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2018年3月30日 (金)

第39回 紙の上をめぐる旅




岡本太郎『美の世界旅行』(新潮文庫)

旅行記を読むのが好きである。
自分が訪れたことのない国の見聞も良いし、何度か訪れた場所であっても、感性がちがうと印象までも異なってしまうことに驚かされるのも良い。
そのような視点で観られなかった自分の感性の未熟さを思い知らされ、顔を赤らめて口を噤んでしまうこともある。


人の数だけの感性があるのならば、その数だけ旅先での体験や感動があるはずである。
それは何度も訪れた場所でも、実は表層しか見ていなくて、まだ自分はその土地について、何も知らないという事実につながる。
無知の知というか、未知の地。
世界は驚きに満ちている。


この本で岡本太郎は感性の触角をピンと張って、世界の様々な芸術作品と対峙している。
その感性は大きく時代を遡り、騎馬民族が世界を席巻した頃まで辿り着き、「北ユーラシアの大草原、ウラル・アルタイ、そしてモンゴルを通って朝鮮半島に吹きつけて来た流動感。私はそれを「風」として素肌に感じとるのだ」と感慨深く語るのである。
それもチャンスンという発祥の地、韓国でも忘れられた存在になっている、ひょろりと長く伸びた棒切れを眼の前にして。
その感性の自由さ。大らかさ。
時代も文化もひとつの凝縮した塊となって、それは棒切れでなく、隆盛を極めた騎馬民族の証しとして、岡本太郎の眼には映っているのだ。


その類稀なる感性をもって、スペインのサクラダファミリア教会に、メキシコのアステカ文化に、インドのタントラに、激しく揺さぶられて、強く共鳴していく。
漲るエネルギーを内包して。


岡本太郎が創り出す芸術作品、美術論に共感できない人は多いかもしれない。
しかし、これだけの鋭い感性とエネルギーの放射をもって、対象物と対峙したことはあるだろうか。
有名な絵画だから素晴らしいとか、世界的な画家だから一流だという、固定観念で鑑賞していないだろうか。
岡本太郎の眼は世界的な評価という束縛を嫌い、一貫して原初的なプリミティブな作品に対して、畏敬を抱いて見つめている。


我の眼は濁っているか、澄んでいるか。

(店主YUZOO)

3月 30, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月27日 (火)

第38回 紙の上をめぐる旅




柳家小三治『もひとつ ま・く・ら』(講談社文庫)

映画や小説の世界では、続編というのは概ね二番煎じの粋を出ず、面白味が半減するか、酷いものになると初編の面汚しになりかねない。
しかし次作も初編同様のクオリティと鮮度を保つことができれば、人気シリーズとして定着するという甘い蜜もあり、魅力的である。
そこが制作者の悩むところだろう。
潔く一作で打ち止めというのは清々しい態度ではあるものの、甘い香りが漂ってくる以上、同じ企画で、その蜜を味わいたいという心理も、人間味溢れた心理であり、その皮算用もまた清々しい。


前作『ま・く・ら』で抱腹絶倒の世界観を繰り広げ、小三治ファンのみならず絶大な支持を集め、この勢いでと2匹目の泥鰌と狙ったのが本作である。
結論から先に述べると、やはり続編は前作に劣るという方程式が、ここでも成り立ってしまっている。
前作は、まくらの小三治と呼ばれる師匠だけに、ベスト・オブ・ベスト言える珠玉の名作が収められていた。
それと比べたら、見劣りするのは仕方がないのだが。


前作が球界を代表する名選手を揃えたドリーム・チームならば、本作は阪神タイガースのみでオーダーを組んだ、変わり映えのしないチームと喩えれば、解りやすいだろうか。
つまり阪神タイガースのファンの立場から見れば、十分に納得できる内容なのである。
何のこっちゃ。


この本のあとがきに、小三治師匠はこのような一文を載せている。
「最後にもひとつお願い。厚い本だからと先を急がないで下さい。
例え黙読でも、私がおしゃべりしているのと同じ速度で読んでくれませんか」


そうなのである。
この本は小説でもなければ、随筆でもない。
寄席に行ったときと同じような面持ちで読むことで、この本の表す人生の滋味に向き合うことにつながるのである。
近頃の私の読書というと、年を追うごとにせっかちになるせいか、呼吸をするのも忘れ、酷い時には2、3行飛ばして読んだり、粗筋を追うことに終始してしまっている。
そういう態度では、自分の人生も表層だけをなぞっているのだろうと、あとがきで小三治師匠に諭されているようだ。


