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2013年1月 9日 (水)

グジェリ工場訪問記(3)

  2012_085

また郊外に出た途端に、物売りが車内を賑わすのだが、

物売りといってもキオスクの販売員ではない。

極個人的販売員、移動式フリーマーケット

もしくは流れの行商人と呼ぶのが相応しい物売りで、

あとでわかるのだが、

誰もロシア国鉄の許可を得ていない人ばかり。

  

 

 

  

両手いっぱいに、旅行者用のナップザックに、

使い古した紙袋に、年季の入ったチャイナ袋に、

穴の開いたビニールにくるんで、

それぞれ自慢の一品を手にして車内に現れる。

  

 

  

最初にやって来たのが、三種の機能を備えたラジオ売り。

日本のディスカウントショップでは

980円程度で売っているレベルの、

ふうむと吐息を漏らすしかない商品を、

袋いっぱいに詰め込んだ中年の男。

  

 

  

男はこのラジオが勝負とみて

大量仕入れをしているのか、切羽詰まった眼差しと、

よく通る大きな声で朗々と口上を述べる。

私はロシア語が理解できないゆえ、

擦れ枯らしの感度だけが頼りの、

第六の耳で聞き取った内容を要約すると、こうである。

  

 

  

「本日、この車内に居合わせた皆様、

この偶然の出会いは、やがて喜びへと変わるでしょう。

  

 

私が手にしているのは、災害時に、

たいへんに役に立つラジオです。

皆様も経験があると思いますが、大雪で、停電で、

森林火災で、まったく外部からの情報が遮断され、

電気もなく、電話も通じず、

まったく孤立した状態になったことを。

とくに人里離れたダーチャで過ごしていた時に、

そのような災害にあったら、

まさに命取りになりかねません。

   

 

昨年の森林火災を思い出してください!

2年前の記録的な猛暑を忘れてはいないでしょう!

それに非常事態になっても、

我が国の政府や役人の動きはにぶく、

救急車は天国から使者よりも到着が遅く、

消防車は焼け跡の現場確認だけをして帰ることを。

  

 

そんな状況のなか、唯一助けとなるのがこのラジオです。

悲観することはありません。

まず停電時は懐中電灯になり、真っ暗になった部屋を、

食卓を、リビングを、煌々と照らしてくれます。

停電になっても、いつもと変わらない、

家族団欒のまま食事を楽しむことができるのです。

しかも長持ちする今注目のLED電球です。

  

次に注目していただきたいのは、このハンドル。

このように軽く回せば、簡単に発電が可能です。

使いたいときに電池が切れている、

もしくは買い置きがないといった経験は、

誰もがおありでしょう。そんなときでも大丈夫。

このハンドルを1分回すだけで、

ラジオを30分聴くことができます。

  

  

また、このラジオ。感度がものすごくいい。

シベリアの放送はもちろんのこと、

遠く極東ウラジオストック、

しいては海を越えて日本の放送までも、

しっかりと受信できる優れものです。

  

 

何しろ、このラジオの発売が決まるや否や、

軍の極秘放送局が、発信方式を根本から変えたぐらいです。

災害時の必需品、

このラジオが、本日乗り合わせたお客様に限り、

1000ルーブルの特別価格で、ご提供させていただきます」

  

 

とジャパネットタカダ並みの滑らかな舌で

口上を続けるのだが、誰も関心を示さないとわかると、

そそくさと次の車両に移ってしまう。

押し売りをすることはない。ニチェボー的な潔さ。

  

 Photo

ラジオ売りが去ると、

次の物売りが待ってましたとばかりに登場する。

消えるボールペン、ハンディーマッサージ機、

幸運を呼ぶ水晶玉(ガラス玉にしか見えないが)

手作りトートバック(これはお婆ちゃんの物売り)等々。

  

 

何も売るものがない者は、

自分の置かれた環境がどれだけ悲惨で、

辛いものかを感情の起伏豊かに話し、物乞いをする。

  

 

次から次へと話し手が現れて自慢の逸品を紹介する様は、

浅草演芸ホールのようであり、苦笑しつつも、

片時も眼を放すことができない。

さらに手品や曲芸があったら良いのに思ってしまうのは、

欲張りすぎか。

  

 

 

まだグジェリに着くには、時間はたっぷりとある。

演芸列車の出し物が途切れることはない。

  

 

(つづく)

1月 9, 2013 海外仕入れ |

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