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2016年6月30日 (木)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(13)

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         (写真:スズダリで遭遇した結婚式)

そして忽然と大きな町が目の前に出現し、

コブロフさんからウラジミールの町だと告げられる。

ガイドブックでは「黄金の環」を代表する場所として、

旅行者に人気の町。

 

ロシア語で「世界を征服せよ」と、

いささか物騒な名前だが、

町全体は中世の面影を残した穏やかな表情をしていて、

ロシアを代表する寺院や建物が点在している。

モスクワとは高速鉄道で結ばれていて、

この地域の中核都市の顔も持ち合わせている。

喧騒と歴史が交差している町でもある。

 

個人的には同じ「黄金の環」を代表する

もうひとつの顔、スズダリのほうが好みでなのだが。

スズダリには、幾多の玉ねぎ帽子の寺院が川面に佇み、

ゆらゆらと水面に揺れる様が美しく、

中心部では特産物であるハチミツ酒や土産物の露店が、

街路樹のしたに涼しげに並んでいる。

時の流れが凪いでいる町である。

 

誤解を承知のうえで喩えるならばウラジミールは京都で、

スズダリは鎌倉といった風情を漂わせている。

ツアーでも「黄金の環」を訪ねる企画がいくつもあるので、

もしロシアに行く際には、

私のふたつの町を見る眼が節穴か、

蜻蛉の眼か確かめてください。

たぶん虫食った節穴だと思うけれども。

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ウラジミールを過ぎてしまうと、

以前と同様の原野と白樺の林が続き、時おり、

季節柄ラベンダーの広大な

紫の絨毯が眼に飛び込んでくる。

富良野で目の当たりにしたのならば、

私も若い女性のような甲高い黄色い声をあげただろうが、

映画のエンドロールを眺めるように、

放心のまま頷くだけである。

 

広大なる原野、無限なる倦怠、

純白なる忘却、聖なる隠遁。

あたまのなかで様々な形容詞と名詞が結びついて、

この眼下の風景を言葉に表そうと試みるが、

どの表現も的を得ていないようで、無に帰してしまう。

 

ナポレオンやナチス帝国が、いかなる理由で、

この人間の生活を拒む大平原を手中に入れたいと

欲したのだろうと、不謹慎なことさえ考えてしまう。

 

 

※次回は7月3日に更新します。 

 

(店主YUZOO)

6月 30, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)

2016年6月27日 (月)

買付おやぢはセミョーノフをめざす(12)

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いよいよ、セミョーノフへ出発である。

セミョーノフは天竺よりも遥か彼方にあり、

彼の地で開催される民族際は、民芸蒐集家が憧れる、

言わずと知れた桃源郷。

 

共にセミョーノフへの巡礼の旅にむかうのは、

コブロフ夫妻と愛娘のパリーナちゃん。

マトリョーシカ博物館の学芸員という

輝かしい経歴をもつナターシャ女史。

そしてチェリパシカ氏と私の日本人二人組。

 

コブロフさんの家からセミョーノフへは

直線で800kmぐらいあるのではなかろうか。

東京から岡山ぐらいの距離といったところである。

ロシアの地図で見ると、

消しゴム程度のほんの数センチに過ぎない。

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車は一路セミョーノフを目指し

ひたすら駆け抜けていくのだが、

窓から見える風景は、どこまでも続く原野と白樺の森、

ときおり小高い丘があって、鬱蒼とした森が現れる。

つまりは、寝ても覚めても、

たいして変わり映えのしない風景が永遠と続くのである。

 

しかし注意深く車窓を眺めていると、

森のなかに一軒だけある廃墟のような

家の煙突から煙が上っていたり、

見渡すかぎりの大平原のなかを

独り黙々と歩く老人がいたり、

詩的な想像を掻き立てられるような風景を

見つけることができる。

 

ロシア人は巡礼者や世捨て人に、

ある種の憧憬と畏敬が抱いているといわれるが、

これらの風景は、そのロシア的心情を、

習慣として具現化したということなのか。

とりとめのない思惑が現れては消え、消えては現れる。

 

たまに日本人憧れのダーチャ(別荘)の集落があると、

初めて海を見た少年のように無邪気な歓声をあげて、

ついつい無口になりがちな自分を奮い立たせてみる。

 

「ダーチャだよ!ダーチャ!」

 

チェリパシカ氏の反応は限りなく透明で

思考の半分は夢の世界に浸かり、

半分はガソリンスタンドで買った

ナッツを食べるのに使われている。

 

※次回、更新は6月30日です。

(店主YUZOO)

6月 27, 2016 海外仕入れ | | コメント (0)