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2012年6月19日 (火)

亡命するならヴェネツィアへ

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ヨシフ・ブロツキーというロシアの亡命作家が書いた

『ヴェネツィア』(集英社刊)を読んだ。

ブロツキーは亡命先のアメリカでも創作活動を続け、

87年にはノーベル文学賞を受賞している

輝かしい経歴の持ち主なのだが、

ノーベル文学界にも疎い私は、この本が初読。

 

作家はアメリカ亡命後、毎年のようにヴェネツィアを訪れて、

千年一日の街並み、静かな喧騒、やわらかな水の流れ、

熟れた陽差し、語りかけるゴンドラなどが、

網膜や鼓膜に焼き付いてしまうぐらい好んでいたようで、

それゆえ愛憎にも似た思いを綴っている。

 

ではこの小説、どんな物語なのかというと、

はっきりとした筋立てはない。

 

遠い昔、夏休みの課題図書として読んだ、もしくは読まされた

リルケ「マルテの手記」や太宰治「晩年」といった作品と

同系列といって差し支えない。

つまり文学的な、あまりにも文学的な作品なのである。

 

物語がないゆえ、大河ドラマやサスペンスに毒された

現代人には、この種の本はきついものがあるが、

逆に、開いた頁から読んで、好きな文脈を見つける

という楽しみがあるのも事実。

 

それでは個人的に印象に残った文を紹介。

「有限を知るものだけが、永遠を認識できるのだから」

 

「結局のところ全能の神のように、ぼくらはすべてのものを自分自身のイメージで造りあげる。もっと他に信頼できるお手本がないからだ」

 

「なぜなら美は目が休息する場所だからだ。(中略)そして美学の一番の道具である目は、完全に自立している。そしてその目よりさらに自立しているのが涙である」

 

「愛というのは無我の感情で、一方通行なのだ。だからこそ町や建築そのもの、音楽や過去の詩人を愛することができるし、そして特別な気質の人にとっては、神も愛の対象になりうる」

 

さすがにノーベル賞作家の言葉は深い。

 

この作家、アメリカに亡命したのに、何ゆえヴェネツィアに

恋焦がれたのだろうと、ふと思い立ち、生誕地を調べてみた。

レニングラード(現サンクトペテルブルク)。

この街はピョートル大帝がパリに憧れて建都した庭園都市。

無数の運河がひかれて水の都の赴きもある。

 

ブロツキーは水上都市ヴェネツィアに、生まれ故郷の安らぎを

重ね合わせていたのだろうか。

(店主YUZO)

6月 19, 2012 ブックレビュー |

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