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2017年10月17日 (火)

第1回 紙の上をめぐる旅




吉村昭『ニコライ遭難』(岩波書店)

大津事件。
今や、歴史の彼方へと埋もれつつあるが、開国以来、近代化を推し進める日本にとって、日本国中が震撼した事件であった。
ニコライとは、のちのロマノフ王朝最後の皇帝となる人物で、その人が皇太子時代、日本に外遊に来日した際、滋賀県大津市で警備中の警察官に斬られる事件が起こった。

幸いにも命には別状はなかったものの、これは国際問題に発展すると、日本政府は大わらわ。すぐに斬りつけた警官、津田三蔵を即刻死刑にせよと司法に圧力をかける。
犯人の死を臨むことで、少しでも帝政ロシアの憤怒を和らげようと狙いがあった。

しかし司法は政府の方針に従順になっては、近代国家の体制を為していないと、罪状は何かと政府に問う。
当時の刑法で、皇室に危害を加えたものには重刑が課せられたのだが、この皇室というのが他国の皇太子も同様であると解釈する政府側と、皇室というのは日本古来のものであり該当せず、この事件は一般人に危害与えた殺人未遂にあたると主張する司法側と激しい論戦が繰り広げられる。

この論戦がスリリングで、まだ近代国家の道を歩み始めた日本だが、司法判断を捻じ曲げることなく、三権分立の精神をもとに法的に正当な結論を出そうと、政府の圧力に屈しない裁判官たちの志が熱い。
これから国をつくっていくという、明治人の気概と言うべきか。
また怪我をしたニコライの病状を慮って、日本国中から1万以上の電報が届いたというから、当時の日本人が平安を求める精神性も、優しくも熱い。

最終判決はどうなったかというのは、読書のお愉しみということで、ここでは控えさせておく。
ただ日本史の教科書では、ほんの2行程度の記述しかない大津事件であるが、日本の近代国家を進むにあたって、司法や外交のターニングポイントとなる重要な事件であったことを、この本では詳細な資料をもとに語られていく。

ニコライはその後、皇帝の座に着き、残念ながら日本とはこの事件から13年後に日露戦争が起きてしまう。
この外遊では日本人の穏やかな精神性に深く感動し、事件後も日本に対しては好印象を抱き続けていたというから、歴史はどこに向かって進んでいるのかわからない。
そのニコライもロシア革命で家族ともども殺害され、ロマノフ王朝は終焉を迎えることになる。

ちなみに大津事件が起こったのは1891年。
最初のマトリョーシカがつくられる前夜にあたる。(定説では1890年代末)
日露関係に影を落とすのが大津事件ならば、マトリョーシカは穏やかな光である。
そう思わずにはいられない。


10月 17, 2017 ブックレビュー, 店主のつぶやき |

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