瑞々しきモスクワ留学
今日はモスクワ留学記、渡辺瑞枝著
『ファンタスティック。モスクワ留学』(第三書館)の紹介。
以前に紹介した『零下20度でアイスクリーム』と同じく
1990年代の留学記だが、大学職員の役所的紋切り型の対応、
必要書類の提出の煩雑さは両本ともに通じるが、
全体に漂うモスクワの空気、学生たちの雰囲気が、決定的に異なる。
『零下20度~』はソビエト連邦崩壊直前の留学、
こちらは新生ロシアに変わってからということが要因になっているのだろう。
共産主義体制から解放されて、
自由を満喫できる土壌ができたからという単純図式ではない。
これから自分なりの価値観をどこに置くべきか、
ロシア人としてのアイデンティティは
何なのかと手探りしているようにさえ感じられる。
店頭にパンが無いことを、国の体制が悪いと不満を言えば済んだ時代と、
店頭にパンが並んでいても買えないことに悩まなければ時代の違いというべきか。
あまり例として適切ではないが。
著者はモスクワ大学ジャーナリズム部に籍を置き、
学生に意識調査のアンケートを試みたり、
新聞社にインタビューに出向いたりと精力的に活動をする。
その行動力には、ただただ敬服するのみ。
その大手メディアではできないアンケートの結果は、学生対象だけに、
新しい国の体制に素早く順応しているものの、
決して物質的価値のみに自分の基準を合わせず、
「ジャーナリストの使命は市民に信頼できる情報を届け、社会の国家に対する監視機能を実現すること」、
「人々、社会、政府の間に立つ仲介者かつ、信頼できる確実な情報提供者になりたい。世論形成の手助けをしたい」といった回答が目立った。
新しい国を健全な方向へと導いていきたいという希望が感じられる。
また巻末にイズベチア紙に掲載された
「ロシア人の思考傾向は非経済的」という記事の翻訳が載っている。
ロシア国民の非生産的な経済活動を非難しているまではなく、
むしろ「可能性の平等な社会」を望むがゆえ、
安直な国営企業の民営化に対して、
国民の多数が違和感あるという記事である。
政治というのは国家体制の維持のため、
もしくは一部の特権階級が利潤を享受するために、
言葉巧みに国の財産を売却したり、解体したりすることがある。
それに対しての警告である。
国の体制が180度転換しても、
しっかりとそのような動きに対して
異議申し立てを行うジャーナリズム、しいては
ロシア国民は、私たちよりも健全だと思わずにはいられない。
と、お堅い物腰で書いてしまったが、
この本自体はロシア留学を考えている人にお勧めですヨ。
(店主YUZO)
6月 24, 2012 ブックレビュー | Permalink
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