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2018年2月28日 (水)

第3話 一生に一度はお伊勢参りの旅




もちろん三人が注文するのは伊勢うどん。
それも海老天付き、山かけというプチ贅沢な逸品。
出来上がるまで時間があるというので、ビールで喉を潤そうという話になる。
いつもと同様に、ビールはお酒としてカウントしないという、オヤジ会のロシア的な発想によるもの。


早くも伊勢路に着いた時の初心を忘れてしまい、毎度のことながら、土鳩と戯れる伝書鳩のような志の低さに呆れてしまう。
周知の通り、ビールはれっきとした酒であり、サイダーではない。
メニューに地酒が無かったのが、せめてもの救いと思わなければなるまい。
神様が住まう伊勢に感謝である。


肴は玉子焼き。
ほんのりと甘く適度に固い、お弁当によく母親が作ってくれた懐かしい味で、意外にビールに合う。
「ふわふわの玉子焼きだと、ビールには不向きだね。このくらい固いほうがいい」
「懐かしい味で涙が出てきたよ」
などと、お互い言い合っているうちに、すぐにビールの追加となる。


こういう食堂は生ビールではなく、瓶ビールしかないことが多く、お互いのコップに注ぐ合うので、通常よりも呑むペースが早くなる。
私はこれを「瓶ビールの法則」と呼んで畏れている。
しかしビールの苦味と玉子焼きの甘味の絶妙な組み合わせに、たはっと舌鼓を打ちながら昼間から呑むのは、幸せの冥利に尽きる。
早くも旅行気分が全開。




「お待たせねえ」
と伊勢うどんが運ばれてきた。
奥様が私の母親と同じぐらいの歳だけに、その優しい言い方といい、すっかり家で食べているような気分になる。
関西の友人によると、伊勢うどんはコシのない、ハンペンのようなふわふわとした食感で、あれを同じうどんと呼ぶのは差し控えたいらしい。
丼には、蒲鉾のように真っ白い肌をした麺が、真っ黒い出汁に浸かっていて、出汁と混ぜて食べてくださいと言う。
麺は讃岐うどんのような透明感がないので、出汁と混ざると、味の染みた大根のような色になる。


まず一口すすってみると、舌先で千切れてしまうような柔らかな食感。
うどん特有の弾力もない。
赤ん坊の掌のように、ふわりとしている。
「なんか病院食を食べているようだな。お粥みたい」
「消化良すぎて、すぐに腹が減りそう」


二人にはあまり評判は良くないようである。
カツオと濃い口醤油でとった出汁に絡める味は、捉えどころがないが、老若男女問わず誰でも受け入れやすい味でもあり、多くの参拝者で賑わう伊勢という土地柄に合っているのかもしれない。


だいたい古来から神様を祀っている聖地で、脂でぎっとりした豚骨や口から火を噴きそうな激辛は、当然ながら似合わない。
私は伊勢うどんに対しては、肯定せず否定もせずという中道の立場をとることにする。

(つづく)
店主YUZOO

2月 28, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月27日 (火)

第2話 一生に一度はお伊勢参りの旅





まず外宮に向かう前に手荷物を預かり所に手渡す。
神社や寺院は砂利が敷き詰められていることが多く、スーツケースをひいていると殊の外難儀することは、長年の旅で経験済み。
楽こそは人生の桃源郷的境地。
いつでも楽が買えるのならば、お金が続く限り、そうしたい。


さて荷物を預けてしまうと、無性に腹が減っていることに気がつく。
想像していた以上に、海から吹き寄せる伊勢路の風は冷たく、腰や膝に痛みを抱えているオヤジには、サウナ後の水風呂のような身が縮む辛さが襲う。
普段は無口な内海さんが「早く店を探して暖まろう」と半ば訴えるように言い出し、菊池さんに至っては「日本酒で暖まりたいな」と呪文のように呟く始末。
神様にお参りする前に酒を呑むとは、何と罰当たり、不届き千万な発言なんだと、菊池さんを咎めつつ、ご当地ソウルフードの伊勢うどんを食べることで、意見が一致する。
松坂牛のステーキでは初日から散財し過ぎだし、身分相応の食事ということでは、正しい判断したわけである。




見つけたのは、参道から離れた鄙びたお店。
年老いた夫婦が二人が切り盛りし、旦那が厨房を担当、奥様がう注文を伺う、昭和の香りが漂う小さな食堂である。
表看板には、営業時間は11時から17時までと、頑固な店主がこだわりの逸品しか出さない名店のようだが、店の佇まいからして、遅くまで店の灯りをつけていたところで、客足が増える感じではない。
もしくは長い間、一生懸命に店を続けてきたし、余生は無理せずに仕事したいという気持ちの表れなのだろう。


しかしこういうお店が、三人のなかでは、着飾らない、儲け主義に走らない、地元で愛されている店という目安になり、ガイドブックには載らない影の名店との判断になる。
今までに何百回という出張で鍛えてきたベテラン・スカウトの眼である。
引き当て率は7割を誇る。
店の暖簾をくぐると昭和食堂らしいレトロな椅子とテーブル。
煤けた壁には芸能人の色紙などなく、セピア色になった観光ポスターと伊勢まつりのスナップ写真が数葉。
懐かしい百円入れて占う卓上占星術機まで、申し訳なさそうにテーブルに置いてある。
飾り気なく、ひっそりとしているのがいい。

(つづく)

2月 27, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月26日 (月)

第1話 一生に一度はお伊勢参りの旅





「東海道中膝栗毛」や上方落語「伊勢参宮神乃賑」しかり、日本人として生まれてきた以上、伊勢神宮に参拝しなければならぬ。
機会があればと長年思っていたのだが、今回大阪本社の会議に合わせて、会社の同期、擦れ枯らしオヤジ二人と、伊勢まで足を延ばすことにした。
その同期、内海さんと菊池さんとは三十年来の付き合いで、十年ほど前から「オヤジ会」と称して、四十七都道府県をすべて巡る計画を立てている。
今までに10程度の都市や観光地を回った。
もちろん三重県は初めての旅行。


大阪から伊勢に向かうには近鉄特急が便利である。
大阪なんばから奈良路、伊賀の里を抜けて、高級和牛で有名な松坂に入り、伊勢に至る。
宿泊は、更に一時間ほど南に下った賢島にある、伊勢志摩サミットで一躍有名になった志摩観光ホテル。
東横インやアパホテルに慣れきった私たちには、リゾート型ホテルに泊まるのも、今回の旅の楽しみのひとつである。
10時過ぎに出発の近鉄特急に乗り、伊勢神宮のある伊勢市駅に向かう。





いつもの三人の旅行だと、車内で呑む酒も重要な愉しみなのだが、伊勢参宮という神聖な行事ゆえ、缶コーヒーで我慢して、車窓の景色を旅の友とする。
真冬の奈良路は収穫を終えた田畑が、白茶けた土を剥き出しにして目の前に広がり、代々続く農家なのだろう、瓦の立派な曲り家や白壁の土蔵が時折見える。


遠くにそびえるのは生駒山だろうか。
その後、三重県との県境に差しかかると、長いトンネルの連続。
先頭の展望車両に行ってトンネルの出口を待ったり、今宵の三重県の地酒を調べてみたり、電車が到着するのをひたすら待つ。