この本には21編のまくらが収められている。
「外人天国」では、老舗鰻屋で働く外国人が増え江戸風情がなくなってきたのを嘆いたり、「笑子の墓」では、テレビの人気者になって芸を磨くことを忘れていた自分に、痛烈な一言を告げた女の子の訪ねてみたりと、様々な場面での人生の機微が詰まっている。
中でも虚をつかれたのは、パソコンに翻弄される自分を自虐的に話す「パソコンはバカだ!!」。
飄々と語るまろやかな舌先は、現代日本社会の病巣を白日に晒したようで、今や国民皆、モバイルの画面を1時間に一度は見ないと不安になる精神状態を、同じ庶民の目線から見透かしているようだ。
舌先はまろやかで、目線は鋭い。


21編あるのだから、ここは慌てず、先を急がず、一日に一編読むぐらいが丁度良い。
読みながら、観客になった気分で時折拍手をすると、さらに良い。

(店主YUZOO)

3月 27, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月26日 (月)

第37回 紙の上をめぐる旅




忌野清志郎『忌野旅日記』(新潮文庫)

文庫本だからといって、侮れないことがある。
単行本が文庫サイズに変わったという単純な図式ではないことがある。
例えば加筆訂正が加えられていたり、単行本未収録の作品が追加されたりと、読者泣かせの編集がなされている場合があるからだ。
この辺りは、CDが売れなくなったのでリマスターを施したり、デモ・バージョンを収録したり、音楽業界と似ているのかもしれない。
少しずつかたちを変えて、何度でも買ってもらおうという魂胆が見え隠れする。


この本も文庫化にあたって、新たに5編の随筆が収録されている。
これを商魂丸出しの由々しき事態と捉えるべきか、吉報ととるべきが二つの意見があると思うが、この場合はその5編のために財布の紐を緩めなくてはならないマイナス面を差し引いても、後者の意見になるだろう。


この5編には、細野晴臣と坂本冬美と組んだHISのレコーディング風景や敬愛するバンド、ブッカーT &The MG’sとの交流が綴られていて、永遠に新作が発表されない現実を思うと、このような文章と邂逅することで、在りし日のキヨシローが多くの音楽仲間に愛されていたことを、追想することができる。


細野晴臣がリズムのサンプリングを創り出すのに、2、3時間も器材と格闘していて、退窟極まりなかったというエピソードは、その情景が浮かぶようだし、「恋のチュンガ」のボーカル録音時に、恥ずかしがる細野さんを無理やり説き伏せたら、暗くしたボーカル・ブースのなかで顔を真っ赤にして歌っていたという話は微笑ましい。


この頃の細野晴臣といえば、アンビエントだの、エレクトロ力だの、ニューエイジだの、眉間に皺が寄るような小難しい音楽ばかり演っていて、自身が歌うことがなかっただけに、この時期の貴重な本人歌唱曲となっている。
そんな後ろ向きな細野晴臣を口説き落とせたのも、キヨシローの人柄によるものに違いない。
同じように、数多くの音楽仲間とのエピソードが綴られていく。
スティーヴ・クロッパー、イアン・デューリー、山下洋輔、ドクトル梅津、片山広明、坂本龍一、仲井戸麗市などなど。

この本を読んで、改めてキヨシローが残した音楽を聴くと、この本に登場するミュージシャンと行ったレコーディングやコンサート、イベントが、お互いに敬意を払った交流だったから、あのような素晴らしいものが出来上がったのだと気づかされる。


ファンならば財布の紐が緩んでも、仕方がないと思える一冊。

(店主YUZOO)

3月 26, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月23日 (金)

『マトリョーシカはかく語りき』前夜





以前から、マトリョーシカのコレクター、研究者、買付人などを一堂に会した「マトリョーシカ茶会」のようなものを企画したいと思っていた。
マトリョーシカにどっぷりとハマった人たちが、自身のマトリョーシカ観を語り、研究者は成果を発表し、買付人は苦労話を話す。
マトリョーシカをキーワードに、それぞれ気ままに談話する交流の場となれば愉しいだろうなと、ぼんやりと夢想していたのである。

明日開催する『マトリョーシカはかく語りき』は、その夢想を少しばり具現化した企画と、自分では思っていた。
何しろ、アンティーク・マトリョーシカ・コレクターの草分け、道上克さんとの座談会である。
今、展示してあるアンティーク・マトリョーシカをご覧にになったお客様が、マトリョーシカについての知識をつけてもらうことで、更にその魅力を感じてもらえばという、言わばギャラリー・トーク的なもの。
それほど、大上段に構えた企画ではなかった。



しかし。だが。何とも。もはや。
座談会の参加希望者は、マトリョーシカの知識と研究では五本指に入る、名だたる大御所ばかり。
私からお伝えする新事実など何もなく、ただ頭を垂れて教えを乞うようなことにならないかと、この企画の無謀さに恐れ慄いている。

