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2011年12月30日 (金)

山之口獏「定本山之口獏詩集」

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2011年も残すところあと2日。

今年もいろいろな出来事がありましたと締めくくるのも

簡単だが、今年ばかりそうは済まされない。

 

震災が安全神話を根本から薙ぎ倒しただけでなく、

誤報、無責任、保身、虚偽、饒舌、二枚舌が

連日繰り返されて、

どんよりとした憂いに胃のあたりが苛まれたかと思うと、

奇跡、復興、友情、連帯、絆、信念に

ふと息のつまった胸をなでおろすという1年であった。

この震災を境にして、情報を鵜呑みすることはなくなり、

価値観の転換を余儀なくされたといっても過言ではない。

 

このような地獄絵図に目を瞠らした以上、

自然もしくは地球を人智、科学、技術でコントロール

できると過信していたことに猛省すべきで、

さらなる巨費を投じてバベルの塔のごとき防波堤や

原子力発電所を建てたとしても、

それを嘲笑うかのように、自然は想像を絶する力で、

または百年千年という長い時間をかけて、

それを破壊し瓦礫に変えてしまうだろう。

 

生活に快適をもたらしてきた原子力には、

一旦暴れ出したたら止めることができない怪物の顔が

安全という覆面の下にあることを厭というほど思い知らされた。

そもそも快適な暮らしとは何ぞやと立ち止まってみることを

迫られのが今年なのかもしれない。

 

山之口獏という詩人がいる。

沖縄に生まれたその人は、戦争を憎み、原爆や水爆実験を

繰り返す国家の愚かさを憂いたが、

ただその飄々とした語り口はユーモアと風刺が、

ほどよくブレンドされて思わず微笑まずにはいらない。

日本には類をみない稀有の詩人である。

また貧乏生活で金策に窮していた生涯でもあったが、

敢えてそのような生活を望んでいた節もあって、

それが生活臭と人間臭を帯びていて、

実に良い味をだしている。

 

「座蒲団」と題した代表的な詩を紹介。

 

座蒲団

土の上には床がある

床の上には畳がある

畳の上にあるのが座蒲団でその上にあるのが楽といふ

楽の上にはなんにもないのであらうか

どうぞおしきなさいとすすめられて

楽に坐ったさびしさよ

土の世界をはるかにみおろしているやうに

住み馴れぬ世界がさびしいよ

 

もし詩人が現代を生きていたら、

今回の震災の一部始終を

どのような言葉で語ってくれただろうか。

(店主YUZO) 

12月 30, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月28日 (水)

米原万里「ヒトのオスは飼わないの?」

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先回はペットの話をしたが、今回はその続き。

我が家は狭苦しいマンション住まいなので、

原則的に犬猫を飼うのは禁止。

飼うことができるのは昼夜吼えたりしない、

徘徊をしない動物だけに限られる。

そのため我が家のペットはナマズの仲間みたいな魚と

娘が小さい頃に飼いたいとねだったミニウサギだけである。

 

どこの家庭でも見られるように、

泣くまでして飼いたいとせがんだミニウサギは、

いつの間にか妻が飼育係となり、魚の世話は私が担当に。

かれこれ10年近くが過ぎようとしている。

 

この風変わりな魚を飼う羽目になったのも、

娘と川遊びに行ったときの話しで、

5ミリ程度のおたまじゃくしに似た生き物を網で掬った途端、

「これ何になるんだろ?飼いたい!飼いたい!」

と娘が騒ぎ立てたおかげである。

娘の熱しやすく冷めやすい銅鍋のような性格は熟知していたので、

綺麗な水で飼わないと死んじゃうから無理だよと

何とか思い留まらせようとしたものの、一向に引く気配がない。

最後はこちらが根負けをして持ち帰ることになってしまった。

 

小指の先ほどの身体つきなのに食欲は旺盛で、

自分の背丈ほどある糸ミミズを何匹も平らげ、

一年もしないうちに、今の15センチぐらいまで成長した。

こうなると立派な成魚というより、いっぱしのオヤジ魚となって、

水槽の底でゆうゆうと暮らしている。

横に広がった口は笑っているようにも見え、ニタリと名づけた。

 

ペットというのは飼い主に似てくるといわれるが、

ニタリも同様で、食事以外は横ばいになり、

さらに進むと一瞬死んだと思うぐらいに

腹を天に仰いで高鼾と洒落込んでいる。

 

仕事に疲れて帰り、ぼんやりとニタリを眺めていると、

そんなに忙しく働かなくてもいいんじゃないの?

