場を巡るよりは時間の節約ができ、さらに価格もリーズナブル。
しかもグジェリの名工が制作した逸品も取り揃えているので、至れり尽くせり、ビールの付け出しに落花生が添えられているような塩梅である。


ただ名工の逸品と名も無き職人が制作したものが、同じような熊の置物であっても、価格差が5倍も違うのには、思わず眼を瞠ってしまう。
一緒に並べたら画力に雲泥の差があるのは一目瞭然なのだが、単品として置かれたら、名も無き作品でも堂々とした風格を感じてしまうのは、私の眼が節穴だからなのか。


とりあえず名工と名も無き職人の作品関係なく、眼に止まったものを、次々と買付していたら、その数は優に100個を超え、アントン君も店のおばさんも、半ば呆れ顔で見ている。
審美眼を持ち合わせていないと、買付量が増える傾向にあると痛感した次第。
まだまだ人生の途上である。

(店主ЮУЗОО )

5月 27, 2018 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月23日 (水)

ボゴロツコエ・フェスティバル




今回の買付のメインとなるのがボゴロツコエ・フェスティバル。
買付人としては、以前にセミョーノフ、ゴロジェッツと工芸が盛んな町で同様のフェスティバルに足を運んだとき、大きな成果を上げただけに、否応にも期待が高まる。
ボゴロツコエについて多少説明すると、大きな熊の彫り物や柱の彫刻など、木彫に関することならばわが町にお任せください、という職人気質が今も息づいている町。
私のレベルでは、等身大の熊を発注して輸送するノウハウも売り先もないので、紐のついた玉を回すと板のうえに乗ったニワトリが順番に餌を啄ばむ、クローチカという素朴なおもちゃを主に買い付けているが、本当は木彫が知られた町なのである。

その地で開催されるフェスティバルとなれば、クローチカを主に製造している工場以外にも、新たな工場や工房が見つかるかもしれない。
セミョーノフやゴロジェッツのフェスティバルでは、200近くの出店が軒を連ね、いくつかの逸品、珍品、希少品を掘り出した確固たる実績もある。
新たな出逢いの物語が、この町で始まるはず。
その期待が初恋をした若き頃のように心臓の鼓動を高めている。




当日は小雨が降っているものの、傘を差すほどではない。
ようやく運にも恵まれてきたようだ。
フェスティバル会場に入ると、簡易ステージが眼に飛び込んでくる。
風船で装飾された学園祭並みのステージだが、その質素な佇まいこそ、未だ見ぬ工芸作家が片隅で出店を暗示しているようで、思わず細い眼をさらに細める。


インターネット全盛の時代に自ら宣伝するわけでもなく、ひっそりとフェスティバルのために、作品をつくっているバブーシュカ(お婆ちゃん)が、机いっぱいにマトリョーシカや木のおもちゃを並べている姿を想像してしまう。
バブーシュカは、木彫も得意で子熊や仔猫の愛くるしい作品も並べている。


プラトークからのぞく風貌は、この世の不幸をすべて見てきたという苦渋に満ちているが、一旦話を始めると止まらなくなるバブーシュカ。
日本人と話したのは生まれて初めてだよと顔をくしゃくしゃにして笑うバブーシュカ。
計算が苦手なバブーシュカ。
私の頭のなかでは、初めてロシア買付をした10年前に巡り逢ったナジェンダ・ニコライバさんの再来を、勝手に想像している。


こうなると、ボゴロツコエは大いなる叙事詩である。
ステージの裏手には広場があり、その外れでバブーシュカは私との出逢いを待ち侘びているはず。
ボゴロツコエで生まれた隠れた名品が、日本に紹介されるときは、今そこまで来ている。




だが、しかし、詰まるところは、叙事詩は遥か彼方へと流れていった。
ステージ裏には10数軒の出店のみ。
東西南北、前後左右、何も無い。
空を見上げても青い鳥は飛んでいない。
もちろん苦虫を潰した表情のバブーシュカもいなかった。

結局、いつも買付をしているクローチカ工場で、気分転換に大人買いをした次第。
フェスティバルのせいか、いつもロシア的な対応の社員も殊の外対応が良く、何人もの社員が出てきてひとつずつビニール袋に入れていたのは、その非効率的な大らかさに口元が緩んだ。