幕下力士が千秋楽で白鵬とあたるようなもの。
素人が紅白歌合戦でトリを務めるようなもの。
ダルビッシュの直球を素手で捕るようなもの。
もうすでに脇の下にじっとりと脂汗をかいている。



この半月、マトリョーシカに関する文献を読み直したり、簡単な資料を作って整理したりと、呑む量を減らして格闘しているのだが、ロシア語が読めないことには、先にも横にも進めない。
日々、こつこつと勉学に励むことの必要性を思い知らさせれた次第。
バイカル湖より深く猛省。

明日はどんな風が吹くのやら。

(店主ЮУЗОО)

3月 23, 2018 展示会情報, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月14日 (水)

第12回 一生に一度はお伊勢参りの旅





お伊勢参りが終わってしまえば、あとはおかげ横丁を散策して、時間が許すかぎり食べ歩き、もとい呑み歩くだけである。
それはオヤジたちの性分だから仕方がない。
参拝したからといって、厳かな気持ちで、静かに東京に帰るわけにはいかないのである。


相変わらず空模様は曇天で、時折小雨が降り出しては風が舞い、思いのほか寒い。
何処か酒を振る舞う茶屋を見つけて一服しようかと話になったが、それだと尻に根が生えて動くのが億劫になるに違いないと思い返し、さらりと立ち飲みで数軒巡り、最後は名古屋で反省会というコースで一同納得。
そこに「生酒あります」という看板が出ているのを見つける。
渡りに船、眠りに枕、腰痛にインドメタシンとは、このことである。


「菊兄ぃ、ここで一杯やりましょうや」
と弥次喜多道中記になった気分で、菊池さんの袖を引っ張って、店の暖簾をくぐる。
菊池さんも満更でもないなという顔で、躊躇なく店の敷居をまたぐ。
お店は造り酒屋らしく、ずらりと日本酒が棚が並び、奥には酒樽が積まれているのが見える。

この酒蔵で造られているのは「おかげさま」という銘柄。
伊勢神宮の内宮を流れる五十鈴川の伏流水を使って造られているというから、日頃酷使している五臓六腑にも御利益があるというもの。
なみなみと注がれた盃に、口先を尖らせて、キュッといただく。
冷え切った身体の芯に、ポッと暖が灯り、胃袋がじわりと熱くなる。
喉越しは、昨日の「作」、「義左衛門」よりも日本酒度はかなり高めで、きりっと締まった辛口。
灘の酒を思わせる。
敢えて小女子の佃煮を肴にしたら、甘味と辛味が舌先で争って面白そうな味わい。




長尻しないのが取り決めなので、二杯目は頼まず、潔く店を出る。
不惑の年のK点を越してからは、三人とも名犬ラッシーのように聞き分けが良くなり、次行こうかの一声で、すぐに出る支度ができるようになった。
そのあとは立ち飲みで松阪牛の串焼と生ビール、お土産に七味唐辛子を買って、伊勢路を後にする。
後ろ髪を引かれず、適度に愉しんで終わりにするのも、大人になった証しである。




名古屋の反省会は、大海老フライや味噌カツを肴に、今回伊勢路では口にしなかった焼酎で、旅の疲れを癒す。
こうなると、東京だろうが名古屋だろうが、まったく変わらない。
酒呑みは品格、酒の肴は美味いものを少しだけという、伊勢路で生まれた名言は、アルコールとともに記憶の彼方へと消え、立て続けに焼酎のロックを注文する。

果たして、伊勢神宮の御利益は、オヤジたちにもあったのだろうか。
あったとすれば、こうして三人が一緒になって、酒を酌み交わせたことかもしれない。
もしかすると、それは小さいようで大きな御利益である。


(終わり)

店主YUZOO

3月 14, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月13日 (火)

第11話 一生に一度はお伊勢参りの旅





今日は賢島駅から特急ではなく各駅停車に乗り、ローカル線の旅と洒落込む。
個人的には特急や新幹線で早々に目的地に到着する旅よりも、地元の人しか使わないホームがひとつしかない駅や無人駅に、ひとつひとつ停まっていく各駅停車が好きである。
早朝ならば、大きな荷物を背負った行商のおばちゃんで賑わい、夕暮れ時は学生たちでいっぱいになる。
各駅停車には地元の匂いが色濃くある。
だが近年になって、行商の姿は消えつつあり、ローカル線自体が存続の危機に瀕している。


賢島駅から伊勢市駅までは、一時間ほどの旅。
2両編成の電車がコトコトとレールの上を走っていく。
ほとんどが無人駅で、駅前に少しばかりの家が並んでいるだけで、雑木林と田園風景が広がっている。
地元でも遠出となれば、特急を使ってしまうのだろうか。
もしくは車中心の社会になってしまっているのだろうか。
乗客が疎らなままに伊勢市駅に着いた。