と言われているようで、その寝姿に癒される。

 

さて遅れてしまったが本の紹介。

この本は、著者が捨てられた犬猫を拾ってきては

家族一員になっていくのをユーモアを交えて描かれている

心温まる作品。

古参の猫たちが新顔の犬を受け入れるまでの話や

モスクワの街頭で売られていたブルー・ペルシャに

一目惚れした話など、

波乱万丈の生活ぶりが、何とも微笑ましい。

 

とくに傑作だったのは全ロシア愛猫家協会会長の話。

ネコ語が話すと自負する会長は、猫たちと世間話をしては、

過去の出来事を次々と言い当てる。

驚きを隠せない著者にネコ語は万国共通なのだと告げる。

猫たちに国境も国籍もないという驚愕の事実。

だから猫は無益な争いは好まないかもしれない。

(店主YUZO)

12月 28, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月26日 (月)

町田康「猫にかまけて」

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動物愛護法が改正されるそうである。

私はそれについては全くの無知で、

友人のメールで知らされた。

 

論点となっているのは、ブランド犬猫を量産するため

劣悪な環境で、産めや増やせやと、

飼育している悪徳繁殖業者の取り締まり、

インターネットや店舗を持たないペット販売の規制、

夜間販売の禁止、実験動物や畜産動物についてなど

多岐に渡って議論が交わされているそうだ。

 

改正の元となっているのは、年間約28万匹の犬猫が、

飼い主からの依頼や飼育放棄、

捨てられたり野良化したものが処分されているという現実。

しかもそれら捨てられた動物たちは、

飼い主に飼育放棄された心の傷が癒える前に、

狭い部屋に閉じ込められて、

怯えながら恐怖心だけ残して死んでいく。

 

まったく無知とは恐ろしいもので、ペットを飼うと決めた以上、

そのの愛犬なり愛猫なりが死ぬまで面倒をみるのが、

最低限の心得だと思っていたし、これほど夥しい数の動物が、

飼い主の身勝手な理由で殺されているとは、

事実を知って呆然としたまま

開いた口が塞がらない状態である。

 

この本は、今飼っているペットを処分しようかと

悩んでいる人に読んでもらいたいので紹介します。

 

著者と22年間、連れ添った愛猫ココアがおとろえから、

だんだんと食事もミルクも摂らなくなり、

日を追う毎に衰弱していく。

もう死は扉の前まで来ている。

もしかすると奇跡が起こり昔のような元気な姿に戻るのではと

無償の愛を注いで、献身的に介護をする姿が痛ましく、

涙なしでは読み進めることができない。

楽しいことも悲しいことも共に過ごしてきたのだから、

ココアの最後は後悔することだけははたくないと、

全身全霊でもって尽くすのである。

 

しかし自然の摂理には抗えない。

ココアは空へと旅立ってしまう。

 

放心状態のなか著者は、こう記している。

「もっとも辛いのはココアがいなくなっても普通の日々が続いているということだ。

今日も部屋に日が差し込んで、新聞が届けられ、私は仕事に出掛ける。ココアがいなくなってもココアがいたときと同じように毎日が続いていく。」

 

あなたにも、この絶望的な喪失感を、

今捨てようとしているペットに対して持っていたとしたら、

いかなる理由があろうとも留まるべきだと思います。

(店主YUZO)

12月 26, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月24日 (土)

クリスマスはソウルを聴きながら・PART4

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いよいよクリスマス・イヴ。

クリスマスに聴きたいソウル・アルバムも最終章。

 

今まで紹介したのは男女間における愛をテーマにしたものばかり。

本当のところ、神の御加護に近い広い意味での愛、

家族愛、人類愛、無償の愛、

さらには地球上で生を営んでいるものに対しての愛でなければ、

クリスマスが意味する愛の高みには至らないのだと思います。

 

数多くのソウル・アルバムのなかで、

その高みに到達した作品は、残念ながらそう多くありません。

もっと他のジャンルにおいても同じですが。

その中で壮大なスケールでサウンドを構築し愛を表現しして、

聴く者すべてに幸せを与えてくれるアルバムといえば、

マーヴィン・ゲイの『What’s going on』

と音楽好きならば誰もが認めるところでしょう。

 

宇宙の谷間から湧き出ているかのような浮遊感のあるストリングス

新しい時代の夜明けを告げるようなパーカッションの響き、

今までには無い手法を施したアレンジは、

ソウルというカテゴリーに収まれきらない雄大さを感じます。

その宇宙規模のサウンドの上を、

セクシャルで優しいマーヴィンの歌声が乗るわけですから、

聴く者が至福の愛に満たされるのは当然の成り行き。

 

歌われているメッセージは、

ベトナム反戦、黒人公民権運動への同胞への呼びかけ、

環境問題、信仰心についてと、

当時の時代を色濃く反映しています。

ただマーヴィンの歌声は

それらのいつの世も人類が抱える問題を

普遍的なもの変える力があり、慈愛に満ちた表現は、

まるで愛の力を説く宣教師の説教のようにさえ感じます。

このアルバムを「愛の聖書」と名づけても

何ら違和感がありません。

 

今年のクリスマスはテレビを見ないで、

静かに音楽に耳を傾けることをお勧めします。

大切な家族と、親しい友達と、最愛の恋人と、

無事にクリスマスを過ごせることを感謝するために。

また震災でかけがえのない人を失ってしまった人々と

ともに鎮魂のために。

 

すでに天国に召されたマーヴィンですが、

人々が忘れがちな愛について考える機会を与えるため、

日常の何気ない出来事にも愛があることを

気づかせるために、

このアルバムをつくったのだと思います。

Happy Christmas!!

