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2018年1月17日 (水)

第24回 紙の上をめぐる旅




R.Oハッチンソン『ゆがんだ黒人イメージとアメリカ社会』(明石書店)

公民権運動というアメリカに大きな改革を迫った歴史的な出来事ののち、以後どのような社会の変革がなされ、人々の意識がどう変化したのか、昔から興味があった。
国を震撼させるほどの運動が起これば、その後には前進的な発展と、それとは逆に反動がある。
一夜過ぎれば、元の社会に戻るような祭り事ではない。


法の改正や人権の向上など善き改革があれば、それとは正反対の障壁が築かれるこたもある。
「365歩のマーチ」ではないが、三歩進んで二歩下がるといった軌跡をたどりながら、社会は迷走しつつ発展していくのではないか。


先日紹介した藤本和子著『ブルースだってただの唄』が、公民権運動後に黒人女性の意識や生活にどのような変化や芽生えがあったのかを、インタビュー形式で行ったレポートであったが、この著書は黒人男性が、どのような立場に置かれているのかを論じたものになっている。
『ブルースだって〜』が出版されたのが1986年。
この著書は1994年で、公民権運動から30年を経た現状を捉えたものになっている。


この本で一貫して著者が訴え続けているのは、黒人は働くのが嫌な怠け者、まともな家庭を築けない堕落者、すぐ怒る乱暴者、セックスしか頭にない好色者、といった負のイメージ日常的に市民社会に拡散していく偏見に、強く異議をとなえている。
その汚れた手法は、アンクル・トムと蔑まされた100年前の奴隷時代と、ほとんど変わらないという。




たとえばダウンタウンやゲットーで起こった殺人や麻薬密売など、人口に対する犯罪比率は、ほぼ変わらない。
むしろ白人社会の方が多いのに、新聞の一面は黒人が起こした犯罪で占められる。


有名な事件では、警察官の職務尋問で、不当な暴力を受けたロドニー・キング氏に対しても、警察を非難する記事は少なく、主要各紙は、夜中にあんな大きな黒人がうろついていたら怖いに決まっている、警察官の行動は、むしろ正当防衛であるという論調が主となる。
被害者が加害者に変わっていく。
著書は同じ事件が起こっても、白人でも同様の扱いを受けるのかと、強い疑問を投げかける。


残念ながら私はハーレムに住んでもいないし、ゲットーを目の当たりにしたこともないので、軽はずみな言動は差し控えるが、アメリカ史において輝かしい一頁を刻んだ公民権運動後も、何ら現状は変わらないと弾劾されると、市民社会に根付く不誠実に、陰鬱な気分になる。

偏見と非寛容。
日本の市民社会にも同じく、強く根を張っているのだろう。
沖縄、フクシマ、在日、ホームレス、同性愛、ハンセン病.....。
本当に市民社会は、紆余曲折しながらも、より善き社会に向かっているのだろうか。

(店主YUZOO)

1月 17, 2018 店主のつぶやきブックレビュー |

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