駅に着くと、駅前から出る路線バスに乗り換えて内宮に向かうことになる。
日曜日だけに内宮参拝に向かうバスや自動車で大渋滞が起こっていて、歩む程度にしか前に進まない。
ふと横に並んだバスのナンバープレートを見ると、福島県から参拝となっている。
お伊勢参りの人気は、二千年近く経った現在でも衰えを知らない。
えらいことである。




バスから降りても行列は、正宮の皇大神宮まで続いているようで、これだけ多くの人々が同じ方向に向かって歩く様は、少し異様な光景である。
小雨が降り出したので、オヤジ三人は脇目も振らずに進んでいくのだが、参道沿いに御座している巨木に、ついつい足が止まり、見入ってしまう。
巨木の種類は杉や欅が主で、樹齢はゆうに千年を超えている。
もしかすると何本かは伊勢神宮が建立される以前から、その地に根を張って、人々が行き交う様を見届けていたのかもしれない。


大きな幹は天に向かって悠然と伸び、風が吹けば神々の宴が木の頂きで催されているかのように、枝や葉がざわざわと歌い出す。
パワースポットなんて軽率な言葉では表せない、圧倒的な存在感である。
もし時間が許すのならば、この行列から離れて、伊勢神宮の各所に御座する巨木巡りをしたかったと思うほどである。
おかげで皇大神宮での願掛けは手を合わせただけで何も願わず、以降も巨木を見つけては独り微笑んでいた。


念願の伊勢神宮を参拝したのに、霊験あらたかな皇大神宮の印象は薄く、幹の周囲が10メートルはありそうな太い幹が参拝者に撫でられて、艶々と黒光りしていて神々しい輝きを放っていたことしか覚えていない。
一生に一度と鼻息荒く参拝したのに、我ながら情けない。


(つづく)
店主YUZOO

3月 13, 2018 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月12日 (月)

第10話 一生に一度はお伊勢参りの旅





昨日は呑み過ぎて、ホテルに着いたのは1時をまわっていた。
せっかくの高級ホテル宿泊なのに、寝るために帰るだけでは、いつも泊まるビジネスホテルと何ら変わらない。
百年経っても変わらない。


当初は、清々しい朝にホテルの庭園内を散策して、春の息吹を樹々に求めたり、湾内をぼんやりと眺めたりと、計画を立てていた。
しかし今朝から小人が頭のなかに住み始め、鍛冶屋が鉄を叩いていたり、楽団がラッパを吹いたりしているのである。
窓から臨む英虞湾を横目で見て、そそくさと布団に潜り込む。
せっかく伊勢路まで来ているのに、布団のなかで海女さんの真似をしているなんて、何たる堕落者と叱咤するものの、その程度の心の罵声で治るような宿酔いではない。
結局、チェックアウト近くの10時まで、布団の奥深くまで潜っていた。


チェックアウト後、すぐに伊勢神宮の内宮に赴くのは早いということになり、英虞湾クルーズにでも参加するかという話になる。
クルーズといっても漁船を改造したような観光船で、一時間ほどかけて湾内を巡る、小さな船の旅。
観るものといえば、点在している島々の風景と真珠養殖のいかだぐらい。
眼を瞠るような観光名所はない。
私としては、海風にあたって宿酔いを醒ます方が、重要かもしれない。




船内は三人ほど座れるベンチシートが左右に10脚ぐらい並んでいて、ガイド嬢が乗船するわけでなく、無機質な声の案内テープが流れるのみ。
船を操る赤いジャンパーの船長の捩り鉢巻きが「兄弟船」を思わせ、観光クルーズとは程遠い出で立ち。
思い起こせば、ここは鳥羽一郎の郷里でもある。


船のエンジンが喧しく鳴り響くなか、流れ聞いた案内によると、御木本幸吉が苦悩の末に編み出した真珠養殖が、この地に根付いたのは19世紀末頃。
以後、真珠養殖は金になるということで、たくさんの人々が移住し、空前の賑わいを見せたという。
現在は62ある湾内の島のなかで、人が住んでいるのは、わずかに2つになってしまったが、最盛期はそれぞれの島で人々が生活を営んでいた。




そう言われて、島々に眼を凝らしてみると、廃屋、防波堤、船の停留所、島を囲むように電柱が立ち並んでいたりする。
それらは年月とともに朽ち果てるのを待つだけで、再び昔の賑わいを見せることはないだろう。
基幹産業の衰退と運命を共にして、人々の生活が消えていく。
文化が失われていく。
今、日本各地で急速に進んでいる地方の過疎化、崩壊という現実が、この真珠養殖で全国に名を轟かせた英虞湾にも迫っている。
伊勢志摩サミットで注目されても、それは一過性の出来事であって終了すれば、否応なく夢から覚めて、このような現実を突きつけられるのだろう。