約2時間ほどで伊勢市駅に到着。
JRも乗り入れているターミナル駅なのだが、綺麗に整備された駅前は参拝客の賑やかさはなく、ひっそりとしている。
落語が描く賑わいを思い浮かべていただけに、あまりにも差があり過ぎて、オーソレミーヨと唄いたくもなる。
ここから歩いて参拝できるのは、伊勢神宮の外宮。
伊勢参拝のメインとなる内宮は、伊勢市駅からバスで15分ほど行った先で、たぶん参拝客はここには寄らず、直接そちらに向かってしまうのだろう。




本日は外宮のみの参拝。
何事も急いでは、御利益が半減するだろうし、元々分刻みのスケジュールなど頭にない気儘な旅行なので、誰一人として異論はない。
だいたい三十分も歩けば、喫茶店で休もうとボヤくし、そこに酒があれば、いつの間にか宴を始めてしまう、三人とも低い場所へと流されていく性格。
1日にひとつ観光すれば充分である。


外宮は衣食住の守り神である豊受大御神を祀る宮代であり、外宮を詣した後に内宮に向かうのが、本来の正しき参拝の順序だという。
その意味では、オヤジ三人の選択は筋の通った行程。
何事も無理をしてはいけない。
旅のスケジュールも腹八分目が、一番愉しむことができる。


(つづく)

♪今回は鉄ちゃん風な写真を撮ってみました。
店主YUZOO

2月 26, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月23日 (金)

第40回 耳に良く効く処方箋




シルヴィア『ザ・クィーン・オブ・セクシー・ソウル』(オール・プラティナム)

だいたいこのジャケットからしていけないのである。
地方のスナックにあるような安物のソファに腰掛けて、もうつまらない話は止めにしてベッドに行きましょうよと送る流し目に、手を伸ばせば届きそうなはち切れんばかりの胸元に、キスするためにあるような濡れた唇に、すべての男が目尻を下げて、彼女の言いなりに着いて行く。


男という生き物は、セクシーな女性の前では、従順な飼い犬なのである。
牙などないのである。
あとは野になろうと、山になろうと、有り金のすべてを失おうと、冷静な判断は出来るわけがない。
撃沈あるのみ。


このシルヴィアという妖艶な女は、男達を手玉に取り一筋縄ではいかない、したたかさを持っている。
お近づきになるには、よほどの覚悟ないといけない。
ライナーによると、デビューしたのは1950年頃。
その後、ぎたーの名手ミッキー・ベイカーと組んで、ミッキー&シルヴィアと名乗り「Love is strange 」というヒット曲を放つ。
さらに1967年に夫婦でオール・プラティナムというレーベルを設立し、今度は事業主として手腕を発揮するのである。


喩えて言うのならば、若い頃に風俗産業に、身を投じたが、身体がしんどい割には実入りが少ないと気がつき、業界の金の流れを学び、コネをつくること、他人を使って稼ぐこと、つまり経営者になるのが一番だと悟ったようなもの。
さすが女帝といわれる女だけある。




このアルバムは彼女を代表する『ピロー・トーク』と3作目『シルヴィア』を、カップリングしたお得盤。
全編にわたって、しっとりとした甘くて妖艶な歌声が聴ける。
またシルヴィアは、経営者以外にも作曲家としての才能を合わせ持ち、オール・プラティナムで契約していた甘茶ソウルの名グループ、ホワッツノウツ、モーメンツに、名曲の数々を提供している。
それらの名曲を女帝自ら、甘茶ソウルは、こういう風に甘くセクシーに歌うものよと、アレンジを変えて実演しているのも嬉しい。
砂糖菓子のような甘い夜の帳が降りてくる。

今回、家族に聴かれてはいかないと、思わずステレオのボリュームを下げてしまったのは、マーヴィン・ゲイのカバー曲「You sure love to ball 」。
シルヴィアが跨って、上となり下となり、ベッドの軋む音までも聞こえるようなエクスタシィ・ボイス。
見事な絶頂期の艶唱を堪能させてくれる。


音楽を聴いていて、AVを観ているような錯覚に陥る、唯一無比の妖艶盤です。

(店主YUZOO)

2月 23, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月22日 (木)

第39回 耳に良く効く処方箋




村八分『アンダーグラウンド・テープス』(ハガクレ)

未発表音源やアウトテイク集は、音質的に問題があるものが多いが、それを差し置いても、ファンならば聴きたいもの。
昨今のボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ビートルズ、ドアーズといった大物アーティストが、ブートレッグで流通していた音源をリミックスし直して、正規盤として発売に至るのも、そのファンの要求を満たすためなのだろう。


ファンとは満足することを放棄した生き物。
ボーナス・トラックに数曲の未発表音源が収録されているときけば、喜んで買ってしまう悲しい性の生き物なのである。


このアルバムは、再発レーベルのハガクレ・レコードが、2003年に村八分の未発表音源集として、何枚かのCDに分けて発表されたもの。
結論から言うと、ファン心理的には昨晩の酒が影響して消化不良を起こした感じとでも言おうか、この貴重な音源を耳にできる喜び半分、ハガクレの雑な仕事ぶりに落胆が半分が正直なところ。




ライナーや録音データもなく、帯を代用したシールに、1972年に行われた京都KBC放送のラジオ番組用に録音されたと書いてあるのみ。
ジャケットをぼんやりと眺めて、当時の状況を想像するしかないのである。
英国ケント/エースの丁寧な仕事、ドイツベア・ファミリーの録音データに対する異常なまでの執念、日本オールディズのジャケットへのこだわりなどを見習って欲しい。


収録曲は「ぐにゃぐにゃ」が3テイク、「のうみそ半分」が2テイク、「鼻からちょうちん」が1テイクの全6曲。
どのラジオ番組のために録音されたのか知る由もないが、このCDに収められたのが全テイクだとすると、スタジオ・ライヴというより、村八分がデビューする1年前だけに、今若者間で人気のあるバンドの紹介という形で録られたものかもしれない。
それ以外は推測しようがない。


2016年にリマスター版が出て、録音風景や未発表音源が追加されているらしいが、同じのを2枚購入するのを厭わない自分でも、二の足を踏んでしまう。
未だに消化不良である。

(店主YUZOO)

2月 22, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月21日 (水)

第28回 紙の上をめぐる旅




ニコライ『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫)

幕末から明治にかけて、日露交流の礎として、ニコライの布教活動が大きく寄与したことは間違いないだろう。
この本は、そのニコライが1869年にロシアに帰国した際に、雑誌『ロシア報知』に寄稿した、日本の印象について書いたもの。
もちろん職業柄、日本人の宗教観、精神性などが主題になるのは仕方ないが、それでも当時の庶民生活がしのばれて興味深い。


冒頭で日本の政治体制下の庶民生活について「ヨーロッパの多くの国々の民衆に比べてはるかに条件は良く」と述べ、乞食はほとんど見かけず、東洋の他国に比べて、支配者の前に声なく平伏す東方的隷従はないと、その特殊性を考察。
更に識字率の高さに眼をむける。
国民の全階層にほとんど同程度にむらなく教育がゆきわたり、その要因は孔子を教材として読み書きを習うことにあると、推論している。




ニコライが来日したのは1961年。
来日時は日本語を話すことさえ儘ならぬ状況だったのに、日進月歩で読み書きを覚えつつ、同時に日本について冷静沈着な眼で分析していく。
その溢れんばかりの熱意は、ロシア正教会を日本の地に根付かせたい、ニコライの許に集まり始めた信者の心性を理解したいという思いからきているのだろう。

