« グジェリ工場訪問記(3) | トップページ | グジェリ工場訪問記(5) »

2013年1月15日 (火)

グジェリ工場訪問記(4)

2012_023   

ところが、である。

 

演芸は昼の部と夜の部の入替時間になったのか、

次の出し物は来なくなり、それどころか前の車両から、

懐中電灯屋が足早に戻り、つづいてボールペン屋、

水晶玉屋、ハンディーマッサージ屋と、

我先にと急ぐように、せかせかと駆け戻ってくる。

 

その姿を見ると、隣の座席で、悠長に世間話をしていた

買い物帰りのおばさんたちも、

幾千匹も苦虫をつぶした風貌をしたおじさんも、

せかせかと手荷物をまとめて、次の車両へ。

 

見渡せば、車内の至るところで、せかせかが伝染し、

席捲し、のんびりとした鉄道の旅を塗り替えていく。

次がターミナル駅で乗り換え時間が短いのか、

もしくは車両の一部で良からぬ事件が起こっているのか。

こちらは独り取り残された不安な気持ちに、

じんわりと苛まれていく。

 

せかせか。せかせか。

 

あの楽しき演芸の時間は何処へ消えてしまったのか。

そして、その理由がわかったのが3分後。

車掌が切符の検札に現れたのである。

もちろん車両に残っているのは、

しっかりと目的地までの切符を手にした人ばかり。

 

私たちのように勝手がわからない旅行者か、

人生の機微を知り尽くして老人しか残っていない。

車掌も、この世の不幸をすべて背負っているという

純ロシア的な表情で、ありがとうのひと言も、

良い旅をと洒落た文句もなく、黙々と切符に判を押す。

2012_022

駅に到着し車窓を見ると、物売り、物乞い、おじさん、

おばさん、痩せた者、太った者といった老若男女が、

検札を終えた車両を目指して、

我先にと駆け抜けていくのがみえた。

 

さながら中距離走のスタートラインの

位置取り合戦のようである。

先ほどの買い物おばさん連中も、

オリンピック標準記録並みの好タイムで走り抜けていく。

 

ちらりと車掌は外に目を向けるが憤りを

表に出すわけでもなく、

ドストエフスキーのごとく真一文字に口を閉ざしたまま。

いつになったら春は来るだろうか。

そう車掌に問いたい気分である。

 

しかしあれほどの乗客に無賃乗車をされて、

ロシア国鉄はやっていけるのだろうか。

車掌を見ていると、

終着駅に辿り着くことだけが私の目的であって、

金を取ることは本来の目的でないと、

背中で伝えているかのようである。

 

ロシアは知性では理解できない。

 

※写真のなかに無線乗車がいます。どの人かな?

(つづく)

1月 15, 2013 海外仕入れ |

コメント

コメントを書く