« 第1回 耳に良く効く処方箋 | トップページ | 第11回 紙の上をめぐる旅 »

2017年11月30日 (木)

第10回 紙の上をめぐる旅




森まゆみ『女三人のシベリア鉄道』(集英社)

題名から想像すると、妙齢の女性三人がわいわいと騒ぎながら、姦しくシベリアを旅行する珍道中記と思えるが、実は戦前にシベリア鉄道を旅した、三人の女流作家の足取りをめぐる旅行記。
その足取りを著者が辿る、鉄道と文学の愛好家を満足させる内容になっている。

その三人の女流作家とは、与謝野晶子、林芙美子、中條(宮本)百合子のこと。
三人とも同時ではないが、戦前にシベリア鉄道を使って、それぞれの目的地までの長旅をしている。
それぞれの目的地と書いたのは、与謝野晶子と林芙美子は、目的地は花の都パリ。中條百合子は、当然のことながらモスクワ。

シベリア鉄道は、愉しむ旅というより、あくまでも移動手段であり、車窓から見える延々と続く白樺林と草原に、ほとほと厭気が差していたところは、三人は共通している。
ほぼ一週間、風呂にも入れず、豪華な食事を愉しむこともなく、頰杖をついてぼんやりと窓辺に佇む旅。

著者は現代人らしく、始発駅のウラジオストク、バイカル湖で有名なイルクーツク、エカテリンブルクのダーチャでロシアの生活を愉しみつつ、同様にパリまで足を運び終着地としている。
今や、鉄道の旅を旅することは、贅沢の極みとなり、飛行機が海外旅行の主力となっている。
戦前、女流作家たちが車中で唇を噛み締めながら、ほとんど言葉の通じない車中で、不安に押し潰されてそうになっている時代とは、雲泥の差がある。

この本の中で、ひと際煌めいているのは、林芙美子。
ほとんど通じない言葉で、三等車で同乗となったロシア人やドイツ人と仲良くなってしまう、天性の朗らかさに胸が熱くなる。さすが『放浪記』の著者。
お互いの持ち物を交換したり、覚えたてのロシア語で親しくなり、一緒にお茶を飲む間柄にまでになっている。
つい自分が初めてロシア買付に行った頃と重なってしまった。
底本となった林芙美子の旅行記が読みたくなる。

この本、単なるシベリア鉄道乗車記にせずに、50年以上前に旅した女流作家と織り成すことで、旅する意味を再考させるのに成功している。
旅のない人生など何の深みもない。
そして異国を旅する時に生じる希望や不安は、どんなに交通網が発達しても、50年前と変わらない。そのことを証明している。

11月 30, 2017 店主のつぶやきブックレビュー |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第10回 紙の上をめぐる旅:

コメント

コメントを書く