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2017年11月27日 (月)

中国深圳驚天動地の旅(下)





さて次の日。
会社から特命任務の遂行に与えられたのは24時間。まさにミッション・インポッシブル。
その間にミッションを任務を達成しなければならないので、同行の3人も緊張で表情が強張る。
深圳は巨大な都市。
最先端と雑多なものが、きらびやかに渦巻いている。ひと言で深圳を表すとすれば、華麗なる混沌。
新宿と秋葉原が同棲しているような都市である。




特命の内容は明記できないので、個人的な感想を述べるに留めるが、まだまだ中国はエネルギーに満ちていて、着実に進歩しているのを肌身に感じる。
十数年前に上海に行った時は、竹でつくられた足場でビルが建てられ、露地のあちらこちらに物売りが膝を抱え、ホテル周辺に得体の知れない屋台群が渋滞をつくっていた。
ぎょろりとした目つきで、こちらの動向を伺い、獲物と判断すれば捲したてるように話かけてくる。
華麗はなく混沌しか感じなかった。





しかし今はちがう。
メイン通りはネオンが煌めき、高層ビルが林立し、往き交う人々もお洒落で表情も輝いている。
香港に近い都市という理由だけでは説明できない、もっと根源的な要因があるはずだ。

国内に資金が満ちて、人々の生活水準が上がったのも当然だろうが、それ以上にインターネットにより世界が狭くなり、最先端技術や最新の動向が身近になったのが大きいはず。
人々がそれぞれの価値観で人生を謳歌しているのがわかる。
国の目指す価値観と国民が望む価値観が、乖離しているのは、世界中のどの国も同じなのではないか。

会社の特命を終えたあと、街中を歩いて興味深かった事柄を何点か。

街の中心地ある商業ビルが、すべてのフロアがワークショップのできる施設になっていて、油絵、革細工、切り絵、陶芸、フラワーアレンジメントなど、ホビーと名がつく手芸なら何でも体験できる。
日本には小さな規模ならばあるけれど、これほどの敷地で常設になっているのは無い。
しかも予約不要、その場でやりたければ参加できるようで、じっと見ていたら「やりませんか?」と勧められた。




今、日本では「モノ売りからコト売りへ」と、売上が伸び悩んでいる小売業界は、スローガンのように言葉にしているが、こんなにも大胆に、コト売り施設に資金を投じるのは、絶対に二の足を踏むに違いない。
誰かが最初の一歩を踏み出したら、その日の夕方には追随しているとは思うが、なかなかその最初の足を前に出す企業はない。

あとストリートミュージシャンの投げ銭には、思わず目を瞠って、数分まばたきを忘れてしまった。
投げ銭の箱にQRコードが貼られていて、携帯電話をかざすだけで、募金ができてしまうのである。
帽子やギターケースを広げて、ここにお金を投げ入れてくださいという方法は全時代的。最先端はキャッシュレス。
受け取る側としても、小銭を数える手間が省けるという塩梅なのだろう。

ストリートミュージシャンまで効率重視かと思うと、背筋に薄ら寒いものを感じたのも正直なところ。
便利さを追求し過ぎて、人類はどこに向かっているのかと問いかけたくもなる。





その晩は、昨晩と同じく広東料理。
このお店、中国版ぐるナビでは、五つ星の人気店。店の装飾や照明も静かなトーンでまとめていて、老若男女が集まるのがわかる。
値段もそれほど高くないので、少し高級な気分で晩餐を迎えるには、最適なお店だろう。

そこで10品ほど料理を頼んだのだが、驚くことにほんの2分ほどで、熱々の料理が運ばれてくる。
瞬時に円卓の上は料理で満ち足りて、ビールグラスを置く場所にさえ困るほど。
そして熱々といっても芯まで火が通っていて、舌が火傷するような地獄の沙汰なのである。
2分という短い時間で、これほどまでの高いクォリティの料理を完成するために、調理場では何が起きているのかと、いろいろと妄想してしまう。

ウェイターがメンタリストで、我々の顔を見るだけで、何を注文するのかわかってしまうとか、メニューには百以上の料理が書かれているけど、材料は同じで味付けの違いだけの料理が多いとか。

とにかく吉野家やすき家のような早い、安い、美味いでは、深圳では古い価値観なのである。
さらに品質と驚天動地が足されなければ、最先端とは言えない。

深圳、恐るべし見聞の旅であった。



※相変わらず、本文と写真は関係ないですが、
1枚目は業界人ならば笑えます。
究極のコピー製品。

(店主YUZOO)


11月 27, 2017 海外仕入れ店主のつぶやき |

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