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2013年7月18日 (木)

モスクワ地下鉄という名のタイムトンネル

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ロシアの旅行ガイドをご覧になったことがあるのなら

ご存知かと思うが、モスクワの地下鉄が、

博物館や美術館のごとく、

豪華で数多くの彫像やレリーフに彩られていることを。

 

たとえば『地球歩き方』では

「モスクワのメトロ駅のホームは、宮殿を思わせる豪華さで知られている。(中略)乗車と下車を繰り返しているだけで、美術鑑賞をしているような気分になれる」という具合に。

  

というわけで、今回紹介する本は

鈴木常浩『モスクワ地下鉄の空気』(現代書館)。

 

著者は美術家のようで、極私的に、感覚的に、

ときには感情的に、

モスクワ地下鉄のデザインや彫像について、

言葉を吐き出すように書いているのだが、

それがデータ本のような味気のないものにならずに、

モスクワ留学記としても読むことができる。

  

全体主義を具現化したような

スターリン様式的なプロパガンダレリーフには、

吐き気を催すといわんばかりに痛烈に批判し、

露骨に賄賂を要求する警官たちに怒りを露わにする。

全体を通じてニヒリズムの霧が覆っているのだが、

不思議と不快感はない。

  

ソビエトの核であったコミュニズムの理想が崩壊し、

効率や利潤追求を主とする

欧米型資本主義に呑み込まれていく、

20世紀末のロシア市民の精神風景を

的確に捉えているからかもしれない。

 

モスクワの地下鉄は、

ナチスに勝利した大祖国戦争を緒端に、

民族友好のスローガン、計画生産のプロパガンダ、

全体主義の展示場、アバンギャルド芸術など、

それぞれの駅に

ロシアの歴史や文化が色濃く反映されている。

  

著者はそこに、ロシアの歓喜、理想、幻想、

虚栄、鎮魂を嗅ぎ取ったゆえ、

冒頭に「私はやはりロシアが嫌いだ。

四年間の長い旅を終えた結論である」と記したのだろう。

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ただ個性も色彩も持たない日本の地下鉄を思うと、

モスクワの地下鉄は顔立ちが

はっきりとしていて羨ましい。

あの地底まで続くかと思われる

長いエスカレーターに乗っていると、

時間が逆流していくかのようで、

自分の居場所が判らなくなる。

 

あの何とも言えない感覚は、

モスクワの地下鉄特有のものである。

  

この本が書かれた頃のモスクワと現在では、

まったく違う都市へ変貌している。

けれども地下鉄の顔立ちは変わらず、

ソビエトであり、ロシアであり続ける。

  

モスクワ地下鉄は時間軸で区切られた博物館、

もしくは時間の止まった

タイムトンネルなのかもしれない。

   

  

※写真は地下鉄の回数チケット。

 

(店主YUZO)

7月 18, 2013 ブックレビュー |

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