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2012年8月28日 (火)

クワスのその後

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さて、あれからクワスはどうなったのか。

結論を先に言うと、クマが新体操を練習しているような

目を瞠るような劇的な変化はなく、どす黒いまま。

真夏の神田川のようにどんよりとしている。

 

黒く澱んだ飲み物で美味しいのはコーヒーぐらいだが、

自分でつくった手前、進んで味見をしなければならぬ。

苦虫をつぶした顔で、意を決して一気に飲むと、

少し酸味が弱い気がするものの、

ロシアで飲んだときと、ほぼ同じ味。

初めてつくったにしては、上々の出来栄え。

 

少し古いが有森裕子の言葉を借りれば、

自分で自分を褒めてやりたい気にさえなる。

しかし何十年とアルコールで毒されてきた私の舌。

味の善悪についての判断は、かなり鈍っているはず。

 

そこで公平を期するため、何人か試飲してもらったが、

「私、この味、大好き!」

とアキバ風発言をしたのがひとりいただけで、

それ以外は明快なコメントを言わず

「ふうむ」と発しただけである。

 

日本人の発する「ふうむ」は恐い。

《今までに経験しなかった味覚。結構いけるじゃないの!》

という納得の「ふうむ」と

《今までに経験しなかった味覚。しかし日常的に飲み続けるには、少しきついものがあるね》

という疑問を呈する「ふうむ」のふたつのパターンが、

存在しているからだ。

 

誰もが私に気を遣ってか、顔色をひとつ変えることない、

山椒魚のような面持ちなので、どちらとも判断がつかねる。

山椒魚は岩場に幽閉されないかぎり、

顔色ひとつ変えないからね。

 

ただラテン的プラス思考の自分ゆえ、

アキバ風発言をしたのを有効票、

他の発言はすべて白票を投じたと判断し、本議案に対して

私のつくるクワスは美味しいという結論に達したのである。

 

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そして月曜日より、水筒に入れて意気揚々と

会社に持参した次第。

しかも水筒には、野球の全日本ユニフォームを着せて。

何か文句あるかな?

(店主YUZO)

8月 28, 2012 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年8月25日 (土)

ロシアの夏はクワスにあり(2)

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さて人生初のクワスつくりに挑戦。

ブランド名は「ノルディっク」。

このパッケージを見ると、

自家製ビールのキットと間違われても仕方あるまい。

この佇まいがクワスなのである。

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さてパッケージを開けてみると、

水飴だかタールだかわからない黒くてネバネバしたものと、

葛根湯のような薄茶色の顆粒状のものが入っていて、

それ以外に何もない。箱を振っても何も出ず。

これが3個づつ入っていて、ひとつのパッケージで3Lできるらしい。

 

さて、つくり方。

箱の裏側に手順が載っているが、言語は英語、ロシア語、

エストニア語、ウクライナ語。

当然とはいえ日本語はないどころか、漢字さえ見当たらない。

もちろん現在、習っているロシア語レベルでは

知っている単語は5個程度。

英語に頼るしかないのだが、数字しかわからないトホホな状態。

若い頃に英語をちゃんと勉強しておけばなぁと、

ここでも後悔が後に立つ。

 

ただ初心者にも優しい簡単なイラストがあるので、

それを参考にして、というよりも唯一の頼れる情報として活用。

 

 

さてイラストからの手順。

というよりもクワスの神様からの手紙というべきイラストによる、

以下のとおり手順をふめた美味しいクワスが出来るそうだ。

 

①2.5~3Lの水を40℃に温める。

②クワスの元(黒水飴)をお湯に溶かす。

③よく混ざったところで、砂糖を20DL入れる。

※砂糖200gと書いていないのが不安なところ。

  ロシアでは砂糖や塩など分量はリットル表記なのか?

④もうひとつのクワスの元(葛根湯もどき)を入れる。

⑤鍋のふたを半分開けたままにし24時間待つ。

※醗酵させているので、密封しないように。

  密封する圧力で鍋のふたが吹っ飛びます!