結論。
ボゴロツコエ・フェスティバルは、町内会の餅つき大会と同じである。
以上。

(店主ЮУЗОО )

5月 23, 2018 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月22日 (火)

雨のロシア蚤の市





ロシアに着いてから雨降り続きで、毎日空を眺めては溜め息ばかりついている。
買付の天敵は雨降りなのは周知の事実だが、とくに蚤の市が出る土日が雨なのだから、こちらの無念を察していただけるだろう。
雨となると、絵本、絵葉書、ポスターといった所謂紙モノも呼んでいる出店者が暖簾を掲げることがないので、それらを好物としている私としては、濡れた靴下を履き続ける以上に淋しい。


たとえ出店していたとしても、天候を気にせず店を出すような無頓着な出店者だから、当然のごとく商品管理もゴミ屋敷のような煩雑ぶりで、表紙が無くなっていようと、絵葉書が水を吸って色変わりしていようと、気にも留めない。
形ある限り、商品は商品であるという哲学を貫き通している。
ロシア蚤の市ならではの美学である。




そこで今回は紙モノは諦め、陶器党へと鞍替えして再出馬することにする。
ロシアの陶器は日本の焼き物と違って、釉薬のかかり具合や箱書きの真偽、その器自身の佇まいや歴史など、あらゆる角度から精査して価値を判断するという熟練した鋭い眼力は必要ではない。
絵柄やデザインを見て気にいるか否かが重要であって、骨董屋のように斜めにモノを見ることもない。
ロモノーソフ、リュドーボ、グジェリといった産地を頭の片隅に入れているだけで充分。
気楽な稼業ときたもんである。


私のなかの買付ポイントは、絵柄がロシア的であるか、置物ならばちょっとしたユーモアを感じるか、カップ&ソーサーならば両方ともしっかりと揃っているかぐらいで、審眼に深みも苦みもない。
私レベルの買付ならば、その日から誰でもできる。
カップ&ソーサーが揃っているかと書いたのは、サイズや絵柄を確かめないと、実は異なっているのにセットとして堂々と売られていることがあるからだ。
つまり出店者が強引に結婚を強いて、庶民派のリュドーボと貴族出身のロモノーソフが、セット組として何食わぬ顔で販売されていることがある。
ただ鑑定士の眼を持っていないと判断できないという巧妙な手口ではなく、カップ&ソーサーをそれぞれ裏返して工場のマークを確かめれば済むことである。




同じ手口はマトリョーシカでも行われるが、セルギエフパッサードのなかからセミョーノフが出てくれば、さすがに素人でもわかる。
しかしマトリョーシカで良くある巧妙な手口として、わざと陽に晒したり、雨に打たれたりして、アンティークに見せかけて値段をふっかけてくる場合がある。
その場合は、ある程度の知識がないと出店者に軍配が上がってしまうので、自信がなければマトリョーシカを選択肢から外すことを勧める。


そんなことを考えながら、お客様が眼を細めて可愛いと囁いてしまうような逸品を求めて、雨のなかを彼方へ此方へと彷徨い歩いている。
何を手に入れたのかは7月までお愉しみに。

(店主ЮУЗОО)

5月 22, 2018 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月21日 (月)

ロシアに里帰りします!






いよいよロシア買付の旅が始まる。
もう10年以上も彼の国を訪れていると、特別な感慨もなく、一旗揚げようという妙な力みもなく、未だ見ぬロシアの逸品を見つけ出すと意気込みもなく、里帰りの気持ちに近い。
実際に、年を追うごとに、各家庭に招かれたり、パーティに呼ばれたりすることが多くなり、家族構成や好みも知っているので、それぞれに合った御土産を持参することにしている。
家族ぐるみの付き合いと言っても過言ではない。
ロシア語どころか英語でさえ満足に話せなくても、このような関係になるのだから、人と人との出会いは不思議である。
年月が成せる技だろうか。




また10年前と大きく変わったのはインターネットの日進月歩の発展。
地球の裏側に住む人たちと気軽に知り合えるようになり、相手のことを簡単に知ることになった。
気軽に連絡を取れるようになったのも、大きな要因だろう。
時差を感じることさえなく、コミュニケーションが取れるのだから、世界が年々縮んでいくような気分である。

