« 第33回 耳に良く効く処方箋 | トップページ | 第34回 耳に良く効く処方箋 »

2018年2月 7日 (水)

昭和オヤジ哀れ歌





来年には平成も終わり、新たな年号になるそうである。
そうなると昭和生まれはさらに化石と化して、若い世代とは会話が覚束なくなり、意思の疎通ができないままに、東西冷戦の如き断絶が起こる。
またモバイルを上手く使えない姿に、憐れみ混じりの飽きられ顔で見られることが、今以上に多くなるに違いない。
とにかく飲み会の席では「ここでドロンします」とか「メートルが上がってきた」など安易に口にしないこと。
さらには部下や後輩に無理に酒を勧めないことが、昭和の化石が長く生き長らえるコツである。


また昭和生まれが理想としていた男の生き方は、その価値観は180度変わったと考えた方がいい。
仕事一筋で必要最低限のことだけを話し、あとは黙して、目標を達成するまで根気強く打ち込んでいくという「男は黙ってサッポロビール」的な生き方は、現代では通じない。
今の価値観ならば、自分に合わない仕事ならば早々に辞めればいいし、コツコツとひとつのことをやり遂げるほど、時間はゆっくりとは進んでいないのである。


そんな時代の流れのなかで、昭和生まれのオヤジ達は、どう生き延びていかなければならないのか。
3年ほど前のことであるが、仕事でイラストレーターを学ばないといけなくなり、基礎の基礎を習いに行ったことがある。
全5回の講座で、丸を作ったなかに色を付けましょうとか、招待状に花のイラストを添えてみましょうといった類いの、熟練者から見れば微笑ましくなるような内容であった。
そんな小学生が嬉々としてできる講座なのに、最初の1時間で、早くも落ちこぼれ生徒に成り下がってしまったのだ。


まず専門用語がわからない。
間違った操作をした時に、元に戻すことができない。
集中力が持続しない。
画面を見続けていると眠気が襲う。等々。
異国に留学したような気分であった。




世間では四十の手習いなどと「中年よ、大志を抱け」的な格言があるけど、あまりにも専門的な分野だと、基礎知識が欠落しているために、その土俵の上にも上がれない。
せいぜい新しく何かを始めるとしたら、花の名前を覚えるとか、近所をジョギングをする、血圧を下げる薬を飲むのが、精一杯であろう。


もう自分ができる事だけを地道にやるしか、擦れっ枯らしのオヤジに残された生き方はないのである。
紅顔の美少年だった頃に、自分が寝る間も惜しんで熱中したことを思い出し、もう一度それに情熱を注ぐしかないのである。
たとえ出来ることが、このデジタル全盛の世の中、古臭いものだとしても、恥ずかしがらずつづければいい。


「まだ手紙を書いているのですか。メールで送れば楽なのに」
「車のナビだったら地図無くても平気ですよ」
「まだ写ルンですで写真撮っているんですか?」
そんな周囲の言葉に動揺してはいけない。
若い世代に白眼視されることなど当然のこととして受け止め、自分の意のままにやり遂げれば良い。
長年培ってきた経験値と好きこそ物の上手なれの精神は、あなただけの宝物である。


金曜日には疲れ切って電車を寝過ごしてしまう、昭和生まれの諸兄。
もう私たちの目の前には道はないが、振り返れば道は残っている。
君たちはどう生きるか。

(店主YUZOO)

2月 7, 2018 店主のつぶやき |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/184818/66366819

この記事へのトラックバック一覧です: 昭和オヤジ哀れ歌:

コメント

コメントを書く