⑥醗酵が落ち着いたところで壜に小分けして、さらに24時間。

 

この手順に従って完成したのが下記の写真。

上記パッケージの写真と見比べてください。

まだ24時間しか経過していないのを考慮しても、

かなり色が黒いと思うのだが。

 

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あと24時間あるのだよと言い聞かせて、自らを納得させる。

飲み頃には、黄金色に輝くクワスに変化するはず。

変化をするのがクワスのクワスたる所以。

それに原料の黒パンも黒いものほど味が濃いというしネ。

うん。うん。わかっている。わかっている。

劇的な変化を好むロシアの特長だしネ。

 

・・・・・解禁日は土曜日の夜。

(店主YUZO)

 

8月 25, 2012 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年8月24日 (金)

ロシアの夏はクワスにあり(1)

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8月も終わりに近づいているのに、まだ夏は去らぬ。

太陽は天空でどっかりと腰をおろして、

残暑がきついと音を上げている人間を嘲笑っているかのようである。

 

毎年、天気予報では何十年ぶりの猛暑だの、

観測史上初めての数値だの、夏には様々な形容句がついて、

その年の異例の暑さを表現するが、毎年続いてしまうと、

もう異常気象という言葉に耳が慣れてしまって、心に響かない。

時候の挨拶になってしまっている。

 

 

さて日本で夏の涼をとる飲み物の代表といえば麦茶。

ロシアではクワスである。

黒パンを醗酵させた飲み物で、色合いはコーラや黒ビールに

似ているものの、味はまったく異なる。

似たような味の飲み物が日本ではないので説明しにくいが

黒ビールの炭酸とアルコールが抜けた麦茶の親戚とでも言おうか。

 

それほど甘くもなく、少し酸味があるので、

夏の水分補給にぴったりの飲み物である。

夏のロシアでもっとも愛されている飲み物。それがクワスである。

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このクワス、夏になると街角に移動販売の車がやってきて、

冷たいものを気軽に飲むことができる。

だいたい一杯が100円程度。

チェリパシカ氏によると、

ボルシチ同様にクワスも様々な味があるという。

醗酵を徹底させて酸味をきかせたもの、甘く味付けされたもの、

横須賀の海のようにどす黒いもの、黄金色に輝くもの、

そらにモスクワと極東地域でも異なるらしい。

 

私はロシアに仕入れに行った際、昼はクワス、夜はビール

という麦三昧の暮らしをしていて、

このクワスもしくはビールが

美味しく感じてたくさんの量を飲めるかが、

体調のバロメータになっている。

 

ということで先日、

家庭でも簡単につくれるクワスセットを買ったのを思い出し、

ホームメイド・クワスに挑戦してみた。

なぜ急にクワスつくりを思い立ったか?

登山家が「そこに山があるからだと」と口にするのと同様、

「そこに夏があるからだ」もしくは

「クワスが私を呼んでいるからだ」と声を大にして言いたい。

 

というののも先日、とある有名ロシア料理に行った時、

クワスは置いていませんと涼しい顔で言われたからである。

だいたいクワスのないロシア料理屋なんて、

卵焼きがない寿司屋ぐらいのショックな出来事なのだ。

そこのところ、よろしくである。

(つづく)

8月 24, 2012 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年8月21日 (火)

オリンピック閉会式・雑考

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早いもので感動と熱気に包まれたロンドンオリンピックから

10日以上が過ぎてしまった。

前回の北京は、国の威信をかけた国家事業を強く印象づけたが、

今回は純粋なスポーツの祭典の風を感じたのは、私だけだろうか。

 

閉会式も大掛かりな仕掛けはなく、イギリスの音楽史50年と

銘打ったステージは、ミュージカル仕立てでありながら、

一筋縄ではいかないシュールで狂気を秘めた笑いを届けてくれ、

やはりモンティ・パイソンの国なんだなと呟いてしまった。

 

大砲の弾となって空高く飛ぶ男の寸劇、

奇妙な衣装をまとった人々が出てくるサイケデリックなバス、

高級車が大きな蛸になるや、その中心で嬉々として演奏するDJ。

実に奇妙、奇天烈、奇抜、滅裂なステージが繰り広げられて、

飽くことがない。

日本では、こんなナンセンスなステージ構成は無理だろう。

 

