スミルノフさんの遺作
いよいよ、ロシア買付けの初日。
気温は13度と幾分か肌寒いが、初日というと
いつも気分が昂揚する。
新しい作家との出会いがあるか、
クリスマスもので目新しいデザインが出ているか、
掘り出し物のバッチはあるかと、あれこれと頭を巡っているうちに、
朝食の時間さえ惜しく感じてしまう。
ああ、この気持ち。日常では味わえない感覚。
これだから何があろうと、買付けはやめられないのである。
まずはチェリパシカ氏と通称チャイナバックを抱えて、
各作家さんの元へ、発注していたものをとりにいく。
ここ数年は年一回の買付けだからと、つい気持ちが昂ぶって
数多く頼んでしまうのだが、目の前にしたときに、
その量の多さと持ったときの重さに驚愕し、
海底の蟹のように後悔するのは、毎度のこと。
さしずめその量は不忍池に泳ぐアヒルのごとく、
その重さは上野動物園のオオアリクイのごとしである。
お客様の喜ぶ顔が見たいから頑張って買付けしていますと、
綺麗事を言うつもりはない。
瘤取り爺さんに出てくる強欲爺さんが、
あれもこれもと欲張るうちに、自分でも背負えないほどの
葛篭を選んでしまった心情に近い。
ちなみに、この日の買付けした量を測ってみると、
60kg以上あった。
マトリョーシカは愛情が篭っているだけに重い。
道理で、チェリパシカ氏も私も、
シェルパーのように無口になるわけである。
しかし今回の買付けでは大きな収穫があった。
昨年惜しくも亡くなったスミルノフさんの作品が見つかったのである。
それが上記の写真。
依頼していたI 君によると、奥様が7個ほど持っていたらしい。
この13個型のお腹の絵は、得意のロシア民話ではなく、
雪遊びしている村の風景になっている。
しかも一番小さなマトリョーシカまで細かく描かれた力作。
今までの作品とは微妙に筆のタッチが違うので、
もしかすると色付けは奥様が行ったのかもしれない。
晩年、細かい手作業がおぼつかなくなった
スミルノフさんを気遣い奥様が引き受けていたのか、
もしくは突然の他界後に、未完成の作品を
奥様が引き継いで完成させたのか。
細部まで、じっと作品を眺めるにつれ、胸が熱くなる。
この作品をつくっている間、
別れの時が静かに近づいていることの知らない二人は、
幸せに包まれながらマトリョーシカを描いていたのだろうか。
そう願わずにいられない。
買付けにも、物語はある。
(つづく)
(店主YUZO)
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