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2018年3月 1日 (木)

第4話 一生に一度はお伊勢参りの旅





伊勢うどんを食べ終え、外宮参拝へと向かう。
しかしビール数本とうどん一杯だけで、芯から温まるものではない。
骨身に染みるような冷たい風が吹くたびに、明日の内宮だけにして、もう宿に向かおうかと、心が折れそうになる。
落語の世界ならば「おれは、ちょっと用ができたから、悪いがおれの代わりにお参りしてきてくれねえか」と、菊池さんに餞別をホイと渡して済ますだろうが、そういう訳にもいかない。

因みにこれから向かう外宮は、内宮に鎮座されている天照大御神に食事を司る神様、また衣食住と産業の守り神でもある豊受大御神が祀られている場所。
当然ながら内宮の方が歴史は古い。
その経緯から外宮から内宮という順番で、参拝するのが正式なお伊勢参りとなっている。
つまり外宮に最初に詣でないと、墨を擦らないないで書道をするようなもの、風邪をひいて歯医者で受診するようなもの、パスポートを取らずに海外旅行に行くようなものと同じ。
物事のイロハもわかっちゃいない大バカ野郎に等しく、当然ながら、土産話のひとつにもなりゃしない。

一生に一度行けるか行けないかのお伊勢参りである。
ここは日頃の怠惰極まりない性格を悔い改めて、ここは奮起して向かうのが筋である。



外宮の入り口には鳥居があり、その奥に橋が渡されている。
橋の下を流れる川は宮川で、この川を渡ることで下界から天宮に入ったという意味となる。
その聖なる川である宮川は、古来は参拝前に身を清める為の契川として、参拝者は実際に入水し、心身の穢れを洗い流してから神宮へ向かったそうである。
確かに清らかな水を湛えているが、今にも雪が降り出しそうな寒さのなか、川辺に降り立って水を浴びる気にはなれない。
宮川に深く一礼をして済ます。

それでは不謹慎極まりないので、手水舎で手と口を清め、豊受大神宮へと進んで行く。
砂利を踏んだ時のざくりざくりと鳴る音が心地よい。
ただ天気は晴れ間が出てたかと思うと、急に小粒の雨が降り出す、不安定な空模様。
これも日頃の信心の足りなさが、このような天候にさせているのかと思ってしまうのは、何故か詣でをするときだけ。
日頃は何とも感じないのに、神社仏閣を前にすると、妙に信心深くなるのが、自分でも可笑しい。
貴方も思い当たるフシがあるのではあるまいか。




15分ほど歩いて豊受大神宮に到着。
参拝の順番を待つ間、何の願掛けをしようかと考えたが、頭に浮かぶことは一縷の光もなく、ただ真っ白なだけである。
今更、一旗上げようと躍起になるような志もなく、世界を股にかけるといった野望もない。
もちろん合格祈願もなければ、恋愛成就もない。
そうなると健康ぐらいしか思いつかないのである。

それは不惑の年になって、森羅万象について深い慈しみの心で見られるようになったということではない。
祈願したからには、その後は自身で努力しなければ成就しないという図式が、もはや億劫になっただけである。

こうして三人でお伊勢参りができたことに感謝して、早々に豊受大神宮をあとにした。
同様に、別宮である土宮、風宮、多賀宮の詣も簡単に済まして、外宮参拝を終えた。
30分程度の短い滞在であったが、盛り沢山に願掛けをするのも品格がない。
このぐらいが性に合っている。

(つゞく)

境内の写真がないのは、神様のお住まいを撮るなんて畏れ多いと思ったので。
代わりに参道にある洒落た建物を撮りました。



3月 1, 2018 店主のつぶやき |

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