一介の呑んだくれの旅人は、表層的なことしか理解できず、この地にある根源的な問題点を知る由もないし、声高に語る資格もない。
ただ屋根が崩れ落ちて、再び自然のもとに帰していく家屋をみると、人間が望む繁栄の脆さを感じてしまう。
永続する繁栄など、幻想に過ぎないのではなかろうか。
今日の宿酔いは長引きそうだ。


(つづく)
店主YUZOO

3月 12, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 8日 (木)

第9話 一生に一度はお伊勢参りの旅





2軒目。
結論から話すと、的矢牡蠣の店は生牡蠣以外はオヤジ連中を唸らせる逸品がなかったので、早々に引き上げ、タクシー運転手のお墨付きの店へと向かう。
鵜方という土地は、呑兵衛横丁や○○銀座といった繁華街はなく、ぽつりとビルの一角や街角に青白い看板が出ているだけで、喧騒や活気がない。
外出禁止令が発令されたかのように静まり返っている。
駅前も没個性な駅舎がそびえているだけで、ロータリーにはタクシーも路線バスも停まっていない。


「本当にこの先に店があるのかね」
「タクシー運転手は嘘はつかないのが、全国共通でしょ」
「俺の住んでいるさがみ野駅前より寂しいよ」
「大網駅前よりもね」


住宅街を右へ左へ、上へ下へと迷った挙句、ようやく目的の店を見つけることができた。
彷徨した時間30分。
山中を遭難しかかった時に山小屋の灯を見つけたぐらいの感動、もしくは生き別れになった妹と30年ぶりに再会したぐらいの感涙。
オヤジ三人は手を取り合って、その店が幻でなかったことを喜んだ。


お店は五人ほどが座れるカウンターがあり、冷凍ケースには旬の食材が並ぶ、小綺麗な内装で、その日のお勧めからメニューはすべて手書き。
小太りな料理人とその息子が営んでいる、キリッとした緊張感を心なしか漂わせているのがいい。
もちろん小上がりに入らず、カウンターに席を取る。


呑み直しということで、とりあえず最近流行りの氷点下ビールと好物の姫竹の天ぷらと平目の刺身を注文。
姫竹は10年ほど前に山形を旅をした時に、地元の人にご馳走になり、塩茹でしたものが言葉を失うほど美味しかった。
なかなか東京ではお目にかかれないので、こうして伊勢路で邂逅できたのが嬉しい。
姫竹のほろ苦いなかにも甘味があって、シャキッとした歯応えがたまらない。
ビールの肴にはもったいない。
すぐに日本酒に選手交代。ビールは始球式みたいなものである。


日本酒は「作」といって三重県鈴鹿市の銘酒。
「義左衛門」と同じく果実酒のような芳香がふわりと漂わせて、喉越しも留まらずさらりと流れていくのだが、後味は少しばかりの辛味を残す、奥行きの深い味わい。
出会った時は何の印象も残らなかったのに、何故か心に残る清楚な女性という感じ。
何杯呑んでも、飽きのこない酒である。


当然、肴も細やかな気配りが為されて、すべて美味しく、地元タクシーが太鼓判を押すだけある。
菊池さんも内海さんも、ここに来てから頬も口元も緩みっぱなしで、舌先が滑らかになって、つい饒舌になる。
まさに至福の時。旅行の醍醐味。
神々が住まう土地で、ようやく地上の楽園を見つけた気分である。

閉店まで呑み続けたのは言うまでもない。

(つづく)

店主YUZOO

3月 8, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 7日 (水)

第8話 一生に一度はお伊勢参りの旅





1軒目。
英虞湾で獲れる的矢牡蠣は、三重県が推すブランドで、その身は小粒だが、栄養分が豊富なリアス式海岸で育っただけに、他のよりも甘みが強い。
また紫外線を使った独自の殺菌方法で知られ、世界一安全な牡蠣とも言われている。
お店は座敷が4卓ほどしかないこじんまりとした店。
先客は地元の同窓会で賑わっている。

お店の看板である的矢牡蠣をと刺し盛を注文し、最初はお決まりのビールという名のサイダー。
すぐに地酒といきたいところだが、何事も急いてはいけない。
刺し盛が運ばれてこないことには、地酒の登場はないのである。
自論だが、地酒は郷土料理と新鮮な魚介類に合わせて作られていると思っている。
外房ではなめろうの味噌に合わせてキリッとした辛口の酒が多く、富山では寒ブリの脂でぎっとりした舌先を洗い流すようなさっぱりとした酒が主になる。
言わば、郷土の味覚と地酒は、仲の良い夫婦と同じ。
お互いを引き立て合って、その土地の味を育んでいる。
この関係、見習いたいものである。