一方で、西欧人では計ることのできない、一途になりがちな狂信的な傾向、自身が永遠に神々の寵児だと信じている、国民性を危惧している。
それは二十五世紀の間、彼らの一度として頭を垂れて他国民の軛につながれたことがなかった歴史にあると、アイヌや朝鮮半島への侵略の歴史、中国との関係から結論づけている。

このニコライの危惧どおり、国力が諸外国と肩を並べるようになった途端、戦争への道をひたすら突き進むのだから、先見性のある考察。
来日して数年で、日本人の好戦的な志向を読み取ったニコライに驚嘆せざるを得ない。
ふと、当時の指導者はこの国民性を見極めていたから、戦争を選んでも支持されると判断していたのならば、その非人道性なる先見性に薄ら寒くなった。




ほかにも神道の原始的な信仰について、禅や法華経といった仏教、カトリックの非合理性など、事例を挙げて批判しているが、その方面は門外漢なので、眼を細めるだけで、これといった感慨はない。

武士社会から近代国家へ移行する、歴史が大きく変わろうとしているなかで、日本についてほとんど知識がなかったロシアの宣教師が、市井の人々と触れ合い、知識を得ていくうちに、どのような印象をもったのかを窺い知るだけでも、眼を瞠ざる得ない。
知を刺激される本である。


(店主YUZOO)

2月 21, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月20日 (火)

第38回 耳に良く効く処方箋




はっぴいえんど『グレーテスト・ライヴ!オン・ステージ』(ソリッド)

最近、耳がどんどん頑固になっていくようで、中古レコード屋で漁るのは、もっぱら未発表音源をまとめたものばかり。
ついこの間も、The Doorsの未発表ライヴ音源を3枚、村八分の未発表音源も3枚、まとめて購入。
そして以前買い忘れていたこのアルバムも同時にゲット。


相変わらずである。
新しい音楽を聴くというチャレンジがない。
何故ならば、新しいスタイルの音楽を聴くのは体力がいる。
まして加工され過ぎた音は人工的で、音に温かみ感じない。
耳というのは、年を重ねると遠くなるのではなくて、新しいものを聞き入れ無くなるだけなのではなかろうか。


はっぴいえんど。
日本のロック黎明期に燦々たる軌跡を残した名グループなのは周知の通り。
3枚のオリジナル・アルバムと何枚かの編集盤を残したのみで、その活動期間も1969年から1973年と非常に短い。
実際には1972年でグループとしては終焉、1973年のサード・アルバムは海外録音するという条件で再結集したに過ぎないと、解析する評論家もいる。
つまり伝説のグループの実動は非常に短かい。


このアルバムでは、デビュー前の「ロック叛乱祭」でのステージが3曲収録されていて、はっぴいえんど以前のグループ名、バレンタイン・ブルーとして紹介されているのが、興味深い。
そのほかの音源は、1971年「加橋かつみコンサート」、「第3回中津川フォークジャンボリー」となっている。




はっぴいえんどは、スタジオ録音は良いが、ライヴはイマイチという評価が長い間なされているが、このアルバムを聴く限り、それは音楽業界の都市伝説に過ぎないように思える。
この音源自体は、レコード化されることを想定されていないゆえ、非常にラフなミックスで、各楽器の音のバランスが悪いが、そのなかでも鈴木茂のギターは一際光っている。
当時は未だ19歳なのに、一瞬の煌めきで弾くフレーズやソロは独創的で、ルーツが何処にあるのか解らないほど個性的だ。


それと細野晴臣のベース。
のちにティン・パン・アレーを結成して、鈴木茂とともに日本のミュージック・シーンを支え、それどころか歌謡曲まで視野に入れた活動の原点を感じさせる、懐の深いベース・ライン。


このアルバムは、本人たちが発表を意図していない音源なのだが、こうして耳にすることによって、都市伝説が崩れ去るという好例だと思う。
頑固になった耳が、そういうのだから間違いない。


(店主YUZOO)

2月 20, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月16日 (金)

第37回 耳に良く効く処方箋




メリー・クレイトン『ギミー・シェルター』(オード)

メリー・クレイトンと聞いて、すぐに誰だかわかる人は、ストーンズ・ファンに違いないと思うけど、というより『レット・イット・ブリード』で、このアルバムのタイトル曲で、ミックとのデュエットが印象的なシンガー。
「ギミー・シェルター」も彼女の歌声が無ければ、あの時代の張り詰めた空気感を表した名曲にならなかったかもしれない。


とにかくゴスペル仕込みのパワフルな歌声を聴かせる女性である。
経歴を見ると、小さい頃は教会で歌い、ティーンエイジャーになるとレイ・チャールズのバックコーラス隊、レイレッツのメンバーとして活躍、その血統書良さに納得のいくところ。


そのサラブレッドのレコーディングに、デヴィッド・T・ウォーカー、ビリー・プレストン、ジョー・サンプル、ポール・ハンフリーなど、超腕利きミュージシャンが集うのだから、羨ましい限り。
これで凡庸なアルバムしか創れなかったというのなら、全てプロデューサーの責任ということになる。


収録されている曲は、表題曲の他に、「明日に架ける橋」、ジェームス・テイラー「カントリー・ロード」、映画『ヘアー』の挿入歌「アイヴ・ガット・ライフ』、ヴァン・モリソン「グラッド・ティディングス」など、このアルバムが発表された1970年頃にヒットしていたり、注目されていた曲が中心になっている。
歌の上手い歌手と名うてのミュージシャンがヒット曲を演れば、良いものが出来て当然なのだが、何故かポピュラー史に名盤としてが残ることがなかった。




何故だろうか。
その原因を考察してみると、このアルバムが発表された時代背景があるのではないかと思う。


折しも、この時代に圧倒的な支持を得たのは、キャロル・キングやジェームス・テイラーといったシンガーソングライター。
もしくはニュー・ソウルと台頭と呼ばれたマーヴィン・ゲイ、ダニー・ハサウェイ、ロバータ・フラッグという面々。
歌の上手さが求められるよりも、内省的で淋しい心を癒してくれる歌であり、力強い歌声が求められたのは、60年代後半の政治の季節に同調した頃で、このアルバムの手法は、少し古く聴衆の心を捉えることができなかったのではないか。


私論であるが、1969年と1970年以降では、わずかその1年には精神を左右する大河が流れていて、誤解を恐れずに言うならば、カウンターカルチャー的な高揚感が潮が引くように消え、私的な出来事や問題を考える方が重視されるようになった。
オルタモントの悲劇が原因だという評論もあるが、本当のところ、この1年の間に人々の心に何があったのか知る由もない。


ただメリー・クレイトンという歌手が才能ないと言っているわけではない。
繊細な表現に欠けるものの、非凡な歌手であり、このアルバムが発表されて50年近く経った現在の耳には、そのタイトなバックと併せて、レア・グルーヴの視点から再評価されるべきだろう。


このアルバムがカウンターカルチャー全盛期に発表されていたら、メリー・クレイトンは歌う女戦士という肩書きが付いていたのかもしれない。
歌は世につれ世は歌につれとは、良く言ったものである。


(店主YUZOO)

2月 16, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月15日 (木)

