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2012年6月28日 (木)

かっこ悪くても生きなければならないだろう

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熱心なファンというのではないのだが、

日頃から言動や行動が気になるひとがいる。

道しるべのような存在。

 

日々の泡に揉まれているうちに、厭らしさ、卑しさ、見栄やら、

欲望やらに、どっぷりと骨の髄まで浸かってしまうと、

このような生活は果たして望んでいたものかと、

反省どころか懺悔にも似た気持ちに苛まれることがある。

私がこの世からいなくなっても地球は廻り続けるし、

世界が大混乱に陥ることもない。

 

それなのに何か理由をつけては進もうとしない。続けようとしない。

しっかりと腰をすえて自分が本望とすることに、脇目もふらずに

注力すべきだとおもうのだが。

そう簡単にいかないのが、私の人生のようである。

 

早川義夫『たましいの場所』(晶文社刊)。

題名からすると偉大な得のある僧侶の説教本のように思われるが、

若い頃は先鋭のミュージシャン、それから町の本屋さんに転向して、

その店を諸事情で閉じると、再び音楽活動を始めた人。

再開までには30年近い月日が流れている。

 

しかし鉄の信念を抱いた人というわけでなく、

着飾らない純粋な言葉で歌うことは、

とても恥ずかしいことけれども、この心の奥に潜んでいる気持ちを

表すのには笑われても仕方ないと、ぼんやりと考えている人である。

 

この本で書かれている言葉は、至ってシンプル。

ゆえに、いつの間にか失ってしまったことに気がつかせてくれる。

 

「芸術は感動するものである。感動しないものは芸術ではない。それは、音楽も、仕事も、人間も、恋愛も、何でもそうだ。人を感動させて、はじめてそのものになれるのだ。感動しないものは、なにものでもない」

「今、輝くことができれば、過去も輝くことができる。僕たちは、過去に生きているのではない。今を生きているのだ」

「本当の評論は、人のことより、自分のことを書く。自分がいったい何者かを書く。なぜそれに感動したのか。感動はどこからやってくるのか。なぜそれに感動しないのか。自分の心を書く」

 

デビューアルバムの題名に

『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』

と23歳でつける人である。

ゆるやかで純粋な創作姿勢は、まったく変わっていない。

その姿勢が、自分の座標軸を失いかけたときに勇気付けられる。

稀有で大切な存在である。

(店主YUZO)

6月 28, 2012 ブックレビュー |

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