生牡蠣が運ばれてきたところで、三重県伊賀市の若戎酒造「義左衛門」の純米吟醸生酒の登場を願う。
的矢牡蠣は評判とおり、仄かな甘味を感じ、雑味のない上品な味。
つるりと喉元を過ぎて、胃袋へと落ちていく。
牡蠣特有の苦味もない。
その後を追うように舌の上で舞い踊る「義左衛門」は、こちらも舌を刺すような辛口ではなく、フルーティな芳香が鼻を抜けていく、果実酒のような味。
ガード下の焼き鳥や煮込みで慣らされたオヤジの舌には、高貴な組み合わせである。
舌先にいつまでも留まるような主張はしない。
仄かな味覚や食感を堪能するところは、伊勢うどんと同様。
これが三重の味なのだろう。

さて貴兄は牡蠣フライは、何のソースをかけて召し上がるだろうか。
私はタルタルソースは、どうも苦手である。
晩飯のおかずならば口の中がマヨネーズで、とろりねちゃねちゃとなっても、別段腹も立たないのだが、酒の肴となると話も違ってくる。
タルタルソースの後では、繊細な味わいが持ち味の日本酒は、とろりねちゃねちゃに舌先が染まり、何も感じられなくなる。
ビールも同様。タルタルソースの火消し役としての役目しかない。
望むところは、ウスターソースを数滴垂らすか、醤油が一番である。
もちろん何もつけなくてもいい。

酒宴では、あくまで主演は酒であり、助演は新鮮な刺身や珍味といった肴。
タルタルソースは村人A程度の役柄。
その村人Aがわずか1行の台詞を朗々と語られては、たまったものではない。
タルタルソースには猛省を願いたい。


(つづく)

3月 7, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 6日 (火)

第7話 一生に一度はお伊勢参りの旅





本日のスケジュールは、三重の美味しいものを食すだけとなった。
もっとも地場の食材に舌鼓を打つのがオヤジ会の主題と言っても過言でないから、いよいよ真打ち登場というところ。
日頃は馴染みの薄い三重の地酒が、どのような喉越しなのか、辛口なのか旨口なのか、歴史を辿れば御神酒をつくる古き蔵があるのか、いろいろと興味が尽きない。
思い浮かべただけで、もう口の中は甘酸っぱくなっている。


予め下調べしておいたのが、遊覧船乗り場の周辺に点在する浜焼き屋が数軒。
地元の魚介類を炭火で焼いて愉しむ、海水浴場にある海の家のようなお店。
ホテルでセレブを気取っているのだから、こういう庶民的なお店が、性に合っているし、いつまでも高貴に振舞っては肩が凝る。


新鮮な魚介を塩と醤油で味付けて、豪快に喰らおうという魂胆なのだが、先程から港の露地をあちらへこちらへと歩き回っていても、それらしい看板もなければ、賑わう酔客の声も聞こえない。
まるで漆喰の闇の中を、出口を探して手探りで歩いているようである。
店に電話してもコール音が鳴り響くのみ。
狐か狸か、果ては海坊主に騙されているような気分。





後になって知ることになるのだが、賢島は元々無人島で、近鉄が開発したリゾート地でゆえ、地元民として生活している人は、ほぼ皆無。
浜焼き屋も営業時間が終われば、自宅へとそそくさと帰ってしまうらしい。
と言うことは、今の状態は閉店後の遊園地で、レストランやカフェを探しあぐねているようなものである。


呑み食いするのならば、隣町の鵜方まで足を伸ばさないといけない。
この誰も住んでいないという治安の良さが、サミット会場に選ばれた理由のひとついうのだから、苦虫を噛み潰したような顔にならずにはいられない。


いろいろと教えてくれたのは、賢島駅前でぽつりと一台停まっていたタクシーの運転手。
途方に暮れている草臥れたオヤジ三人を不憫に思ったのか、私たちが狙い目をつけていた的矢牡蠣のお店以外に、地元民が足繁く通うお店を紹介してくれる。
運転手の話によると、賢島の由来は徒歩(かち)でも渡れる島が変化してその名になったと言われ、実際にタクシーで通過すると、本土と賢島を隔てる海の幅は10メートル程度。
実際に干潮時には歩いて渡れたらしい。


歴史が息づく伊勢路にあって賢島は、ようやく掴まり立ちができるようになった赤子のようなもの。
無人島に文化やコミュニティ、酒が呑めるような歓楽街が根付いているわけがない。
とにかく、呑みに行くのならば鵜方に賭けるしかないのである。

