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2013年1月29日 (火)

グジェリ工場訪問記(6)

  2012_027

 

ようやくグジェリ工場に到着。

グジェリにはソビエト時代の国営工場から

経営を引き継いだもの、

ソビエト崩壊後新たに工場を興したもの、

工芸学校で学び、

その後作家として生計をたてているものなど、

様々なかたちで陶器つくりに携わっており、

名前がとおった工場だけでも11あるという。

 

ただ日本の益子焼や瀬戸焼のように、

中心部に観光客を相手にした土産物センターがあって、

その周囲に工場や工房があるわけではないようだ。

砂埃舞う国道沿いだったり、

原野にぽつりと在ったり、

広いロシアの地に点在している。

  

 

それゆえコブロフさんがグジェリ駅の

次を指定したのもうなずける。

モスクワ近郊なのに、

日本パンフレットにグジェリが掲載していないのも、

その近くにあっても不便な場所ゆえであろう。

  

 

今回、連れて行ってくれたのは、かなり大規模な工場で、

コブロフさんと経営者は旧知の仲。

長身の物腰のやわらかい妙齢の女性経営者である。

  

 

コブロフさんが語るところによると、

もしくは私の語学力が許すかぎりの理解によると、

この工場、ソビエト時代の国営工場を

そのまま引き継いだ前経営者は、

商才に秀でてなかったようで、

すぐに経営難に陥り、前にも後ろにも進めなくなる。

絶望的な状況になか、今の経営者に変わると、

早々に当時の言葉で、ペレストロイカ的改革を旗印に、

ヨーロッパに販路をつくり、製造工程の効率化を徹底し、

見事にV字回復を成し遂げた。

  

 

日本だったら「ガイアの夜明け」に

取り上げられても不思議でない、

凄腕の経営者の顔を持っていたのである。

 2012_058

 

しかし目標のためならば冷徹な判断も辞さない雰囲気も、

眼光の鋭さもなく、至って謙虚。

身長が高いことをのぞけば、

何処にでもいるような普通の女性。

  

 

古今東西、普通を醸し出している女性こそ、

本当は奥行きがあって深いのである。

言葉悪く言えば得体が知れないというべきかもしれない。

普通ほど怖いものはないのである。

 

 

現に「コブロフさんこそ、日本で販売しているなんて、

凄いことじゃない」とやんわりと褒め返している。

  

 

女性から褒められて、木に登らない男性はいない。

コブロフさんの目尻は下がったままである。

数多いグジェリ工場のなかで

一番勢いがあると聞いていただけに、

謙虚という石像でつくられたこの女性に、

グジェリ焼の製作工程だけでなく、

経営についても学べそうである。

  

 

楽しみである。

  

 

(店主YUZO)

1月 29, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月19日 (土)

2013「マトリョーシカの日」展のお知らせ

2013   

お待たせしました。

恒例の企画展、吉祥寺のギャラリー「re:taにl」による

マトリョーシカ展が開催されるはこびとなりました。

 

今回で4回目となるだけあって、

100名以上の日本の作家作品が集合します。

もちろん「木の香」からも

ロシアのマトリョーシカ、雑貨、グッズ、

ウッドバーニング作家の作品も展示します。

 

DMをご希望の方は、下記のフォームで問合せください。

https://kinoka.woodburning.jp/contact/

 

開催は2月初旬になります。

今から待ち遠しいですね。

スタッフ一同、お待ちしてます。 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

日時・2013年2月6日(水)~2月11(月・祝)

    12:00~19:00(最終日は16:00まで)

場所・gallery  re:tail

       〒180-0004

       東京都武蔵野市吉祥寺本町3-12-9

       潤マンション103

ワークショップ

   2月6日(水)・7日(木)

   「革のマトリョーシカ・バックチャーム」制作

   1日20名限定 630円(税込)

 

   2月8日(金)

   「マトリョーシカ3個型」制作

   8名限定  2,625円(税込)

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

1月 19, 2013 | | コメント (0)

2013年1月17日 (木)

グジェリ工場訪問記(5)