(店主YUZO)

12月 24, 2011 CDレビュー | | コメント (2)

2011年12月22日 (木)

クリスマスはソウルを聴きながら・PART3

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たいへん参考になると大好評の

クリスマスに聴きたいソウル・アルバム第三弾。

ただ過去に紹介したのはファルセット・ボイスばかり。

これでは聴いているうちに涙が溢れ出して

クリスマスどころか通夜になってしまうのご指摘、

探してみたものの全然見つからず草臥れ損とのご批判、

深く肝に銘じ、海よりも深く反省し、

慈愛の絹糸に包まれた大ヒット曲「二人の絆」を含む

とっておきの名盤をご紹介します。

 

もちろんレコード店に行けば、

すぐに見つかることも保障します。

 

この『ハロルド・メルヴィン&ザ・フルーノーツ』、

官能のバリトン・ボイスの持ち主テディ・ペンダーグラスを

リードシンガーに、洗練されたアレンジでは

右に出るものはいないと言われるギャンブル&ハフが

プロデュースしています。

このギャンブル&ハフがプロデュースした作品は、

俗にフィリー・サウンドと呼ばれ、

70年代に数多くの名盤を制作しています。

不倫ソングの大定番ビリー・ポールの

「ミー・&ミセス・ジョーンズ」もこのコンビの作品。

聖なる夜に不倫ソングを紹介する恥知らずなことを、

さすがの私も致しませんのでご安心を。

 

本盤に戻ります。

最大の魅力と上げれば、テディの艶のある歌声に尽きます。

あたかも貴方が彼女に伝えたい気持ちを代弁して、

歌っているかのようです。

伝えたい言葉をすぐに発せずに感情を抑えているものの、

だんだんと抑えきれずに自分の思いが勝ってしまい、

気持ちが昂ぶって、ついには叫んでしまう。

そんな男の無骨な気持ちを全編に渡って表現しています。

 

付き合って2,3年、そろそろ結婚を考えている貴方、

もしくは長い春が続いてるので、もう一度付き合った頃に

戻りたいと思っている貴方に、テディの感情豊かな表現は、

きっと強い味方になってくれるはず。

このアルバムには、

貴方の奥にしまわれた感情の扉を開く力があります。

 

テディの歌に心を動かない女性は絶対にいません。

もし仮にいたとしたら、

そんな彼女はこちらから願い下げです。

テディの歌の力を借りて、貴方の気持ちを彼女に伝え、

二人の記念となる思い出のクリスマスにしてくださいネ。

(店主YUZO)

12月 22, 2011 CDレビュー | | コメント (0)

2011年12月20日 (火)

クリスマスはソウルを聴きながら・PART2

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先回に引き続きクリスマスに聴きたいソウル・アルバム第二弾。

ゆっくりと恋人、もしくは恋人未満の人と音楽を聴いて

ムードを高めたいのに、選曲機能を使うなんて

気持ちが冷めてしまうとお嘆きの貴方、全曲ファルセットで

甘く切なく歌い上げる逸品あります。

 

もう切ないという言葉が虚しく響くぐらいの悲哀で歌うのは、

植木屋で刈ってもらったような真ん丸のアフロヘアが

いかしているテリー・ハフ。

このテリー・ハフ&スペシャル・デリヴァリー『ザ・ロンリー・ワン』

その筋では昔からファルセットの名盤と謳われたアルバムで、

レコード・コレクターズ誌のソウル・ファンク・ベスト100選で、

ぎりぎり94位にランクインしたお墨付きのブツ。

 

クリスマス・イヴは少し部屋の明かりを暗くして、

二人で甘く切ない歌声に耳を傾けるだけで、

この聖なる夜が永遠に続くような気分にさせてくれます。

未だ友達の線を踏み越えられないと悩んでいる貴方には、

テリーの歌声が優しく背中を押してくれるはず。

経験者から助言しますと、

音楽について余計なウンチクを言うのような

野暮なことは絶対してはいけません。

 

それとひとつ注意していただきたいのは、

母国語が英語圏の彼女、英語が堪能の帰国子女と

一緒に聴くのは禁物です。

実はテリーの得意としているは失恋バラードで、

このアルバムも全編、失恋の美学で占められています。

 

一緒に失恋ソングを聴くことで

独りでいる寂しさに気づき、二人見つめ合った瞬間に

恋に落ちたという話もありますが、

それはかなり危険な賭け。

ここは無難に英語のわからない者同士で

聴くのをお勧めします。

 

二人の気持ちが最高潮に達するのは10曲目。

テリーの唯一のヒット曲であり、

メロディ良し、アレンジ良し、切なさ良しのバラード。

言葉をひとつひとつ噛みしめるような歌声に導かれて、

貴方はそっと彼女の肩を抱き寄せるだけで十分です。

テリーの力を信じましょう。

 

検討を祈ります。

(店主YUZO)

12月 20, 2011 CDレビュー | | コメント (0)

2011年12月18日 (日)