(つづく)
店主YUZOO

3月 6, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 5日 (月)

第6話 一生に一度はお伊勢参りの旅





日の入り迄は、2階のゲストラウンジで過ごすことにした。
ゲストラウンジは、その名のとおり宿泊客が気軽に過ごせる場所として設けられていて、本棚には伊勢志摩のガイド本や写真集、バーコーナーや軽食などが用意、ホテルに居ながらに自宅のリビングのような寛いだ気分になるサービスが施されている。
また窓辺のカウンター席からは、英虞湾が一望できて、大小の島や岩が浮かぶ水墨画のような風景を愉しむことができる。
宿泊客の心身だけでなく、眼にもリラックスしてもらおうという計らいなのだろう。

菊池さんと私は、ビールという名のサイダーを手にして、カウンターに腰かけた。
西陽を受けたグラスが、ビールを黄金色に輝やかせて美しい。
オヤジ三人が横に並び、何も語ることなく、何も案ずることなく、呆けたようにぼんやりと海を見つめて過ごしている。
行き交う漁船もない、海鳥の鳴き声さえ聞こえない、静寂した光景なのに、不思議なことに退屈だとは思わない。
何も考えないことが、最高の贅沢だというのならば、今のこの時間を指すのだろう。
正に至福のとき。
ただ他人から見れば、リストラに遭ったオヤジたちが、途方に暮れ人生の黄昏を感じている風にしか見えないだろうが。

そろそろ陽が傾きかけて、周囲の島々を茜色に染め始めた頃、ゲストラウンジを出て展望台へと向かう。
陽は西の彼方に沈もうとして、空を深いオレンジ色に染め上げ、島を影絵のように黒いシルエットにして浮かび上がらせる。
日本には赤の違いを表すのに、様々な言葉がある。
唐紅。銀朱。臙脂。柘榴。赤銅。真朱。珊瑚朱。鉛丹などなど。
古代の人々は、この刻々と変化していく夕陽の赤をどう言い表すかと考え抜いた末に、このような様々な言葉を作り上げたのでないかと、沈むゆく陽を目の前にして思う。
これほど多彩に色の表現がある日本語は美しい。

きっと伊勢志摩サミットに出席した各国の首脳も、一日の終わりに見せる自然が描き出す色彩の変化を前に、貿易摩擦、金融対策、地域紛争などを議論することに、人間が抱える問題のスケールの矮小さを感じてしまったのではないだろうか。
そんな風に思ってしまう、朱が織りなす深遠なる光景である。

やがて太陽は一筋の光を放って、明日のある向こう側へと消えていった。
空と地平線との境界に、けじめがつかなくなった。
代わって星空が色濃くなる。

(つづく)
店主YUZOO

3月 5, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 2日 (金)

第5話 一生に一度はお伊勢参りの旅





伊勢市駅から近鉄特急に乗って、一時間ほど南へ下って行くと賢島駅に着く。
もうひとつのメインである志摩観光ホテルの投宿となる。
何故に、これほどの名門ホテルに擦れ枯らしのオヤジ連中が宿泊するのかと、疑問視する声もあるだろう。
だいたい「オヤジ会」の基本綱領は、交通費と宿泊費を如何にして削り、呑み食いの予算を確保するかなので、過去の実績は五千円以下のホテルが多く、今回のような伊勢志摩サミットの主会場だったホテルを予約をするのは、異例中の異例。


不惑の歳を超えて、バカンスぐらいは最高級の贅沢をという境地になったのかと思われそうだが、実際は早めの予約だったので特別価格で手配できただけで、本質は何も変わっていない。
話のタネに志摩観光ホテルでも泊まろうか、というぐらいの軽い気持ちである。


現に、こういう高級リゾートホテルは、館内の施設で寛ぎ、絶品のディナーを愉しむのが本来の正しい過ごし方なのに、予約した時点で、素泊まりですと宣言してしまう小市民性。
そのディナーが自分の半月分の小遣いに匹敵すると知っただけで、電話の声が震えるほどの小心者。
さらに、朝食はどういたしましょうかと訊かれて、この金額ならば居酒屋にいけるなと、断ってしまう浅ましさも兼ね備えている。
性根からして貧乏性。
決して大物には成れない性格である。


ただ天下にその名を轟かせた高級ホテルだけに、ポーターやスタッフの対応は、凛として丁寧で、チェックインの待ち時間が、まったく苦にならない。
ホテルの扉が開いた途端に、急に時間の流れが緩やかになったみたいで、荷物を運んでくれるポーターの姿も優雅に見える。
高級ホテルは、宿泊する場所ではなく、時間を買う場所だと言われる所以が、貧乏性の私にも少しわかった気がする。




