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2017年10月22日 (日)

第2回 紙の上をめぐる旅




忌野清志郎『瀕死の双六問屋』(光進社)

私はこの本を3冊持っている。
買ったことを忘れて、気がついたら3回も買ってしまったという痴呆初期症状の現れということではない。
3冊ともカバーデザインが違うのである。
しかし内容はまったく同じである。
つまり清志郎信者からすれば、内容が同じでも、デザインが違う以上、まったく別物として捉えなければならない。
そして、しっかりと3回読んでいるのも、その表れである。誰も文句は言えまい。

この本はブルースである。
アーティストと称する輩がゴーストライターに書かせて、こんなにも私は慈愛に満ちたことを常日頃から考えているんですよ、と言ったサギのような本ではない。
誰もが似たような価値観しか持たなくり、住み難くくなっていく世の中を嘆いているのだ。

小さな出来事に目くじらを立てるくせに、大きな犯罪行為には何も言わない小市民性に呆れているのだ。
呆れてものも言えないと歌った清志郎が、瀕死になりながら文字に変えて、それらの画一化されていく価値観に対して異議を唱えるために、双六問屋のブルースにして歌っているのだ。

ここでブルースを知らない人に断っておくが、辞書に書いてあるような、黒人の悲哀や生活の憂鬱を12小節の音楽形式にして歌にしたものではない。
ましてや、🎵窓を開ければ港が見える〜、と淡谷のり子が歌うものでもない。
ブルースとは、人が生きていくためのエネルギーである。憂鬱な出来事があっても、笑い飛ばしてしまうような強靱な精神力である。
だからこの本は、少しも陰鬱さはなく、ユーモアに満ち溢れている。
生きる力で漲っている。

「すべてがシステム化されて、まるで誰かに飼われているみたいだ。適当な栄養のある餌を与えられて、ほどほどに遊ばされて、まるで豚か牛か鶏のようだぜ」
「たかが40〜50年生きたくらいでわかったようなツラをすんなよ」
「外見をきれいにして何になる。中身をみがく方が大切なことなんだ。それは世界平和の第一歩なんだよ」

魂のブルースは、珠玉の言葉に溢れている。
憂鬱な色した瞳からは、自然と涙が溢れてくる。
生きる力で漲ったブルースが、何処かで鳴り響く。
まだまだ世の中捨てたものではないし、諦めた途端に自身の人生が終わるんだぜと、清志郎は歌っている。

10月 22, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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