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2016年10月 6日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(20)

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大晩餐会はスベトラーナ料理長が腕によりをかけた逸品ロシア料理がテーブルに並ぶ。スベトラーナ料理長はコロトコフ大司教の奥方であり、マトリョーシカ工場を取り仕切る現場監督の顔を併せ持つ、強さと優しさを兼ね備えたロシア女性である。
私の少ないロシア体験から感じるのは、上手くいっている家庭は、女性が実質的な主導権を握っていて、男性は細かなことは気にしないという関係性であると思っている。
 

その模範的な家庭こそがコロトコフ家であり、大司教はおおらかな対応で客人を喜ばせ、料理長兼現場監督は、すべてに目配りをするきめ細やかな性格で客人をもてなしてくれる。早くウォッカを飲みたくてうずうずしている大司教に、料理長は的確な指示のもと、皿やグラスを運ばせ、料理の盛り付けを手伝わせる手腕に、夫婦円満の秘訣を垣間見てしまう。
100キロはあろうかと思われる巨漢の大司教が、うろうろとキッチンとテーブルの間を行き来する様は、ボリショイ・サーカスの熊の曲芸見ているようで、客人の我々は手伝うことを忘れ、ついつい微笑んで仲睦まじい姿を見入ってしまう。ちなみにロシア人に言わせると、どんな気難しい動物であっても、曲芸を仕込むことは可能だそうである。

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料理は前菜として、オリヴェ・サラダ(豆や野菜をマヨネーズで和えたサラダ)とシィ・スープ(野菜や肉を煮込んだコンソメ風スープ)が、目の前に運ばれてくる。
これが前菜!?
常日頃、雀がエサを啄ばむ程度しか食事を摂らない私にとっては、その量の多さに目を白黒させてしまう。いや少し涙目になっていたのだろうか。隣にいるチェリパシカ氏が、料理長に気がつかないように、私の皿からサラダを半分取っていく。
ただ皿の上に何もないとわかると、料理長はすぐに大司教にサラダを盛るように命ずるので、チェリパシカ氏が私のことを慮っても、常に私の皿の上は満ち足りてしまうのだが。

そして次に振舞われたのが、毛皮をまとったニシンといわれるシューバ・サラダとビーフストロガノフ。
シューバ・サラダはビーツ鮮やかな赤い層と純白のマヨネーズに豆やとうもろこしが和えて層が、幾重にも重ね合わせてあり、色彩が美しく眼を楽しませてくれる。取り分けて皿の上に乗せると、ビーツの赤がマヨネーズの純白に溶け込んで、シクラメンのような淡いピンク色になる。主役である塩漬けのニシンは、ピンクの花園のなかで、目立たないように自分の役柄を演じているのが、実に健気である。
ロシアの塩漬けは、そのまま食すると塩分ひかえめに慣れている日本人には、岩塩が口の中に放り込まれた気分になるが、サラダと共にすることで、まろやかな味に変化する。
ただ雀の胃袋しかもっていない私には、マヨネーズの脂質がだんだんと堪えてくる。

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そしてメインのビーフストロガノフ。
「スメタナ(ロシア版サワークリーム)を入れると美味しさが倍増するよ」
と大司教が、大匙スプーンで何杯も上からかけてくる。
ロシア人にとっての醤油と喩えてもよいぐらいのスメタナは、ボルシチはもちろんのこと、魚や肉といった料理にも、各人が好みの量を、さらりさらりと乗せていく。
鮮やかな乳白色は料理に彩を添えるので見た目にも美しいのだが、実際は乳脂肪分の塊みたいなもの。そのスプーン一杯が私の胃袋に凭れ込んでくるのである。

スメタナには恨みはないけれどもといった目つきで料理を見つめる私に、チェリパシカ氏がそっと呟いてくれた。
「もうすぐウォッカタイムがなるから、スメタナを食べた方が、胃壁を守ってくれるよ」
料理にばかり気を取られていて、すっかりウォッカタイムを忘れていた。
大晩餐会は始まったばかりである。

 

(店主・YUZOO)

 

10月 6, 2016 海外仕入れ |

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