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2017年10月30日 (月)

第4回 紙の上をめぐる旅





米原万里・佐藤優編『偉くない「私」が一番自由』(文春文庫)

米原万里が天に旅立って10年、生前に交流のあった佐藤優が、ロシア料理のコースに喩えて、その才能と魅力ある文章で綴った随筆を、心ゆくまで味わってもらおうという編集本。
単行本に既に掲載された随筆が多いものの、いま読み返してもその鋭利な刃物なような文章は、今日の問題として十分に捉えることができる。

ただ既存の随筆を編集しただけの内容であれば、米原万里に興味を持ち始めた読者が対象であり、レコードでいうところのベスト盤。
長年のファンには、未発表作品が入っていないと再読するだけの物足りない本になってしまう。

そこで長年のファンを満足させるために、何と東京外語大の卒業論文「ニコライ・アレクセーヴィッチ・ネクラーソフの生涯 作品と時代背景」が収められているのだ。
普通、小説家ならばデビュー前の習作が収録されるのが一般的であり、学生時代の卒業論文が公開されるのは聞いたことがない。
それだけにディープなファンには充分に腹を満たせる料理であるものの、反面生前ならば絶対に許可しなかっただろうと後味に苦さも残る。

この曰く付きの卒業論文は、ネクラーソフ作品に対する思いを情熱に煽られて、一気に書き上げたらしく、誤字脱字や意味不明の文脈も見受けられるものの、この帝政ロシア末期の詩人が、豊潤な言葉で民衆の生活を生き生きと描いたことを物語ってくれる。
とくにネクラーソフの詩を翻訳する言葉選びが素晴らしく、もっと長生きしていれば、ロシア古典文学の翻訳も、仕事の枠として拡げていたのかもしれないのにと、その早い死が惜しまれる。

たぶん通訳、執筆家、ロシア文学研究者と、どの道に進んでも名を成したのだろうと思う。
酒を飲むぐらいしか能が無い私から見れば羨ましい限りである。

この本、ジミヘンに喩えればオリジナル・アルバムを全部聴いた上で、聴くべき対象の音源。
つまり『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』や『オリガ・モリゾヴナの反語法』、『不実な美女か貞淑な醜女か』などを一通り読んだ上で、習作以前のこの若き日の論文に挑戦すべきである。

そうすれば、米原万里が揺るぎない信念を持ち、民衆の目線で詩をうたったネクラーソフに共鳴する心を、最後まで貫いてことがわかるはずだ。

10月 30, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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