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2013年4月22日 (月)

グジェリ工場訪問記(7)

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5月初めに「木の香」銀座に進出、

同時に千葉そごう店閉店と、

目まぐるしく変わろうとしている現実を前に、

この非常事態、オチオチとブログなど

書いてはいられないと、

勝手に断筆を宣言したのであるが、

しかし冷静に考えれば、こういう揺れ動くときこそ、

平常心と普段と変わらない行動が必要なのではと

思い直し、 再開した次第。 

 

地震、雷、火事、親父などの災害に

直面したときに求められるのは、

筋のとおった判断力と迅速な対応と、

幼少のころから口酸っぱく言われているではないか。

それに私が断筆したところで、

出版社の社員の誰ひとりとして路頭に迷うことはないし、

「木の香」のスタッフが悲観して辞表を出すことは、

まずあり得ない。

 

すべて明朗。

私の気持ちの持ちようだけなのである。

   

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というわけで 

2か月近く中断していたグジェリ工場訪問の続き。

 

陶磁器の最初の作業は、

石膏型に流し込むことからはじまる。

絵付けする素材がなくては、

息を呑むような美しい花柄も、水を運ぶ可憐な少女も、

カブを引き抜こうとするお爺さんも、

文字通り絵空事、空想のなかだけの名器となってしまう。

 

通されたのは、一切の色彩を排した白い部屋、

石膏型がごろごろと無造作に置かれている部屋、

作業場というよりは石膏型の墓場と

呼んでも失礼にならない、潤いのない部屋である。 

その印象に追い打ちをかけるのは、

田舎の公民館ぐらいの広さに、

独りお婆さんが切り盛りしているのを知ったからだ。

 

女社長に呼ばれて私たちのところに来たお婆さんは、

少女の面影を残したまま、

知らぬ間に年を重ねていたと思われる、

溌剌とした容姿の、はにかんだ笑顔がチャーミングな人。

石膏の砂漠に咲いた一輪の花と呼んでも、

少しも誇張にはならないと思われる。

 

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この仕事への誇りと情熱は、

若い頃からまったく衰退も、

マンネリもしていないらしく、

たぶん生まれて初めて見た日本人に対して、

実に丁寧に饒舌に説明してくれる。

自分の仕事の素晴らしさを、

多くの人に知ってもらいたいという

無垢な気持ちなのである。

 

「シトー・エータ?(これ何ですか?)」

としか訊くことができない、

言葉に貧しい相手にもかかわらず。

 

この部屋には300以上の石膏型があり、

パーツだけ数えると1000以上にも及ぶ。

その夥しい数の石膏型のすべてを把握し、

どうパーツを組み合わせれば、

どの作品の原型になるのかを熟知しているのである。

 

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無造作に置いてあるわけではない。

お婆さんの頭のなかでは、

合理的に収納されているのである。

 

「すごいね」と思わず言葉を漏らすと、

一瞬、誇らしげに微笑んだ顔が、またまた

チャーミングでこちらの顔が赤らんでしまうのだった。

4月 22, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)