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2018年2月21日 (水)

第28回 紙の上をめぐる旅




ニコライ『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫)

幕末から明治にかけて、日露交流の礎として、ニコライの布教活動が大きく寄与したことは間違いないだろう。
この本は、そのニコライが1869年にロシアに帰国した際に、雑誌『ロシア報知』に寄稿した、日本の印象について書いたもの。
もちろん職業柄、日本人の宗教観、精神性などが主題になるのは仕方ないが、それでも当時の庶民生活がしのばれて興味深い。


冒頭で日本の政治体制下の庶民生活について「ヨーロッパの多くの国々の民衆に比べてはるかに条件は良く」と述べ、乞食はほとんど見かけず、東洋の他国に比べて、支配者の前に声なく平伏す東方的隷従はないと、その特殊性を考察。
更に識字率の高さに眼をむける。
国民の全階層にほとんど同程度にむらなく教育がゆきわたり、その要因は孔子を教材として読み書きを習うことにあると、推論している。




ニコライが来日したのは1961年。
来日時は日本語を話すことさえ儘ならぬ状況だったのに、日進月歩で読み書きを覚えつつ、同時に日本について冷静沈着な眼で分析していく。
その溢れんばかりの熱意は、ロシア正教会を日本の地に根付かせたい、ニコライの許に集まり始めた信者の心性を理解したいという思いからきているのだろう。

一方で、西欧人では計ることのできない、一途になりがちな狂信的な傾向、自身が永遠に神々の寵児だと信じている、国民性を危惧している。
それは二十五世紀の間、彼らの一度として頭を垂れて他国民の軛につながれたことがなかった歴史にあると、アイヌや朝鮮半島への侵略の歴史、中国との関係から結論づけている。

このニコライの危惧どおり、国力が諸外国と肩を並べるようになった途端、戦争への道をひたすら突き進むのだから、先見性のある考察。
来日して数年で、日本人の好戦的な志向を読み取ったニコライに驚嘆せざるを得ない。
ふと、当時の指導者はこの国民性を見極めていたから、戦争を選んでも支持されると判断していたのならば、その非人道性なる先見性に薄ら寒くなった。




ほかにも神道の原始的な信仰について、禅や法華経といった仏教、カトリックの非合理性など、事例を挙げて批判しているが、その方面は門外漢なので、眼を細めるだけで、これといった感慨はない。

武士社会から近代国家へ移行する、歴史が大きく変わろうとしているなかで、日本についてほとんど知識がなかったロシアの宣教師が、市井の人々と触れ合い、知識を得ていくうちに、どのような印象をもったのかを窺い知るだけでも、眼を瞠ざる得ない。
知を刺激される本である。


(店主YUZOO)

2月 21, 2018 店主のつぶやきブックレビュー |

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