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2012年2月20日 (月)

エレナ・ジョリー聞き書き「カラシニコフ自伝」

  

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「マトリョーシカの国2012」が終わり、

祭のあとの空虚感にも似た欠落した気持ちにおそわれている。

心のなかを隙間風が吹き抜けているかのようである。

こういうときの休日は何処にも行かず、

家で本を読むのにかぎる。

 

というわけで「カラシニコフ自伝」。

カラシニコフといえば世界一有名な、

もしくは最も使用されている銃を開発した設計者である。

アフガニスタンや中東の兵士たちが手にしているのを、

テレビで目にした方も多いだろう。

 

砂漠の灼熱の大地だろうと、

鬱蒼としたジャングルに点在する沼地だろうと、

故障することのないタフな銃で、

現在に通じる銃器の基礎をきずいた

設計の父という存在である。

 

ただ銃器の開発は国家機密であり、

その所在すら明らかにされていない人物。

その謎に包まれた人物が、ソビエト崩壊後

陽の当たる場所に出て、半生を語ったのが本作である。

 

こう書き進めていくと、人を殺す冷徹な武器についての

開発苦労話に終始している内容と思われそうだが、

大戦から現在にいたるロシア人の生活や習慣も

多く語られていて、それを知るだけでも興味深い本である。

なにしろこの本が出版された時点で83歳なのである。

20世紀ロシアの生き証人とも言えるのであ。

 

たとえば

「普段は白樺の皮を使ってさまざまな容器をつくっていた。家には食器類が足りなかったし、買う金もなかったからだ」

木の香でも販売しているベレスタが近年まで

実際に食器として使っていたことが伺えるし、

「おばあちゃんは、ロシアの家族における中心人物でもあり、どんな場面でも頼りになる存在だった。事実カーチャの母親は、若い娘夫婦の中の仕事を日常的に引き受けてくれた」

といった記述は、今のロシアの家庭にも

脈々と受け継がれているのではないだろうか。

 

最後にカラシニコフの語り口は、

謙虚であれながら筋の通った職人そのもので、

勤勉であり、かつ頑な。

 

自分が銃の設計に情熱を傾けたのは、

祖国をナチスの侵略から守るためであり、

自分は銃の売買で1コペイカたりとも儲けていないと

力強く語る。

そして現在の誰もが祖国を思わず、

拝金主義となったロシア社会の実情を嘆く。

 

古きロシア人気質を感じさせる本でもある。

(店主YUZO)

2月 20, 2012 ブックレビュー |

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