第23回 耳に良く効く処方箋
エリック・ジャスティン・カズ『イフ・ユアー・ロンリー』(アトランティック)
幻の名盤と銘打たれたアルバムは数多くあれど、ほとんどが迷盤、駄盤、凡盤の類いで、真に心に響くものは数少ない。
このアルバムは1972年に発表されたが、さほど話題にならず、日本での発売は1978年。
CD化されたのは1998年に「名盤探検隊」シリーズの1枚として、しかも日本で世界初という有様。
だいたい1978年は、ディスコ・ブームでフィーバーしていた時代、こんな地味なアルバムが話題になる訳がない。
1曲目の「Cruel wind 」からこのソングライターの資質が表れていて、実直で朴訥ながらも、意志の強さが伺える。
一語一語を丁寧に歌いながら、救われることのない家族の悲しみを描き出す。
泥沼化したベトナム戦争の最中だっただけに、反戦歌として捉えられる向きもあるようだが、もっと社会の底辺で生きる人々を慈悲深く歌っているように、私には思える。
父親は愛する息子を失った
母親は気が付かなかった
ぼくは冷酷な風に運ばれた
ぼくは引きずりこまれてしまった
冷酷な風に運ばれた
弟は泣きだした
ほかにどうすることが出来ようか
潮の流れは変わるかもしれない
しかしお前には分からない
この世界がどうなったのか
この世界がどうなったのか
全曲が短編小説ような世界が紡がれている。
アメリカ小説の礎となったシャーウッド・アンダーソンの一編を読んでいるような、哀しみに打ちひしがれた家族や生活が歌われ、神に救いを求めているしかないと嘆く。
エリック・ジャスティン・カズの経歴はわからないが、信仰心の篤い人なのだろう。
奏でるピアノはゴスペル調で、決してテクニックを披露するようなことはしない。
なかなか神が降臨しないことに悲嘆しながらも、この苦難に満ちた世界に生きていくのは、信仰心を失わないことだと、朴訥とした歌声で説いているのだ。
こう書いたものの、神を持たない信仰心のない私には、彼の描く世界観を真に理解するのは無理だろう。
しかし歌に対して真摯に向き合う姿に惹かれてしまうのも事実だ。
ほろりと苦味を感じるアルバムである。
(店主YUZOO)
1月 23, 2018 店主のつぶやきCDレビュー | Permalink
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