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2017年11月10日 (金)

第7回 紙の上をめぐる旅




川崎浹『ロシアのユーモア』(講談社選書メチエ)

ロシアはアネクドート(小話)の宝庫である。
しかし読み人知らずのアネクドートを耳元で囁いて権力を辛辣に笑う、庶民の憂さ晴らしの文化は、過去になりつつあるようだ。
原因は、対象となるべき絶対的な権力体制や社会的矛盾が、表向きは無くなったおかげで、鮮度の良いアネクドートを生み出す環境がなくなったというのが実情みたいだが。
つまり池の水が澄んでくると、アネクドートという魚が住める環境でなくなる。

池の水が濁っていた頃の珠玉のアネクドートは、酒井睦夫『ロシアン・ジョーク』(学研新書)に収さめられていてるので、興味のある方は一読を。
またインターネットでも「ロシア・ジョーク」で検索すれば、容易に愉しむことができる。

この本は、アネクドートにかけては世界一を誇るロシア人の気質を、300年に渡る政治体制とともに推移したもので、やや学術的な色合いを帯びている。
つまりロシア庶民が反体制の旗を翻すことなく、宴会の席や親戚の集いなどで、信頼できる相手だけに耳打ちしたささやかな反抗の歴史を紐解いた本でもある。

それだけにアネクドートのオチの部分を解説する時があり、興味を削がれることがある。
話のオチを解説して笑いをとれるのは、林家三平ぐらいのもので、詳細な説明した時点で鮮度は落ち、生節のように鉛色に変化してしまう。
逆を言えば、他国に住んでいる以上、その国の政情や体制をよくよく理解しない限り、そのアネクドートの真の面白さや辛辣が半分もわからないとも言える。

アネクドートが実り多き時代は、やはりロシアの体制が大きく変化している時と重なる。
スターリン批判があったフルシチョフ時代。ペレストロイカのゴルバチョフ時代。
また停滞期と言われたブレジネフ時代は、自虐ネタが多く、意外にも収穫期を迎えている。
さて、その極上のアネクドートが犇めくなかで、現在の我が国にも通じる辛口の吟醸酒をひとつ。

フルシチョフが壇上から独裁者スターリンをはじめて批判し、スターリンの専横ぶりを数えあげたとき、出席していた党委員のなかから声があがった。
「そのとき貴方は何をしていたのですか?」
すると即座にフルシチョフが応じた。
「いま発言したのは誰か、挙手していただきたい」
誰も挙手する者がいなかったので、フルシチョフは答えた。
「いまの貴方と同じように、私も黙っていた」



11月 10, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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