もはや私にとっては、今やロシア買付も東北出張も同じ感覚。
さらに翻訳サイトが出現したことが、言葉が不自由な私には、バース、掛布、岡田が連ねていた1985年のタイガースのごとき安心感につながっている。




「来週、マトリョーシカを買いに行くから、適当なものを見繕ってくれよ」
「あいよ!合点だぁ。1年ぶりだからその後酒でも呑もうや」
「今回、日本酒と焼酎の良いやつを買っていくぜ」
「たまらんなぁ。日本酒にありつけるなんて天国や」

こんな会話も翻訳サイトのおかげで、長屋の八つぁんと熊さんのごとく、粋なやり取りが出来てしまうのである。
この状況を、やがて世界全体がひとつの価値観で覆い尽くされ、その国や地方の文化や伝統が廃れていく端緒が、このインターネットの発展に潜んでいると危惧する社会学者がいるが、私のような凡人は雲の上の論争。
深く考察しようにも洞察力も、未来を想像できる千里眼も持ち合わせていない。


コミュニケーションは、例え文法や語彙が間違えようとも、まずは自分の言葉で話し、まったく寄る辺ない状況ならば、翻訳サイトを使ってでも何かしら相手に伝えようと必死になった方が、沈黙しているよりは、何倍も平和裡に物事が運ぶものである。
買付の場面では、沈黙は金ではない。
それに長い人生で自身が培った第六感をフルに発揮すれば、自ずと路は拓かれる。
あとは良いマトリョーシカに会えるかは、星の巡り合わせにかかっている。


というわけで、ロシア買付の旅、いや里帰りに行って参ります!

(店主ЮУЗОО)


5月 21, 2018 店主のつぶやき, 海外仕入れ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月10日 (木)

第44回 紙の上をめぐる旅




岡本太郎『青春ピカソ』(新潮文庫)

最近どういうわけが気分が沈殿し、休日は予定を入れず家に篭りきり、外出する気にさえなれない。
四月は花粉症ゆえ、あえて外出を控えていたのだが、それが板についてしまったようである。
日頃の痛飲、鯨飲、暴飲に愚痴を言わず辛抱強く最後まで付き合ってくれる肝臓を休めるには好い機会と思いつつも、黄金週間のほとんどを家で過ごしているというのは、さすがに不健全である。


今、巷で囁かれている男の更年期とは思いたくない。
単に出不精の性格が、この年齢になって再び顔を出したのだと思いたい。
子供の頃は、昆虫図鑑や鉄道の時刻表を眺めては、ぼんやりと夢想したり、徐ろに絵を描いたりして、夕飯まで過ごしていることが多かった。
旅するのは好きだが、突き詰めれば私の性根は、筋金入りのインドア派なのである。
そんな部屋に篭りきりの私に呆れ顔の家族を尻目に、読書三昧の日々を過ごしている。


本日は岡本太郎『青春ピカソ』を読んだ。
出版されたのが昭和28年だから、岡本太郎が42歳の時の作品になる。
青白いエネルギーで満ち溢れていた青春の日々とピカソの永遠に流転する創作活動を重ね合わせて、このような甘酸っぱい題名にしたのだろう。
それは若き日、ピカソが既成概念を破壊する凄まじい光を放つ作品群を観た瞬間、血肉が熱く沸騰し、産毛が逆立ち息もできない程の衝撃を食らいつつも、同時にピカソが創作した新しい芸術に対し、今度はこの芸術を破壊し新たな芸術を創造するのが、自分の使命だと感じた野心も表している。


《いうまでもなく芸術は創造である。とすれば過去の権威を破砕することによって飛躍的に弁証法的に発展すべにものである。芸術家は対決によって新しい創造の場をつかみとるのだ。もっとも強力な対決者を神棚に祀り上げてしまったのでは、この創造的契機は失われる》


私は美術史や美術様式については門外漢なので、低い声でボソボソと呟くしかないが、この自身の創作に対する所信表明は、諸手を上げて共感する。
権威ある芸術の模倣だけで終わってはならないは、画家にかぎらず、詩人、小説家、音楽家、舞踏家も同じである。
その芸術表現に激しく魂を揺さぶられ、畏敬の念を表しながらも、自身が手にした絵筆は、それを超越する表現を模索しなければならない。
この創作態度は、終始一貫していて、岡本太郎が残した他の著書でも、繰り返し述べられている。
たぶんその頑なな創作姿勢に魅かれて、没頭してしまうのだろう。