君はサマゴーンを呑んだことがあるか





今回は酒の話を少しばかり。
ロシアを代表する酒はウォッカなのは周知の事実なのだが、そのなかでも絶大なる支持を得ているのがサマゴーンである。
サマゴーン。
端的に言えば、自家製ウォッカの名称である。
その製造方法は百者百様であり、代々受け継がれた秘伝の製法があり、奥深い一家言があり、この世で最高のサマゴーンを製造できるのは我が家だけという自負がある。
たぶんロシアの酒造会社が生産する数量よりも、サマゴーンの方が更に上をいっているのではないか。


モスクワやサンクトペテルブルクといった都会では、私たちがよく眼にする酒造会社のウォッカが幅を利かしているが、マトリョーシカを製作しているような片田舎では、圧倒的にサマゴーンが王座の地位を占めている。
それはワインやウィスキーの瓶をリサイクルしたものに入れられているので、ラベルはナポレオンでありカミュであり、ボジョレーヌーヴォーの顔つきをしていて、宴のテーブルに鎮座しているのだ。
今宵、家主は張り込んだなと目を細めたら大間違い。
一気に煽ると、その目を白黒させることになる。


というのも、ほとんどの市販のウォッカはアルコール度数が40%だが、自家製だけに伝統的な手順をついて完成したものが、我が家の濃度となる。
つまり家主しか知らない。もしくは家主さえも詳しい濃度についてわからないのが、実はほとんどである。
その純粋なアルコールに、キノコや白樺、香草などで香り付けをして、我が家流のサマゴーンが完成する。




以前、パーティで意気投合したアゼルバイジャン出身のゲーナさんが、友好の証として秘蔵のサマゴーンを、わざわざ家まで取りに戻ってくれて振舞ってくれたことがある。
「友達になった祝いに乾杯!」
とそのサマゴーンをショットで二杯呑んだ瞬間、私の身体から骨身が抜けて、一枚の紙切れとなって、テーブルの下に滑り落ちていった。
のちに周りの人々の証言を聞くと、風に揺られた木の葉が枝から舞い落ちるようだったという。
それなりに酒の強さを自負している私だが、わずかショット二杯で沈没したのは、初めての経験だった。


乾杯前にゲーナさんが訊いたところ、香り付けはキノコと言っていたが、今思うにアチラの世界へ誘うマッシュルームなのではと踏んでいる。
あの身体が紙切れ一枚のようになった時の心地良さは、雲の上を歩いているような感覚。
後にも先にも、あのような感覚を味わったことはない。


しかしサマゴーンを振舞ってくれるのは、テーブルに所狭しい並べられる手づくり料理と同様に、遠く日本から会いに来てくれた感謝と歓迎の表れである。
その気持ちが、心に染み渡る。
そしてサマゴーンを酌み交わしながら、談話をしたり、歌を唄ったり、久しぶりの邂逅を愉しむのだ。


その時、家主から「今年のサマゴーンは上手く出来たよ」と耳打ちされると、何故かドキッとする。
だいたい気負い過ぎて、アルコール度数が高くなっているのが、常だからである。


ぜひロシアの家庭に呼ばれた時は、サマゴーンに挑戦してはいかがか。
ロシアと酒に対する認識が変わりますゾ。

(店主YUZOO)

2月 15, 2018 ロシア語, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月14日 (水)

第36回 耳に良く効く処方箋




ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、ボ・ディドリー『スーパー・スーパー・ブルース・バンド』(チェス)

レコード会社というのは、経営難になると突飛もない企画をして、再生を図るものである。
50年代、飛ぶ鳥を落とす勢いだったチェス・レコードも、このアルバムが録音された1967年頃には、ヒット曲も無く、かと言って期待の新星も見当たらず、完全に経営が行き詰まりの状態。
社主レーナード・チェスも、ここは奮起と斬新な企画を熟考に熟考を重ねる。
もしかしてブルース界の帝王が一堂に会してにレコーディングに臨んだら、想像を超えた化学反応が起こるのではというアイデアを元に製作されたのが、このアルバムである。


このアイデアを例えるならば、北島三郎と勝新太郎のショーに、トニー谷が乱入したようなもの。
ただでさえ我の強いブルースマンなのに、シカゴ・ブルースの大御所に鎮座するハウリンとマディの二人に、変わり者のボが割り込んでくる図式。
最初から新時代のブルースを創り上げようという意気込みはない。
存在するのは俺様がブルース界の一番だ、顔役だという自我の対立のみ。
譲り合いの精神など初めからない。


しかし予定調和に小さくまとまったアルバムよりも、この自我のぶつかり合いが、意外に病みつきになるもので、この三人の心境を想像しながら聴くのが面白い。
トニー谷的立場のボは、完全におちゃらけていて、クッキー・ヴィという女性コーラスと一緒に奇声をあげたり、トレモロを効かせた銭湯のようなチャプチャプ音のギターを弾いたり、やりたい放題。




頑固オヤジのハウリンは、当然そんなトニー谷的ボを快く思うわけもなく、ボの持ち歌になると、明らかに馬鹿にした態度で、浪花節的な唸り声をあげて、曲をぶち壊そうとする。
その様子を見ながら苛立ったのか、完全に主役を取られると焦ったのか、マディは他人が気持ち良く歌っている途中でも、強引にリードを取ろうとする。


とっくに不惑の年など超えた大御所が、臆面もなく自我とブルース魂を放出していることに、美しささえ感じてしまうのだ。
今の言葉で言うならば、空気の読めないオヤジ連中と揶揄されるかもしれない。
若い奴の自我の強さは青臭いが、一本筋の通ったオヤジのそれは、生き様という以外に何と言おうか。


このブレない人生を突き進む美しさ。
小さく人生をまとめてしまっては、何も語ることができなくなるぜと諭されているようである。

(店主YUZOO)

2月 14, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月13日 (火)

オリンピックが始まる、オヤジの小言が多くなる







平昌オリンピックが始まった。
世界が集うスポーツの祭典という表の顔が半分、期間限定のエンターテイメント・テーマパークという裏の顔が半分という気がしてならない。
巨額な資金が注ぎ込まれるため、建築物やデザインの受注を取るに、政官界が影で動き、黒幕が暗躍し、権力者が微笑むという公式を軸に、密約、策略、裏工作、接待、談合などが図られ、この晴れの舞台が出来上がっているのだろう。


右手で握手して、左手で札束を数えている図式。
平昌オリンピックを批判しているのではない。
東京オリンピックのエンブレムや会場設営のゴタゴタを見て、そう感じるようになっただけである。

擦れ枯らしのオヤジは、何事にも純粋に煌めく眼差しを注ぐことができず、常に斜から批判的に見てしまう癖が、習慣づいてしまっている。
札幌オリンピックで感動した純心は、とうに失ってしまっているのだ。
もしくは心の奥底に、何重にも鍵がかかった小部屋に、ひっそりと仕舞われていて、なかなか人目に触れることはなくなった。
年を重ねて様々なことを経験するとは、何かを失うことでもある。哀呼。


炬燵でゴロ寝してテレビを眺めていたら、冬季オリンピックでは過去最高の92の国と地域が参加とアナウンスされ、つい身を乗り出して画面を見入った。
クロアチア、スロベニア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルセゴビア、マケドニアは元はユーゴスラビア連邦だった国々。
ジョージア、モルドバ、アゼルバイジャン、ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタン、バルト三国などの国々も元ソビエト連邦。
自国の旗を振りながら嬉々として入場する姿に、目頭が熱くなったり、細い目を瞠ったりと、忙しい。