クリスマスはソウルを聴きながら・PART1

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クリスマスまで10日をきり、秒読み段階へ。

さすがに節電の自粛ムードも薄れ、街のあちらこちらで

ライトアップされて、電飾が赤や青の光を放ち、

聖なる一夜を演出している。

けれども今年は未曾有の大震災のせいで、

心からクリスマスを楽しむことができないのも事実。

 

派手に騒いで一夜を過ごすよりも、我が家で家族と、

もしくは友達や恋人とホームパーティ風に

静かに楽しむ方も多いのではと思う。

そこで静かなクリスマスにお似合いのソウルの名盤を

イヴまで厳選して紹介します。

 

第1回は、刑務所で結成された囚人グループとして話題を

呼んだエスコーツのセカンド・アルバム「3 down 4 to go」。

アルバム・タイトルは3人が出所して4人は服役中の意味。

それだけ聞くと、極悪非情でメタリックな轟音を垂れ流す

グループと想像してしまうが、それとは正反対の

トロトロに甘いハーモニーを聴かせるコーラス・グループです。

 

プロデューサーは愛の伝道師ジョージ・カー。

ソウル界では、その名前を聞いただけで

腰がメロメロになってしまう甘茶ソウルの大御所。

それだけでもスィートな音は保障されたようなもの。

(註・甘茶ソウルとは、極上なスィート・ハーモニーを

聴かせるソウルの総称。ソウル検定に出ます)

 

曲は全部で11曲入っていて(1曲がボーナス・トラック)

奇数がダンス・ナンバー、偶数がバラードと

交互に収録されているが、聴きどころはやはり偶数サイド。

CD選曲機能をつかってバラードだけを流せば、

音楽が流れている間は二人だけのドリーミーな世界、

デザートよりも甘いとろけるような一夜を過ごせることを、

ジョージ・カーに代わって保障します。

また残念ながら独りでイヴを過ごす羽目になった人には、

涙で枕が濡れるぐらいに恋の思い出に浸れることを、

これまたジョージ・カーに代わって保障します。

 

とにかく2曲目の「Let's make love (at home sometimes)」

の悲しくなるほど美しいファルセット・ボイスは、

うぶ毛がそそり立ち心を鷲づかみにされるほど。

ソウル・バラードに名曲は数々あれど、

個人的には3本指に入る名曲だと信じています。

もし、これを聴いて甘茶ソウルの美学を感じられない人は、

元々甘茶の味が合わないのかも。

 

♪たまには家でメイク・ラヴしようよ~

と囚人に歌わせるジョージ・カーの愛の伝道師としてのセンス。

その美学も壮絶すぎて絶句。

(店主YUZO)

12月 18, 2011 CDレビュー | | コメント (0)

2011年12月16日 (金)

忘年会にはブルースを

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最近、ノンアルコール系の飲み物が売上を伸ばしていて、

ついにその勢いに乗じてカクテルまでも登場した。

アルコールが入っていないカクテルならばジュースだと思うが、

実際に飲んだ人に訊いたところによると、

アルコールが入っているような気持ちにさせるらしい。

訊いた相手は元々酒豪で、身籠ったため今は控えている身分。

そんな人を納得させるのだから開発者の情熱はたいしたものである。

 

しかしどのようなニーズから、

このような飲み物を開発するに至ったのだろうと思う。

お酒が飲めない下戸ならば、

きっぱりとジュースやお茶を頼んでしまえばいいのに感じるが、

そう簡単な図式では語れない或る事情が、

この一連のノンアルコール商品開発には潜んでいるのではと、

つい斜に構えて考えずにはいられない。

 

私の結論はこうである。

年末の風物詩である忘年会対策のために、

下戸の人たちの声に耳を傾け開発されたのではと睨んでいる。

上司から酒を勧められても簡単に断れず、

かといって盛り上がっているなか、

独りジュースを吸っているのも気が引ける。

せめて見た目には皆と同じように宴の輪に紛れていたい。

飲めないことで目立ちたくない。

そういう日本人的な集団依存の感性の声を訊き、

その人たちをこのような地獄の境地から救うべく、

ノンアルコールが生み出されたのではと踏んでいる。

 

表向きの理由として飲酒運転を撲滅するためと嘯いても、

酒が飲みたい輩というのは、自分も含めて、

酒の味が好きなのこともさることながら、

それ以上に酔ってこの世のウサを晴らしたいのである。

ノンアルコールで満足できるわけがない。

 

さてこの写真のアルバムはハウンドドッグ・テイラー

『この猟犬スライドに憑き』という題名の未発表ライブ音源を

収めたもので、2004年に発表されている。

ハウンドドッグ・テイラーの歪んだスライドギターの音で、

脳天を一撃されてぐちゃぐちゃにされ、

いつまでも鼓膜が振動している音といおうか。

腹を空かせた猟犬に耳を喰い千切られたような

恐ろしく凶暴な音。

シカゴの黒人街で鍛えられた胆入りのブルースが聴ける。

 