そして、ふと思ったのは、

60年代にビートルズが制作した映画『マジカル・ミステリー・ツアー』は、

この閉会式の着想やアイデアは同根にあるのではないかということ。

この映画は当時、酷評さけたらしいけれども、

ストーリーを追わずに、ビートルズの奇想天外な発想に主眼をおけば

この閉会式同様に、イギリス的な笑いを十分に楽しめるのでは。

 

ほかに閉会式での驚きを記すと、

まだまだマッドネスが現役のバンドだったという事実。

日本ではホンダのCMで一躍有名になり、悪く言えば一発屋と

いう扱いに近いバンドなんだけれども、本国イギリスでの人気は

別格のようで、出てくるなりの大歓声には唖然とした。

 

さらにキンクスのレイ・ディビスが

「Waterloo sunset」を歌ったのには感激。

ロンドンの街並みや風景、中産階級の生活をテーマに

シニカルに、皮肉たっぷりに歌いつつも、

誰よりもイギリスを愛しているミュージシャンである。

この選出にはイギリスIOCに金メダルを授けたいと思ったのは

私だけだろうか。

 

そして大トリは、大御所ザ・フー。

ザ・フーを知らない人に簡単に説明すると、

もっともエキサイティングなライヴをすると評されたバントで、

モンタレー、ウッドストックというロック史に燦然と残る

フェスティバルに参加して伝説を残し、

その間にロックオペラを制作したり、リーダーの

ピート・タウンゼントは小説を執筆したりと、

狂気と創造が混沌と同居したバンドである。

 

全盛期のアクションは観られなかったものの、

まだまだ死ぬまでロックし続けるぜという

生き様がダイレクトに伝わってくる。

 

そして放送終了間際、「My generation」を

始めたのが、はっきりと聴こえた。

激動のロンドンといわれた60年代半ばに、

「このまま年をとるぐらいならば、死にたいぜ」

と高らかに歌った名曲である。

この曲を発表した当時のメンバーの二人は、もう他界している。

そして残された、すでに60歳を越えた二人が

決して手を抜くことなく楽しみながら演奏している。

I hope I die before I get old

 

この歌詞を歌う時、

残った二人の頭の中に何が思い浮かんでいるのだろう。 

 

もちろん何事もひとつのことをやり続けることが肝心などと、

訳知り顔で人生を語るつもりはない。

(店主YUZO)

8月 21, 2012 店主のつぶやき | | コメント (0)

2012年8月19日 (日)

戦争を語り継ぐということ(3)

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今日は戦争を語り継ぐことについて、体験者の声に耳を傾ける

という「個」の視点ではなく、国家という「集団」の記憶として、

どう受け継げられているのかを考えてみたい。

と、大上段に構えたところで、所詮私の考察。

サルがリリアンを編むようなもの。

破れかぶれの結果になってしまうことをお許し願いたい。

 

藤原帰一『戦争を記憶する』(講談社現代新書)。

第二次世界大戦の記憶が、

勝戦国と敗戦国、侵略された側と侵略した側では、

同じ平和を希求する立場であっても解釈が異なることに着目し、

そのことが時によって歴史の修正だと相手を非難する一因に

なっているのではと論じている。

とくにアジア諸国では、

日本や諸外国に占領、または植民地化された苦難と、

その苦難から解放されて独立を勝ち取った歓喜が重なり、

先の戦争の解釈は、さらに複雑である。

 

そのことについてアメリカのスミソニアン博物館と

広島の原爆資料館を象徴的な例として取り上げている。

 

広島は絶対平和と核なき世界を切望をすることを主として、

原爆という度を越えた殺戮兵器を投下したアメリカを

断罪した展示はない。

それゆえ今回の広島市長の答辞でも、

福島の原発事故を憂い、被爆した住民や

汚染された土地にいて同情の念を述べたのだろう。

広島にとっては、多くの市民が巻き添えになる原爆や

何世代にも渡って苦しみを強いられる核は、

絶対悪で、いかなる大義もないのである。

 