1991年にソビエト連邦崩壊後、それぞれの地域が独立した結果であって、過去最高の出場数と言われても、その歴史的背景を考えると素直に喜べない。
ユーゴスラビア連邦はNATO軍の大規模な空爆が分裂に一役買ったわけだし、ソビエト連邦崩壊後に堰を切ったようように各国が独立に動いたのは、モスクワを中枢とした政治体制が原因であるのは周知のとおり。
さらにジョージアは、ロシア語読みだったグルジアという名前を英語読みに変更してまで、ロシア的なるものから離れようとしている。




イスラエルは豊富な資金で選手団を送り出すことができるけど、パレスチナの人々にとっては、オリンピックは遠い星で開催される祭典なんだろうぐらいしか思っていないのだろう。
また開会式入場のハイライトだった北朝鮮と韓国合同の選手団は、国民の切なる願いというよりも、政治的な思惑が働いたとしか見えない。
オリンピックは、世界が平和にひとつになるという精神に基づいているというが、そんな絵空事で括れないと、暗澹たる気分になってしまう。
国家とはなんぞや。平和とはなんぞや。


擦れ枯らしのオヤジは画面に向かって小言を繰り返す。
聖火台が点火されると、快呼と拍手を送る。
トンガの選手の肉体美にも、快呼と拍手を送る。
マイナス2度の極寒の世界で、あの筋骨隆々とした肉体を観客に見せつけるのは、ある意味、確信犯的な犯罪である。


呆れた家族は夕飯が終わると、そそくさと自分の部屋へと退散。
居間に残されたのは、擦れ枯らしのオヤジが独り。咳しても一人。
今日は休肝日と決めていたから、酒を呑みながら愚痴をこぼさないだけマシだと、独りごちになりながら番茶を啜る。


何だかんだ小言を嘯きながらも、一番オリンピックを愉しんでいるのだ。
しかし世界が平和にひとつになる以前に、家族がそのうち独立宣言をしそうな気配である。哀呼。

(店主YUZOO)

2月 13, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月10日 (土)

第35回 耳に良く効く処方箋




村八分『草臥れて』(ゲイターワブル)

この音源が発見されてCD化されとき、大きな話題になった。
何しろ村八分は、ライヴ盤1枚のみ発表して解散してしまった伝説のバンドであり、日本のロック黎明期において、はっぴいえんどと同じく、重要な位置にある。
そのバンドのスタジオ音源が存在したことに、驚きで眼の玉がぐるりぐるりと廻ったのを、昨日のことように覚えている。


ただスタジオ録音といっても、ミックスダウンが施され、各パートのバランスを均等にした、いわゆる完成された音源ではない。
ライヴ前のリハーサルのような一発録り。
このバンドの生々しい音がダイレクトに伝わってくるだけに、このラフミックスは、伝説をさらに雲の上へと昇らせる迫力がある。


ボーカルのチャーボーの独特の歌唱と山口冨士夫のブルージーで歯切れの良いギターが素晴らしい。
そして何よりも歌われている世界観が、デカダンス、アウトロー、ニヒリズム、ダダイズムに酔っているような、もしくは怠惰、堕落、無頼、厭世を宣言しているような、他者を拒絶した詩の世界をつくりあげている。
この「操り人形」の歌詞は、徹底したニヒリズムが歌われているが、チャーボーの描く世界は絶望のなかに純粋が潜んでいると、私は思うのだが如何だろうか。


神(の子)を殺して
人の心に葬ってやった
人を殺すかのように
引き裂いてやった
流れる人混みを弄び
馬鹿な人間どもを操り人形のように
操ってやる 操ってやる


また最終トラックの「あッ!」では、こんな詩が歌われている。


俺は片輪、片輪者
心の綺麗な片輪者




ここでは片輪という言葉を、尊いものへと昇華させて、聴く者の精神に混沌と疑問を与える。
それは常識への問いかけかもしれない。
言葉というのは、ひとつだけの意味付けしかされないと、時代の価値観と共に風化してしまい消えていく運命にある。
解釈の多様性によって言葉は、時代の流れのなかを生き抜き、常に新鮮な響きをもって迎え入れられるのだ。
あえて差別用語として嫌み嫌う言葉を使って、このような美しい世界を創りあげることができるのだと、ロック的なカウンターカルチャーな挑戦なのである。


残念ながら、ロックがカウンターカルチャーの代名詞だった70年代は終わり、この系譜をひくバンドは無くなってしまったが。


村八分が伝説になったのは、活動期間が短く、アルバムを1枚しか残さなかったからではない。
このチャーボーが描く世界、それに応呼するように、蛇が這い回るような湿った山口冨士夫のギターが、ライヴを観た者を釘付けにして、心に反抗的精神が巣食ってしまったからだろう。
伝説は必然的に生まれたのだ。


(店主YUZOO)

2月 10, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 9日 (金)

酒呑みは如何にして鍛えられたか





齢五十を越えると、持病がないといけないようである。
最近、同期や同級生と呑みに行くと、最初に口をついて出るのは健康診断の結果で、ガンマーGDPや血糖値の数字について医者並みに詳しくなり、再検査の数を誇らしげに語り始める。
仕事や家族の話などの話題は、二の次になり、もちろん昔のような初々しい恋愛話など、俎上にすら上らない。


「糖尿病予備軍なんて言われちゃってさぁ。だから最近は日本酒を辞めて、ハイボールにしているんだよね」
「俺なんか痛風だから、ビールはタブーなの。あと鯖や鰯といった光り物もね。だから刺身盛りは鮭しか食べないよ」
「体脂肪率が30%を超えると、どうなるかわかる?寒さを感じないんだよ。ハハハ」


それならば酒を断てば良いのにと思うのだが、それは健康とは別の問題であって、呑む酒の種類を変えることで、簡単に解決できると考える。
酒呑みが厄介なのはこの思考回路があるからだろう。
根本的に酒は百薬の長と信じている節がある。




また朋友の話を聞いているうちに、健康な身体は、教会で懺悔しなければならないような罪深いことのように思えてくるのが、酒場の談義の不可思議さである。
そんな大酒呑みなのだから、身体の何処かに不調をきたしていないのは、酒の神バッカスか酒呑童子の子孫だと、半ば呆れられる。
当然、酒呑みは不摂生の権化みたいな存在ゆえ、絶対に肝臓なり膵臓なりが悲鳴をあげていなければ、正しい酒呑みではないと逆に非難されることになる。
酒は百薬の長であると右目で語り、大酒呑みは内臓に疾患がないといけないと左目で悟すわけである。


相反する事柄に整合性を持たせるのは、酒呑み独自の弁証法。
酔うか覚醒かの二次元で世界は成り立っていると考えている。
よく缶ビールや缶チューハイに、お酒は節度を持って飲みましょうと書いてあるが、あれはこの弁証法から遠く外れて、酔うために呑んでいるのに、何を戯れ言を掲げているのだという論理になる。


そこで三十年以上も酒と付き合っていると、ひとつの考えに至る。
記憶を失ったり、ヘラヘラと壁を見て笑い続けていたり、終電を乗り過ごしたり、いかがわしい店でボッタクられたりを繰り返しながらも、なぜ酒を辞めたと思わないのかと。
もちろん二日酔いの朝に布団の中で、酒辞めたと叫ぶことはある。
しかしそれは一過性のことであって、夕方には何事も無かったように振る舞ってしまう。