最後に何年ぶりかのピカソとの邂逅についての随筆が載っている。
世界的な名声を得た大芸術家と旧交を温めつつ、日本文化や今日の芸術について、若い頃のように議論を戦わすことなく、世間話風に寛いでいる姿に、つい眼を細めてしまう。
ピカソと親友でいる日本人が存在したのが誇らしいというような下世話なことではない。
同時代に旧態然とした価値観を破壊して、新しい芸術を創造しようと挑戦し続けた、規格外の芸術家が日本にもいたことが嬉しく思うからである。
ピカソとの邂逅は、戦争の世紀だった20世紀に、芸術家として共に戦った戦友との思い出話と言えなくもない。

(店主YUZOO)

5月 10, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 8日 (火)

ハイボール!ハイボール!




どうも私の舌は高貴な酒には順応していないようである。
居酒屋に行っても、まず眼に飛び込んでくるのは、ホッピーやハイボールといった品書きであり、幻の銘酒や限定入荷の類、ボジョレーヌーヴォー入荷しましたという売り文句は、我が網膜には映らない。


小洒落たショットバーで、スコッチが透明な氷に反射して琥珀色にきらめくのを愉しみながら、舌先で堪能するというような芸当は持ち合わせていないのである。
居酒屋の馬鹿明るい蛍光灯のしたで、まずはビールにしようか、いやプリン体が気になるから最初からハイボールでいくよなどと、戯れ言を呟きながら、最初の酒を決めかねているのが性に合っている。
先頭バッターに銘酒やワインが告げられることは、まずない。
ビールかハイボールのどちらが、今宵の切り込み隊長に適しているか、ちまちまと悩むのである。
お気楽な監督には違いないのだが。




さて長年先頭バッターとして君臨していたビールの座を脅かす存在となったハイボールであるが、どうにも腑に落ちない点がある。
酒造メーカーの積極的な宣伝活動も功を制して、居酒屋の壁には色香が漂う女優が「今宵はハイボールにしましょ」と潤んだ目で見つめるポスターがあり、品書きには何種類ものハイボール・メニューが連ねていて、今や空前のブームと化している。
本来ハイボールというのは安ウィスキーをソーダで割っただけの酒なのに、ジンジャー、レモン、トニックなどの味付けがなされたもの、普通ならばロックで味わう高級ウイスキーを使ったものまで、堂々と名を連ねているのが、一介の酒呑みとしては許し難いのである。


安ウィスキーとはいえ、他の味を加えられるのは、本人としても浮かばれないだろう。
自分は誰かの手助けがなければ、呑兵衛の安直な舌先さえも満足させられない未熟者に成り下がったみたいで、もしくは甲種焼酎と同等の扱いをされたことに一抹の悲哀を感じているにちがいない。
甲種焼酎は一時期、イチゴ、キウイ、パイン、ピーチなど様々な果汁で割ったもの、ピンク、ブルー、バイオレットといった色彩豊かなものまで登場して、居酒屋メニューの看板スターとなった。
しかし一世風靡したのも今や昔。
あの毒々しい色彩の酎ハイを注文する輩は皆無である。


安ウィスキーは同じ末路を辿るのではないかと不安なのである。
その逆に高級ウイスキーは、安物と同じ待遇に、そのプライドが許さない。
ソーダで割ることで、蒸留時に染みついたスモークな匂い、樽の香りといった自慢の芳香を掻き消され、しかも酒造メーカーの名前が印刷された安直なカップに注がれ、製氷機の四角い濁った氷に浸かるのが、憤懣やるせないのである。
ガラス玉のように透き通った丸い氷と共に、切り子細工の鮮やかなグラスに注がれ、琥珀色の身体とスモークな深い味わいを愉しんでもらうのが本望であると。


そのような観点からハイボールの品数が乱発されるのが嫌なのである。
私の望むハイボールは、少し濃いめでソーダは強くてパンチの効いたもの、氷はひとつのみというのが好い。
この単純明快なハイボールは、時間が経過しても、薄くならずキリッと立っていて、酔いが進んでも適度に鈍った舌を刺激してくれる。
単純な味覚こそ美味い。真理である。

