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2012年3月 5日 (月)

マトリョーシカの国際デビュー年

 

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マトリョーシカが国際デビューを果たした1900年の

パリ万博とはいかなる祭典だったのだろう。

ついマトリョーシカはパリ万博で銅メダルをとり、

それ以後ロシアを代表する人形になったのですと、

安易に語ってしまうものの、実際に見学したわけでもないし、

その様子を伝え聞いたわけでもない。

ロシア工芸を扱う者にとって、

マトリョーナの名前同様に、気になるところである。

 

ただパリ万博の翌年は20世紀。

新しい世紀にむけて希望と博愛に輝いた

祭典だったのだろうと想像できる。

 

動く歩道やエッフェル塔にエレベータが設置されて、

開催国のフランスは

「フランスの美術100展」と題した美術展が開き、

開催国の威信をかけ、新世紀を夢見る人々が4700万人来場した

まさに19世紀の最後を飾るに相応しい一大イベントだったのである。

 

日本は日清戦争と日露戦争の狭間の年。

日本も西洋列強に追いつけ、追い越せと鼻息も荒く、

法隆寺金堂を模した建物に、御物や古美術品を並べて、

日本の芸術の質の高さを紹介している。

その熱意もあってか、大橋翠石という日本画家の

『猛虎の図』という作品が、優勝金牌を受賞している。

 

その華やかな舞台で、素朴な入れ子人形のマトリョーシカが

注目を浴びたというのも不思議な気がするが、

きっと開いても開いても次々と出てくる人形に、

人々は目を細めて、子供に戻って無邪気に楽しんだのではと思う。

 

この万博で希望した20世紀は、人々の想いとは正反対の

戦争の世紀になってしまった。

万博の活気は、その予感さえない蜜月の時間だったのだろう。

 

それを思うと、マトリョーシカは平和の使いと言えなくもない。

※写真はパリ万博のポスター。さすがにお洒落~♪

(店主YUZO)

 

 

3月 5, 2012 店主のつぶやき |

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