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2018年1月15日 (月)

第23回 紙の上をめぐる旅




立川談志『世間はやかん』(春秋社)

ここで言う「やかん」というのは、お湯を沸かすためのひょっとこ口のらあれではなく、楽屋の符丁で「知ったかぶり」のこと。
その語源は、長屋の住人の八五郎とご隠居との問答が噺になった「やかん」からきている。


というわけで、この本もインタビューという形式はとらず、八五郎(聞き手)の問いに対して、ご隠居(談志)が回答する形式をとり、落語だけでなく、文明とは、知識とは、欲望とは、女性とは、人間と動物のちがいはなど、縦横無尽に話題が飛びつつも、落語風なひとつの噺として体を成すことを主題としている。
ただこの形式で、談志が常日頃から抱いている、落語や世間に対する思索の核心まで触れることができたかというと、その思惑の半分も満たさなかったのだろう。





その歯軋りしたくなるようなジレンマがあったのか、本の帯には「ナニィ、談志の本買い?よした方がいいよ」と赤字で大書し、あとがきにも「言い訳しないと恥ずかしくて、保たない。買わないことだ」と綴っている。
得てして、実験的な試みは、十分な満足いく結果にはならない。


常に喉元に魚の小骨がつっかえたような違和感が残るもの。
ひとりの読者としては、それほど内容を否定するような、悪い出来映えには思えないのだが。
そこは立川談志という天才肌の噺家。
この程度の出来映えでゼニを取るなど恥の上塗りと思ったのだろう。いやはや。


そのせいか話題が停滞する兆しがあると、少しでも読んで耐えられるものにしようと、随所に世界の小噺やジョークを挟み込んでくれる。
なかにはロシアのアネグドートまで披露するので、その博識、笑いに対する並々ならぬ姿勢に舌を巻くばかり。
小噺を拾い読みするだけでも、この本の元は十分に取れる。
では、そのなかでも秀逸なものをひとつ。


談志と中国人ガイドとの会話
「アナタは変わったヒトですね」
「なんで?」
「アナタはオンナの処へ連れてけとか、そういう要求しませんネ」
「いわねぇんだ。そういうの好きぢゃねぇんだよ」
「そうですか、・・ところで、それはイイんですけど、あそこにずっと一緒に来ているアサハラさんと信者の皆さん、みなさんきちんとして、ちゃんとして、礼儀のイイひとたちばかりですね」
「そうかい」
「ただワカラナイことが一つ」
「なんだい?」
「アサハラさんが入ったお風呂の残り湯、みんなで飲みます」


おあとがよろしいようで。

(店主YUZOO)

1月 15, 2018 店主のつぶやきブックレビュー |

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