(店主YUZOO)

5月 8, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 7日 (月)

酒席の話題について




人は何故酒を呑むのかと問われたら、それは一日の憂さやストレスの発散だと長年思っていたが、近頃はそんな単純な理由だけではない気がしている。
気のおけない友と結論もオチもない与太話をけじめなく話し、安酒をあおりながら豚串を肴に呑んでいると、わずか三千円程度の宴が、とても愛おしい時間に思えてくる。
何の生産性も発展もない。

目の前にあるのは、竹筒に並んだ串の数とホッピーの空瓶だけである。
話題も三週間も逃げ回った脱走犯が捕まったこととか、体脂肪や血圧といった健康にまつわるもの、あとは昔のテレビ番組といった他愛のないものばかりである。

話題に政治、宗教、プロ野球は御法度。
春風が通り抜ける見晴らしの良い丘で呑んでいたような清々しい気分が、一転して激論、討論、諍論の修羅場と化し、相手が言葉を逸し黙り込むまで延々と議論を浴びせることになる。
先ほどまでの銘酒を前にして目尻を下げていた酒席が、急運風を告げて、血で血を洗う内戦に変わってしまうのだ。

その時の言葉遣いといったら、酒という発火装置が体内を巡っているだけに、素面の時に聞いたら耐えられないものばかりである。
それも普段ならば、無口で紳士然とした名士だったり、いつも笑顔を絶やさない好々爺だったりするから、その豹変ぶりに、ただでさえ小さな私の眼が見開いて白黒してしまう。
酒の力は使い所を間違えると恐ろしい。




しかし政治、宗教の話題が酒席では控えた方がよいのは理解できるが、プロ野球は解せない尊父貴兄もおられるかと思う。
御贔屓のチームが同じ者同士であっても、盛り上がるかといえば、そう単純なものではない。

喩えば優勝争いをしている終盤戦、天下分け目の大一番で惜敗した試合を思い浮かべればわかる。
敗因の分析を酒瓶が転がるテーブルの上に乗せ、エースだからといって長いイニングを任せた監督が悪い、いや、ここ一番で三振した四番の責任だ、いやいや、あの疑惑の判定で流れが変わったから審判がボンクラだと、それぞれが一流解説者になった口ぶりで自論を展開していく。
最初のうちは他人の意見にも頷きつつ耳を傾けるが、酒量が増えるうちに、聡明だった耳は早々に閉店し、代わりに翌日にならないと反省しない口が、相手を論破すべく言葉尻を捉えては、あんたのようなファンしかいないから大事な試合を落とすんだと、極論で抑えつけようとする暴挙に出る。

もはや戦線布告である。
帰納法も演繹法も、もちろん弁証法もあったものではない。
唯存在しているのは、アルコールの霧の彼方に見える相手を黙らせてやろうという一途な感情だけである。

酒は舌を滑らかにさせるが、感情のタガを外すことになるのも、肝に銘じた方がよい。
酒を呑むときは、他愛のない話題をするのが、お互いの平和のためである。

(店主YUZOO)

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2018年5月 3日 (木)

第44回 紙の上をめぐる旅




長谷川恭男『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書)


現在、日本は改憲派と護憲派と別れて論戦を繰り広げているが、というか改憲派が多数派の論理で、ゴリ押しして憲法改正まで漕ぎ着けようとしている感がある。
私を含めて、ほとんどの国民が憲法が改正されたら、どう生活が変わるのか、未来はどうなっていくのか、青写真を描くことができないまま、社会は揺れ動いているにちがいない。


それは戦後70年以上の間、憲法について活発な議論がなされていない事実と、何よりも国民に憲法とはどういう理念で成立しているか、国家においてどのような位置づけにあるのかを、きっちりとその定理を説明してこなかったし、教育もなされなかったことに一因がある。
法律と憲法は同じ位置にあり、いつでも時代に応じて変えられると、考える人も多いのではないか。


そこで今、熱い議論がなされている憲法について、どのような経緯をもって立憲主義が生み出されたのか、憲法にうたわれる理念とは何なのかを、今一度、アルコールで軟弱になった頭を使って考えてみようと思った次第。
何も知識がないままに、この今後の国の体制をうらなう問題をジャッジするよりは、何かしら腑に落ちた結論を持った上で決めないと、未来に生きる世代に迷惑がかかる。