酒呑みは学習能力が低いことは否めないが、それ以上に好奇心が旺盛なのではと思う。
美酒、銘酒、希少酒、王道酒、珍酒、奇酒、変酒、稀酒など、目の前で酒瓶がちらつくと呑まずにはいられない。
どのような芳香が鼻腔をつき、ゴクッとした時の喉越しが辛いのか、苦いのか、水の如しなのか、そのあとに五臓六腑にどう染み渡るのかが、知りたくて居ても立ってもいられないのである。
そこには健康診断の結果は存在しない。


盃一杯であちらの世界に誘う強い酒だったとしても、その酒に出逢えたことに満足するだろうし、何本呑んでも酔いが回らないパンチの弱い酒であっても、それはそれで幸せな出逢いなのである。


今宵も朋友は、今度の土曜日が再検査なんだと愚痴を言いながら、初めて耳にする銘柄を嬉々として注文している。
明日は明日の風が吹く。


(店主YUZOO)

2月 9, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 8日 (木)

第34回 耳に良く効く処方箋




リック・ダンコ『リック・ダンコ』(アリスタ)


ザ・バンドが解散してから、メンバーそれぞれが発表するアルバムに、どこかザ・バンドの残り香を探そうとするのは、いけないことだろうか。
メンバーにとっては新しい船出にあたって、栄光の遺産ばかりを求められるのは、迷惑な話かもしれない。
過去はその名の通り過ぎ去った出来事。
現在の姿をその二つの目で見届けてくれという心境が、本音であろう。
過去に甘んじていては、懐メロ歌手として、ディナーショーを巡るような、昔の名前で出ています的な時代遅れのミュージシャンに成り下がってしまう。


リック・ダンコはザ・バンド解散後に、最初にソロ・アルバムを発表したのだが、その心境は過去との決別だったのかというと、そう言い切れないものがある。
メンバー全員が一堂に会する曲はないものの、全員が参加しているし、ザ・バンドのアルバムに収録されていてもおかしくない曲が、数多く散りばめられているからだ。
御多分に洩れず、私はザ・バンドのメンバーが参加している曲に、その残り香を求めてしまうのだが。




ガース・ハドソンが参加した「New mexicoe 」に、ロビー・ロバートソンの「Java blues 」に、リチャード・マニュエルの「Shake it 」に、リヴォン・ヘルムの「Once upon a time 」に。
当然のことながら、それらの曲にザ・バンドで見せてくれた独特の一体感が見て取れるし、こちらもつい眼を細めてしまう。
眼の横皺も多くなる。深くなる。


リックの意気揚々としたボーカルに癒されながらも、ふと判らなくなってしまった。
それならば何故ザ・バンドは解散してしまったのだろうか。
公には、ロビー・ロバートソンと他のメンバーとの確執が解散に至ったと言われているが、それならばソロ・アルバムを録音するにあたって、ロビーを呼ぶ必要はないだろう。
さらに他のメンバーが参加するのも得策ではない。
これからの自分の音楽人生を占う初のソロなのである。
過去との決別こそ最初に成すべきではないだろうか。


そこでリック・ダンコの心境を想像してみる。
もしかするとリックはザ・バンドの解散は手放しでは喜んでいなくて、もしくは後ろ髪を引かれる思いで合意したのではと。
少し休息をとってから、リフレッシュしたら昔のように楽しくやろうよ、まずは俺のソロ・アルバムで楽しく演ることから始めて。
そんな風に想像すると、このアルバムが俄然素敵な音に聴こえてくる。


ボビー・チャールズの「Small town talk 」なんて、少し皮肉の混じった曲を収録して、小さな街の噂話にすぎないよと歌うリック・ダンコ。心憎いね。

(店主YUZOO)

2月 8, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 7日 (水)

昭和オヤジ哀れ歌





来年には平成も終わり、新たな年号になるそうである。
そうなると昭和生まれはさらに化石と化して、若い世代とは会話が覚束なくなり、意思の疎通ができないままに、東西冷戦の如き断絶が起こる。
またモバイルを上手く使えない姿に、憐れみ混じりの飽きられ顔で見られることが、今以上に多くなるに違いない。
とにかく飲み会の席では「ここでドロンします」とか「メートルが上がってきた」など安易に口にしないこと。
さらには部下や後輩に無理に酒を勧めないことが、昭和の化石が長く生き長らえるコツである。


また昭和生まれが理想としていた男の生き方は、その価値観は180度変わったと考えた方がいい。
仕事一筋で必要最低限のことだけを話し、あとは黙して、目標を達成するまで根気強く打ち込んでいくという「男は黙ってサッポロビール」的な生き方は、現代では通じない。
今の価値観ならば、自分に合わない仕事ならば早々に辞めればいいし、コツコツとひとつのことをやり遂げるほど、時間はゆっくりとは進んでいないのである。


そんな時代の流れのなかで、昭和生まれのオヤジ達は、どう生き延びていかなければならないのか。
3年ほど前のことであるが、仕事でイラストレーターを学ばないといけなくなり、基礎の基礎を習いに行ったことがある。
全5回の講座で、丸を作ったなかに色を付けましょうとか、招待状に花のイラストを添えてみましょうといった類いの、熟練者から見れば微笑ましくなるような内容であった。
そんな小学生が嬉々としてできる講座なのに、最初の1時間で、早くも落ちこぼれ生徒に成り下がってしまったのだ。


まず専門用語がわからない。
間違った操作をした時に、元に戻すことができない。
集中力が持続しない。
画面を見続けていると眠気が襲う。等々。
異国に留学したような気分であった。




世間では四十の手習いなどと「中年よ、大志を抱け」的な格言があるけど、あまりにも専門的な分野だと、基礎知識が欠落しているために、その土俵の上にも上がれない。
せいぜい新しく何かを始めるとしたら、花の名前を覚えるとか、近所をジョギングをする、血圧を下げる薬を飲むのが、精一杯であろう。


もう自分ができる事だけを地道にやるしか、擦れっ枯らしのオヤジに残された生き方はないのである。
紅顔の美少年だった頃に、自分が寝る間も惜しんで熱中したことを思い出し、もう一度それに情熱を注ぐしかないのである。
たとえ出来ることが、このデジタル全盛の世の中、古臭いものだとしても、恥ずかしがらずつづければいい。


「まだ手紙を書いているのですか。メールで送れば楽なのに」
「車のナビだったら地図無くても平気ですよ」
「まだ写ルンですで写真撮っているんですか?」
そんな周囲の言葉に動揺してはいけない。
若い世代に白眼視されることなど当然のこととして受け止め、自分の意のままにやり遂げれば良い。
長年培ってきた経験値と好きこそ物の上手なれの精神は、あなただけの宝物である。


金曜日には疲れ切って電車を寝過ごしてしまう、昭和生まれの諸兄。
もう私たちの目の前には道はないが、振り返れば道は残っている。
君たちはどう生きるか。

(店主YUZOO)

2月 7, 2018 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 6日 (火)

第33回 耳に良く効く処方箋




ポール・バターフィールド・ベターデイズ『ライヴ・アット・ウィンダーランド・ボールルーム』(ベアーズヴィル)