一方、スミソニアン博物館は、ナチスのホロコーストの

残虐性や非人道性を膨大な資料で提示し、

その絶対悪に立ち向かったアメリカ市民の勇気を賞賛し、

あれは正義の戦争であったことを示している。

私はスミソニアン博物館を実際に観たことはないので、

それがすべてであると断定することは控えたい。

ただ以前読んだベトナム戦争やイラク侵攻に従事した

兵士の証言集では、

両者とも戦争について非難しているものの、

ベトナム戦争は共産主義から守るため、

イラク侵攻はテロリスト支援国家を殲滅させるためという

言葉が多く見られた。

大義があれば、正しい戦争はありうるという思考が、

根底に流れている気がする。

 

その違いを戦争に負けた側、勝った側の

ちがいと決めるのは簡単だが、

この戦争が次世代にどう影響を及ぼすのか、

百年千年といった単位の民族間の

絶対的な断絶や憤怒につながらないか、

絶対平和を世界が手中におさめることを望むならば、

そのような観点からも戦争を問うべきではないだろうか。

 

著者は「集団」による戦争解釈、記憶の構築が、

ともすれば強烈な「ナショナリズム」を生む原因となりうると、

指摘しているものの、理想とすべきものは示していない。

ただこの本を以下の文でしめている。

 

「沖縄南部につくられた慰霊碑である。名前ばかり記された石が並ぶこの慰霊碑には、ベトナム戦争の記念碑より一歩進んでいて、日本人、朝鮮・韓国人、アメリカ人、または軍人・市民を問わず、沖縄戦の死者の名前が、わかる限りすべて刻まれている。

死ぬ必要がなかった人々の、一人ひとりへの追悼が、ここにある。虚飾を取り払った後に、残された戦争の記憶が、ここにある」

 

(店主YUZO)

 

 

8月 19, 2012 店主のつぶやきブックレビュー | | コメント (0)

2012年8月17日 (金)

戦争を語り継ぐということ(2)

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戦争を語り継ぐことが年々難しくなっていることは、

反面長きに渡って日本が参戦せずに済んだ

嬉しい代償というべきかもしれない。

市民生活レベルでは、着実に日本国憲法が掲げる

平和理念が根付いている表れである。

 

20世紀最大の負の遺産、第二次世界大戦以降も、

世界のどこかで戦争、紛争、内戦、軍事介入が行われ、

地球上のあらゆる国と地域が、安らかに眠りにつける日は、

一日としてなかった。

アメリカにいたっては、自国の若者を一度たりとも、

我が家のベッドで心行くまで休ませてあけたいと

思ったことさえないのではなかろうか。

 

その平安な眠りを日本は67年もの間貪っていたと、

自虐的に語る人がいるが、

別に現実逃避をして安穏と過ごしていたわけではない。

時代の転換を迫られた時、その都度、

数ある選択肢のなかから、もっとも相応しいものを選んだり、

死守し続けたりした結果、この安らかな眠りを得ているのである。

 

敗戦で焦土化した国を目の当たりして、

もう二度とこの惨事を繰り返すまいと強く願う国民の英知が、

つねに働いていたからである。

 

アレン・ネルソン『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか』(講談社)

この本はベトナム帰還兵の著者が、

戦争の本質とは何か、戦場とはいかなる場所か、

ということを体験を通じて語られた講演録である。

そこには平和を切に願う、戦争のない世界への希求がある。

 

貧困ゆえ家族の生活を少しでも楽にさせようと入隊を志願し、

海兵で過酷な訓練を受け、ベトナム最前線へ送られる。

最初の殺人は言葉にできない嘔吐に襲われたが、

戦地での生活が長くなるにつれ、人を殺すことに何も感じなくなり、

殺人マシーンへと成り果てていく。

シンプルに語られる言葉は、

目の前に戦場が広がっているように生々しい。

 

その著者が人間としての感情を取り戻せたのは、

ある戦場の村で偶然にも出産を目撃したからだと語る。

その瞬間、生命誕生の神秘さ、命の尊さに打ち震え、

自分の戦地での行為が、非道で残忍なものだったか痛感する。

 

