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2018年3月27日 (火)

第38回 紙の上をめぐる旅




柳家小三治『もひとつ ま・く・ら』(講談社文庫)

映画や小説の世界では、続編というのは概ね二番煎じの粋を出ず、面白味が半減するか、酷いものになると初編の面汚しになりかねない。
しかし次作も初編同様のクオリティと鮮度を保つことができれば、人気シリーズとして定着するという甘い蜜もあり、魅力的である。
そこが制作者の悩むところだろう。
潔く一作で打ち止めというのは清々しい態度ではあるものの、甘い香りが漂ってくる以上、同じ企画で、その蜜を味わいたいという心理も、人間味溢れた心理であり、その皮算用もまた清々しい。


前作『ま・く・ら』で抱腹絶倒の世界観を繰り広げ、小三治ファンのみならず絶大な支持を集め、この勢いでと2匹目の泥鰌と狙ったのが本作である。
結論から先に述べると、やはり続編は前作に劣るという方程式が、ここでも成り立ってしまっている。
前作は、まくらの小三治と呼ばれる師匠だけに、ベスト・オブ・ベスト言える珠玉の名作が収められていた。
それと比べたら、見劣りするのは仕方がないのだが。


前作が球界を代表する名選手を揃えたドリーム・チームならば、本作は阪神タイガースのみでオーダーを組んだ、変わり映えのしないチームと喩えれば、解りやすいだろうか。
つまり阪神タイガースのファンの立場から見れば、十分に納得できる内容なのである。
何のこっちゃ。


この本のあとがきに、小三治師匠はこのような一文を載せている。
「最後にもひとつお願い。厚い本だからと先を急がないで下さい。
例え黙読でも、私がおしゃべりしているのと同じ速度で読んでくれませんか」


そうなのである。
この本は小説でもなければ、随筆でもない。
寄席に行ったときと同じような面持ちで読むことで、この本の表す人生の滋味に向き合うことにつながるのである。
近頃の私の読書というと、年を追うごとにせっかちになるせいか、呼吸をするのも忘れ、酷い時には2、3行飛ばして読んだり、粗筋を追うことに終始してしまっている。
そういう態度では、自分の人生も表層だけをなぞっているのだろうと、あとがきで小三治師匠に諭されているようだ。


この本には21編のまくらが収められている。
「外人天国」では、老舗鰻屋で働く外国人が増え江戸風情がなくなってきたのを嘆いたり、「笑子の墓」では、テレビの人気者になって芸を磨くことを忘れていた自分に、痛烈な一言を告げた女の子の訪ねてみたりと、様々な場面での人生の機微が詰まっている。
中でも虚をつかれたのは、パソコンに翻弄される自分を自虐的に話す「パソコンはバカだ!!」。
飄々と語るまろやかな舌先は、現代日本社会の病巣を白日に晒したようで、今や国民皆、モバイルの画面を1時間に一度は見ないと不安になる精神状態を、同じ庶民の目線から見透かしているようだ。
舌先はまろやかで、目線は鋭い。


21編あるのだから、ここは慌てず、先を急がず、一日に一編読むぐらいが丁度良い。
読みながら、観客になった気分で時折拍手をすると、さらに良い。

(店主YUZOO)

3月 27, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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