2012_024ようやくグジェリの次の駅に到着。

イグナチェボという名の駅で、

300mはあるかと思われる長く伸びたホームに、

真ん中に雨風をしのぐ程度の屋根が少しあるだけで、

ほかには何も無い。

もちろん駅舎などない無人駅。

  

 

この無い無いづくしの寂寥とした土地で、

グジェリがつくられているのかと思うと、

本当に待ち合わせ場所なのかと不安になる。

しかし同じく降車した人々の姿は、

何処を見ても視界に入ることはない。

もしかして地底に暮らしているのか。

何ともキツネにつままれたような話である。

  

「本当に、ここでよいのかな」

チェリパシカ氏がぼそりと呟く。

「とにかくコブロフさんに連絡するより、仕方ないね」

 

 

素晴らしいことに、この荒涼した大地であっても、

携帯電話は圏外になることなく、

しっかりと通じ、3コール目ぐらいで、

いつもと変わらないコブロフさんの明るい声が。

  

 

「駅から教会が見えないかい」

「何も見えない。線路と草原、それに白樺の林が見えるだけ」

「そんなことない。おれはイグナチェボの教会から電話しているんだから」

「どんな教会?」

「とにかく、きれいで美しい教会だよ!!」

  

 

その後、東を見ろ、西を眺めろ、南を拝め、

北を注視しろといった指示の末、

はるか遠く彼方の丘に、教会らしき建物が見えた。

猟師でなければ教会と判別できないだろう

というほどの彼方にあった。

  

 

駅から丘へと通じる道は、舗装されているわけでもなく、

前日に降った雨でぬかるんだ道に、

足を取られないよう、薄氷を踏むように進んでいく。

この時点で、私の頭からグジェリ工場見学は消えている。

というよりも運動会の行進している小学生の気持ちである。

  

 

四苦八苦しながら教会に辿り着くと、

コブロフさんが感慨深げにたたずんでいる。

半年振りの再会である。

いつものように堅い握手をして

お互いが健康であることを確かめ合う。

  

 2012_025

しかし何故、このような人里離れた教会で待ち合わせなのか。

コブロフさんは再び昔を懐かしむように教会の塔を眺める。

  

 

「ここで結婚式を挙げたんだよ」

 

 

その言葉が、私たちにも感慨が伝染して、

じっくりと教会を見た。

  

ロシアの教会というと、

たまねぎ型の塔がそびえる

ウスペンスキー大聖堂的なもの思い浮かべてしまうが

このような素朴なものが地方に行くと至るところにある。

  

 

それら全てが人々の生活に密接した教会であり、

結婚式のみならず、死者を弔うのも、

子どもの洗礼など一手に仕切るのだろう。

  

そう思うとこの教会が、

ウスペンスキー大聖堂よりも荘厳に思え、

信心深い気持ちになるから不思議だ。

 

 

私はまわりに影響を受けやすい方である。

 

(つづく)

1月 17, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月15日 (火)

グジェリ工場訪問記(4)

2012_023   

ところが、である。

 

演芸は昼の部と夜の部の入替時間になったのか、

次の出し物は来なくなり、それどころか前の車両から、

懐中電灯屋が足早に戻り、つづいてボールペン屋、

水晶玉屋、ハンディーマッサージ屋と、

我先にと急ぐように、せかせかと駆け戻ってくる。

 

その姿を見ると、隣の座席で、悠長に世間話をしていた

買い物帰りのおばさんたちも、

幾千匹も苦虫をつぶした風貌をしたおじさんも、

せかせかと手荷物をまとめて、次の車両へ。

 

見渡せば、車内の至るところで、せかせかが伝染し、

席捲し、のんびりとした鉄道の旅を塗り替えていく。

次がターミナル駅で乗り換え時間が短いのか、

もしくは車両の一部で良からぬ事件が起こっているのか。

こちらは独り取り残された不安な気持ちに、

じんわりと苛まれていく。

 

せかせか。せかせか。

 

あの楽しき演芸の時間は何処へ消えてしまったのか。

そして、その理由がわかったのが3分後。

車掌が切符の検札に現れたのである。

もちろん車両に残っているのは、

しっかりと目的地までの切符を手にした人ばかり。

 