これを聴くと、ブルースが悪魔の音楽と言われたのも頷ける。

このようなブルースが毎晩演奏されるクラブやライヴハウスでは、

絶対にノンアルコール系はメニューない。

そんなもの頼んだら

「坊やの来るところじゃねえな。とっと帰ってママに抱かれて寝ちまいな」

と言われるのが関の山である。

そう考えたら、忘年会で飲めないことで悩んでいる光景は、

実に平和な日本の健全な在り方かもしれない。

  

ちなみにハウンドドッグ・テイラーが壮絶なギターが弾けるのは、

指が6本あるからだと言われている。

そのハウンドドッグ・テイラーの左手が下の写真。

・・・・・・・ブルースの世界は本当に末恐ろしい。

(店主YUZO)

 

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12月 16, 2011 CDレビュー | | コメント (0)

2011年12月14日 (水)

コブロフさんHAPPY BIRTHDAY!(後編)

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さて誕生日の当日。

集まったのはコブロフ夫妻、ロシアンティの店長、チェリパシカ氏

グラフィック社の担当者、高島屋の担当者、ロシア語通訳者など

合計9名。

歓談するには、程好い人数である。

 

場所は神田にある日本風な個室の居酒屋で、

時代劇にたとえるならば照明が暗く、悪代官と強欲商人が、

「御主も悪よのう」と、密談に使いそうな雰囲気の部屋。

ここで日露でマトリョーシカ談義に花を咲かせる算段。

さらにロシア語でお誕生日おめでとうの言葉も練習したし、

それぞれプレゼントも用意してきたし、

盛り上がることは陽の目を見るより明らかと、

ひとりごちになる私。

 

また日頃、「テレビでロシア語」での成果を試すときでもある。

拙いロシア語で、みんなからオーダーを取るも、

コブロフ夫妻には大受けし、

「10月に会ったのは、別の人だったんじゃないか」

と冷やかされ、コブロフさんも対抗して覚えた日本語を披露。

「オオキイ。チイサイ。アリガトウゴザイマス。コレ、カワイイデス」

ふと思えば、マトリョーシカを説明するときに使う言葉ばかり。

今度は、チェリパシカ氏と私が大受けする。

 

それからはロシア語、日本語、英語が飛び交う

カオス的な状態に変わり、御主も悪よのうというより、

明治維新もしくは戦後直後の混乱期のようで、

さらに酒の勢いも手伝って、

何を話しているかわからないハイパー会話が続く。

何だか、へらへら坊ちゃん化して、とても愉快。

 

ロシア語通訳の女史は最初の「地球の歩き方」の

編集に従事した権威のある方で、発音には手厳しい。

Л(エル)とР(アール)の発音がなっていないと、

即席のロシア語練習が始まったりと、

こちらもハイテンション。

酔っているときの巻き舌というのは、

寿限無、寿限無と3回繰り返すより難しい。

愉快。愉快。

 

気づくとコブロフさんは焼酎が甚く気に入ったらしく、

麦・米・芋の利き酒を始めている。

このとき、芋(薩摩芋)を説明するのに苦心して、

赤いじゃがいもだの、スィートポテトの原料だの、鹿児島の芋だの、

ビーツの仲間だの、好き勝手に名づけて説明する始末。

あとで知ったのだが、ロシアでは薩摩芋が栽培されていないため、

赤い肌の芋は見たことがないということ。

ちなみにコブロフさんの舌に合った焼酎は、芋・麦・芋の順。

 

また今回、判明したのだがコブロフさんはウォトカが嫌いらしく、

最初にこちらが気にして頼んだものの一向に飲む気配がない。

チェリパシカ氏によると、これはとても重大な発見で、

ウォトカが嫌いなロシア人に出会うのは、

砂漠でイルカを見つけるぐらい難しいのこと。

愉快。愉快。

 

そしてプレゼントタイムでは、

タイで買った台湾製のロレックスを筆頭に、スペインのキャンディ、

ロシアのタビトモ会話帳、花束、匠仕様の彫刻刀セットなどが、

渡されて、とてもご満悦の様子。

 

そして宴もたけなわとなり、コブロフさんからのお礼の挨拶が。

「本日は、私の誕生日に駆けつけてくれて本当にありがとう。みなさんに祝ってもらった、この時間が一番のプレゼントです。そして宝物です。みなさんと出会えたことがとても嬉しく、この友情がいつまでも続くことを祈ります」

 

こんな挨拶をされたら来年も誕生パーティをしなければなるまい。

今度はひと肌脱いで、桜吹雪を舞い上がらせて、

ひとつ店を借り切ってやるかな?

