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2012年4月 2日 (月)

プロ野球を愛するすべての人に

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いよいよプロ野球開幕。

以前はこの日が来るのを心待ちにしていたが、

今はそれほどの熱い気持ちはない。

年々減少する観客動員数に歯止めをかけるために、

セパ交流戦やクライマックスシリーズができたりと、

優勝までの条件が複雑になったせいかもしれない。

 

また球場まで足を運んで見たいと思う選手が、

どんどんアメリカに渡ってしまうのも一因にある。

とにかく勝負事は勝ち負けが明白で単純でなければ面白くない。

そして個性的な選手がいないと、見世物として魅力がない。

 

さて何故プロ野球の話をしたかというと、

ナターシャ・スタルヒン「ロシアから来たエース」を読んだからである。

スタルヒンといえば、プロ野球創成期に大活躍した伝説の投手。

名前からしてロシア系の人物ではと推測できるが、

どのような素性なのか本当のところは知られていない。

前も後ろも闇なのである。

 

この本によると、ロシア革命時、裕福な家庭だったスタルヒン家は、

迫り来るプロレタリア革命の荒波を恐れて、

財産を捨てて着の身着のままに日本に亡命する。

亡命先は北海道旭川。

その地で野球を覚えると、旭川にスタルヒンありと騒がれ、

その噂は東京にまで届く。

折しも球団を創設したばかりの巨人軍の球団社長の耳にまで

その噂が入り獲得に乗り出す。

入団までは紆余曲折あったものの、

巨人に入団してからは、まさにエース級の活躍で、

日本を代表する投手に成長、プロ野球初の300勝を達成する。

 

と書き進めると、日本人好みの立身出世物語に思われるが、

そんな人生が単純に栄光に向かって進むわけがない。

 

実の娘である著者は、日本国籍を希望しても

取得できない障壁に悩む姿と、

つねに“外人”として扱われる日本独特の

差別や疎外を描き出している。

とくに戦時中は肋膜炎に臥して生活は困窮極め、

しかも特高警察の監視下におかれた厳しい状況を綴っている。

 

結局、スタルヒンは日本国籍を取得することはなかった。

そして交通事故を起こし、40歳という若さで生涯を閉じる。

プロ野球を引退してから2年後である。

 

著者は巻頭で

「父にとって野球生活以外はなかったも同然だった。野球の生命が終わったと同時に、自分の生命も姿もこの世から完全に消えてしまったのである」

と綴っているが、果たしてそうなのだろうか。

 

その根にあるのは孤独や愛憎といった様々な感情が、

絡み合った挙句の無念の死という気がしてならない。

 

輝かしい記録を打ち立てながらも、あまり語られることのない大投手。

華々しいプロ野球の舞台に射し込む光と闇。

その闇の声に耳を傾けてはいかがだろうか。

(店主YUZO)

4月 2, 2012 店主のつぶやきブックレビュー |

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