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2016年9月16日 (金)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(19)

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さてバーニャの洗礼が終わり一息つくと、いよいよロシア式大晩餐会が始まる。

われわれ日本からの帰省組は、聖なる晩餐の貢ぎ物として、本格焼酎を持参。

それも昨年コロトコフ大司教が

「私が日本に行った時に、思い出深いものがふたつある。ひとつは真っ黒い瓶に入った焼酎なるお酒と、日本の友人たちが晩餐の前に飲んでいた「ウコンの力」なる小さな瓶に入った飲み物である」

と感慨深げに語られていたので、その思い出の品を是非貢ぎたいと考えていたからだ。 

 

ただ黒い瓶というキーワードだけでは、さすがに全国津々浦々を飲み歩いている小生でも、銘柄をぴたりと特定するのは難しいので、一般的な黒い瓶の焼酎の代表として、安易に「黒霧島」を購入。

それを手にするや、コロトコフ大司教の喜ぶ様を見るにつれ、少し後悔の念にかられる。

やはり現在、日本の焼酎の最高峰と謳われる「森伊蔵」」を奮発して献上して、「日本のウォッカである焼酎の最高級品でございます。その繊細な味と香りを楽しんでください」

と近ごろ流行りの大人の流儀を通したほうが、日本人ならではの粋を伝えられたのではと悔やまれる。

 

しかし私の拙いロシア語力では「黒霧島」と「森伊蔵」の違いを伝えることができるわけもなく、「コノ焼酎、トテモ美味シイアルヨ」と言うのが関の山と判断した私の小市民的な性格と、一度も太ったことのない痩せぎすの財布がそうさせたのだが。

 

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それでは名誉挽回の貢ぎ物として、今度は「ウコンの力」ではなく、今や飲兵衛のあいだでは魔法の薬と囁かれている「ヘパリーゼ」を大司教に献上。しかも飲料ではなく、錠剤を貢ぎ物としたのである。

コロトコフ大司教の「ウコンの力」信仰は筋金入りで、これのおかげで、日本で一度も二日酔いしなかった、日本人は素晴らしい飲み物を発明したと大絶賛したからである。

そして封を開けていない「ウコンの力」が未だに台所の戸棚に、イコン画のように飲兵衛崇拝の対象として奉られていることからも、その信仰の篤さが窺える。

もう賞味期限切れているデェと突っ込みを入れるのも憚られるほどに、「ウコンの力」を手にとっては日本の思い出に浸っているのである。

そこで今や日本では「ヘパリーゼ」に移りつつありますと、飲兵衛たちの信仰崇拝の対象をが変わりつつあることを、肝臓の夜明けは近いことをコロトコフ大司教に、お伝えしたかったわけである。

 

「これが今、日本で一番の信仰を集めている薬でございます。三粒飲めば、たちまち肝臓はピンク色へと若返り、お酒は湯水のごとく幾らでも飲めてしまう魔法の薬であります」

と大司教にお伝えし、その聖なる掌に三粒の錠剤を乗せた。

 

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大司教は、その青い目で訝しげに見つめ、指で転がし、

「この薬は何で出来ておる?」と訊いてきた。

チョコレート色をした錠剤は、カカオ菓子のようであるし、裏社会で売られている秘薬のようにも見える。

それを一度に三粒も服用するなんて、多少の不安もあるのだろう。

私は「свинья⇒ロシア語でブタの意」と言って、自分の肝臓辺りを指差した。

しかしこの行動はコロトコフ大司教の不安をさらに増長させたのだろう。

この薬は副作用で身体がブタのようになる?そんな風に身構えた表情に変貌する。

 

そこでチェリパシカ氏と私が「ヘパリーゼ」を飲んでみせ、コロトコフ大司教に促した。さすがに不安は霧散したようで、いつもの大らかで穏やかな大司教の面持ちに戻り、えぃっとばかりに口に放り込んだのであった。

これで肝臓は万全である。大晩餐会の開始である。

 

 

(店主・YUZOO)

9月 16, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年9月 6日 (火)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(18)

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さて旅の疲れを癒すのに古今東西に共通するのは、やはり風呂である。
そこで男四人で庭先にあるバーニャに向かう。
バーニャの重い木の扉には「バーニャには入れば、上下関係も何もない」と書かれている。つまりはロシア版、裸の付き合いを記している。
このバーニャがいかなるものかというと、スチームサウナと同じで、釜で焚かれた水が蒸気となって部屋を暖め、木造小屋のため、その湿気を吸い込んだ香りで、少し苔むした森にいるような穏やかな気分になる。
ただ空気を循環させる装置がないので、上部は息苦しいほど熱いのだが、下は川面のように涼しい。もちろんテレビが設置してあるわけもなく、我慢比べの12分の時計もない。
裸電球がひとつぶら下がっているだけである。

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そのほの暗い密室のなかで、下っ腹がだいぶ出た色白い身体が、サウナ帽を被って、熱さにひいひい、はあはあと言いながら、脂汗をかいている。傍から見たら動く四つの脂肪の塊、もしくは草臥れた四匹の豚にしか映らないだろう。

「どうだい?気持ちいいだろう」

「気持ちいいねえ」

「やはり夏はバーニャに限るね。日本にもあるのだろう?

「あるけれど、個人宅では持っていないよ。持っているのは金持ちだけだ」

「ということは、ロシア人はみんな金持ちだな」

そんな他愛のない会話をしていると、コブロフさんが、おもむろに立ち上がってヴェニク(白樺の葉と枝を束ねたもの)を手に取った。
いよいよ来た。バーニャ特有の神聖なる儀式、健康な身体になるための試練である。
チェリパシカ氏と私は、すでにの煌々と熱くなった最上段に寝かされるや、釜の扉が開かれ、白樺のエキスが入ったお湯が注がれる。
とたんに大量の水蒸気が放射され、その熱気で思わず息をぐっと呑んでしまう。
たまったものではない。水蒸気は百度近い。火炎の水である。。
背中を熱風が通り過ぎると、今度は水蒸気が熱を大量に含んだ雨となって身体全体に降り注ぐ。
そして一瞬白樺のエキスが鼻先をくすぐり夢心地になったのも束の間、今度はヴェニクの鞭が背中をバシッと小気味よい音で振り落とされる。

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○×ДЙ△!!

β×Жα△!!!!

神様へ感謝の言葉など出るわけがない。
チェリパシカ氏も虚脱したまま、放心状態である。
ただ身体中の血流が水門が開くかのように澱みなく流れ出し、健やかに身体中を巡っているのを感じる。少々手荒いが健康で丈夫な体をつくるためなのだ。
ただこの聖なる儀式で痛感するのは、人が熱さを猛烈に感じるのは、空気が揺れ動いたとき、つまりヴェニクが風を切り背中を叩いた瞬間、背中が痙攣してしまいそうなほど熱いのだ。背中に地獄絵図を彫られているようなものである。

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さて一連の儀式が終わり、晴れて屋外という娑婆に出て、夕暮れ時のロシアの大地を駆け抜ける風にあたると、新しく肉体も生命も変わったようで、実に晴々としている。
そしてバーニャに入る前に用意していたビールで喉を潤す。
このビールは生温くて、居酒屋ならば店主に一言を苦情言ってしまいそうな代物だが、この時ばかりは極楽浄土の飲み物ように、ありがたく感じたのである。極楽は意外に身近な場所にある。

 

※ヴェニクで叩かれているおやぢ連中の写真は、倫理的に問題があるのでロシアで見つけたぬいぐるみの画像に自主的に変更しました。

 

(店主YUZOO)

9月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)