コブロフさんも粋を心情にしているのだと思った次第です。

  

 

註・店が暗すぎてパーティの様子が撮影できなかったので、

ロシアNO.1ビール「バルティカ」の写真にさせていただきました。

やはり、密会部屋は撮影ご法度の明るさなのね~

(店主YUZO)

12月 14, 2011 店主のつぶやき | | コメント (0)

2011年12月12日 (月)

コブロフさんHAPPY BIRTHDAY!(前編)

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12月8日。

太平洋戦争開戦の日、もしくはジョン・レノンが殺された日。

人それぞれにこの日には想いがるだろうが、

実は木の香でも人気のマトリョーシカ工房主

セルゲイ・コブロフさんの誕生日でもある。

 

3年程前から年末にデパートのクリスマス催事で来日している

コブロフさんであるが、いつも自分の誕生日は仕事が重なっていて、

ここ数年満足に誕生日を祝ってもらったことがないらしい。

今回は仕事も休みになっているので

盛大に祝って欲しいとメールがあった。しかも英語で。

 

ロシアにいった際には世話にっているのに、

これを適当な理由つけて断るのは粋ではない。

それに異国の地で、慣れない店頭販売や実演で

毎日を過ごすのは、精神的に辛いだろうし、

ここは日本男子たるや、ひと肌脱がなければ男が廃る。

何度も書くが、私は粋を心情としている男である。

 

すぐに学生時代に英語偏差値40だった頭脳が

ショートして煙が上がるぐらいフル回転させて、

ここは大船にのった気持ちで、私に任せてください、

ゆかりの人々を呼ぶので盛大に誕生日を祝いましょう

といったニュアンスの文章をこしらえた。

 

思い返せば、英語で手紙もメールも書いた記憶がない。

自分の英語表現に関する情報源は、

ロックやソウルの歌詞のみなので、

それらの印象的なリリックを繋げ合わせた不思議な

文章に必然的になってしまう。

 

たとえば、コブロフさんの仕事の状況をきくのに

ビートルズの「ハード・ディズ・ナイト」かせ拝借して

Have you been working so hard like a dog ?と書いたり、

楽しい夜を過ごそうはローリング・ストーンズの曲そのままに

Let spend the night togther !!と綴ったり。

ちなみに、発表された時代のエピソードとして、

性的な意味が強いとしてテレビ放映の際、

歌詞の変更させられたことがある曰くつき曲。

一晩中、ペットで楽しもうぜといった内容のためらしい。

 

さすがに自分でも学生時代から未だに

英語を受け付けようとしない頑固者の頭脳に、

苦笑する以外になかった。

 

これではコブロフさんのバースディ・パーティを開催するどころか、

自分の無能ぶりを暴露しているようなものだと悔い改め、

会社で英語のできる人に添削してもらい、

中学1年生レベルの文章から3年レベルの文章に整えてもらい、

返信したのであった。

 

そしてコブロフさんの返事は、こちらも楽しみにしていますのこと。

こうして師走最大のプロジェクト

「コブロフさんの誕生日を祝う会」がスタートしたのであった。

(プロジェクトA風に)

(つづく)

 

 

 

(冒頭の写真は、この話とは関係ありません。

モスクワ最大の本屋「ドーム・クヌーギ」で見つけた

「マーシャと熊」の剥製をつかった展示。

やはり、ロシア人の考えることのスケールはちがう?)

 

(店主YUZO)

12月 12, 2011 店主のつぶやき | | コメント (0)

2011年12月10日 (土)

「君の友だち」を口ずさみながら

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先日、大学の先輩同士が再婚した。

 

親に反対されてお互いに本意でない相手と結婚したものの、

その想いの火は消えず、

それどころか一緒にいたい気持ちは募るばかり、

そして月日が流れることウン十年、念願かなって結ばれた。

・・・・・・というようなドラマティックな結婚話ではない。

たぶん第二の人生を気心の知れた人と過ごしたい

というのが真意だと思うが。

 

その真意を単刀直入に訊くのも野暮だし、

分別のわかる年齢になった以上、大人の恋愛を

根掘り葉掘りきくのも見苦しい。

私は粋を心情にしている人間である。

 

その信念に従ってささやかな結婚パーティの席でfは

お祝いにマトリョーシカをプレゼントして、

「マトリョーシカを閉めるときに、願いことを言うと叶うというジンクスがありますので、それだけは忘れないでください。いつまでもお幸せに」

とさらりと祝詞を述べただけに留めた。

 

これが粋というものである。

常日頃から粋というものに細心の注意を払っている私にとって、

高倉健のように祝詞では多くを語らないことが

最大の美徳としているところだが。はて?

 

この結婚パーティにはたくさんの友だちが集まり、

アットホームな雰囲気に包まれ、始終笑いが絶えなかった。

十数年ぶりの再会も何の違和感のなく、

やあやあという気軽な感じで話しているのを見て、

友だちというのは本当に良いと思った。

月日を重ねれば重ねるほどに、

味わい深く、愛おしい存在になっていく。

 

君は僕の名前を呼ぶだけでいい

どこにいようと君に逢いに飛んでいくよ

冬でも春でも、夏でも秋でも

君が呼びかけてくれれば

すぐに行くよ

それが友だち

 

これはキャロル・キングがつくった曲。

たくさんの人に歌われている名曲だけれども、

ジェームス・テイラーの歌が一番好き。

少し線の細いジェムス・テイラーの歌声が、

ふだんは気弱で頼りない僕だけども、君が淋しいときや

辛いときには、いつでもどんなときでも駆けつけるからねと、

切々と歌う姿に、本当の優しさを感じてしまうからかもしれない。

 

