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2017年12月 8日 (金)

第16回 紙の上をめぐる旅




A.チェーホフ『チェーホフ短編集』(集英社)

最近は記憶海馬がアルコールで濁っているせいか、名作といわれる文学作品をいつ頃読んだのか、それどころか粗筋まで忘れている始末で、実に心許ない。
かと言って、今更若い頃のように甘酸っぱい気持ちで、それらの名作の世界に入り込めるかと言うと、それも心許ない。
あまりにも世間を斜に見ることに慣れてしまい、新鮮で真っ直ぐな心持ちで、世の中の事象に対峙できなくなっている。

そんな擦れっからしのオヤジに嬉しいのは、古典的名作を新訳で新たな息吹きを与えようとする、昨今の出版社の動向である。
これならば満員電車で横目で覗かれても、今更青臭いものを読んでいるヘンなオヤジと、侮蔑の眼差しで見られることはない。
実にありがたい。

この『チェーホフ短編集』もロシア文学者の第一人者、沼野充義の新訳である。
しかも短編小説ごとに詳細な解説があって、それが大学の講義を受けているようで、作品の理解に深みを与えてくれる。
書かれたときの時代背景、ロシア語の日本にはないニュアンスをどう訳したかなど、作品を読むだけでは味わえない愉しさがある。

題名も過去の翻訳に囚われず、大胆に変更しているのも新訳らしく、ロシア語の文法では、こういうニュアンスと解説されると、思わず、満員電車のなかでフムと声が出てしまうほど。
「可愛い女」→「かわいい」。
「犬を連れた奥さん」→「奥さんは仔犬を連れて」。
題名が変わるだけで、小説の印象も変わってしまうようで、その試みはチェーホフの作品が現代でも通用する普遍性を持っているかと、大胆に挑戦しているかのようだ。

この短編集でとくに唸らされたのは「せつない」、「ワーニカ」、「ロスチャイルドのバイオリン」。
チェーホフが不条理と思えるユーモアを兼ね備えながらも、人間に対する深い理解をもって描いていることがわかる。
満員電車のなか、スマホに目が離せない昨今、新訳を手にして文学青年然として読書するのも、なかなかの快感ですゾ。

12月 8, 2017 店主のつぶやきブックレビュー |

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