以後、戦場から早く逃れたいと考え、

前線から離れることを希望し、帰国の途に着く。

しかし除隊すればホームレス生活になり、

戦争による精神的後遺症に悩むことになる。

その後、著者はカウンセラーに恵まれ、精神障害を克服し、

家族や友人の助けもあって戦争体験の語り手として、

ひとりの平和を願う人間として、アメリカや日本各地を回って

戦争の愚かさを説いている。

 

この本は、私のような擦れ枯らしの年代よりも、

想像力が豊かな若い世代に読んでもらいたい。

戦争の本質や現実を深く考えた上で、

この国が歩むべき道を選んでもらいたいと願うからである。

(店主YUZO)

8月 17, 2012 店主のつぶやきブックレビュー | | コメント (0)

2012年8月15日 (水)

戦争を語り継ぐということ(1)

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終戦を迎えてから67年が過ぎた。

この時期、テレビや新聞では特集を組み、

あの戦争は何だったのだろうかと、

改めて問いかけて、平和の尊さを再認識させてくれる。

ただし、ここ10年言われて続けているのは、

戦争体験をされた世代の多くが、天へと旅立たれていくにつれ、

戦争の悲惨さをどう語り継ついでいくべきかという

問題に直面していることである。

 

政治が数の論理で反動的な方向へと舵取りがなされると、

戦争体験者は再び同じ道を歩むのではないかと危惧し、

戦争を知らない世代は、国際貢献として、

もしくは集団的自衛権の名の下に

正式に軍隊を保持して良いのではないかと、漠然と思う。

 

そういう私も戦争を知らない世代。

戦争はいかなる理由があろうとも断固拒否という立場なのだが、

もし戦争について討論があった場合、

曖昧な理由と論法でしか反戦を語れない。

もっとも正しい戦争という名の下(湾岸戦争、NATO軍空爆など)

での武力行使を認める人も、国際協調のためという、

世界における日本の立場からの意見であって、

戦争の本質を説いての意見ではない。

 

戦争を知らない世代同士が、

戦争に対して貧弱なイメージしか持ち合わせないままに、

非武装中立、正戦、反戦、平和国家、国際社会、自立国家

といった言葉で巧みにお互いの意見を主張したところで、

所詮、机上の空論を越えていないのではなかろうか。

 

もう一度、戦争とはいかなるものなのだろうかと、真摯に向き合い、

様々な視点から見つめ直して、様々な考察を組み立てた上で、

本質から迫ったほうがよいのではないか。

いざ戦争が始まれば、悠長に平和について論じる機会は

失われてしまうのである。

 

下嶋哲朗『平和は「退屈」ですか?』(岩波書店)。

この本は沖縄の元ひめゆり学徒が、

高校生と大学生に戦争の無慈悲さを伝え、

さらに戦争体験のない世代が同世代に対して、

いかに戦争体験を語るのかという難題にチャレンジした記録である。

 

この本が示すかぎり、

戦争を知らない世代が戦争について語ることは、

決して不可能なことではない。

戦争の記憶がないことで、逆に想像が羽ばたきはじめる。

人には想像という、誰も殺すことのない武器があるのだ。

(店主YUZO)

8月 15, 2012 店主のつぶやきブックレビュー | | コメント (0)

2012年8月10日 (金)

西誠人「愛しの猫たち」展

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私の木彫の師匠、人生の師というのもおこがましいのですが、

西誠人さんの作品展が伊勢丹新宿本館5階で開催されます。

 

最近の作風は、落語を題材にしたものが多いのですが、

最近は様々な切り口で、良い意味で期待を裏切る

斬新な作品を発表しているだけに、

今回も何が飛び出すかは想像もつきません。

 

しかもDMには、

「~会期中に愛猫家の方たちからのご注文(立体肖像)もお受けいたします」

と今までになかった受注制作も。

 

伊勢丹新宿本館近くには、レコード好きの聖地、

『ディスク・ユニオン』があるので、

愛猫家、かつレコード好きの方は、

是非とも行かれてはいかがでしょうか。

絶対に損はしない展示会だと思います。

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

場所・伊勢丹新宿本館5階 アートギャラリー

期間・8月22日(水)~27日(月)  10時30分~20時

作家来場日・22日(水)~25日(土)  27日(月)

