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2018年3月 5日 (月)

第6話 一生に一度はお伊勢参りの旅





日の入り迄は、2階のゲストラウンジで過ごすことにした。
ゲストラウンジは、その名のとおり宿泊客が気軽に過ごせる場所として設けられていて、本棚には伊勢志摩のガイド本や写真集、バーコーナーや軽食などが用意、ホテルに居ながらに自宅のリビングのような寛いだ気分になるサービスが施されている。
また窓辺のカウンター席からは、英虞湾が一望できて、大小の島や岩が浮かぶ水墨画のような風景を愉しむことができる。
宿泊客の心身だけでなく、眼にもリラックスしてもらおうという計らいなのだろう。

菊池さんと私は、ビールという名のサイダーを手にして、カウンターに腰かけた。
西陽を受けたグラスが、ビールを黄金色に輝やかせて美しい。
オヤジ三人が横に並び、何も語ることなく、何も案ずることなく、呆けたようにぼんやりと海を見つめて過ごしている。
行き交う漁船もない、海鳥の鳴き声さえ聞こえない、静寂した光景なのに、不思議なことに退屈だとは思わない。
何も考えないことが、最高の贅沢だというのならば、今のこの時間を指すのだろう。
正に至福のとき。
ただ他人から見れば、リストラに遭ったオヤジたちが、途方に暮れ人生の黄昏を感じている風にしか見えないだろうが。

そろそろ陽が傾きかけて、周囲の島々を茜色に染め始めた頃、ゲストラウンジを出て展望台へと向かう。
陽は西の彼方に沈もうとして、空を深いオレンジ色に染め上げ、島を影絵のように黒いシルエットにして浮かび上がらせる。
日本には赤の違いを表すのに、様々な言葉がある。
唐紅。銀朱。臙脂。柘榴。赤銅。真朱。珊瑚朱。鉛丹などなど。
古代の人々は、この刻々と変化していく夕陽の赤をどう言い表すかと考え抜いた末に、このような様々な言葉を作り上げたのでないかと、沈むゆく陽を目の前にして思う。
これほど多彩に色の表現がある日本語は美しい。

きっと伊勢志摩サミットに出席した各国の首脳も、一日の終わりに見せる自然が描き出す色彩の変化を前に、貿易摩擦、金融対策、地域紛争などを議論することに、人間が抱える問題のスケールの矮小さを感じてしまったのではないだろうか。
そんな風に思ってしまう、朱が織りなす深遠なる光景である。

やがて太陽は一筋の光を放って、明日のある向こう側へと消えていった。
空と地平線との境界に、けじめがつかなくなった。
代わって星空が色濃くなる。

(つづく)
店主YUZOO

3月 5, 2018 店主のつぶやき |

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