私たちのように勝手がわからない旅行者か、

人生の機微を知り尽くして老人しか残っていない。

車掌も、この世の不幸をすべて背負っているという

純ロシア的な表情で、ありがとうのひと言も、

良い旅をと洒落た文句もなく、黙々と切符に判を押す。

2012_022

駅に到着し車窓を見ると、物売り、物乞い、おじさん、

おばさん、痩せた者、太った者といった老若男女が、

検札を終えた車両を目指して、

我先にと駆け抜けていくのがみえた。

 

さながら中距離走のスタートラインの

位置取り合戦のようである。

先ほどの買い物おばさん連中も、

オリンピック標準記録並みの好タイムで走り抜けていく。

 

ちらりと車掌は外に目を向けるが憤りを

表に出すわけでもなく、

ドストエフスキーのごとく真一文字に口を閉ざしたまま。

いつになったら春は来るだろうか。

そう車掌に問いたい気分である。

 

しかしあれほどの乗客に無賃乗車をされて、

ロシア国鉄はやっていけるのだろうか。

車掌を見ていると、

終着駅に辿り着くことだけが私の目的であって、

金を取ることは本来の目的でないと、

背中で伝えているかのようである。

 

ロシアは知性では理解できない。

 

※写真のなかに無線乗車がいます。どの人かな?

(つづく)

1月 15, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月 9日 (水)

グジェリ工場訪問記(3)

  2012_085

また郊外に出た途端に、物売りが車内を賑わすのだが、

物売りといってもキオスクの販売員ではない。

極個人的販売員、移動式フリーマーケット

もしくは流れの行商人と呼ぶのが相応しい物売りで、

あとでわかるのだが、

誰もロシア国鉄の許可を得ていない人ばかり。

  

 

 

  

両手いっぱいに、旅行者用のナップザックに、

使い古した紙袋に、年季の入ったチャイナ袋に、

穴の開いたビニールにくるんで、

それぞれ自慢の一品を手にして車内に現れる。

  

 

  

最初にやって来たのが、三種の機能を備えたラジオ売り。

日本のディスカウントショップでは

980円程度で売っているレベルの、

ふうむと吐息を漏らすしかない商品を、

袋いっぱいに詰め込んだ中年の男。

  

 

  

男はこのラジオが勝負とみて

大量仕入れをしているのか、切羽詰まった眼差しと、

よく通る大きな声で朗々と口上を述べる。

私はロシア語が理解できないゆえ、

擦れ枯らしの感度だけが頼りの、

第六の耳で聞き取った内容を要約すると、こうである。

  

 

  

「本日、この車内に居合わせた皆様、

この偶然の出会いは、やがて喜びへと変わるでしょう。

  

 

私が手にしているのは、災害時に、

たいへんに役に立つラジオです。

皆様も経験があると思いますが、大雪で、停電で、

森林火災で、まったく外部からの情報が遮断され、

電気もなく、電話も通じず、

まったく孤立した状態になったことを。

とくに人里離れたダーチャで過ごしていた時に、

そのような災害にあったら、

まさに命取りになりかねません。

   

 

昨年の森林火災を思い出してください!

2年前の記録的な猛暑を忘れてはいないでしょう!

それに非常事態になっても、

我が国の政府や役人の動きはにぶく、

救急車は天国から使者よりも到着が遅く、

消防車は焼け跡の現場確認だけをして帰ることを。

  

 

そんな状況のなか、唯一助けとなるのがこのラジオです。

悲観することはありません。

まず停電時は懐中電灯になり、真っ暗になった部屋を、

食卓を、リビングを、煌々と照らしてくれます。

停電になっても、いつもと変わらない、

家族団欒のまま食事を楽しむことができるのです。

しかも長持ちする今注目のLED電球です。

  

次に注目していただきたいのは、このハンドル。

このように軽く回せば、簡単に発電が可能です。

使いたいときに電池が切れている、

もしくは買い置きがないといった経験は、

誰もがおありでしょう。そんなときでも大丈夫。

このハンドルを1分回すだけで、

ラジオを30分聴くことができます。

  

  