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

(店主YUZO)

8月 10, 2012 展示会情報 | | コメント (0)

2012年8月 6日 (月)

第2回「ささえあうものをつくる手」展、ご協力ありがとうございました

Illust1764_thumb  

チャリティー展、無事に終わることができました。

大切な作品を提供していただいた作家の皆様、

土曜日の音楽イベントに参加いただいた方々、

本当にありがとうございました。

 

昨年とはちがったアットホームな展示会になり、

主催者としては、たいへん満足しています。

「絆」という言葉というより、「出会い」というのを

強く感じずにはいられなかった展示会でした。

作品や音楽を通じて仲間の輪が広がったことに、

たいへん嬉しく思います。

  

来年も開催する予定ですので、(7月26日、27日)

ぜひともご協力をお願いいたします。

 

また売上金額、展示の様子についきましては

後日報告させていただきます。

 

本当にご協力ありがとうございました!!

 

PS・せっかく作品を出品していただいたのに、

作品紹介が十分にできなくて、たいへん申し訳ありませんでした。

8月 6, 2012 展示会情報 | | コメント (0)

2012年8月 2日 (木)

チャリティー出展品の紹介・PART3

 

さてさて、チャリティー展の出品作品の紹介も3回目。

開催日まで、残り2日となりました。

さらにここだけの話ですが、明日はプレオープンということで、

17時から20時までの3時間営業いたします。

仕事帰りに、ぜひお越しください。

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上記の作品は、手づくりふくろう絵工房さんの作品です。

寄り添うふくろう親子の姿に癒されます。

いろいろな壁掛けのふくろう絵を出品していただきました。

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こちらはホリエクラフトのヒノキの宝石です。

ヒノキに微粒子のステインを沁み込ませたあと

ウレタンニスで磨いた作品は、木目も鮮やかで、

まさにヒノキの宝石です。

ペンダント、イヤリング、ネクタイピン、ブローチなどがあのます。

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こちらは埼玉県在住の佐藤さんの昔懐かしいお手玉セットです。

可愛い巾着に5個入っています。

昨年もお手玉を出品されて、すぐに売切れてしまった

人気の作品になります。

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こちらは神奈川県在住の小林さんの作品。

昨年の第1回は、一番多くの作品提供していだきました。

今年もウッドバーニング作品を中心に、

バレッタ、ブローチ、ボタン、鍋敷きなど、

たくさんの作品を出品していただきました。

 

会場の発行東京営業所は、

昭和通りまで出ればわかるのですが、

出口を間違えますと、位置関係がわからずに迷う方が

結構おられます。

1回のエレベータホールにDMと同じデザインのポスターを

貼っておきます。

 

地図の詳細は下記のHPに載っています。

http://www.hakko.com/japan/news/120712.html

8月 2, 2012 展示会情報 | | コメント (0)

2012年8月 1日 (水)

チャリティー出展品の紹介・PART2

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今日もチャリティーの出展作品を紹介します。

 

 

上記は茨城在住の神子田さんの作品です。

折りたたみのエコパックにポーチは、実用的でありながら

可愛らしさもしっかりキープ。

優しい心遣いが嬉しいです。

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そごう教室でウッドバーニングの講師をされている

八木さんも参加されました。

ウッドバーニング作品だけではなく、

布作品も出品していただきました。

黒猫と白猫が仲良く籠の中で並んでいます。

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以前、白光㈱で一緒に仕事をしていた川上さん(旧姓・安池さん)

は昨年と同様にファブリックボードを出品していただきました。

南国ムード満点の絵柄で、この夏が涼しい気分になりそうです。

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こちらは、そごう千葉店では隣のお店。

革手芸の専門店『革楽屋』さんの作品です。

手縫いのコインパースは耐久性は抜群で、

使い込むほどに味わい深い色合いになってきます。

 

 

チャリティー展の詳細は下記HPになります。

4日の10:00から始まります。

今年は電子工作、ステンドグラスと

体験コーナーも充実していますよ。

http://www.hakko.com/japan/news/120712.html

8月 1, 2012 | | コメント (0)