グジェリ工場訪問記(5)
ようやくグジェリの次の駅に到着。
イグナチェボという名の駅で、
300mはあるかと思われる長く伸びたホームに、
真ん中に雨風をしのぐ程度の屋根が少しあるだけで、
ほかには何も無い。
もちろん駅舎などない無人駅。
この無い無いづくしの寂寥とした土地で、
グジェリがつくられているのかと思うと、
本当に待ち合わせ場所なのかと不安になる。
しかし同じく降車した人々の姿は、
何処を見ても視界に入ることはない。
もしかして地底に暮らしているのか。
何ともキツネにつままれたような話である。
「本当に、ここでよいのかな」
チェリパシカ氏がぼそりと呟く。
「とにかくコブロフさんに連絡するより、仕方ないね」
素晴らしいことに、この荒涼した大地であっても、
携帯電話は圏外になることなく、
しっかりと通じ、3コール目ぐらいで、
いつもと変わらないコブロフさんの明るい声が。
「駅から教会が見えないかい」
「何も見えない。線路と草原、それに白樺の林が見えるだけ」
「そんなことない。おれはイグナチェボの教会から電話しているんだから」
「どんな教会?」
「とにかく、きれいで美しい教会だよ!!」
その後、東を見ろ、西を眺めろ、南を拝め、
北を注視しろといった指示の末、
はるか遠く彼方の丘に、教会らしき建物が見えた。
猟師でなければ教会と判別できないだろう
というほどの彼方にあった。
駅から丘へと通じる道は、舗装されているわけでもなく、
前日に降った雨でぬかるんだ道に、
足を取られないよう、薄氷を踏むように進んでいく。
この時点で、私の頭からグジェリ工場見学は消えている。
というよりも運動会の行進している小学生の気持ちである。
四苦八苦しながら教会に辿り着くと、
コブロフさんが感慨深げにたたずんでいる。
半年振りの再会である。
いつものように堅い握手をして
お互いが健康であることを確かめ合う。
しかし何故、このような人里離れた教会で待ち合わせなのか。
コブロフさんは再び昔を懐かしむように教会の塔を眺める。
「ここで結婚式を挙げたんだよ」
その言葉が、私たちにも感慨が伝染して、
じっくりと教会を見た。
ロシアの教会というと、
たまねぎ型の塔がそびえる
ウスペンスキー大聖堂的なものを思い浮かべてしまうが
このような素朴なものが地方に行くと至るところにある。
それら全てが人々の生活に密接した教会であり、
結婚式のみならず、死者を弔うのも、
子どもの洗礼など一手に仕切るのだろう。
そう思うとこの教会が、
ウスペンスキー大聖堂よりも荘厳に思え、
信心深い気持ちになるから不思議だ。
私はまわりに影響を受けやすい方である。
(つづく)
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