案内されたのは、英虞湾を臨む部屋。
真珠を養殖する筏が、遠くに見える。
「当ホテルは、英虞湾に沈む夕陽がたいへん美しいので、ぜひご覧くださいませ。本日は若干の雲がありますが、きっと綺麗な夕陽がご覧になれることと思います。伊勢志摩サミットで各国の首脳は、あちらの展望台で夕陽をお愉しみになられました。ぜひ行かれてはいかがでしょうか。本日の日の入りは、5時45分頃になります」

ポーターの細やかな説明に、オヤジ三人は、さすが高級ホテル、いいんじゃないのと、独りごちになり、今までにはないサービスに少し戸惑い気味。
また、ゆったりとした時間の流れに完全に身を委ねてしまっているせいか、ありがとうと大物俳優の台詞のように、余所行きの声で言ってしまうのが情けない。
ポーターが戻った後に、チップは渡すべきだったのだろうかと、頭を付き合わせて話し合うのが、さらに情けない。

日の入りまで一時間ほどある。

(つづく)

店主YUZOO

3月 2, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 1日 (木)

第4話 一生に一度はお伊勢参りの旅





伊勢うどんを食べ終え、外宮参拝へと向かう。
しかしビール数本とうどん一杯だけで、芯から温まるものではない。
骨身に染みるような冷たい風が吹くたびに、明日の内宮だけにして、もう宿に向かおうかと、心が折れそうになる。
落語の世界ならば「おれは、ちょっと用ができたから、悪いがおれの代わりにお参りしてきてくれねえか」と、菊池さんに餞別をホイと渡して済ますだろうが、そういう訳にもいかない。

因みにこれから向かう外宮は、内宮に鎮座されている天照大御神に食事を司る神様、また衣食住と産業の守り神でもある豊受大御神が祀られている場所。
当然ながら内宮の方が歴史は古い。
その経緯から外宮から内宮という順番で、参拝するのが正式なお伊勢参りとなっている。
つまり外宮に最初に詣でないと、墨を擦らないないで書道をするようなもの、風邪をひいて歯医者で受診するようなもの、パスポートを取らずに海外旅行に行くようなものと同じ。
物事のイロハもわかっちゃいない大バカ野郎に等しく、当然ながら、土産話のひとつにもなりゃしない。

一生に一度行けるか行けないかのお伊勢参りである。
ここは日頃の怠惰極まりない性格を悔い改めて、ここは奮起して向かうのが筋である。



外宮の入り口には鳥居があり、その奥に橋が渡されている。
橋の下を流れる川は宮川で、この川を渡ることで下界から天宮に入ったという意味となる。
その聖なる川である宮川は、古来は参拝前に身を清める為の契川として、参拝者は実際に入水し、心身の穢れを洗い流してから神宮へ向かったそうである。
確かに清らかな水を湛えているが、今にも雪が降り出しそうな寒さのなか、川辺に降り立って水を浴びる気にはなれない。
宮川に深く一礼をして済ます。

それでは不謹慎極まりないので、手水舎で手と口を清め、豊受大神宮へと進んで行く。
砂利を踏んだ時のざくりざくりと鳴る音が心地よい。
ただ天気は晴れ間が出てたかと思うと、急に小粒の雨が降り出す、不安定な空模様。
これも日頃の信心の足りなさが、このような天候にさせているのかと思ってしまうのは、何故か詣でをするときだけ。
日頃は何とも感じないのに、神社仏閣を前にすると、妙に信心深くなるのが、自分でも可笑しい。
貴方も思い当たるフシがあるのではあるまいか。




15分ほど歩いて豊受大神宮に到着。
参拝の順番を待つ間、何の願掛けをしようかと考えたが、頭に浮かぶことは一縷の光もなく、ただ真っ白なだけである。
今更、一旗上げようと躍起になるような志もなく、世界を股にかけるといった野望もない。
もちろん合格祈願もなければ、恋愛成就もない。
そうなると健康ぐらいしか思いつかないのである。

それは不惑の年になって、森羅万象について深い慈しみの心で見られるようになったということではない。
祈願したからには、その後は自身で努力しなければ成就しないという図式が、もはや億劫になっただけである。

こうして三人でお伊勢参りができたことに感謝して、早々に豊受大神宮をあとにした。
同様に、別宮である土宮、風宮、多賀宮の詣も簡単に済まして、外宮参拝を終えた。
30分程度の短い滞在であったが、盛り沢山に願掛けをするのも品格がない。
このぐらいが性に合っている。

(つゞく)

境内の写真がないのは、神様のお住まいを撮るなんて畏れ多いと思ったので。
代わりに参道にある洒落た建物を撮りました。



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