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2018年4月 9日 (月)

第40回 紙の上をめぐる旅




アファナーシェフ『ロシア民話集(上)』(岩波文庫)

19世紀半ば、ロシア・フォークロア学者として大きな功績を残したアファナーシェフ。
この偉大なる学者の長年にわたる口承文芸の採取と編纂のおかげで、こうして話し言葉が文字になり、海を隔てた国でも気軽に愉しむことができるのである。
後世に残る仕事は、何も大きなビルやプラントを造ることだけではない。


仕事柄、マトリョーシカや陶器に描かれた物語を訊かれることがあるが、物語の多くは民話だったり、プーシキンの小説だったりする。
訊かれても微笑みだけを返して「何でしょうね」と応じているようでは、専門店の名に恥じる行為であり、また資料を眼にしてボソボソと答えているようでは、何処ぞの国会答弁と一緒である。
相手の眼を見て、清々しく答えなければならない。


この本には36編の民話が収められている。
日本でも知られている「蕪(大きなかぶ)」も収められているのだが、ほぼ粗筋は同じなものの、登場人物が違うのが、口承文芸の興味深いところ。
私たちが幼い頃に手にした絵本では、お爺さん、お婆さん、孫娘、仔犬、猫、鼠と続いていくのだが、こちらの本では、仔犬から続くのは足で、次々と出てくる。
しかも何の足か明記はなく、しかも5本が並んだ末に、見事に蕪が引き抜かれたという結末。実にシュールな光景。


子どもの頃に聞いたときは、最後に非力な鼠の力添えで蕪が抜けたことが面白くて、何度も読み聞かせてもらった。
しかし物語の核心は、そんな牧歌的な顛末ではなかったのである。
5本の毛深い足が、お互いの毛を絡ませながら引っ張る姿を想像してもらいたい。
気色悪いと思うのが現代的な感覚であって、近世のロシア民衆気質は、その光景に面白さを求めていたのではないか。
何しろゴーゴリに「鼻」を書かせた国である。


他にも「テレモック」に似た「動物たちの冬ごもり」といった興味深い話もある。
もちろん森に住む魔女バーバー・ヤガーは様々な物語に登場して、訪ねた者を大釜で茹でて一飲みしたり、魔術で様々な物に変えてしまう。
こんな怖い話を、蝋燭の灯りの下で聞かされてたら、子どもたちだけではなく、大人たちも震えがったのだろう。


そして多くの話が「その酒盛りにわたしも呼ばれて蜜酒を飲んだけど、蜜酒はひげをつたって流れてしまい、一滴も口に入らなかった」という言葉が、締めとして慣用句となっている。
口承文芸は酒宴の席で、話術の得意な者が話しただろうから、言わば落語の「お後がよろしいようで」同様の結びの言葉として、一般化したのかもしれない。
いろいろと興味の尽きない本である。

(店主ЮУЗОО)

4月 9, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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