1971年発表の「マッド・スライド・スリム」に入っています。

(店主YUZO)

12月 10, 2011 CDレビュー | | コメント (0)

2011年12月 8日 (木)

荒木経惟・藤井誠二「開国マーチ」

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日本にはたくさんの外国人が生活しているのは周知のとおり。

ただどのようなコミュニティをつくり、

どんな生活をしているかまでは、あまり知られていない。

謎のままである。

仕事を共にすることがないかぎり、たとえ近所に住んでいても

知ろうとも思わないのが実情か。

 

その日本国内でありながら知られていない内なる外国に、

ずんずんと分け入っていったのが、この本である。

 

さすが天才とうたわれたアラーキーの仕事。

異国で暮らし祖国を思う外国人というような

感傷的なショットは一切なく、

写真から中華料理の油やキムチ、ニョクマムの臭いが、

むんと鼻をついて咽返るようである。

とにかく登場する外国人は日本人のように草臥れていない。

エネルギーに満ち溢れている。

 

経済的な理由で出稼ぎに日本に来るにしても、

祖国を離れている限り、この国で生きていかなければならない。

それならば辛いと悲しむより、人生を楽しんだほうがいいと、

心に決めているかのようである。

 

その屈託のない雰囲気が自然と写真に映ってしまうのは、

周りの人々を(外国人でさえも)巻き込む

アラーキーの持つ独特の魔力のおかげだろう。

アラーキーという大釜のなかで、ぐつぐつと煮込まれて、

国名や人種は判別できなくされて、

ひとりひとりの人間に剥き出しされている。

フィリピンも、タイも、韓国も、ブラジルも、ラオスも、中国も、

ペルーも、ロシアも、イスラム教も、仏教も、キリスト教も。

まさにエネルギーとエネルギーの核融合。

 

自粛、経済停滞、円高と、今の日本は沈滞ムードにある。

それに同調して、生きるエネルギーまでも失っていないだろうか。

 

またこの本では、在日外国人についての法律の実情、

習慣の違いからくる問題点なども載せてあり、

日本に簡単に外国人を受け入れない土壌があることを、

日本で起きた外国人にまつる事件を下敷きにルポしている。

この島国根性丸出しの閉鎖性が、

真の国際性を持ち得ない原因となっていると論じている。

この筆も熱い。

 

エネルギーに満ちた写真と熱い筆先。

その相乗効果で独特のカオスを生み出している本である。

(店主YUZO)

12月 8, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月 6日 (火)

箱石博昭「スパシーバ!ロシア」

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1990年代がロシアに関する本の出版ブームだったのではと、

今になってそう思う。

世界を二分していたイデオロギーの片方の総本山が、

戦争によってではなく、改革を進めていくうちに

自ら崩壊してしまったのだから、その内情や経過を

知りたい気持ちが出版ブームを後押ししたのも無理もない。

ただ政治や経済に終始していて、

ロシアの生活や文化、芸術といったものを、

ほとんど伝えていなかったのは、残念であるが。

 

幅広く伝えていれば、未だによく訊かれる

「物が不足しているんでしょうね」

「ロシア人は、物静かで暗いんでしょ?」

「ロシアマフィアには気をつけてくださいね」

といった質問も減っていたはずである。

 

だいたいロシアマフィアがマトリョーシカ仕入れに奔走している

着る物に無頓着な汚い格好した日本人を付狙うわけがない。

せいぜいスリが後を付けてくれば良い方である。

 

この本は著者が1995年から3年間、大使館付属の

日本人学校の教員として赴任した思い出を綴ったものである。

まだソビエト崩壊から数年しか経っていない混乱期とあって、

今の私たちのように気軽に地下鉄やバスに乗れるわけでもなく、

安いカフェやレストランで食事ができるわけもないので、

行動範囲も限られため私的な事柄が主な話題。

ただ読んでいて10年経って変わらないと思うことが、

いくつかあったのが興味深かった。

 

友人にはとても親切にする性格や

何でも自分で道具をつかって作り上げてしまうなど、

いつも世話になるコブロフさんやミーシャさんにそっくりである。

また警官が犯罪から守ってくれる頼りになる存在でなく、

賄賂目当てに尋問し、いい加減な理由をでっち上げて

金を巻き上げることも。

 

私たちも先々回、チェリパシカ氏がバウチャー(滞在証明書)を

所持していなかったことで捕まった経験がある。

明日ホテルが発行してくれると説明しても、

ホテルの領収書など見せても取り合ってくれず、

なんだかんだと言いがかりをつけて違反金と称する賄賂を取られた。

釈放されたときの警官の文句が、輪をかけて小憎らしい。

「今度ほかの警官に捕まったら、俺の名前を出せ。

そしたら金を取られずに釈放されるから」

 

この手の話を書くと、まだまだロシアは物騒だと思われるから、

この辺りで止めておこう。

この手の話はいくつかあるけれどネ。

(店主YUZO)

12月 6, 2011 ブックレビュー | | コメント (0)