この本では、近代社会が立憲主義に至るまでの経緯を、ルソー「社会契約論」、ホッブスやゴーティエなどをテキストに、何故に基本的人権や生存権といった概念が論議され、個人の自由を保障するようになったのかを解説する。
そのなかで興味深いのは、大多数が希求することが、決して万人の幸福を導くことに当たらないとして、民主主義的な多数決の論理を、全面的に肯定していないということ。


そこには宗教や人種などが混在している国家において、少数民族や少数の宗派が弾圧されることになりかねないという考えに基づいている。
また権力者によって、特定の団体や結社を優遇し、多数がその方向になびいた場合、社会的な価値観まで脅かすことになりかねず、個人の自由を侵害する恐れことになりうる。
つまり憲法とは、時代の潮流や権力に容易く流されなれないようにつくられた防波堤である。


著者は立憲主義についてこう書いている。


《この世の中には、社会全体としての統一した答えを多数決で出すべき問題と、そうでない問題があるというわけである。その境界を線引きし、民主主義がそれを踏み越えないように境界線を警備するのが、立憲主義の眼目である。》


この立憲主義の考えに至ったのは、何も第二次世界大戦が終わってから、その犠牲を教訓にして人類が得た叡智ではない。
フランス革命後に市民社会が出現し、そのなかで試行錯誤を繰り返しながら辿り着いた叡智なのである。


ひとりの愚鈍な権力者が、議会のルールを無視し、多数の論理で押し切って、変えられるような安直なものではない。
徹底して議論を重ねた上で、憲法改正について国民に信を問わなければ、この国の民意の成熟度を疑われるし、立憲主義に辿り着いた歴史が、リセットしかねない。

(店主TUZOO)

5月 3, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月 2日 (水)

第43回 紙の上をめぐる旅




高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)


高橋源一郎の本を読むのは『ペンギン村に陽は落ちて』という、どう解釈して良いのか判断できかねる小説以来2冊目。
よって、熱心な読者ではないし、思い入れ過ぎによる偏向した読み方もできない。
結論から言うと、民主主義とは何だろうと、市井の人々の目線で考えられる、なかなかの良書である。


民主主義は人類が到達した高度な思想だとは、考えていない。完成されたものではなく、色々な不備や欠陥がある発展途上の思想だと思っている。
個人の自由、平等、権利に重きを置きながらも、その解釈は地域、文化、歴史、風習、強いては男女間によっても異なるだろうし、多種多様な価値観があるなかで、国家としては一番最適な決定を選択しなければならない。


発展途上である以上、常に緊張感をもって、為政者は国民の大多数が納得する、より良い方向へと駒を進めていくべきもの。


学生時代に受けた講義で、憲法学者の古関彰一教授が「民主主義とは何事決まるのに、一番手続きが面倒な国家体制です」と言ったのを未だに覚えている。
スズメの涙ほどの思考力しかないボンヤリした私でも、この言葉は常に心の隅にあって、社会人になった今でも、会社や地域で決め事がある度に、パブロフの犬のように条件反射として反芻してしまう。
それほどまでに私にとって強烈な一撃だった。


それならば、一個人として何をしなければならないのか。
それは周囲やマスコミに流されない自分自身の意見を持つことであり、反面、対峙する意見にもしっかりと耳を傾ける寛容さが、必要なのだと、この呑んだくれオヤジは考える。


いみじくもサルトルがアンガジェという言葉で、社会へのコミットを促したように、偶然にもこの国に生まれてしまった以上、積極的な社会参加や異議申し立てを自身の意見として持つことが、この国が堕落していかない唯一の手段であると思う。
ちなみに今宵は、それほど酒はすすんでいない。


この本の題名のような『ぼくらの民主主義なんだぜ』という国家を、権利を、個人を身近な問題として捉える意識が、この国に生きる者として必要だと信じている。
国家なんて、国民が自ら口を閉ざしてしまえば、いくらでも為政者の好きな方向に突き進んでしまうのだ。


「民主主義とは何事決まるのに、一番手続きが面倒な国家体制です」という言葉を信条としている者として、その思いは揺るがない。

(店主YUZOO)

5月 2, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)