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2016年7月 9日 (土)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(16)

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ようやくセミョーノフに入った。

セミョーノフの中心部にむかう路には、

電柱毎にホフロマ塗りの看板が並び、

長い旅路を経てきた私たちを出迎えてくれる。

見落としてしまったのかもしれないが、

セミョーノフ産のマトリョーシカの看板がない。

その原因は、あとから知ることになるが。

 

 

ロシアの夏の日照時間は長く、

5時だというのに昼間のような日射しが照りつけている。

砂埃が舞う白茶けた道と

陽に照らされて精気を失いつつある野草に夏を感じる。

ロシアの夏というと、

避暑地のような涼しい気候を想像するだろうけど、

実際は盆地や内陸地のように、

首筋や背中にじわりじわりとくる暑さなのだ。

 

ただ蝉が喧しく鳴くことがないのでしんと静かである。

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「到着!」

コブロフさんが豪華客船の船長のように高らかに告げると、

同乗者全員が労をねぎらって思わず拍手。

家の前でエンジンの音が止まったのを聞きつけたのか、

すぐにコロトコフさんが巨体を揺らして、

玄関から飛び出してきた。

 

待っていたぞと言わんばかりに、

まずはコブロフさんと抱擁を交わし、

次にチェリパシカ氏とも抱擁。

コロトコフさんもチェリパシカ氏もお互いに巨漢なので、

千秋楽の大一番を観戦しているようで、

思わず笑ってしまう。

次に私と抱擁。華奢な私の体つきでは、

新弟子が関取に稽古をつけてもらっているように

見えるに違いない。

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「コロトコフさんの髭、痛くなかった?」

長旅で凝り固まった身体をほぐしながら、

チェリパシカ氏が私に耳打ちする。

誰もが再会を喜び、自然と笑顔になる。

私はお盆の里帰りのようで、

家のまわりの風景や扉でさえも懐かしく、

穏やかな心持になっている。

大げさだが、髭の痛みさえ懐かしい。

 

「まずはバーニャ(サウナ)の用意をするからな」

コロトコフさんは、

話したいことが山から零れ落ちそうなぐらいあるようで、

車から荷物やプレゼントをおろすのを急かしてくる。

 

今宵も愉しいことがありそうだと、私はひとりごちである。

 

 

※写真はゴロビジェッの伝統的な布人形。

 顔がない人形もロシアではポピュラーです。

 子どもの想像力を育てるためだとか。

 

 次回の更新は7月9日です。

 

(店主YUZOO)

 

 

 

7月 9, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 6日 (水)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(15)

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そしてさらに進むこと、1時間余り。

コブロフさんが言っていた橋に元に辿り着いた。

そこで眼にした母なる大河ヴォルガは、

日本人的な箱庭的視覚で見れば、

瀬戸内海のような海であり、

それ以外の言葉は見当たらない。

決して誇張ではない。

 

東京ドーム何個分というような中州が点在し、

白い波柱が岸辺に押し寄せて飛沫を上げ、

向こう岸が霞むほどに湛えた大いなる水の流れは、

押し合いへし合い北へ北へと驀進している。

渦巻いている。

中州を領地として譲り受けたら、

自らを一国一城の主と名乗ってしまいそうである。

それほどにスケールが大きい。

 

私の半世紀近い人生のなかで、

対岸が霞むほどの大河を眼にしたことはなかった。

中学生の時に和歌山の新宮市で見た

熊野川が一番の記憶である。

それでもその時分は、こんな大きな川があるのかと、

悲しいほどに深い感銘を受けたのだ。

ヴォルガ河と比べると、地味な記憶である。

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私は大きな樹木や山脈といった自然がつくりあげた

創造物を眼にすると、

不覚にも眼頭が熱くなる性分なので、

言葉にならない感動に包まれながら、

ロシアの大地の懐の深さに驚愕し、

己の存在の矮小さに恥じつつ、

熊野川と同様に感嘆の声を上げるしかなかった。

 

当然のことながら、長旅の倦怠感は消えている。

チェリパシカ氏もナッツを食べるのに

忙しかった口も、静止したままだ。

ヴォルガ河は大型の輸送船や観光船が行きかうのだろう。

錦帯橋のように橋の中心部が

小山のように盛り上がっていて、

上り坂の時はゆっくりと進み、

ジェットコースターのような気分になり、

頂点にさしかかるなり、ぱっと景色が広がると、

滑り降りるように下っていく。

一瞬眼にする、

深緑の大地とヴォルガ河とのコントラストが美しい。

 

「すごいね」

「まったく」

「日本にはない景色だね」

「まったく」

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15分ほどの時間が過ぎ、

車はセミョーノフがある対岸にようやく辿りついた。

ヴォルガ河のスケールの大きさに圧倒されたまま、

ふと気がつくと車の揺れでナッツの袋が踊り出して、

ズボンが粉だらけになっている。

 

もちろんこの景色を見た後では、

そんなことは取るに足らない出来事であるが。

 

 

※写真はゴロハビッツ博物館の展示品

 ゴロジェッツとは違います。

 次回、更新は7月9日です。

 いよいよ終盤です。やれやれ。

(店主YUZOO)

7月 6, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年7月 3日 (日)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(14)

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(写真はニジノヴゴロドから見たヴォルガ河。

渡った橋のある場所は、この倍ぐらいの広さはあった?)

 

さらに6時間ほど過ぎただろうか。

コブロフさんが

「今回は前とは違う橋で、ヴォルガ河を渡るよ」

と後部座席に座る私たちの方に振り返ると、

やや運転に疲労困憊した顔で告げた。

 

前回、セミョーノフ来訪時に、

大型トレーラー数台と観光バスの玉突き事故かあり、

そこに一般車が巻き込まれるという

大惨事に遭遇した苦い思い出があるからだ。

母なる大河ヴォルガには、

それほど多くの橋が架かってはいない。

 

迂回する手立てもなく、忍耐強く待つこと3時間。

疲れを通り過ぎ、睡魔が襲ってくるような段になって、

ようやく一台分が通れる程度に道が開通し、

のろのろと車が動き始めた。

しかしそれだけの大事故なのに、

交通整理に警官が出動するでもなく、

砂時計に吸い込まれる砂のように車が集中し、

さらなる悲劇を生むことになった。

 

ロシアという外国ゆえ、運転を代わるわけにもいかない。

頭を充血させて運転を続ける

コブロフさんを見つめながら、

神のご加護がありますようにと、

無事にセミョーノフに辿り着くことを願ったのも、

塩辛い記憶である。

 

コブロフさんの言うところの渡る橋を変更すれば、

事故に遭遇しないかという考え方は、

確率的にいえば同じなので成立しないけれども、

人間の記憶から見れば、正しい選択である。

手痛い経験は、なかなか記憶から消えないものである。

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(ニジノヴゴロドのロープウェー。

観光客だけでなく生活移動の手段としても使われている。

対岸まで10分ぐらい)
  

 

ということで前回の

ニジノヴゴロドからセミョーノフに架かる橋を渡らずに、

さらに北上したところにある橋が選ばれた。

 

残念ながら、どの町に架かっている橋なのか、

今現在失念しまっている。最近、物忘れが酷いのは、

すべての原因はアルコールの妖精の悪戯なので、

お許し願いたい。

 

 

次回の更新は7月6日になります。

 

(店主YUZOO)

7月 3, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)