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2018年3月12日 (月)

第10話 一生に一度はお伊勢参りの旅





昨日は呑み過ぎて、ホテルに着いたのは1時をまわっていた。
せっかくの高級ホテル宿泊なのに、寝るために帰るだけでは、いつも泊まるビジネスホテルと何ら変わらない。
百年経っても変わらない。


当初は、清々しい朝にホテルの庭園内を散策して、春の息吹を樹々に求めたり、湾内をぼんやりと眺めたりと、計画を立てていた。
しかし今朝から小人が頭のなかに住み始め、鍛冶屋が鉄を叩いていたり、楽団がラッパを吹いたりしているのである。
窓から臨む英虞湾を横目で見て、そそくさと布団に潜り込む。
せっかく伊勢路まで来ているのに、布団のなかで海女さんの真似をしているなんて、何たる堕落者と叱咤するものの、その程度の心の罵声で治るような宿酔いではない。
結局、チェックアウト近くの10時まで、布団の奥深くまで潜っていた。


チェックアウト後、すぐに伊勢神宮の内宮に赴くのは早いということになり、英虞湾クルーズにでも参加するかという話になる。
クルーズといっても漁船を改造したような観光船で、一時間ほどかけて湾内を巡る、小さな船の旅。
観るものといえば、点在している島々の風景と真珠養殖のいかだぐらい。
眼を瞠るような観光名所はない。
私としては、海風にあたって宿酔いを醒ます方が、重要かもしれない。




船内は三人ほど座れるベンチシートが左右に10脚ぐらい並んでいて、ガイド嬢が乗船するわけでなく、無機質な声の案内テープが流れるのみ。
船を操る赤いジャンパーの船長の捩り鉢巻きが「兄弟船」を思わせ、観光クルーズとは程遠い出で立ち。
思い起こせば、ここは鳥羽一郎の郷里でもある。


船のエンジンが喧しく鳴り響くなか、流れ聞いた案内によると、御木本幸吉が苦悩の末に編み出した真珠養殖が、この地に根付いたのは19世紀末頃。
以後、真珠養殖は金になるということで、たくさんの人々が移住し、空前の賑わいを見せたという。
現在は62ある湾内の島のなかで、人が住んでいるのは、わずかに2つになってしまったが、最盛期はそれぞれの島で人々が生活を営んでいた。




そう言われて、島々に眼を凝らしてみると、廃屋、防波堤、船の停留所、島を囲むように電柱が立ち並んでいたりする。
それらは年月とともに朽ち果てるのを待つだけで、再び昔の賑わいを見せることはないだろう。
基幹産業の衰退と運命を共にして、人々の生活が消えていく。
文化が失われていく。
今、日本各地で急速に進んでいる地方の過疎化、崩壊という現実が、この真珠養殖で全国に名を轟かせた英虞湾にも迫っている。
伊勢志摩サミットで注目されても、それは一過性の出来事であって終了すれば、否応なく夢から覚めて、このような現実を突きつけられるのだろう。


一介の呑んだくれの旅人は、表層的なことしか理解できず、この地にある根源的な問題点を知る由もないし、声高に語る資格もない。
ただ屋根が崩れ落ちて、再び自然のもとに帰していく家屋をみると、人間が望む繁栄の脆さを感じてしまう。
永続する繁栄など、幻想に過ぎないのではなかろうか。
今日の宿酔いは長引きそうだ。


(つづく)
店主YUZOO

3月 12, 2018 店主のつぶやき |

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