2011年12月 4日 (日)

地球の裏側の儚き歌声

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12月に入ってから急に冬らしくなった。肌寒い。

今年は暖冬になるとか、温暖化が一段と進んだとか、

他愛のない酒場談義をしていたのが嘘のようである。

 

しかし地球の裏側では、これから夏を迎えようとしている。

交通機関や通信手段が発達して、

どんどん地球のサイズが小さくなろうと、

そんなのは人間が勝手に行っていることで、

この水をたっぷりと湛えた天体は、我関せず、

きっちり正確に太陽系の軌道を巡り、

北が冬の時は南は夏になり、南が冬になれば北に夏が訪れる。

 

たとえ人類が核戦争で滅亡しても、

その営みは揺らぐことなく続けられるのだ。

腕の良い職人がつくった時計のように。

 

その地球の裏側の国ブラジルに夏の終わりの風景を

一篇の詩のようにつづった「三月の水」という名曲がある。

『エリス&トム~バラに降る雨~』というアルバムに

収録されていて、すべての曲を書いているのは、

ボサ・ノヴァの三聖人、もしくはブラジルが生んだ

偉大なる作曲家とうたわれるトム・ジョビン。

「三月の雨」は一曲目に収められている。

 

歌詞の一部を紹介しよう。

 

足跡、橋、ヒキガエル、アマガエル

残された森林、朝の光

夏の終わりを告げる三月の雨

人生の誓いを心の中で

 

つい口ずさんでしまいそうな流麗なメロディに乗せて、

同じくブラジルが生んだ不世出の歌手エリス・レジーナと

少し感傷的になりながらも恋人たちが囁きあうように歌うのだ。

夏の喧騒が終わりに近づいた寂しさと物思う秋の到来を、

茶目っ気たっぷりに歌うエリスの感性の瑞々しさ。

 

今年の夏は楽しかったけれど、もう終わったこと。

でもこれから訪れる秋も、あなたと一緒ならば悪くないかも。

そんな心のうちが映し出されたエリスの歌声に、

ぼそりぼそりと優しく語り返すように歌うトム。

二人の歌に絶対的な永遠の美を感じてしまう。

 

 

長い冬が終わりを告げ春の足音が聞こえ始めた頃、

地球の裏側では、こんなに切なくも美しい曲が歌われている。

(店主YUZO)

12月 4, 2011 CDレビュー | | コメント (0)

2011年12月 2日 (金)

掟破りのジョージ・フェイム

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粋に生きることは難しい。

宵越しの金は持たねぇというような江戸っ子気質の気風の良さは、

この物が溢れかえった次代には、

かえって困難な生き方だという気がする。

 

目に飛び込んでくるのは購買意欲を駆り立てるキャッチコピーや

魅力的なパッケージに彩られていて、

所詮、いずれは物なんぞは壊れてしまうか、

こちらがこの世からおさらばしちまうんだからと嘯いてみても、

視線はずっと見つめたまま、その場から立ち去ろうとしない。

財布のなかを見つめて、

明日から給料日まで牛丼で過ごせばいいんだからと、

勝手に納得させて、ついつい買ってしまう。

 

これがいけない。

染みっ垂れていて実に粋ではない。

そもそも蒐集するという道楽は

粋とは正反対の生き方かもしれない。

しかし敢えて粋な心意気で蒐集する道を探り出すのが、

真のコレクター道楽なのかと考えた次第。

 

具体的に説明すると、自分のなかで様々なルールをつくって、

その範囲内で蒐集していくのである。

10年以上探し続けている喉から手が出るほど欲しい逸品でも、

ルールを越えていれば、きっぱり未練なく諦める。

間違って同じ物を買ってしまっても後悔しない。

セット物なら5000円まで、その他は2000円以下、

新譜は買わない、購入は一度に5枚まで、

と次々と粋なコレクター道を探るべくルールをつくっていった。

 

しかしそのルールを一度だけ破ってしまったのが本作である。

もう5年も前のこと。

世界初CD化で出るという情報を訊きつけ、

思わずアマゾンで予約してしまったのである。

 

このアルバムはLP時代は中古レコード屋の超レア盤扱いで、

うちの店はこれを持っているだぞとばかりに誇らしげに壁に飾られていた。

それが何とも羨ましく、価格を仰ぎ見るとゼロが5つも並んでいる。

当時私は中学生。

買えるはずもなく、指を咥える以外になかった。

 

しかしレア盤には惜しみなく金を出す人がいるもので、

3ヶ月も経たぬうちに中古レコード屋の壁から消えていた。

それ以来、28年ぶりの涙の再会だったのである。

 

ルールは破るためにあると嘯くどころか、

気が焦りすぎて、震える指先で何度も購入手続をミスする有様。

それでも売切にならず購入が

成立したときの至福感は忘れられない。

そして届いた日は、はしゃぎ過ぎて何度も聴き返し、

家族から白い目で見られる始末である。

 

粋に蒐集することは、実に難しい。

(店主YUZO)

12月 2, 2011 CDレビュー | | コメント (0)