この未発表ライヴが発売されると音楽雑誌に載った時の興奮は、今でも昨日のことのように覚えている。
ポール・バターフィールドのブルースハープの音色に、高校生の時にガツンと衝撃を受けて以来、その音を聴きたいが為に、いろいろとアルバムを漁ってきたが、その理想形としてベターデイズのファースト・アルバムがある。
そのベターデイズの未発表ライヴが出るのである。


好きな女の子から告白されたぐらいの興奮。
発売日が来るのを指折り数えるだけでは飽き足らず、もしかしてフライングで発売日前に売っている店はないかと、レコード屋を巡ったりした。
もちろん店頭に並んでいるわけがない。
早く聴きたいけど、その音源は手に入らないもどかしさ。
もしかすると著作権の関係で、発売中止になる憂き目に合うかもしれないのである。
こんな初々しい気持ちが、身体を包み込むのも久しぶりのことであった。


ようやく販売当日。
手に入れると、何処にも寄らずに一目散にステレオの前へ。
このベターデイズはエイモス・ギャレット、ロニー・バロン、ジェフ・マルダー、クリス・パーカー、ビリー・リッチと腕利きミュージシャンが集合しただけでなく、ソロで活躍できる程、自身のスタイルを完成した強者ばかり。
2枚のアルバムを発表しただけで解散したゆえに、残された音源は限られている。
ライヴとなるとどんな融合が起こるのか、想像すらつかないのだ。
しかもファースト・アルバムを発表して1ヶ月後の凱旋ライヴである。




オープニングの「Countryside 」で、いきなりポールの壮絶なブルースハープ・ソロで幕が開ける。
まるで蒸気機関車の汽笛。
こんな凄まじいブルースハープを聴いたことない。
新しい組んだバンドへの並々ならぬ心意気と入れ込みようが、その熱い息遣いからわかる。


そしてジャニス・ジョプリンの歌のない遺作「生きながらブルースに葬られ」とボビー・チャールズの傑作「Small town talk 」と続く。
リズムはタイトで、決してアンサンブルを崩すことなく手堅くグルーヴ感を紡ぎ出す。
その安定したリズムに載せて、エイモスのギターがツボを心得たソロやオブリガードを聴かせて、ロニーがニューオリンズ仕込みの転がるピアノを奏でる。
まさに至福のとき。


そしてファースト盤でも白眉のギターソロを聴かせてくれたパーシー・メイフィールドの名曲「Please send me someone to love 」に酔され、その興奮も醒めぬままに、再びポールが壮絶なブルースハープを聴かせる「He’s got all the whiskey 」へと雪崩れ込む。
この時点で蒸気機関は3両連結で、雪に埋もれた網走平野を爆走しているような、石炭が赤く煌々と燃え盛るような熱さ。
ポール・バターフィールドの凄まじいブルース魂が、溶岩となって吹き出している。


聴き終わって、じっとりと背中に汗をかくのは、このアルバムぐらいである。
全盛期のポールを止めることは誰もできない。
ぐっと冷え込んだ朝に、私はストーブ代わりにこのアルバムを聴く。
身体の芯から温まる。

(店主YUZOO)

2月 6, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 5日 (月)

第32回 耳に良く効く処方箋




マリア・マルダー『オールド・タイム・レディ』(リプライズ)


最近の休日は、古き良きアメリカ音楽の匂いがするアルバムばかり聴いている。
肩肘を張らずに、何も考えずぼんやりと聴いていられる音楽が、この季節は良いのである。
先日の皆既月食は美しかったとか、このまま雪は四月まで残ったりしてなどと、たいして重要でないことを徒然なるままに思い返しては、音楽に心を合わせているだけで、和んだ気持ちになる。


その中でマリア・マルダーは、この季節に相応しい歌姫である。
古き良きアメリカ音楽の最良の部分を、その細身の身体いっぱいに蓄えて、澄んだ歌声で聴かせてくれる。
しかもこのアルバムでサポートするのは、ドクター・ジョン、ジム・ケルトナー、ライ・クーダー、エイモス・ギャレット等々の同じく古き良きアメリカ音楽に精通した面々。
何が不満があるだろうか。


1曲目はライ・クーダーの軽快なギターのピンキングに合わせて、歌姫が歌い出す「Any old time 」。
スライド・ギターに聴こえるのは、ディビッド・リンドレーのハワイアン・ギター。
この曲でこのアルバムのコンセプトがわかるというもの。
そして永遠の名曲「Midnight at the oasis 」へと流れていく。


この名曲の聴きどころは、何と言ってもエイモス・ギャレットの流麗なギターソロ。
このエイモス、隣に住んでいるギター好きのお兄さんのような人懐こっさがあるのに、ギターを持つと繊細かつ知的なソロやバッキングを聴かせてくれる、ただならぬ人物なのである。




このアルバムが出た1970年代は、ドラマチックで激情的なギター・ソロが支持を得ていたのだが、それとは異なるアプローチ。
この曲と同じく、ベターデイズで聴かせてくれた「Please send me someone to love 」も名演で、併せて聴けば、エイモスのギターの虜になるのは請け合いである。


また何処を切っても金太郎飴的なドクター・ジョンのピアノが軽快に転がる「Don’t you feel my leg 」、
ダン・ヒックスばりのジャジーな小唄「Walking one & Only 」など、バックの演奏を聴きながら、歌姫の美声に心をときめかせる曲が、たくさん詰まっている。
最後のデザートまで妥協せず、丁寧に作られたアルバムである。


正月太りしたなと腹の肉をつまみ、ジョギングをしようと考えている諸兄の皆さま。
こんな寒い時に外に出るのは、抵抗力も落ちているだけに身体に悪い。
ここは春の訪れを思い浮かべながら、良い音楽を聴いて、まずはやさぐれた心をマリア・マルダーの歌声で治すことから始めようではないか。
冬来りなば春遠からじである。

(店主YUZOO)

2月 5, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 4日 (日)

第27回 紙の上をめぐる旅




渡辺光一『アフガニスタンー戦乱の現代史』(岩波新書)


アフガニスタンに最初の国際社会の眼が向けられたのは、1979年ソビエトが侵攻した時だろう。
まだ東西陣営に世界が分かれて、西側諸国はソビエトの暴挙に抗議し、経済制裁や渡航制限などの圧力をかけ、さらに象徴的だったのは、1980年のモスクワ・オリンピックをボイコットした。
メダル候補だったマラソンの瀬古や柔道の山下が出場できないことに、落胆した国民は多かったはず。
その後、2001年の同時多発テロ事件を受けて、ブッシュ大統領が「テロとの戦い」宣言し、大掛かりな掃討作戦に出る。


長年にわたってアフガニスタンが、戦乱の惨禍にあることをニュースとしては知っているのだが、それは時間の経過という横軸だけの認識であって、なぜ自国が絶えず戦争に巻き込まれなければならないのかという縦軸の認識がない。
資源に乏しく、大きな産業もなく、高山に囲まれた自然が厳しい国が、大国の論理に翻弄され、常に戦場とならなければならない理由を知りたいのである。
慣れ親しんだ土地を追われ、家族を惨殺され、難民になるのは、派遣された兵士ではなく、そこに生きている人々ゆえ、大多数のアフガニスタン国民は戦場になることは望んでいないはずだ。