また、このラジオ。感度がものすごくいい。

シベリアの放送はもちろんのこと、

遠く極東ウラジオストック、

しいては海を越えて日本の放送までも、

しっかりと受信できる優れものです。

  

 

何しろ、このラジオの発売が決まるや否や、

軍の極秘放送局が、発信方式を根本から変えたぐらいです。

災害時の必需品、

このラジオが、本日乗り合わせたお客様に限り、

1000ルーブルの特別価格で、ご提供させていただきます」

  

 

とジャパネットタカダ並みの滑らかな舌で

口上を続けるのだが、誰も関心を示さないとわかると、

そそくさと次の車両に移ってしまう。

押し売りをすることはない。ニチェボー的な潔さ。

  

 Photo

ラジオ売りが去ると、

次の物売りが待ってましたとばかりに登場する。

消えるボールペン、ハンディーマッサージ機、

幸運を呼ぶ水晶玉(ガラス玉にしか見えないが)

手作りトートバック(これはお婆ちゃんの物売り)等々。

  

 

何も売るものがない者は、

自分の置かれた環境がどれだけ悲惨で、

辛いものかを感情の起伏豊かに話し、物乞いをする。

  

 

次から次へと話し手が現れて自慢の逸品を紹介する様は、

浅草演芸ホールのようであり、苦笑しつつも、

片時も眼を放すことができない。

さらに手品や曲芸があったら良いのに思ってしまうのは、

欲張りすぎか。

  

 

 

まだグジェリに着くには、時間はたっぷりとある。

演芸列車の出し物が途切れることはない。

  

 

(つづく)

1月 9, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)

2013年1月 7日 (月)

グジェリ工場訪問記(2)

  2012_005

筆不精な性格ゆえ、

なかなか進展しないロシア仕入れ話であるが、

ここは心機一転、新年に合わせて再開ということに。

先回はグジェリに行く列車に乗るまでで

終わっていたので、その続きから。

  

 

アントン君は大学の講義があるので、

ふたつ先の駅でお別れをし、

それ以後はチェリパシカ氏と私だけに。

とは言っても長距離の旅ではない。

東京から熱海に行くようなものである。

  

 

車内は日本の近郊列車と同じく

ボックスシートが中心になっているが、

座席は公園のベンチのような無愛想なつくりで、

その硬さに早くもうんざりさせられる。

窓ガラスもモスクワ特有の黄色い砂埃が、

前面に張り付いていて、車窓を楽しむというより、

ゼリーの中から景色を見ているような状態。

壁や座席の所々に描かれている落書きも

消されず放置されたまま。

  

目的地までは届けてあげるから、

それ以外のことでは文句を言うなといわんばかりである。

運賃が日本の4分の1ぐらいだけに、

車内設備やサービス向上には、

手が回らないと推測するのは、思い過ごしか。

  

 

ただ昭和40年代に走っていた電車のような

鉄板と板張りでつくられた無骨な車内は、

どこか懐かしい気分にさせてくれるのは事実である。

日本の鉄道が

機能と快適さを重視するデザインに代わって、

旅情というものが無くなったと

お嘆きのオールド乗り鉄の皆様、

これからはロシアの鉄道は注目株ですゾ。

   Photo

   

  

やがて列車はモスクワ市街地を抜け、田園風景へと移り、

白樺と針葉樹からなる森と

黄金色に彩りを変えた草原地帯が、

交互に車窓に映し出されるようになる。

どこまでも続く広大な大地を眺めていると、

漠然とした寂寥感に捉えられ、妙に落ち着かなくなる。

   

  

  

高層ビルに囲まれた都会に暮らし、

郊外に出ても東西南北いずれかに、

山々が連なっている景色が見える日本での生活が、

この360度、

何も視界を遮るものがない風景に慣れていないため、

不安にさせるのだろうか。

  

  

すでに私の意識や眼の記憶には、

島国根性がじんわりと染みついているのだろう。

やれやれ。

  

  

  

 

※車内および風景の写真を撮り忘れたため、

 タンク車とネットで見つけた写真でご勘弁を。

 

 

(つづく)

1月 7, 2013 海外仕入れ | | コメント (0)