エレナ・ジョリー聞き書き「カラシニコフ自伝」
「マトリョーシカの国2012」が終わり、
祭のあとの空虚感にも似た欠落した気持ちにおそわれている。
心のなかを隙間風が吹き抜けているかのようである。
こういうときの休日は何処にも行かず、
家で本を読むのにかぎる。
というわけで「カラシニコフ自伝」。
カラシニコフといえば世界一有名な、
もしくは最も使用されている銃を開発した設計者である。
アフガニスタンや中東の兵士たちが手にしているのを、
テレビで目にした方も多いだろう。
砂漠の灼熱の大地だろうと、
鬱蒼としたジャングルに点在する沼地だろうと、
故障することのないタフな銃で、
現在に通じる銃器の基礎をきずいた
設計の父という存在である。
ただ銃器の開発は国家機密であり、
その所在すら明らかにされていない人物。
その謎に包まれた人物が、ソビエト崩壊後
陽の当たる場所に出て、半生を語ったのが本作である。
こう書き進めていくと、人を殺す冷徹な武器についての
開発苦労話に終始している内容と思われそうだが、
大戦から現在にいたるロシア人の生活や習慣も
多く語られていて、それを知るだけでも興味深い本である。
なにしろこの本が出版された時点で83歳なのである。
20世紀ロシアの生き証人とも言えるのであ。
たとえば
「普段は白樺の皮を使ってさまざまな容器をつくっていた。家には食器類が足りなかったし、買う金もなかったからだ」
木の香でも販売しているベレスタが近年まで
実際に食器として使っていたことが伺えるし、
「おばあちゃんは、ロシアの家族における中心人物でもあり、どんな場面でも頼りになる存在だった。事実カーチャの母親は、若い娘夫婦の中の仕事を日常的に引き受けてくれた」
といった記述は、今のロシアの家庭にも
脈々と受け継がれているのではないだろうか。
最後にカラシニコフの語り口は、
謙虚であれながら筋の通った職人そのもので、
勤勉であり、かつ頑な。
自分が銃の設計に情熱を傾けたのは、
祖国をナチスの侵略から守るためであり、
自分は銃の売買で1コペイカたりとも儲けていないと
力強く語る。
そして現在の誰もが祖国を思わず、
拝金主義となったロシア社会の実情を嘆く。
古きロシア人気質を感じさせる本でもある。
(店主YUZO)
2月 20, 2012 ブックレビュー | Permalink
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