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2017年12月 6日 (水)

第14回 紙の上をめぐる旅




吉村昭『大黒屋光太夫』(毎日新聞社)

井上靖と同じく、大黒屋光太夫を題材にした歴史小説。
著者は、大黒屋光太夫と共に、再び日本の地を踏むことができた磯吉の陳述記録があることを、郷土史家から知らされ、磯吉から見た光太夫の人物像が加わることで、この漂流譚に新たな物語が芽吹くのではと考え、執筆に至ったとあとがきで述べている。


井上靖は光太夫が感情に流されない剛健な人物として、吉村昭は情感豊かで社交性に富んだ人物として、それぞれ描いている。
吉村昭の光太夫は情に厚く、極寒の生活に堪えられず命を落とした仲間に対して、感情を抑えきれず涙を流し、また漂着先のアムチトカ島の島民の苛酷な生活に心を悼める。
同じ人物とは思えないほどに、その墨の色がちがう。


イルクーツクに置いて行くことになる庄蔵との別れは、このような描写で筆がすすむ。


庄蔵の泣き叫ぶ声が遠くなったが、悲痛な声がなおもきこえる。
やがて、声はきこえなくなった。路上に倒れ、身をもだえて泣きわめいている庄蔵の姿が思い描かれた。
かれは走るのをやめ、頬に流れる涙をぬぐうこともせず歩きはじめた。耳に庄蔵の泣き声がこびりつき、光太夫は嗚咽した。


また新たな資料が発見されたことで描かれた、井上靖の小説にはない場面。
限られた期間であるが故郷の伊勢で過ごす光太夫は、このような懺悔の心情に苛まれている。


光太夫の帰郷を知った水主の遺族が、訪ねてくることもあった。その度に、かれは手をついて頭をさげ、死をまぬがれさせられなかったことを心から詫びた。遺族は、光太夫の語る死の状況を涙を流しながらきいていた。


この数奇なる運命の漂流譚。
どちらの小説が、読者の心の柔らかい部分を刺激するのかは、人それぞれの好み次第だが、個人的には吉村昭のほうが、大黒屋光太夫の人柄に血の通った情が入っていて、読んでいて気持ちが良い。
もちろん井上靖の明治生まれの作家らしい堅苦しい文章も嫌いではないが。

12月 6, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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