この本はその問いかけに、アフガニスタンを構成する民族から、文化や宗教に至るまでを分かり易く説明してくれる。
冒頭の章から驚かされるのは、アフガニスタンは、過去一度たりとも国勢調査が実施されたことなく、国連機関やNGOが発表する人数は、あくまでも推定の域を出ていない。
しかし援助金や補助金を得るためには、推定でも明記しなければならず、多くの資金を調達するために、割増に申請するという悪しき慣習さえある。


他にも近代イギリスが、インド、パキスタンの植民地をロシアから守る要所として、三度の戦争があったことが記されている。
アフガニスタンは経済的に貧困国ではあるが、交通の要所として重要だっただけに、その地を有利に治めるため、強国から狙われていた。
やがては東西イデオロギーの要ともなり、前述のロシアによる侵攻があり、報復という名のアメリカ出兵がある。


この本が発刊されたのは2003年。
タリバン勢力が掃討され、困難で険しい道のりであるが、国を建て直すために、アフガニスタンの諸勢力が会議のテーブルに着いたことに、一筋の光を案じて締めの言葉としている。
だが15年を経た現在、著者の祈りは天に届くことなく、歴史が逆行するような事態となってしまった。
タリバン勢力は資金調達ルートから判断して、再び興隆することはないと、著者は断定的な発言をしていたのだが。


いつ終わるかわからない果てない内戦に、途切れることなく武器が調達されていく。
国民の生活さえ困難な国なのに。
どのような力関係によって、もしくは論理によってアフガニスタンが、このような過酷な運命に晒さなければならないのか。
祈るしかないだけの無力感だけが残る。

(店主YUZOO)

2月 4, 2018 ブックレビュー, 店主のつぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 2日 (金)

第31回 耳に良く効く処方箋




オムニバス『ジャニス・ジョプリン・クラシックス』(P-VINE)

このアルバムは不世出のロックシンガー、ジャニス・ジョプリンがカバーした名曲を辿って、その軌跡を改めて認識しようという企画盤。


P-VINEが得意とする企画盤で、ローリング・ストーンズやビートルズ、レッド・ゼッペリンなどが同じく発売されていたが、最近はまったく音沙汰がないので淋しいかぎり。
オリジナル曲を1曲ずつ蒐集するのは、たいへん骨が折れることだけに、こういう明確な意図を持って企画されたアルバムは、ロックを聴いていて、更にそのルーツとなるブルースやソウル、R&Bを辿ろうとする金の無い若者には、うってつけなのだが。
一音楽ファンとして再考を願いたい。


さてこのアルバム。
まずはデビュー前にコーヒー・ハウスなどで演奏していた、フォークソングやフォーク・ブルースのスタンダード曲が並ぶ。
保守的なテキサスの町で生まれたジャニスは、馴染むことが出来ず、ビートニクに憧れてロサンゼルスに移り住んだりしたものの、望むような居場所を得ることが出来ず、その中で、ここで収められた「San Francisco bay blues 」や「Careless love 」を歌ったり、聴くことことが心の拠り所だったという。


そしてジャニスを一躍時の人にした伝説のモンタレー・ポップ・フェスティバルでの「ボール&チェイン」熱唱。
この曲は豪傑ブルース・ウーマン、ビック・ママ・ソートンのレパートリーだが、独自の解釈で完全に自身の持ち歌にしている。


ここでよく言われるのが、ジャニスの実力に比べてバック・バンドの演奏力の拙さが惜しまれるという指摘。
確かにリズムはタイトではないし、ファズを効かせたギターはノイズの垂れ流しで、冗漫な演奏ではある。
ただこのノイズまみれの演奏に乗せて、ジャニスが心を蝕む憂鬱を吐き出すように歌ったからこそ、ロック全盛期の新しいブルース表現者として、赤裸々に感情を吐露した女性シンガーとして、カウンターカルチャー全盛の60年代を代表する一曲になったのだし、この曲でジャニスは伝説のシンガーになったのだと思う。




もしブッカーT&The MG’sやハイ・リズムのような手堅くタイトな音を紡ぎ出すバックだったら、黒人みたいに歌える女性シンガーという枠に収まっていただけかもしれない。
やはり私にとってジャニスは、既成のブルースシンガーではなく、今までにないカテゴリーづけできない女性シンガーなのである。


ジャニスの遺作となった『パール』は、ソウルを中心にアルバムが組まれている。
興味深いことにスタックスやゴールドワックスのようなディープ・ソウルではなく、ガーネット・ミムズやハワード・ヘイトといったディープな色香を残しながらも都会的なシンガーの曲を多く取り上げている。
プロデューサーの意向が反映されているのかもしれないが、ここでも原曲の雰囲気を残しつつも、ジャニスらしい感情の起伏をストレートに表現した、素晴らしい歌声を聴かせてくれる。


ジャニス=ブルースという図式で語られることが多いけれども、そんな枠組みでは収まりきれないスケールの大きさを、この原曲を年代順に並べた編集アルバムを聴き、改めて感じる。
やはり不世出の天才シンガーだった。

(店主ЮУЗОО)




2月 2, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 1日 (木)

第30回 耳に良く効く処方箋




ザ・バンド『ザ・バンド』(キャピトル)

このジャケットの5人の顔立ち、堪らなく良い。
アメリカ開拓時代に生きているような厳しい眼つき、ゴールドラッシュで幸運を掴み損ねた敗北者のようで、写真から人生の機微が滲み出ている。
当時人気が上がり始めたグループとは思えない、実に重苦しいスナップ写真。


エリオット・ランディというカメラマンが撮影した一葉なのだけど、しかし、これ程までにザ・バンドの音楽を適切に表現したものもない。
ザ・バンドの音楽は、ルーツミュージックを礎にして、どこか懐かしい音楽を創り上げたが、そこには社会の底辺で生活している人々の息づかいがするのが魅力で、ビアホールで酔漢が歌い出すと、それにつられて周りも歌い始めるような親しみ易さと、底知れぬ哀愁がある。
それがこのジャケット写真に端的に表現されている。


高校生の時にこのアルバムを買ったらポスターが付いていて、部屋の天井に貼って、寝る前に眺めていたのを思い出す。
こんな汗臭い男たちに思いを寄せる高校生というのも、今考えると偏屈な若者だったと、改めて深く反省した次第。




このアルバムはデビュー盤と甲乙つけがたい、どちらも名盤なのは変わりないのだが、何故かこちらの方がプレイヤーに載ることが多い。
曲の順番がデビュー盤よりも決まっていて、LPでいうA面の流れは、ライヴを耳にしているような感覚。
ジャグ、カントリー、ニューオリンズなどの古き良きアメリカ音楽をモチーフにした曲が続き、音楽でアメリカ旅行をした最後に流れる「Whispering pines 」の美しいバラードで、このA面の旅を終える、心憎い演出である。
その余韻に浸ったあとにB面に返すわけである。


今回聴いて、昔はレヴォン・ヘルムのむせ返るような男臭いソウルフルな歌声が好きだったけど、今の心情は、リチャード・マニュエルの繊細な男心を歌う姿に惹かれたのが収穫。
私も年を重ねたということだろうか。


改めてジャケット写真を見つめる。
この写真が撮られた時のザ・バンドのメンバーは、まだ20代である。
どれだけ老成していたのだろうね。

(店主YUZOO)

2月 1, 2018 店主のつぶやき, CDレビュー | | コメント (0) | トラックバック (0)